2021年6月17日木曜日

[積読立読斜読] 『銀の匙』(中勘助著、安野光雅絵、朝日出版社、2019年)

 



過去に何回か文庫版で挑戦しましたがなかなか読了できず、大型活字の「安野光雅の絵で読む世界の少年少女文学」シリーズ版で読了。安野光雅さんの挿絵や注釈のイラストが雅趣があるこのシリーズ、他には『小さな家のローラ』、『赤毛のアン』、『あしながおじさん』があります。


本には読み時読み頃というものは確かにあり、本書『銀の匙』は感受性豊かな十代で読み時をはずすと、還暦過ぎでないと手に取れないイノセントなものがあるように読了後思いました。


高名な作品なので、新潮文庫版の内容紹介を。



<内容紹介>

古い茶箪笥の抽匣(ひきだし)から見つかった銀の匙。忘れられていたこの小さな匙は、病弱だった私の口に薬を入れるため、伯母さんがどこからか探してきたものだった……。その愛情に包まれた幼少期、初めての友達・お国さんとの平和な日々、腕白坊主達が待つ小学校への入学、隣に引っ越してきたおけいちゃんに対する淡い恋心、そして、少年から青年に成長するまでを細やかに回想する自伝的作品。



中勘助は零落した武士階級の出自で、勤労しなくても文藝活動を続けていけるだけの恒産があったようです。家庭的には恵まれず、帝大時代に父が亡くなり、兄が精神に異常をきたします。


現実からの逃避なのか、明治が終わりに近い時期に、27歳で前編を書き上げます。夏目漱石の絶賛もあり、「東京朝日新聞」に掲載が決まりました。文学史的にはマイナーな作家で著名作は本作のみかも知れません。


零落した幕臣の寡婦、伯母さんに始終追われている病弱な著者自身の幼年時代から少年時代を懐古した自伝的小説ですが、伯母さんとの会話、遊び、には豊饒な文化的蓄積が感じられ、その描写は少年の眼を借りた第一級の散文家の腕になるものです。


やがて関東大震災で少年期の文化的背景をすべて失ってしまいますが、その象徴が引き出しに中にあった「銀の匙」(今は使ってないがかつて価値があった)なのでしょう。


日本文学史を代表するような作品ではありませんが、その叙情性故か熟読には適しており、灘高校で中学3年間をかけて『銀の匙』1冊を読み込む授業をされた橋本武さんや、最近では明治大学教授の齊藤孝さんがNHKの「100分de名著」で本書を題材に授業形式でその魅力に迫っておられました。


美しい安野光雅さんの挿絵と共に、誰もが少年だった大人でも、度も読み返すことのできる作品です。






日本大百科全書(ニッポニカ)「中勘助」の解説

中勘助(なかかんすけ)(1885―1965)

小説家、詩人、随筆家。明治18年5月22日東京に生まれる。1909年(明治42)東京帝国大学国文科卒業。処女作『銀の匙(さじ)』(1913)は夏目漱石(そうせき)の推挙によって『東京朝日新聞』に連載されたが、その後沈黙、世俗を避けた深い苦悩のすえに小説『提婆達多(デーバダッタ)』(1921)、『犬』(1922)を発表するとともに、随筆『沼のほとり』(1922)、『しづかな流』(1926)等によって、「詩を生活する」という独自の芸術境を築く作家として注目される。『雁(かり)の話』(1933)に始まって、戦中戦後の混乱の時代にも書き継がれた『鳥の物語』(1983刊)は澄みきった彼の晩年の心境を物語る大人のための童話。『提婆達多』『犬』が大人の狂おしい我執や嫉妬(しっと)の断ちがたい愛欲世界を描いているのに対し、これは彼の求め続けた高い愛の世界が自由に羽ばたいている。詩を志しながら散文しか書けなかった彼は30代もなかばを過ぎたころから詩を書き始め『琅?(ろうかん)』(1935)以下8冊の詩集を残している。三好(みよし)達治は、中勘助の詩には人間の善意識を呼び覚ます力と涯底(そこい)のしれぬ哀感があると高く評価した。65年(昭和40)1月朝日賞受賞、同年5月3日没。[渡辺外喜三郎]


銀の匙(ぎんのさじ)

中勘助(なかかんすけ)の長編小説。前編は1913年(大正2)4~6月、後編は15年4~6月に『東京朝日新聞』に連載。脱俗孤高の文学者として知られる彼の幼少年期を浮き彫りにした自伝小説で、夏目漱石(そうせき)はこれを子供の世界の描写として未曽有(みぞう)のものであると激賞した。この作品の底には、生きる苦悩を知り始めた少年の正義と自由と美に憧(あこが)れるせつない思いが込められている。この深い思いのなかに、その後の思想的道徳的発展と時流に染まぬ彼の文学の謎(なぞ)が秘められている。[渡辺外喜三郎]