2020年1月30日木曜日
[その他] セブンミール(ミールキット)頼んでみました
献立を考えるのと、買い物がちょっと億劫になったので、セブン・イレブンが展開している「セブンミール」(宅配サービス)のうち、食材がキットになった「ミールキット」を頼んでみました。
ネットで会員登録して3日前までに注文です。受け取りは近くのセブンイレブン。
1月30日(木曜日)のキットは「油淋鶏(ユーリンチー)」と「チンゲン菜のかき玉スープ」でした。当方は大人3人と保育園児2名なので、大人4人分頼みました。
野菜はカットしてあり、調味料は軽量してあるので、作るのはあっという間でした。
野菜も新鮮で申し分なかったです。
2人前が税込み1,000円なので、安いとみるか、高いとみるか、でしょうか。
しばらく続けてみます。
2020年1月29日水曜日
[積読立読斜読] 『短編画廊』(ローレンス・ブロック編、ハーパーコリンズ・ジャパン、2019年)より ジャスティン・スコット
ミステリー作家、エドガー賞処女長編賞、短編賞、受賞。多数の著作あり。
作品名:朝日に立つ女(原題:a woman in the sun)
エドワード・ホッパーの絵: a woman in the sun (1961)
エドワード・ホッパー(1882-1967)の絵から小説を書くという試みの短編集。本日はアメリカのミステリー作家、ジャスティン・スコットが書いた「朝日に立つ女」を読みました。
他の作品と違い、ホッパーの絵が晩年のもので、ジャスティン・スコットがなぜこの絵を選んだのかは不明ですが、作家的想像力を働かせるにはかなり難解な絵かもしれません。
まず女性の体つきが初期のホッパーの絵の女性のようにグラマーでなく、アスリートのような引き締まった体つきをしています。手にたばこを持ってますが、火がついてなく、自分で吸っているようには見えません。裸体ですがベッドの下には無造作に脱ぎ捨てられた上質そうなハイヒールがあり、職業不詳です。
ジャスティン・スコットの構成は画面に描かれていない自殺願望のあるベトナム帰還兵を作り、女と一夜を過ごしたという筋立てです。(かなり無理があるか?)。
生意気な意見ですが翻訳がこなれていないような。
2020年1月28日火曜日
[積読立読斜読] 『ペンギン・ブックスが選んだ日本の名短編29』より 阿部昭
阿部昭(1934-1989)は文芸評論家の小田切秀夫の命名という「内向の世代」を代表する短編小説家です。「60年代における学生運動の退潮や倦怠、嫌悪感から政治的イデオロギーから距離を置いた作家・評論家」をさし否定的な意味で使われたそうです。概ね1930年代に生まれ、1965年から1974年にかけて抬頭したようです。「ようです」と書いたのは今日あまり顧みられることがないのではないかという疑念からです。他の「内向の世代」の作家には、古井由吉、後藤明生、日野啓三、黒井千次、小川国夫、坂上弘、高井有一、阿部昭、柏原兵三など。
「桃」という短編は自分の幼年時の記憶を繰り返し追想するたびにある疑念が膨らんでいき混乱してしまうという特に抑揚のない作品で、好き嫌いが分かれるかもしれません。
このような内向的な作品が隆盛を極めた時代があったのでしょう。
<阿部昭のプロフィール>
小説家。1934年広島県に生まれ、翌年より神奈川県藤沢市鵠沼で育つ。東京大学仏文科卒業後、ラジオ東京(現在のTBS)に入社。62年に「子供部屋」で文學界新人賞を受賞。68年に処女短編集『未成年』を刊行。その後、71年にTBSを退社し、創作活動に専念する。73年『千年』で毎日出版文化賞を受賞。76年に『人生の一日』で芸術選奨新人賞受賞。幼少より暮らした鵠沼を舞台にした作品が多く、また、短編小説の名手として知られ、数多くの作品を残している。
https://suisoubooks.com/custom4.html
2020年1月27日月曜日
[積読立読斜読] 『短編画廊』(ローレンス・ブロック編、ハーパーコリンズ・ジャパン、2019年)よりローレンス・ブロック
ローレンス・ブロック
この短編集の編者であるローレンス・ブロック(1938年生まれ、アメリカのサスペンス・探偵小説家)の作品。もとの絵は"Automat"(1927)という作品です。絵の題名の「オートマット」には説明が必要かも知れません。ファースト・フードのチェーンが一般化する前に隆盛した、自動販売機方式のカフェのことです。さすがに高級レストラン並みとはいきませんがそこそこの内装で絵の中の女性のようなちゃんとした服装のお客さんが利用していたようです。レストランの歴史では一種の仇花のような存在かと思います。ドイツがオリジナルでニューヨークには1912年初登場だそうです。ホッパーの絵は1927年なので流行していた頃でしょうか。作中でもマンハッタンのあちこちに存在しているような記述があります。
オートマットの自販機
この短編を理解するためには女性が一人で食事をしてもかまわないレストランで、そこそこの品格があった、という点が重要になります。
Automat, 1927
さてホッパーの絵は対象をとことん絞り込んだ構図で、この作品もレストランを描きながら他の客や料理が出てきていません。コーヒーを飲んでいる女性の表情もあきらかではなく、全体に何か欠落しており、逆に作家的な想像力が欠落を埋めるように作家的想像力が働くのかも知れません。
短編の作者のローレンス・ブロックはこの絵の女性の描写を「みすぼらしい上品さ」と定義して物語を展開していきます。じっくりと絵をみると確かに上着とコートがアンバランスなところがあり、上品さを気取ってはいるが何か違う感じですね。
P465
彼は(店長)は何を見ただろう?みすぼらしい上品さかもしれない。そんなレッテルはありがたくもなんともなかったが、と言って、反論することも彼女にはできなかった。確かに衣服はみすぼらしい。それでも、その衣服はきっぱりと告げている。自分たちの持ち主は上品そのものだと。
作品は孤独な都会の女性のモノローグかと思いきや見事などんでん返し。
2020年1月26日日曜日
[積読立読斜読] 『ペンギン・ブックスが選んだ日本の名短編29』より 松田青子
短編「マーガレットは植える」は編者のカテゴリーでは「災厄 天災および人災」に編入され直接は東日本大震災をテーマにして書かれています。
老女に仮装したマーガレットと名乗る女性に謎の雇い主から毎日変わった宅配便が届きます。マーガレットは機械的にそれを庭に埋めていくだけです。最初は綺麗な花だったのが、死んだネズミや羽をもがれた鳥などに代わっていき落ち込みます。やがて災厄の供養と気づいたマーガレットに扮した真希子に希望が訪れるという非常に短い作品ですが、非常に気味の悪い話です。
星新一さんの近未来ショートショートに「おーいでてこい」(町中に突然できた穴に人々がいろいろなものを投げ込み、ある日突然空から最初に入れたものが降ってくる)を連想させました。
[その他] 広島掃除に学ぶ会 袋町公園トイレ掃除+環境整備のち新年会
映ってない方がいらっしゃいます、申し訳ありません
1月26日(日曜日)は広島掃除に学ぶ会の活動で袋町公園のトイレ掃除+環境整備に参加しました。
清掃後、当方の多目的スペースで新年会を実施しました。(コーヒー及びお菓子)。
写真は快調からの差し入れ「鶯ボール」です。
本日は広島掃除に学ぶ会のメンバーのみで、こじんまりと実施しました。
2020年1月25日土曜日
[積読立読斜読] 山口慎太郎『「家族の幸せ」の経済学』(光文社新書、2019年)
現在読書中。またノートを取りながら超スローリーディングでまとめていきます。
しかし最近の大学教授はえらくカジュアルな服装してますね。
光文社のサイト、新聞書評より。
世の中をざっくり捉えた(しかし圧倒的な知力で)新書が好きです。
『教育格差 ―階層・地域・学歴』(松岡亮二著、ちくま新書、2019年)、『日本社会のしくみ』(小熊英二著、講談社現代新書、2019年)の二冊に深く考えさせられるところがありました。
本書も語り口は非常にカジュアルなのですが、経済学的な手法で「結婚・出産・子育て」について分析しており、高学歴の女性に読者が多そうなのもうなずけます。
<内容紹介>
「帝王切開なんかしたら落ち着きのない子に育つ」
「赤ちゃんには母乳が一番。愛情たっぷりで頭もよくなる」
「3歳までは母親がつきっきりで子育てすべき。子もそれを求めてる」
出産や子育ては、このようなエビデンス(科学的根拠)を一切無視した「思い込み」が幅をきかせている。その思い込みに基づく「助言」や「指導」をしてくれる人もいる。親身になってくれる人はありがたい。独特の説得力もあるだろう。しかし、間違っていることを、あなたやその家族が取り入れる必要はまったくない。こういうとき、経済学の手法は役に立つ。人々の意思決定、そして行動を分析する学問だからだ。その研究の最先端を、気鋭の経済学者がわかりやすく案内する。
<目次>
第1章 結婚の経済学
第2章 赤ちゃんの経済学
第3章 育休の経済学
第4章 イクメンの経済学
第5章 保育園の経済学
第6章 離婚の経済学
<著者紹介>
山口慎太郎(やまぐちしんたろう)
東京大学経済学部・政策評価研究教育センター准教授。1999年慶應義塾大学商学部卒業。2001年同大学大学院商学研究科修士課程修了。2006年アメリカ・ウィスコンシン大学経済学博士(Ph.D)取得。カナダ・マクマスター大学助教授、准教授を経て、2017年より現職。専門は、結婚・出産・子育てなどを経済学的手法で研究する「家族の経済学」と、労働市場を分析する「労働経済学」。本書が初の著書となる。
<書評>
男性の育休は「伝染」する
本書が扱うのは結婚や出産、子育て、そして離婚の分析だ。それがなぜ経済学なのか。著者は冒頭に「経済学は、人々がなぜ・どのように意思決定し、行動に移すのかについて考える学問」だから、と書いている。
経済学は、実社会からどのようにデータを集め、それをどう分析するかの手法を洗練させてきた。著者は、自身のものを含む各国で蓄積された研究成果から何が言えるのかを、極めて平易に説いている。
例えば、母乳育児は身長・体重や肥満度はもちろん、長期的な知能発達に有益との根拠はない。あるいは、1年間の育休は母親のその後の就業を大きく引き上げるが、3年にしても追加の効果はない。一方で、母子が一緒に過ごした期間の長さは、子どもの進学状況や所得にほぼ影響を与えていないという。
男性の育休についての分析も興味深い。日本の育休制度は他国に比しても充実しているが、実際に育休を取る率は低い。北欧の例を見れば、同僚や兄弟といった近しい人とりわけ上司が育休を取れば、「伝染」効果が大きいという。小泉進次郎氏の選択が問われる所以でもある。
本書はサントリー学芸賞を受賞し、週刊ダイヤモンドのベスト経済書第1位に選ばれるなど専門家の評価も高い。俗説の多い分野で、信頼できる書籍が手軽に読める意義は大きい。加えて本書の価値を何より高めているのは、単なる「データ重視」を超える視点の奥行きだろう。
例えば、著者はデータに基づき、出産時の帝王切開のリスクを指摘する。だが、だからといって母親の選択を批判するのではない。帝王切開で生まれた子どもへの偏見も誤りだと断じる。必要なのは、医師の都合で生じるような不必要な帝王切開を減らし、健康への悪影響を減らすための支援制度を築いていくことなのだという。
冷徹な分析の上でのあたたかい提言に満ちていることこそ、「家族の幸せ」を冠する本書の面目躍如たるところだろう。
◇
光文社新書・902円=6刷3万1千部。2019年7月刊行。著者は1976年生まれ、東大教授(労働経済学)。30~40代女性に売れている。
評者:石川尚文(イシカワナオフミ)
朝日新聞論説委員
1963年生まれ。朝日新聞入社後、経済部、『論座』編集部、GLOBE編集部などを経て2016年から現職。18年4月から書評委員。
https://book.asahi.com/article/13025943
[あの頃のレコード] ”Let it be" (Beatles, 1970) (3)
ビートルズ『レット・イット・ビー』発売50周年特別企画
P399-401
しかし、1970年5月13日に「レット・イット・ビー」がリリースされる頃には、ビートルズはもう後戻りできない事態になっていた。4人の若き天才たちは、確かに世界を征服し、その中で多くの喜びを得てきたが、「ショー・ビジネス上の一つ一つの頂上を登りつめた後は、[自分らは]故意に再び戻らなかった」と、映画の撮影中に発表した半ばふざけたプレス・リリースの中で、マッカートニーは語っている。実際には1969年の夏にレコーディングされた「アビイ・ロード」が、実質上は彼らが作った最後のアルバムになるのだが、この「レット・イット・ビー」が、ビートルズのさよならアルバムと見なされるようになった。しかも、「レット・イット・ビー」のアルバムと映画は、1970年4月にビートルズの分裂が公になった直後にリリースされたため、多くのジャーナリスト、評論家、その他の人達が、その映画とアルバムに含まれている音楽に、分裂がどのように表れているかのを見ようと注目した。そしてとくに「レット・イット・ビー」の映画には、バンドを解散に至らしめた個人同士の緊張関係が現れている、と当初は考えられた。ほとんどのビートルズ関係の本には、「レット・イット・ビー」のプロジェクト全体が、互いにもう我慢しきれなくなった4人の疲れ切ったミュージシャンによる、まとまりのない、意欲の感じられない最後の作品以上の何ものでもない、と書かれている。
確かに、ビートルズの仲が険悪になってしまっていたことから言えば、この暗くなるような見解もまったく根拠がないとは言えないだろう。後にレノンは、「レット・イット・ビー」のレコーディング・セッションのことを、「まったく、あんな惨めなものはなかった」と語っている。ハリスンは、「いつも沈んだ気持ち」で録音していたし、感情を隠せないマッカートニーも、「ひどく不愉快だった」と思い返しているのだ。「ホワイト・アルバム」の時と違って、「レット・イット・ビー」のセッションでは、たえず険悪な言い合いや、癇癪の爆発で気分が暗くなってしまうというわけではなかったが、そのうちのかなりの回数のセッションを見たジョージ・マーティンは、グループが自滅の方向に向かっており、自分はもう手を引く時期であるという結論を出すに至ったと語っている。「もう終わりだ。私はもうこれ以上関わりたくない、と思ったんだ」
些細なことだが、1968年のファン・クラブ向けのクリスマス・レコードに対する彼らの態度で、その仲たがいぶりがわかる。1963年以来、このレコードのためにビートルズ4人全員が、さまざななアイデアと曲を考えて演奏し、マイクの周囲に集まってユーモアたっぷりのクリスマスのメッセージを吹き込んだりして、本当に力を注いできたのだった。だが、1968年のレコードでは、メンバーが自分の分担分を別々に録音している。しかも、ジョンが吹き込んでいるのは、それておないほのめかしであるとはいえ、ヨーコを歓迎してくれないポール、ジョージ、リンゴに対する怒りだった。ジョンは、「ジョックとヨノという二つの風船」が―あとは残りの3人のことを言っているのだが―「力の強いヘンな生き物たちとその野蛮な仲間に対していかに闘いを挑むか」という、まったくくだらない冗漫な詩を書いたのだった。
一方、アップル社の経営も、思ったよりも厳しい状況になって、どんどん不協和音が大きくなっていき、ビートルズも、おそらくポール以外は関心を示さなくなっていた。最も深刻な争いはまた、最も大きな火種でもあった。グループの新しいビジネス・マネジャーを誰にするかということである。屋上コンサートから4日しかたっていない1969年2月3日に、アラン・クラインが、ジョン、ジョージ、リンゴの支持を受けた指名された。彼は、ローリング・ストーンズや他のポップ・ミュージシャンのレコード契約など、交渉ごとに腕を奮っていた議論好きの人物だったが、ポールは強硬に反対していた。彼は、自分の新しい婚約者の父と兄弟、つまり有能な弁護士であるリーとジョンのイーストマン親子を推していたのだ。初期の頃の全員の一致の結束は、明らかに崩れてしまっていた。
『ビートルズ』(マーク・ハーツガード著、湯川れい子訳、ハルキ文庫、2019年)より。
P399-401
しかし、1970年5月13日に「レット・イット・ビー」がリリースされる頃には、ビートルズはもう後戻りできない事態になっていた。4人の若き天才たちは、確かに世界を征服し、その中で多くの喜びを得てきたが、「ショー・ビジネス上の一つ一つの頂上を登りつめた後は、[自分らは]故意に再び戻らなかった」と、映画の撮影中に発表した半ばふざけたプレス・リリースの中で、マッカートニーは語っている。実際には1969年の夏にレコーディングされた「アビイ・ロード」が、実質上は彼らが作った最後のアルバムになるのだが、この「レット・イット・ビー」が、ビートルズのさよならアルバムと見なされるようになった。しかも、「レット・イット・ビー」のアルバムと映画は、1970年4月にビートルズの分裂が公になった直後にリリースされたため、多くのジャーナリスト、評論家、その他の人達が、その映画とアルバムに含まれている音楽に、分裂がどのように表れているかのを見ようと注目した。そしてとくに「レット・イット・ビー」の映画には、バンドを解散に至らしめた個人同士の緊張関係が現れている、と当初は考えられた。ほとんどのビートルズ関係の本には、「レット・イット・ビー」のプロジェクト全体が、互いにもう我慢しきれなくなった4人の疲れ切ったミュージシャンによる、まとまりのない、意欲の感じられない最後の作品以上の何ものでもない、と書かれている。
確かに、ビートルズの仲が険悪になってしまっていたことから言えば、この暗くなるような見解もまったく根拠がないとは言えないだろう。後にレノンは、「レット・イット・ビー」のレコーディング・セッションのことを、「まったく、あんな惨めなものはなかった」と語っている。ハリスンは、「いつも沈んだ気持ち」で録音していたし、感情を隠せないマッカートニーも、「ひどく不愉快だった」と思い返しているのだ。「ホワイト・アルバム」の時と違って、「レット・イット・ビー」のセッションでは、たえず険悪な言い合いや、癇癪の爆発で気分が暗くなってしまうというわけではなかったが、そのうちのかなりの回数のセッションを見たジョージ・マーティンは、グループが自滅の方向に向かっており、自分はもう手を引く時期であるという結論を出すに至ったと語っている。「もう終わりだ。私はもうこれ以上関わりたくない、と思ったんだ」
些細なことだが、1968年のファン・クラブ向けのクリスマス・レコードに対する彼らの態度で、その仲たがいぶりがわかる。1963年以来、このレコードのためにビートルズ4人全員が、さまざななアイデアと曲を考えて演奏し、マイクの周囲に集まってユーモアたっぷりのクリスマスのメッセージを吹き込んだりして、本当に力を注いできたのだった。だが、1968年のレコードでは、メンバーが自分の分担分を別々に録音している。しかも、ジョンが吹き込んでいるのは、それておないほのめかしであるとはいえ、ヨーコを歓迎してくれないポール、ジョージ、リンゴに対する怒りだった。ジョンは、「ジョックとヨノという二つの風船」が―あとは残りの3人のことを言っているのだが―「力の強いヘンな生き物たちとその野蛮な仲間に対していかに闘いを挑むか」という、まったくくだらない冗漫な詩を書いたのだった。
一方、アップル社の経営も、思ったよりも厳しい状況になって、どんどん不協和音が大きくなっていき、ビートルズも、おそらくポール以外は関心を示さなくなっていた。最も深刻な争いはまた、最も大きな火種でもあった。グループの新しいビジネス・マネジャーを誰にするかということである。屋上コンサートから4日しかたっていない1969年2月3日に、アラン・クラインが、ジョン、ジョージ、リンゴの支持を受けた指名された。彼は、ローリング・ストーンズや他のポップ・ミュージシャンのレコード契約など、交渉ごとに腕を奮っていた議論好きの人物だったが、ポールは強硬に反対していた。彼は、自分の新しい婚約者の父と兄弟、つまり有能な弁護士であるリーとジョンのイーストマン親子を推していたのだ。初期の頃の全員の一致の結束は、明らかに崩れてしまっていた。
『ビートルズ』(マーク・ハーツガード著、湯川れい子訳、ハルキ文庫、2019年)より。
[その他] 千田保育園生活発表会
1月25日(土曜日)隣家に住んでいる二番目の孫(2歳児・女子)の保育園の発表会へ行きました。最初の孫は男子でしたが、この年代は女子のほうがしっかりしてます。歌も踊りも大変よくできました。
昨年の10月から幼児教育が無償化になってます。この保育園の保育園料は累進性で所得が高いほど高くなります。逆に無償化は金額ベースで言えば所得が高い人ほど額が多くなります(この保育園の場合)。
本当に困っているのは待機児童を抱えた低所得の人なので、無償化はありがたいのですが、全体が幸福になっていません。
[その他] 10日と25日は "Punk in " (パン食い)の日 段原ブーランジェ・シゲミ
小型のパンが主流ですが生地の種類がバラエティーに富んでいました。店舗内外装に一工夫ほしかったです。
7点購入。1490円(税別)。
<店舗データ>
ブーランジェ・シゲミ
広島市南区段原1-7-15
[積読立読斜読] 『短編画廊』(ローレンス・ブロック編、ハーパーコリンズ・ジャパン、2019年)よりマイクル・コナリー
この短編の著者マイクル・コナリーは1956年フィラデルフィア生まれ。アメリカの探偵小説家。LA市警察刑事<ハリー・ボッシュ・シリーズ>がベストセラーで高名。処女作品となった『ナイトホークス』(原題:The Black Echo)の執筆中にホッパーの絵に出合い、終盤で作品そのものを登場させているそうです(未読)。
そのマイクル・コナリーがホッパーの絵の中でも認知度が最も高いと思われ"Nighthawks"(1942)をどう料理するかですが、結構単刀直入、登場人物にLA出身の私立探偵、尾行される女はシカゴ在住でなぜかホッパーの絵のある美術館に足しげく通い、この絵の前で長時間メモを取りながら鑑賞しているという導入部から一転意外な方向に物語は進みます。
コナリーさんは本当にこの絵が好きなのだなあと思いました。コナリーの作品自体が好きな人は十二分にこの短編の楽しめるかもしれません。
あと短編の翻訳も、<ハリー・ボッシュ・シリーズ>と同じ古澤嘉通さんが手がけています。
絵のディテイルも作品の重要なキーとなってますので添付します。
2020年1月24日金曜日
[積読立読斜読] 『ペンギン・ブックスが選んだ日本の名短編29』より 大庭みな子
大庭みな子さんは海軍軍医を父に持ち国内の海軍基地を転々として育ちました。現在の東広島市在住時に広島に原爆が投下され救援隊として被爆地の凄惨な光景を体験しました。フェミニズムに感心が強かったそうです。
編者のカテゴリーでは「男と女」に編纂されている「山姥の微笑」(1976)を読みました。
姥捨山伝説あるいは山姥伝説をもとに、現代の女性に化身させた短編で結末はちょっと残酷でした。男性の望む女性像を表面的にはつくろいながら、他人の心が読める現代の山姥は、フェミニズムの裏返しのような皮肉でしょうか。
P164
山に棲んで人を食う山姥になるのと、山姥の心を持ちながら里に棲むのと、どちらが幸せであっただろうかと、思ったりもしたが、今となってはどちらでも同じだったように思う。山に棲めば山姥と名附けられ、里に棲めば狐の化身と言われるが、心身共に壮健な天寿を全うした平凡な女と言われるかの違いだが、中身は結局同じなのである。
<大庭みな子のプロフィール>(新潮社のサイトより)
(1930-2007)1930(昭和5)年東京生れ。敗戦の夏、原爆後の広島市に救援隊として動員される。津田塾大学卒業。1959(昭和34)年10月、アメリカ、アラスカ州シトカに夫の勤務のため移り住む。1968年、群像新人賞の「三匹の蟹」で芥川賞を受賞し、作家生活にはいる。1970年帰国。著書に『ふなくい虫』『浦島草』『寂兮寥兮』(谷崎賞)『啼く鳥の』(野間文芸賞)『王女の涙』『津田梅子』(読売文学賞)『風紋』など。川端賞受賞の短編に「海にゆらぐ糸」「赤い満月」がある。2007(平成19)年5月、逝去。
姥捨山
うばすてやま
特定の年齢に達した老人を山奥に捨てるという内容の昔話。伝説としても広く分布している。《大和物語》の話は有名で,信濃更級(さらしな)の姨捨(おばすて)山の地名由来になっている(冠着(かむりき)山)。東北地方では60歳を〈木の股年〉と呼び,この歳になると,山の木の股にはさんで捨てると伝えている。姥捨山の昔話はインドが源流とされ,仏典《雑宝蔵経》に古く載せられている。棄老国の王の夢に天神が現れて,難題を解けない場合は国を滅ぼすと告げ,老人がその難題を解いたので,それ以後,棄老は廃止されたという。中国では原谷の話が《孝子伝》に出ている。原谷の知恵によって祖父が捨てられずに戻るという内容である。日本には,老人が道しるべに枝を折り,それが息子を改悛させるという話もある。いずれもかつて現実にあった風習のように伝え,老人の知恵に主眼がおかれている。これとは別に,捨てられた婆が神によって福運が授かるという話もあるが,本来の姥捨山の話とは系統を異にするものであろう。 花部 英雄
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2020年1月23日木曜日
[惹句どんどん] チェーホフ(ロシアの小説家)
「もし、第1幕から壁に拳銃をかけておくのなら、
第2幕にはそれが発砲されるべきである。
そうでないなら、そこに置いてはいけない。」
チェーホフ 1860‐1904
Anton Pavlovich Chekhov
ロシアの小説家,劇作家。アゾフ海に面する港町タガンログで,雑貨商の三男として生まれた。祖父は農奴身分であったが,自由の権利を地主から買いとった。父が破産してモスクワに夜逃げした後,彼はひとり故郷に残り自活して中学を卒業した。モスクワ大学医学部に入学して医学を学ぶかたわら,ユーモラスな小品を雑誌,新聞に書きまくり家族を養った。医者となった後,かつてドストエフスキーを文壇に送り出した老作家 D. V. グリゴロービチの忠告を受け入れ,より真剣に文学に身を捧げる決心をした。グリゴロービチを通して有力な保守派の新聞《新時代》の社主スボーリンと知り合い,彼の新聞に寄稿するようになってから経済的余裕も生まれ,よく練り上げられたチェーホフ独自の作風が育っていった。
1887年の戯曲《イワーノフ》の上演は,劇作家としてのチェーホフの地位を不動のものとした。90年結核の身をおしてサハリン(樺太)に旅行,《サハリン島》(1893‐94)と題するルポルタージュを書いた。92年モスクワ州メーリホボに別荘を求めて住んだ。この地で飢饉の救済やコレラ防疫,学校の建設などの社会事業に参加しつつ,中編《六号室》(1892),《わが人生》(1896),戯曲《かもめ》(1896),《ワーニャ伯父さん》(1897)などの傑作を書いたが,99年病気療養のためクリミアのヤルタに移った。晩年はもっぱら戯曲の革新のために捧げられたが,モスクワ芸術座とのつながりの中で,一座の女優オリガ・クニッペルと1901年5月に結婚した。04年病状が悪化し,南ドイツのバーデンワイラーに転地,その地で死んだ。
チェーホフは世紀末の〈灰色〉の時代の〈たそがれの歌い手〉〈絶望の詩人〉といわれてきた。平凡な人々の日常の行為を通して,人間のおかしさ,愚かさ,無意味さを描いたが,チェーホフその人の本質は南国生れの健康人の快活さとユーモアである。科学的で冷静な観察者であると同時に,未来を信ずるヒューマニストであったが,これは医者としての立場をよく反映している特質である。1886年から90年にかけてのトルストイ主義に共鳴した時代を除けば,同時代の支配的な潮流には荷担せず,そのため〈主義や原則をもたない〉作家という非難を浴びたが,このことはチェーホフが農民出の商人の家の出身で,ロシア文壇の主流であったインテリゲンチャの伝統と無縁であったこととつながりがある。
チェーホフが世界的な名声を得たのは,まず短編の名手として,次いで雰囲気劇,静劇,〈間(ま)〉を巧みに用いた抒情的な劇の作者としてであった。《かもめ》,《ワーニャ伯父さん》,《三人姉妹》(1900‐01),《桜の園》(1903‐04)の四大劇が世界の近代劇に及ぼした影響ははかりしれない。
チェーホフの作品は,明治の末に瀬沼夏葉によって紹介されて以来,ロング・ガーネットなどの英訳を通して日本に根づき,正宗白鳥,広津和郎,井伏箆二などに大きな影響を与えた。演劇も築地小劇場以来,日本新劇のレパートリーの根幹をなしている。 川端 香男里
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2020年1月22日水曜日
[積読立読斜読] 『短編画廊』(ローレンス・ブロック編、ハーパーコリンズ・ジャパン、2019年)よりクレイグ・ファーガソン
インスピレーションを得たホッパーの絵はSouth Truro Church(1930)。東海岸にありそうな質実な教会です。邦題は「アダムズ牧師とクジラ」ですがもう一ひねり欲しかったところです。
作者のCraig Ferguson
教会からインスピレーションを得て、「クジラ」「聖アウグスィヌス」「エルヴィス・プレスリー」の三題噺で組み立てられており、原題が活きてきます。原題は"taking care of business"。1960年代に黒人の俗語としてはやった言葉だそうでエルビスが"TCB"と略してよく使ったそうです。「やるべきことをきちんとやる」の意。
プレスリーとクジラと聖職者が何の関係があるのかと訝しむ御仁は、本作を読まれてください。
P192
美しい音楽だ。日曜学校に通う地元の子どもたちが、死者を悼み、歌っている。この世のものとは思えないほど幽玄な調べで。エルヴィス・プレスリーの『ロカ・フラ・ベイビー』を。1961年の駄作映画『ブルー・ハワイ』の挿入歌だ。滑稽で、ばかばかしくて、風変わりで、悲しい。まるでジェファーソン(主人公のひとりの聖職者)の人生のように。
2020年1月21日火曜日
[晴れときどき英語のお勉強] TOEIC900点プロジェクト 現状把握
公式問題集で模擬テスト(現状把握)。745~885点の間。
<現状把握>
リスニングの Part 4 が弱い。
リーディングは基本的なTOEICの文法問題ができていない。
長文読解はしばらく長文の英文を読んでいないので体力がなく、途中で面倒になってしまう。
<勉強の方針>
(1)リスニングはPart 4対策。
(2)リーディングは単語1000、文法問題1000題をまず基礎固めで行う。
(3)Part 7 対策の参考書を1冊読む。
(4)ひたすら模擬試験を繰り返す。20回×3回繰り返し。
でなんとかなるでしょう。
2020年1月20日月曜日
[積読立読斜読] 『ペンギン・ブックスが選んだ日本の名短編29』より 青来有一
青来有一(せいらい ゆういち)さんの「虫」を読みました。編者はアメリカ人ですが、日本の短編選集を編むにあたって、改めて日本が災害の多い国ということを認識したようです。ジャンルの「災厄 天災及び人災」中に「関東大震災」「原爆」「阪神淡路大震災」「東日本大震災」に関わる作品が選ばれています。
「虫」は長崎での被爆者を扱ったもので2006年に出版された『爆心』に収められた連作短編のうちの一編で、この連作短編集で谷崎潤一郎賞と伊藤整文学賞を同時受賞しました。
この作家の作品を読んだのは初めてです。履歴が少し変わっています。長崎出身で長崎市役所勤務の公務員でありながら作家活動を続け、2010年に長崎原爆資料館館長に就任、2019年3月に定年退職されました。2001年「聖水」で第124回芥川賞を受賞されています。
被爆して家族を失い自身も重い障害を持った女性が、慕っていた同じ職場の男性と結婚した女性の長い間嫉妬心を持ち、その男性との一度の過ちをついに告白するというドラマ仕立ての筋になってまして、重い主題ながらスラスラ読めました。
女性を隠れキリシタンの末裔としたところが秀逸で、直接の原爆被害を描きながらも、長崎の浦上地区の隠れキリシタンの連綿と続く信仰を基盤にして描かれており、「人間の罪」について深く考えさせられる作品となっています。
P372
「神さまは、われらひとりひとりの顔を見てはおらんよ。人は多すぎる。この地上にはどこにも溢れておるやろうが、虫といっしょさ。虫の一匹、一匹の生き死にには、神さまは眼もくれんやろう。名前もなく、どれも同じ顔をしておるけんね。だから、蒸すも、つまらん信仰などもちはせん。虫には神さまはおらん。人間が虫よりもどれほど偉かと言うのか」
(中略)
マリアさま、玲子さんはちっともあのひとのことを理解してはおりません。
生き残った特攻隊員として過ごしたあのひとの胸の奥の奥の奥底になにがたったのかを…、あのひとはあえて無信仰の一匹の美しい虫として、ひたすらに虚ろに澄んだ青空を羽ばたいていたのではなかったのでしょうか。
マリアさま、なんと人は罪深いあやまちを犯してしまうのでしょうか。原子爆弾を炸裂させた時、ひとは神さまを捨てて、みんな虫になってしまったのだとわたしは思います。だから、わたしは六十年、虫のようにおろおろと怯えながら、それでもなんも考えない空白を虚ろに生きてしまいました。わたしはあのひととのあやまちを悔いてはいますが、あの一瞬、からだをつらぬいた肉の喜びばかりを反芻してきたのです。
P380
祖父はぶっきらぼうに応えましたが、祖母の怒りはなおもおさまらないようでした。
「米英は敵国で、それと戦争をしておったのやから、爆撃をされるのもしかたがなかとでしょう。でも、この浦上の信徒とは、同じ神さまを信仰する信徒らの国ではなかとですか。なんで、あげん酷すぎることをするのか。教会まで燃やしてしもうて…神さまはなんで同じ信徒に、この浦上の信徒を殺させたとでしょうか?」
2020年1月19日日曜日
[その他] 孫守で神楽鑑賞
1月19日(日曜日)は孫守。
勤務先のマンションの町内会長さんから勧誘があり、町内の高齢者のサロンで神楽を鑑賞しました。八幡東の高井神楽団の皆様。演目は「滝夜叉姫」「八岐大蛇」でした。
町内の高齢者向けのプログラムが100回を迎えたので記念だそうです。この町内の取り組みは大変良い企画と感心しました。
<参加対象者>
町内の概ね60歳以上の住民
<日時>
毎月第二、第四、水曜日
<場所>
町内福祉センター
<内容>
昼食を取りながらの懇談
百歳体操
季節で運動会など
※昼食は青少年ワークサポートセンターがサポート、指導は広島市宇品似島包括支援センターが行い、縦割りにならず協同されているところが素晴らしいと思いました。
2020年1月18日土曜日
[惹句どんどん] ブルース・ウィルス(アメリカのアクション俳優)
16 Blocks (2006)
映画『16ブロック』の中で刑事役を演じたブルース・ウィルスのセリフです(実際には脚本家ですが)。
映画の最初の頃、犯人役から出された質問に、映画の終盤で答えています。本筋とは関係ないですが良くできた映画にはこんな挿話がありますね。
Eddie Bunker: You're driving in a hurricane and you see three people at a bus stop. One is an old lady and she's sick. One is your best friend and he saved your life. And the third is the lady of your dreams. Now check it out, you only have room for one in your car, which one do you take?
Jack Mosley: Oh yea, you give the car keys to your best friend and you let him take the old lady to the hospital. You stay at the bus stop with the girl because she's the girl of your dreams, right? So everything is going to be ok.
[その他] あなたに似た人
時々アメリカのアクション俳優、ブルース・ウィリス(1955年生まれ、Walter Bruce Willis)に似ていると言われます。
本人はヘンリー・フォンダが主演した往年の『12人の怒れる男』(1957年アメリカ映画)で陪審員2(銀行員。気弱だが慎重に無罪説に同意する。)を演じたジョン・フィードラー(1925年生まれ、John Donald Fiedler)のほうが似ていると思います。
本人はヘンリー・フォンダが主演した往年の『12人の怒れる男』(1957年アメリカ映画)で陪審員2(銀行員。気弱だが慎重に無罪説に同意する。)を演じたジョン・フィードラー(1925年生まれ、John Donald Fiedler)のほうが似ていると思います。
[積読立読斜読]『教育格差 ―階層・地域・学歴』(松岡亮二著、ちくま新書、2019年)読了後の全体のまとめ
著者 松岡亮二さん
長々とノートを取りながら読んできました『教育格差 ―階層・地域・学歴』(松岡亮二著、ちくま新書、2019年)も、今回のまとめで終了です。
新書ながら300頁を超える力作で著者の叡智が詰まっており、かといって大上段に構えた見当違いの力作でもなく、近年の新書の収穫でした。
著者は生まれも育ちも高い経済環境、教育環境に育ち、自身も学歴の高い学者ですが、教育格差を他責としないで、教育と社会のあり方の転換を試みるつもりでの執筆だそうです。
著者の根底にあるのは「この世界がどのように構成されているのか自分で理解したい」という単純な好奇心だそうです。
この新書に続いての著者の活動です。新書一冊で終わらず継続的な研究活動に繋げられるのがご立派と思いました。
①対象を若年層(教育を現在受けている層)とした教育格差の新書を執筆(光文社より2020年出版予定)。
②教職課程向けの「教育格差」の教科書の執筆。2020年出版予定。
③教育格差に関する著者のツイッター、フェイスブックの開設。
特定の政治的立場でなく、すべての子供たちの可能性を最大化する(あるいは出血量を最小化する)というシングル・イッシューで(目標が大きいので肩の力を抜いてじっくりと)緩く繋がることを目的としている。
子や孫を持つ親として、教育格差を是正してもらえる議員を選ぶ選挙権のある社会人として、日本という国家システムの非効率を嘆く一人として、必須の新書でした。
<出版社のサイトより内容紹介>
出身家庭と地域という本人にはどうしようもない初期条件によって子供の最終学歴は異なり、それは収入・職業・健康など様々な格差の基盤となる。つまり日本は、「生まれ」で人生の選択肢・可能性が大きく制限される「緩やかな身分社会」なのだ。本書は、戦後から現在までの動向、就学前?高校までの各教育段階、国際比較と、教育格差の実態を圧倒的なデータ量で検証。その上で、すべての人が自分の可能性を活かせる社会をつくるために、採るべき現実的な対策を提案する。
<もくじ>
第1章 終わらない教育格差
第2章 幼児教育―目に見えにくい格差のはじまり
第3章 小学校―不十分な格差縮小機能
第4章 中学校―「選抜」前夜の教育格差
第5章 高校―間接的に「生まれ」で隔離する制度
第6章 凡庸な教育格差社会―国際比較で浮かび上がる日本の特徴
第7章 わたしたちはどのような社会を生きたいのか
<著者プリフィール>(ちくま書房のサイトより)
松岡 亮二(まつおか りょうじ)
ハワイ州立大学マノア校教育学部博士課程教育政策学専攻修了。博士(教育学)。東北大学大学院COEフェロー(研究員)、統計数理研究所特任研究員、早稲田大学助教を経て、現在同大学准教授。国内外の学術誌に20編の査読付き論文を発表。日本教育社会学会・国際活動奨励賞(2015年度)、早稲田大学ティーチングアワード(2015年度春学期)、
東京大学社会科学研究所附属社会調査データアーカイブ研究センター優秀論文賞(2018年度)を受賞。
2019年12月18日水曜日
[積読立読斜読] 『教育格差 ―階層・地域・学歴』(松岡亮二著、ちくま新書、2019年)朝日新聞書評、出口治明
2019年12月19日木曜日
[積読立読斜読] 『教育格差 ― 階層・地域・学歴』(松岡亮二著、ちくま新書、2019)はじめに
2019年12月22日日曜日
[積読立読斜読] 『教育格差』(松岡亮二著、ちくま新書、2019年)第1章のまとめ
2019年12月28日土曜日
[積読立読斜読] 『教育格差』(松岡亮二著、ちくま新書、2019)第2章のまとめ
2020年1月2日木曜日
[積読立読斜読] 『教育格差』(松岡亮二著、ちくま新書、2019)第3章のまとめ
2020年1月4日土曜日
[積読立読斜読] 『教育格差』(松岡亮二著、ちくま新書、2019)第4章のまとめ
2020年1月12日日曜日
[積読立読斜読] 『教育格差』(松岡亮二著、ちくま新書、2019)第5章のまとめ
2020年1月17日金曜日
[積読立読斜読] 『教育格差』(松岡亮二著、ちくま新書、2019)第6章のまとめ
2020年1月18日土曜日
[積読立読斜読] 『教育格差』(松岡亮二著、ちくま新書、2019)第7章のまとめ
[積読立読斜読] 『短編画廊』(ローレンス・ブロック編、ハーパーコリンズ・ジャパン、2019年)よりスティーブン・キング
男性は新聞を読み、女性は室内にあるピアノを弾くでもなし、といった状況からどんな物語を紡いだのか。キングは短編を「音楽室」と命名。冒頭からいきなりホラーが始まってしまいました。
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