2023年4月30日日曜日

[その他] a day in the life 軽音楽の練習 同期会の準備

 2023年4月30日(日曜日)。

軽音楽部の練習と5月6日(土曜日)にある皆実28期同期会の準備。

同期会では余興で6曲演奏します。





搬入する機材をいったん集めてみました。なんとか軽自動車に積めそうです。






[WGC] 柚木沙弥郎の日めくりカレンダー

 





[積読立読斜読] 『予防そうじで毎日キレイ』(新津春子・監修、コスミック出版、2017年)





旧版ですが「予防そうじ」の考え方が新鮮で購入。当方はマンション管理会社でマンション管理員・清掃員の「指導員」の仕事をしています。管理員・清掃員の仕事の大部分を占める「清掃」の考え方の根幹をなすものとして「考え方」を取り入れたいです。


工場管理では「予防清掃」をさらに進めて「汚れない清掃」(二度と汚れない仕組み作り)まで構築の努力をされています。

マンションの清掃管理への導入は非現実的ではありますが「考え方」が新鮮でした。


予防清掃(5Sの一環)

「汚れない清掃」のことをいう。汚れた所を掃除する、という清掃は汚れることを前提とした、いわゆる事後清掃である。そこで、「なぜ掃除をするのか」という"真因の追求"をし、"汚れ"の根元を探り、再発を防ぐ仕組み作りをすることから「予防清掃」と呼ぶ。



汚れない清掃(5Sの一環)

「崩れない3S」を形づくる考え方の1つで、清掃の原点的改革を提唱する。汚れた所を掃除する、という清掃を習慣化して"清潔"さを保つことはあくまで基礎だが、再び汚れれば同様に清掃を繰り返すだけ。つまり、事後清掃なのである。

まず、「なぜ掃除をするのか」と、清掃そのものを否定してみる。答は「汚れるから」。さらに、「なぜ汚れるのか」と再び問いかけ、汚れの元凶を探りあてる。そして、二度と汚れないような仕組みを作り上げる。これが「汚れない清掃」となり、予防清掃とも呼ばれ、より効率的に清潔さを維持することができる。


「製造業のためのお役たちサイト」より

https://www.lean-manufacturing-japan.jp/jit/5s-1/post-450.html

2023年4月29日土曜日

[晴れときどき英語のお勉強]『真・英文法大全』 従属接続詞 

[画像]




[画像]



やたらと長かった「Chapter 3 接続詞」はこれで終わりです。
次は文法書らしい(?)「仮定法」になります。



 p143

3-4-6 so ~ that … の発展事項


[発展]so ~ that …  が否定文(日本語訳の注意)


She is a liar. I'm not so stupid that I believe what she says.


「彼女はうそつきだ」

「私は彼女の言うことを信じるほど馬鹿じゃない」


(×)「私はとても(あまり)バカじゃないので、彼女の言うことを信じる」


so ~ that … はセットで考える

so「それほど」と訳す


What are you so happy about?

「何でそんなに喜んでいるの?(※直訳「何についてそれほど嬉しがっているの?」)


soとveryは違う


Thank you so much!「(感情を込めて)ありがとうございます)

>Thank you very much.



p144

such that 

Their relationship is such that they can discuss anything.


"such a 形容詞 名詞" = such に集約されたもの


①結果「Sはとてもすごいもので、その結果…だ」

②程度「…するくらいのものだ」



3-4-7 so that ~ について(so ~ that …との区別)


[カクシン]soとthatがくっつくときは目的(~するために)の意味になる


She took a picture of the entrance so that she would recognize the building the next time she came.


※the next time は接続詞(p115)


so that の後ろには助動詞が必要

will / can (時制の一致を受ける場合は would / could)


They spoke softly so that the baby wouldn't wake up.



[補足]なぜ助動詞が必要なのか?

so that ~(目的)は未来の動作→(未来を表現できる)助動詞が必要



p146

[応用]so that ~の細かい注意点

(1)in order を使った熟語も同じ意味になる

※so as to ~ = in order to ~ (p498)


A new weathr satellite was put in orbit in order that the weathr forecast would be more accurate.


※orbit:軌道


(2)thatは省略可能


I'll tell yoou the password so (that) you can log into the company database.



(3)コンマがつくと「結果」を表す


The door was locked and th elights were off, so (that) it appeared that nobody was home.



※so that は目的、soは結果、を表すことが多い


He made a shopping list, so that he wouldn't forget what to buy.

※so that なので「目的」を表す



p147

[追加英文]

(1)It's raining so hard that it's dangerous to keep driving.

(2)The restaurant was not so busy that we couldn't get a table.

(3)It is important to have an investment plan so that you can live comfortably in retirement.

(4)She got to the concert earyl in order that she could get a good seat.



p148

2-4-8 名詞節をつくる if / weather (副詞節・名詞節の両方をつくる)


[カクシン]従属接続詞"if"は「半々の不安定」の意味


ifの意味

①副詞節の場合「もし~ならば」「たとえ~でも」 ※= even if

②名詞節の場合「~かどうか」


I wonder if Santa Claus exists.


[カクシン]従属接続詞"whether”は「2つのうちどちらか」


whetherの意味 核心:2つのうちどちらか

①副詞節の場合「~であろうとなかろうと」

②名詞節の場合「~かどうか」 ※ = if(名詞節)


Whether I go out with her or not, she plans to study abroad next year.


※副詞節 whether (Whether sv, SVの形)


Whether I go out with her or not has nothing to do with you.

「僕があの子と付き合うかどうかは、あなたには関係ない」


※名詞節 whether (Whether sv Vの形)


p151

if と whether の違い(名詞節の場合)

[ポイント]

①名詞節をつくるifは目的語だけ(主語になれない)

②文頭にきたIfは副詞節になる(If sv, SV)

③whetherは万能なので英作文・英会話で使う時は無難


p151

[補足]whetherは疑問詞と同じ性質


It does not matter whether you wear a tie or not, but you must wear a white shirt.

※matter「重要である」(動詞)


The question whether a low-carb diet is better for you or low-fat one is, is one that sparks heated debate.


[まとめ]副詞節だけでなく名詞節も作ることができる従属接続詞(that / if / whetehr)に共通する重要点

①名詞節と副詞節をつくる

②名詞節・副詞節の違いは文の構文から判断する(日本語訳に頼らない)


p152

[パラダイムシフト]if と that

※don't know if と don't know that には違いがある


don't know if~ 「~どうかは知らない」:主語の人称・時制に関係なく使える

don't know that ~ that以下の確定事実を「(今)知らない」というのは不自然


I didn't know that Real Madrid lost today.


※「いままで知らなかった」という意味で、過去形(didn't know)は自然な表現



[追加英文]

(1)I'm going to go to the kitchen to see if your orders are ready.

(2)I wonder whether Rin still remembers me.

(3)THe point is wether or noto she will understand it.

(4)It does noto matter whether we take the train oro go by car.




p154

Chapter 3-5 時・条件を表す副詞節内での「現在形の特別用法」


3-5-1 基本ルールの詳述(しょうじゅつ)


①時・条件を表す副詞節の

②中では

③(未来の事でも)現在形を使う


時・条件を表す副詞節をつくるのは、when/if などの従属接続詞

副詞節の中だけが現在形


We will start the meeting as soon as Mr. Murayama arrives.


Unless someone is our group speaks Japanese, it will be hard to communicate with Mr. Tkahashi.



[+α]未来完了形 → 現在完了形で代用


I will reply to your text when I have eaten lunch.


※text:(スマホなどの)メール・テキストメッセージ


[パラダイムシフト]

シェイクスピアの時代の英文では、時・条件の副詞節内は原形


If love be blind, it best agrees with night.

「恋は盲目というのなら、なおさら夜こそ恋にふさわしい」


if necessary = if need be 「もし必要ならば」


p156

3-5-2 副詞節と名詞節の判別

時・条件を表す副詞節の中では未来のことでも現在形を使う

副詞節以外(形容詞節・名詞節)では未来のことは未来形で表す


I don't know if he will come on time.


[応用]特に注意するのはwhen とif

whenは副詞節か名詞節になる

①従属接続詞「~するとき」

②疑問詞「いつ」※when svで名詞節をつくる(間接疑問文)


※名詞節を作るwhenは従属接続詞ではない(疑問詞)


Mr. Sawada knows when the company will unveil its next generation of smartphones.


[まとめ]when, if が名詞節になるパターン

①他動詞+when / if ※konw, wonder, see などがこの形をとる動詞

②SV 人 when / if ~ ※第4文型の動詞 tell, ask など



[発展]時制からwhenの意味を判断する


Please tell me when you will be finished with the conference room.


※when s will~なので、when節は名詞節


Please tell me when you are finished with the conference room.


※when節では現在形are、なのでwhe節は副詞節


[資料]副詞節中に未来形以外の動詞がくる場合もある


①単なる「過去のこと」を述べる場合

Every time they scored a goal, the fans cheerd wildly.


②if節中にwillがくる(話し手が「意思」を強調したい場合など)


③if節内に過去形 → 主節に助動詞の過去形があるなら「仮定法」


④常に起こることを述べるときの「現在・過去・未来形」として現在形が使われる(その場合、主節も現在形になる)

[日本語名言紀行] 気象 018 【風】遠い世の松風

 p52

木の葉が一年中緑の色を保つ常緑樹は「常盤木」として尊重され、特に松の木は縁起のいいものとして大事に扱われてきた。「ときわ」は永久不変の「とこ岩」から転じたことばと言われる。めでたい松に吹く風はわざわざ「松風」と称するほどの鑑賞の対象となり、その音は特に「松籟(しょうらい)」と呼んで大事にしてきた。茶釜の湯の煮える音がそれに似ているとして茶道ではそれをも松籟と呼ぶほどである。


ちょうど4月の読書会で岡倉天心の『茶の本』を読んだばかり。現代語訳、英訳ではこの「松籟」を表現できず。渋谷区の「松濤」もこの意味だそうです。


2023年4月23日日曜日

[積読立読斜読] 岡倉天心『茶の本』読書会発表用メモ









[一日一禅] 水到れば渠成る [みずいたればきょなる] 時期が訪れればものごとは自然にできあがる。


 p136

水と言う字には「徳」という意味もあります。

徳を少しづつ積めば自然にことは成るのです。




[ひとり「広島掃除に学ぶ会」] 4月22日(月)~4月26日(金)通勤途中のゴミ拾い

 



今週は勤務先が一定せず、バイク通勤・車通勤が多かったため、

徒歩通勤ができませんでした。

通勤途中のゴミ拾いはできませんでしたが、1日だけ、勤務先のマンションの周辺をゴミ拾いしました。

大量の衣類がはいった段ボール箱が不法投棄(?)されていたので持ち帰りました。




[惹句どんどん] David Gilmour(ピンクフロイド)

 


祝『狂気』発売50周年。

[積読立読斜読] 『凡事徹底「一日一話』(鍵山秀三郎著、PHP研究所)4月13日~4月18日

 






[積読立読斜読] 『漱石俳句集』(坪内稔典編) 6





その夜もまた朧なりけり須磨の巻



 61 唐黍を干すや谷間の一軒家


62 いたづらに菊咲きつらん故郷は


63 名月や故郷遠き影法師


ある人に俳号を聞かれて

64 去ん候これは名もなき菊作り


65 炭売の後をここまで参りけり


66 三十六峰我も我もと時雨けり


67 菊の香や故郷遠き国ながら


68 土筆(つくしんぼ)人なき舟の流れけり


69 白魚や美しき子の触れて見る


70 朝桜誰ぞ絽鞘の落しざし


71 その夜もまた朧なりけり須磨の巻


72 卯の花や盆に奉捨(ほうしゃ)をのせて出る





然候(読み)さんぞうろう

精選版 日本国語大辞典 「然候」の意味・読み・例文・類語

さん‐ぞうろう ‥ざうら・ふ【然候】


〘連語〙 (「さにあり」の丁寧表現「さにさうらふ」の変化した語)

① 応答の語。そうです。さようでございます。はい。

※平治(1220頃か)中「『あれにひかへたるは頼政か』『さん候』」

② 相手のことばや問いかけに答える時の発語。そのことでございます。

※曾我物語(南北朝頃)六「義盛、ゑみをふくみ『十郎殿のましましけるや。〈略〉これへこれへ』と、請じける。十郎、笏とりなをし、『さん候。もっとも御目にかかり候べきを〈略〉』」



精選版 日本国語大辞典 「三十六峰」の意味・読み・例文・類語

さんじゅうろっ‐ぽう サンジフロク‥【三十六峰】


[1] 〘名〙 連山で、三六の峰があるもの。転じて、多くの峰をもった山。古く中国の嵩山のことをいった。

※本朝続文粋(1142‐55頃)五・後二条関白辞内大臣第三表〈大江匡房〉「譬猶下策二菓下之蹄一、追以二万八千里之風塵一矣、望二華表頂一、跨中於三十六峯之雲霧上焉」

[2] (文人たちが(一)にならって京都に移入したもの) 京都盆地の東縁に南北に連なる東山丘陵の称。北は如意ケ岳から、南は稲荷山まで。東山三十六峰。

※本朝無題詩(1162‐64頃)八・長楽寺眺望〈大江佐国〉「一千余里東西路、三十六峯錦繍林」



朝桜(あさざくら)……朝の花見。

絽鞘(ろざや)……絽を巻いた刀の鞘。

絽(ろ)……織り目の透いた薄い絹織物。夏の単衣に用いる。

落としざし……刃の先端を下方に下げて差すだらしのない(よく言えばくつろいだ)刀の差し方。



夏目漱石の松山時代の句に「卯の花や盆に奉捨(ほうしゃ)をのせて出る」がある。その年上京した俳句の先生、正岡子規に送って批評を請うた。


「奉捨」は一般には「報謝」。仏への感謝から転じて、巡礼や寺社詣での人へのお布施を言う。当時、四国にいた漱石は、お遍路さんへの報謝を子どもが盆に載せて出す、そんな初夏の光景を詠んだのかもしれない。



精選版 日本国語大辞典 「須磨源氏」の意味・読み・例文・類語

すまげんじ【須磨源氏】


[1] 謡曲。五番目物。観世・宝生・金剛・喜多流。世阿彌作。古名「光源氏」。日向国宮崎神宮の神主藤原興範(おきのり)が伊勢参宮の途中須磨の浦に立ち寄ると、光源氏の霊が年老いた木こりの姿で現われ、その生涯を語って消える。その夜、興範の夢の中に光源氏として現われて早舞を舞う。「源氏物語」による。

[2] 〘名〙 (源氏物語が長編であるため、須磨の巻あたりでやめてしまう人が多いところから) 源氏物語を読むのを途中まででやめてしまう人をあざけっていう語。

※合巻・偐紫田舎源氏(1829‐42)九「ふるき常言(ことわざ)の三月庭訓(ていきん)須磨源氏、明石の巻までたち消えのせぬやうに」

出典 精選版 日本国語大辞典精選版 日本国語大辞典について 情報



2023年4月27日木曜日

[あの頃のレコード] ピンク・フロイド『狂気』(1973年)

 


発売50周年だそうで、いろいろ特別盤が発売中。当方はアナログ・レコードを入手。

高校時代によく聴きましたが当時のレコードはとっくに処分しました。(アナログでまた聴くとは思ってませんでした)。

定期購読している『レコード・コレクターズ』(2023年5月号)が特集。

本投稿でも詩の内容も含めじっくり聴いていきます。


当方がアマゾン経由で購入したのは2016年のリマスター版アナログ180g。

プレスはチェコ産。ステッカーとポスター付でした。









2023年4月26日水曜日

[惹句どんどん] フランク・ザッパ(ロック・ミュージシャン)

 


Pintarestで見つけました。

[その他] 10日と25日は'Punk in'(パン喰い)の日 MON(中区舟入南)




 [その他] 10日と25日は'Punk in'(パン喰い)の日 MON(中区舟入南)


南竹屋にある喫茶店+ベーカリーの支店。舟入の電車通りにあります。

6点で1000円ちょっとだったので安すぎて値段を間違えたかと思いましたが、

極めて良心的な値付けです。


品ぞろえは昭和のパン屋さんで奇を衒ったところがまったくなありません。

生地も成形も丁寧なお仕事でした。


「街のパン屋さん」のあるべき姿なのかも知れません。


<店舗データ>

ベーカリー MON

広島県広島市中区舟入南1丁目4-57

[新聞投稿] 28期の寺本君 中国新聞「広場」欄

 


28期寺本君の投稿。何か発言できる意見を常に持っている人は素晴らしいなあ。なぜか自分の通った時代の千田小学校は校内にプールがなく徒歩5分の平野町公園隣接のプールに通ってました。(いまは校内プール有で平野町公園のプールは廃止)。

2023年4月25日(火曜日)中国新聞読者投稿「広場」欄。



2023年4月25日火曜日

[新聞記事] 論壇 「未婚社会」の老後へ 生涯観の刷新



 2023年4月21日(金)付、朝日新聞。


[その他] 4月24日(月曜日)カフェダスティ―アーツ読書会『茶の本』

このカフェは建築家の谷尻誠さんの出世作『毘沙門の家』
斜傾地に6本の柱を立て建物を浮かせて基礎費用を文字通り浮かせた秀逸な構造
トイレの中にも斜めの柱が立ってます。

いつもながら美しい夜景


本日は女性が多く参加され10名の大所帯でした。


今月の課題書は岡倉天心の『茶の本』。この読書会では過去に『武士道』『代表的日本人』が取り上げられており、明治期に英文で書かれた日本の紹介本が揃ったことになります。

著者はほぼ同じ年齢で、いずれも薩長閥ではなく、佐幕藩の出身で、明治維新で強烈なアイデンティティ・クライシスに陥ったことが著作の動機というのが当方の見立てです。

特に岡倉天心が才が勝過ぎ日本に居場所がなくアメリカで出版でした。


「日本人論」は国民国家としての「日本」が揺らいでいる現代にこそ必要な領域なのですが、この3人のような剛腕な書き手が不足しています。



新渡戸稲造 盛岡(南部)藩(佐幕)


内村鑑三 高崎藩(佐幕)


岡倉天心 福井藩(佐幕)



内村鑑三  1861‐1930(文久1‐昭和5)

うちむらかんぞう 


日本のキリスト教界を代表する一人。無教会主義の創始者。高崎藩士内村宜之の長男として江戸に生まれ,有馬英学校その他に学んだのち札幌農学校(現,北海道大学)2期生となる(1877)。ここで W. S. クラークの感化を受けてキリスト教に入信した。卒業後は水産研究に従事したが,結婚に破れて渡米し,アマースト大学に学んだ。その学業は今日の一般教養程度のものであったが,総長のシーリー J. H. Seeley の感化の下に回心を体験したこと(1886)は以後の活動を決定した。自伝《余は如何(いか)にして基督信徒となりし乎(か) How I Became A Christian》(1895)は誕生から回心までの記録である。帰国後第一高等中学校(旧制一高)嘱託教員のとき,教育勅語に敬礼を拒んだことが不敬事件として騒がれ,内村は世に住む所なきの苦しみを味わった(1891,内村鑑三不敬事件)。しかしその間に《基督信徒の慰め》《求安録》《代表的日本人》という名著が生まれた。さらに《万朝報》《東京独立雑誌》によって社会評論に健筆をふるい,足尾銅山鉱毒事件にかかわり,あるいは日露開戦に際しては非戦論を貫くなど,目ざましく活躍した。黒岩涙香,堺利彦,幸徳秋水らと理想団を結成して社会改良を志したこともある。1900年創刊の《聖書之研究》は伝道を著しく前進させた。第1次大戦終結前に始めた再臨運動は1年半で幕を閉じたが,これは内村の信仰を決めただけでなく,弁証法神学の台頭とならんで20世紀キリスト教のあり方を表したものといってよい。晩年の内村は聖書講義に集中して《羅馬(ロマ)書の研究》のような神学的傑作を生み,また塚本虎二,黒崎幸吉,藤井武,矢内原忠雄,三谷隆正,前田多門,南原繁ら多数の人物を育てた。

 内村の波瀾に富む生涯とカーライルを好む強い個性とは,同時代の文学者,小山内薫,有島武郎,正宗白鳥らを引きつけ,かつ反発させたほどであった。しかし思想は個性につきるのではない。彼の思想の根底には世界史への関心があり,これと聖書理解とがいっしょになって,幅と厚みのある思想が形成された。初期の《地理学考》(のちに《地人論》と改題)や《デンマルク国の話》《興国史談》は,世界史的観点に立って文明の興亡を見,歴史的環境と地理的環境とを重ね合わせ,究極的には歴史をつくり,歴史によってつくられる人間そのものに関心をおくという魅力に富む方法をもっている。民族と民衆への同情と関心がこの歴史観の根本をなす。今一つの関心は進化論にあって,ここからして進化と飛躍を含む宇宙史が構想された。そしてこの宇宙史が人類史と重なり,かつ人間がキリストの十字架・贖罪から見られるとき,歴史は宇宙史と共に救済史として理解される。キリスト再臨を歴史におけるリアルなできごととして告げ,非戦論を終末的平和に結びつけ,また終末的教会としての無教会を唱えたことは,この歴史理解を離れてはない。内村の聖書理解は旧約・新約全部にまたがり,それを有機的全体とみなしたもので,キリスト教神学にいう創造と救済や律法と福音の両極的・動的統一をよくつかんでいる。彼はこれを〈真理は楕円形のごときものである〉という言葉で表し,歴史の預言的解釈をもちつづけた。晩年には無教会主義にもとづいて〈宗教改革しなおしの必要〉を唱えた。 泉 治典

 上述の歴史観に加えて内村はまた地理学にも造詣が深く,札幌農学校へも地理学者になることを夢みて入校し,アマースト大学でも日本人留学生としては最初と思われる本格的な地学知識を身につけ,帰国後,旧制一高はじめ諸学校で地理,歴史を教えた。1894年 K. リッターはじめ多数の外国文献を用いて前述の《地理学考》を著し,〈地理学は一種の愛歌,哲学,預言書なり〉という前代未聞の概念規定で筆を起こし,西洋と東洋との仲介者,東西両文明を吸収融合することが,地理上より見た日本の使命であると結んだ。これ以外,明瞭な形での地理書の著述はないが,その門下に〈世界大〉〈世界の市民〉など雄大な思想を植えつけ,小国や未開地域への開眼を呼びかけた。                    嶋田 右左男


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新渡戸稲造  1862‐1933(文久2‐昭和8)

にとべいなぞう 


農業経済学者,教育家。南部藩出身で,札幌農学校に学び,札幌バンドの一人となる。1884年東大を中退し,アメリカ,ドイツの諸大学で特に農業経済学,統計学を学び,その間札幌農学校助教授になる。1901年台湾総督府に招かれ,糖業により統治の経済的基礎を確立。03年京都帝大教授,06年一高校長を経て,東京帝大教授となり植民政策講座を担当した。18年には初代の東京女子大学学長に迎えられた。また国際連盟事務局次長(1920‐26),ついで帝国学士院会員,貴族院議員となり,太平洋問題調査会の理事長として〈太平洋の橋〉になろうとした。彼は札幌時代における信仰上の懐疑と母の死の悲しみを,カーライルの《衣装哲学》のいう〈悲哀の中の慰め〉によって解決の方向を見いだし,クエーカーの神秘主義や人道主義で魂の安住を得た。そしてこの万人に内在する光への黙想の立場が宇宙の生命との一体を説く東洋思想に通じると考え,武士道を日本のよき精神的伝統とし,それを育成するものとしてキリスト教をとらえ,そこに東西文明の交流の方法を考えた。また,個性のある豊かな教養と確かな見識をもつ人間教育の重要性を唱え,大学では人間として苦しみ,そこで得た人間観,価値観を語り,一高では野心に満ちた学生,煩悶する学生に高遠な理想と自己反省を教え,一般社会では人間らしい世渡りの道と修養のたいせつさを通俗的に説いた。同時に地方の夜間学校教育,女子教育に深い関係を持ち続けた。《農業本論》(1898),《武士道――日本の魂》(英文,1899),《修養》(1911)などの著書がある。        土肥 昭夫


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岡倉天心  1862‐1913(文久2‐大正2)

おかくらてんしん 


明治期の美術指導者。越前福井藩を背景に横浜で貿易を営む石川屋勘右衛門の次男に生まれた。幼名角蔵のち覚三。幼時から英語を学び,漢籍にも親しんだ。東京外国語学校,東京開成学校をへて1877年東京大学文学部に入学,政治学,理財学などを学ぶが,そこでアメリカ人教師フェノロサに接し,その日本美術研究を手伝ったことが生涯を方向づけた。80年に文部省に出仕して音楽取調掛を命じられたが,まもなく図画教育調査会委員に挙げられ,古社寺宝物調査にもたずさわって,美術行政面に頭角をあらわしはじめた。またフェノロサが主宰する鑑画会に加わって新しい日本絵画の創造を唱導し,美術運動の指導者としての地歩も築いた。86年,東京美術学校設立を準備する図画取調掛の主幹を命じられ,フェノロサらと欧米を視察した。翌年帰国して東京美術学校幹事に就任。同校は89年,上野に開校し,天心は翌年校長になった。横山大観,下村観山,菱田春草,木村武山らが膝下で育っている。そのほか88年に臨時全国宝物取調局委員,89年には帝国博物館理事兼美術部長,そして高橋健三と諮って雑誌《国華》を創刊するなど,華々しい前半生の活動期を迎えた。新しい日本画の創造にあたって,極端な保守主義や欧化主義を排し,東洋の伝統をふまえて進取発展する道をとるというのが,天心の立場であった。こうしてその運動は順調に展開するかにみえたが,98年にいたって美術学校に校長天心を排斥する騒動が起こり,頓挫をきたすことになった。天才的で豪傑肌の天心の独断専行が一部の者の反感を買ったのである。職を退いた天心はその年秋,橋本雅邦をはじめ自分に従って学校を辞した教員らと谷中に日本美術院を創設,従来の運動をさらに活発に進めることにした。実際,開院と時を同じくし,日本絵画協会と連合で開いた共進会はすこぶる盛況であった。しかし好調は続かず,1901年ころには沈滞に陥り,天心も熱意を失った。以後の彼は美術運動の指導者というよりは思索の人と呼ぶのがふさわしく,また国外に出ることが多くなる。すでに1893年に中国に出張しているが,1901年暮にインドに渡り翌年秋まで滞在した。この間にビベーカーナンダと親交を結び,英文で《東洋の目覚め》を執筆した。これは生前出版されずに終わったが,《東洋の理想》が03年ロンドンで刊行されている。04年,大観,春草,六角紫水を伴って渡米,ボストン美術館東洋部の顧問になった。この年ニューヨークで出版した《日本の目覚め》は好評を博し,05年3月に帰国した。同年10月再び渡米,ボストン美術館東洋部長として毎年半年を同館で執務する契約を結び,以後ボストンと履城県五浦(いづら)の別邸とを行き来することになった。なお06年には衰微していた日本美術院を五浦に移している。五浦の天心は読書と釣りに日を送ることが多かった。活動舞台こそ海外にひろがったが,彼はむしろ失意の人であった。06年に出版された《茶の本》に,そうした内面を読むことができる。12年ヨーロッパ経由で渡米したが健康がすぐれず翌年4月に帰国。同年9月2日,赤倉の別邸で没した。天心の活動は多方面にわたり,しかも言動に矛盾が多いため,その全体像をとらえるのは容易でない。天心の全体像の解明は美術の面のみでなく,近代精神史・思想史にとっても依然課題であるといえる。《岡倉天心全集》全9巻がある。           原田 実


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2023年4月23日日曜日

[積読立読斜読] 『街とその不確かな壁』(村上春樹著、新潮社、2023年)

 『街とその不確かな壁』(村上春樹著、新潮社、2023年)



村上春樹さん6年振りの長編小説。村上作品が原作となった映画『ドライブ・マイ・カー』をさんざん観たせいもあり読者としては村上作品関連には

漬かっていた6年でした。


本作品は3部構成。第1部は1980年に『文學界』(9月号)に発表され単行本未収録の中編『街と、その不確かな壁』を書き直したもの。中編自体は長編『世界の終わりとハードボイルド・ワンダーランド』(1985年)に改編され一応の完結はみるのですが、村上さん自身は『街と、その不確かな壁』は習作としていつかは納得の行く形で書き直したい意志があったそうでです。



コロナ禍で外出や旅行がままならない異常な生活の下で書きなおされた本作、第1部の「街と、その不確かな壁」の書き直し部分は緩慢な展開ですが、追加で書き足したと言われる第2部に入ってから俄然速度がつきます。


ガルシア=マルケスと、ビートルズのアニメ映画『イエロー・サブマリン』を足して二で割り、コロナで味付けした観念小説、というのが当方の見立てです。魂と肉体は分離することがあるが、最終的には一体となり、人は救われるという希望です。いつもの村上作品に登場する品の良い商品や洒脱な会話は封印。性描写もありません。

作品中に狂言まわしとしてイエロー・サブマリンの絵柄のトレーナーを着た少年が出てきます。60年代の雰囲気の出で立ちからして主人公の幻想かも知れません。

カミュの『ペスト』(1947年)のように何十年か経ってコロナ禍のパンデミックを振り返るときの重要な作品になるでしょう。


p576

フェルミーナ・ダーサとフロレンティーノ・アリーサは昼食の時間までブリッジにいた。昼食になる少し前にカラマールの集落を通過した。ほんの数年前まで毎日のようにお祭り騒ぎをしていたあの港も今では通りに人影がなく、すっかりさびれていた。白い服を着た女が一人、ハンカチを振って合図をしているのが見えた。フェルミーナ・ダーサは、あんなに悲しそうな顔をしているのに、どうして乗せてやらないのか不思議に思っていると、船長が、あれは溺死した女の亡霊で、通りかかった船を向こう岸の危険な渦のところに誘い込もうとしているのだと説明した。船が女のすぐ近くを通ったので、フェルミ―サ・ダーサは陽射しを浴びているその女の細部にいたるまではっきり見ることがでkちあ。この世のものでないことは疑いようがなく、その顔には見覚えがあるような気がした。

ガルシア=マルケス『コレラの時代の愛』より


P577

「つまり彼の住む世界にあっては、リアルと非リアルは基本的に隣合って等価に存在していたし、ガルシア=マルケスはただそれを率直に記録しただけだ、と」

「ええ、おそらくそういうことじゃないかした。そして彼の小説をそんなところが私は好きなの」


Yellow Submarine (film) Wikipedia


Yellow Submarine (also known as The Beatles: Yellow Submarine) is a 1968 animated jukebox musical fantasy comedy adventure film inspired by the music of the Beatles, directed by animation producer George Dunning, and produced by United Artists and King Features Syndicate. Initial press reports stated that the Beatles themselves would provide their own character voices.[5] However, aside from composing and performing the songs, the real Beatles participated only in the closing scene of the film, while their animated counterparts were voiced by other actors.


The film received widespread acclaim from critics and audiences alike, in contrast to the Beatles' previous film venture Magical Mystery Tour. Pixar co-founder and former chief creative officer John Lasseter has credited the film with generating wider interest in animation as a serious art form, it having been generally considered a children's medium at the time.[6] Time commented that it "turned into a smash hit, delighting adolescents and aesthetes alike".[7] Half a century after its release, it is still regarded as a landmark of animation.[8]


<Plot>

Pepperland is a cheerful, music-loving paradise under the sea, home to Sgt. Pepper's Lonely Hearts Club Band. The titular Yellow Submarine rests on an Aztec-like pyramid on a hill. At the edge of the land is a range of high blue mountains.


The land falls under a surprise attack from the music-hating Blue Meanies, who live beyond the mountains. The attack starts with a music-proof glass globe that imprisons the band. The Blue Meanies fire projectiles and drop apples (a reference to the Beatles' then-new company Apple Corps)[9] that render Pepperland's residents immobile as statues, and drain the entire countryside of colour.


In the last minutes before his capture, Pepperland's elderly Lord Mayor sends Young Fred to get help. Fred takes off in the Yellow Submarine ("Yellow Submarine"). He travels to Liverpool ("Eleanor Rigby"), where he follows a depressed Ringo to "The Pier", a house-like building on the top of a hill, and persuades him to return to Pepperland with him. Ringo collects his mates John, George, and Paul. The four decide to help Old Fred, as they call him, and journey with him back to Pepperland in the submarine. As they operate the submarine, they sing "All Together Now", after which they pass through several regions on their way to Pepperland, including the Sea of Time, where time flows both forwards and backwards ("When I'm Sixty-Four"), the Sea of Science ("Only a Northern Song") and the Sea of Monsters, where Ringo is rescued from monsters after being ejected from the submarine. In the Sea of Nothing, the protagonists meet Jeremy Hillary Boob Ph.D., a short and studious creature ("Nowhere Man"). As they prepare to leave, Ringo feels sorry for the lonely Boob, and invites him to join them aboard the submarine. They arrive at the Foothills of the Headlands, where they are separated from the submarine and Old Fred ("Lucy in the Sky with Diamonds"). They then find themselves in the Sea of Holes, where Ringo picks up a hole and puts it in his pocket. Jeremy is kidnapped by a Blue Meanie, and the group finds their way to Pepperland.


Reuniting with Old Fred and reviving the Lord Mayor, they look upon the now-miserable, grey landscape. The Beatles dress up as Sgt. Pepper's Lonely Hearts Club Band and steal some instruments. The four rally the land to rebellion ("Sgt. Pepper's Lonely Hearts Club Band"). The Chief Blue Meanie retaliates by sending out the Dreadful Flying Glove, which John defeats by singing "All You Need Is Love". Pepperland is restored to colour as its flowers re-bloom and its residents revive. Ringo uses his hole to release the Lonely Hearts Club Band, and they join the Beatles in combating the Meanies' multi-headed dog ("Hey Bulldog"). Jeremy performs some "transformation magic" on the Chief Blue Meanie, causing the Meanie to bloom roses and sadly concede defeat. John extends an offer of friendship, and the Chief Blue Meanie has a change of heart and accepts. An enormous party ensues ("It's All Too Much").


The real Beatles then appear in live-action, and playfully show off souvenirs from the events of the film. George has the submarine's motor, Paul has "a little 'love'," and Ringo has "half a hole" in his pocket (having apparently given the other half to Jeremy). Ringo points out John looking through a telescope, which prompts Paul to ask what he sees. John replies that "newer and bluer Meanies have been sighted within the vicinity of this theatre" and claims "there is only one way to go out... Singing!" The four oblige with a short reprise of "All Together Now", which ends with translations of the song's title in various languages appearing in sequence on the screen.


[惹句どんどん] 村上春樹 新作『街とその不確かな壁』より


 

 『人は吐息のごときもの。

 

その人生はただの過ぎゆく影にすぎない』




p302

「ああ、わたくしもキリスト教徒ではありませんが、信仰とは関係なく聖書を読むのは好きです。若い頃から暇があれば手にとってあちらこちらと読んでおりまして、いつしかそれが習慣のようになりました。示唆に富んだ読み物であり、そこから学んだり感じたりするところが多々あります。その『詩編』の中にこんな言葉が出てきます。 『人は吐息のごときもの。その人生はただの過ぎゆく影にすぎない』」

『街とその不確かな壁』より



村上春樹さんの6年振りの長編小説『街とその不確かな壁』読書中。第二部にはいってから俄然面白くなりました。

前作から途中映画の『ドライブ・マイ・カー』(原作が村上春樹さん)を散々観たので長い空白という感じはありませんでした。



[積読立読斜読] 岡倉天心『茶の本』読書会発表用メモ

 


縁あって参加している読書会。4月の課題本は岡倉天心の『茶の本』。

読書会では感想を述べる必要があり、以下当方の発表用メモです。

他の人が読んでもわかりません。


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2023年4月24日(月曜日)19:30~21:00

カフェダスティ―アーツ読書会 『茶の本』(岡倉天心著、現代日本語訳・夏川賀中、致知出版社、2014年、オリジナルは1906年)


・謝辞

・『茶の本』は再読、高校『倫理社会』夏休み課題書

・本書から印象に残った箇所


p13

(茶道は)哲学と宗教を一体化させ、私たちが人間と自然について考察するあらゆる観点を表現しているからです。


「すべての愛好者を、趣味的な面で貴族の域に到達させる」ということにおいて、茶の哲学は東洋的な民主主義の精神を、真の意味で具現化しているのです。


p16

西洋社会は、日本が平和でおだやかな生き方を満喫している時代は、我が国を野蛮とみなしていたのです。ところが満州の戦場で大規模な殺戮を始めると、

日本を”文明化された”と呼ぶようになっています。


「サムライの掟」(切腹)=「死の技術」

茶道=「生の技術」

→『武士道』


p24

アジアで生まれた茶の文化は、「全世界に敬意をもって受け入れられた、唯一の東洋の儀礼」かもしれません。


p28

ボストン茶会事件(1773年)、アメリカの独立運動


p33

午後の光は竹林を照らし、泉は悦びに泡立っています。松の木がさらさら奏でる美しい音は、

今お茶を用意している、茶釜(ちゃつぼ)の中にまで聞こえています。


明るい午後の日は竹林にはえ、泉水はうれしげな音をたて、松籟(しょうらい)はわが茶釜に聞こえている。

『茶の本』(村岡博訳=岡倉天心の弟の弟子)


The afternoon glow is brightening the bamboos, the fountains are bubbling with delight, the soughing of the pines is heard in our kettle.


sough:sough【1自動】

〔風などが〕ザワザワと音を立てる

〔木の葉などが〕ヒューヒューと音を立てる



松濤(読み)しょうとう

〘名〙 松に吹く風の音を波の音にたとえていう語。松韻。松籟(しょうらい)。

※太平記(14C後)一一「夜更浪静まって、松濤(セウタウ)の風、蘆花の月、旅泊の体、万づ心すごき折節」 〔欧陽玄‐漫題詩〕

精選版 日本国語大辞典 


松風の音を波にたとえて視覚化した表現

『茶席の禅語大辞典』(淡交社)より


p38

ヨーロッパにおいては、ワインの嗜好の違いが、それぞれの時代の特質や国民性を分ける指標になっています。

これと同じように、茶に対する理想の違いは、東洋の文化における様々な潮流を特徴づけているのです。

煮る団茶(固形茶)、かき回す粉茶(抹茶)、だす葉茶(煎茶)は、中国における「唐」「宋」「明」という三つの王朝の、それぞれの情緒的な傾向をはっきり示しています。


p50

13世紀、宋の文化はモンゴル民族によって破壊。


p53

15世紀、足利義政将軍の保護のもとで茶の湯が完全に確立し、一個の独立した、非宗教的な営みとなったのです。


p56

茶道とは、その形を変えた、道家の思想と言うことができるでしょう。


p59

翻訳というのは、つねに一つの裏切り行為です。


誰にでも簡単に説明できるようなものが、偉大な教義となりえるでしょうか?


p61

道教の「道」が示すのは、「行程」というより、むしろ「時間の流れ」でしょう。


p70

すなわち、生きるための技術とは、環境に対する私たちの不断の調整に他ならないのです。


道教は、儒教や仏教と違って、現世をあるがままに受け入れます。


「三人の酢をなめる者」(宋代の寓話)


p74

道教がいう「真の人間」にとって、三つの宝石とは、「慈悲」と「倹約」と「謙譲」でした。


禅において、私たちが気づくのは、「道教の教えをさらに強調している」ということです。



p77

禅宗は道教のように「相対性」を崇拝します。

一人の高僧は、禅を「南の空に北極星を感じる技術」と定義しました。すなわち真理というのは、その反対にあるものを理解してこそ、到達できるものなのです。


p82

茶道のあらゆる思想は、人生の最も小さな出来事にも偉大な概念を見出そうとする、禅の思想が生み出したものなのです。

道教が、茶道の美の理想の根底をつくったとすれば、禅はそれに実践を与えました。


p90

茶の湯の発端は、「菩提達磨の像の前で、禅僧たちが鉢にいれたお茶を次々と飲む」という祭儀がもとでした。


p96

茶人として求められている第一の要請とは、掃き方であったり、拭き方であったり、洗い方の知識なのです。


p97

利休が求めた「掃除」の美学(落葉の話)


p104

日本の美術品が左右対称でないのは、西洋の批評家によってよく指摘さてていることです。

それもまた、道家の思想による影響を受けた、禅の考えを取り入れた作品だからに他なりません。


p120

茶道が隆盛をきわめた時代、太閤秀吉配下の武将たちは、勝利に対する報酬として広大な領地をもらうよりも、

貴重な芸術品を贈られることに、より多くの満足を得るようになりました。


p121

細川家の雪村の掛け軸と武士の話


「信頼される武士が、どれほど主君に献身的であったか」が描かれています。

しかしそれと同じく、「日本人がどれほど偉大な芸術作品に価値を置いていたか」ということも、見てとれるでしょう。


p153

朝顔にまるわる、利休と秀吉の話


p158

茶人たちは、「芸術は、それを自分の生き方に反映させられる人によってのみ、理解できるものだ」と考えてきました。


p164

美しいっものとともに生きた者だけが、美しく死ぬ事ができます。


「利休の最後の茶」は、偉大なる悲劇の頂点として、永遠に記憶されるべきものでしょう。


・他の本からの引用、自分の感想

明治期の英文日本紹介本(3冊)


<過去の読書会の関連本>

第12回  スターバックス成功物語 (ハワード・ショルツ / ドリー・J・ヤング)

第16回  利休にたずねよ      (山本兼一)

第57回  武士道      (新渡戸稲造 / 夏川賀央[訳])

第67回  葉隠      (山本常朝 / 城島明彦[訳])

第68回  代表的日本人       (内村鑑三 / 齋藤慎子[訳])


<コーヒー文化>

世界商品としての飲料(お茶、ココア、コーヒー)文化は日本・英国

スターバックス同士は戦争をしない(かつてはマクドナルド同士は戦争をしない)

<岡倉天心の背景>

ボストン美術館、キューレター(学芸員)フェノロサの抜擢

日本でははみだし、アメリカで評価

紅茶、英国帝国主義、日本茶、日露戦争

先行する『武士道』への批判

東西はそれぞれ理解できないかも知れないが歩み寄る必要がある


<イギリス、ペンギン・ブックス入り>

2016年


<お茶室の中は日本文化の縮図だ>

茶道=日本の総合伝統文化

書(掛け軸・禅語)、お花、お香、お道具(陶芸・漆器)、建築(茶室)、庭園(露地)、和食(懐石・和菓子)

着物、歴史、文化、作法、精神性


『教養としての茶道』(竹田理絵著、自由国民社、2021年)


絶滅する「茶道」



2023年4月22日土曜日

[その他] a day in the life 縮景園、高木で和菓子購入

 4月22日(土曜日)、4月24日(月曜日)の読書会の課題書は岡倉天心の『茶の本』。

「茶道」に集約された日本美術の考察を通して東西の宗教・哲学・美学を比較考察した明治時代の英文書の古典ですが、茶道がすでに一般的な日本人の生活からは乖離したところで成立していて、茶道をもって「日本人の心」と言われてもピンときません。

当方の母親が華道・茶道教室を営んでおり、茶道については身近にありましたが、本格的な茶室の建築物は久しく見てないので、縮景園に行ってきました。

帰りに高木で明日の軽音楽部の御茶受けを購入。生和菓子も京料理と共に2022年「登録無形文化財」に登録されました。要は「絶滅危惧種」なのです。