2018年7月30日月曜日

[惹句どんどん] 吉田茂(日本の政治家)



「勘」というものは幸運と同じように、つくり出そうとしてつくり出せるものではない。
それらはともに、すぐれた歴史の感覚をもち、勤勉に働く国民に与えられる一種の贈り物のようなものである。



日本は太平洋戦争という大失敗も犯したが、全体としては激しい国際政治の荒波のなかを巧みに舵をとってきた。しかし、それは日本人のすぐれた「勘」」のたまものなのである。とくに明治の指導者たちはすぐれた「勘」」をもっていた。だから私は事あるごとに「勘」の必要性を説いてきたのである。しかし、「勘」というものは幸運と同じように、つくり出そうとしてつくり出せるものではない。それらはともに、すぐれた歴史の感覚をもち、勤勉に働く国民に与えられる一種の贈り物のようなものである。自分たちの成功に酔ったり、実力を過信する人々には、幸運も「勘」も与えられはしないのである。日本の歴史もそのことを示している。明治百年をかえりみて、私はつくづくそう思うし、これからの日本を背負う人びとにもそのことをわかってほしい。

『日本を決定した百年』(吉田茂)より

『齊藤孝の一気読み! 日本近現代史』(東京堂出版、齊藤孝著、2018年)より孫引き

[その他] 映画鑑賞『さすらいのレコード・コレクター』横川シネマ


7月28日(土)は皆実28期軽音楽部の課外活動(?)で部長のA君と映画鑑賞。横川シネマ。1930年頃のブルース、カントリー、などアメリカのルーツ・ミュージックの78回転レコードのコレクターの話です。

鑑賞後、商店街の串揚げやで懇親会。

[その他] ギター教室の発表会




7月29日(日)は、月に3回程度通っている地蔵通りのギター教室の生徒さんによる発表会(第10回目)が薬研堀のライブ・カフェ"JIVE"でありました。

リハーサルが11時から、発表会は16時~19時という長丁場でした。生徒さんはエレキが主で、当方のような「アコースティックギター(フィンガーピッキング)で歌」というのは私一人でした。(当然曲もアップテンポなものが多い)。演奏の下手さ加減もあって相当浮いた存在のようでしたが楽しかったです。

歌と演奏は2曲でビートルズの"Blackbird"と"Across the Universe"を演奏しました。めずらしく配偶者が来てくれました。

2018年7月28日土曜日

[新聞記事] 朝日新聞 Reライフ(人生充実) 同窓会特集

2018年7月25日付朝日新聞全面広告。シニア向けの企画「Reライフ」が同窓会特集。お盆の帰省時に同窓会開催の例が多いのか、この時期週刊誌も同様の企画があるようです。



当方にとっては新鮮味がなく項目だけ紹介します。各記事詳細はReライフ.net(同窓会大特集)で。

・座談会 全国の高校3166校の寄せ書きノートがある新橋の居酒屋「有薫酒蔵」での読者座談会。「一瞬でも『あの頃』に 幸せも悩みも共有」
・同窓会は「脳に良い」昔の記憶が刺激に(精神科医・保坂隆さん)
・「見た目」は選択の積み重ね、老いてこそ差がつく(メイクアップアーティスト・山本浩未さん)
・83歳の義母にはリハビリの「励み」
・「第二の人生のお手本」が見つかる場
・幹事代行会社が語る、SNS時代の事情
・「いい感じ」に見えるメイクの法則
・旅行同窓会が人気、お得な時期は?
・”浮かない”コミュニケーション術


[惹句どんどん] 加藤陽子(東京大学大学院教授、日本近代史)


 (近代史を)あえて現在の自分とは遠い時代のような関係としてみる感性、
これは、未来に生きるための指針を歴史から得ようと考える際には
必須の知性であると考えています。



P174

帰国まで、気の遠くなるような時間のかかった残留婦人、残留孤児などの問題を考えれば、国家の責任を強く追及する思いで歴史を振り返りたくなる気持ちもわかります。しかし、たとえば、自らが分村移民を送り出す村の村長であったらどう行動したか、あるいは、県の開拓主事であったらどう行動したか、移民しようとしている家の妻であったらどう行動したか、関東軍の若い将校であったとしたらどう行動したか、そのような目で歴史を振り返って見ると、また別の歴史の姿が見えてくると思います。

近代史をはるか昔に起きた古代のことのように見る感性、すなわち、自国と外国、味方と敵といった、切れば血の出る関係としてではなく、あえて現在の自分とは遠い時代のような関係としてみる感性、これは、未来に生きるための指針を歴史から得ようと考える際には必須の知性であると考えています。

『とめられなかった戦争』(加藤陽子著、文春文庫、2017年)

2018年7月22日日曜日

[その他] 28期地歴部フィールドワーク 宇品港築港

県女の原爆犠牲者にKさんの叔母さんの名前が。。。 

宇品港築港時の県令・千田貞暁像


7月22日(日曜日)豪雨災害で順延になっていた28期地歴部フィールドワークを実施しました。こじんまりとA君、Kさん、大脇の3人が参加。

今回のテーマは宇品港築港で宇品の干拓関係の歴史をフィールドワークしました。第1回目ということで宇品に先立ち広島が干拓で土地を広げていったスタート地点の白神社と、その近くにある皆実高校の前身である広島県立第一高等女学校跡地の原爆追悼の碑を訪ねました。Kさんの叔母さんが県女の生徒で原爆被害にあったそうで追悼の銘板にお名前があることを発見。

順路としては(3)日清戦争凱旋塔(平和塔)、(4)皆実新開堤防跡、(5)御幸通り、(6)千田貞暁像、正岡子規句碑、(7)軍用桟橋跡、(8)唱歌「みなと」歌碑、(9)暁橋、の順番です。

書物での知識と、実際に自分で足を運んで得る知識とは、自分の知識としての染み込み方が違い、大変有意義なフィールドワークになりました。

次回は廃線になったJR宇品線を巡るフィールドワークの予定です。



[その他] 映画『ラスト・ワルツ』鑑賞(横川シネマ)



7月21日(土曜日)18:30より横川シネマで映画『ラスト・ワルツ』鑑賞。

上映40周年記念でデジタル・リマスター版だそうです。映像は鮮明で大音量で聴くコンサート・映画は最高でした。

皆実28期の軽音楽部の活動の一環?です。


2018年7月17日火曜日

[その他] 西日本豪雨 皆実28期同期会 義援金募集中


画像はこちらからお借りしました https://okane-kikin.org/20180709-2/


2018年7月6日からの西日本豪雨で被害を受けた方に衷心よりお悔みお見舞い申し上げます。

7月12日(木)に東京在住の28期K君より28期同期生の自宅で床上浸水の甚大被害あり、皆実28期で義援金を集めたらどうかという意見があり、会長と相談して募集することにしました。

高校の同期会組織では異例のことかも知れませんが、通例の「亡くなって弔電を送る」活動より現実的だと考えました。

幸い多くの同期生とはメール、ショートメールを通じて通信網があり、ホームページも開設しているので連絡と拠出先の告知は容易でありました。

8月末に締めて被害のあった皆実28期同期生に届けます。


以下報道のまとめです。

●平成30年7月豪雨(気象庁、2018年7月9日)
西日本の豪雨「平成30年7月豪雨」と命名 気象庁(2018年7月9日14時20分 朝日新聞デジタル)

 気象庁は9日、西日本を中心に降り続いた今回の記録的な大雨の名称を「平成30年7月豪雨」と決め、発表した。同庁は顕著な被害が起きた自然災害に名称をつけている。朝日新聞のまとめでは、台風7号が九州に接近した3日以降、9日午後1時現在、13府県で96人が死亡、行方不明や連絡が取れない人は82人となっている。

 今回の豪雨で気象庁は、数十年に一度の重大な災害が予想される場合に出す「大雨特別警報」を6日から8日にかけて福岡、佐賀、長崎、広島、岡山、鳥取、京都、兵庫、岐阜、愛媛、高知の11府県で発表。8日までにすべて解除されたが、2013年に特別警報の運用が始まって以降、一つの災害で4都道府県以上に出されたのは初めて。
 
●西日本豪雨 死者219人 避難者4800人 (産経新聞WEST)
2018年7月16日12:48
  警察庁は16日、西日本豪雨の被災地での死者が14府県の219人に上ったと発表した。依然1府4県で21人が安否不明。甚大な被害が出た被災地では安否不明者の捜索が続き、同日午前には広島市安芸区矢野東で1人の遺体が発見された。

 警察庁によると、死者の内訳は広島108人、岡山61人、愛媛26人、京都5人、山口、高知、福岡各3人、兵庫、佐賀、鹿児島各2人、岐阜、滋賀、鳥取、宮崎各1人。

 総務省消防庁によると15日午後8時現在、16府県で約4800人が避難生活を続けている。 

2018年7月14日土曜日

[その他] 広島掃除に学ぶ会 宮島公衆トイレの清掃




7月14日(土)は広島掃除に学ぶ会の活動で宮島の公衆トイレの清掃に参加しました。

3班に分かれましたが当方は包が浦キャンプ場のトイレを担当しました。周囲は芝生が広がり大変美しい環境でのトイレ掃除になりました。

当方の班は企業から参加された方が大半でした。中にはご家族連れの方がおられ、小学生、中学生の方が一番熱心に掃除をされており感激しました。

写真は清掃したトイレと終礼の様子です。

今回の会の正式名称は「第10回 広島の文化遺産をきれいにする会」で「広島掃除に学ぶ会」として参加という形です。大阪や東広島、三原、安芸高田、中国など、各方面各国から参加がありました。宮島の公衆トイレの清掃は今回で第10回目だそうです。

記念の写真はがき、いただきました。




2018年7月13日金曜日

[惹句どんどん] 伊丹万作(映画監督)


さて、多くの人が、今度の戦争でだまされていたという。
みながみな口を揃えてだまされていたという
 
           「だまされるということ自体がすでに一つの悪である」ことを
                       主張したいのである。

「だまされていた」といつて平気でいられる国民なら、
おそらく今後も何度でもだまされるだろう

「戦争責任者の問題」伊丹万作より

硬派のPR雑誌『スタジオジブリの好奇心』(2018年7月号)が「移民大国日本」を特集。外国人労働者に対し、日本政府が諸外国と違う独自の定義をして「日本に移民はいない」という幻想を抱かせているそうです。
OECD(経済協力開発機構)の「移民」の定義は「90日以上滞在できる合法的な資格を持って入国した人」で換算すると日本は世界第4位の移民大国(約39万人)だそうです。法務省による在留外国人数は約247万となっています。

コンビニやファーストフード店では外国人労働者が当たり前の光景になりました。「日本に移民はいない」とだまされるのではなく、現実に目を向け、潜在的な問題に対し、皆で知恵を出そうという論調です。記事の中で伊丹万作の文章が引用されていました。

長くなりますが伊丹万作の文書の全文です。


「戦争責任者の問題」伊丹万作より

 最近、自由映画人連盟の人たちが映画界の戦争責任者を指摘し、その追放を主張しており、主唱者の中には私の名前もまじつているということを聞いた。それがいつどのような形で発表されたのか、くわしいことはまだ聞いていないが、それを見た人たちが私のところに来て、あれはほんとうに君の意見かときくようになつた。
 そこでこの機会に、この問題に対する私のほんとうの意見を述べて立場を明らかにしておきたいと思うのであるが、実のところ、私にとつて、近ごろこの問題ほどわかりにくい問題はない。考えれば考えるほどわからなくなる。そこで、わからないというのはどうわからないのか、それを述べて意見のかわりにしたいと思う。
 
 さて、多くの人が、今度の戦争でだまされていたという。みながみな口を揃えてだまされていたという。私の知つている範囲ではおれがだましたのだといつた人間はまだ一人もいない。ここらあたりから、もうぼつぼつわからなくなつてくる。多くの人はだましたものとだまされたものとの区別は、はつきりしていると思つているようであるが、それが実は錯覚らしいのである。たとえば、民間のものは軍や官にだまされたと思つているが、軍や官の中へはいればみな上のほうをさして、上からだまされたというだろう。上のほうへ行けば、さらにもつと上のほうからだまされたというにきまつている。すると、最後にはたつた一人か二人の人間が残る勘定になるが、いくら何でも、わずか一人や二人の智慧で一億の人間がだませるわけのものではない。
 
 すなわち、だましていた人間の数は、一般に考えられているよりもはるかに多かつたにちがいないのである。しかもそれは、「だまし」の専門家と「だまされ」の専門家とに劃然と分れていたわけではなく、いま、一人の人間がだれかにだまされると、次の瞬間には、もうその男が別のだれかをつかまえてだますというようなことを際限なくくりかえしていたので、つまり日本人全体が夢中になつて互にだましたりだまされたりしていたのだろうと思う。
 
 このことは、戦争中の末端行政の現われ方や、新聞報道の愚劣さや、ラジオのばかばかしさや、さては、町会、隣組、警防団、婦人会といつたような民間の組織がいかに熱心にかつ自発的にだます側に協力していたかを思い出してみれば直ぐにわかることである。
 たとえば、最も手近な服装の問題にしても、ゲートルを巻かなければ門から一歩も出られないようなこつけいなことにしてしまつたのは、政府でも官庁でもなく、むしろ国民自身だつたのである。私のような病人は、ついに一度もあの醜い戦闘帽というものを持たずにすんだが、たまに外出するとき、普通のあり合わせの帽子をかぶつて出ると、たちまち国賊を見つけたような憎悪の眼を光らせたのは、だれでもない、親愛なる同胞諸君であつたことを私は忘れない。もともと、服装は、実用的要求に幾分かの美的要求が結合したものであつて、思想的表現ではないのである。しかるに我が同胞諸君は、服装をもつて唯一の思想的表現なりと勘違いしたか、そうでなかつたら思想をカムフラージュする最も簡易な隠れ蓑としてそれを愛用したのであろう。そしてたまたま服装をその本来の意味に扱つている人間を見ると、彼らは眉を逆立てて憤慨するか、ないしは、眉を逆立てる演技をして見せることによつて、自分の立場の保鞏ほきようにつとめていたのであろう。
 
 少なくとも戦争の期間をつうじて、だれが一番直接に、そして連続的に我々を圧迫しつづけたか、苦しめつづけたかということを考えるとき、だれの記憶にも直ぐ蘇つてくるのは、直ぐ近所の小商人の顔であり、隣組長や町会長の顔であり、あるいは郊外の百姓の顔であり、あるいは区役所や郵便局や交通機関や配給機関などの小役人や雇員や労働者であり、あるいは学校の先生であり、といつたように、我々が日常的な生活を営むうえにおいていやでも接触しなければならない、あらゆる身近な人々であつたということはいつたい何を意味するのであろうか。
 いうまでもなく、これは無計画な癲狂戦争の必然の結果として、国民同士が相互に苦しめ合うことなしには生きて行けない状態に追い込まれてしまつたためにほかならぬのである。そして、もしも諸君がこの見解の正しさを承認するならば、同じ戦争の間、ほとんど全部の国民が相互にだまし合わなければ生きて行けなかつた事実をも、等しく承認されるにちがいないと思う。
 
 しかし、それにもかかわらず、諸君は、依然として自分だけは人をだまさなかつたと信じているのではないかと思う。
 そこで私は、試みに諸君にきいてみたい。「諸君は戦争中、ただの一度も自分の子にうそをつかなかつたか」と。たとえ、はつきりうそを意識しないまでも、戦争中、一度もまちがつたことを我子に教えなかつたといいきれる親がはたしているだろうか。
 いたいけな子供たちは何もいいはしないが、もしも彼らが批判の眼を持つていたとしたら、彼らから見た世の大人たちは、一人のこらず戦争責任者に見えるにちがいないのである。
 もしも我々が、真に良心的に、かつ厳粛に考えるならば、戦争責任とは、そういうものであろうと思う。
 
 しかし、このような考え方は戦争中にだました人間の範囲を思考の中で実際の必要以上に拡張しすぎているのではないかという疑いが起る。
 ここで私はその疑いを解くかわりに、だました人間の範囲を最少限にみつもつたらどういう結果になるかを考えてみたい。
 もちろんその場合は、ごく少数の人間のために、非常に多数の人間がだまされていたことになるわけであるが、はたしてそれによつてだまされたものの責任が解消するであろうか。
 だまされたということは、不正者による被害を意味するが、しかしだまされたものは正しいとは、古来いかなる辞書にも決して書いてはないのである。だまされたとさえいえば、一切の責任から解放され、無条件で正義派になれるように勘ちがいしている人は、もう一度よく顔を洗い直さなければならぬ。
 
 しかも、だまされたもの必ずしも正しくないことを指摘するだけにとどまらず、私はさらに進んで、「だまされるということ自体がすでに一つの悪である」ことを主張したいのである。
 だまされるということはもちろん知識の不足からもくるが、半分は信念すなわち意志の薄弱からくるのである。我々は昔から「不明を謝す」という一つの表現を持つている。これは明らかに知能の不足を罪と認める思想にほかならぬ。つまり、だまされるということもまた一つの罪であり、昔から決していばつていいこととは、されていないのである。
 もちろん、純理念としては知の問題は知の問題として終始すべきであつて、そこに善悪の観念の交叉する余地はないはずである。しかし、有機的生活体としての人間の行動を純理的に分析することはまず不可能といつてよい。すなわち知の問題も人間の行動と結びついた瞬間に意志や感情をコンプレックスした複雑なものと変化する。これが「不明」という知的現象に善悪の批判が介在し得るゆえんである。

 また、もう一つ別の見方から考えると、いくらだますものがいてもだれ一人だまされるものがなかつたとしたら今度のような戦争は成り立たなかつたにちがいないのである。
 つまりだますものだけでは戦争は起らない。だますものとだまされるものとがそろわなければ戦争は起らないということになると、戦争の責任もまた(たとえ軽重の差はあるにしても)当然両方にあるものと考えるほかはないのである。
 そしてだまされたものの罪は、ただ単にだまされたという事実そのものの中にあるのではなく、あんなにも造作なくだまされるほど批判力を失い、思考力を失い、信念を失い、家畜的な盲従に自己の一切をゆだねるようになつてしまつていた国民全体の文化的無気力、無自覚、無反省、無責任などが悪の本体なのである。

 このことは、過去の日本が、外国の力なしには封建制度も鎖国制度も独力で打破することができなかつた事実、個人の基本的人権さえも自力でつかみ得なかつた事実とまつたくその本質を等しくするものである。
 そして、このことはまた、同時にあのような専横と圧制を支配者にゆるした国民の奴隷根性とも密接につながるものである。
 それは少なくとも個人の尊厳の冒涜ぼうとく、すなわち自我の放棄であり人間性への裏切りである。また、悪を憤る精神の欠如であり、道徳的無感覚である。ひいては国民大衆、すなわち被支配階級全体に対する不忠である。

 我々は、はからずも、いま政治的には一応解放された。しかしいままで、奴隷状態を存続せしめた責任を軍や警察や官僚にのみ負担させて、彼らの跳梁を許した自分たちの罪を真剣に反省しなかつたならば、日本の国民というものは永久に救われるときはないであろう。
「だまされていた」という一語の持つ便利な効果におぼれて、一切の責任から解放された気でいる多くの人々の安易きわまる態度を見るとき、私は日本国民の将来に対して暗澹たる不安を感ぜざるを得ない。
「だまされていた」といつて平気でいられる国民なら、おそらく今後も何度でもだまされるだろう。いや、現在でもすでに別のうそによつてだまされ始めているにちがいないのである。
 一度だまされたら、二度とだまされまいとする真剣な自己反省と努力がなければ人間が進歩するわけはない。この意味から戦犯者の追求ということもむろん重要ではあるが、それ以上に現在の日本に必要なことは、まず国民全体がだまされたということの意味を本当に理解し、だまされるような脆弱せいじやくな自分というものを解剖し、分析し、徹底的に自己を改造する努力を始めることである。

 こうして私のような性質のものは、まず自己反省の方面に思考を奪われることが急であつて、だました側の責任を追求する仕事には必ずしも同様の興味が持てないのである。
 こんなことをいえば、それは興味の問題ではないといつてしかられるかもしれない。たしかにそれは興味の問題ではなく、もつとさし迫つた、いやおうなしの政治問題にちがいない。
 しかし、それが政治問題であるということは、それ自体がすでにある限界を示すことである。

 すなわち、政治問題であるかぎりにおいて、この戦争責任の問題も、便宜的な一定の規準を定め、その線を境として一応形式的な区別をして行くより方法があるまい。つまり、問題の性質上、その内容的かつ徹底的なる解決は、あらかじめ最初から断念され、放棄されているのであつて、残されているのは一種の便宜主義による解決だけだと思う。便宜主義による解決の最も典型的な行き方は、人間による判断を一切省略して、その人の地位や職能によつて判断する方法である。現在までに発表された数多くの公職追放者のほとんど全部はこの方法によつて決定された。もちろん、そのよいわるいは問題ではない。ばかりでなく、あるいはこれが唯一の実際的方法かもしれない。
 しかし、それなら映画の場合もこれと同様に取り扱つたらいいではないか。しかもこの場合は、いじめたものといじめられたものの区別は実にはつきりしているのである。
 いうまでもなく、いじめたものは監督官庁であり、いじめられたものは業者である。これ以上に明白なるいかなる規準も存在しないと私は考える。
 しかるに、一部の人の主張するがごとく、業者の間からも、むりに戦争責任者を創作してお目にかけなければならぬとなると、その規準の置き方、そして、いつたいだれが裁くかの問題、いずれもとうてい私にはわからないことばかりである。
 たとえば、自分の場合を例にとると、私は戦争に関係のある作品を一本も書いていない。けれどもそれは必ずしも私が確固たる反戦の信念を持ちつづけたためではなく、たまたま病身のため、そのような題材をつかむ機会に恵まれなかつたり、その他諸種の偶然的なまわり合せの結果にすぎない。

 もちろん、私は本質的には熱心なる平和主義者である。しかし、そんなことがいまさら何の弁明になろう。戦争が始まつてからのちの私は、ただ自国の勝つこと以外は何も望まなかつた。そのためには何事でもしたいと思つた。国が敗れることは同時に自分も自分の家族も死に絶えることだとかたく思いこんでいた。親友たちも、親戚も、隣人も、そして多くの貧しい同胞たちもすべて一緒に死ぬることだと信じていた。この馬鹿正直をわらう人はわらうがいい。
 このような私が、ただ偶然のなりゆきから一本の戦争映画も作らなかつたというだけの理由で、どうして人を裁く側にまわる権利があろう。

 では、結局、だれがこの仕事をやればいいのか。それも私にはわからない。ただ一ついえることは、自分こそ、それに適当した人間だと思う人が出て行つてやるより仕方があるまいということだけである。
 では、このような考え方をしている私が、なぜ戦犯者を追放する運動に名まえを連ねているのか。
 私はそれを説明するために、まず順序として、私と自由映画人集団との関係を明らかにする必要を感じる。
 昨年の十二月二十八日に私は一通の手紙を受け取つた。それは自由映画人集団発起人の某氏から同連盟への加盟を勧誘するため、送られたものであるが、その文面に現われたかぎりでは、同連盟の目的は「文化運動」という漠然たる言葉で説明されていた以外、具体的な記述はほとんど何一つなされていなかつた。
 
 そこで私はこれに対してほぼ次のような意味の返事を出したのである。

現在の自分の心境としては、単なる文化運動というものにはあまり興味が持てない。また来信の範囲では文化運動の内容が具体的にわからないので、それがわかるまでは積極的に賛成の意を表することができない。しかし、便宜上、小生の名まえを使うことが何かの役に立てば、それは使つてもいいが、ただしこの場合は小生の参加は形式的のものにすぎない。」
 つまり、小生と集団との関係というのは、以上の手紙の、応酬にすぎないのであるが、右の文面において一見だれの目にも明らかなことは、小生が集団に対して、自分の名まえの使用を承認していることである。つまり、そのかぎりにおいては集団はいささかもまちがつたことをやつていないのである。もしも、どちらかに落度があつたとすれば、それは私のほうにあつたというほかはあるまい。
 しからば私のほうには全然言い分を申し述べる余地がないかというと、必ずしもそうとのみはいえないのである。なぜならば、私が名まえの使用を容認したことは、某氏の手紙の示唆によつて集団が単なる文化事業団体にすぎないという予備知識を前提としているからである。この団体の仕事が、現在知られているような、尖鋭な、政治的実際運動であることが、最初から明らかにされていたら、いくらのんきな私でも、あんなに放漫に名まえの使用を許しはしなかつたと思うのである。
 なお、私としていま一つの不満は、このような実際運動の賛否について、事前に何らの諒解を求められなかつたということである。
 しかし、これも今となつては騒ぐほうがやぼであるかもしれない。最初のボタンをかけちがえたら最後のボタンまで狂うのはやむを得ないことだからである。
 要するに、このことは私にとつて一つの有益な教訓であつた。元来私は一個の芸術家としてはいかなる団体にも所属しないことを理想としているものである。(生活を維持するための所属や、生活権擁護のための組合は別である)。
 それが自分の意志の弱さから、つい、うつかり禁制を破つてはいつも後悔する羽目に陥つている。今度のこともそのくり返しの一つにすぎないわけであるが、しかし、おかげで私はこれをくり返しの最後にしたいという決意を、やつと持つことができたのである。
 
 最近、私は次のような手紙を連盟の某氏にあてて差し出したことを付記しておく。
 
「前略、小生は先般自由映画人集団加入の御勧誘を受けた際、形式的には小生の名前を御利用になることを承諾いたしました。しかし、それは、御勧誘の書面に自由映画人連盟の目的が単なる文化運動とのみしるされてあつたからであつて、昨今うけたまわるような尖鋭な実際運動であることがわかつていたら、また別答のしかたがあつたと思います。

 ことに戦犯人の指摘、追放というような具体的な問題になりますと、たとえ団体の立場がいかにあろうとも、個人々々の思考と判断の余地は、別に認められなければなるまいと思います。
 そして小生は自分独自の心境と見解を持つものであり、他からこれをおかされることをきらうものであります。したがつて、このような問題についてあらかじめ小生の意志を確かめることなく名まえを御使用になつたことを大変遺憾に存ずるのであります。
 しかし、集団の仕事がこの種のものとすれば、このような問題は今後においても続出するでありましようし、その都度、いちいち正確に連絡をとつて意志を疎通するということはとうてい望み得ないことが明らかですから、この際、あらためて集団から小生の名前を除いてくださることをお願いいたしたいのです。
 なにぶんにも小生は、ほとんど日夜静臥中の病人であり、第一線的な運動に名前を連ねること自体がすでにこつけいなことなのです。また、療養の目的からも遠いことなのです。
 では、除名の件はたしかにお願い申しました。草々頓首」(四月二十八日)
(『映画春秋』創刊号・昭和二十一年八月)




底本:「新装版 伊丹万作全集1」筑摩書房
   1961(昭和36)年7月10日初版発行
   1982(昭和57)年5月25日3版発行
初出:「映画春秋 創刊号」
   1946(昭和21)年8月
入力:鈴木厚司
校正:田中敬三
ファイル作成:
2006年5月5日作成

青空文庫作成ファイル:
このファイルは、インターネットの図書館、青空文庫(http://www.aozora.gr.jp/)で作られました。入力、校正、制作にあたったのは、ボランティアの皆さんです。

2018年7月12日木曜日

[積読立読斜読] 『喪失の戦後史 ありえたかもしれない過去と、ありうるかもしれない未来』 (平川克美著、東洋経済新報社、2016年)



本書はインターネット音源配信サイト『ラジオデイズ』が企画した「平川克美の100分授業」講演をもとに編集されたものです。新刊ではありませんが書店で少し立読みしてみたところ、講演の話し言葉で内容が理解しやすく、皆実28期のクラブ活動で立ち上げた地歴部向けに理論武装の必要もあり、購入してみました。


著者の平川克美さんは1950年東京生まれ。敬愛する内田樹さんと論調が同じで対談本もあることでなじむが深かったのですが、著書を読むのは初めてです。

本書の特徴は、鎌田の町工場のせがれとして生まれ、高度成長を含む日本の戦後史を皮膚感覚で語った、データを駆使した歴史書というより 「いわゆる政治史でもなければ、経済史でもなく、あえて言えば生活史的な側面から、戦後史を通覧したもの」とあとがきで述べられています。

戦後の日本経済の辿った道、それによって変化した国民の生活感覚を「人口の変遷」と「日本人に内在する精神構造」の二つ側面から考察していきます。

以下は内容抜粋。

戦後の日本経済を成長率からみると1956~73、74~90、91以降、の3つに大別できます。

(1)高度成長の時代
朝鮮戦争特需にきっかけを得た日本経済は、国民の敗戦の底で体感した窮乏感からの消費欲と生産意欲を梃子に、積極財政が展開され、企業側も旺盛な設備投資を行いました。中央銀行は金利を下げ銀行に貸し出しを促進し、企業は設備投資によって生産を上げ、その製品は作っただけ売れ、売れた分だけ給料は上がり購買意欲はそれだけ増加。さらに買い、さらに設備投資という好循環が続き、世界の脅威と言われた高度成長(年10%の成長率が20年近く続いた)となりました。これを助けたのが後述するGHQの「民主改革」(特に財閥解体と農地改革)であり、日本人の精神構造面からいうと、日本の伝統的家族形態から生まれた権威主義的価値観が企業活動に活かされたという主張です。特有の上下関係・組織運営・意思決定・労働観・忠誠・義理・人情など、これらが会社集団主義を形づくり、終身雇用も年功序列も「日本の家族形態が会社の形を借りて復活したのだ」と断言しているところは鎌田の町工場のせがれとしての自負かも知れません。

(2)安定成長の時代
1973年のオイルショック以後の17年間は成長率3~4%の相対的安定期となります。高度成長期に競争力を身に着けた日本製品に海外の投資マネーが投じられ「マネー資本主義」が始まりました。高度成長を支えた企業の家長的経営システムは変化せざるを得ません。「生きるため、食うために働いた」時代から、衣食足り「余暇や趣味、教育のために金を使う」時代となりました。生産社会から消費社会への移行。この間に家族形態も変わり核家族化が急激に進みます。社会の中心は家族から個人へとなり結果として「少子化」も進みました。

(3)バブル崩壊
1991年のバブル崩壊以降の記述は結構頼りなく、結論から言うと、従前の株式会社主導による経済成長はもうできないという主張です。日本と同じように世界の先進国中でも、人口は減少し、総需要は減退し、経済成長は糊代を失い、地球規模でフロンティアを探すグローバリズムでやらないと、企業は収益を確保できなくなりました。経済成長を前提とした法人資本主義というものは終わろうとしているという内容はわかるのですが、理論的な裏打ちはありませんでした。

著者の真骨頂はここからで、日本への最終的建言がユニークです。「経済成長しながら発展していくのではなくて、縮小均衡しながら、生き延びていくためのシステムを構築していく必要がある」「成長戦略がないことではなく、成長しなくてもやっていけるための戦略がないことが問題なのだ」「日本は経済成長無しでやっていかなくてはならない社会モデルを先進国の事例として世界に示す役割を担っているはずだ」と言われるのですが、具体的な政策までの言及はありません。

覇権国家から退いたオランダ、スペイン、ポルトガル、イギリス、などに好例がありそうですが、本書ではそこまで踏み込まれていませんでした。

専門的な学術書ではないのでときたま入る合いの手のような引用も興味深いところ。小津映画と戦争の影、「八紘一宇」をリングで実現した力道山、『あしたのジョー』とは誰だったのか。著者の見立ては『あしたのジョー』は日本の高度成長そのものであり、先進国に追いつき追い越した時にヒーローは不要となったというものです。

28期地歴部に関係ある記述は、GHQによる「民主改革」の箇所でした。著者は高度成長を後押ししたので経済機構の民主化(財閥解体・農地改革)と述べてます。私見では自由主義的な教育は均質で良質な労働者を生み出す教育システムという評価もできると思いました。一部のエリート教育機関だけでは、国民全体の高度成長につながらなかっただろう考えます。


P107
高度経済成長期の希望

GHQによる「民主改革」(建前上は戦前的な因習の改革(民主化))
(現実的には「市場の原理」(財閥・政治権力によってコントロールされない)を機能させること)

①選挙権賦与におる婦人の解放:選挙法改定、二〇歳以上の男女すべてに選挙権
②労働の組合化促進:「労働三法」制定
③自由主義的教育を行うための諸学校の開設:教育基本法など教育三法
④検察・警察制度の改革:治安維持法や特別高等警察を廃止
⑤経済機構の民主化:財閥解体、農地改革

経済発展に関しては⑤財閥解体・農地改革が効果的

[memo]
高校三原則
高校三原則(こうこうさんげんそく)は、第二次世界大戦終戦後の学制改革で実施された、新制高等学校教育の「小学区制・総合制・男女共学」の3つの原則を指す。
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%AB%98%E6%A0%A1%E4%B8%89%E5%8E%9F%E5%89%87

※本書の内容要約は、下記サイトの記事を参考にしました。

https://dokushojin.com/article.html?i=451
週刊読書人WEB

2018年7月8日日曜日

[同窓会] 7月7日(土) 夏の念仁会開催 袋町バスク 8名参加



記録的な豪雨で広島県内に甚大な被害が出ておりました。出席予定だった方も災害関連で不参加という状況でしたが、予約も入れてたので強行しました。8名参加。前後に組んでいた地歴部フィールドワーク、軽音楽部ミニライブは中止となりました。

7月7日(土)18時より袋町バスク。今回は皆実28期ではありませんが、第6回にっぱち会のゲスト歌手Kさん。HP製作のKさんがゲストでの参加がありました。

いろいろレストラン遍歴するのが面倒なのでまたまた袋町バスクにしました。パエリア美味しかったです。



2018年7月7日土曜日

<日々是不穏 like a rolling stone> 「ガーファ」の世界で


7月6日(金)付朝日新聞記事「耕論」は『「ガーファ」の世界で』と題し、アメリカ発の情報企業による独占の話題。

幼少期のテレビ番組で世界征服を企む悪の集団「●●」という設定がよくありましたが、当時の世界征服は武力による物理的な征服であって具体的でありました。

現在の世界征服は「情報」による征服であり、グーグル、アップル、フェイスブック、アマゾン、の頭文字をとったGAFAによって、すでに征服されているような気がしますが。

10年前ならこれにマイクロソフトが入っていたのでしょうが、モノの時代はすでに終わったようですね。