ビル・ゲイツが設立の際に巨額の寄付をしたとされるノルウェーにある種子の保存庫の記事です。
募金活動のため報道に公開したようです。別の記事では内戦が続くシリアの研究機関からの初めての「引き出し」があったようで、外的な要因で種子の多様性が損なわれると、食糧としての穀物等の植物再生産に支障をきたすことは理解できます。
アメリカの富豪の狙いは、食糧生産独占、という穿った見方もありますが、それは貧乏人の僻みで、広く人道的な視点からの寄付だとは思いますが。
「精子バンク」にも人類の多様性の視点が必要かもしれません。
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■極北の島「種子の箱船」 87万種、ノルウェーに貯蔵庫
スピッツベルゲン島=渡辺志帆2015年12月9日 朝日新聞デジタル
北極点から約1300キロ。ノルウェー領スバールバル諸島のスピッツベルゲン島に、気候変動や自然災害、紛争に備えて世界の食用植物の種子を半永久的に保管する「スバールバル全地球種子庫」がある。今年9月、内戦下のシリアから預けられていた種子が初めて引き出され、その存在が注目された。目下の課題は運営資金の確保で、日本にも期待が寄せられている。
約2千人が暮らす島の最大集落ロングイヤービエンの空港近くの山の中腹に種子庫はある。10月中旬、その内部が報道陣に公開された。保安のため、部外者の立ち入りは年に2~3回しか許されない。貴重な機会を使って取材した。
外気温は零下6度。荒涼とした山肌を背景に緑色の照明が輝く入り口は、ジェームズ・ボンドの映画に出てくる悪役の隠れ家のようだった。
2008年2月の開設以来、種子庫は気候変動や紛争に備えて世界各地の政府や国際遺伝子バンク、研究機関が保有する種子の「バックアップ」を預かってきた。その数は年々増えて現在、約87万種。標高130メートルで、零下7~8度を保つ永久凍土の岩盤を水平に約120メートルくりぬいた施設は地震にも強い。
運営団体「NordGen」の職員オスマン・アスダールさん(58)が最深部の貯蔵室の一つを見せてくれた。冷却装置で零下17~18度に保たれた室内に、米国や中米コスタリカ、台湾など世界中から預けられた種子が、封印されたプラスチックケースに入れられて整然と並んでいる。北朝鮮が預けた種子は唯一、木箱に入っていた。
岡山大学のオオムギ研究者、佐藤和広教授が昨年2月に日本から初めて預け入れたケースもある。約70年かけて岡山大が収集したオオムギ575種類が収められている。
種子庫はノルウェー政府が900万ドル(約11億円)かけて整備し、所有もするが、ケースを開けることはない。出し入れできるのは預け入れた国や団体、その正当な後継者だけだ。他国にない独自の品種を財産と考える国は多い。食糧安全保障や農業の持続性を保つため、ケースを第三者が勝手にのぞき見しないと保証することで、預け入れを促している。
ロシアのケースの隣にはウクライナのケースがあった。「世界中の紛争もここではクールダウンしているんだよ」。アスダールさんがほほえんだ。
■9月に初めて、種子を「引き出し」
この種子庫に預けられた種子の「引き出し」が9月、初めて行われた。近く農場にまかれる予定だ。
引き出したのは、シリア北部アレッポに本部のある「国際乾燥地農業研究センター(ICARDA)」だ。中近東産のオオムギや豆類を中心に約14万種の種子を保有し、乾燥や病気に強い作物をつくる研究をしてきた。長引く内戦で、12年に隣国レバノンに本部を仮移転させた。
ICARDAによると、アレッポにある種子貯蔵施設は、断続的な停電に悩まされつつも現在のところは無事で、9人のシリア人スタッフも活動を続けているという。だが、研究者たちに提供するため、保管する種子を屋外の農場にまいて新しい種子をつくる業務が、戦闘の激化とともに難しくなった。
そこで、ICARDAが保管する種子の8割のバックアップを持っているスバールバルから種子をまとめて引き出し、モロッコとレバノンの農場でまくことにしたという。
シリア国外で種子を増やす方針をICARDAが決めてから約1年。9月下旬、これまでに預け入れた350ケースのうち、小麦やオオムギ、レンズ豆などの種子が入った128ケースが運び出され、空輸された。
受け渡しを担当したICARDAモロッコ支部のアサナシオス・シベリカス博士(38)は、「開封してみると種子は新鮮さを保っており、状態は完璧で感激した。順調に種子を増やして再び預け入れに来たい」と話した。
■運営資金の確保が課題
目下の課題は運営資金の確保だ。資金管理を担う国際機関「グローバル作物多様性トラスト」(GCDT、事務局・ドイツ)によると、種子庫の運営費は年間100万ドル(約1億2千万円)かかる。
保管料は無料のため、これにGCDTが支援する世界15カ所の国際遺伝子バンクの研究費や運営費を加えた年間計2千万ドル(約24億6千万円)が必要という。
GCDTは18年までに8億5千万ドル(約1046億円)の基金を設立し、その運用利益で半永久的に費用をまかなう計画だ。だが現在、米国やドイツなど14カ国が拠出する基金の総額は目標の2割の1億7千万ドル(約209億円)にとどまる。
GCDTの財政担当のマイケル・コッチさん(52)は「不足分は民間からの寄付でまかなわれているが、寄付集めは年々、難しくなっている」と話す。
農林水産省などによると、日本政府は今年度、途上国援助(ODA)の一環として、GCDTを通じ、アフリカの国際稲研究所に2200万円を拠出する計画だが、基金そのものには参加していない。日本国内の研究機関がすでに世界各地で種子のバックアップを持ち合い、種子庫に頼る必要に迫られていないことも一因だ。
20年前の構想段階から種子庫の設立を後押ししてきた、国立研究開発法人「国際農林水産業研究センター(JIRCAS)」の岩永勝理事長(64)は「作物の多様性は人類共通の財産。長期的に気候や人間の食生活が変化しても、スバールバルに種子を預けておけば品種改良で新たな作物を生み出せる。多様性を保つ費用とみれば非常に安い投資だ」と、基金への参加を訴えた。(スピッツベルゲン島=渡辺志帆)