「義務・必要」の否定
①「~しない義務・必要がある」
must not
②「~する義務・必要がない」
do not have to
had better
警告に近い忠告・脅迫
be suppose to
「~する[である]ことになっている」
「義務・必要」の否定
①「~しない義務・必要がある」
must not
②「~する義務・必要がない」
do not have to
had better
警告に近い忠告・脅迫
be suppose to
「~する[である]ことになっている」
永遠に悟らず、悔やまず、枯れない作家が、
谷崎潤一郎だった。
『日本文学全集15 谷崎潤一郎』月報、「われより外に知る人はなし」より。
このアルバムも「あの頃」(当方の高校時代、1974年~1976年)でもなく、レコードでもありませんが、特別編で。
2019年のアメリカLAでのライブ盤です。
本日は楽曲紹介。編成がアコースティックな楽器が主なのであまりハードな曲はありません。
全部で18曲ありますので、前半後半に分けて紹介します。
01. Tutti Frutti
01. 「Tutti Frutti」(Doris Fisher, Bulee Gaillard作詞作曲、2017年『Vu Ja De』収録)
リトル・リチャードのカバーが有名ですが、オリジナルはSlim and SlimというR&Bユニットの1938年の作品。
02. The Song is Ended
02. 「The Song is Ended」(日本語詞・細野晴臣、2013年『Heavenly Music』収録)
"The Song is Ended (but the Melody Lingers On)" is a popular song composed by Irving Berlin in 1927. Early hits in 1928 were by Ruth Etting and by Whispering Jack Smith. In 1948, Nellie Lutcher and Her Rhythm briefly charted with the song.
The song has been recorded by numerous singers over the years,[2] including by Ella Fitzgerald on her award-winning Irving Berlin Songbook. [3]
The song's lyric is referenced in Ira Gershwin's verse to "They Can't Take That Away from Me", in the line the song is ended, but as the songwriter wrote, the melody lingers on.
03. Radio Activity
03. 「Radio Activity」(Ralf Hutter, Florian Schneider, Emil Schult,
作詞作曲、ドイツのクラフトワーク、1975年の作品。2013年『Heavenly Music』収録)
04. 薔薇と野獣
04. 「薔薇と野獣」(細野晴臣作詞作曲、1973年『HOSONO HOUSE
』収録)
05. 住所不定無職定収入
05. 「住所不定無職定収入」(細野晴臣作詞作曲、1973年『HOSONO HOUSE
』収録)
06. Choo Choo ガタゴト・アメリカ編
06. 「Choo Choo ガタゴト・アメリカ編」(細野晴臣作詞作曲、オリジナルは1973年『HOSONO HOUSE』収録)
08. Honey Moon
「Honey Moon」(アルバム『トロピカル・ダンディー』収録/1975年)
カナダの歌手、マック・デマルコと共演。この曲の日本語カヴァーを発表している歌手です。
09. Roochoo Gumbo
(細野晴臣作詞作曲、『泰安洋行』(1976年)収録)
ニューオリンズのサウンドに沖縄の三線、民謡をミックスした曲。
「~かもしれない」(推量)の意味の助動詞may,
その過去形のmight、現代英語では時制に対するこだわりがなくなってきているそうです。
通常の会話文でmayは使いますが、mightには出会ったことがなく、高度な使用例になります。
本書の解説にもありますが、過去の推量を表す場合は、
主語 + may have + 動詞の現在完了形
主語 + might have + 動詞の現在完了形
のどちらでも可能で「...だったかもしれない」という訳になります。ただし「可能性が実際にある」場合のみ両方可能で、過去の事実と反する推量では仮定法過去完了の、
主語 + might have + 動詞の現在完了形
の用例のみです。
投げ出して足遠くある暮春かな 村上鞆彦
蠅生れ早や遁走の翅使ふ 秋元不死男
くすぐつたいぞ円空仏に子猫の手 加藤楸邨
塗畔のぐうつと曲りゐところ 清崎敏郎
塗り終へし畦にうついて飛べるもの 清原枴童
世に出ろとわれに蛙の鳴きたつる 小杉余子
墓掴み洗ひ了りぬ山椒喰 石田あき子
烏賊に触るる指先や春行くこころ 中塚一碧楼
ゆく春やうつろの甕を草の上 長谷川春草
投げ出して足遠くある暮春かな 村上鞆彦
なじみのある単語を無差別に使わない事。
「みる」:見る、観る、看る、診る、視る、覧る
「きく」:聞く、訊く、聴く、利く、効く
知覚動詞の使い分け
英語の「みる」、「きく」、も条件によって別の単語を使う。
watch
see
look at
listen (to)
hear
一二三四五六七八(ひいふうみいよういつむななや)桜貝
角田竹冷
仮の世にいろあらばこの桜貝 上田日差子
遺失物係の窓のヒヤシンス 夏井いつき
一二三四五六七八(ひいふうみいよういつむななや)桜貝 角田竹冷
仮の世にいろあらばこの桜貝 上田日差子
チューリップ花びら外れかけてをり 波多野爽波
遺失物係の窓のヒヤシンス 夏井いつき
鳥交(さか)りたり潦(にわたずみ)まぶしくて 加畑吉男
ただひとりにも波は来る花ゑんど 友岡子郷
蝶われをばけものとみて過ぎゆけり 宗田安正
春の風顔いつぱいに吹く日かな 成田千空
春風や舟伊予によりて道後の湯 柳原極堂
わくさんの吾が生まるるしゃぼん玉 津川絵理子
『夢の浮橋』は1959(昭和34)年発表。谷崎潤一郎晩年の72歳の作品。『鍵』『瘋癲老人日記』とともに「晩年三部作」と称されます。高血圧症のため右手が不自由となり、口述筆記で書いた初めての作品。舞台は下賀茂神社糺の森の東に接した、下鴨泉川町の谷崎の京都最後の住居が舞台。「植惣」という庭師が丹精込めた庭は幽邃であったそうです。口述筆記の方も京都出身で、会話文の京都言葉も自然なものなのでしょう。
32歳で美貌の母を亡くした谷崎潤一郎は生涯に渡って「母性への憧れ」を作品で追求しています。阿刀田さんのガイドでは初期・中期・終期として『母を恋うる記』、『少将滋幹の母』、『夢の浮橋』を取り上げています。
『夢の浮橋』は題材とは直接関係ありませんが、源氏物語の光源氏が亡き母の面影を慕って、藤壺の女御と交わす不倫の恋が、底流にあるそうです。
小説としては題材はスキャンダラスなものの、筋は破綻しており、テーマがよく分かりません。語り手の私の手記という体裁。父と生母、継母との不倫疑惑、妻となる身分違いの澤子(後に離縁)、里子に出された父と継母との間の年の離れた弟を引き取り、老年の乳母と3人で生活を立て直すという、実生活とはかけ離れた美談で終わっていて、罪滅ぼしの懺悔文ともとれます。
乳離れして少年になっても実母の乳房を吸っていた語り手は、成人してからも、継母からの誘いで同じ行為を行います。棟方志功の装幀はこのふくよかな乳房を想像させるものとなってます。
今回は手持ちの棟方志功の装幀本で読みました。
<内容紹介>
若くして死んだ母そっくりの継母。主人公は継母へのあこがれと生母への思慕から、二人の存在を意識のなかでしだいに混乱させてゆく。谷崎文学における母恋物語の白眉。
中公文庫のサイトより