2014年10月31日金曜日
[その他] 10日と25日はお菓子の日 オーヴ パティシエ シンジモリ
「10日と25日のダイエット」と称して、普段はジャンク・フードを我慢し、
月に2回だけ贅沢して高いお菓子を買って食べるという、毒を持って毒を制するダイエット?
まったく効果がないので、しばらく、改題してお送りします。
今回はちょっと日付がずれてしまいました。
ちょうど孫の2ヵ月目の誕生日?だったので同時にお祝いしました。
■10日と25日のダイエット
【開始日】
2014年6月25日
【体重の変化】
83.1kg(6月16日)…健康診断の日
81.6kg(6月25日)…ダイエット開始日
80.3kg(7月10日)
79.4Kg(7月25日)
80.3kg(8月10日)
81.5kg(8月25日)
81.9kg(9月10日)
81.1kg(9月25日)
83.6kg(10月12日)
83.3kg(10月29日)
【店舗】
オーヴ パティシエ シンジモリ
広島市中区榎町2-23
【商品】
モンブランふうの「アンジェリック」他、3000円ぐらい
【感想】
間口が狭くあまり目立たない店でした。内装は白が基調で非常に上品な感じ。
お菓子はあまり奇を衒ったところがなく、非常にまじめにフランス菓子の伝統的な製法によるものかと思われます。
※次回、11月10日は和菓子屋さんに行きます。
[積読立読斜読] 『原色スポーツ図鑑』(浅井愼平著、1985年、文春文庫)
円谷幸吉の遺書について書きました。
円谷幸吉について書かれた者の中で、写真家の浅井愼平さんの短いエッセイが印象に残っています。手放していた文庫本を再度入手したので、全文を引用します。
円谷幸吉のシューズ
Tokyo Olympics : 1964
このシューズをはいて円谷幸吉は東京オリンピックのマラソンに出場。
陸上競技でただひとり、日の丸をあげた。
そして4年後に自殺。シューズは主人を失ってしまった。
円谷幸吉について書くことになって、僕は絶句した。
書く気が起きてこない。つらくて、書けないのだ。
かつて野坂昭如は近代日本の遺書の代表は、円谷幸吉の絶唱であろう。それに三島由紀夫の辞世を加えてもいいかもしれぬ。前者の実と、後者の虚と、いずれも真情があふれている。それは一足ごとに消えていく、あだし野のにおく霜のつめたさを、生き残ったわれらに伝えてくれる、と書いた。
僕もそう思う。それは近代日本そのものの遺書ではないか。
円谷にとってマラソンはスポーツではなかった。円谷は自分のために走っていたのではなかった。これは僕たちにとってシンボリックな事実だ。彼の背後には日章旗が翻っていたのだ。いや実際には空気は澱んで旗は動かないのだったが、円谷には日章旗のはためく音が聞こえていた。あるいは君が代の合唱、群衆のどよめき、家族の顔々、同僚の注目、上司のまなざし、円谷への期待がさまざまなオブジェ、音、気配となって彼におおいかぶさっていた。
他者のために栄光を目指す者を、それゆえに襲う絶望。これはまさに近代日本の精神史そのものではないだろうか。
円谷幸吉は己をまっとうせず自殺した。自分を生きることができなかった。死ぬことで自分を解放したのだ。
円谷は遺書のなかでこう書いている。
裕ちゃん、キーちゃん、正嗣君、
立派な人になってください。
父上様母上様 幸吉はもうすっかり
疲れ切ってしまって走れません
何卒、お許し下さい。
僕たちが円谷幸吉の呪文から解き放たれる日が来るのだろうか。
引退の日に我々、人類にとって必要なのはLOVEだと観客と共に叫んだペレを、僕たちの国は持つことができるだろうか。それともやはり、巨人軍は不滅です、と引退の日に語る選手の出現を待つのだろうか。
1964年の東京オリンピックのマラソンでは、アベベ、ヒートリーに次いで第3位。
ゴールインすると、円谷はすぐにシューズを脱ぎすてて、精も根も尽きはてたようにその場に倒れこんでいった。
『原色スポーツ図鑑』(浅井愼平著、1985年、文春文庫)
※雑誌『Sports Graphic Number』に連載されたもの。
[惹句どんどん] 黒井千次
年齢とは常に初体験なのである
『老いの味わい』(中公新書、2014年)帯より
黒井千次さんは、1932年生まれの作家。「読売新聞」夕刊連載の「時のかくれん坊」の書籍化。
70代の後半から80歳を迎えた著者の日常を淡々とつづったエッセイです。
2014年10月29日水曜日
[あの頃のレコード] Led Zeppelin "Presence" (1976)
10月25日(土)のNHK「SONGS」は何とレッド・ツェッペリンの特集。
プロモーションで来日中のリーダーのジミー・ペイジが思い出の日本武道館を訪ねるという企画でした。
いまさらレッド・ツェッペリンを紹介する必要はないので簡単に。
当方が持っているアルバム(レコード)は第7作目の「プレゼンス (Presence)」で1976年の発売です。あまりギンギンのロックは好きでなく、レッド・ツェッペリンで持っているのはこれだけです。
キャリアの後期の作品で、円熟したハード・ロック(?)が聴けます。不思議なアルバム・ジェケット・デザインは、70年代に多くの作品をデザインしたヒプノシス監修のもの(日本では松任谷由実の数作品がこれです)。
レッド・ツェッペリンはメンバーの交代がなく、ドラムのジョン・ボーナムの事故死であっさり解散してしまい、単発での再結成はありますが、ナツメロバンドとして活動することを潔しとしない、まさにロックに殉じたバンドだったと思います。
年齢を重ねたジミー・ペイジが、その時代のロックの静かな語り部となっているのも感心されます。
広島の人間として忘れてはいけないのは、1971年の来日は、広島でのチャリティーが目的で、レッド・ツェッペリンはギャラの全額を平和活動目的のため広島市に寄付しました。これもロックな生き方でした。
Side A
Achilles Last Stand / Page & Plant
For Your Life / Page & Plant
Royal Orleans / Bohnam, Jones, Page & Plant
Side B
Nobody's Fault but Mine / Page & Plant
Candy Store Rock / Page & Plant
Hots on for Nowhere / Page & Plant
Tea for One / Page & Plant
※B-1は、ブラインド・ウィリー・ジョンソンの同名のブルース・ナンバーをハードロック・ナンバーに再構成した曲だそうです。
2014年10月28日火曜日
[惹句どんどん] スイスの小学校の教え
「一つの言語を覚えると、一つの戦争がなくなる」
「極東ブログ」からの孫引き。
横浜のホテルニューグランドの初代総料理長として本格フランス料理を伝えたスイス人シェフ、サリー・ワイルの生涯を描いた『初代総料理長サリー・ワイル』の評伝より。
日本のフレンチの基礎を築いた人はスイス人だったそうです。新しい知見。平和を希求するスイスの立ち位置は安倍内閣が見習うべきところ。
サリー・ワイルの直接の言葉ではありませんが。。。
誰とも与しないかわりに誰とも対立しないという永世中立国の理念は、そうした国民の行動様式がベースになっている。
そのことを端的に示す例として、スイスの小学校の教えの一つにこんな言葉があると聞いた。
「一つの言語を覚えると、一つの戦争がなくなる」この教えに、世界の中でも特異なスイスのありかたが凝縮されている。
2014年10月25日土曜日
<日々是不穏 like a rolling stone> 円谷幸吉の遺書
10月25日(土)付朝日新聞記事。スポーツ欄に小さくオリンピック関係の記事がありました。
東京オリンピック開催50周年記念式典に参加したイギリスのマラソン銀メダリスト、バジル・ヒートリーさんが、故円谷幸吉氏の記念館を訪れ遺族と対面し墓参したという記事です。
円谷はマラソンの最終近く、国立競技場に2位で駆け込みながら、ヒートリー氏に抜かれ3位になりました。
円谷はメダルの期待のかかったメキシコ五輪を控えた68年の年明け、日の丸の重圧からか自ら命を絶ちました。
記事によるとヒートリー氏も妹を若くして自死で無くしているそうです。殺伐とした記事が多い昨今、心温まる記事でした。
円谷幸吉が家族に宛てた遺書です。
父上様、
三日とろろ美味しゅうございました。
干し柿、もちも美味しゅうございました。
敏雄兄、姉上様、
ブドウ酒、リンゴ美味しゅうございました。
巌兄、姉上様、
しそめし、南ばんづけ美味しゅうございました。
喜久造兄、姉上様、ブドウ液、養命酒、美味しゅうございました。
幸造兄、姉上様往復車に便乗させて頂き有難うございました。
正男兄、姉上様
お気をわずらわして大変申し訳ありませんでした。
幸雄君、英雄君、幹雄君、敏子ちゃん、ひで子ちゃん、良介君、
敬久君、みよ子ちゃん、ゆき江ちゃん、光江ちゃん、彰君、
芳幸君、恵子ちゃん、幸栄君、裕ちゃん、キーちゃん、正嗣君、
立派な人になってください。
父上様、母上様、
幸吉はもうすっかり疲れ切って走れません。
なにとぞお許し下さい。
気が休まる事もなく、御苦労、御心配をお掛け致し申し訳ありません。
幸吉は父母上のそばで暮らしとうございました。
かつて作家の野坂昭如は、三島由紀夫と円谷幸吉の遺書が、日本の現代を代表する二つの遺書だと述べたことがあります。前者の偽と、後者の実からです。遺書の公開は遺族としては断腸の思いだったと思われますが、円谷幸吉の無念さが迫り、散文としても心底を揺さぶる遺書だと思います。
2020年の東京オリンピックでは、巨額の予算が動く新国立競技場の建設をめぐって論争が巻き起こっています(文末朝日新聞森まゆみ氏の投稿参照)。
50年100年という長いスパンで見れば、競技場のようなハコモノはなくなってしまいますが、円谷幸吉の遺書と、円谷幸吉とヒートリー氏の国を超えた友情は永遠に残ります。
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国立競技場、引き返す勇気を 作家・森まゆみ
(朝日新聞デジタル 2014年6月25日)
オリンピック憲章がいわば五輪の憲法なら、環境法あるいは行動計画に当たるのが「オリンピックムーブメンツ・アジェンダ21」だ。国際オリンピック委員会(IOC)が環境サミットをふまえ1999年に採択した。いま国立競技場の建て替えに多くの批判が出ている。ザハ・ハディド案を選んだコンクールの審査員たちは、このアジェンダを知らなかったのではないか?
アジェンダいわく、施設は「地域にある制限条項に従わなければならず、また、まわりの自然や景観を損なうことなく設計されなければならない」。神宮外苑は15メートルの高さ制限のある風致地区だ。現競技場ですら高さ29メートルで超えていたが、事業主体の日本スポーツ振興センター(JSC)は、これを大幅に超える70メートルまで良いとして、新築案を募集した。このこと自体、アジェンダ違反である。
もともとアジェンダは「既存の競技施設をできる限り最大限活用」することを求めている。JSCは2011年、久米設計に777億円で改修可能とする案を出させながら、公開要求にも応えず、握りつぶした。
5月末に基本計画が発表されたが、神宮外苑の木を切り、公園を潰し、都営住宅の人々を移転させ、重要文化財聖徳記念絵画館の左上に大きくそびえて景観を破壊する。情報公開、弱者や少数派への配慮、利害関係者との協議・協調もアジェンダの求めるところであり、「持続可能な開発」という目標を達成する必須条件である。
さらに、帝京大の三上岳彦教授(都市気候学)は「神宮、新宿御苑、東宮御所などの都心の緑がヒートアイランド化を防ぐ南風の道となっている」という。そこに「巨大な温室」をおくことは避けなければならない。
アジェンダはまた、「廃棄物の量は少なく」することや「再生可能資材の利用」を奨励するが、現競技場を解体すれば大量の廃棄物が出ることは間違いない。IOCはこれだけアジェンダを蹂躙(じゅうりん)する現計画を認めるのか? そうであれば五輪の歴史に汚点を残すことになるだろう。
引き返す勇気を持とう。ハディド案を白紙撤回しよう。64年五輪の思い出の詰まった競技場を美しく、使いやすく改修すれば次の五輪には十分間に合う。8万人収容に増やすこともできるし、耐震補強からトイレ、エレベーター、レストランの増設、最新メディア対応まで改修で可能だと、伊東豊雄さんはじめベテランの建築家はいっている。あるいは高さを押さえたシンプルな競技場の新築だって選択肢に入ってくる。
招致都市の東京都には環境アセスメントの厳格遂行をのぞみたい。実施設計も本格的な環境アセスも終わらないうちに事業に着手してはならず、解体は中止するのが当然だ。
20世紀的な国威発揚のための重厚長大な建物を造るより、環境に配慮したつつましいスタジアムの方が、先進国に求められるものだろう。名誉ある撤退を誰も責めはしない。都のプラン通りレガシー(遺産)を尊重し、日本の「もったいない」の気質を発信することこそ、世界に尊敬される道ではないか。(寄稿)
2014年10月24日金曜日
[積読立読斜読] 『表現のための実践ロイヤル英文法』「暗唱例文300」で学ぶ英語
『表現のための実践ロイヤル英文法』「暗唱例文300」で学ぶ英語。
今回は8回目で「動名詞」です。
本書から復習。
P174
・動名詞は動詞と名詞の機能を兼ねたもの
・to不定詞が未来性や意図を表すのに対して、動名詞は既成の事実や一般的なことを表し静的である
・形は現在分詞と同じ
能動態(単純形) writing
能動態(完了形) having writing
受動態(単純形) being written
受動態(完了形)having been written
・文法書によって現在分詞と動名詞を区別していないもののある
(その場合、名詞として働くものが動名詞、形容詞として働くものが現在分詞となる)
・動詞によってto不定詞のみをとるもの、動名詞のみをとるもの、両方とるものがある
本書のP186"Helpful Hint 51"にある「<try doing>と<try to do>の違い」の解説が、動名詞と不定詞の使い分けの論理がわかりやすい。
(1)I'll try opening the window. (その窓を開けてみる)
(2)I'll try to open the window. (その窓を開けようとする)
(1)の場合、「opening(開けてある状態)を試す」と言っているので、「その窓は当然開く」ことが前提で「開けてみる」という意味になる。
(2)の場合は、「to open(開けるという行為)を試す」と言っているので、「その窓は開くかどうかはわからない」ことが前提で「開けようとする」という意味になる。
Point 8. 動名詞は慣用表現として使うことが多い。
・動名詞は名詞に近い性質を持っていることを理解して利用する。
・動名詞と不定詞のどちらを目的語にとるか注意する。
・動名詞の意味上の主語が必要かどうかに注意。
・動名詞が慣用的に使われる構文を覚える。
112.私はこのチームの一員だったことを誇りに思います。
I am proud of having been part of this team.
*<be + 形容詞 + of>の後に動名詞が続く。この文は、「~だったことを」となっているから、<have been>にすることを忘れないこと。
I'm proud that I was [have been] part of this team.でもよい。
113.彼は私が留学するようにと言ってきかなかった。
He insisted on my [me] studying abroad.
*<insist on -ing>のonを忘れないこと。myとmeでは、myのほうが正式だが、やや堅苦しく、meのほうがふつうはよく使われる。
114.私は子供のころそのホテルに泊まったことを覚えている。
I remember staying at that hotel when I was a child.
*<remember + to不定詞>は、「忘れずに~する」の意味であり、<remember + -ing>は、「~したことを覚えている」という意味なので、使い分ける。
115.怒って叫んでも無駄だよ。
It is no use getting angry and shouting.
*「~しても無駄である[しょうがない]]は、<it is no use -ing>で表すことが多い。<no use>の代わりに<no good>や<no help>, <unless>でもよい。また、<There is no use [no good](in) -ing>という形もある。
116.ここでタバコを吸ってもよいですか。
Would you mind my [me] smoking here?
*「~してもかまいませんか」は<Would you mind my -ing>で表す。このmyを落とさないこと。myは目的格のmeにしてもよい。Do you mind if I smoke here?とも言う。
117.私は評論家から攻撃されることに慣れている。
I am used to being attacked by critics.
*「よく~したものだ」は<used to + 不定詞>であり、「~することに慣れている」は<be used to + 動名詞>なので、混同しないこと。また、<be used to + 動名詞>の場合のtoは前置詞であり、to不定詞のtoと混同しないこと。
118.あなたのEメールを受け取るのを楽しみにしています。
I am looking forward to receiving your e-mail message.
*「~を楽しみにしている」は<be looking forward to - >で、このtoも前置詞だから、次には名詞か動名詞がくる。
119.タバコの吸い過ぎは健康によくない。
Smoking too much is bad for your health.
*It is bad for your health to smoke too much.にしてもよいが、動名詞を主語にしたほうが簡潔な表現になる。
120.歯医者には行く気はしない。
I don't feel like going to the dentist.
*「~したい気がする」は、<feel like -ing>で表す。「~したい気がしない」という場合は、<don't feel like -ing>の形で否定する。
[惹句どんどん] ウディ・アレン
The heart is a very, very resilient little muscle.
ハートはすごく立ち直りの早い筋肉だね
『ハンナとその姉妹』より
雑誌『ケトル』(2014年)からの孫引きです
[その他] 雑誌『ケトル』がウディ・アレン特集
雑誌『ケトル』(2014年10月号)が、なぜか、ここにきてウディ・アレンの特集。
新作が公開されているわけでもないのに、たぶん編集者の偏愛でしょう。
12月で御年79になられるそうですが、依然衰えぬ創作意欲は熟年者の大先輩として見習うべきでしょうね。
当方は『アニー・ホール』あたりからのファンで(熱心ではありませんが)、関連作品も結構観てます。今年は監督した『ブルー・ジャスミン』、共演した『ジゴロ・イン・ニューヨーク』がありました。
雑誌の特集は、ウディ・アレンの全作品の短い解説。映画での名セリフ。等で結構気合いが入ってました。
『ブルー・ジャスミン』
『ジゴロ・イン・ニューヨーク』
2014年10月19日日曜日
[新聞記事] 見出しを読み解く 結婚率の低下の裏にある経済学
10月19日付け朝日新聞別冊Globeの連載記事「見出しを読み解く」。
日本と同じようにアメリカでも生涯未婚率が上昇しており、その主な原因は男性の賃金の低下・不安定さにあるようです。
キリスト教での結婚式の誓いでは、新郎・新婦が"I do"と言って誓います。
”Before God, and in the presence of this congregation, I ask you, ○○. Do you take ○○ to be your wife to love her in times of need and plenty?”
”I do”
「神の前、そしてここに集う人々の前であなたに問います。あなたは○○を夫(妻)として、常に愛することを誓いますか?」
「はい、誓います」
[あの頃のレコード] 黄色い汚わい船『汚わい船』(1974年)
これは究極の「あの頃のレコード」です。突然思い出し、レコード棚からひっぱり出しました。
当方は広島市立国泰寺中学校時代にフォークソング(当時はニューミュージックと言わなかった)のバンドを組んでいて、高校1年の夏休みに自主製作レコードを作りました(今で言うインディーズか?)。
皆実高校のO君が2トラック38cmの非常に高価なテープレコーダーとかマイクとかを所有していたので、頼み込んでレコーディングさせてもらい、東京のプレス社(赤坂ミュージック・スタジオ)にテープを送って50枚製作しました。たしか10万円程度だったと思います。
作品はすべて自作で、なんと作詞が全部当方(そういえば国泰寺中学の北山修を自称しておりました)、作曲はD君(1曲だけ当方の作品があります)。
アコースティック・ギター中心の編成で、影響を受けていたフォーク・クルセーダーズの柔らかいメロディー・ラインの作品によく似た曲ばかりです。
手書きのライナーノーツと、ケント紙で自作したアルバムジャケットも残ってました。
スカトロっぽいバンド名と作品があるのは、少年ジャンプに連載されていたマンガ「トイレット博士」の影響のようです。
自分の作品を聴くのは大変恥ずかしく、高校の時に聴いて以来まったく聴いていません。
バンドのみんなは何してるかな。
Side A
1.汚わい船節
2.エリちゃん
3.泣いちゃいけない片山君
4.あなたのために
5.ちょうせんじさんにきいてもらいたいうた
6.トイレとウンチと彼女
7.雷電
Side B
1.黄色い汚わい船
2.誕生日はいつですか
3.キンポウゲの花
4.二人の恋の歌
5.淋しさに別れを告げる
6.杉田少年よ
7.あしたへ
8.ばんざい三唱
※昨今は録音再生がデジタルで簡単になったので、自主製作盤を作るハードルは低くなりましたが、レコードとなるとかなり大変で、作品性ではなく、貴重性という意味では価値があります。
<日々是不穏 like a rolling stone> 日本人としての快挙なのだろうか? ノーベル賞とテニス全米オープン準優勝
10月7日、ノーベル物理学賞に決まった青色発光ダイオードLEDの発明者、中村修二米カリフォルニア大学サンタバーバラ校教授の新聞報道では、ちょっと違和感を感じました。
中村教授はすでにアメリカ国籍を取得しており、日本人ではありませんし、発明対価をめぐって所属会社相手訴訟を起こし、判決に不服として日本を飛び出した人です。当時の報道は中村教授に対して好意的ではなかったはずです。
同じように、ちょっと古い話題ですが2014年9月8日(アメリカ時間)に行われた、テニスの
全米オープンで準優勝した錦織圭選手に対する、日本のメディアの加熱に違和感を感じたと、元フジテレビアナの長谷川豊氏がニフティ―の有料メルマガで発信されてます。
長谷川氏は錦織選手が学んだアメリカのIMGアカデミー(長谷川氏自身が取材経験があるそうです)の影響と、錦織選手自身の努力が今回の快挙の原動力だとして、ことさら「日本人」を強調する報道はおかしいと述べています。
錦織選手は13歳で渡米し、人生の半分近くをアメリカで過ごし、自分を日本人だとはあまり意識していないかもしれません。島根県と松江市が勘違いして申し出た「栄誉賞」も辞退してます。
ノーベル賞の中村修二教授とテニスの錦織圭選手の快挙は、ことさら日本人のナショナリズムを強調する必要はなく、世界で活躍する日本人の「個人」の能力を賞賛すべきではないかと思いました。同時に突出した才能を開花させることができなかった日本の制度に対しては見直しをけかるべきかと思います。
2014年10月17日金曜日
[積読立読斜読] 『21世紀エディトリアル・オデッセイ 時代を創った雑誌たち』(赤田祐一・ばるぼら共著、成文堂新光社、2014年)
[積読立読斜読] 『21世紀エディトリアル・オデッセイ 時代を創った雑誌たち』(赤田祐一・ばるぼら共著、成文堂新光社、2014年)
デザイン関係の雑誌『アイデア』に連載された赤田祐一・ばるぼら氏の「20世紀エディトリアル・オデッセイ」を編集して大型の単行本にしたもの。主な購読層は出版・デザイン関係者でしょう。
共著者の二人はメディアに詳しいライターで、赤田祐一氏は『「ポパイ」の時代』(太田出版)があり現在は雑誌『Spectator』編集部に在籍。バルボラ氏は『岡﨑京子の研究』(アスペクト)があります。
題名と内容がマッチしておりませんが、20世紀に刊行した主に雑誌のなかから、独自の切り口とビジュアルで読者を魅了し、他のメディアにも影響を及ぼした雑誌を選び、解説した内容です。
雑誌『Spectator』が特集する前に、雑誌連載で当方がその編集方針に賛同するアメリカの『ホール・アース・カタログ』を取り上げていました。書籍でのまとまった紹介は初めてです。
他に、本書の中で大きく取り上げられている雑誌名は、――『ホール・アース・カタログ』『MAD』(ここまでアメリカ)『(自販機本の)JAM』『(パンク・ジンの)狂乱娼館』『ロッキング・オン』『遊』『WET』『アンアン』『ガロ』『COM』『MOB』『ウィークエンド・スーパー』『写真時代』......そのほか、フィーチャーされたその総数は大小取り混ぜ1200点にも上るそうです(実際には数えられませんでした)。
『ワンダーランド』と『宝島』を取り上げたページでは、津野海太郎さんと平野甲賀さんが制作秘話対談。同じページに創刊当時の大判だったころの同誌の表紙や中面のページの画像も掲載されてますが、
その編集は書籍というより雑誌的なレイアウトで、アートディレクションを担当した大原大次郎氏の粋な計らいかと思います。
インターネットや電子リーダーの普及で遠からず単独での雑誌メディアはなくなる可能性が強いです。70年代から80年代にかけて、雑誌の黄金時代の内容と編集方針を正確に伝えたいという意図の本書は、最初にして最後の研究書となるかも知れません。
メディアの形は変わっても志のある「編集」行為は生き続けてほしいものです。
(※広島県立図書館より借覧)
追伸:本書の古風な表紙は甲野甲賀氏がデザインした『ワンダーランド』(2号)の表紙へのオマージュだそうです。
[その他] 父親を亡くしました
私事ではありますが、実父が2014年10月14日(火)に亡くなりました。半年近い闘病の末、最後は眠るように永眠しました。
ブログの趣旨とは違いますが、28期は同年代で親の介護・最期が現実・共通の話と思い、思うことを書き綴ってみます。
内容は通夜・葬儀で親族代表の会葬御礼挨拶をした内容とほぼ同じです。
父親は昭和6年江田島市に生まれ、戦争で父親を亡くし苦学して大学を出て小学校の教員となりました。祖父は内海航路の船員でありましたが、父の学費を稼ぐため給与の高い外洋航路に転じ、マリアナ沖の海戦に巻き込まれて亡くなったそうです。父は生前自分のために祖父が亡くなったと何度も悔やんでおりました。
広島市内の校長で定年まで勤め上げました。常々「本当の子供のためになる教育か」と問い続け、児童教育への情熱を注ぎ続けた父でした。あまり仕事の話はしませんでしたが、印象に残っていることで公衆電話の話があります。小学校に設定されている公衆電話は従前児童の使用を禁じてましたが、父は一律に使用禁止するのではなく、緊急の場合に家に連絡ができる、マナーを守って電話を使うことを教えるのが本当の教育であると申しておりました。
公私とも生真面目な父でした。社会的には不器用な人間であったかと思いますが、家庭では優しい父親でありました。
母親も仕事を持っており、度々家をあけることがありましたが、不平を言わず家族で家事を協力しておりました。食事も作ってくれました。ハヤシライスが私の好物でありますが、下ごしらえの母、調理の父、配膳が私で、我が家のハヤシライスのあの味は家族の味であります。
専門は社会科でありましたので、社会見学もかねて高速道路のまだない時代に、九州・四国の遠方までドライブ旅行に度々連れて行ってもらいました。地方の道路ではまだ未舗装の箇所も多々あり、夜中の2時3時に出発して10時間以上運転するという決して楽なドライブではなかったと思います。
また定年後も同じように二人の帰国子女の孫たちの日本の歴史学習として、実際に見学するのが一番理解につながるとして、京都・奈良への旅行にも連れて行ってもらいました。
晩年の父は町内のお世話や、毎日の書道の練習、図書館で借りた歴史書を読む、静かな生活を送っておりました。病弱で長くは生きられないと常々申しておりましたが、4人の孫に恵まれ、8月末にはひ孫の誕生を大変喜んでおりました。
度重なる手術にもかかわらず、その度に元気になって家にもどって参りました。残念ながらこのたびは半年近い闘病の末、安らかに八十三年の生涯を閉じました。
職場では先輩、同僚の皆様に囲まれ、特に職場の山岳登山の趣味を同じくした「山の会」の皆様には定年後もお付き合いいただき、最後の病床にもお見舞いいただきまして、昔の写真で山登りの思い出を語っていただきました。
よき人生であったと思います。
2014年10月14日火曜日
[積読立読斜読] 『表現のための実践ロイヤル英文法』 第7回(分詞)
『表現のための実践ロイヤル英文法』「暗唱例文300」で英語を学ぶ。第7回は分詞の話。
準動詞の一種で、形容詞と動詞の性質を兼ねている。
現在分詞と過去分詞があるが、時制(現在・過去)とは直接の関係はない。
副詞節の代わりに使う分詞構文は文語的表現である。
分詞は未完了分詞・完了分詞と呼ぶほうが正確。時制とは関係ない。下記の分詞の例を参照。
champagne chilling in an ice-bucket(アイスペールで冷えつつあるシャンパン)=未完了
champagne chilled in an ice-bucket(アイスペールで冷やされたシャンパン)=完了
Point 7. 分詞を使うときは位置に注意。
・名詞を修飾するときの分詞の位置に注意する。
・現在分詞、過去分詞の意味の特徴を理解する。
・<S+V+O+分詞>の構文を整理しておく。
・分詞構文は文を完結にするために使えることを覚えておく。
097.同じ質問がずっとなされた。
The same question kept being asked.
*分詞の受動態に注意。
098.私は河口でイルカがボートを追跡しているところを見た。
I saw a dolphin chasing a boat at the river mouth.
*<知覚動詞+目的語+-ing>の形。
099.彼は息子がビールを飲んでいるところを見つけた。
He caught his son drinking beer.
*catchは知覚動詞ではないが、<catch+目的語+-ing>の形では、知覚動詞のように使われる。
100.食事時間だったので、食べている人が大勢いた。
It was dinner time, so there were many people eating.
*many eating peopleとは言わない。ここでは、本来は他動詞として使われるeatの目的語になるfoodが省略されており、eating peopleとすると、peopleがeatの目的語になってしまうのである。(→P32)
※擬似自動詞(特定の目的語が省略されて他動詞が自動詞になる場合)
This oven sometimes smokes.(このオーブンは時々煙をだすことがある)[純然たる自動詞]
He sometimes smokes (cigarettes).(彼は時々タバコを吸うことがある)[他動詞の目的語省略]
「煙を出す」は自動詞なので a smoking chimney(煙を出している煙突)のように名詞の前において「~している」の意味の形容詞として使える。
「タバコを吸う」は他動詞なので、a smoking manとは普通言わない。a man smokingとして名詞の後に置く。
101.書き言葉は、話し言葉よりも改まった感じになるケースが多い。
Written language is often more formal than spoken language.
*「書かれた言葉」、「話された言葉」はそれぞれ、Written language, spoken languageと言う。
102.2階の浴槽でお湯を流しっぱなしにしておいたのはだれだ。
Who left the water running in the upstairs bathtub?
*単独の<left+目的語+-ing>の文では、「わざと~しっ放しにしておいた」か、「うっかり~しておいてしまった」かはあいまいだが、ふつう文脈でわかることである。
103.私は人に何かをしろと命令されたりするのが好きじゃない。
I don't like people telling me what to do.
*<like + 目的語 + -ing>の形は、否定文に多い。
104.卵は焼いたのが好きです。
I like my eggs fried.
*「コーヒーは濃いのが好きだ」なら、I like my coffee strong.となり、ここでは、friedが形容詞用法なので、それと同じ形である。
105.陽気に歌いながら、彼らは町の方に出かけた。
Singing merrily, they started towards town.
*最も簡単な分詞構文。「~しながら」という意味を表す動詞を現在分詞にして、文頭に置く。
106.私はベッドに横になっており、テレビを見ていた。
I was lying in bed, watching TV.
*「横になる」という動作と、「テレビを見る」という動作が、同時に行われているわけで、こういうときは、つけ足すほうの動作を分詞にして、コンマを打って後に置くことが多い。
107.天候が許せば、早めに植えるということはそれなりの利点があります。
Early planting has its benefits, weather permitting.
*<weather permitting>は、文末に置くことが多いが、必ずしもそうばかりではない。
108.ホリーは髪をなびかせながら、頭をくるりと回した。
Holly swung her head around, her hair flying through the air.
*「頭をぐるりと回した」のはホリーで、「なびいた」のは彼女の髪であるから、主節と従位節の主語が違う。そこで分詞構文のflyingのほうにその意味上の主語のher hairを置くことになるが、こういう独立分詞構文では、文の主語(Holly)の身体の一部とか持ち物が分詞の主語になる場合が多い。
109.彼は足を組んで座っていた。
He was seated with his legs crossed.
*「Aを~しながら」は、このようにwithを使うと表現しやすい。特にこの形は頻出する。
legsはcrossされる立場にあるのがから、過去分詞になる。
110.年齢を考えると、彼の健康状態はすばらしいものが。
Considering his age, his health has been remarkable.
*独立分詞構文、<considering ->は、「~を考慮すれば」という意味。
110.率直に言って、私はそのリストに自分の名前を見たくない。
Frankly speaking, I don't want to see mya name on that list.
*似た形としてほかに Generally speaking(一般的に言えば)などの言い方がある。(P171)
(例文は省略)
2014年10月12日日曜日
[その他] 10日と25日のダイエット 青柳屋
ジャンク・フードをついつい毎日買ってしまうのを反省し、
毎月10日と25日のみお菓子を買って食べるという、いわば毒をもって毒を制するダイエット(?)、
本日10月12日は洋菓子さんに行きました(10日、11日は珍しく多忙で出かけられず)。
体重は前回より大幅に増えてしまい、ダイエットの効果はまったくありません。残念。
ダイエットなのかお菓子屋さん巡りなのかよくわかりませんが、ですが、もうしばらく続けて見ます。
■10日と25日のダイエット
【開始日】
2014年6月25日
【体重の変化】
83.1kg(6月16日)…健康診断の日
81.6kg(6月25日)…ダイエット開始日
80.3kg(7月10日)
79.4Kg(7月25日)
80.3kg(8月10日)
81.5kg(8月25日)
81.9kg(9月10日)
81.1kg(9月25日)
83.6kg(10月12日)
【店舗】
青柳屋
広島市中区幟町5-8
【商品】
かりんとう饅頭、豆大福、わらびもちなど
2000円ぐらい
【感想】
老舗の和菓子屋さん「青柳屋」が広島地盤の会社で「スイーツファクトリー」を運営するインスマート社と提携したようです。
和菓子も現代風のパッケージで洒落た感じに仕上がってます。
※次回、10月25日は洋菓子屋さんに行きます。
[惹句どんどん] 梅棹忠夫
知的生産の技術のひとつの要点は、できるだけ障害物をとりのぞいてなめらかな水路をつくることによって、日常の知的活動にともなう情緒的乱流をとりのぞくことだといっていいだろう。
精神の層流状態を確保する技術だといってもいい。努力によってえられるものは、精神の安静なのである。
『知的生産の技術』(P96)
『知的生産の技術とセンス 知の巨人・梅棹忠夫に学ぶ情報活用術』より孫引き。
※ストレスフリーの仕事術は、なんのことはない1969年にすでに梅棹忠夫さんによって知見となっていたのだ。
[積読立読斜読] 『知的生産の技術とセンス』(堀正岳・まつもとあつし共著、マイナビ新書、2014年)
インターネットやスマートフォンなどによって個人による情報整理と活用は飛躍的に進歩しました。
かつてのように資料探しに膨大な時間をかけることはなくなりつつあります。まだパソコンもインターネットもスマートフォンもない時代に個人における情報整理・知的生産の魁、啓蒙書となった岩波新書の『知的生産の技術』(1969年7月第1刷)が、今改めて注目されているようです。
岩波の雑誌『図書』(2014年9月号)では「梅棹忠夫の「ライフハック」術」として80年生まれの若い社会学者、濱野智史さん(『AKB48白熱論争』(宇野常寛,小林よしのり,中森明夫共著 幻冬舎新書)等の著作あり)が寄稿してます。
今回73年生まれのIT系のジャーナリストである堀正岳さんと、まつもとあつしさんによる共著で『知的生産の技術とセンス 知の巨人・梅棹忠夫に学ぶ情報活用術』(堀正岳・まつもとあつし共著、マイナビ新書、2014年)が出版されました。
ほとんど半世紀前に出版された元祖ライフハック術ともいうべき『知的生産の技術』を現代のツールを使ってアップデートすることと、梅棹忠夫氏の生前の功績を著作中心ですが丹念に学び、「技術」を生んだ背景思想まで踏み込んだところが、類書の単なるデジタル機器ノウハウ物とは一線を画する良書と思います。監修に梅棹氏と一緒に仕事をされた人間文化研究機構の小長谷有紀さんを迎えたことで筋が通った編集となったと想像されます。
情報量が爆発的に増え、収集も容易となった現代でこそ、情報収集から「技術」と「センス」の2つのキーワードが必要だというのが本書の主張で、ただむやみに情報を集めるだけではだめ、むやみに発信するだけでもノイズを発信しているだけ、そこに違いを生み出すものは「センス」だと重ねて主張されてます。「センス」をどうやって磨いていくかは本書を参照されてください。個人個人ではもちろん違いはあります。
『知的生産の技術』は高校時代の愛読書でありました。蔵書は増えた分は処分してきましたが、なぜかこの新書だけは残してありました。写真の『知的生産の技術』は1974年4月10日の第19刷とあります。高校1年の時に読んだらしいです。
<日々是不穏 like a rolling stone>(2014年10月12日(日)) ポスト1億総中流
写真は朝日新聞より。ゴードン氏の書斎でしょうか。
机の上に『21世紀の資本論』が置かれています。
「日々是不穏」は日付のある新聞雑誌時評です。
朝日新聞10月11日付け記事「オピニオン」は「戦後70年へ」というシリーズの一環。『日本の200年 徳川時代から現代まで』(※本書は当方の愛読書であります)『ミシンと日本の近代 消費者の創出』(※こちらも良書、図書館で斜め読みですが。。。)などの著作のあるハーバード大の日本近現代史研究家、アンドルー・ゴードン氏が「ポスト1億総中流」として、低経済成長下での日本の目標はどうあるべきかについて、なかなかの慧眼に満ちた論評でした。
要約すると、戦後70年、高度成長の時代は、皆が一生懸命働けば中流の仲間入りができると信じた時代でした。学問によって立身出世する教育における機会均等能力主義がうまく機能していたからです。近年は所得格差が教育格差に繋がり、中流意識が崩れていますが、収入の低い高齢者等の統計を含めたデータであり、世界的にみても依然日本は所得格差の小さな国です。
意識的に皆が中流で幸福であるという意識が持てないのは、かつてのような経済の高度成長が見込めない低成長下の統一的な目標を日本全体で持つべきです。高齢者への対応、資源の効率的利用、省エネ技術などの分野は、日本が世界を牽引する力になれます。これらが経済成長が鈍化した成熟した社会において、政治・社会の安定を保つ日本にとっての「ポスト戦後」の目標となるべきです。というもの。
これは日本国民全体への提言です。個人としても28期はすでに50代後半。人によって多少の差異はあるでしょうが人生の高度成長は終わり成熟期に入った人も多いと思います。ゆっくりと自分に合った新たな大局的な目標が必要でしょうね。
下記大変長くなりますが、朝日新聞からの引用です。
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(戦後70年へ)ポスト1億総中流 アンドルー・ゴードンさん(2014年10月11日朝日新聞)
高度成長時代、日本は「一億総中流社会」と言われた。多くの人が自分も「中流」になれると夢見ることができた。その後の日本は、長い経済の低迷を経て、少子高齢化に直面し、格差の問題がクローズアップされている。戦後社会はどこに行くのか。米国を代表する日本近現代史の研究家、ハーバード大学のアンドルー・ゴードン教授に聞いた。
――中流社会というのは、戦後の産物なのでしょうか。
「『一億総中流』といわれる力強い中間階級が現れたことは、戦後の特徴です。しかし、中流といわれるライフスタイルは、1910年代から始まっています。都会ではサラリーマンが増え、日曜日にデパートに出かけることが流行し始めました。そうした生活を送る中間階級は、だんだんと広がっていきました。30年代には、後の高度成長を予想させる経済成長もみられます。しかし、『自分が中流だ』と考える人たちの割合は当時、はるかに小さかった」
――戦前はどういう社会だったのですか。
「戦前の日本には、華族(貴族)がいて、財閥があり、農村には地主がいました。ヒエラルキーのある格差の大きい社会でした。ブルーカラーである職工の賃金は日給で、数日分のボーナスしかもらわない。会社員などのホワイトカラーは月給で、ボーナスも数カ月分。両者は工場の入り口さえも違いました。こういう差別は、戦後はなくなりました。いまでも役職などによるヒエラルキーはありますが、それは絶対的なものではありません。これは非常に大きな社会的変化です」
「経済が成長した50年代から60年代、そして70年代初めにかけて、中流意識がどんどん強まっていきます。すべての人ということではありませんが、調査によっては、9割の人が『中流』と答えています。大多数の日本人が、自分は中流である、あるいは、中流になれると思っていた。現実の日本社会には、高度成長の時代だって、まだ貧富の差は大きかったのです。たとえば、大企業と中小零細企業では、倒産率が違う。都市と農村の間には、道路などの社会資本ではまだ大きな格差があった。それでも人々は、一生懸命働きさえすれば、中流の仲間入りができると信じました」
――何がその中流意識を支えたのでしょう。
「ひとつには、教育における能力主義がうまく機能していると思われていたからでしょう。これは、60年代の統計ですが、国立大学入学者に占める最も貧しい所得層の学生の比率は、全人口に占めるこの最低所得層の比率とまったく変わらなかった。高等教育へのアクセスが、完全な平等に近い状況だったのです。公立学校の評価がまだ高かった時代です。どんな家庭の子にも道は開かれている。努力さえすれば、良い学校に入り、良い会社に就職ができると信じることができたのです」
――そういう信仰は、もはやないですね。
「いい学校に行くには塾に行かせねばなりません。親が裕福な方が有利です。所得格差が教育格差につながっています」
――中流社会は崩れてしまったのでしょうか。格差は広がるばかりですか。
「意識の上では、多くの日本人がそう感じています。しかし、実態は必ずしも極端に格差が広がっているわけではありません。日本でも貧困層は増えていますが、格差という点では、世界的に見れば小さい方です。日本で正規雇用されている労働者の数は、80年代に約3400万人ですが、この数字はいまもあまり変わりません。非正規の数は、その間に約600万人から約2千万人に増えました。その原因は、より多くの高齢者や女性が非正規で働くようになったこと、自営業と家族労働に従事していた人たちが雇用者として働き始めたことにあります。ですから、正規を直接犠牲にして非正規が増えているわけではありません」
「格差の問題には、高齢化の要素もあります。高齢者は所得はありませんが、貯蓄などがあります。所得の分析だけでは、格差の実態を把握できないのです」
――国際的にはどうなのですか。
「世界的に注目されているフランスの経済学者トマ・ピケティの『21世紀の資本論』という研究があります。これによると、20世紀初頭、欧米先進国も日本も、少数の富裕階級が多くの富を持つ格差の大きい社会でした。2度の世界大戦や大恐慌で資産が喪失したことで、格差が収縮しましたが、これは例外時期であり、80年代から再び格差が拡大しているというのです。ただし英米に比べると、独仏など欧州大陸の国と日本では、格差拡大の幅は大きくない。挑発的な議論ですが、私の研究を補強するところもありますし、グローバルな文脈で日本を考えることを可能にしてくれます」
――さきほどの話では、高度成長期には、日本人の「中流」意識は実態よりも強かった。今度は、格差を実態より大きく感じているということですが、それはなぜですか。
「中国人や米国人よりも自分たちのほうが格差が小さいと知っても、なぐさめにはなりません。外国との比較ではなく、みんな自分の親の世代と比べます。雇用の安定という問題もあります。様々な要因があって、経済データと人々の意識が対応していない。なぜなのか。今後研究していきたいと考えています」
「意識でいえば、日本経済の実態にしても、日本人の見方は悲観的すぎると思います。中国に国内総生産(GDP)では抜かれましたが、中国の人口は日本の10倍。1人当たりに直すと、日本の経済力の方がまだまだ、はるかに上です。他の先進国と比較しても、1人当たりの成長率は悪い数字ではありません」
――しかし、実態がそうでも、意識の問題は大きいのでは。かつて戦後日本は「成功物語」として語られました。いまは、戦後は失敗だったという見方も出ています。
「日本人の多くが戦後を失敗だと認識しているとは思いません。たしかに、これまでうまくいっていた戦後システムが今日ではうまく機能していない、という感覚はあるでしょう。でも、現在の政治経済システムが機能していないのは、世界共通の問題です」
「社会の中で楽観論が失われ、悲観主義がひろがるのは、憂慮すべきことです。予言の自己成就という言葉がありますが、そういう悲観は、若い人から挑戦する気概を失わせ、内向きにしてしまいます。また、成功した人々へのねたみから、そういう人々への反感を強めたり、あるいは外国人を攻撃する排外的な言動につながったりする危険があります」
――どうしたらいいでしょうか。
「発想を変える必要があるでしょう。日本が直面しているのは、低成長の時代に、人口減少、少子高齢化、さらに環境へ配慮するという制約のもとで、どうやって社会を維持するのかという問いです。労働人口の減少に伴う生産力の低下をどう補うのか。原発のあり方も含めてエネルギー不足にどう対処するのか。低成長時代に生活様式をどう改めるのか。課題はたくさんあります」
「強い経済成長が期待できないときに、政治と社会の安定を保つのは容易なことではありません。しかし、世界全体として高い成長は望めないのです。過去には、年率3%から5%の成長はふつうでした。しかし、これから、1%の成長率のもとで、どうやって、品位のある、よい社会を維持するかを考えねばなりません。日本だけの課題ではありません。リーマン・ショック以降に一層明確になりましたが、低成長も少子高齢化も環境の制約も、先進国のすべてが、そしてやがては新興国もみな直面する課題なのです」
――日本はフロントランナーというわけですか。
「たまたま日本が最初にその壁にぶつかったわけです。しかし、この課題を克服できれば、新しい意味で日本はまたリーダーになれるのではないでしょうか。高齢者へのケア、資源の効率的利用、省エネ技術など、日本が、世界に先駆けて取り組んできた分野があります。その経験を活用して、新しいモデルを示してほしい」
「これは、経済成長を終えた成熟社会の話です。日本にとって、『ポスト戦後(戦後の後)』をどう築くかという挑戦ではないでしょうか」
■取材を終えて
米国の日本を見るまなざしは、時期によって揺れ動く。日本が経済大国へと躍進した70年代末から80年代にかけては、米国が見習うべきモデルとして「ジャパン・アズ・ナンバーワン」とたたえられた。21世紀になって中国が急速に台頭すると、こんどは「ジャパン・パッシング」(日本軽視)という言葉がよく使われるようになった。そういう中で、ゴードン教授は労使関係を中心に、実証的な社会経済史の研究を積み重ねてきた。資料を探し、関係者にインタビューし、現場に足を運ぶ。日本は「戦後の後」のビジョンを切り開くべきだという提言も、そうした長年の観察に裏打ちされている。(聞き手・三浦俊章)
2014年10月10日金曜日
[その他] モビール作りに挑戦中
うまく完成するとこうなる↑
こちらは当方のうまく完成してないモビール
孫ネタで恐縮です。
インターネットでシンプルで美しいモビールを見つけ、キットもあったので注文してみました。
想像していたより小さくて、発砲スチロールのボールに絹糸を巻くのに苦戦してます。2ヵ月ぐらいから新生児が眼が見え始めるそうなので、それまでに間に合わせます(あと2週間ある)。
ゴッビモビールは、モンテッソーリ教育で新生児の為に作られた、単色でグラデーションのある5つの玉のモビールです。赤ちゃんは誕生直後、色覚や立体視などは機能せず、ピントを合わせることができる距離は限られています。
赤ちゃんの目から25cm~30cmほど上に設置(設置の際は安全に十分ご注意下さい)すると、赤ちゃんの目はモビールがきっかけとなり、一つ、また一つと、濃い色のモビールから順に見ることが出来るようになります。ゴッビモビールは赤ちゃんの‘見る’を積極的に促します。赤ちゃんがうっすらと見始める2ヶ月ごろからが使い始めで、手を出し始めたら卒業の目安です。(生後1ヶ月半前で見始めた赤ちゃんもいます。)kakawaのゴッビモビールはグラデーションがきれいになるよう、糸と色選びにこだわっています。
http://www.ab.auone-net.jp/~kakawa/sub2.html
[積読立読斜読] 『大人のための読書の全技術』(齋藤孝著、中経出版、2014年)
ひょっとして週刊ペースで著作の出版があるのでは。齋藤孝先生の読書の技術。既刊の内容との重複はありますが、学生・社会人向けの入門書としてよくまとまっていると思います。
当方はまったくの自己流で読書しており、いまさら治らないと思いますけど、この本からは「翻訳」「音読」「暗唱」することが究極の熟読である、という意見に共感しました。
「翻訳」のほうは、NHKのラジオで「英語で読む村上春樹」の「トニー滝谷」が始まったので、それを聴くことにして、「音読」「暗唱」のほうは、新潮社から出ている朗読のCDがあるので、それを購入してみました。
「暗唱」にも挑戦したいので、できるだけ短い、かつ文章がいいとなると、中島敦の作品がうってつけでしょう。「山月記」」「名人伝」「牛人」が、江守徹さんの朗読で入っています。「名人伝」が昔から好きなので、これに挑戦してます。テキストは著作権が切れているので「青空文庫」からダウンロードしました。
江守徹さんの朗読は、まず当然ですが声が良くて、聞き入っております。
経過はまたご報告します。
[その他] 『ソトコト』がポートランドとブルックリンのサスティナブルなライフスタイルを特集
雑誌『ソトコト』(2014年11月号)がアメリカのポートランドとブルックリン(ニューヨーク)のサスティナブルなライフスタイルを紹介。
60年代のカウンターカルチャーから「カウンター」がうまく取れて、アメリカの大都会で草の根運動として生き残っています。
『ソトコト』は1999年創刊の世界初の「環境ファッションマガジン」。「SOTOKOTO」とは、アフリカのバンツー族のことばで「木の下」という意味だそうです。
今回の取材は現地のコーディネーターを中心に1年近くかけ、丁寧な記事に仕上がっています。
ポートランドでは古い建物をソーシャルスポットに仕立てた活動、ニューヨークでは川(海水)を浄化してカキの養殖に挑戦したり、貧困層に野菜を摂取してもらう取り組み(グリーンカード)が
興味深かったです。
Restore [歴史的建物を再生する。]
『マクメナミンズ』の手法がすごい。忘れ去られた建物がソーシャルスポットに。
Regenerate [カキで生態系を取り戻す。]
海を浄化するカキの底力! 『オイスター・ガーデニング』に注目。
Refresh [新鮮野菜で新しい職を。]
新鮮な野菜、食べてますか? 食と職をもたらす『グリーンカート』。
今回は、雑誌版と同時に発売される電子版で読んでみました。雑誌版は823円、電子版(特集記事中心、86ページ)は400円です。
書店まで出かけなくても入手できるのは便利ですが、大判の雑誌をPCやタブレット端末で観るのはまだまだ制約が多いです。
雑誌業界では老舗のエコ系雑誌『ソトコト』ですが、ポートランドの特集では若者ファッション雑誌と思われている『ポパイ』の後塵を拝すことになりました。
(『ポパイ』の先見性をほめるべきか)。
[その他] 雑誌『ポパイ』(2014年7月号)がアメリカのポートランド特集
2014年10月8日水曜日
[積読立読斜読] 『表現のための実践ロイヤル英文法』「暗唱例文300」で英語を学ぶ(第6回)
[積読立読斜読] 『表現のための実践ロイヤル英文法』「暗唱例文300」で英語を学ぶ
「暗唱例文」と合わせて文法の英文法の復習をしてます。今回が6回目で不定詞について。
・不定詞(句)にはto不定詞と原形不定詞がある
・不定詞・(現在・過去)分詞・動名詞とあわせて準動詞(句)と呼ばれる
・準動詞は動詞のほかに名詞や形容詞の働きをし、主語の人称や数によって変化しない
・to不定詞は文中で名詞・形容詞・副詞の働きをする
・原形不定詞の主な用法は使役・知覚動詞の補語となる
・原形不定詞を用いた慣用表現もある
準動詞以下は主語を含まない句であり、他の文の中に入り込んでなんらかの要素になります。
Point.6. 不定詞の使い方に注意。
・to不定詞を英文中に置く位置に注意する。
・to不定詞を含む構文の使い方を正確に覚える。
・何用法などということにはあまりこだわらないほうがよい。
・原形不定詞を使う構文は限られており、覚えておくとよい。
076.猫たちに毎日えさをやるのは君の役目だよ。
It is your job to feed the cats daily.
*to不定詞を主語にするときには、Itを先に出すのがふつう。
077.要点を見逃さないように気をつけます。
I will try not to miss the point.
*「すること」の否定はnot toでよい。
078.転ばないように気をつけて。
Be careful not to fall.
*「~しないように」は<so as not to>か<in order not to>だが、be carefulやtake careの場合にはnot toを使っていよい。
079.今日はすることが何もない。
There is nothing to do today.
*nothingはto do の意味上の目的語になっている。There is nothing to be done today.とすると、nothingはto be doneの意味上の主語になる。
080.あなたはただここに署名をしさえすればよいのです。
All you have to do is sign your name here.
*allは指すものが単数なら単数で受け、複数なら複数で受ける。また、all you have to doのようにdoを含んだ形を主語にするときには、signの前のtoは省略できる。
081.この文書をファックスで送ってもらいたい。
I want this document to be sent by fax.
*<want + 目的語 + to be done>の形。
082.私には一緒に買い物に行く人がいない。
I have nobody to go shopping with.
*with whom to go shoppingや、with whom I might go shoppingなどと同じようにwithが必要。
083.私は仕事を探しにビジネス街へ行った。
I went downtown to look for a job.
*「~するために」はtoだけでもよい。
084.その会社は労働力を海外で増やすより仕方がなかった。
The company had no choice but to increase the workforce overseas.
*butとexceptは、前置詞だがto不定詞の前につけることができる。
085.帰宅すると家が泥棒に入られていることがわかった。
I came home to find that my house had been broken into.
*結果を表すto不定詞。only toと言うことが多いが、ただtoでよい場合も多い。
086.働けるぐらいの年なら、できることはたくさんあるよ。
If you are old enough to work, there are a lot of things you can do.
*こういう場合の「~するのに十分な」の意味の<enougn to>の使い方を知っておくと便利である。
087.忘れずにそれをしなければならない。
I must remember to do it.
*「~することを忘れてはいけない」ということ。
088.私は職場に近くなるように新しいアパートに引っ越した。
I moved to a new apartment so as to be near my work.
*「(その結果)~するように」は、so as toがふさわしい。
089.このソフトウェアの使い方を知りたい。
I want to learn how to use this software.
*<what to do>、<how to do>などの<疑問詞 + to不定詞>の使い方に慣れること。
090.お昼までにそこに着くつもりなら、もう出発したほうがよい。
If you are to get there by lunchtime, you had better start now.
*<be to>をIf節の中に使うと、「~するつもりなら」という意味が表せる。
091.この問題を解決する方法はだれにもわからないようだ。
Nobody seems to know how to solve this problem.
*It seems that nobody knows...でも書けるが、Nobody seems to know...の形のほうが簡潔でよい。
092.彼は自分のことを天才だと思っている。
He believes himself to be a genius.
*この形では、himselfは省けない。
093.その消防士たちが燃えているビルの中に突入していったのは勇敢だった。
It was brave of the fire fighters to dash into the burning building.
*「燃えているビルの中に突入していった」という行為を通して、その消防士たちの勇敢さを述べた形になる。
the fire fightersを主語にして似た意味を表すこともできる。
(→P142)
The fire fighters were brave enough to dash into the burning building.
(その消防士たちは勇敢にも燃えているビルの中に突入していった)…上の例文とは訳文の意味が違う
094.上記の人物はウィスコンシン州の登録看護師であることを証明する。
This is to certify that the above-named person is a registered nurse in the State of Wisconsin.
*証明書の決まり文句。
095.彼女は床が動くのを感じ、壁が揺れるのを見た。
She felt the floor move and saw the walls shake.
*<知覚動詞 + 目的語 + 原形不定詞>で、「Aが~するのを見る[聞く、感じる]」などの構文を作る。
096.こうしたことは言わないほうがいい。
You had better not say these things.
*「~したほうがいい」は<had better>で表すが、「~しないほうがいい」というときは、notは原形不定詞の直前に置く。
「暗唱例文」と合わせて文法の英文法の復習をしてます。今回が6回目で不定詞について。
・不定詞(句)にはto不定詞と原形不定詞がある
・不定詞・(現在・過去)分詞・動名詞とあわせて準動詞(句)と呼ばれる
・準動詞は動詞のほかに名詞や形容詞の働きをし、主語の人称や数によって変化しない
・to不定詞は文中で名詞・形容詞・副詞の働きをする
・原形不定詞の主な用法は使役・知覚動詞の補語となる
・原形不定詞を用いた慣用表現もある
準動詞以下は主語を含まない句であり、他の文の中に入り込んでなんらかの要素になります。
Point.6. 不定詞の使い方に注意。
・to不定詞を英文中に置く位置に注意する。
・to不定詞を含む構文の使い方を正確に覚える。
・何用法などということにはあまりこだわらないほうがよい。
・原形不定詞を使う構文は限られており、覚えておくとよい。
076.猫たちに毎日えさをやるのは君の役目だよ。
It is your job to feed the cats daily.
*to不定詞を主語にするときには、Itを先に出すのがふつう。
077.要点を見逃さないように気をつけます。
I will try not to miss the point.
*「すること」の否定はnot toでよい。
078.転ばないように気をつけて。
Be careful not to fall.
*「~しないように」は<so as not to>か<in order not to>だが、be carefulやtake careの場合にはnot toを使っていよい。
079.今日はすることが何もない。
There is nothing to do today.
*nothingはto do の意味上の目的語になっている。There is nothing to be done today.とすると、nothingはto be doneの意味上の主語になる。
080.あなたはただここに署名をしさえすればよいのです。
All you have to do is sign your name here.
*allは指すものが単数なら単数で受け、複数なら複数で受ける。また、all you have to doのようにdoを含んだ形を主語にするときには、signの前のtoは省略できる。
081.この文書をファックスで送ってもらいたい。
I want this document to be sent by fax.
*<want + 目的語 + to be done>の形。
082.私には一緒に買い物に行く人がいない。
I have nobody to go shopping with.
*with whom to go shoppingや、with whom I might go shoppingなどと同じようにwithが必要。
083.私は仕事を探しにビジネス街へ行った。
I went downtown to look for a job.
*「~するために」はtoだけでもよい。
084.その会社は労働力を海外で増やすより仕方がなかった。
The company had no choice but to increase the workforce overseas.
*butとexceptは、前置詞だがto不定詞の前につけることができる。
085.帰宅すると家が泥棒に入られていることがわかった。
I came home to find that my house had been broken into.
*結果を表すto不定詞。only toと言うことが多いが、ただtoでよい場合も多い。
086.働けるぐらいの年なら、できることはたくさんあるよ。
If you are old enough to work, there are a lot of things you can do.
*こういう場合の「~するのに十分な」の意味の<enougn to>の使い方を知っておくと便利である。
087.忘れずにそれをしなければならない。
I must remember to do it.
*「~することを忘れてはいけない」ということ。
088.私は職場に近くなるように新しいアパートに引っ越した。
I moved to a new apartment so as to be near my work.
*「(その結果)~するように」は、so as toがふさわしい。
089.このソフトウェアの使い方を知りたい。
I want to learn how to use this software.
*<what to do>、<how to do>などの<疑問詞 + to不定詞>の使い方に慣れること。
090.お昼までにそこに着くつもりなら、もう出発したほうがよい。
If you are to get there by lunchtime, you had better start now.
*<be to>をIf節の中に使うと、「~するつもりなら」という意味が表せる。
091.この問題を解決する方法はだれにもわからないようだ。
Nobody seems to know how to solve this problem.
*It seems that nobody knows...でも書けるが、Nobody seems to know...の形のほうが簡潔でよい。
092.彼は自分のことを天才だと思っている。
He believes himself to be a genius.
*この形では、himselfは省けない。
093.その消防士たちが燃えているビルの中に突入していったのは勇敢だった。
It was brave of the fire fighters to dash into the burning building.
*「燃えているビルの中に突入していった」という行為を通して、その消防士たちの勇敢さを述べた形になる。
the fire fightersを主語にして似た意味を表すこともできる。
(→P142)
The fire fighters were brave enough to dash into the burning building.
(その消防士たちは勇敢にも燃えているビルの中に突入していった)…上の例文とは訳文の意味が違う
094.上記の人物はウィスコンシン州の登録看護師であることを証明する。
This is to certify that the above-named person is a registered nurse in the State of Wisconsin.
*証明書の決まり文句。
095.彼女は床が動くのを感じ、壁が揺れるのを見た。
She felt the floor move and saw the walls shake.
*<知覚動詞 + 目的語 + 原形不定詞>で、「Aが~するのを見る[聞く、感じる]」などの構文を作る。
096.こうしたことは言わないほうがいい。
You had better not say these things.
*「~したほうがいい」は<had better>で表すが、「~しないほうがいい」というときは、notは原形不定詞の直前に置く。
2014年10月7日火曜日
[積読立読斜読] 英語で読む村上春樹 「トニー滝谷」 放送開始
10月5日からNHKラジオの番組「英語で読む村上春樹」の新しい購読作品「トニー滝谷」が始まりました。
この番組は2013年からの放送で半年で村上春樹の英訳された短編小説を精読するという企画です。現在までに「象の消滅」「かえるくん、東京を救う」「踊る小人」が取り上げられています。
前三作は寓話的な作品で、日本語から英語に翻訳してもあまり違和感がなかったかも知れませんが、「トニー滝谷」は結構リアリズムであり、純日本人でありながら日系二世のような命名を受けた主人公の葛藤も主題のひとつですので、翻訳とのギャップが興味深いところです。
明治大学教授の齋藤孝さんが近著『読書の全技術』(中経出版)で「精読の最もたるものが翻訳だ。クライマックスは原文を声に出して読もう」と翻訳精読を勧められています。同感です。
このプログラムではオリジナルの翻訳のジェイ・ルービンさんの英文と同時に、講師役の新元良一さんの英文も比較対象できるという企画になっています。いまや世界作家となった村上春樹を母国語で読める幸せを、その翻訳も味わいながら、改めて感謝です。
「トニー滝谷」は1990年にオリジナルが『文藝春秋』に発表されました。当方の好きな短編の一つで、今後の放送が楽しみです。
<日々是不穏 like a rolling stone>(2014年10月7日(火)) 国民国家の制度疲労
写真は2014年10月4日朝日新聞記事より
10月4日の朝日新聞記事「耕論」は「揺らぐ国民国家」として作家の佐藤優さんと、東京経済大学准教授の早尾貴紀さんによる論評。昨今の大きくは国家を超えた紛争や独立運動、イスラム国、スコットランド独立選挙(否決されましたが)、イスラエルとガザ地区、ウクライナの内戦はすべて、「国民国家の制度疲労」という補助線を引くと理解しやすいということです。
国民国家とは、世界大百科事典からの抜粋ですが、下記の通りです。
■国民国家(抜粋)nation state
共通の社会・経済・政治生活を営み,共通の言語・文化・伝統をもつ,歴史的に形成された共同体を基礎として成立した国家を一般に指す。この意味で民族国家とほぼ同意に用いられる。また,多元的分裂状態を克服して成立した統一的な絶対主義国家を含めて国民国家という場合もあるが,絶対君主に集中されていた権力・主権を,市民革命によって奪取した結果形成された国家を指し,その意味で近代国家といわれる。したがって近代国家という観念は,ふつう封建国家や絶対主義国家などに対置して用いられる。しかし,市民革命を経ることなく,対外的危機を契機として,あるいは,ヨーロッパに形成された近代国家をモデルに,国民国家が形成される例も少なくない。日本などもこの例である。(田中 浩) (C) 1998-2002 Hitachi Systems & Services, Ltd. All rights reserved.
ほとんどの国民が日本人であり、かつ市民革命を経ないで近代国家が形成されたせいで、多くの日本人は国民国家と言われてもピンとこないかも知れません。昨今の国際紛争があまり理解できない原因でしょう。
佐藤優さんの論評の要旨は、国富をないがしろにした資本主義(=資本家)が格差を拡大し、国民の造反を招いた。造反には2つの流れがある。1つが超国家主義ともいうべき「イスラム国」の運動。もお1つが国家分割主義ともいうべきス民族・言語単位の独立運動、スコットランドの独立や、ウクライナの問題がこれにあたります。国民を顧みない資本主義と結託した国家に疑問を感じた人々の運動とし、佐藤優さんは、国民国家というシステムの微調整で解決可能だと楽観的です。
早尾貴紀さんの論評は専門のイスラエルの問題。国民国家をあまりにも厳格に適用しようとすることが、イスラエルという国家の特殊性であり、「国民=ユダヤ人」と自己規定していることにあるとして、多民族を受け入れるというイスラエルの国民国家の再定義が必要だとしています。
敬愛する内田樹さんは、かなり前から国民国家の危機について警鐘を鳴らしておられました。主な論調は、グローバル資本主義と国民国家の理念は基本的に相いれないものである以上、国民国家政府はあまりグローバル資本主義に肩入れしては困るということです。自民党安倍政権によるアベノミクスは残念ながらグローバル資本主義原理主義に陥っています。一番の問題は安倍政権があまりにも無自覚であるということを再三に渡って論破されておりますが、内田樹さん自身は政権にまったく期待されてません。
以下、大変長くなりますが、朝日新聞記事と、内田樹さんの論評を引用させていただきます。
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(耕論)揺らぐ国民国家 佐藤優さん、早尾貴紀さん(2014年10月4日 朝日新聞記事)
国民を統合する国家の枠組みが揺れている。中東では民族や宗教の対立が消えず、過激派組織が建国を宣言した。欧州やロシア、そのはざまで民族を結ぶ動きが続く。なぜ国家という器は不安定になったのか。国民との関係はどうなるか。
■貪欲な資本主義へ抵抗の芽 佐藤優さん(作家)
共産主義に勝利して、資本主義と資本家はあまりにも貪欲(どんよく)になりすぎました。資本の増殖に血道をあげ、過剰で不公平な競争を押しつけて、人の気持ちを顧みなくなった。その結果が、格差を極端にまで広げたいまの世界です。
たとえば、あれだけ石油が出る中東で、なぜ大勢の人がいまだに貧困にあえいでいるのか。どう考えたって、国際石油資本とそれに連なる王族や独裁権力者に富が偏在しているからですよね。
こうした状況を打ち破ろうと、二つの流れが出てきた。一つが、国家や民族の枠を超えたグローバルなイスラム主義によって克服しようという動き。イラク北部からシリア東部を占拠している「イスラム国」の運動がそうです。
もう一つが、いまの国民よりもっと下位のネーション、つまりもっと小さな民族に主権を持たせることで危機を乗り越えようという動き。近代化以降、ときには複数の民族を一つの「国民」に統合してきた従来の国民国家を、さらに純化する動きともいえます。英国からの独立を問う住民投票があったスコットランドがそうです。
*
<帰属意識に変化> この二つの流れが、従来の国民国家の土台を揺るがせ始めた。いずれも、人々の帰属意識に変化が生まれているのです。
イラクの場合は、スンニ派のアイデンティティーが変容した。フセイン政権時代には、独裁下とはいえイラク人という国民意識が一応ありました。スンニ派かシーア派かは、それほど大きな問題ではなかった。ところが新生イラクでは多数派のシーア派が権力を握り、スンニ派は新政権に自己同一化ができなかった。そこに民族や部族を超えた存在として「イスラム国」が登場したのです。
彼らの理屈では、イスラム革命が成功して預言者ムハンマドの後継者によるカリフ制が確立すれば、みんな平等で豊かになる。成功です。失敗しても、殉教者はあの世で幸せになれる。これも成功です。どっちに転んでも成功する教義を作り上げ、行動させて問題を解決しようとしている。この世界観に、イラク人という国民意識を持てなくなったスンニ派の人々がなびき始めた。民族か、部族か、宗教か。人々の帰属意識は時代と状況で変化するわけです。
オバマ米政権は「イスラム国」への空爆に踏み切りましたが、本当に倒すには幹部をピンポイントで除去するしかない。そこでイランとの協調関係が生まれる可能性があります。自分たちに同調しない人を皆殺しにする「イスラム国」は、シーア派のイランにとっても脅威なのですから。
*
<世界各地に火種> スコットランドでは、民族的なアイデンティティーが強まったことで独立の機運が盛り上がりました。人々が恐れたのは、このまま人材も資源も流出し、ロンドンに吸い取られていく未来です。人口530万の自分たちで回していったほうが豊かになれる、という計算もあった。1707年に併合されるまでスコットランドは王国だった、という記憶は300年程度では消えないんですね。イングランドとの格差が広がり、独自の言語も廃れ、軍事負担も過剰だ。こんな問題提起が噴出し、民族意識に火がついた。
ウクライナでは、親米欧勢力が権力を握った瞬間に深刻な間違いを犯した。言語政策です。ウクライナ語のみを公用語にすると言った。すぐに撤回はしましたが。19世紀以降、ロシア語化が進んだ東部と南部の人々は衝撃を受け、混乱につながりました。
民族の根っこにあるのが言語です。世界には何千もある。しかし国の数は、国連加盟国で200ほど。つまり一つのナショナリズムが成功して国家が生まれる陰で、膨大な数の失敗がある。いつ、どこで発火するかわからない潜在的なナショナリズムの火種は世界各地にあるのです。
ただ、国民国家のシステムはそう簡単に崩れるとは思えません。いまのところ資本主義に代わる仕組みはなく、資本主義は国民国家と相性がいい。そもそも国民国家の成立が均質の労働力を生み、資本主義を育ててきた。いま世界で起きているのは、現行システムの微調整だと見るべきでしょう。
(聞き手・萩一晶)
*
さとうまさる 60年生まれ。85年外務省入省。在ロシア大使館勤務の後、本省の主任分析官などを歴任。著書に「国家の罠(わな)」「テロリズムの罠」「読書の技法」など。
■主権と民族、切り離すべきだ 早尾貴紀さん(東京経済大学准教授)
イスラエルという国家の特殊性は、「国民=ユダヤ人」と自己規定していることにあります。
フランス革命以降、欧州では、共通の文化的アイデンティティーをもつ「国民」を基盤とする国民国家化が進みましたが、その過程でユダヤ教徒は排除された。各地に住むユダヤ教徒は「ユダヤ人」という単一の民族だとされていった。ユダヤ人は、ある意味で近代につくられたものなんです。
欧州のユダヤ教徒も、「ユダヤ人」というアイデンティティーを取り込み、「ユダヤ人は一つの民族であり、独立した国家を持つべきだ」とイスラエル建国運動に結びつけていった。アラブ世界にもユダヤ教徒はいましたが、「アラブ系ユダヤ教徒」ではなく「ユダヤ人」と上書きされてしまった。
どんな民族にも、程度の差こそあれつくられた部分があります。日本でも、明治政府の成立時に、戸籍というかたちで「日本人」の外枠がつくられた。外枠は日本が植民地を増やすことで拡大し、敗戦でまた縮小した。我々がいまイメージする「日本人」は、1945年にできたものといえます。
講義で「自分が日本人だと認識する理由は」と聞くと、「両親が日本人」という回答が多い。「なぜそんな質問をするんですか」という反応もある。8月に札幌市議が「アイヌ民族なんてもういない」とツイートして問題になりましたが、アイヌや沖縄の人が「日本人」に上書きされてしまっている。マイノリティーの存在が目に見えなくなっているんです。
*
<残る排他的意識> ガザ地区の問題は、イスラエルが「ユダヤ人国家」という自己規定ゆえに複数民族国家になれないことと深く関係しています。イスラエルには、ヨルダン川西岸地区の水資源や農地を確保し、入植地を拡大する意図がある。ただ、そこに住むパレスチナ人ごとイスラエルに組み入れると、アラブ系国民が多くなりすぎて、ユダヤ人国家という国是が崩れてしまう。
西岸地区は欲しいけれど、パレスチナ人を国民にしたくない。そこで離れたガザ地区を利用している。ガザを「流刑地」として、不都合なパレスチナ人の居住権を剥奪(はくだつ)して西岸地区から追放したり、ガザ攻撃の陰で、西岸地区へのユダヤ人の入植活動や土地の没収を進めたりしているのです。
今回のガザ攻撃の理由も、ガザ地区のハマスと西岸地区のファタハが和解すると、イスラエルにとって極めて厄介だからです。あくまでハマスは敵として、たたかなくてはいけない。西岸の人々に対して、刃向かったらガザのようになるというメッセージにもなる。
民族と国民にどう折り合いを付けていくのか。イスラエルも、建前としては寛容と多様性を掲げてきました。でもそれは、ユダヤ人国家という根幹を揺るがさない限り、マイノリティーの存在を認めるという「マジョリティーの視点からの多文化主義」です。
日本でも1990年代から、南米などから日系人の定住者が増え、「多文化共生」が唱えられるようになりました。しかし日系人は、経済的に役に立ち、政治的に無力である限りにおいてしか存在を認められない。現実には排他的な意識が残ったままです。それが在日韓国・朝鮮人へのヘイトスピーチのようなかたちで噴出する。
*
<歴史を踏まえよ> 必要なのは、歴史と現実を踏まえた多文化主義です。アラブ人とユダヤ人は、長い歴史のなかで多くのものを共有してきた。日本も、中国や朝鮮、ロシアなどとの交流を通じて文化的アイデンティティーをかたちづくってきた。それを認めなくてはいけない。
長期的には、国家主権と民族を切り離していくことが必要です。いまは、主権と民族のアイデンティティーは一致すべきだと見なされている。でも、国家主権がなければ、自分たちのアイデンティティーが守れないわけではない。
近代の国民国家はたかだか200年の歴史しかありません。その枠組みがほころびてきているのに、しがみつこうとすることが、いま暴力として噴出している。イスラエルはその典型です。多文化の包摂が不可避である以上、国民国家が変容していくことを受け入れ、順応していくことが必要なんです。
(聞き手・尾沢智史)
*
はやおたかのり 73年生まれ。専門は社会思想史。著書に「ユダヤとイスラエルのあいだ」、編著に「ディアスポラから世界を読む」など。
■国民国家とグローバル資本主義について(内田樹の研究室)
ある通信社から、選挙結果について、新政権がどのような方向をとるかについてコメントを求められた。
それについてこんなことを書いた。
大づかみに言うと、いま日本を含めて地球上のすべての人々は「国民国家とグローバル資本主義の利益相反」という前代未聞の状況を前にしている。
国民国家というのは、別に太古から存在したものではない。1648年のウェストファリア条約で基礎づけられた近代の統治システムである。
常備軍と官僚制を備え、領域内の人々は「国籍」というものを持ち、その領域に排他的に帰属しているという意識を持つ(それ以前、例えばカール五世はネーデルランドで生まれて、スペイン王で、神聖ローマ皇帝で、パリに住んでいた)。
国民国家が標準的な政治単位になってそろそろ400年である。賞味期限が切れかけてきたらしく、20世紀末になって脱領域国家的なグローバル資本主義が登場してきた。
ボーダーレスに人・モノ・資本・情報が激しく行き交うさまを人々はうれしげに言祝いでいるが、忘れてはならないのは、カール五世の場合がそうだったように、それらの交易で得られた富はもう国民国家の「国富」ではないということである
グローバル企業は単一の国籍を持っていないし、経営者や株主たちも特定の国家への帰属意識を持っていない。だから企業の収益は原理的には「私物」である。
グローバル企業は特定の国の国民経済の健全な維持や、領域内での雇用の創出や、国庫への法人税の納税を「自分の義務だ」と考えない。そんなことに無駄な金を使っていては国際競争に勝ち残ることができないからだ。
これからのち、政府は人件費を切り下げ、巨額の公共事業を起こしてインフラを整備し、原発を稼働して安価な電力を提供し、法人税率を引き下げ、公害規制を緩和し、障壁を撤廃して市場開放することをグローバル企業から求められることになるだろう。そして、私たちの国の政府はそのすべての要求を呑むはずである。
むろん、そのせいで雇用は失われ、地域経済は崩壊し、歳入は減り、国民国家の解体は加速することになる。
対策としては、ベタなやり方だが、愛国主義教育や隣国との軍事的緊張関係を政府が意図的に仕掛けるくらいしか手がない。気の滅入る見通しだが、たぶんこの通りになるはずである。(ここまで)
実際にはこんな過激なことは紙面に掲載できないとデスクが判断して、穏当な表現に書き替えられ、字数も減らされたものが掲載されるはずである。
以下、コメントについての解説。
政治史的文脈で言うと、「国民国家の頽勢期」に私たちは投じられており、その中で政治指導者たちは「グローバル資本主義」に軸足を置くか、「国民国家」に軸足を置くかで、ふらふらしている。
それは世界中どの国の政治指導者も同じである。
経済のグローバル化はある種の自然過程であり、これに適応しなければ、領域国家は「食い物」にされるだけである。
けれども、グローバル資本主義に加担すれば、遠からず国民国家そのものが瓦解する。グローバル資本主義には「国民経済」という概念がないからである。ある領域内部にすむ住民の福利を他のことよりも優先的に配慮するというのは国民国家にとっては「常識」だが、グローバル資本主義にとっては「たわごと」である。
さすがに国民国家が現実に政治装置として存在する以上、「国民のことなんか知るかよ」とは言い切れないので、弥縫策として「トリクルダウン」理論というものが動員された。
グローバル企業が収益を上げれば、その「余沢」が国民国家の貧乏人たちのところにも及ぶであろうというものである。
それを口実にして、「とりあえず国際競争力のある企業に国民国家の資源を集中させるために、国民は増税負担を受け容れ、賃下げを受け容れ、社会福祉や医療の切り下げを受け容れなければならないが、我慢してもらえば、いずれ『おこぼれ』が回ってくるだろう」という話で、ことが進んでいる。
「トリクルダウン」はグローバル資本主義と国民国家のあいだの本質的な矛盾を糊塗するための「詐欺的理論」であるが、現在のわが国の政治家は全員がこれを信じているふりをしている。
ほかに経済システムと政治単位の本質的な両立不能性を「ごまかす」手立てがないからである。
本気で「トリクルダウン」を信じている人たちは愚鈍である。
ほんとうは信じてないが、そういって国民をごまかして時間稼ぎをしている人たちは知的に不誠実である。
私たちが今なすべきなのは、「国民国家は賞味期限が切れかけているが、他に何か生き延びる知恵はないのか」ということをまじめに考えることなのだが、それだけは誰もしようとしない。
2012年12月19日 11:26 に投稿されたエントリーのページです。
■朝日新聞の「オピニオン」欄に寄稿(内田樹の研究室)
朝日新聞の「オピニオン」の5月8日紙面に長いものを寄稿した。
「日本の現在地」というお題だったので、次のようなものを書いた。
朝日新聞を取っていない人のためにブログに転載する。
日本はこれからどうなるのか。いろいろなところで質問を受ける。
「よいニュースと悪いニュースがある。どちらから聞きたい?」というのがこういう問いに答えるときのひとつの定型である。それではまず悪いニュースから。
それは「国民国家としての日本」が解体過程に入ったということである。
国民国家というのは国境線を持ち、常備軍と官僚群を備え、言語や宗教や生活習慣や伝統文化を共有する国民たちがそこに帰属意識を持っている共同体のことである。平たく言えば、国民を暴力や収奪から保護し、誰も飢えることがないように気配りすることを政府がその第一の存在理由とする政体である。言い換えると、自分のところ以外の国が侵略されたり、植民地化されたり、飢餓で苦しんだりしていることに対しては特段の関心を持たない「身びいき」な(「自分さえよければ、それでいい」という)政治単位だということでもある。
この国民国家という統治システムはウェストファリア条約(1648年)のときに原型が整い、以後400年ほど国際政治の基本単位であった。それが今ゆっくりと、しかし確実に解体局面に入っている。簡単に言うと、政府が「身びいき」であることを止めて、「国民以外のもの」の利害を国民よりも優先するようになってきたということである。
ここで「国民以外のもの」というのは端的にはグローバル企業のことである。
起業したのは日本国内で、創業者は日本人であるが、すでにそれはずいぶん昔の話で、株主も経営者も従業員も今では多国籍であり、生産拠点も国内には限定されない「無国籍企業」のことである。この企業形態でないと国際競争では勝ち残れないということが(とりあえずメディアにおいては)「常識」として語られている。
トヨタ自動車は先般国内生産300万台というこれまで死守してきたラインを放棄せざるを得ないというコメントを出した。国内の雇用を確保し、地元経済を潤し、国庫に法人税を納めるということを優先していると、コスト面で国際競争に勝てないからである。
外国人株主からすれば、特定の国民国家の成員を雇用上優遇し、特定の地域に選択的に「トリクルダウン」し、特定の国(それもずいぶん法人税率の高い国の)の国庫にせっせと税金を納める経営者のふるまいは「異常」なものに見える。株式会社の経営努力というのは、もっとも能力が高く賃金の低い労働者を雇い入れ、インフラが整備され公害規制が緩く法人税率の低い国を探し出して、そこで操業することだと投資家たちは考えている。このロジックはまことに正しい。
その結果、わが国の大企業は軒並み「グローバル企業化」したか、しつつある。いずれすべての企業がグローバル化するだろう。繰り返し言うが、株式会社のロジックとしてその選択は合理的である。だが、企業のグローバル化を国民国家の政府が国民を犠牲にしてまで支援するというのは筋目が違うだろう。
大飯原発の再稼働を求めるとき、グローバル企業とメディアは次のようなロジックで再稼働の必要性を論じた。
原発を止めて火力に頼ったせいで、電力価格が上がり、製造コストがかさみ、国際競争で勝てなくなった。日本企業に「勝って」欲しいなら原発再稼働を認めよ。そうしないなら、われわれは生産拠点を海外に移すしかない。そうなったら国内の雇用は失われ、地域経済は崩壊し、税収もなくなる。それでもよいのか、と。
この「恫喝」に屈して民主党政府は原発再稼働を認めた。だが、少し想像力を発揮して欲すれば、この言い分がずいぶん奇妙なものであることがわかる。電力価格が上がったからという理由で日本を去ると公言するような企業は、仮に再び原発事故が起きて、彼らが操業しているエリアが放射性物質で汚染された場合にはどうふるまうだろうか?自分たちが強く要請して再稼働させた原発が事故を起こしたのだから、除染のコストはわれわれが一部負担してもいいと言うだろうか?雇用確保と地域振興と国土再建のためにあえて日本に踏みとどまると言うだろうか?絶対に言わないと私は思う。こんな危険な土地で操業できるわけがない。汚染地の製品が売れるはずがない。そう言ってさっさと日本列島から出て行くはずである。
ことあるごとに「日本から出て行く」と脅しをかけて、そのつど政府から便益を引き出す企業を「日本の企業」と呼ぶことに私はつよい抵抗を感じる。彼らにとって国民国家は「食い尽くすまで」は使いでのある資源である。
汚染された環境を税金を使って浄化するのは「環境保護コストの外部化」である(東電はこの恩沢に浴した)。原発を再稼働させて電力価格を引き下げさせるのは「製造コストの外部化」である。工場へのアクセスを確保するために新幹線を引かせたり、高速道路を通させたりするのは「流通コストの外部化」である。大学に向かって「英語が話せて、タフな交渉ができて、一月300時間働ける体力があって、辞令一本で翌日から海外勤務できるような使い勝手のいい若年労働者を大量に送り出せ」と言って「グローバル人材育成戦略」なるものを要求するのは「人材育成コストの外部化」である。
要するに、本来企業が経営努力によって引き受けるべきコストを国民国家に押し付けて、利益だけを確保しようとするのがグローバル企業の基本的な戦略なのである。
繰り返し言うが、私はそれが「悪い」と言っているのではない。私企業が利益の最大化をはかるのは彼らにとって合理的で正当なふるまいである。だが、コストの外部化を国民国家に押しつけるときに、「日本の企業」だからという理由で合理化するのは止めて欲しいと思う。
だが、グローバル企業は、実体は無国籍化しているにもかかわらず、「日本の企業」という名乗りを手放さない。なぜか。それは「われわれが収益を最大化することが、すなわち日本の国益の増大なのだ」というロジックがコスト外部化を支える唯一の論拠だからである。
だから、グローバル企業とその支持者たちは「どうすれば日本は勝てるのか?」という問いを執拗に立てる。あたかもグローバル企業の収益増や株価の高騰がそのまま日本人の価値と連動していることは論ずるまでもなく自明のことであるかのように。
そして、この問いはただちに「われわれが収益を確保するために、あなたがた国民はどこまで『外部化されたコスト』を負担する気があるのか?」という実利的な問いに矮小化される。
ケネディの有名なスピーチの枠組みを借りて言えば「グローバル企業が君に何をしてくれるかではなく、グローバル企業のために君が何をできるかを問いたまえ」ということである。
日本のメディアがこの詭弁を無批判に垂れ流していることに私はいつも驚愕する。
もう一つ指摘しておかなければならないのは、この「企業利益の増大=国益の増大」という等式はその本質的な虚偽性を糊塗するために、過剰な「国民的一体感」を必要とするということである。
グローバル化と排外主義的なナショナリズムの亢進は矛盾しているように見えるが、実際には、これは「同じコインの裏表」である。
国際競争力のあるグローバル企業は「日本経済の旗艦」である。だから一億心を合わせて企業活動を支援せねばならない。そういう話になっている。
そのために国民は低賃金を受け容れ、地域経済の崩壊を受け容れ、英語の社内公用語化を受け容れ、サービス残業を受け容れ、消費増税を受け容れ、TPPによる農林水産業の壊滅を受け容れ、原発再稼働を受け容れるべきだ、と。この本質的に反国民的な要求を国民に「飲ませる」ためには「そうしなければ、日本は勝てないのだ」という情緒的な煽りがどうしても必要である。これは「戦争」に類するものだという物語を国民に飲み込んでもらわなければならない。中国や韓国とのシェア争いが「戦争」なら、それぞれの国民は「私たちはどんな犠牲を払ってもいい。とにかく、この戦争に勝って欲しい」と目を血走らせるようになるだろう。
国民をこういう上ずった状態に持ち込むためには、排外主義的なナショナリズムの亢進は不可欠である。だから、安倍自民党は中国韓国を外交的に挑発することにきわめて勤勉なのである。外交的には大きな損失だが、その代償として日本国民が「犠牲を払うことを厭わない」というマインドになってくれれば、国民国家の国富をグローバル企業の収益に付け替えることに対する心理的抵抗が消失するからである。
私たちの国で今行われていることは、つづめて言えば「日本の国富を各国(特に米国)の超富裕層の個人資産へ移し替えるプロセス」なのである。
現在の政権与党の人たちは、米国の超富裕層に支持されることが政権の延命とドメスティックな威信の保持にたいへん有効であることをよく知っている。戦後68年の知恵である。これはその通りである。おそらく安倍政権は「戦後最も親米的な政権」としてアメリカの超富裕層からこれからもつよい支持を受け続けることだろう。自分たちの個人資産を増大させてくれることに政治生命をかけてくれる外国の統治者をどうして支持せずにいられようか。
今、私たちの国では、国民国家の解体を推し進める人たちが政権の要路にあって国政の舵を取っている。政治家たちも官僚もメディアも、それをぼんやり、なぜかうれしげに見つめている。たぶんこれが国民国家の「末期」のかたちなのだろう。
よいニュースを伝えるのを忘れていた。
この国民国家の解体は日本だけのできごとではない。程度の差はあれ、同じことは全世界で今起こりつつある。気の毒なのは日本人だけではない。そう聞かされると少しは心が晴れるかも知れない。
2013年05月08日 12:30 に投稿されたエントリーのページです。
2014年10月6日月曜日
[その他] 散歩のついでにレコードを買いたくなって
10月5日(日)、散歩のついでにレコードを買いたくなって、折よく広島駅南口の地下で開催していた「広島ディスクセール」を覗いてみました。
当方の趣味は「70年代中盤のロック」のレコードなので、かなりピンポイントでありますので、探す場所が限定されていて助かります。
Little Feat の "The Last Record Album"と、Elton Johnの"Captain Fantastic and The Brown Dirt Cowboy"を購入しました。また別の機会に紹介します。
[その他] 「戦後住宅伝説」が開幕 広島市現代美術館
「塔の家」は、約20平方メートルの土地に建てた地上5階・地下1階の自邸。建築家の自邸で、親子3人の狭くても居心地よい家は、当時マスコミで盛んに取り上げられたそうです。写真で見ると、建った当時は周囲にビルが少なく、孤立した「塔」のイメージですが、今は周囲にビルばかりとなり、都会に溶け込んだ風景になっています。
会場には「塔の家」の原寸の平面図があって、その「狭さ」を実感できます。建築作品として見るには楽しいのですが、コンクリート打ち放しで、各部屋に(風呂・トイレも含め)ドアのない生活ですから、家族としての苦労も多かったと思います。
主催が読売新聞で、全国の近代美術館の持ち回り展示のようです。初回は埼玉県立近代美術館。読売新聞に記事がありましたので、引用させていただきます。
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「戦後住宅伝説」が開幕 広島市現代美術館(2014年10月05日)
1950~70年代に日本の著名な建築家が建てた住宅を、模型や図面、映像などで振り返る「戦後日本住宅伝説―挑発する家・内省する家」(読売新聞社など主催)が4日、広島市現代美術館(広島市南区)で開幕した。初日から幅広い年代の建築愛好家らが訪れ、精巧な模型や実際に使った図面などに見入っていた。(山本美菜子)
紹介するのは、著名な建築家16人のアトリエや自邸などの住宅。広島平和記念資料館などの建築で知られる丹下健三の自邸「住居」や伊東豊雄が姉とその2人の娘のために手がけた「中野本町の家」、大阪の下町の長屋にコンクリートの箱を入れ込んだような安藤忠雄の「住吉の長屋」など16件。
会場には、室内の広さや雰囲気を伝えようと、実物に近い大きさの内装や外装のパネル、実寸大の図面を使うなど、建物のイメージを伝える工夫が随所にある。広島市安佐北区の主婦井上浩子さん(38)は「手書きの図面や古い写真は味があって、生活感まで伝わってくる」と話した。
この日は、オープニング鼎談ていだん「広島新世代建築家たちの視点」と題し、同展を監修した五十嵐太郎・東北大教授(建築史・建築批評)らが来場者約100人を前に講演。県内を中心に活躍する建築家の小川文象さん(35)、土井一秀さん(42)とともに日本と海外の住宅づくりの違いや、広島での建築事情などを語り合った。
12月7日まで。午前10時~午後5時(10月12、13日は午後7時まで)で月曜休館(祝日の場合は翌日休館)。入場料は一般1030円、大学生720円、高校生と65歳以上は510円。中学生以下無料。問い合わせは同館(082・264・1121)。
2014年10月05日 Copyright c The Yomiuri Shimbun
2014年10月5日日曜日
[あの頃のレコード] The Rolling Stones "Sticky Fingers" (1971)
ちょっと28期の高校時代とはずれがあります、ごめんなさい。最近ヤフー・オークションで再度レコードを入手したので紹介します。
70年代のロックを代表する名盤であり、音源についてはいまさら紹介する必要はありません。
アルバム・ジェケッとのデザインも、これも歴史に残るアンディー・ウォーホールの作品です。高校時代はあまり情報がなかったので、整理してました。
ジャケットのモデル(下半身だけですが)は、アメリカの俳優ジョー・ダレサンドロ(Joe Dalesandro)と言われています。ウォーホールに見いだされてメジャーになったゲイ文化のスターだったそうです。アルバム制作当時は、1970年の映画『トラッシュ』(「ローリング・ストーン」誌は「今年最高の映画」と絶賛)に主演していた頃だそうです。全米での配給がなかったようで内容はわかりません。
ミック・ジャガーが1969年4月にウォーホールに宛てた手紙がイギリスのGuardian紙が記事にしていて、製作を請け負ってくれたことに感謝しつつも、プロトタイプの構造は複雑すぎるのではないか、金額がいくらになるのか、オフィスの事務方がニューヨークを訪れるが製作の遅れにいらいらしている、と伝えています。
ウォーホールはこの忠告にあまり耳を傾けず、製作側からすると相当煩雑なジャケットが出来上がりました。
なによりも本物のジッパーを貼り付け、内側に同じ人物のブリーフ姿の写真があり、ジッパーから覗けるという構造ですが、製造工程が想像するだけで複雑でコストがかかりそうです。また運送過程でジッパーが他のジャケットを傷つけたり、レコード本体に傷がつく問題がありましたが、出荷の際にジッパーを中心部分まで下げることで、レコードの穴とジッパーの膨らみを合わせ、なんとか解決した経緯があるそうです。
ミック・ジャガーを筆頭とするローリング・ストーンズのマネジメントスタッフは、最終的にこのウォーホールの作品を理解して、とても商業ベースに載せるのは難しそうなアルバム・ジャケット・デザインを受け入れました。ロックとポップ・アートの幸福な出会いとして、1970年代のロックの暖かい話題の一つとなりました。
宗教的な理由からこのままでは発売できなかった国(スペインなど)があったそうです。日本盤ではファスナーがYKK製となってます。
ウォーホールの作品を本当に味わうには、やはりレコードの大きさが必要であり、これはCDとかデジタル音源ではできない贅沢な経験でしょうね。
The Rolling Stones "Sticky Fingers"(1971)
Side A
01. Brown Sugar
02. Sway
03. Wild Horses
04. Can't You Hear Me Knocking
05. You Gotta Move
06. Bitch
Side B
07. I Got The Blues
08. Sister Morphine
09. Dead Flowers
10. Moonlight Mile
※ウォーホール自体がこの作品のアイデアをどこから得たのか興味がありますが、今のところ記事を見つけてません。続報します。
[新聞記事] 見出しを読み解く 全米各州が猛反対 「全米学習基準」
2014年10月5日(日)付け朝日新聞別冊のGlobe連載記事「見出しを読み解く」は、オバマ政権が導入したアメリカ全国の義務教育統一基準についての記事。
どうも州ごとに独立性の高いアメリカでは、この手の全国一律導入に反対意見が多いらしく、うまく運用できていないようです。
英語の見出しにあるcrusadeは「改革」の意味ですが、大文字だと「十字軍」の意味となります。往年の『帰って来たヨッパライ』、ザ・フォーク・クルセダーズ(The Folk Crusaders)ですね。
2014年10月3日金曜日
[積読立読斜読] 片岡義男「豆大福と珈琲」
朝日新聞で2014年10月2日より、片岡義男さんの小説が連載開始。
もし日本に『ニューヨーカー』のような洗練された雑誌があれば、片岡義男さんの小説が掲載に相応しいと思います。
豆大福から連想して、34歳独身の翻訳家を描く都市小説のようですが、さてさて結末まで楽しみです。
毎日きり抜いてA4用紙に貼っていき、最後にファイリグンしようと考えてます。毎日の断片を前後おかまいなしに読めるので究極の熟読ではないかと。
連載1日目から抜粋。
餅の表皮によって包まれている餡をめぐって、どのような言葉をどう連ねて、どんなふうに言いあらわせば、餡に対する正義をまっとうすることが出来るのか。
とまあ豆大福にいささかハードボイルドではあります。
2014年10月2日木曜日
[自分史のレッスン] 1968(昭和43)年 小学校4年生(9歳)
1968(昭和43)年8月、小学校4年生(9歳)。
母親、弟、母方の祖父・祖母、母方・母方の曽祖父で、東京への旅行(叔母のアパートへ泊った)。
モノクロの写真が旧広島空港(広島西空港)、カラーのほうが羽田空港です。
記憶では広島→東京便のYS-11がエンジン不良でキャンセルとなり、この後大阪まで急行、大阪から新幹線で東京へ向かったようです。
東京では箱根、日航、都内見学、などの記憶があります。
東京での写真がほとんどありませんが、当時は手軽に撮れるカメラもなく、もっぱら当方の父親しか写真を撮ってなかったようです。
青いジャケットを着ているのが私です。
1968(昭和43)年の出来事
・GNP、アメリカに次いで資本主義国第2位となる
・国際収支、黒字基調が定着
・スーパーの売上げ、デパートを抜く
・シンナー遊び激増
岩波ブックレット『昭和・平成史』より
[積読立読斜読] 『ムーン・パレス』(ポール・オースター)
たまたま読んだポール・オースターの作品が面白くて、継続的に読んでます。
今回は『ムーン・パレス』(柴田元幸訳、1994年、新潮文庫)。原題は"Moon Palace"で1989年の作品。日本版は1994年柴田元幸訳で新潮社から発売。
オースターの作品にしては珍しく、作者の分身と思える主人公の語りで、ほぼ時系列的に進行し、破綻がありません。小説タイトルとなった「ムーン・パレス」は作者=主人公が通ったコロンビア大学近くに実在したチャイニーズ・レストランの名前だそうです。大学出身者によればそのレストランは、institution(施設、公共機関の建物)だったそうです。日本の昔の学食のイメージでしょうか。
アポロ11号が月面に着陸した1969年に物語は始まり、1972年主人公がアリゾナ州パウエル湖からカリフォルニア州のラグーナ・ビーチに徒歩で到達するところで終わっています。
P7
それは人類がはじめて月を歩いた夏だった。その頃僕はまだひどく若かったが、未来というものが自分にあるとは思えなかった。僕は危険な生き方をしてみたかった。P526
沿岸の曲線を見下ろすと、家々の明かりが一つまた一つと灯るのが見えた。やがて、丘の向こうから月が上がった。満月の、焼け石のように丸く黄色い月だった。夜空に登っていく月に僕はじっと視線を注ぎ、それが闇のなかにみずからの場を見出すまで目を離さなかった。
とまあ、これもオースターの作品にしては珍しく明るい希望の持てそうな結末部分です。
前半部分の主人公の大学生活が少し散漫で読み進めるのに時間がかかりましたが、世話係として働くことになった86歳の老人トマス・エフィングが登場してからがぜん面白くなり、その息子ソロモン・バーバーが登場するに及んで、巻を置く能わずの展開で、さすがに稀代のストーリーテラーの面目躍如となりました。
この二人は主人公のフォッグと非常に濃い関係があることがわかるのですが、詳細はネタバレになるので本文で。
またこの二人の生涯は20世紀アメリカの近代史をなぞるようで、作品の通奏低音となっている「月」がそれを静かに見守る合わせ鏡だろうかと思います。
文庫本で500ページを超えるオースターにしては長い作品ですが後半部分は飽きさせませんでした。例によってペタンディックな文学の挿話あり、作中にメタ小説の挿入ありで、いつもながらのオースター節であります。
作中で主人公が引き当てたフォーチュン・クッキーの占いには「太陽は過去であり、地球は現在であり、月は未来である」とありました。
訳者の柴田元幸さんによると、レストランのムーン・パレスは残念ながら閉店してしまったそうです。その代わりこの作品をこよなく愛する日本人が同名のドミトリーをタイムズスクエア近くで運営されています。1泊30ドル以下の料金だそうで、主人公フォッグの清貧生活を追体験できるかもしれません。
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