2015年10月25日日曜日

[その他] 10日と25日はお菓子の日




25日は洋菓子店に行きました。


<店舗>
楽々園、無花果


<商品>
モンブラン、ザッハトルテ他
合計2、656円


<感想のようなもの>
広島市の西部地区の名店、無花果に行きました。
店舗は住宅街の中にあります。

ケーキの仕上げは丁寧ですが、味にインパクトと奥行がなく残念でした。
スポンジも今少ししっとり感に欠けるようです。




[その他] 広島掃除に学ぶ会 吉島中学




10月25日(日)は広島掃除に学ぶ会の活動で吉島中学のトイレ掃除に参加しました。

掃除に学ぶ会関係者20名、学校関係者133名、合計153名の参加がありました。

合計12班に別れ、校内のすべてのトイレを掃除しまいした。

吉島中学のトイレ清掃は7年連続の8回目となるそうです。


2015年10月20日火曜日

[新聞記事] 「広島掃除に学ぶ会」の活動が紹介されてます



2015年10月20日(火)付け中国新聞(広島都市圏)に紹介されてました。
今年からまた参加するようになりました。井辻快調(会長ではなく)も元気です。

井辻さんは広島皆実高校の大先輩でもあります。



2015年10月18日日曜日

[新聞記事] "A Toxic Work World"



2015年10月18日(日)付け朝日新聞別冊Globeの連載記事「見出しを読み解く」はアメリカの職場における性差別の問題。

toxicは形容詞で「有毒な」という意味。

[自分史のレッスン] 1993年 34歳 CIA研修





1993年(34歳)に勤務先の研修でアメリカ・ニューヨーク州にある料理学校CIAに派遣されました。勤務先が寄贈した製菓製パンの教室がありました。研修中に自由時間が1週間ほどあり、ニューヨークからサンフランシスコまでアメリカ横断の自動車旅行を研修仲間の1人と決行。などなど楽しい思い出です。膨大な写真を撮影しましたが、これだけ残しときます。

[その他] 会社の先輩の畑を見学に行きました





現在マンション管理会社に勤めておりますが、先輩の管理員さんが畑があって野菜を育てていると伺って、興味があったので見学させてもらいました。2015年10月17日(土曜日)。

場所はご自宅から近い、坂町の山手にあって広島湾が見える気持ちのいい場所です。

5段ぐらいの段々畑で、ブドウ、ネギ、ニンジン、山芋、サトイモ、白菜、などを計画的に栽培しているそうです。

電気はありませんが、畠内に井戸があり潤沢に水が出るそうです。また倉庫兼休憩所の6畳ほどの小屋も自作されておられました。イノシシが出るそうで周囲はフェンスで囲ってあります。

週末の2日は畠作業。平日も夏場は2日に1回は水やりが必要だそうで、結構な作業ですね。

気持ちのいい午後を過ごさせていただきました。

2015年10月15日木曜日

[惹句どんどん] 内田樹



足元のゴミを拾うことからしかカオスの補正は始まらない 
 
 お掃除というのはもともと組織的にやるものではないんです。組織的かつ徹底的にやろうと思うと、思っただけでうんざりして、つい先延ばしにしてしまいますから。お掃除の要諦は「徹底的にやってはいけない」ということです。とりあえず「足元のゴミを拾う」ことで満足する。手のつけられないほど散乱した場所を片付けるという経験をされた方はおわかりでしょうけれど、足元のゴミを拾うことからしかカオスの補正は始まらない。完璧な作業工程表に基づき、システマティックかつ合理的に掃除をするということは原理的に不可能なんです。そのような工程表の作成に投じる余力があるような事態はそもそも「カオス」とは呼びませんから。
  (内田樹『日本辺境論』新潮選書/2009.11.20.発行 P.5-6)


内田樹先生のお言葉はすべて滋養に富んでおり発言すべからく引用可能な重みがありますが、私はこの言葉が一番好きです。


[その他] 10日と25日はお菓子の日 天光堂




ちょっと日にちがずれてしまいましたが、10日と25日はお菓子の日。

10月13日(火)は自宅の近所の天光堂へ行きました。普段使いの和菓子屋さんです。

<店舗>
浅野四十二万石本舗 天光堂
所在地:〒730-0052 広島県広島市中区千田町2-11-8
電話番号:082-241-2532

<商品>
あきもみじ、浅野四二万石他
合計1200円ぐらい

<体重>
あまり増加してません。
82.3Kg


2015年10月10日土曜日

<日々是不穏 like a rolling stone> 尊米攘夷と鎖国?



安保関連法案は「尊王攘夷」ならぬ「尊米攘夷」であり、難民に頑なに扉を閉ざす姿勢は政治的な「鎖国」そのものではないでしょうか。

思想的には江戸時代に逆戻りの様相です。

2015年10月10日(土曜日)の朝日新聞記事、池澤夏樹さんの連載「終わりと始まり」は「難民としての我らと彼ら」という意味深長なタイトル。

「難民としての我ら」は安保関連法案が成立して日本国民は日本国憲法から追放された難民なのだという論法です。一方で「彼ら」というのは本当の難民で、現在シリアなどからヨーロッパに押し寄せている人々をさします。

島国で中東からの距離もある日本では難民と言われてもピンとこず、日本国政府にしてからが、昨年の難民申請5千人に対し、認可は11人といった状況です。

北朝鮮にもし有事があれば押し寄せてくるであろう大量の難民に対しても、この姿勢が貫けるものでしょうか。

新聞報道では単発で現在の難民問題がいまいち理解できませんでしたが、ちきりんさんのブログの解説が、ヨーロッパの対応も含めよく理解できました。

http://d.hatena.ne.jp/Chikirin/20150905
2015-09-05 国境が壊れる! @欧州

http://d.hatena.ne.jp/Chikirin/20150923
2015-09-23 欧州の行動原理とその目指すところについて

[積読立読斜読] 『宇品線92年の軌跡』(長船友則著、ネコ・パブリッシング、2012年)




写真は本書から。1965年撮影。制服から比治山女子高校の学生と思われます。



中学から高校への変化はいろいろありますが、通学範囲が各段に広くなることが挙げられるかも知れません。小学校から中学校までは基本的に学区制であり、長距離の通学は例外でした。

広島皆実高校へは、当方は自転車通学でした。中学までの見慣れた街並みと違って、数キロ以内であるにもかかわらず、高校周辺は充分に異界でありました。

「異界」の印象は、主に建築物からのイメージだったと思います。旧陸軍の被服廠、宇品線の跡、周辺の市営団地群などが、自分の住んでいる街のイメージとは随分違うイメージを形成してました。

皆実高校の1977年の卒業アルバムでは、3年5Hの構成が凝ったものになっていました。それぞれの通学手段に別れて集合写真を撮っています。自転車、バス、鉄道、船舶、徒歩通学のグループです。

もう少し私たちの入学が早ければ、これに宇品線での通学者が多数加わっていたかもしれません。

入学した1974年にはまだ宇品線の線路が撤去されていなくて、往時の面影はありました。現在では随所にモニュメントなどはありますが、鉄道の廃線跡の形跡はまったくありません。

本書『宇品線92年の軌跡』(長船友則著、ネコ・パブリッシング、2012年)は、鉄道マニア向けのRMライブラリの一冊で、地元の鉄道史学会会員・長船友則さんの労作です。

鉄道マニアの視点からだと、宇品線を走る多様な車両が主眼の本なのでしょうが、その92年の歴史は日本の近現代史そのものです。

簡単に紹介します。

起源は1894(明治27)年に敷設された軍用鉄道にまで遡ります。山陽鉄道(現在の山陽本線)が広島まで開通したこの年、日清戦争が開戦、広島には臨時大本営が置かれ「軍都」の様相を色濃くした時代でした。

もし山陽鉄道が日清戦争の開戦時、下関まで全通しておれば、広島には大本営が置かれず、軍都としての発展はなく、原子爆弾の標的にもならなかった可能性があります。歴史の偶然は恐ろしいですね。

軍用鉄道を山陽鉄道が借用して一般営業を開始、その後国有化され、戦後は沿線に官公庁などが集まり活況を呈しましたが、昭和30年代も後半になると、自動車の増加から広島市を縦断して道路を分断するような線形や多くの踏切が問題となり、また官公庁も市街中心部に戻ったことから乗客も通学時間帯の学生に限られ、1966(昭和41)年12月19日限りで通勤時の通学定期客を除いた一般旅客営業を終了しました。

定期旅客専用列車の運行も1972(昭和47)年3月31日限りで運行が終了。

最後は通運業者専用線という扱いで、早朝1往復のみながら貨物列車の運行が続けられましたが、国鉄分割民営化の直前、1986(昭和61)年9月、92年の歴史に幕を降ろしました。

写真も多数掲載され、鉄道マニアだけが読むのはもったいない労作かと思います。以前紹介した陸軍被服廠の資料も合わせて御覧ください。

http://28minami-owaki.blogspot.jp/2014/06/blog-post_16.html

[積読立読斜読] 『陸軍の三廠 ― 宇品線沿線の軍事施設』(広島市郷土資料館、2014年)


2015年10月9日金曜日

[その他] 拙稿が中国新聞「広場」欄に掲載されました



2015年10月9日(金曜日)付け中国新聞読者投稿欄「広場」に掲載されました。

広島市の交通機関の多様さがテーマです。書き足らなかったところもあり別途詳細紹介します。




2015年10月4日日曜日

[新聞記事] "The loaded term 'anchor baby' conceals complex issues"



月4日(日)付け朝日新聞別冊Globeの連載記事「見出しを読み解く」は「アンカーベイビー」の記事。

"The loaded term 'anchor baby' conceals complex issues"
「『アンカーベイビー』という言葉に隠された複雑な問題」

loaded:(議論などが)偏った、片方に有利な
conceal:隠す、見せないでおく

アメリカの憲法修正第14条ではアメリカで生まれた子供は状況がどうであれ自動的にアメリカ国籍が与えられる。この制度を利用して中国籍の夫婦が南カリフォルニアで出産したという記事が雑誌『ローリング・ストーン』に掲載されたそうです。なんと支援団体(birthright citizenship)まであるそうです。

この制度で生まれた子供は'anchor baby'と呼ばれているそうです。子供のアメリカ国籍が両親の長期滞在を可能にする利点も込めての命名のようです。

折しもアメリカの大統領選挙の前年となりました。右派(tack to the right)寄りの候補は、こういった制度や、不法移民には厳格に対応して、アメリカ人の雇用機会を守り、社会保護・社会保障制度は移民には適用したくないという立場をとっています。

ヨーロッパのシリア難民受け入れの問題も、受け入れに柔軟な国と、拒絶する国に別れているようですが、少子高齢化対策として自国に受け入れやすい(再教育可能な子供を含む難民)難民、移民と、そうでない人々の区別は難しいところでしょうね。

今のところ島国の日本では北朝鮮の崩壊でもない限り、大量の難民問題は発生しないようですが。

[自分史のレッスン] 1991(平成3)年 32歳 海外視察研修





継続して写真整理中です。

以前勤めていたT社での海外視察研修。アメリカの西海岸に行きました。

係長に昇格するとご褒美として海外研修がありました。

ベイエリアに直営店を展開しており、その見学も入っていました。

アメリカの広大さを実感するというのがテーマで、LAからサンフランシスコまでバスで移動しました。(この企画はよかったです)。


写真はソルヴァングでの夕食、ショッピング・モール、ヴァリーフェアの直営店の前での記念撮影です。

使い捨てのカメラで撮ったのでうまく写っていません。



1991(平成3)年の出来事

・地価下落始まる

・証券・金融スキャンダル相次ぐ

・小・中学生の「登校拒否」社会問題化

・大学生数200万人を突破

・湾岸戦争、連日のテレビ実況中継

『年表 昭和・平成史』(岩波ブックレット)より

2015年10月3日土曜日

[自分史のレッスン] 番外編(証明写真)



古いアルバムを整理していたら大学から就職時にかけての証明写真が出てきました。

律儀に保存してました。

それぞれ学生証とか資格試験用に撮影したようです。

だんだん頭髪が心もとなっていく変化がわかります。

<日々是不穏 like a rolling stone> 新聞の未来



日本の新聞の発行部数の落ち込みが激しいようです。

2014年下期の日本ABC協会発表によると朝日が710万1074部(マイナス44万2107部)、読売が926万3986部(マイナス60万4530部)となっており急速に部数を減らしています。新聞各社の対応は様々のようですが、買収額が高額だったこともあって日本経済新聞によるファイナンシャル・タイムズの買収はかなり衝撃的でした。

当方では朝日と地元紙の中国新聞を購読してますが、最近では資源ごみに出す際の梱包がうっとうしく、どうも記事の価値を上回っているような気がします。

10月2日の朝日新聞記事にニューヨーク・タイムズ社のトップ・インタビューが掲載されてました。言語は違うとはいえライバル社の社長のインタビューとは大胆です。

日本の新聞社はどうも新聞という「業態」にまだ未練があるようで、「業種」「業態」の区分が「新聞」というくくりでしかなく、ジャーナリズムがインターネットに収斂していく現実が見えてないような気がします。

NYTのトップの考えは、この「業種」「業態」の定義が明確で、「業種」は「ジャーナリズム」、「業態」はスマートフォン、に絞っているようです。そのため新聞社がテクノロジー企業になる必要があり、トップ自らがネット講座でジャバスクリプトを学んでいるそうです。

 「ユーザーが投稿する(現場写真などの)コンテンツが、ニュースを補強することはとても素晴らしいと思っています。ただ、列車や航空機の事故といった大事件が起きたとき、我々が知りたいのは“なぜ”という点です。テロリストの仕業か、機器の故障なのか。その解明に必要なのは、長年の知識、専門性、取材先との人間関係です。それこそが、ジャーナリズムの心臓だと思います」

新聞という物理的な手触り匂いはある種のなつかしさもあって失うには惜しい感じもしますが、致し方ないことかも知れません。


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デジタル時代のニュースとは NYTトップが語る未来
(2015年10月2日朝日デジタル)

 米ニューヨーク・タイムズ(NYT)の社長兼最高経営責任者(CEO)で、英国放送協会(BBC)の会長も歴任したマーク・トンプソン氏は、メディア界の中でも最も果敢にデジタル化を進める代表格だ。来日を機に、急速に変化するメディア環境とジャーナリズムの未来について聞いた。

 ――過去から現在に至るニュースメディアの役割とは何でしょう。

 「時代が変わっても、本質的な役割は変わらないと思います。家族や友達とつながる社会がある一方、その外には広い世界がある。そこで何が起きていて、どう理解すればいいのか。それを伝えるのが常にニュースの役割です」

 ――人々の好奇心を満たすということですか?

 「もう一つ大切なのは、記録することです。古代ギリシャの歴史家トゥキディデスは『戦史』でアテネとスパルタの間のペロポネソス戦争を記録しました。彼はこう言っている。人間の本質は変わらない。将来、同じようなことが繰り返されるだろう。だから、何が起きたかを後世に伝えることが重要なのだと。もちろん我々は歴史家のようにはできないが、メディアの素晴らしいところは、広く流布させ、多くの人に読んでもらうことができることです」

 ――インターネットの登場で、新聞など既存メディアは大きな影響を受けています。

 「ネットは『パンドラの箱』を開けたとも言われます。テロリズム、流言、混乱、新聞社のビジネスへの脅威などすべてのあしきものが、インターネットによってもたらされたと。だが、私は違うと思う」

 「知識、情報、オピニオンが広がっていくことで、検閲の撤廃にもつながる。人類にとって素晴らしいことだと信じています」

 「確かに今は、乱気流のような激変の時代です。しかし、知識の広がりにあらがうことはできないし、特にデジタルは情報の拡散力が驚くほど強い。今起きているのは、ちょうどかつての印刷技術の発明(によるメディア革命)のようなものなのです」

 ――ツイッターやフェイスブックによってメディアだけでなく、誰でもニュースの発信ができるようになっています。

 「ユーザーが投稿する(現場写真などの)コンテンツが、ニュースを補強することはとても素晴らしいと思っています。ただ、列車や航空機の事故といった大事件が起きたとき、我々が知りたいのは“なぜ”という点です。テロリストの仕業か、機器の故障なのか。その解明に必要なのは、長年の知識、専門性、取材先との人間関係です。それこそが、ジャーナリズムの心臓だと思います」

 ――フェイスブックやアップルなどにニュースを提供していますが、巨大IT企業に「ひさしを貸して母屋を取られる」という危険はないのでしょうか。

 「門戸なら随分前に開けてしまった。ヤフーやグーグルといったIT企業との緊張関係は、もう20年近く続いています。今さら閉じようとしても、もう遅い。ただ、慎重にやっていかなければなりません」

 「デジタル化で、人々はよりニュースに接するようになっています。例えば『何百人の巡礼者が死亡した』というニュースの見出し。これ自体は簡潔な、日用品化した情報です。我々の挑戦は、それでもNYTや朝日新聞が出したニュースの方が、聞いたこともないブランドから出されたものよりも価値がある、信頼できると認めてもらうことなのです。デジタル時代でも、最も重要なのは質の高いジャーナリズムです。ユニークでほかとは違い、価値がある記事を提供することです」

 ――巨大IT企業の脅威を乗り越えられますか。

 「巨大IT企業はメディアにとって競合相手、脅威にもなりえるし、提携先、仲間にもなり得る。おそらく、両方の組み合わせになるでしょう。“フレネミー(友であり敵)”です」

 「伝統的な競争相手がいます。フィナンシャル・タイムズ(FT)やウォールストリート・ジャーナル(WSJ)などです。特ダネでしのぎを削り、部数を争い、広告で競争しますが、我々は対応方法を知っている。より難しいのは、ずっと巨大なデジタルプラットフォームとの競争です。フェイスブックは中国の人口に匹敵する数のユーザーを抱えています」

 「こうしたプラットフォームと協力し、実験していくことは非常に重要な戦略です。注意深く、しかし柔軟に取り組むことで、早く学ぶことができるはずです。ダンスパーティーで、完璧な相手が現れるまで座って待っているというのは賢い戦略ではありません」

 ――人工知能が大半の記事を書く時代が、10年以内に来るでしょうか。

 「来ません。記事というのは思慮深く、構造的に人間が作り出すものです。分析的で、美しく、人々の心に響くように書かれなければならない。人間の頭脳が生み出すもので、様々な知性が要求されます。(NYTコラムニストの)ポール・クルーグマンのような文章を人工知能が書けるでしょうか? データから、単純な記事を作るにとどまるでしょう」

 「人工知能が楽しみなのは、マーケティングなどの分野です。例えば、スマートフォンに一人ひとりの関心に応じたニュースや情報を届けるのには、重要な役割を果たすことになるでしょう」

 ――ノースカロライナ大学のフィリップ・メイヤー名誉教授は、2044年10月で米国の日刊新聞の発行が終わると予想しています。

 「これは経済の問題です。少なくともNYTは、ニューヨークを中心とした地域では、仮に広告がなくなっても、なお利益を生む事業として長く発行が続くでしょう。ただ米国内でもニューヨーク以外の地域では、ほかの新聞社の施設を使って印刷するので、一概には言えません」

 ――自身は日々、どうニュースに接していますか?

 「朝、マンハッタンのアパートで最初にする仕事は、ベッドの中で、スマホのNYTアプリを見ることです。その後、WSJやBBC、FTなどのニュースも10分ほどでチェックします。次の仕事は、ベッドから起きて、玄関から紙のNYTを取り、それを熱い紅茶のカップとともに妻に持って行くことです(笑)。妻もスマホやタブレットでニュースを読みますが、朝一番は紙。同じ家族でもさまざまなニュースとの接し方をしています」

 ――35年以上にわたるメディア界での経験で、最大の変化は何だったでしょうか?

 「スマホの登場です。パソコンの登場とは比べものにならないインパクトです。可能性ははかりしれません。変化はまだまだ始まったばかりで、さらに進化していくのは間違いない。未来はこの小さなスマホにあります。最高のジャーナリズムを、スマホを使ってどう体験してもらえるかが、非常に重要なのです」

 ――ジャーナリズムが未来に生き残るために、いま足りないものは何だと思いますか。

 「読者をこれまでと同じ存在だと思わないことです。読者は(ソーシャルメディアなどを使って)活動的になり、自分自身の声を、意見を持っている。そんな読者との緊密な関係を保ち、理解し、そのニーズを理解することです」

 「そして、もし可能なら、コンピューターのプログラムを学ぶこと。私自身もネット講座で(プログラムの一種)ジャバスクリプトの基礎を学んでいます」

 「NYTはジャーナリズムの使命を中心とした企業です。ただ、ある意味でテクノロジー企業になる必要がある。編集局の人間がテクノロジーを毛嫌いする時代は終わりです。テクノロジーは、ジャーナリストにとっても極めて重要なものになりつつあります」

 「(シリコンバレーの企業のように)今や大手メディア企業を一から立ち上げることも可能です。それはNYTでも、他の誰でも例外ではない。歴史に縛られる必要はないし、そのようなメディアが続々と登場しているのが、今の時代なのです」(聞き手・池田伸壹、平和博)


■「主戦場はスマホ」の戦略〈取材を終えて 平和博〉

 「ニューヨーク・タイムズはある種のテクノロジー企業になる必要がある」。トンプソン氏はそう言い切る。そして、目を向けるべき競争相手は大手新聞社などの既存メディアだけではなく、「グーグルやフェイスブックだ」とも。その言葉の背景には、この間のメディア環境の激変に対する深い危機感がある。

 一つは、従来の紙の新聞を中心としたビジネスモデルの地盤沈下だ。米新聞協会の調査では、日刊紙の発行部数は1984年の6300万部をピークに減り続け、昨年は4千万部。広告収入も紙面広告は2000年の487億ドル(約5兆8千億円)をピークに下落を続け、13年には173億ドルになった。デジタル広告を加えても207億ドルと、半減以下の状態だ。

 そして、ネット企業のメディア空間での急速な台頭がある。

 創業17年のグーグル1社で、広告収入は590億ドルと米新聞業界の約3倍。創業11年のフェイスブックの利用者数は世界で約15億人と、中国の人口をしのぐ。

 紙からデジタルへ。NYTの生き残りをかけて、昨年まとめた社内改革の青写真が「イノベーション・リポート」だ。その中で最重要課題として挙げたのが、「読者開発」と呼ぶ新たなデジタル読者の開拓だった。そのためには、メディア激変の震源地である巨大ネット企業とも手を組む。

 フェイスブックは今年5月、スマホ向けのニュース配信サービス「インスタント・アーティクルズ」を開始。アップルも同種のサービス「ニュース」を9月に始めた。NYTは、この両社に記事を提供している。

 メディアの主戦場は、ネット利用者の大半が使うスマホと見定めてのことだ。「未来は手の中にある」とトンプソン氏。

 変わらないジャーナリズムの使命と、変わり続けるメディア環境。そのはざまを生き抜くための挑戦は、日本のメディア界にとっても切迫した問題だ。