著者の三浦哲哉さんは1976年郡山市生まれ。青山学院大学准教授。専門は映画批評・表象文化論。本職の映画論の他にクッキング・ブックを批評するというありそうでなかった『食べたくなる本』(みすず書房)でスマッシュ・ヒットを飛ばした気鋭の書き手です。
サバティカル休暇を資料してUSC(南カリフォルニア大学)で映画研究をするために家族でLAに滞在(2019年4月~2020年3月)。著者はフランス留学経験はあるもののアメリカでの長期滞在は初めてのようです。「フード」と書名は限定的ですが、家族と滞在したLAでの暮しを通じて、LAの魅力(があるとしてですが)、アメリカ文化の魅力、を食事を中心に論じたグラフィティー形式のエッセイです。
基軸に映画評論があるので、単なる食のエッセイにとどまらず、充分な文明批評になっています。映画論文の「映画と牛の関係について」がなぜか挟まっていて(これが大傑作でした、フィルム生産のゼラチンが牛由来だそです)久しぶりに「一読巻を措く能わず」痛快無比の食のエッセイでした。スーパーマーケットでの食材の調達から始まって著名なレストラン、ファストフードのめぼしいところを網羅して、LAのレストラン・ガイドとしても活用できそうです。
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「スロー対ファスト」とか「オーセンティック対リミックス」というような、私自身これまで少なからず囚われてきた対立構図がある。LAの食には、それを軽々と超える自由闊達な生命力があるようにも思えた。「多様性」とは何か、それをいまどう擁護しうるか。こんにち最も切迫したこの問いに対する貴重なヒントを、渡しはここでいくつも得ることになる。
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自分がすでに馴染んだ味があり、同時に、いまだ馴染んでない味があるということを、総体としておぼろげに想像しうることは、よろこばしいことだ。なぜなら、これらの間の差異ことが、美味の感動の根拠だからだ。LAはこのような想像を促してやまない都市である。
P229
1960年代ごろから、アメリカでは行き過ぎた食の画一化への反省を踏まえ、多様性を擁護する言説が唱えられるようになった。その拠点がほかならぬカリフォルニア州のサンフランシスコであり、ロサンゼルスであった。(中略)多様な食文化を知り、多種の美味を味わうことは、寛容な精神を滋養することである。それは私たちに画一的で効率優先のライフスタイルから脱することを促すだろう。環境問題への意識を高め、多様な種の共存するサステイナブルな社会の在りようを具体的に思い描かせてくれる。そこでファーストフードは、告発されるべき悪とされてきた。だが、20世紀的な経済成長が頭打ちになり、むき出しになった格差がアメリカ社会の空気を蝕むようになった現在、食の多様性を称揚する言説は、もはやかつてと同様の受け取られ方をしているとは言いがたい。
P231
したがって切実な課題は、いかにして食の「多様性」と「画一性」という二項対立を解きほぐすか、現代の食文化における両者のからまりあいを精細に理解しうるかという点にある。
P237
アメリカ料理とはつまり、実際に存在したことなどない料理へのノスタルジーのことだ。恋焦がれる想いが何に由来するかなんて誰も気にしちゃいない。恋い焦がれる、ということそれ自体が重要なんだ。
<著者プロフィール>
著:三浦 哲哉(ミウラ テツヤ)
1976年福島県郡山市生まれ。東京大学大学院総合文化研究科超域文化科学専攻博士課程修了。現在、青山学院大学文学部比較芸術学科准教授。映画批評・研究、表象文化論。食に関する執筆も行う。著書に『サスペンス映画史』(みすず書房)『映画とは何か フランス映画思想史』(筑摩選書)『『ハッピーアワー』論』(羽鳥書店)、『食べたくなる本』(みすず書房)。共著に『ひきずる映画 ポスト・カタストロフ時代の想像力』(フィルムアート社)『オーバー・ザ・シネマ 映画「超」討議』(石岡良治との共編著、フィルムアート社)。訳書に『ジム・ジャームッシュ インタビューズ 映画監督ジム・ジャームッシュの歴史』(ルドヴィグ・ヘルツベリ編、東邦出版)。
<内容紹介>
LA(ロサンゼルス)に渡った映画研究者が、「食」を通して考えたアメリカ。料理本批評エッセイ『食べたくなる本』で話題を呼んだ著者による、ユニークな食生活エッセイ&体験的都市論。
「スロー対ファスト」とか「オーセンティック対リミックス」というような、私自身これまで少なからず囚われてきた対立構図がある。LAの食には、それを軽々と超える自由闊達な生命力があるようにも思えた。「多様性」とは何か、それをいま、どう擁護しうるか。こんにち最も切迫したこの問いに対する貴重なヒントを、私はここでいくつも得ることになる。(本書「まえがき」より)
【目次】
なぜアメリカへ?
LAフリーウェイとIN-N-OUTバーガー
季節のない寿司
ゲリラ・タコス
カナダの自然食
ヴェニスのエキゾティシズム
ジョナサン・ゴールド
USC
「映画と牛の関係について」
LAの友人
記憶の襞
多様性と画一性