[積読立読斜読] 『<使い勝手>のデザイン学』(ヘンリー・ペトロスキー著、忠平美幸訳、朝日新聞出版、2008年)
原題は"Small things considered - why there is no perfect design"。
旧刊ですが広島市東区図書館で見かけて興味深かったので。
著者のヘンリ・ペトロスキー(Henry Petroski)は1942年生まれ、アメリカのデューク
大学土木環境工学・建築土木史教授。大型の構造建築物から身近な文房具までを素材にし
た数々の著作があります。
表紙より内容紹介です。
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電卓とケータイの数字配列なはぜ逆なのか?扉ノブと電灯スイッチの高さはなぜ違う?レジ
袋、懐中電灯、椅子、歯ブラシからスーパーの店舗設計、家の増改築まで、身のまわりの
材料をとりあげ、その開発の歴史をひもときながら楽しく語るデザイン論。「デザインす
る」とは、目的に合わせて物事をどう組み合わせていくかの手順(構想・設計・製造・仕
上げ)を考えることであり、よいデザインとは「形の美しい」ものをつくることではなく、
「見た目」「働き」「使い勝手」という、時には矛盾する要素に、使用目的とその条件の
下で最適に折り合いをつけることだとする。
=============================================================================
デザインという言葉はラテン語の「designare(デジナーレ)」が語源で、デッサン(dessi
n)と同じく、“計画を記号に表す”という意味だそうです。本書は狭義の設計デザインと
いう使い方ではなく、広義の「ある問題を解決するために思考・概念の組み立てを行い、
それを様々な媒体に応じて表現すること」として身の周りの小さな日用品のデザインを考
察しています。
ただ考察して結論を出しているわけではないので、本書からデザイン上の解決策が得られ
るわけではありません。身の周りの取るに足らないモノ(small things)だけれど、よく設
計された(considered)モノに関する考察で、人間が進歩する限り、そこには完全なデザイ
ンはない、(there is no perfect desgin)というのが本書の結論です。
日本人があまり重要視していないアメリカの日用品の歴史を知りたい人には絶好の本です。
ちなみに、デザインに関してはアップルの故スティーブ・ジョブズの名言があります。
esign is not just what it looks like and feels like. Design is how it works.
(デザインとは、単にどのように見えるか、どのように感じるかということではない。
どう機能するかだ)
↓以下自分用のメモですので気になさらずに。
P10
経営学者ハーバート・サイモンは、「サティスファイシング[満足化、すなわち納得がで
きる程度に満足させること]」という用語を提唱した。これは「サティファイイング[満足
させること]」と「サファイシング[事足らせること]」の合成語で、デザイン問題の「最
善策に代わる、良好な、または満足できる解決策」を意味する。
サイモンによれば、「意思決定をする人は、次の2つのうちのどちらかを選ぶことができ
る。すなわち想像上の、単純化された世界での最善な決定か、さもなければ、複雑な現実
により近い世界での『じゅうぶんな』、とりあえず満足できる(サティスファイス)決定
か」。デザインとは、決めることにほかならない。
P15
アメリカの詩人ロバート・フロストにならって、「良い垣根が良い隣人を作る」と主張す
る人もいる。
P68
ヨーロッパでは、ヘッドライトのまぶしさがほかの運転者にどんな影響をおよぼすかを十
二分に考慮するのにたいし、アメリカでは、ヘッドライトがついている車の運転者の視界
を最大にすることを重視する。ここには法律、規制、公共政策の多くの局面にたいするヨ
ーロッパ人とアメリカ人の取り組み方の根本的なちがいが反映されている。ナポレオン法
典の伝統をもつフランスでは、何かを合法とするためには、その正当性を明示しなければ
ならない。
P72
カップホルダーは、アメリカの自動車の重要な特徴となった。車のデザイナーと販売員が
この事実を認めるようになったため、カップホルダーは新車を買おうとする人が真っ先に
見せられる細部のひとつともいえる。
P103
買い物体験をデザインするという考えは、インターネットの出現を待つまでもなかった。
P105
自分の運動と買い物をきっちり区別するモールウォーカー[もっぱら運動目的でショッピ
ングモールを歩きまわる人]、
P116
1968年までに、ゴールデンゲートブリッジ・ハイウェイ管理局は、どうやらそれとほ
ぼ同じことを考えていたらしく、ゴールデンゲート・ブリッジは他に先がけて、市内に入
る車だけから通行料を徴収する制度を導入した。
P152
どんな家事からも―それを新たなデザイン問題とみなすならば―やりがいのある課題が得られる。
P163
アメリカの元司法長官ジョン・アシュクロフトは「正と誤、善と悪、天国と地獄」のよう
な二極対立の原点から世界を見る人といわれているが、彼はまた、デザインの両極端に位
置する2つのカルト的消費者用製品にも救いを見出している。「全世界は二元だ」という
時論を通すために、彼はかつて次のように説明した。「人生に必要はものは2つしかない
―<WD-40>とダクトテープ。…<WD-40>は、動くべきだが動かないものに、そし
てダクトテープは、動いてはいけないのに動いてしまうものに」。
P243
デニス・ボイルは、子どものころから変てこな小物を収集してきた。彼は、こうした奇妙
な人工物や、得体のしれない素材、巧妙な機械の部品を「魔法の箱(マジックボックス
)」と呼ぶ段ボール箱に入れ、デザイナーとして勤務しているIDEO社の自分の机の下
に保管していた。
P246
デザインすることは言語を超えた営みであり、人間が想像し、描き、組み立てることがで
きるものは、名前で呼べるものよりもたくさんある。
そうでなければなぜ、例のあれ(thingy)や、何とかいうもの(thingamajig)、その何とか
いうやつ(whatchamacalit)、あるいは何たらかんたら(doohickey)のような言葉を、これ
ほどたびたび口にする必要があるだろうか?
2014年5月31日土曜日
<日々是不穏 like a rolling stone>(2014年5月31日(土)) 労働力全国で奪い合い
<日々是不穏 like a rolling stone>(2014年5月31日(土))
労働力全国で奪い合い(5月31日付け朝日新聞記事)
アベノミクスの経済政策が比較的好調で、失業率は下がり、求人倍率が上がっているそうです。
牛丼店では人手不足から一時閉店する店も出てきたり、東日本大震災の復興建築需要で鉄筋工・型枠工が不足し、各地の大型建築物件が予定通り竣工しない事例もあるようです。
企業側では安定した労働力確保のため非正規雇用の正社員化に動く企業が出てきました。
(ユニクロの地域限定正社員化、スターバックスの契約社員の正社員化などが続いています)。
新聞記事は「人手不足は本格的な景気回復を告げる「福音」だが将来の成長をはばむ「黄信号」でもある」としています。
長期的な労働人口不足への対策(女性・高齢者の活用)や、企業の非正規社員の正社員化が進んで、特に若年層の労働環境が落ち着いてくれるといいですね。
個人的には牛丼も、そんなに安くなくてもいいのではという気がしますが。
労働力全国で奪い合い(5月31日付け朝日新聞記事)
アベノミクスの経済政策が比較的好調で、失業率は下がり、求人倍率が上がっているそうです。
牛丼店では人手不足から一時閉店する店も出てきたり、東日本大震災の復興建築需要で鉄筋工・型枠工が不足し、各地の大型建築物件が予定通り竣工しない事例もあるようです。
企業側では安定した労働力確保のため非正規雇用の正社員化に動く企業が出てきました。
(ユニクロの地域限定正社員化、スターバックスの契約社員の正社員化などが続いています)。
新聞記事は「人手不足は本格的な景気回復を告げる「福音」だが将来の成長をはばむ「黄信号」でもある」としています。
長期的な労働人口不足への対策(女性・高齢者の活用)や、企業の非正規社員の正社員化が進んで、特に若年層の労働環境が落ち着いてくれるといいですね。
個人的には牛丼も、そんなに安くなくてもいいのではという気がしますが。
[その他] 映画『ブルー・ジャスミン』
[その他] 映画『ブルー・ジャスミン』
年に1回から2回というところで映画館で観る映画があります。
ウディ・アレンの映画は極力映画館で観るようにしてます。
広島市のシネツイン本通りで上映中です。
(ウディ・アレンの映画は広島では鷹野橋のサロンシネマで上映されることが多いのですが、8月で閉館・移転だそうです)。
主演女優のケイト・ブランシェットはアカデミー主演女優賞をはじめ各著名な映画賞を総なめ。
ジャスミンはニューヨークでのセレブ生活から夫の破産により、サンフランシスコのシングルマザーの妹のアパートに寄宿。
新天地で再出発を試みるがかつての生活が忘れられず、虚言を繰り返し、やがて精神を病んでしまう。
いつものウディ・アレンの軽妙洒脱なせりふ回しはなく、ケイト・ブランシェットの鬼気迫る演技を観る作品でしょうね。
最近のウディ・アレンは、バルセロナ、パリ、ローマ、と世界各地の魅力的な都市を舞台に作品化されてきましたが、サンフランシスコも美しい街ですね。
映画の最後はジャスミンが公園のベンチで独り言を言うシーンです。かつての夫との出会いの場所で流れていた「ブルー・ムーン」の曲。
昔は歌詞を覚えていたけど、今はすべて「混乱」の中という意味でしょうか。結構辛辣なラストでした。
[last lines]
[Blue Moon begins playing]
Jasmine: This was playing on the Vineyard. Blue Moon. I used to know the words. I used to know the words. Now they're all a jumble.
年に1回から2回というところで映画館で観る映画があります。
ウディ・アレンの映画は極力映画館で観るようにしてます。
広島市のシネツイン本通りで上映中です。
(ウディ・アレンの映画は広島では鷹野橋のサロンシネマで上映されることが多いのですが、8月で閉館・移転だそうです)。
主演女優のケイト・ブランシェットはアカデミー主演女優賞をはじめ各著名な映画賞を総なめ。
ジャスミンはニューヨークでのセレブ生活から夫の破産により、サンフランシスコのシングルマザーの妹のアパートに寄宿。
新天地で再出発を試みるがかつての生活が忘れられず、虚言を繰り返し、やがて精神を病んでしまう。
いつものウディ・アレンの軽妙洒脱なせりふ回しはなく、ケイト・ブランシェットの鬼気迫る演技を観る作品でしょうね。
最近のウディ・アレンは、バルセロナ、パリ、ローマ、と世界各地の魅力的な都市を舞台に作品化されてきましたが、サンフランシスコも美しい街ですね。
映画の最後はジャスミンが公園のベンチで独り言を言うシーンです。かつての夫との出会いの場所で流れていた「ブルー・ムーン」の曲。
昔は歌詞を覚えていたけど、今はすべて「混乱」の中という意味でしょうか。結構辛辣なラストでした。
[last lines]
[Blue Moon begins playing]
Jasmine: This was playing on the Vineyard. Blue Moon. I used to know the words. I used to know the words. Now they're all a jumble.
2014年5月29日木曜日
[積読立読斜読] 『大鳥圭介』(星亮一著、中公新書、2011年)
[積読立読斜読] 『大鳥圭介』(星亮一著、中公新書、2011年)
不謹慎ながら、往年の夫婦漫才コンビ、鳳啓介・京唄子と読みが同じ幕臣がいるというの
は知っていましたが、評伝を読むのは初めて。広島県立図書館より借覧。表紙の「幕府歩
兵奉行、連戦連敗の勝者」という内容紹介にも魅かれました。
星亮一さんは1935年仙台生まれの作家。幕末の会津藩に関する著作が多い方です。
江戸城開城、新政府軍に恭順という徳川慶喜の政策に不満で兵を率いて脱走し、転戦して
五稜郭の戦いまで生き残り、薩摩の黒田清隆の延命嘆願によって二年獄中で過ごしました
が、新政府入りし、伊藤博文の信頼も得て、日清戦争開戦の原動力となりました。
敗色濃厚な徳川・会津のためになぜ戦いを続けたのか、また新政府にあっても薩長中枢部
より信頼を受け旧幕府出身としては異例のポストにつけたのか。
背景としては代々の医師の家に生まれましたが士分ではなく、閑谷・適塾で学んだ才を引
き上げてくれた幕府への軸のぶれない筋立てと、あくなき新知識への好奇心によって、大
鳥圭介に微塵も私心なきが故のことだったのではないでしょうか。
五稜郭降伏時の和歌と、最晩年の和歌は、凡作であるがゆえに私心のなさがうかがえます。
蝦夷の海の深き心を人しらでただ白浪の名やおはすらむ
五十年(いととせ)のむかしおもへば難波津(なにわづ)のよきもあしきも夢の一ふし
「連戦連敗」は少し誇張があるようですが、人生では帳尻があい勝者となりました。(大
鳥圭介自身は勝ち負けには固執してません)。
大鳥圭介に殉じた名もなき幕兵の心中は記録に残っていないようです。
下記、平凡社の世界大百科より「大鳥圭介」の記述です。
==============================================================================
大鳥圭介 1833‐1911(天保4‐明治44)
おおとりけいすけ
幕末の軍人,明治の政治家。播州赤穂の医師の子で1866年(慶応2)幕臣となった。諱(いみ
な)は純章,号は如風。漢学を備前の閑谷黌,蘭学を大坂の適塾に学び,さらに江戸に出
て江川英敏の塾に身を寄せて幕府に推薦された。
歩兵差図役頭取,歩兵頭と陸軍幹部の道を歩む。江戸開城を不満として幕兵を率いて脱走,
宇都宮,会津に転戦,榎本武揚と合流して北海道に至った(五稜郭の戦)。
69年(明治2)降伏入獄,72年出獄すると開拓使御用掛,大蔵小丞,陸軍省出仕,工部省出
仕等を経て82年工部大学長に就任した。学習院長,華族女学校長も務める。89年特命全権
公使として清国に駐在,93年朝鮮駐在公使を兼ねた。
日清戦争の始まる前,病気帰国中だった圭介は命を帯びて朝鮮に急行,内政改革要求をつ
きつけて王宮に兵を入れ,開戦の口実をつくる役割を果たした。戦争が始まると任を解か
れ帰国して枢密顧問官,1900年男爵となった。 松浦 玲
(C) 1998-2002 Hitachi Systems & Services, Ltd. All rights reserved.
==============================================================================
不謹慎ながら、往年の夫婦漫才コンビ、鳳啓介・京唄子と読みが同じ幕臣がいるというの
は知っていましたが、評伝を読むのは初めて。広島県立図書館より借覧。表紙の「幕府歩
兵奉行、連戦連敗の勝者」という内容紹介にも魅かれました。
星亮一さんは1935年仙台生まれの作家。幕末の会津藩に関する著作が多い方です。
江戸城開城、新政府軍に恭順という徳川慶喜の政策に不満で兵を率いて脱走し、転戦して
五稜郭の戦いまで生き残り、薩摩の黒田清隆の延命嘆願によって二年獄中で過ごしました
が、新政府入りし、伊藤博文の信頼も得て、日清戦争開戦の原動力となりました。
敗色濃厚な徳川・会津のためになぜ戦いを続けたのか、また新政府にあっても薩長中枢部
より信頼を受け旧幕府出身としては異例のポストにつけたのか。
背景としては代々の医師の家に生まれましたが士分ではなく、閑谷・適塾で学んだ才を引
き上げてくれた幕府への軸のぶれない筋立てと、あくなき新知識への好奇心によって、大
鳥圭介に微塵も私心なきが故のことだったのではないでしょうか。
五稜郭降伏時の和歌と、最晩年の和歌は、凡作であるがゆえに私心のなさがうかがえます。
蝦夷の海の深き心を人しらでただ白浪の名やおはすらむ
五十年(いととせ)のむかしおもへば難波津(なにわづ)のよきもあしきも夢の一ふし
「連戦連敗」は少し誇張があるようですが、人生では帳尻があい勝者となりました。(大
鳥圭介自身は勝ち負けには固執してません)。
大鳥圭介に殉じた名もなき幕兵の心中は記録に残っていないようです。
下記、平凡社の世界大百科より「大鳥圭介」の記述です。
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大鳥圭介 1833‐1911(天保4‐明治44)
おおとりけいすけ
幕末の軍人,明治の政治家。播州赤穂の医師の子で1866年(慶応2)幕臣となった。諱(いみ
な)は純章,号は如風。漢学を備前の閑谷黌,蘭学を大坂の適塾に学び,さらに江戸に出
て江川英敏の塾に身を寄せて幕府に推薦された。
歩兵差図役頭取,歩兵頭と陸軍幹部の道を歩む。江戸開城を不満として幕兵を率いて脱走,
宇都宮,会津に転戦,榎本武揚と合流して北海道に至った(五稜郭の戦)。
69年(明治2)降伏入獄,72年出獄すると開拓使御用掛,大蔵小丞,陸軍省出仕,工部省出
仕等を経て82年工部大学長に就任した。学習院長,華族女学校長も務める。89年特命全権
公使として清国に駐在,93年朝鮮駐在公使を兼ねた。
日清戦争の始まる前,病気帰国中だった圭介は命を帯びて朝鮮に急行,内政改革要求をつ
きつけて王宮に兵を入れ,開戦の口実をつくる役割を果たした。戦争が始まると任を解か
れ帰国して枢密顧問官,1900年男爵となった。 松浦 玲
(C) 1998-2002 Hitachi Systems & Services, Ltd. All rights reserved.
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2014年5月28日水曜日
[あの頃のレコード] 10cc "How dare you!"
[あの頃のレコード] 10cc "How dare you!"
28期の高校時代の音楽をレコードで聴いています。
レコードは広島駅近くの中古レコード屋"Groovin'"で購入しました(この店の値付けは良心的です)。
10cc "How dare you!"(日本語タイトル『びっくり電話』)は1976年の作品。
10ccとしては通算4枚目でオリジナルのメンバーでの最後のアルバムとなりました。
前作"The Original Soundtrack"で架空の映画のサウンド・トラックという洒落たコンセプト・アルバムに挑戦した10ccが今度は「電話」をテーマにアルバム化。愛憎あり野望あり脅迫あり、電話を通じてのさまざまな場面を曲とジャケット・デザインで表しています。1976年当時はダイヤル式のアナログ電話で、記録媒体のレコードも含め、その後急速にデジタル化が進みますが、その直前の爛熟した文化の時代です。
曲は転調を繰り返し、凝りに凝ってはいますが、10ccらしい、親しみやすいメロディー・ラインです。実力の割に評価の低い10ccです。ビートルズ、レッドツェッペリン、ローリング・ストーンズといった大御所ばかりがロックではありません。もし10ccがイギリスの音楽シーンに存在しなかったら、ずいぶんと寂しいロック史になったでしょう。
英語の"How dare you!"は驚いた時の表現です。「よくもまぁ!」「よくもそんなことを!」「信じられない!」のような語感だそうです。
10cc "How dare you!"
01. How Dare You
02. Lazy Ways
03. I Wanna Rule The World
04. I'm Mandy Fly Me
05. Iceberg
06. Art For Arts Sake
07. Rock 'N' Roll Lullaby
08. Head Room
09. Don't Hang Up
28期の高校時代の音楽をレコードで聴いています。
レコードは広島駅近くの中古レコード屋"Groovin'"で購入しました(この店の値付けは良心的です)。
10cc "How dare you!"(日本語タイトル『びっくり電話』)は1976年の作品。
10ccとしては通算4枚目でオリジナルのメンバーでの最後のアルバムとなりました。
前作"The Original Soundtrack"で架空の映画のサウンド・トラックという洒落たコンセプト・アルバムに挑戦した10ccが今度は「電話」をテーマにアルバム化。愛憎あり野望あり脅迫あり、電話を通じてのさまざまな場面を曲とジャケット・デザインで表しています。1976年当時はダイヤル式のアナログ電話で、記録媒体のレコードも含め、その後急速にデジタル化が進みますが、その直前の爛熟した文化の時代です。
曲は転調を繰り返し、凝りに凝ってはいますが、10ccらしい、親しみやすいメロディー・ラインです。実力の割に評価の低い10ccです。ビートルズ、レッドツェッペリン、ローリング・ストーンズといった大御所ばかりがロックではありません。もし10ccがイギリスの音楽シーンに存在しなかったら、ずいぶんと寂しいロック史になったでしょう。
英語の"How dare you!"は驚いた時の表現です。「よくもまぁ!」「よくもそんなことを!」「信じられない!」のような語感だそうです。
10cc "How dare you!"
01. How Dare You
02. Lazy Ways
03. I Wanna Rule The World
04. I'm Mandy Fly Me
05. Iceberg
06. Art For Arts Sake
07. Rock 'N' Roll Lullaby
08. Head Room
09. Don't Hang Up
2014年5月27日火曜日
[その他] 雑誌『アエラ』記事 同窓会に何着る?
[雑誌記事] 同窓会に何着る?
雑誌『アエラ』(2014年6月2日号)がファッションのページで
「同窓会に何着る?悩む女子」として「さりげなく差をつけたい」女子にファッション指南。
大きく「ハンサム女子」なのか「ふんわり女子」なのかでファッションが違うそうです。
===============================================================================
同窓会で差をつけるならこれをチェック!
(服)
・ビジネスウーマンご用達のシルエットがきれいな白シャツ
・高級感のあるブランドデニム
・上品さを演出するフレアスカート
・背中開き、背中リボンのトップレス
(アイテム)
・サファイアなど宝石のアクセサリー
・オープントゥのパンプス(夏)
・ブーティ(冬)
・ブランド最新モデルバッグ
・モード雑誌で紹介されている流行色のリップ
==============================================================================
結論としては「みんな『今の自分』を肯定したい。同窓会はそれを確認しに行く場所」
と結んであります。自然体のファッションで良いのでは。
皆実高校は質実な校風で同窓会もあまり派手なファッションの方はいませんね。
ちなみに当方はIVY少年くずれなので、いつも紺のブレザーにレジメンタル・タイなので
着ていく服には悩んだことがありません。
雑誌『アエラ』(2014年6月2日号)がファッションのページで
「同窓会に何着る?悩む女子」として「さりげなく差をつけたい」女子にファッション指南。
大きく「ハンサム女子」なのか「ふんわり女子」なのかでファッションが違うそうです。
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同窓会で差をつけるならこれをチェック!
(服)
・ビジネスウーマンご用達のシルエットがきれいな白シャツ
・高級感のあるブランドデニム
・上品さを演出するフレアスカート
・背中開き、背中リボンのトップレス
(アイテム)
・サファイアなど宝石のアクセサリー
・オープントゥのパンプス(夏)
・ブーティ(冬)
・ブランド最新モデルバッグ
・モード雑誌で紹介されている流行色のリップ
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結論としては「みんな『今の自分』を肯定したい。同窓会はそれを確認しに行く場所」
と結んであります。自然体のファッションで良いのでは。
皆実高校は質実な校風で同窓会もあまり派手なファッションの方はいませんね。
ちなみに当方はIVY少年くずれなので、いつも紺のブレザーにレジメンタル・タイなので
着ていく服には悩んだことがありません。
[惹句どんどん] ジョン・アシュクロフト(アメリカの元司法長官)
「人生に必要はものは2つしかない―<WD-40>とダクトテープ。
…<WD-40>は、動くべきだが動かないものに、
そしてダクトテープは、動いてはいけないのに動いてしまうものに」。
『<使い勝手>のデザイン学』(ヘンリー・ペトロふスキー著、朝日新聞出版)より
P163
アメリカの元司法長官ジョン・アシュクロフトは「正と誤、善と悪、天国と地獄」のような二極対立の原点から世界を見る人といわれているが、彼はまた、デザインの両極端に位置する2つのカルト的消費者用製品にも救いを見出している。「全世界は二元だ」という時論を通すために、彼はかつて次のように説明した。「人生に必要はものは2つしかない―<WD-40>とダクトテープ。…<WD-40>は、動くべきだが動かないものに、そしてダクトテープは、動いてはいけないのに動いてしまうものに」。
2014年5月25日日曜日
[積読立読斜読] 『仮面同窓会』(雫井脩介著、幻冬舎、2014年)
[積読立読斜読] 『仮面同窓会』(雫井脩介著、幻冬舎、2014年)
高校同期会事務局のブログらしく、同窓会ミステリーの紹介です。
著者の雫井脩介さんは1968年愛知県生まれ。専修大学文学部卒。2000年に第4回新潮ミステリー倶楽部賞受賞作『栄光一途』でデビュー。05年『犯人に告ぐ』で第7回大藪春彦賞を受賞。他の作品にテレビドラマ化された『ビター・ブラッド』などがあるそうです。
同窓会小説の成否は、(1)学校時代の主人公たちの関わり合いの密度、(2)学校時代と現代のギャップ、という2つの前提がうまく設定できているかにかかっていますが、本作は2つとも浅く、単なる復讐譚になってしまいました。
あらすじです。
名古屋郊外の普通高校卒業後10年ぶりの同窓会。久しぶりに集まった悪友4人は高校時代の体罰教師にちょっとした復讐をすることで盛り上がり、工場跡で暴行して放置したままにした。翌日なぜか別の場所で死体となって発見される。仲間4人はお互いに疑心暗鬼となる中、仲間の一人が殺されてしまう。
復讐の連鎖が1回でなく重層的に構成されていて妙味があるのと、人物設定に意外な人物がいて驚いた点を除けば、善人が一人も登場しない後味の悪い作品でした。
同期会事務局としては、名古屋近郊のぱっとしない普通高の卒業10年後の同窓会(同期会)への出席率が卒業400人中7割以上というのは設定に無理があります。せいぜい50人ぐらいでは?
高校同期会事務局のブログらしく、同窓会ミステリーの紹介です。
著者の雫井脩介さんは1968年愛知県生まれ。専修大学文学部卒。2000年に第4回新潮ミステリー倶楽部賞受賞作『栄光一途』でデビュー。05年『犯人に告ぐ』で第7回大藪春彦賞を受賞。他の作品にテレビドラマ化された『ビター・ブラッド』などがあるそうです。
同窓会小説の成否は、(1)学校時代の主人公たちの関わり合いの密度、(2)学校時代と現代のギャップ、という2つの前提がうまく設定できているかにかかっていますが、本作は2つとも浅く、単なる復讐譚になってしまいました。
あらすじです。
名古屋郊外の普通高校卒業後10年ぶりの同窓会。久しぶりに集まった悪友4人は高校時代の体罰教師にちょっとした復讐をすることで盛り上がり、工場跡で暴行して放置したままにした。翌日なぜか別の場所で死体となって発見される。仲間4人はお互いに疑心暗鬼となる中、仲間の一人が殺されてしまう。
復讐の連鎖が1回でなく重層的に構成されていて妙味があるのと、人物設定に意外な人物がいて驚いた点を除けば、善人が一人も登場しない後味の悪い作品でした。
同期会事務局としては、名古屋近郊のぱっとしない普通高の卒業10年後の同窓会(同期会)への出席率が卒業400人中7割以上というのは設定に無理があります。せいぜい50人ぐらいでは?
2014年5月23日金曜日
[自分史のレッスン] 1962年3歳
自宅近くの平和大通り西詰。まだ樹木が整っていなくて原っぱに近かったです。
背後には現在も同じ場所にある福山通運の建物が見えます。
当時流行していた「怪傑ハリマオ」の真似をしているものと思われます。
いつの時代でも男の子はヒーローものが好きですね。
1962(昭和37)年
・機械製品、輸出割合29.2%で繊維製品を抜く
・東京でスモッグ深刻化
・テレビ受信契約数1000万を突破
『年表 昭和・平成歴史』(岩波ブックレット)より
[新聞記事] Really? You're Not in a Book Club?
"The New York Times"(2014年3月22日付け)の記事。
朝日新聞の別冊"Globe"の「見出しを読み解く」で紹介されたもと記事です。
"The New York Times"はさすがに高級紙だけあった難しい単語が多く手こずりました。
アメリカで定着した読書会(Book Club, of Book Group)の話。
要点箇条書きします(自分の試訳ですので、違っていたらごめんなさい)。
・アメリカでは500万人の人がブッククラブに入っている
・ニューヨークなどの都会だけでなく地方でも盛ん
・ブッククラブ運営を専門に扱うファシリテイターが登場し相場は300ドル
・性別、年齢別、作家別など、種々のブッククラブがある
・作家自身がブッククラブに招かれ副収入になっている
アメリカの大手書店"Barnes & Noble"のサイトではブック・グループ向けに、
作品をより深く味わうために、あらかじめ設問が用意されています。
たとえばカポーティの"Breakfast at Tiffany’s"の最初の質問はHolly Golightlyについて。
Reading Group Guide
Breakfast at Tiffany’s
1. The story begins when the bartender Joe Bell and the narrator talk about Mr. Yunioshi’s report that Holly Golightly had been living in Africa. What aura does the opening chapter lend to the character of Holly? What feelings does Holly evoke in Joe Bell?
アメリカ人の新たな社交の場として定着するでしょうか?
“WHAT’S your book group reading?” I say to a friend encountered on the street. Not: “Are you in a book group?” I have no idea whether Clara is in a book group. We’ve never talked about it. All the same, I just know. Why? Because it’s a safe assumption to make these days.
By some estimates, five million Americans gather every few weeks in someone’s living room or in a bar or bookstore or local library to discuss the finer points of “Middlemarch” or “The Brothers Karamazov.” (A perfect number is hard to pin down because some people belong to two or three clubs, and of course, there’s no central registry of members.) Among them is Clara, whose book group even has a name: the Oracles. They’re reading “The Flamethrowers,” by Rachel Kushner.
assumption:仮定
Middlemarch:ミドルマーチ
イギリスの作家ジョージ・エリオットの小説。1871‐72年刊。〈地方生活の研究〉という副題の大作で,イギリス中部の架空の田舎町ミドルマーチを舞台に,そこに生活する社会各層多数の人々の人生を複雑な網の目のようにからみ合わせた構成を持つ。社会描写の精密さ,人物の心理や感情を同情をこめて,しかも客観性を失わずに解剖する洞察の深さなど,作者の代表作であると同時に19世紀リアリズムの最高峰の一つである。(海老根 宏)
(C) 1998-2002 Hitachi Systems & Services, Ltd. All rights reserved.
registry:登記所
I used to think that the popularity of this institution was a quirk of life in New York, like restaurants where you can get a reservation only by calling a month in advance or parties where every single person you meet is smarter than you are. But the book-club boom is nationwide. Should you live in the Miami area, you can hang with “Book Babes”; in San Francisco, drop in at “The Mind-Benders Book Club.”
And it’s not just a big-city thing: In the event that you find yourself in Waco, Tex., check out “A Good Book and a Glass of Wine,” which has 21 members (women only) and is always looking for new ones. All you have to do is go online.
quirk:奇妙な癖
You can find book clubs that appeal to gender- and sexual-preference constituencies (“The Queer Lady and Lesbian Book Club”); African-Americans (“Sassy Sistahs Book Club”); the young (“The Stamford 20s/30s Book Club”) and the old (every town seems to have a senior citizens club); proponents of porn (“The Smutty Book Club”); and fans of a single author (“The Roberto Bolano Book Club”). All that’s missing, as far as I can tell, are book clubs officially organized by class: There seem to be no 1 percenter book clubs.
preference:選択、好み
porn>pornography
proponent:支持者
as far as:~の限りでは
Since we live in a world where you don’t have to actually “be” anywhere, it’s not surprising that virtual clubs have lately appeared on the Internet. ZolaBooks bills itself as a “social eBook retailer” that connects readers; Goodreads gives members the opportunity to read a book together, install books they’ve read on their “shelves” or find “friends” with whom to share discoveries. (I just joined and have “no friends,” according to the site.)
Or you can navigate to lists like ? useful this winter ? “Best Books to Read When the Snow Is Falling.” These sites aren’t just for oddball bibliophiles: Goodreads claims to have 25 million members and was sold to Amazon last year for a number rumored at $150 million or above.
oddball:変わり者
bibliophiles:愛書家
rumored:?
Some book groups merge the virtual and the “offline community,” as Nora Grenfell, the social marketing manager at the digital media news site Mashable, calls its estimated 34 million monthly unique visitors. The site’s Mashable book club started out as an informal, internal group that met at its offices in the Flatiron district, but after members began to write about it online, followers asked if they could participate. Thus was born MashableReads, a monthly gathering for a small number of invited members joined by a guest writer. So far writers like Ishmael Beah, Malcolm Gladwell and Chang-rae Lee have appeared. Mashable followers can participate in the discussion on Twitter.
participate:参加する
thus:こんな風に
But the most prevalent way of conducting a book club is still in someone’s living room. The basic ritual is the same all over: A small group gets together every few weeks to discuss a pre-assigned title; to eat, whether that means noshing on cheese and crackers accompanied by a glass of wine or a four-course dinner; and to gossip in a dedicated way. It may be social, but it’s also serious; members devote long hours over many weeks to getting to the last page. For most of them, it’s all about the book.
prevalent:流行している
ritual:儀式
noshing:?
accompanied by:~を添える
dedicated:熱心な
Reading is a solitary act, an experience of interiority. To read a book is to burst the confines of one’s consciousness and enter another world. What happens when you read a book in the company of others? You enter its world together but see it in your own way; and it’s through sharing those differences of perception that the book group acquires its emotional power.
“There’s a way of interacting through books that you don’t get through any ordinary transaction in life,” suggests Robin Marantz Henig, a journalist who is in three book groups: a women’s group, a couples’ group and a coed and intergenerational group with her daughter, an editor at The New York Times. “It’s like sitting around gossiping about people, only you’re gossiping about characters in fiction, which is more meaningful.”
confine:限る
consciousness:知覚
perception:認識
interact:相互に作用する
coed:男女共学の
In book clubs, things can get intense. “We had the most incredible discussion of art, and beauty, and loving something bigger than ourselves,” says Tracy Trivas, whose Los Angeles group often finds itself grappling with “giant issues about the inner life.” When they read aloud a passage from Colum McCann’s novel “Transatlantic” ? the scene where Lily, an Irish immigrant, reflects on a painting she’s received from her husband ? “half the women had tears in their eyes.”
Ms. Trivas represents a new phenomenon: the professional book group facilitator. A writer with a master’s degree in English literature from Middlebury, she presides over three adult groups, for which she charges up to $300 per session. She also runs a group for children, who nestle under a tree with their parents and read books like “Charlie and the Chocolate Factory.”
“They felt empowered sharing their opinion of the book,” she told me. “I asked them who they would rather have a play date with: Veruca Salt or Augustus Gloop. And if they could make up a different ending.”
presides:統括する
nestle:気持ちよく横たわる[座る]
We’re also beginning to see authors themselves taking on the role of facilitator. Established writers like Alexandra Styron command $400 to show up and talk about their own books ? and that’s after the commission given to Book the Writer, an agency founded recently by the novelist Jean Hanff Korelitz. Authorial proximity has its drawbacks. “No one tells the truth when the author is present,” says a book grouper who has witnessed this phenomenon. “No one is going to insult the author when he’s two feet away from them.”
But there are good things about these home visits, too: They’re a new source of income for writers, and they offer insights into the book that come straight from the source. Book groups are like friendships: Some coalesce and die out in a few years, others last a lifetime. Susan Shapiro, an artist whose group has just celebrated its 40th anniversary, recalls that it started with “young moms in the park who wanted to have more to talk about than kids in the sandbox.”
authorial:?
proximity:接近
coalesce:合体する
sandbox:砂場(箱)
Members have come and gone ? “no one has died” ? but the format remains the same: “We take turns leading the discussion, and two members have to read a book before it can be adopted. Some do scholarly research, others are more informal. We have an easy flow of ideas.”
I heard about a group that had been around even longer. Founded in 1971 by a group of Ivy League graduates, it has been meeting once a month ever since. The passage of 43 years has had inevitable consequences. On the positive side, members of the group can claim to have read all the books and not be exaggerating; on the negative, encroaching senility; a death or two; an acrimonious divorce that had the couple fighting over who would get to stay in the group. One experiment that failed was calling in “professional help,” a group leader to set the course. “That didn’t work out at all,” said one male member. “The men didn’t like being told what to think.”
inevitable:避けることのできない
consequence:結果
exaggerate:誇張する
encroach:侵害する
senility:老衰
acrimonious:辛辣な
The reading experience ? let’s admit it ? is less pure in the mature atmosphere of Book Club World than it was in the intellectually heady days of college. Diversions from the matter at hand are inevitable. When you have 10 lively people in a room and a good meal on the table, it’s sometimes hard to remember why you’re there. “It’s all about the dinner,” says the novelist Sally Koslow, a member of a Manhattan group.
My own group is highly disciplined, and we talk about the work under discussion with admirable fervor, but we do like to eat. Our meetings remind me of a restaurant I pass on the Connecticut Turnpike that has a sign out front saying FOOD and BOOKS. The gossip-prone among us are kept in line by the presence of our kindly but firm moderator, Ilja Wachs, a professor of comparative literature at Sarah Lawrence whose enthusiasm for the classics is infectious. By the end of one meeting, I had gone from resisting “The Mill on the Floss,” which I associated with seventh grade, to admiring it as a grim study in thwarted passion. (Maybe if I hadn’t skimmed the last chapter on my iPhone while riding the crosstown bus to the meeting I would have figured this out for myself.)
admirable:賞賛に値する
fervor:熱烈
moderator:司会者・議長
comparative:比較の
infectious:感染する
resisting:>resist:抵抗する
grim:厳しい
thwarted:>thwart:妨げる
Surely I’m not alone in my dereliction. I was chastened by a stern directive I came across from the head of “The Sweetness: Astoria Book Club”: “Please make sure to read the book! Even if you hate it and have to choke it down, we’d love to hear about why you hated it.”
This is a perfectly reasonable request, but not always easy to fulfill. One thing that’s rarely talked about is how time-consuming book groups are. (One group I heard about, discouraged by the time commitment of big novels, has taken to reading poetry.) Mine has a penchant for plump Victorian novels like “Nicholas Nickleby” that were serialized. Everyone in 19th-century London read these novels. “Great Expectations” was their “House of Cards.”
It’s harder now, given the pace of modern life, but we hunger for it more. In the end, book groups are about community. The success of the One City, One Book initiatives in Chicago, Seattle and smaller towns across the country, where everyone is encouraged to read the same book, reflects the longing to share. So does Oprah; her book club binds together a nation disparate in its customs, classes, religions and ethnicities by putting it in front of the TV and telling it what to read.
We spend our days at airports or commuting to work; our children come and go; our friends climb up and down the social ladder; we change jobs and move house. No one knows their neighbor.
But a lot of us are reading “The Goldfinch.”
dereliction:放棄
chastened:>chasten:鍛える
stern:厳格な
penchant:?
plump:太った
longing:切望
disparate:異なる
朝日新聞の別冊"Globe"の「見出しを読み解く」で紹介されたもと記事です。
"The New York Times"はさすがに高級紙だけあった難しい単語が多く手こずりました。
アメリカで定着した読書会(Book Club, of Book Group)の話。
要点箇条書きします(自分の試訳ですので、違っていたらごめんなさい)。
・アメリカでは500万人の人がブッククラブに入っている
・ニューヨークなどの都会だけでなく地方でも盛ん
・ブッククラブ運営を専門に扱うファシリテイターが登場し相場は300ドル
・性別、年齢別、作家別など、種々のブッククラブがある
・作家自身がブッククラブに招かれ副収入になっている
アメリカの大手書店"Barnes & Noble"のサイトではブック・グループ向けに、
作品をより深く味わうために、あらかじめ設問が用意されています。
たとえばカポーティの"Breakfast at Tiffany’s"の最初の質問はHolly Golightlyについて。
Reading Group Guide
Breakfast at Tiffany’s
1. The story begins when the bartender Joe Bell and the narrator talk about Mr. Yunioshi’s report that Holly Golightly had been living in Africa. What aura does the opening chapter lend to the character of Holly? What feelings does Holly evoke in Joe Bell?
アメリカ人の新たな社交の場として定着するでしょうか?
“WHAT’S your book group reading?” I say to a friend encountered on the street. Not: “Are you in a book group?” I have no idea whether Clara is in a book group. We’ve never talked about it. All the same, I just know. Why? Because it’s a safe assumption to make these days.
By some estimates, five million Americans gather every few weeks in someone’s living room or in a bar or bookstore or local library to discuss the finer points of “Middlemarch” or “The Brothers Karamazov.” (A perfect number is hard to pin down because some people belong to two or three clubs, and of course, there’s no central registry of members.) Among them is Clara, whose book group even has a name: the Oracles. They’re reading “The Flamethrowers,” by Rachel Kushner.
assumption:仮定
Middlemarch:ミドルマーチ
イギリスの作家ジョージ・エリオットの小説。1871‐72年刊。〈地方生活の研究〉という副題の大作で,イギリス中部の架空の田舎町ミドルマーチを舞台に,そこに生活する社会各層多数の人々の人生を複雑な網の目のようにからみ合わせた構成を持つ。社会描写の精密さ,人物の心理や感情を同情をこめて,しかも客観性を失わずに解剖する洞察の深さなど,作者の代表作であると同時に19世紀リアリズムの最高峰の一つである。(海老根 宏)
(C) 1998-2002 Hitachi Systems & Services, Ltd. All rights reserved.
registry:登記所
I used to think that the popularity of this institution was a quirk of life in New York, like restaurants where you can get a reservation only by calling a month in advance or parties where every single person you meet is smarter than you are. But the book-club boom is nationwide. Should you live in the Miami area, you can hang with “Book Babes”; in San Francisco, drop in at “The Mind-Benders Book Club.”
And it’s not just a big-city thing: In the event that you find yourself in Waco, Tex., check out “A Good Book and a Glass of Wine,” which has 21 members (women only) and is always looking for new ones. All you have to do is go online.
quirk:奇妙な癖
You can find book clubs that appeal to gender- and sexual-preference constituencies (“The Queer Lady and Lesbian Book Club”); African-Americans (“Sassy Sistahs Book Club”); the young (“The Stamford 20s/30s Book Club”) and the old (every town seems to have a senior citizens club); proponents of porn (“The Smutty Book Club”); and fans of a single author (“The Roberto Bolano Book Club”). All that’s missing, as far as I can tell, are book clubs officially organized by class: There seem to be no 1 percenter book clubs.
preference:選択、好み
porn>pornography
proponent:支持者
as far as:~の限りでは
Since we live in a world where you don’t have to actually “be” anywhere, it’s not surprising that virtual clubs have lately appeared on the Internet. ZolaBooks bills itself as a “social eBook retailer” that connects readers; Goodreads gives members the opportunity to read a book together, install books they’ve read on their “shelves” or find “friends” with whom to share discoveries. (I just joined and have “no friends,” according to the site.)
Or you can navigate to lists like ? useful this winter ? “Best Books to Read When the Snow Is Falling.” These sites aren’t just for oddball bibliophiles: Goodreads claims to have 25 million members and was sold to Amazon last year for a number rumored at $150 million or above.
oddball:変わり者
bibliophiles:愛書家
rumored:?
Some book groups merge the virtual and the “offline community,” as Nora Grenfell, the social marketing manager at the digital media news site Mashable, calls its estimated 34 million monthly unique visitors. The site’s Mashable book club started out as an informal, internal group that met at its offices in the Flatiron district, but after members began to write about it online, followers asked if they could participate. Thus was born MashableReads, a monthly gathering for a small number of invited members joined by a guest writer. So far writers like Ishmael Beah, Malcolm Gladwell and Chang-rae Lee have appeared. Mashable followers can participate in the discussion on Twitter.
participate:参加する
thus:こんな風に
But the most prevalent way of conducting a book club is still in someone’s living room. The basic ritual is the same all over: A small group gets together every few weeks to discuss a pre-assigned title; to eat, whether that means noshing on cheese and crackers accompanied by a glass of wine or a four-course dinner; and to gossip in a dedicated way. It may be social, but it’s also serious; members devote long hours over many weeks to getting to the last page. For most of them, it’s all about the book.
prevalent:流行している
ritual:儀式
noshing:?
accompanied by:~を添える
dedicated:熱心な
Reading is a solitary act, an experience of interiority. To read a book is to burst the confines of one’s consciousness and enter another world. What happens when you read a book in the company of others? You enter its world together but see it in your own way; and it’s through sharing those differences of perception that the book group acquires its emotional power.
“There’s a way of interacting through books that you don’t get through any ordinary transaction in life,” suggests Robin Marantz Henig, a journalist who is in three book groups: a women’s group, a couples’ group and a coed and intergenerational group with her daughter, an editor at The New York Times. “It’s like sitting around gossiping about people, only you’re gossiping about characters in fiction, which is more meaningful.”
confine:限る
consciousness:知覚
perception:認識
interact:相互に作用する
coed:男女共学の
In book clubs, things can get intense. “We had the most incredible discussion of art, and beauty, and loving something bigger than ourselves,” says Tracy Trivas, whose Los Angeles group often finds itself grappling with “giant issues about the inner life.” When they read aloud a passage from Colum McCann’s novel “Transatlantic” ? the scene where Lily, an Irish immigrant, reflects on a painting she’s received from her husband ? “half the women had tears in their eyes.”
Ms. Trivas represents a new phenomenon: the professional book group facilitator. A writer with a master’s degree in English literature from Middlebury, she presides over three adult groups, for which she charges up to $300 per session. She also runs a group for children, who nestle under a tree with their parents and read books like “Charlie and the Chocolate Factory.”
“They felt empowered sharing their opinion of the book,” she told me. “I asked them who they would rather have a play date with: Veruca Salt or Augustus Gloop. And if they could make up a different ending.”
presides:統括する
nestle:気持ちよく横たわる[座る]
We’re also beginning to see authors themselves taking on the role of facilitator. Established writers like Alexandra Styron command $400 to show up and talk about their own books ? and that’s after the commission given to Book the Writer, an agency founded recently by the novelist Jean Hanff Korelitz. Authorial proximity has its drawbacks. “No one tells the truth when the author is present,” says a book grouper who has witnessed this phenomenon. “No one is going to insult the author when he’s two feet away from them.”
But there are good things about these home visits, too: They’re a new source of income for writers, and they offer insights into the book that come straight from the source. Book groups are like friendships: Some coalesce and die out in a few years, others last a lifetime. Susan Shapiro, an artist whose group has just celebrated its 40th anniversary, recalls that it started with “young moms in the park who wanted to have more to talk about than kids in the sandbox.”
authorial:?
proximity:接近
coalesce:合体する
sandbox:砂場(箱)
Members have come and gone ? “no one has died” ? but the format remains the same: “We take turns leading the discussion, and two members have to read a book before it can be adopted. Some do scholarly research, others are more informal. We have an easy flow of ideas.”
I heard about a group that had been around even longer. Founded in 1971 by a group of Ivy League graduates, it has been meeting once a month ever since. The passage of 43 years has had inevitable consequences. On the positive side, members of the group can claim to have read all the books and not be exaggerating; on the negative, encroaching senility; a death or two; an acrimonious divorce that had the couple fighting over who would get to stay in the group. One experiment that failed was calling in “professional help,” a group leader to set the course. “That didn’t work out at all,” said one male member. “The men didn’t like being told what to think.”
inevitable:避けることのできない
consequence:結果
exaggerate:誇張する
encroach:侵害する
senility:老衰
acrimonious:辛辣な
The reading experience ? let’s admit it ? is less pure in the mature atmosphere of Book Club World than it was in the intellectually heady days of college. Diversions from the matter at hand are inevitable. When you have 10 lively people in a room and a good meal on the table, it’s sometimes hard to remember why you’re there. “It’s all about the dinner,” says the novelist Sally Koslow, a member of a Manhattan group.
My own group is highly disciplined, and we talk about the work under discussion with admirable fervor, but we do like to eat. Our meetings remind me of a restaurant I pass on the Connecticut Turnpike that has a sign out front saying FOOD and BOOKS. The gossip-prone among us are kept in line by the presence of our kindly but firm moderator, Ilja Wachs, a professor of comparative literature at Sarah Lawrence whose enthusiasm for the classics is infectious. By the end of one meeting, I had gone from resisting “The Mill on the Floss,” which I associated with seventh grade, to admiring it as a grim study in thwarted passion. (Maybe if I hadn’t skimmed the last chapter on my iPhone while riding the crosstown bus to the meeting I would have figured this out for myself.)
admirable:賞賛に値する
fervor:熱烈
moderator:司会者・議長
comparative:比較の
infectious:感染する
resisting:>resist:抵抗する
grim:厳しい
thwarted:>thwart:妨げる
Surely I’m not alone in my dereliction. I was chastened by a stern directive I came across from the head of “The Sweetness: Astoria Book Club”: “Please make sure to read the book! Even if you hate it and have to choke it down, we’d love to hear about why you hated it.”
This is a perfectly reasonable request, but not always easy to fulfill. One thing that’s rarely talked about is how time-consuming book groups are. (One group I heard about, discouraged by the time commitment of big novels, has taken to reading poetry.) Mine has a penchant for plump Victorian novels like “Nicholas Nickleby” that were serialized. Everyone in 19th-century London read these novels. “Great Expectations” was their “House of Cards.”
It’s harder now, given the pace of modern life, but we hunger for it more. In the end, book groups are about community. The success of the One City, One Book initiatives in Chicago, Seattle and smaller towns across the country, where everyone is encouraged to read the same book, reflects the longing to share. So does Oprah; her book club binds together a nation disparate in its customs, classes, religions and ethnicities by putting it in front of the TV and telling it what to read.
We spend our days at airports or commuting to work; our children come and go; our friends climb up and down the social ladder; we change jobs and move house. No one knows their neighbor.
But a lot of us are reading “The Goldfinch.”
dereliction:放棄
chastened:>chasten:鍛える
stern:厳格な
penchant:?
plump:太った
longing:切望
disparate:異なる
<日々是不穏 like a rolling stone>(2014年5月23日(金)) 恐るべきハイヤー配車 ウーバーの挑戦
<日々是不穏 like a rolling stone>(2014年5月23日(金))
恐るべきハイヤー配車 ウーバーの挑戦 編集委員 西條都夫
(2014/5/20 日本経済新聞電子版)
単純にタクシーの配車サービスをスマートフォンのアプリに乗せただけではないようです。
日本のタクシー業界にとって「黒船」とされるUber(ウーバー)の記事が日経の電子版に
ありましたので紹介します。
アメリカでは都市にもよりますが公共交通機関が発達しておらず、タクシーなどは参入障
壁を低くして充実させたい意向があるのかも知れません。
車の運転が好きで、空いた時間にアルバイトしたい人もいるかも知れません。公共交通機
関が少なく困っている人とのマッチングを叶えたところがUber(ウーバー)社の新しいと
ころでしょう。
需給次第でハイヤー料金が変動する「ダイナミック・プライシング」という発想は大胆で
す。
古い業界で改善の余地がないと思われても視点を変えれば新たな需要が生まれるという好
例だと思います。
自分の身の周りにも応用を効かせたいですね。
================================================================================
本拠を米シリコンバレーに構え、グーグルから2億5000万ドルの出資を受け、社員の多く
はソフトウエアエンジニア。事業開始からわずか4年たらずで東京を含む世界110都市に
拠点を開設した――こう聞くと、読者の多くはフェイスブックのような新手のインターネ
ットサービス会社を想像するだろうが、これは半分正解で半分間違いだ。この会社はウー
バーという名前のハイヤー配車会社である。
■車と人のマッチング会社
ではなぜ「半分正解」なのか。通常のタクシー・ハイヤー会社とは違って、ウーバーは
車両を1台も保有せず、ハイヤー会社のライセンス(免許)も取らない。 利用者のスマ
ートフォンにハイヤー予約のための専用アプリを配信し、お客からの要望があると提携し
たハイヤー会社の車両を差し向ける。いわば車と人のマッチング会社であり、使い勝手の
いいアプリと、マッチング業務を背後で支えるITシステムの開発こそウーバーの競争力
の源泉の一つだからだ。
最近同社のアジア事業の責任者であるアレン・ペン地域統括最高責任者が来日し、話をす
る機会があった。日本のタクシーは規制でがんじがらめだが、最近はさらに規制を強める
動きさえある。ウーバーも日本での事業展開はそれを踏まえざる得ないが、世界を見渡す
と、いろいろな市場がある。
ペン氏によるとウーバーのサービスが最も普及している都市の一つが米シカゴだ。ここで
は1000人を超えるウーバーとの契約ドライバーがいるが、「そのほとんどは個人でハイヤ
ーのライセンスを取り、我が社と契約した人だ」という。日本で個人タクシーの免許を取
ろうとすれば、法人タクシーの運転手の経験など厳しい条件が課されるが、シカゴではわ
ずか2週間でライセンスが取れるのだ。
そこでアルバイトしたい学生や暇な時間に稼ぎたいサラリーマンがライセンスを取って、
ウーバーと契約する。車両は自前で用意しないといけないが、リースを使えば、たいした
初期投資なしに契約運転手を始めることができる。こうした参入障壁の低さがウーバーの
一部都市での急成長に道を開いた。
■需給次第で料金変動
運転席の横にはタブレット端末を設置。車の位置情報を取得し、料金精算に生かす もう
一つはプライシングだ。日本のタクシー市場は公定料金。大阪市などで一部あった格安タ
クシーも規制強化の波のなかでなくなろうとしている。ところが、ウーバーは(日本では
違うが)需給次第でハイヤー料金が変動するダイナミック・プライシングを採用した。
「みんなが車で移動したい雨の日と、晴れた日では需要曲線が異なり、値段が変わるのは
当たり前。休日の前の日の夜も需要は多いが、その時間に働きたいというドライバーは少
ない。料金を高く設定し、ドライバーの取り分も増やすことで需給を一致させる」とペン
氏はいう。
英エコノミスト誌によると、このダイナミック・プライシングの結果、おおみそかなどの
超繁忙期はウーバーのハイヤーの最低料金が通常の7倍の175ドルまで跳ね上がることも
あるという。
「人の弱みにつけこんで、と文句は言う人はいませんか」と聞くと、ペン氏は「予約する
前に料金についてはお客さんに明示し、納得した人だけに乗ってもらっている」と説明。
そして「こうした変動的な料金設定のほうが合理的だということを社会に広く『教育(エ
デュケーション)』したい」とも口にした。日本の既存業界から出てきそうにない柔軟な
発想で、旧態依然のタクシー・ハイヤー市場に新風を吹き込んでもらいたい。
http://www.nikkei.com/article/DGXNASFK16047_W4A510C1000000/?df=2
================================================================================
恐るべきハイヤー配車 ウーバーの挑戦 編集委員 西條都夫
(2014/5/20 日本経済新聞電子版)
単純にタクシーの配車サービスをスマートフォンのアプリに乗せただけではないようです。
日本のタクシー業界にとって「黒船」とされるUber(ウーバー)の記事が日経の電子版に
ありましたので紹介します。
アメリカでは都市にもよりますが公共交通機関が発達しておらず、タクシーなどは参入障
壁を低くして充実させたい意向があるのかも知れません。
車の運転が好きで、空いた時間にアルバイトしたい人もいるかも知れません。公共交通機
関が少なく困っている人とのマッチングを叶えたところがUber(ウーバー)社の新しいと
ころでしょう。
需給次第でハイヤー料金が変動する「ダイナミック・プライシング」という発想は大胆で
す。
古い業界で改善の余地がないと思われても視点を変えれば新たな需要が生まれるという好
例だと思います。
自分の身の周りにも応用を効かせたいですね。
================================================================================
本拠を米シリコンバレーに構え、グーグルから2億5000万ドルの出資を受け、社員の多く
はソフトウエアエンジニア。事業開始からわずか4年たらずで東京を含む世界110都市に
拠点を開設した――こう聞くと、読者の多くはフェイスブックのような新手のインターネ
ットサービス会社を想像するだろうが、これは半分正解で半分間違いだ。この会社はウー
バーという名前のハイヤー配車会社である。
■車と人のマッチング会社
ではなぜ「半分正解」なのか。通常のタクシー・ハイヤー会社とは違って、ウーバーは
車両を1台も保有せず、ハイヤー会社のライセンス(免許)も取らない。 利用者のスマ
ートフォンにハイヤー予約のための専用アプリを配信し、お客からの要望があると提携し
たハイヤー会社の車両を差し向ける。いわば車と人のマッチング会社であり、使い勝手の
いいアプリと、マッチング業務を背後で支えるITシステムの開発こそウーバーの競争力
の源泉の一つだからだ。
最近同社のアジア事業の責任者であるアレン・ペン地域統括最高責任者が来日し、話をす
る機会があった。日本のタクシーは規制でがんじがらめだが、最近はさらに規制を強める
動きさえある。ウーバーも日本での事業展開はそれを踏まえざる得ないが、世界を見渡す
と、いろいろな市場がある。
ペン氏によるとウーバーのサービスが最も普及している都市の一つが米シカゴだ。ここで
は1000人を超えるウーバーとの契約ドライバーがいるが、「そのほとんどは個人でハイヤ
ーのライセンスを取り、我が社と契約した人だ」という。日本で個人タクシーの免許を取
ろうとすれば、法人タクシーの運転手の経験など厳しい条件が課されるが、シカゴではわ
ずか2週間でライセンスが取れるのだ。
そこでアルバイトしたい学生や暇な時間に稼ぎたいサラリーマンがライセンスを取って、
ウーバーと契約する。車両は自前で用意しないといけないが、リースを使えば、たいした
初期投資なしに契約運転手を始めることができる。こうした参入障壁の低さがウーバーの
一部都市での急成長に道を開いた。
■需給次第で料金変動
運転席の横にはタブレット端末を設置。車の位置情報を取得し、料金精算に生かす もう
一つはプライシングだ。日本のタクシー市場は公定料金。大阪市などで一部あった格安タ
クシーも規制強化の波のなかでなくなろうとしている。ところが、ウーバーは(日本では
違うが)需給次第でハイヤー料金が変動するダイナミック・プライシングを採用した。
「みんなが車で移動したい雨の日と、晴れた日では需要曲線が異なり、値段が変わるのは
当たり前。休日の前の日の夜も需要は多いが、その時間に働きたいというドライバーは少
ない。料金を高く設定し、ドライバーの取り分も増やすことで需給を一致させる」とペン
氏はいう。
英エコノミスト誌によると、このダイナミック・プライシングの結果、おおみそかなどの
超繁忙期はウーバーのハイヤーの最低料金が通常の7倍の175ドルまで跳ね上がることも
あるという。
「人の弱みにつけこんで、と文句は言う人はいませんか」と聞くと、ペン氏は「予約する
前に料金についてはお客さんに明示し、納得した人だけに乗ってもらっている」と説明。
そして「こうした変動的な料金設定のほうが合理的だということを社会に広く『教育(エ
デュケーション)』したい」とも口にした。日本の既存業界から出てきそうにない柔軟な
発想で、旧態依然のタクシー・ハイヤー市場に新風を吹き込んでもらいたい。
http://www.nikkei.com/article/DGXNASFK16047_W4A510C1000000/?df=2
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2014年5月21日水曜日
[積読立読斜読] 獅子文六『てんやわんや』(ちくま文庫、2014年)
[積読立読斜読] 獅子文六『てんやわんや』(ちくま文庫、2014年)
獅子文六の『てんやわんや』がちくま文庫入り。オリジナルは1948年から49年にか
けて毎日新聞に連載。49年単行本化。
ちくま文庫の編集者の好みなのか、著名な作品ですが今更、獅子文六とは。という興味で
読んでみました。
昭和20年12月から2年間、獅子文六は2番目の妻の実家がある宇和島市郊外に疎開し
ます。東京での食糧難と戦時中の軍部への協力から戦犯になるのを恐れたと言われます。
主人公は代議士の書生、29歳の犬丸順吉。代議士の縁で四国の素風家に寄宿することに
なります。
東京は敗戦で灰燼と化してしまいましたが、空襲にあっていない地方の田舎は食べ物も豊
富で多士済々、現在のように全国画一的でなく豊潤な地方文化が息づいていました。グル
メであった獅子文六は作中にも食べ物のトピックが多く、はからずも昭和20年代の宇和
島地区の風俗誌となって貴重な作品と思います。
敗戦間もなく執筆されたにもかかわらず、坂口安吾のような悲壮感がなく、あっけらかん
としたユーモアあふれ、地の文も現代的で、ちくま文庫の編集者が今更文庫化したのも、
まったく古びていない風俗小説であるからでしょう。
安倍内閣は集団的自衛権を画策し、軍事大国への道を模索しているかのようですが、作中
では敗戦後の日本を自給自足で安全で平和な国家こそ幸福への道と再三にわたって述べら
れているところが今日的です。
ちくま文庫表紙イラストは「おじさん図鑑」のなかむらるみ。解説は平松洋子さんです。
ちなにに昭和の人気漫才師の名前にもなった魅力的な小説タイトルの解説↓です。
デジタル大辞泉の解説
てんや‐わんや 【てんやわんや】
[名・形動]大勢の人が秩序なく動き回り、ごった返すこと。また、そのさま。「宴会の
準備で台所は―だ」手に手にの意の「てんでん」と、関西方言でむちゃくちゃの意の「わ
や」とが結合してできた語という。獅子文六の新聞小説「てんやわんや」で広く一般に使
われるようになったもの。
獅子文六のプロフィールは世界大百科事典↓より。
獅子文六 1893‐1969(明治26‐昭和44)
ししぶんろく
作家。横浜生れ。本名岩田豊雄。父は貿易商。1922年に渡仏し,パリ滞在中に J. コポー
らの近代演劇運動に触発されて演劇の道を志した。25年に妻マリーを伴って帰国し,新劇
興隆に尽くした。かたわら33年に獅子文六の名で《新青年》に随筆を書き出し,34年に同
誌に連載した長編小説《金色青春譜》の成功を契機として小説家となった。
世相の観察にもとづく鋭い風刺,変則的家庭環境にある少年少女への同情,良識に裏打ち
された正義感,演劇で鍛えた軽妙な会話,偶然の利用を含めて計算し抜かれた人物の織り
なす網目と事件の展開などが,彼のユーモアにみちた家庭小説の特徴をなす。戦前には
《悦ちゃん》(1936‐37),《胡椒息子》(1937‐38),《信子》(1938‐40)など,戦中には
《おばあさん》(1942‐44),本名で発表した《海軍》(1942)など,戦後には《てんやわん
や》(1948‐49),《自由学校》(1950),《大番》(1956‐58)などが新聞・雑誌に連載され
た。自伝小説《娘と私》(1953‐56),《父の乳》(1965‐67)も有名である。
村上 光彦
(C) 1998-2002 Hitachi Systems & Services, Ltd. All rights reserved.
獅子文六の『てんやわんや』がちくま文庫入り。オリジナルは1948年から49年にか
けて毎日新聞に連載。49年単行本化。
ちくま文庫の編集者の好みなのか、著名な作品ですが今更、獅子文六とは。という興味で
読んでみました。
昭和20年12月から2年間、獅子文六は2番目の妻の実家がある宇和島市郊外に疎開し
ます。東京での食糧難と戦時中の軍部への協力から戦犯になるのを恐れたと言われます。
主人公は代議士の書生、29歳の犬丸順吉。代議士の縁で四国の素風家に寄宿することに
なります。
東京は敗戦で灰燼と化してしまいましたが、空襲にあっていない地方の田舎は食べ物も豊
富で多士済々、現在のように全国画一的でなく豊潤な地方文化が息づいていました。グル
メであった獅子文六は作中にも食べ物のトピックが多く、はからずも昭和20年代の宇和
島地区の風俗誌となって貴重な作品と思います。
敗戦間もなく執筆されたにもかかわらず、坂口安吾のような悲壮感がなく、あっけらかん
としたユーモアあふれ、地の文も現代的で、ちくま文庫の編集者が今更文庫化したのも、
まったく古びていない風俗小説であるからでしょう。
安倍内閣は集団的自衛権を画策し、軍事大国への道を模索しているかのようですが、作中
では敗戦後の日本を自給自足で安全で平和な国家こそ幸福への道と再三にわたって述べら
れているところが今日的です。
ちくま文庫表紙イラストは「おじさん図鑑」のなかむらるみ。解説は平松洋子さんです。
ちなにに昭和の人気漫才師の名前にもなった魅力的な小説タイトルの解説↓です。
デジタル大辞泉の解説
てんや‐わんや 【てんやわんや】
[名・形動]大勢の人が秩序なく動き回り、ごった返すこと。また、そのさま。「宴会の
準備で台所は―だ」手に手にの意の「てんでん」と、関西方言でむちゃくちゃの意の「わ
や」とが結合してできた語という。獅子文六の新聞小説「てんやわんや」で広く一般に使
われるようになったもの。
獅子文六のプロフィールは世界大百科事典↓より。
獅子文六 1893‐1969(明治26‐昭和44)
ししぶんろく
作家。横浜生れ。本名岩田豊雄。父は貿易商。1922年に渡仏し,パリ滞在中に J. コポー
らの近代演劇運動に触発されて演劇の道を志した。25年に妻マリーを伴って帰国し,新劇
興隆に尽くした。かたわら33年に獅子文六の名で《新青年》に随筆を書き出し,34年に同
誌に連載した長編小説《金色青春譜》の成功を契機として小説家となった。
世相の観察にもとづく鋭い風刺,変則的家庭環境にある少年少女への同情,良識に裏打ち
された正義感,演劇で鍛えた軽妙な会話,偶然の利用を含めて計算し抜かれた人物の織り
なす網目と事件の展開などが,彼のユーモアにみちた家庭小説の特徴をなす。戦前には
《悦ちゃん》(1936‐37),《胡椒息子》(1937‐38),《信子》(1938‐40)など,戦中には
《おばあさん》(1942‐44),本名で発表した《海軍》(1942)など,戦後には《てんやわん
や》(1948‐49),《自由学校》(1950),《大番》(1956‐58)などが新聞・雑誌に連載され
た。自伝小説《娘と私》(1953‐56),《父の乳》(1965‐67)も有名である。
村上 光彦
(C) 1998-2002 Hitachi Systems & Services, Ltd. All rights reserved.
[惹句どんどん] 獅子文六
もう、こがいな世界情勢やったら、
小さく縮みよるのが、一番心配ないけんな。
大けな家ほど、風は強く当たりよらい。
小(ち)ンまい家に、水入らずで暮らして、
わが畑ででけるもの食いよらねば、
自由、安全、幸福ちゅうことは、望まれんかいね…
『てんやわんや』より
※集団的自衛権では「自由、安全、幸福」は望まれませんね。
2014年5月19日月曜日
[その他] 孫に贈る本棚
[その他] 孫に贈る本棚
長女が8月に出産予定で私たち夫婦にとって初孫となります。
早くもジジババぶりを発揮し、配偶者(@五木寛之)は実家の部屋の模様替えや、ベビー服などの準備をしております。当方は考えてみれば祖父の立場はあまりすることもないのですが、押し入れに保管してあった少年少女向けの文学全集を引っ張り出して、専用の本棚を作ってみました(天板部分がまだ未完成)。
全52巻、講談社の世界の名作図書館は、1966年からの刊行で、当方の父親が予約して職場に届けられていた本を一冊ずつ持ち帰っていたような記憶があります。不肖の息子で全巻は残念ながら読了しておりません。次世代に託したいということで、孫に期待します。ほぼ半世紀前の書籍ですが箱入りで保存状態もよくしっかりとした造本です。
講談社の「世界の名作図書館」は改訂版で10年ほど前に出た『少年少女世界文学全集』は敬愛する内田樹さんや亡くなられたロシア語通訳・エッセイスト、米原万理さんが愛読されたという由緒ある全集です。
テキストには不足ないので、孫にはしっかり読書してほしいと希望します。
<内田樹さんの場合>
読書家であった両親は私がマンガしか読まないことを懸念して、思い立って講談社版『少年少女世界文学全集』の50巻のシリーズの購入に踏み切った。私は(今からは想像することがむずかしいが)当時は従順な子どもであったので、「これから毎月一冊ずつ本が届くから、読むのだよ」と親に命じられると、素直にそれに従った。
http://blog.tatsuru.com/2010/07/04_1125.php
<米原万理さんの場合>
プラハ・ソビエト学校時代には『世界少年少女文学全集』を「最低20回」読み、帰国後はロシア語の小説を毎週4冊日ソ図書館から借り出し、さらに受験用に暗記させられる文学史に登場する日本文学を片っ端から読破したという。その読書によって得た語彙や表現が通訳でとても役立ったという。
http://www.tsuhon.jp/interview_yonehara.html
長女が8月に出産予定で私たち夫婦にとって初孫となります。
早くもジジババぶりを発揮し、配偶者(@五木寛之)は実家の部屋の模様替えや、ベビー服などの準備をしております。当方は考えてみれば祖父の立場はあまりすることもないのですが、押し入れに保管してあった少年少女向けの文学全集を引っ張り出して、専用の本棚を作ってみました(天板部分がまだ未完成)。
全52巻、講談社の世界の名作図書館は、1966年からの刊行で、当方の父親が予約して職場に届けられていた本を一冊ずつ持ち帰っていたような記憶があります。不肖の息子で全巻は残念ながら読了しておりません。次世代に託したいということで、孫に期待します。ほぼ半世紀前の書籍ですが箱入りで保存状態もよくしっかりとした造本です。
講談社の「世界の名作図書館」は改訂版で10年ほど前に出た『少年少女世界文学全集』は敬愛する内田樹さんや亡くなられたロシア語通訳・エッセイスト、米原万理さんが愛読されたという由緒ある全集です。
テキストには不足ないので、孫にはしっかり読書してほしいと希望します。
<内田樹さんの場合>
読書家であった両親は私がマンガしか読まないことを懸念して、思い立って講談社版『少年少女世界文学全集』の50巻のシリーズの購入に踏み切った。私は(今からは想像することがむずかしいが)当時は従順な子どもであったので、「これから毎月一冊ずつ本が届くから、読むのだよ」と親に命じられると、素直にそれに従った。
http://blog.tatsuru.com/2010/07/04_1125.php
<米原万理さんの場合>
プラハ・ソビエト学校時代には『世界少年少女文学全集』を「最低20回」読み、帰国後はロシア語の小説を毎週4冊日ソ図書館から借り出し、さらに受験用に暗記させられる文学史に登場する日本文学を片っ端から読破したという。その読書によって得た語彙や表現が通訳でとても役立ったという。
http://www.tsuhon.jp/interview_yonehara.html
2014年5月18日日曜日
[自分史のレッスン]1992年33歳
[自分史のレッスン]1992年33歳
仕事中の写真はあまり残っていなくて貴重な1枚。1992年10月。
アンデルセン(タカキベーカリー)グループで焼き立てパンのフランチャイズ「リトルマーメイド」運営部門に所属しておりました。
リトルマーメイド・ベルビーチ(岡山県児島市)の開店応援時の写真です(後列一番左)。
ニチイ系のサティを核テナントとしていた児島市のベルビーチは閉店し、現在はパチンコ屋さんになっております。
焼き立てパン店も往時の勢いがなく業界も曲がり角ですが当時は出店も多く元気でした。
1992(平成4)年
・国家公務員週休2日制に
・JR山手線、終日禁煙化
・100歳のきんさん・ぎんさんブーム
・CD-ROM等の電子出版普及
・流行語<ほめ殺し>
岩波ブックレット『年表 昭和・平成史』より
仕事中の写真はあまり残っていなくて貴重な1枚。1992年10月。
アンデルセン(タカキベーカリー)グループで焼き立てパンのフランチャイズ「リトルマーメイド」運営部門に所属しておりました。
リトルマーメイド・ベルビーチ(岡山県児島市)の開店応援時の写真です(後列一番左)。
ニチイ系のサティを核テナントとしていた児島市のベルビーチは閉店し、現在はパチンコ屋さんになっております。
焼き立てパン店も往時の勢いがなく業界も曲がり角ですが当時は出店も多く元気でした。
1992(平成4)年
・国家公務員週休2日制に
・JR山手線、終日禁煙化
・100歳のきんさん・ぎんさんブーム
・CD-ROM等の電子出版普及
・流行語<ほめ殺し>
岩波ブックレット『年表 昭和・平成史』より
[積読立読斜読] 『探訪 名ノンフィクション』(後藤正治著、中央公論社、2013年)
[積読立読斜読] 『探訪 名ノンフィクション』(後藤正治著、中央公論社、2013年)
雑誌『中央公論』で2012年1月から2013年5月まで連載をまとめたもの。
広島市東区図書館より借覧。
ノンフィクション・ライター後藤正治さんによる良質はノンフィクションの紹介。
世評の高い作品や埋もれた名品の紹介ではなく、後藤さん自身がインパクトを受けた作品の探訪記事になってます。(ノンフィクションの通史自体は柳田邦男の『人間の真実』(1997年)がある)。
未読の作品や、まったく知らなかった作品もあり、これからの読書ガイドとしても役立つかと。
(1)柳田邦男『空白の天気図』
(2)本田靖治『不当逮捕』
(3)澤地久枝『妻たちの二・二六事件』
(4)鎌田慧『逃げる民』(出稼ぎ労働者のドキュメント)
(5)ジョージ・オウエル『カタロニア賛歌』(スペイン内戦の記録)
(6)立石安則『覇者の誤算』
(7)沢木耕太郎『一瞬の夏』
(8)野村進『日本領サイパンの一万日』(第二次大戦までの30年にわたるサイパンんぼ日系人社会)
(9)田崎史郎『梶山静六 死に顔に笑みをたたえて』
(10)小関智弘『春は鉄までが匂った』(大田区の町工場のルポ)
(11)佐野眞一『カリスマ』
(12)デイビィッド・ハルバースタム『ベスト&ブライテスト』
(13)柳原和子『百万回の永訣』(ノンフィクション作家の闘病記)
(14)保坂正康『昭和陸軍の研究』
(15)最相葉月『星新一』
(16)大崎善生『聖(さとし)の青春』(享年二九、棋士、村山聖)
(17)川原理子『フランクル『夜と霧』への旅』(朝日新聞記者による思想をめぐるノンフィクション)
(18)立花隆『田中角栄研究 全記録』
(かっこ内は当方のメモです)。
ノンフィクション冬の時代と言われて久しいです。まず本や雑誌が売れない。ノンフィクションの取材には長い時間と費用がかかり、まとめても長文を掲載してくれる雑誌がないらしいです。ネットでは毎日ノンフィクションなみの事件が次々と起こり、「事実が小説より奇なり」現代ですが、深く人間を洞察するには、一度作家の眼を通して対象を再構築してくれるノンフィクションという手法は重要で、ぜひこれからも良質な作品が生み出されることを願います。
巻末に沢木耕太郎との対談を収録。養蜂家という同じ題材を小説家の吉村昭と沢木自身が扱ったエピソードは、ノンフィクションとフィクションの境界、小説家とノンフィクションライターの発想の違い、がわかって興味深いです。
吉村昭は一泊二日の取材で『蜜蜂乱舞』(1987年)を書き、沢木耕太郎は2年にわたる日本各地の取材を続けたが結局子供向けに30枚しか書けなかったといいます。沢木自身は「養蜂家の一家については、僕はついに長いものを書けませんでした。言ってみれば僕の取り組みは『単なる無駄』ということになるかもしれません。でもそれをしたからこそ、確かに見えたものもある。結局、そういう『無駄』を積み重ねつつ『何か』に迫っていこうとするのがノンフィクションなのではないか、とその時強く感じましたね。」
ちなみに後藤正治によると、優れたノンフィクションの要件として、「主人公が魅力あること」「背景に<時代>を物語るものが込められていること」「書かざるを得ない内的な必然があること」の3点を挙げています。
雑誌『中央公論』で2012年1月から2013年5月まで連載をまとめたもの。
広島市東区図書館より借覧。
ノンフィクション・ライター後藤正治さんによる良質はノンフィクションの紹介。
世評の高い作品や埋もれた名品の紹介ではなく、後藤さん自身がインパクトを受けた作品の探訪記事になってます。(ノンフィクションの通史自体は柳田邦男の『人間の真実』(1997年)がある)。
未読の作品や、まったく知らなかった作品もあり、これからの読書ガイドとしても役立つかと。
(1)柳田邦男『空白の天気図』
(2)本田靖治『不当逮捕』
(3)澤地久枝『妻たちの二・二六事件』
(4)鎌田慧『逃げる民』(出稼ぎ労働者のドキュメント)
(5)ジョージ・オウエル『カタロニア賛歌』(スペイン内戦の記録)
(6)立石安則『覇者の誤算』
(7)沢木耕太郎『一瞬の夏』
(8)野村進『日本領サイパンの一万日』(第二次大戦までの30年にわたるサイパンんぼ日系人社会)
(9)田崎史郎『梶山静六 死に顔に笑みをたたえて』
(10)小関智弘『春は鉄までが匂った』(大田区の町工場のルポ)
(11)佐野眞一『カリスマ』
(12)デイビィッド・ハルバースタム『ベスト&ブライテスト』
(13)柳原和子『百万回の永訣』(ノンフィクション作家の闘病記)
(14)保坂正康『昭和陸軍の研究』
(15)最相葉月『星新一』
(16)大崎善生『聖(さとし)の青春』(享年二九、棋士、村山聖)
(17)川原理子『フランクル『夜と霧』への旅』(朝日新聞記者による思想をめぐるノンフィクション)
(18)立花隆『田中角栄研究 全記録』
(かっこ内は当方のメモです)。
ノンフィクション冬の時代と言われて久しいです。まず本や雑誌が売れない。ノンフィクションの取材には長い時間と費用がかかり、まとめても長文を掲載してくれる雑誌がないらしいです。ネットでは毎日ノンフィクションなみの事件が次々と起こり、「事実が小説より奇なり」現代ですが、深く人間を洞察するには、一度作家の眼を通して対象を再構築してくれるノンフィクションという手法は重要で、ぜひこれからも良質な作品が生み出されることを願います。
巻末に沢木耕太郎との対談を収録。養蜂家という同じ題材を小説家の吉村昭と沢木自身が扱ったエピソードは、ノンフィクションとフィクションの境界、小説家とノンフィクションライターの発想の違い、がわかって興味深いです。
吉村昭は一泊二日の取材で『蜜蜂乱舞』(1987年)を書き、沢木耕太郎は2年にわたる日本各地の取材を続けたが結局子供向けに30枚しか書けなかったといいます。沢木自身は「養蜂家の一家については、僕はついに長いものを書けませんでした。言ってみれば僕の取り組みは『単なる無駄』ということになるかもしれません。でもそれをしたからこそ、確かに見えたものもある。結局、そういう『無駄』を積み重ねつつ『何か』に迫っていこうとするのがノンフィクションなのではないか、とその時強く感じましたね。」
ちなみに後藤正治によると、優れたノンフィクションの要件として、「主人公が魅力あること」「背景に<時代>を物語るものが込められていること」「書かざるを得ない内的な必然があること」の3点を挙げています。
[新聞記事] 見出しを読み解く "Paltow-Martin 'conscious uncoupling' has heads spinning"
2014年5月18日付け朝日新聞別冊Globe記事
「パルトロウとマーティンの”意識的なカップル解消”に話題沸騰」
もと記事は3月26日付けUSA TODAYから。
(もと記事そのものを参照できたのでブログの別項参照ください)。
「パルトロウとマーティンの”意識的なカップル解消”に話題沸騰」
もと記事は3月26日付けUSA TODAYから。
(もと記事そのものを参照できたのでブログの別項参照ください)。
[新聞記事] Paltrow-Martin 'conscious uncoupling' has heads spinning
朝日新聞の別冊”Globe”に連載されているRochell Koppさんの「見出しを読み解く」。
アメリカの新聞から話題の記事を紹介し、使われている象徴的な英語も合わせて解説してくれているので、毎回楽しみにしてます。せっかくですので、元の記事も読んでみました。
2014年5月18日付け朝日新聞”Globe”記事に引用されていた、3月26日付けUSA TODAYの記事から。
2010年の国連統計によると、アメリカの離婚率は日本の約2倍で、離婚は特にめずらしいことではないよですが、それでも本人や子供に心理的ダメージを残すので、単なる言葉の言いかえに過ぎないという意見もありますが、従来の”divoece”から”uncouple”に変化してきたようです。
最近離婚したオスカー女優とロックミュージシャン、Gwyneth Kate
Paltrow、Chris Martingが使った新しい「離婚」の言いかえ、”conscious uncoupling”が話題になってます。主流になるでしょうか?
続かけられるかどうかわかりませんが、英語の勉強もかねて。
ハイライトは私自身の不明の単語です。
Paltrow-Martin 'conscious uncoupling' has
heads spinning
The phrase "conscious uncoupling"
? referring to the split announced Tuesday by c after more than 10 years of marriage and two children ? has
academics and social scientists buzzing.
Gwyneth Kate Paltrow:1972年生まれアメリカ映画女優
Chris Martin:1977生まれイギリスのロックミュージシャン
Conscious uncoupling:離婚
Head spinning:話題沸騰
Buzz:(うわさが)飛ぶ、がやがや言う
The announcement from the Oscar-winning actress
and Grammy-winning singer came on a blog post titled "Conscious
Uncoupling" on her lifestyle website Goop. "We have been working hard
for well over a year, some of it together, some of it separated, to see what
might have been possible between us," the post reads, "and we have
come to the conclusion that while we love each other very much we will remain
separate."
Goop: Gwyneth Kate Paltrowのブランド
The phrase is also used by New Age
psychotherapist and author Katherine Woodward Thomas of Los Angeles. Thomas'
website early Wednesday offered a five-week online course in "Conscious
Uncoupling" that promises to "release the trauma of a breakup,
reclaim your power & reinvent your life" for $297. However, the site
later changed the program post to a "free online seminar." Although
an interview was scheduled with USA TODAY, Thomas could not be reached for
comment. The website features a testimonial from singer Alanis Morissette,
saying "Katherine's grounded and fierce tenderness has been an inspiring
force for me for years."
Reinbent:最初から作り直す
Psychiatrist Gail Saltz, an associate
professor at The New York Presbyterian Hospital Weill-Cornell School of
Medicine in New York City, says the terminology isn't mainstream yet but it may
help a couple cope with breaking up.
"It is a nicer way of saying, 'We're
getting a divorce,' because it sounds prettier," she says. "It does
provide further explanation for their particular situation ? which is 'we
worked on it and came to a mutual decision we're not staying together' and it's
in a shorter number of words, which is good for media. It's semantics but in a
nice little package."
Paltrow's blog post also noted their
commitment to privacy and concern about their children, daughter Apple, 9, and
son Moses, 7.
"We have always conducted our
relationship privately, and we hope that as we consciously uncouple and
coparent, we will be able to continue in the same manner," the post ends.
Terminology:術語
Cope:うまく対処する
Prettier>pretty
Semantics:意味論
Scott Stanley, co-director of the Center
for Marital and Family Studies at the University of Denver, says he's not
familiar with the particulars of "conscious uncoupling" but the
phrase is consistent with efforts around the country to overhaul the divorce
process ? "that if you're divorcing, to do it more effectively with regard
to protecting the children and creating the least amount of psychological
damage."
"The goal is to help them be more
effective co-parents," he says. "It is a pretty broad-based movement
to help people be better parents together and not do a lot of damage when their
marriage is ending."
Saltz says her biggest concern is that the
catchy phrase is not a model for all.
" 'Uncoupling' sounds much cleaner
than divorce," she says. "If people like that celebrity and buy into
something that really might be pabulum ? as in an online course that ... will
take your chaotic, traumatic, dysfunctional situation and at the end of five
weeks, it look like 'conscious uncoupling' ? I'm sure their business is going
to go through the roof. It really concerns me. People who are in trouble should
get real help and real help does not take five weeks."
Pabulum:精神的な糧、陳腐な考え(?)
Dysfunctional:機能障害の
Go through the roof:青天井で急増する
Sharon Jayson, USA TODAY 5:05 p.m. EDT
March 26, 2014
http://www.usatoday.com/story/life/people/2014/03/26/paltrow-gyneth-chris-martin-split-relationship/6906419/
2014年5月16日金曜日
[惹句どんどん] ジャック・ロンドン
[惹句どんどん]は名言集。基本的に一次資料からの引用です(名言集などから採らない)。
したがってあまり数は増えません。今回は特別編でWEBの名言集から引用。
「惹句どんどん」はアメリカの小説家、ジャック・ロンドンとかけてますが。。。
Life is not a matter of holding good cards, but sometimes, playing a poor hand well.
Jack London
(試訳では、悪い手持ちカードのほうが人生がうまくいくときもある。。。でしょうか?)。
↓平凡社の世界大百科事典より。ついでに村上春樹からロンドンに関しての比喩の引用。
ロンドン 1876‐1916
Jack London
アメリカの小説家。サンフランシスコで,占星術師の私生児として生まれたとされる。青少年時代を無頼と放浪のうちに過ごし,カリフォルニア大学に1学期在籍,その前後にスペンサー,ダーウィン,マルクス,ニーチェ等を愛読,特に社会主義の影響を受けた。その後アラスカのゴールドラッシュに加わり,その経験を素材にした9編の短編小説は《狼の子》(1900)にまとめられ,好評を博した。ロンドンのスラム街の調査,日露戦争等の特派員活動にも従事。アラスカの大自然の中で野性に目覚めていく犬を主人公にした《荒野の叫び声》(1903。初訳は堺利彦による),それと逆の過程を扱う《白い牙》(1906),ニーチェ流超人思想を反映した《海狼》(1904),資本主義の未来を描く《鉄の踵》(1907),半自伝的な《マーティン・イーデン》(1909)等,人気作家として,数多くのロマンティックで自然主義的な作品を書いたが,自己の本性と信条の損藤に悩み,自殺した。 池田 孝一
(C) 1998-2002 Hitachi Systems & Services, Ltd. All rights reserved.
樫の木のてっぺんのほらで胡桃を枕にうとうとと春をまっているリスみたい
札幌までの列車の中で、僕は三十分ほど眠り、函館の駅近くの書店で買ったジャック・ロンドンの伝記を読んだ。ジャック・ロンドンの波瀾万丈の生涯に比べれば、僕の人生なんて樫の木のてっぺんのほらで胡桃を枕にうとうとと春をまっているリスみたいに平穏そのものに見えた。少なくとも一時的にはそういう気がした。伝記というものはそういうものなのだ。いったい何処の誰が平和にこともなく生きて死んでいった川崎市立図書館員の伝記を読むだろう? 要するに我々は代償行為を求めているのだ。
『ダンス・ダンス・ダンス』 村上春樹
したがってあまり数は増えません。今回は特別編でWEBの名言集から引用。
「惹句どんどん」はアメリカの小説家、ジャック・ロンドンとかけてますが。。。
Life is not a matter of holding good cards, but sometimes, playing a poor hand well.
Jack London
(試訳では、悪い手持ちカードのほうが人生がうまくいくときもある。。。でしょうか?)。
↓平凡社の世界大百科事典より。ついでに村上春樹からロンドンに関しての比喩の引用。
ロンドン 1876‐1916
Jack London
アメリカの小説家。サンフランシスコで,占星術師の私生児として生まれたとされる。青少年時代を無頼と放浪のうちに過ごし,カリフォルニア大学に1学期在籍,その前後にスペンサー,ダーウィン,マルクス,ニーチェ等を愛読,特に社会主義の影響を受けた。その後アラスカのゴールドラッシュに加わり,その経験を素材にした9編の短編小説は《狼の子》(1900)にまとめられ,好評を博した。ロンドンのスラム街の調査,日露戦争等の特派員活動にも従事。アラスカの大自然の中で野性に目覚めていく犬を主人公にした《荒野の叫び声》(1903。初訳は堺利彦による),それと逆の過程を扱う《白い牙》(1906),ニーチェ流超人思想を反映した《海狼》(1904),資本主義の未来を描く《鉄の踵》(1907),半自伝的な《マーティン・イーデン》(1909)等,人気作家として,数多くのロマンティックで自然主義的な作品を書いたが,自己の本性と信条の損藤に悩み,自殺した。 池田 孝一
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樫の木のてっぺんのほらで胡桃を枕にうとうとと春をまっているリスみたい
札幌までの列車の中で、僕は三十分ほど眠り、函館の駅近くの書店で買ったジャック・ロンドンの伝記を読んだ。ジャック・ロンドンの波瀾万丈の生涯に比べれば、僕の人生なんて樫の木のてっぺんのほらで胡桃を枕にうとうとと春をまっているリスみたいに平穏そのものに見えた。少なくとも一時的にはそういう気がした。伝記というものはそういうものなのだ。いったい何処の誰が平和にこともなく生きて死んでいった川崎市立図書館員の伝記を読むだろう? 要するに我々は代償行為を求めているのだ。
『ダンス・ダンス・ダンス』 村上春樹
[その他] 本日も炊事当番
本日も炊事当番。
現在の仕事では配偶者(@五木寛之)よりも帰宅が早いので、自然に炊事当番をしてます。
昨年は栗原はるみさんの料理本からメニューを決めてましたが、いつも同じでは芸がないので、今年は土井善晴さんの料理本に変えてみました。メニューには土井さんの誠実さが表れているようで好感が持てます。
写真は『名もないおかずの手帖』(講談社)より「さつま芋と青ねぎの煮物」と「セロリのきんぴら」です。
前書きから。
「名もないおかず」とは、身近な材料で作る毎日のおかずのことです。
青菜を1わ買ってきたら、さぁ、どうやっておいしく食べようか、ということ。
料理名でなく、素材ありきです。
となかなか志が高潔であります。
料理の結果は、素人写真なのであまりおいしそうに見えませんが、結構美味でしたよ。
(特にセロリのきんぴらは、お勧め)。
<日々是不穏 like a rolling stone>(2014年5月15日(木曜日))コンビニ「セブン」40歳
コンビニ「セブン」40歳
2014年5月15日朝日新聞記事
セブンイレブンが1号店を出してから40年だそうです。
(1号店は1974年に東京都江東区に出店)。
1980年代後半バブル景気の頃は、山手線内周の土地価格がアメリカ全土を上回ったこともある日本経済の、結局の到達点がコンビニエンス・ストアだったとしたら、半分残念なことですが、まずはおめでとうございます。
コンビニを支えている他の産業(コンピュータ、物流、ベンダー(弁当工場など))への考察もほしかったです。
これからも他業種のサービスを吸収して成長していくことでしょう。地方自治体などでは自治体がコンビニ経営という例もありますが、逆にコンビニが自治体を経営する時代がくるかも知れません。
2014年5月13日火曜日
2014年5月12日月曜日
[その他] 雑誌『スペクテイター』が"Whole Earth Catalog"の特集
一般の書店では取り扱っていませんが、サブカルチャー系の雑誌『スペクテイター』がアメリカの伝説のカタログ雑誌
"Whole Earth Catalog"の特集。
亡くなったアップルのスティーブ・ジョブズがスタンフォード大学卒業式のスピーチで引用した「Stay Hungry, Stay Foolish」という有名なフレーズで再度注目を集めた雑誌です。
1
968年の創刊で、基本的に当時のアメリカ西海岸のヒッピー向けのカタログ(本、雑誌、道具の紹介)ですが、今日の持続可能性社会をすでに予言し、緑色運動、DIY、自己教育、ネットワーク型コミュニケーションなどを提唱。今なお新鮮な雑誌です。日本では本格的な紹介がなかっただけに貴重な特集となっていました。
私自身は一世代上の全共闘世代が果たせなかったカウンターカルチャーの実践こそ、我々の三無主義と言われた世代の落とし前と個人的に考えています。
"Whole Earth Catalog"はその格好の教科書です。
2号続けての精力的な特集だそうですので、次号も期待します。
==================================================================================
スペクテイター29号・2013年12月25日発売
特集「SEEK & FIND Whole Earth Catalog」
■ 巻頭対談 ホール・アース・カタログ伝説をめぐって
■ 証言スクラップ 「幻のカタログ」は、どう語られてきたのか?
■ ホール・アース・カタログのできるまで
文/赤田祐一
挿画/大谷秋人
■ ホール・アース・カタログ概論
文/ばるぼら (ネットワーカー)
■ 70 年代、日本の若者雑誌に、なにが起こっていたのか?
文/橘川幸夫 ( デジタルメディア研究所所長)
■ ヒッピーたちは、なぜパソコンに魅せられたのか?
文/仲俣暁生 (文芸評論家)
■ バックミンスター・フラーの影響力
柏木 博(デザイン評論家)インタビュー
文/編集部
■ ベジタリアニズムと『ホール・アース・カタログ』
文/鶴田 静(菜食文化研究家)
■ 『ホール・アース・カタログ』と「自分を育てる教育」
文/末永蒼生(講座「色彩学校」主宰)
■ 『ホール・アース・カタログ』の成果、および全球時代の幕開け
文/津村喬(気功家)
スペクテイター 29号
発売/2013年12月25日
定価/952円+税
発行/有限会社エディトリアル・デパートメント
〒380-0921 長野県長野市栗田606-3
TEL:026-267-5522 FAX:026-267-5523
opinion@spectatorweb.com
www.spectatorweb.com
ISBN 978-4-344-95188-4
BBBN 4-344-95188-3
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亡くなったアップルのスティーブ・ジョブズがスタンフォード大学卒業式のスピーチで引用した「Stay Hungry, Stay Foolish」という有名なフレーズで再度注目を集めた雑誌です。
1
968年の創刊で、基本的に当時のアメリカ西海岸のヒッピー向けのカタログ(本、雑誌、道具の紹介)ですが、今日の持続可能性社会をすでに予言し、緑色運動、DIY、自己教育、ネットワーク型コミュニケーションなどを提唱。今なお新鮮な雑誌です。日本では本格的な紹介がなかっただけに貴重な特集となっていました。
私自身は一世代上の全共闘世代が果たせなかったカウンターカルチャーの実践こそ、我々の三無主義と言われた世代の落とし前と個人的に考えています。
"Whole Earth Catalog"はその格好の教科書です。
2号続けての精力的な特集だそうですので、次号も期待します。
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スペクテイター29号・2013年12月25日発売
特集「SEEK & FIND Whole Earth Catalog」
■ 巻頭対談 ホール・アース・カタログ伝説をめぐって
■ 証言スクラップ 「幻のカタログ」は、どう語られてきたのか?
■ ホール・アース・カタログのできるまで
文/赤田祐一
挿画/大谷秋人
■ ホール・アース・カタログ概論
文/ばるぼら (ネットワーカー)
■ 70 年代、日本の若者雑誌に、なにが起こっていたのか?
文/橘川幸夫 ( デジタルメディア研究所所長)
■ ヒッピーたちは、なぜパソコンに魅せられたのか?
文/仲俣暁生 (文芸評論家)
■ バックミンスター・フラーの影響力
柏木 博(デザイン評論家)インタビュー
文/編集部
■ ベジタリアニズムと『ホール・アース・カタログ』
文/鶴田 静(菜食文化研究家)
■ 『ホール・アース・カタログ』と「自分を育てる教育」
文/末永蒼生(講座「色彩学校」主宰)
■ 『ホール・アース・カタログ』の成果、および全球時代の幕開け
文/津村喬(気功家)
スペクテイター 29号
発売/2013年12月25日
定価/952円+税
発行/有限会社エディトリアル・デパートメント
〒380-0921 長野県長野市栗田606-3
TEL:026-267-5522 FAX:026-267-5523
opinion@spectatorweb.com
www.spectatorweb.com
ISBN 978-4-344-95188-4
BBBN 4-344-95188-3
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2014年5月11日日曜日
<日々是不穏 like a rolling stone >(2014年5月10日(土曜日)) 日本の公的年金問題
<日々是不穏 like a rolling stone >(2014年5月10日(土曜日))
<日々是不穏 like a rolling stone>は日付のある新聞私的評論もどきです。
ただ単に新聞を読んでいても日々流されていくばかりのような気がして、あまり心温まる記事はありませんし「不穏」な毎日ですが、その時々で自分が何を考えていたかを記録しておくのも無駄ではないかと。
連載物の社説というのは珍しいかも知れません。
4月21日、30日、5月10日、と3回にわたって朝日新聞の社説が年金問題を論説。
総論として、「年金は高齢者を社会全体で扶養する「国民仕送りクラブ」のようなものだ。支える側の現役世代の暮らしぶりと、年金という仕送りでの生活とのバランスが崩れれば長続きしない。」として、
政府がこの年金問題になかなか手をつけられないのは、既得権者である年金受給者=最大票田の機嫌を損ねたくないというのが本当のところでしょう。
論説の結論は年金のマクロスライドを実施すること、オプション2として、勤め人が入る厚生年金に正社員以外の加入を認めること。と、実に当たり前の結論で拍子抜けしました。
公的年金に国が介在する限り、負担者と受益者間の問題のトレードオフで抜本的な解決はなかなか難しいかもしれません。
世界を見渡すと公的年金制度のない国の方が多いわけで、その国の解決法は「貧乏人の子だくさん」です。家族が年老いた家族の面倒を見るということで成り立っています。
いっそのこと日本も年金を自助努力とすれば、少子高齢化や核家族や孤独死や生産年齢人口の減少とかの諸問題は一挙に解決します。というのは暴論ですが、中間共同体の再構築というのも解決方法の選択肢でしょうか。
↓以下、長くなりますが、朝日新聞デジタルから引用します。
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(社説)年金の未来:上 「100年安心」を脱して
(2014年4月21日付け朝日新聞)
今年は、公的年金に対する健康診断の年だ。
5年に1度、新たな人口推計が出るのにあわせ、政府が100年を対象に年金の先行きをシミュレーションする。「財政検証」と呼ぶ。
年金について、国民の不信感は根強い。真っ当な批判もあれば、誤解も少なくない。
年金のどこに問題があり、どんな処方箋(せん)があるのか。財政検証を前に、皆さんと一緒に考えたい。
■現役の負担に上限
「100年安心」。10年ほど前、公的年金制度の大きな改革が議論された際、政治の場に登場した言葉だ。
03年の総選挙で、当時、厚生労働相を出していた公明党が使い始めた。政府としては公式に一度も使っていない。
この言葉は、現行制度の本質的な理解を妨げ、「年金は破綻(はたん)する」と主張する立場からは格好の批判の対象ともなった。二重の意味で年金への信頼を損ねてきたといえる。
確かに04年の年金改革は、それまでの制度から考え方を大きく変えるものだった。
日本の公的年金は現役世代から集めた保険料を、その時点での高齢者に給付することを基本とする。以前は一定水準の年金を確保するため、保険料を引き上げていた。
だが、そのままだと厚生年金の保険料率は26%近くまで上がる。そこで発想を転換し、現役世代の負担に上限を設けることにした。「お金の入り」に枠をはめ、その範囲内でやり繰りをするという考え方だ。
04年改革によって、保険料は毎年、自動的に少しずつ引き上げられ、17年度以降は勤め人が入る厚生年金では18・3%(労使折半)、パートや自営業の国民年金では1万6900円で固定される。
これに国が税金を加え、積立金とその運用収入も使って、おおむね100年間、収支を均衡させる。
■デフレで発動せず
さらに、急速な少子高齢化でお金の入りと出のバランスが崩れないよう、「マクロ経済スライド」という仕組みを設けた。
人口の減少や平均余命の伸びにあわせて、年金を自動的に抑える。要は、「稼ぎ手が大変だったら高齢者も我慢する」という、家族なら当然のルールを働かせるわけだ。
なるほど、これなら「100年安心」と胸を張りたくなったのもわかる。
問題は、このマクロ経済スライドがほとんど知られず、実際に機能していないことだ。
認知度の低さは無理もない。04年当時は閣僚の未納問題や旧社会保険庁の不祥事が噴出し、メディアでも制度の中身は十分には取り上げられなかった。
国会では、「これこそ法案の背骨だ。総理は理解しているのか」とただした民主党の山本孝史・参院議員(故人)に対し、小泉首相が「専門家に聞いてください」としか答えられなかった場面さえあった。
発動されなかったのは、賃金や物価のデフレ下では適用しないと決めていたからだ。
年金には別途、物価スライドがあり、過去はインフレにあわせて給付額を上げてきた。ところが、物価の下落に直面し、政治は受給者の反発を恐れ、年金額を引き下げられなかった。
この据え置かれた2・5%分は、昨秋から段階的に下げ始めているが、マクロ経済スライドは適用されていない。
その結果、収支のバランスが崩れ、いまの年金の水準は高止まりし、将来世代の年金を下げる構図になっている。
■就業者減へ歯止めを
04年改革の時点では、長期間のデフレは想定していなかったかもしれない。
しかし、問題点は09年の財政検証で明らかになっていた。修正を急ぐ必要がある。個人が退職後を見据えたライフプランを立てていても、仕事や家族に変化があれば見直すのと同じだ。
むろん年金額を減らす見直しに反発は強いだろう。消費増税で基礎年金の財政基盤は強化されたが、年金制度への信頼度が高まったわけでもない。
年金不信の元を絶ち、安心できる年金水準を支えうる社会をどうつくっていくか。きちんと議論を進める必要がある。
どのくらい年金が受け取れるかは、その時々の経済力に左右される。
手を打たないと、働く人の数は30年までに820万人以上減るという推計もある。女性や高齢者を含め多くの人が働ける環境をつくり、就業者の減り方を抑えないと、年金に安心を求めることなど不可能だ。
こうした覚悟を私たちが持つのに、「100年安心」というスローガンは不要である。
当時の与党は、政権交代を経て与党に返り咲いた。誤解をただすなら今だ。
(社説)年金の未来:中 「生活習慣病」から脱する
(2014年4月30日付け朝日新聞)
年金を受け取っている方々は「とんでもない」と思うかもしれない。だが、いまの年金の水準は本来の姿よりも高くなっている。
前回(21日付)の社説で紹介した通り、少子高齢化にあわせて年金水準を抑える仕組み(マクロ経済スライド)は、賃金や物価の下落時には適用しない決まりだからだ。その分、将来世代の年金を下げざるをえない圧力がかかっている。
人の体にたとえれば、生活習慣病の状態である。手をこまねいていれば、いずれ致命傷になりかねない。
■将来世代に影響
年金制度は5年に1度、「財政検証」という健康診断を受ける。年金水準はその重要なチェック項目で、「所得代替率」で診る。受け取る年金が現役世代の手取り収入に対し、どのくらいの割合かという数値だ。
今の制度は、サラリーマンと専業主婦の世帯が年金を受け取り始める時点で「所得代替率50%」を下限としている。何かと物入りな現役世代の半分くらいの収入で生活してもらうというイメージだ。
日本では老後の平均所得の7割弱は公的年金で、年金しか収入のない人も6割いる。老後の生活を支える水準を確保しないと、社会が成り立たない。
それを、代替率50%に設定したわけだ。このラインを下回ると、年金を増やす検討に入ることがルール化されている。
一方、代替率が高すぎるのもまずい。今の年金受給者には良くても、年金のお金の入りと出を調整する積立金を多く取り崩したりしなければならず、将来世代が受け取る年金が減ってしまうからだ。
■国民に「痛み」迫れず
04年の年金改革の時点で、代替率は59・3%。これを5年で57・5%に引き下げる予定だった。ところが、09年の健康診断では逆に62・3%へと上がってしまった。
一番の原因は、前述したように、現役世代の収入が下がったのに、それに見合って年金を下げられなかったことにある。
年金は高齢者を社会全体で扶養する「国民仕送りクラブ」のようなものだ。支える側の現役世代の暮らしぶりと、年金という仕送りでの生活とのバランスが崩れれば長続きしない。
国はこの問題の是正に手を付けないできた。
いずれデフレが解消され、マクロ経済スライドも機能し始めるという立場だったが、内実は「将来世代のために今の年金を削る」というつらい措置について、国民を説得する気構えも体力もなかったといえる。
体力を奪ったのは、04年以降に相次いだ旧社会保険庁の不祥事だ。年金記録ののぞき見や「宙に浮いた年金」など、ずさんな運営が露呈するなか、厳しい見通しを示して痛みを迫れば不信感を増幅する。そう恐れたのかもしれない。
「抜本改革」を求める声が強まった背景には、こうした年金不信の高まりがある。その流れを振り返ってみよう。
厚生労働省は09年5月、野党だった民主党の求めに応じ、賃金や物価などの経済前提を「過去10年の平均」にした場合、年金の先行きはどうなるかという試算を公表する。
結果は衝撃的だった。マクロ経済スライドが機能しないために、所得代替率が72%まで上がり、2031年に積立金が枯渇するというものだった。
もっとも、試算の前提となった「過去10年」は、長期の景気拡大時を含んでいたとはいえ、平均すれば実質経済成長率も賃金・物価もマイナスだった時期だ。これがずっと続けば、年金どころか日本の経済や社会自体が立ちゆかない。
■政権交代からの教訓
民主党は「破綻(はたん)しかけている年金を抜本改革する」と主張。最低保障年金の創設を掲げ、国民全員に月7万円以上の年金を約束して政権の座についた。大胆な外科手術の提案である。
しかし、与党としての3年3カ月、民主党案は実現の兆しすら見えなかった。制度変更に伴う国民の負担が重くなりすぎるからだ。結局は自民、公明の両党と話し合い、漸進的な修正に立ち戻るしかなかった。
生活習慣病には、食事制限と運動を地道に積み重ねるしかない。経済全体の体力を回復させつつ、将来世代も考えて妥当な給付水準を設定する。それが年金をめぐって、政権交代から得た貴重な教訓だろう。
安倍政権のもと賃金や物価は上昇基調に転じ、マクロ経済スライドの発動開始も視野に入ってきている。
ただ、長期にわたり年金額を抑制していく措置には相当な反発があるはずだ。将来世代への責任を果たすため、政治には強い覚悟が求められる。
◆
来月上旬の最終回では、公的年金の足腰を強くする具体策について検討する。
(社説)年金の未来:下 漠たる不安からの脱却
(2014年5月10日付け朝日新聞)
年金制度への不信は根強い。ただ、多くの場合、「少子高齢化だからもらえなくなる」といった漠然とした理由によるものではなかろうか。
働けなくなった高齢者を支える制度は、いつの時代でも不可欠だ。不信や不安の「形」を見定め、それに合った解決策を見つける必要がある。
何をすれば、どのくらい年金の足腰を強くできるのか。シリーズ最終回では、あと1カ月ほどで結果が発表される「財政検証」の枠組みを踏まえ、検討してみたい。
■選択肢で考える
年金の財政検証は5年に1度だが、今回は新しいやり方を試みている。
前回は、現行制度がそのまま存続する前提だった。今回は、いくつかの制度改革(オプション)を実施した場合、将来の年金水準にどのような影響を及ぼすかを計算する。
オプション1では、少子高齢化に対応して、賃金や物価の上昇率より年金の引き上げ幅を圧縮する仕組み(マクロ経済スライド)を、賃金や物価が下がっている時でも適用する。
結果的に、賃金や物価の下落幅より年金の減少幅は大きくなる。物価や賃金が少し上昇する程度なら、年金額は逆に減る事態も起こりうる。受給者は怒るに違いない。
しかし、マクロ経済スライドをフルに適用しないと、今の年金水準が高止まりして、将来世代の年金が減る。
シリーズの(上)(4月21日付)や(中)(30日付)で主張したとおり、経済変動に耐えうる年金にするためにフル適用は避けて通れない道だ。今の高齢者の反発に正面から向き合い、将来世代を守る覚悟が問われる。
■裾野を広げていく
年金をめぐる大きな不安は「少子高齢化に加え、年金にメリットがないと考える若い人が保険料を払わず、よけい先細りになる」という点にあろう。
現在、未納者は約300万人で、公的年金全体からみれば5%程度だ。保険料を払わないと将来、年金も受け取れないので年金財政上は「ほぼ中立」だ。
ただし、収入が不安定な非正社員の増加を背景に未納が増え続ければ、いずれ生活保護費の膨張につながり、国の財政全体を圧迫する。
この課題に対応するのがオプション2だ。勤め人が入る厚生年金にパートやアルバイトをもっと加入させる。保険料は給料天引きになるため、基本的に未納は防げる。将来受け取る年金額も増える。
問題は、パート従業員に依存する企業側が労使折半で保険料を負担することに強く反発することだ。パート労働者自身も、当座の負担が増えるので反対しがちだ。
しかし、年金が国民全体の仕送りシステムである以上、オプション2を実行して、裾野を広げていく必要がある。
■社会の体質改善を
あらゆる年金制度の変更は煎じ詰めれば、「誰がどれだけ負担するのか」「誰の年金が減るのか」というリアルな「痛み」に帰着する。
これまで民主党の「最低保障年金の創設」や「年金の税方式化」など、数多くの案が「抜本改革」として提唱されてきた。
それらが尻すぼみになったのは、いざ改革の影響が誰にどんな形で及ぶのかを試算すると、消費税の大幅引き上げや中堅層の年金引き下げといった痛みが明らかになったからだ。
今回のオプションも現行制度の延長線上にあるとはいえ、大きな改革であり痛みを伴うことにかわりはない。それを乗り越えないことには、どんな年金制度もうまく機能しない。
大切なことは、年金改革を負担増や給付減という「憂鬱(ゆううつ)な問題」としてのみとらえるのでなく、前向きな課題に変換していく回路もつくっていくことではないだろうか。
年金は「カネを集めて配る」という単純な仕組みだ。年金改革の痛みは、そもそも少子化に手を打てず、働く人の数が減ってしまう「体質の悪化」に源がある。
であれば、より多くの人がより長く、元気に働ける社会をつくることが重要だ。
30年前と比べて、男女とも平均寿命は5年前後伸びている。65歳まで働ける社会の実現にもめどがたってきた。その期間分ぐらいは働いて保険料を払うとしたら年金はどうなるか。今回の検証では、そんなオプションも用意される。
加えて、労働者一人あたりの生産性を上げるために、教育・研修を充実させる。こうした働き手の暮らしを良くする「社会の体質改善」ができれば、年金の目減りが抑えられ、高齢者の痛みは少なくてすむ。
現実を直視した年金の改革と同時に、「こんな社会をつくろう」という議論にもバランスよくエネルギーを向けていくのが建設的だろう。
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<日々是不穏 like a rolling stone>は日付のある新聞私的評論もどきです。
ただ単に新聞を読んでいても日々流されていくばかりのような気がして、あまり心温まる記事はありませんし「不穏」な毎日ですが、その時々で自分が何を考えていたかを記録しておくのも無駄ではないかと。
連載物の社説というのは珍しいかも知れません。
4月21日、30日、5月10日、と3回にわたって朝日新聞の社説が年金問題を論説。
総論として、「年金は高齢者を社会全体で扶養する「国民仕送りクラブ」のようなものだ。支える側の現役世代の暮らしぶりと、年金という仕送りでの生活とのバランスが崩れれば長続きしない。」として、
政府がこの年金問題になかなか手をつけられないのは、既得権者である年金受給者=最大票田の機嫌を損ねたくないというのが本当のところでしょう。
論説の結論は年金のマクロスライドを実施すること、オプション2として、勤め人が入る厚生年金に正社員以外の加入を認めること。と、実に当たり前の結論で拍子抜けしました。
公的年金に国が介在する限り、負担者と受益者間の問題のトレードオフで抜本的な解決はなかなか難しいかもしれません。
世界を見渡すと公的年金制度のない国の方が多いわけで、その国の解決法は「貧乏人の子だくさん」です。家族が年老いた家族の面倒を見るということで成り立っています。
いっそのこと日本も年金を自助努力とすれば、少子高齢化や核家族や孤独死や生産年齢人口の減少とかの諸問題は一挙に解決します。というのは暴論ですが、中間共同体の再構築というのも解決方法の選択肢でしょうか。
↓以下、長くなりますが、朝日新聞デジタルから引用します。
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(社説)年金の未来:上 「100年安心」を脱して
(2014年4月21日付け朝日新聞)
今年は、公的年金に対する健康診断の年だ。
5年に1度、新たな人口推計が出るのにあわせ、政府が100年を対象に年金の先行きをシミュレーションする。「財政検証」と呼ぶ。
年金について、国民の不信感は根強い。真っ当な批判もあれば、誤解も少なくない。
年金のどこに問題があり、どんな処方箋(せん)があるのか。財政検証を前に、皆さんと一緒に考えたい。
■現役の負担に上限
「100年安心」。10年ほど前、公的年金制度の大きな改革が議論された際、政治の場に登場した言葉だ。
03年の総選挙で、当時、厚生労働相を出していた公明党が使い始めた。政府としては公式に一度も使っていない。
この言葉は、現行制度の本質的な理解を妨げ、「年金は破綻(はたん)する」と主張する立場からは格好の批判の対象ともなった。二重の意味で年金への信頼を損ねてきたといえる。
確かに04年の年金改革は、それまでの制度から考え方を大きく変えるものだった。
日本の公的年金は現役世代から集めた保険料を、その時点での高齢者に給付することを基本とする。以前は一定水準の年金を確保するため、保険料を引き上げていた。
だが、そのままだと厚生年金の保険料率は26%近くまで上がる。そこで発想を転換し、現役世代の負担に上限を設けることにした。「お金の入り」に枠をはめ、その範囲内でやり繰りをするという考え方だ。
04年改革によって、保険料は毎年、自動的に少しずつ引き上げられ、17年度以降は勤め人が入る厚生年金では18・3%(労使折半)、パートや自営業の国民年金では1万6900円で固定される。
これに国が税金を加え、積立金とその運用収入も使って、おおむね100年間、収支を均衡させる。
■デフレで発動せず
さらに、急速な少子高齢化でお金の入りと出のバランスが崩れないよう、「マクロ経済スライド」という仕組みを設けた。
人口の減少や平均余命の伸びにあわせて、年金を自動的に抑える。要は、「稼ぎ手が大変だったら高齢者も我慢する」という、家族なら当然のルールを働かせるわけだ。
なるほど、これなら「100年安心」と胸を張りたくなったのもわかる。
問題は、このマクロ経済スライドがほとんど知られず、実際に機能していないことだ。
認知度の低さは無理もない。04年当時は閣僚の未納問題や旧社会保険庁の不祥事が噴出し、メディアでも制度の中身は十分には取り上げられなかった。
国会では、「これこそ法案の背骨だ。総理は理解しているのか」とただした民主党の山本孝史・参院議員(故人)に対し、小泉首相が「専門家に聞いてください」としか答えられなかった場面さえあった。
発動されなかったのは、賃金や物価のデフレ下では適用しないと決めていたからだ。
年金には別途、物価スライドがあり、過去はインフレにあわせて給付額を上げてきた。ところが、物価の下落に直面し、政治は受給者の反発を恐れ、年金額を引き下げられなかった。
この据え置かれた2・5%分は、昨秋から段階的に下げ始めているが、マクロ経済スライドは適用されていない。
その結果、収支のバランスが崩れ、いまの年金の水準は高止まりし、将来世代の年金を下げる構図になっている。
■就業者減へ歯止めを
04年改革の時点では、長期間のデフレは想定していなかったかもしれない。
しかし、問題点は09年の財政検証で明らかになっていた。修正を急ぐ必要がある。個人が退職後を見据えたライフプランを立てていても、仕事や家族に変化があれば見直すのと同じだ。
むろん年金額を減らす見直しに反発は強いだろう。消費増税で基礎年金の財政基盤は強化されたが、年金制度への信頼度が高まったわけでもない。
年金不信の元を絶ち、安心できる年金水準を支えうる社会をどうつくっていくか。きちんと議論を進める必要がある。
どのくらい年金が受け取れるかは、その時々の経済力に左右される。
手を打たないと、働く人の数は30年までに820万人以上減るという推計もある。女性や高齢者を含め多くの人が働ける環境をつくり、就業者の減り方を抑えないと、年金に安心を求めることなど不可能だ。
こうした覚悟を私たちが持つのに、「100年安心」というスローガンは不要である。
当時の与党は、政権交代を経て与党に返り咲いた。誤解をただすなら今だ。
(社説)年金の未来:中 「生活習慣病」から脱する
(2014年4月30日付け朝日新聞)
年金を受け取っている方々は「とんでもない」と思うかもしれない。だが、いまの年金の水準は本来の姿よりも高くなっている。
前回(21日付)の社説で紹介した通り、少子高齢化にあわせて年金水準を抑える仕組み(マクロ経済スライド)は、賃金や物価の下落時には適用しない決まりだからだ。その分、将来世代の年金を下げざるをえない圧力がかかっている。
人の体にたとえれば、生活習慣病の状態である。手をこまねいていれば、いずれ致命傷になりかねない。
■将来世代に影響
年金制度は5年に1度、「財政検証」という健康診断を受ける。年金水準はその重要なチェック項目で、「所得代替率」で診る。受け取る年金が現役世代の手取り収入に対し、どのくらいの割合かという数値だ。
今の制度は、サラリーマンと専業主婦の世帯が年金を受け取り始める時点で「所得代替率50%」を下限としている。何かと物入りな現役世代の半分くらいの収入で生活してもらうというイメージだ。
日本では老後の平均所得の7割弱は公的年金で、年金しか収入のない人も6割いる。老後の生活を支える水準を確保しないと、社会が成り立たない。
それを、代替率50%に設定したわけだ。このラインを下回ると、年金を増やす検討に入ることがルール化されている。
一方、代替率が高すぎるのもまずい。今の年金受給者には良くても、年金のお金の入りと出を調整する積立金を多く取り崩したりしなければならず、将来世代が受け取る年金が減ってしまうからだ。
■国民に「痛み」迫れず
04年の年金改革の時点で、代替率は59・3%。これを5年で57・5%に引き下げる予定だった。ところが、09年の健康診断では逆に62・3%へと上がってしまった。
一番の原因は、前述したように、現役世代の収入が下がったのに、それに見合って年金を下げられなかったことにある。
年金は高齢者を社会全体で扶養する「国民仕送りクラブ」のようなものだ。支える側の現役世代の暮らしぶりと、年金という仕送りでの生活とのバランスが崩れれば長続きしない。
国はこの問題の是正に手を付けないできた。
いずれデフレが解消され、マクロ経済スライドも機能し始めるという立場だったが、内実は「将来世代のために今の年金を削る」というつらい措置について、国民を説得する気構えも体力もなかったといえる。
体力を奪ったのは、04年以降に相次いだ旧社会保険庁の不祥事だ。年金記録ののぞき見や「宙に浮いた年金」など、ずさんな運営が露呈するなか、厳しい見通しを示して痛みを迫れば不信感を増幅する。そう恐れたのかもしれない。
「抜本改革」を求める声が強まった背景には、こうした年金不信の高まりがある。その流れを振り返ってみよう。
厚生労働省は09年5月、野党だった民主党の求めに応じ、賃金や物価などの経済前提を「過去10年の平均」にした場合、年金の先行きはどうなるかという試算を公表する。
結果は衝撃的だった。マクロ経済スライドが機能しないために、所得代替率が72%まで上がり、2031年に積立金が枯渇するというものだった。
もっとも、試算の前提となった「過去10年」は、長期の景気拡大時を含んでいたとはいえ、平均すれば実質経済成長率も賃金・物価もマイナスだった時期だ。これがずっと続けば、年金どころか日本の経済や社会自体が立ちゆかない。
■政権交代からの教訓
民主党は「破綻(はたん)しかけている年金を抜本改革する」と主張。最低保障年金の創設を掲げ、国民全員に月7万円以上の年金を約束して政権の座についた。大胆な外科手術の提案である。
しかし、与党としての3年3カ月、民主党案は実現の兆しすら見えなかった。制度変更に伴う国民の負担が重くなりすぎるからだ。結局は自民、公明の両党と話し合い、漸進的な修正に立ち戻るしかなかった。
生活習慣病には、食事制限と運動を地道に積み重ねるしかない。経済全体の体力を回復させつつ、将来世代も考えて妥当な給付水準を設定する。それが年金をめぐって、政権交代から得た貴重な教訓だろう。
安倍政権のもと賃金や物価は上昇基調に転じ、マクロ経済スライドの発動開始も視野に入ってきている。
ただ、長期にわたり年金額を抑制していく措置には相当な反発があるはずだ。将来世代への責任を果たすため、政治には強い覚悟が求められる。
◆
来月上旬の最終回では、公的年金の足腰を強くする具体策について検討する。
(社説)年金の未来:下 漠たる不安からの脱却
(2014年5月10日付け朝日新聞)
年金制度への不信は根強い。ただ、多くの場合、「少子高齢化だからもらえなくなる」といった漠然とした理由によるものではなかろうか。
働けなくなった高齢者を支える制度は、いつの時代でも不可欠だ。不信や不安の「形」を見定め、それに合った解決策を見つける必要がある。
何をすれば、どのくらい年金の足腰を強くできるのか。シリーズ最終回では、あと1カ月ほどで結果が発表される「財政検証」の枠組みを踏まえ、検討してみたい。
■選択肢で考える
年金の財政検証は5年に1度だが、今回は新しいやり方を試みている。
前回は、現行制度がそのまま存続する前提だった。今回は、いくつかの制度改革(オプション)を実施した場合、将来の年金水準にどのような影響を及ぼすかを計算する。
オプション1では、少子高齢化に対応して、賃金や物価の上昇率より年金の引き上げ幅を圧縮する仕組み(マクロ経済スライド)を、賃金や物価が下がっている時でも適用する。
結果的に、賃金や物価の下落幅より年金の減少幅は大きくなる。物価や賃金が少し上昇する程度なら、年金額は逆に減る事態も起こりうる。受給者は怒るに違いない。
しかし、マクロ経済スライドをフルに適用しないと、今の年金水準が高止まりして、将来世代の年金が減る。
シリーズの(上)(4月21日付)や(中)(30日付)で主張したとおり、経済変動に耐えうる年金にするためにフル適用は避けて通れない道だ。今の高齢者の反発に正面から向き合い、将来世代を守る覚悟が問われる。
■裾野を広げていく
年金をめぐる大きな不安は「少子高齢化に加え、年金にメリットがないと考える若い人が保険料を払わず、よけい先細りになる」という点にあろう。
現在、未納者は約300万人で、公的年金全体からみれば5%程度だ。保険料を払わないと将来、年金も受け取れないので年金財政上は「ほぼ中立」だ。
ただし、収入が不安定な非正社員の増加を背景に未納が増え続ければ、いずれ生活保護費の膨張につながり、国の財政全体を圧迫する。
この課題に対応するのがオプション2だ。勤め人が入る厚生年金にパートやアルバイトをもっと加入させる。保険料は給料天引きになるため、基本的に未納は防げる。将来受け取る年金額も増える。
問題は、パート従業員に依存する企業側が労使折半で保険料を負担することに強く反発することだ。パート労働者自身も、当座の負担が増えるので反対しがちだ。
しかし、年金が国民全体の仕送りシステムである以上、オプション2を実行して、裾野を広げていく必要がある。
■社会の体質改善を
あらゆる年金制度の変更は煎じ詰めれば、「誰がどれだけ負担するのか」「誰の年金が減るのか」というリアルな「痛み」に帰着する。
これまで民主党の「最低保障年金の創設」や「年金の税方式化」など、数多くの案が「抜本改革」として提唱されてきた。
それらが尻すぼみになったのは、いざ改革の影響が誰にどんな形で及ぶのかを試算すると、消費税の大幅引き上げや中堅層の年金引き下げといった痛みが明らかになったからだ。
今回のオプションも現行制度の延長線上にあるとはいえ、大きな改革であり痛みを伴うことにかわりはない。それを乗り越えないことには、どんな年金制度もうまく機能しない。
大切なことは、年金改革を負担増や給付減という「憂鬱(ゆううつ)な問題」としてのみとらえるのでなく、前向きな課題に変換していく回路もつくっていくことではないだろうか。
年金は「カネを集めて配る」という単純な仕組みだ。年金改革の痛みは、そもそも少子化に手を打てず、働く人の数が減ってしまう「体質の悪化」に源がある。
であれば、より多くの人がより長く、元気に働ける社会をつくることが重要だ。
30年前と比べて、男女とも平均寿命は5年前後伸びている。65歳まで働ける社会の実現にもめどがたってきた。その期間分ぐらいは働いて保険料を払うとしたら年金はどうなるか。今回の検証では、そんなオプションも用意される。
加えて、労働者一人あたりの生産性を上げるために、教育・研修を充実させる。こうした働き手の暮らしを良くする「社会の体質改善」ができれば、年金の目減りが抑えられ、高齢者の痛みは少なくてすむ。
現実を直視した年金の改革と同時に、「こんな社会をつくろう」という議論にもバランスよくエネルギーを向けていくのが建設的だろう。
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2014年5月10日土曜日
[新聞記事]キュー 男の美意識にじむドラマ2本
[新聞記事]キュー 男の美意識にじむドラマ2本
2014年5月8日付け朝日新聞、ライター島崎今日子
辛口のTV番組評論家、島崎今日子さんがNHKの『ロング・グッドバイ』をべた褒め。
文芸評論家の斎藤美奈子さんはハードボイルド小説を「男のハーレクイン・ロマンス」と呼んだらしいが、私見では騎士道小説の末裔と思います。
2014年5月8日付け朝日新聞、ライター島崎今日子
辛口のTV番組評論家、島崎今日子さんがNHKの『ロング・グッドバイ』をべた褒め。
文芸評論家の斎藤美奈子さんはハードボイルド小説を「男のハーレクイン・ロマンス」と呼んだらしいが、私見では騎士道小説の末裔と思います。
[積読立読斜読]『ロング・グッドバイ』(レイモンド・チャンドラー、村上春樹、早川書房、2007年)
[積読立読斜読]『ロング・グッドバイ』(レイモンド・チャンドラー、村上春樹、早川書房、2007年)
『ロング・グッドバイ』(レイモンド・チャンドラー、村上春樹、早川書房、2007年)
※NHKテレビドラマ化記念で何度目かの再読。敬愛する内田樹さんのの選書に入っていました。
高度成長からバブル経済を経て、日本人の生活も豊かになりました。
東北大震災を経験して成熟から緩やかな衰退にさしかかり、1953年のアメリカ西海岸のザラッとした感触が理解できなくもない心境です。
また本作で主人公のマーロウは42歳の設定で、当方がとうにその年齢を超えてしまったことも、逆に中年シングル男の心情がこれまた理解できなくもない境遇です。
マーロウとテリー・レノックスの短い一度きりの男同士の友情を描き、アメリカ西海岸によみがえった騎士道小説というのが私の解釈です。
地の文はしゃれた言い回しのオンパレードで何回読んでも新しい発見があります。
それにしても、NHKはよくこれをドラマ化しようとしましたね。大冒険です。
(無国籍風の脚本でなかなかの成功かとは思います。)
↓というわけで、以下、名言等抜き書き。
P9
(駐車場係)
「お客さん、人がいいね。俺だったら、そんなやつや道ばたに放り出してとっとと行っちまいますがね。
(中略)」「そうやってここまでのしあがったわけだ」と私は言った。
P13
次に彼の姿を見かけたのは感謝祭の翌週だった。ハリウッド・ブールヴァードに沿って並んだ商店は、
高い値札をつけられたろくでもないクリスマス商品であふれかえり始めていた。早いうちにクリスマスの
ショッピングを済ませておかないとひどいことになりますよと、新聞は日々わめきたてていた。
しかし何をしたところでしなかったところで、結局はひどいことになる。毎度のことだ。
P27
「僕は金持ちなんだぜ。その上幸福になる必要がどこにある」、彼の声には苦いものが感じられた。
P28
「じゃあどうして、困ったときにまず彼に援助を求めなかった?」
彼は酒をぐいと飲み干し、ウエィターにお代わりの合図をした。
「僕が何か頼んだら、相手は断れない。それがわかっていたからさ」
P30
「(金持ちは)生まれてこのかた心から喜びを感じたことなんてないからさ。本気で何かをほしがることなど連中にはないんだ。
他人の奥さんを別にすればね。しかしそんな欲望ですら、配管工の女房が居間に新しいカーテンをほしがるのにくらべたら実に淡白なものだ」
P31
「おおむね僕はただ暇をつぶしている」と彼は言った。
「しかし暇ってのはそう簡単にはつぶれてくれない。」
P34
「アルコールは恋に似ている」と彼は言った。
「最初のキスは魔法のようだ。二度目で心を通わせる。そして三度目は決まりごとになる。あとはただ相手の服を脱がせるだけだ」
P36
「僕のような人間は、生涯に一度だけ晴れがましい瞬間を持つ。空中ブランコで、完璧な離れ業をやってのける。
そしてあとの人生を、舗道から溝に転げ落ちないようにひやひやしながら生きていくんだ」
P75
ノアの箱舟に積まれていたとおぼしき、疵だらけの樫材のテーブルだった。ノアはそれを中古で買ったに違いない。
P78
「警官のバッジをつけた与太者にこづき回されたくらいで簡単に口を割るような私立探偵を、いったい誰が頼ってきます?」
P87
「でも意味のない空威張りはごめんだ。本当に実力があるなら、そんなものは必要じゃないはずだ。
もしそういう格好を必要とするのなら、あんたには私を扱うだけの力量がもともと備わっていないっていうことだよ」
P97
「私はテリー・レノックスのことをいささか知っている。とうの昔に自分に愛想をつかせた男だ。」
P395
「そばに誰かいるか?」
「遠慮なく話せ。フロア・ショーの演目の下見をしているだけだ」
「君が舞台に立って喉を?き切ればいい」
「アンコールに何をする?」
私は笑い、彼も笑った。
P521
「そういうお仕事をされる方のようには見えませんね」と私は言った。
「人生には雌伏の時期もあります」
P533
そのあと、事件に関係した人間には誰にも会っていない。警官は別だ。
警官にさよならを言う方法はまだみつかっていない。
P399
チェスの詰め手、スフィンクス
The Sphinx problem
P464
「私にはさよならを言うべき友だちがいたと君は言った。しかしまだ本当のさよならを言ってはいない。
その写真複製が紙面に載ったら、それが彼に対するさよならになるだろう。ここにたどり着くまでに時間がかかった。長い、長い時間が」
P462
それからドラッグストアに行って、チキンサラダ・サンドイッチを食べ、コーヒーを飲んだ。
コーヒーは幾度ものお勤めで疲労気味だったし、サンドイッチには細かくちぎられた古いシャツのような深い味わいがあった。
トーストされ、二本の楊枝でとめられ、レタスがわきからはみ出していれば、アメリカ人はどんなものだって文句を言わずに食べる。
そのレタスがほどよくしなびていれば、もう言うことはない。
P328
表に出ると、エイモス(注:黒人の運転手)がキャディラックを停めて私を待っていた。
そしてハリウッドまで送り届けてくれた。私は一ドルを渡そうとしたが断られた。T・S・エリオットの詩集を買ってあげようかと持ちかけてみた。
それなら持っていると彼は言った。
P315
「誰がこの屋敷を造ったんですか?」と私は彼女に尋ねた。
「その人物は誰に対して腹を立てていたんですか?」
P158
「カーン機関の調査員から見た君のような安物探偵は、トスカニーニから見たオルガン弾きの猿みたいなもんなんだ」
P98
「あんたにはさよならを言うべき友だちがいた」と彼は言った。
「彼のために監獄にぶち込まれてもいいと思えるほどの友だちがね」
P102
彼は長い船旅で知り合った誰かに似ている。とても親しくなるのだが、実際には相手のことを何ひとつ知らない。
P115
彼に会うのはダライ・ラマに会うのと同じくらい難しいのだ。
P130
「あるポイントを超えれば、危険の度合いは同じだと言ったのは誰でしたっけ?」
「ウォルター・バジェットだと思いますね。高い屋根の上で仕事をする職人についての言及だったはずだ」、そして彼は笑った。
『ロング・グッドバイ』(レイモンド・チャンドラー、村上春樹、早川書房、2007年)
※NHKテレビドラマ化記念で何度目かの再読。敬愛する内田樹さんのの選書に入っていました。
高度成長からバブル経済を経て、日本人の生活も豊かになりました。
東北大震災を経験して成熟から緩やかな衰退にさしかかり、1953年のアメリカ西海岸のザラッとした感触が理解できなくもない心境です。
また本作で主人公のマーロウは42歳の設定で、当方がとうにその年齢を超えてしまったことも、逆に中年シングル男の心情がこれまた理解できなくもない境遇です。
マーロウとテリー・レノックスの短い一度きりの男同士の友情を描き、アメリカ西海岸によみがえった騎士道小説というのが私の解釈です。
地の文はしゃれた言い回しのオンパレードで何回読んでも新しい発見があります。
それにしても、NHKはよくこれをドラマ化しようとしましたね。大冒険です。
(無国籍風の脚本でなかなかの成功かとは思います。)
↓というわけで、以下、名言等抜き書き。
P9
(駐車場係)
「お客さん、人がいいね。俺だったら、そんなやつや道ばたに放り出してとっとと行っちまいますがね。
(中略)」「そうやってここまでのしあがったわけだ」と私は言った。
P13
次に彼の姿を見かけたのは感謝祭の翌週だった。ハリウッド・ブールヴァードに沿って並んだ商店は、
高い値札をつけられたろくでもないクリスマス商品であふれかえり始めていた。早いうちにクリスマスの
ショッピングを済ませておかないとひどいことになりますよと、新聞は日々わめきたてていた。
しかし何をしたところでしなかったところで、結局はひどいことになる。毎度のことだ。
P27
「僕は金持ちなんだぜ。その上幸福になる必要がどこにある」、彼の声には苦いものが感じられた。
P28
「じゃあどうして、困ったときにまず彼に援助を求めなかった?」
彼は酒をぐいと飲み干し、ウエィターにお代わりの合図をした。
「僕が何か頼んだら、相手は断れない。それがわかっていたからさ」
P30
「(金持ちは)生まれてこのかた心から喜びを感じたことなんてないからさ。本気で何かをほしがることなど連中にはないんだ。
他人の奥さんを別にすればね。しかしそんな欲望ですら、配管工の女房が居間に新しいカーテンをほしがるのにくらべたら実に淡白なものだ」
P31
「おおむね僕はただ暇をつぶしている」と彼は言った。
「しかし暇ってのはそう簡単にはつぶれてくれない。」
P34
「アルコールは恋に似ている」と彼は言った。
「最初のキスは魔法のようだ。二度目で心を通わせる。そして三度目は決まりごとになる。あとはただ相手の服を脱がせるだけだ」
P36
「僕のような人間は、生涯に一度だけ晴れがましい瞬間を持つ。空中ブランコで、完璧な離れ業をやってのける。
そしてあとの人生を、舗道から溝に転げ落ちないようにひやひやしながら生きていくんだ」
P75
ノアの箱舟に積まれていたとおぼしき、疵だらけの樫材のテーブルだった。ノアはそれを中古で買ったに違いない。
P78
「警官のバッジをつけた与太者にこづき回されたくらいで簡単に口を割るような私立探偵を、いったい誰が頼ってきます?」
P87
「でも意味のない空威張りはごめんだ。本当に実力があるなら、そんなものは必要じゃないはずだ。
もしそういう格好を必要とするのなら、あんたには私を扱うだけの力量がもともと備わっていないっていうことだよ」
P97
「私はテリー・レノックスのことをいささか知っている。とうの昔に自分に愛想をつかせた男だ。」
P395
「そばに誰かいるか?」
「遠慮なく話せ。フロア・ショーの演目の下見をしているだけだ」
「君が舞台に立って喉を?き切ればいい」
「アンコールに何をする?」
私は笑い、彼も笑った。
P521
「そういうお仕事をされる方のようには見えませんね」と私は言った。
「人生には雌伏の時期もあります」
P533
そのあと、事件に関係した人間には誰にも会っていない。警官は別だ。
警官にさよならを言う方法はまだみつかっていない。
P399
チェスの詰め手、スフィンクス
The Sphinx problem
P464
「私にはさよならを言うべき友だちがいたと君は言った。しかしまだ本当のさよならを言ってはいない。
その写真複製が紙面に載ったら、それが彼に対するさよならになるだろう。ここにたどり着くまでに時間がかかった。長い、長い時間が」
P462
それからドラッグストアに行って、チキンサラダ・サンドイッチを食べ、コーヒーを飲んだ。
コーヒーは幾度ものお勤めで疲労気味だったし、サンドイッチには細かくちぎられた古いシャツのような深い味わいがあった。
トーストされ、二本の楊枝でとめられ、レタスがわきからはみ出していれば、アメリカ人はどんなものだって文句を言わずに食べる。
そのレタスがほどよくしなびていれば、もう言うことはない。
P328
表に出ると、エイモス(注:黒人の運転手)がキャディラックを停めて私を待っていた。
そしてハリウッドまで送り届けてくれた。私は一ドルを渡そうとしたが断られた。T・S・エリオットの詩集を買ってあげようかと持ちかけてみた。
それなら持っていると彼は言った。
P315
「誰がこの屋敷を造ったんですか?」と私は彼女に尋ねた。
「その人物は誰に対して腹を立てていたんですか?」
P158
「カーン機関の調査員から見た君のような安物探偵は、トスカニーニから見たオルガン弾きの猿みたいなもんなんだ」
P98
「あんたにはさよならを言うべき友だちがいた」と彼は言った。
「彼のために監獄にぶち込まれてもいいと思えるほどの友だちがね」
P102
彼は長い船旅で知り合った誰かに似ている。とても親しくなるのだが、実際には相手のことを何ひとつ知らない。
P115
彼に会うのはダライ・ラマに会うのと同じくらい難しいのだ。
P130
「あるポイントを超えれば、危険の度合いは同じだと言ったのは誰でしたっけ?」
「ウォルター・バジェットだと思いますね。高い屋根の上で仕事をする職人についての言及だったはずだ」、そして彼は笑った。
[惹句どんどん] レイモンド・チャンドラー
さよならを言うのは、少しだけ死ぬことだ。
『ロング・グッドバイ』
"To say goodbye is to die a little"
訳者の村上春樹によるとチャンドラーのオリジナルの台詞ではなく、
もとはフランスの詩人エドモン・アロクールが元ネタで、
当時広くアメリカで人口に膾炙した台詞だそうです。
2014年5月6日火曜日
[積読立読斜読] 『ボブ・ディラン ロックの精霊』(湯浅学著、岩波新書、2013年)
お堅い岩波新書にはめずらしい、ポピュラー音楽の単一のアーティストを扱った作品が採用。
60年代から始まるロックの歴史の中で、ビートルズ、ローリング・ストーンズ、エルビス・プレスリーなどのビッグ・ネームに比肩するボブ・ディランは、一般的なロック・ファインにはにわかに理解しがたい存在です。他のビッグ・ネームのようなレコード・セールスは記録してませんし、作品は時に難解であり、言動も一般人には不可解と写ります。それでもボブ・ディランの存在がなければ多くのロック・アーティストが別の道を歩んだ可能性が高く、唯一無二の存在と言えます。
当方は熱心なファンでもなく、ごく一般的なリスナーにすぎません。70歳を超えた今も毎年100を超えるステージをこなすパフォーマーの元気の素がどこにあるのかもわかりません。
他のビッグ・ネームが過去の一時期の作品の繰り返しの評価に過ぎないのに対し、ディランは今でも現役です。
当方が一番ディランを聴いたのは1974年のThe Bandと組んだ"Before The Flood"(日本版タイトル『偉大なる復活』(オートバイ事故の療養の後のツアーだったのでこの題名か?)です。フォークの貴公子というレッテルを張られて、エレキギターのサウンドに転向したと非難された有名な1965年のニューポート・フォーク・フェスティバルの傷も癒えて、ディランの声は元気で、長年のパートナーであるThe Bandとの息もぴったりと合ってます。比較的メロディーラインが軽快で理解しやすいレコードだったのかもしれません。
当方のロックとの蜜月時代は1970年代の限られた期間であり、それ以外の時期のディランは知識としてしか知りません。本書の丁寧なクロニクルの記述を読むと今一度最初からディランを聴き直す意味があると思いました。
ボブ・ディランの分かりにくさについて、デビューを後押ししたプロディーサーのジョン・ハモンドは語っています。
P253
「ボブ・ディランは最高のアーティストであり、非常に理解しにくい人物だった。彼は空想の世界に住んでいるのだ。そしてその世界は、我々の住む現実の世界をおおってしまう。それほど彼は強い何かを持っていた。彼は自分自身の仮面(ペルソナ)をつくり出し、それを自分の音楽に役立てていた。彼の音楽とその仮面とのバランスは何とも言えぬ力があった」
新書の副題は「ロックの精霊」です。ボブ・ディランは聴衆に向けて演奏しているのではなく、何か天から降臨した音楽の神に導かれてパフォーマンスしているのかも知れません。凡人の常に数歩先を歩きながら。
あとがきの末尾に湯浅さんの印象的な一行があります。
P262
「この世にいながらにしてすでに、あの世の自分に勝利している男ボブ・ディランは、今日も誰かに歌っている、はずだ。」
下記は、日本経済新聞に掲載された書評です。音楽評論家ではなく英米文学者の佐藤良明さんの書評というところがディランらしいです。引用します。
============================================================================================
『ボブ・ディラン』(湯浅学著、岩波新書、2013年)
成長する才能と野心、激動する時代と音楽、繰り返される成功と逃走と和解の過程が、年代記として綴(つづ)られる。中学時代からほぼ60年、アルバムにしてほぼ50枚。手垢(てあか)のついた話題もあり、登場人物も錯綜(さくそう)するのだが、全体を淡々と読ませてしまうところがニクイ。
ディランといえば賛否両論の人だが、物議を通り越して音楽を聴くこと、ライブを観(み)ることに謙虚であろうとすると、叙述も自(おの)ずとしずまるのだろう。
積み重ねられる短文は、ときどき詩的な凝縮を見せる。ディランの小説『タランチュラ』について2行だけ、「言葉が雨になり河になり風になり、また雨になり葉脈を流れていく、イメージの奔流のような小説」と記す。
一つの世紀を代表するようなアーティストもまた、雨になり河をつくり風になる。その様(さま)を描くには、しかし、ファンとしての長い年月が必要になる。
読みながら、グレイトフル・デッドとのライブ(80年代末)あたりで落ち着きを取り戻したというディランの、その後の生き様の記述が腑(ふ)に落ちた。湯浅さんは試聴家であると同じように読書家であって、昨年翻訳されたプロデューサー、ダニエル・ラノワの自伝『ソウル・マイニング』からも、43年前の(浜野サトル氏の)雑誌評論からも、納得のいく解釈を引っぱってくる。ディランの音楽を「アメリカ音楽史」という広い文脈に接続するところには、大和田俊之氏らによる最新の研究とも共鳴する。
やれフォークだ、ロックだと、「人為的に生み出されたジャンルがなかったころの音楽(中略)を、ボブの歌は容易に想像させる」という説明に同感だ。ポップ産業は、大衆の願望の、分かりやすい対象を示すことで盛り上がるものだが、ディランを聞き続けることは、その原理が崩れ、ビジネスの理屈がアート自体によってやりこめられる現場に立ち会うことである――。
そんな痛快な洞察が、小さいながら恰幅(かっぷく)のよいこの本に、収まっているのである。
(米文学者 佐藤良明)
[日本経済新聞朝刊2014年1月12日付]
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60年代から始まるロックの歴史の中で、ビートルズ、ローリング・ストーンズ、エルビス・プレスリーなどのビッグ・ネームに比肩するボブ・ディランは、一般的なロック・ファインにはにわかに理解しがたい存在です。他のビッグ・ネームのようなレコード・セールスは記録してませんし、作品は時に難解であり、言動も一般人には不可解と写ります。それでもボブ・ディランの存在がなければ多くのロック・アーティストが別の道を歩んだ可能性が高く、唯一無二の存在と言えます。
当方は熱心なファンでもなく、ごく一般的なリスナーにすぎません。70歳を超えた今も毎年100を超えるステージをこなすパフォーマーの元気の素がどこにあるのかもわかりません。
他のビッグ・ネームが過去の一時期の作品の繰り返しの評価に過ぎないのに対し、ディランは今でも現役です。
当方が一番ディランを聴いたのは1974年のThe Bandと組んだ"Before The Flood"(日本版タイトル『偉大なる復活』(オートバイ事故の療養の後のツアーだったのでこの題名か?)です。フォークの貴公子というレッテルを張られて、エレキギターのサウンドに転向したと非難された有名な1965年のニューポート・フォーク・フェスティバルの傷も癒えて、ディランの声は元気で、長年のパートナーであるThe Bandとの息もぴったりと合ってます。比較的メロディーラインが軽快で理解しやすいレコードだったのかもしれません。
当方のロックとの蜜月時代は1970年代の限られた期間であり、それ以外の時期のディランは知識としてしか知りません。本書の丁寧なクロニクルの記述を読むと今一度最初からディランを聴き直す意味があると思いました。
ボブ・ディランの分かりにくさについて、デビューを後押ししたプロディーサーのジョン・ハモンドは語っています。
P253
「ボブ・ディランは最高のアーティストであり、非常に理解しにくい人物だった。彼は空想の世界に住んでいるのだ。そしてその世界は、我々の住む現実の世界をおおってしまう。それほど彼は強い何かを持っていた。彼は自分自身の仮面(ペルソナ)をつくり出し、それを自分の音楽に役立てていた。彼の音楽とその仮面とのバランスは何とも言えぬ力があった」
新書の副題は「ロックの精霊」です。ボブ・ディランは聴衆に向けて演奏しているのではなく、何か天から降臨した音楽の神に導かれてパフォーマンスしているのかも知れません。凡人の常に数歩先を歩きながら。
あとがきの末尾に湯浅さんの印象的な一行があります。
P262
「この世にいながらにしてすでに、あの世の自分に勝利している男ボブ・ディランは、今日も誰かに歌っている、はずだ。」
下記は、日本経済新聞に掲載された書評です。音楽評論家ではなく英米文学者の佐藤良明さんの書評というところがディランらしいです。引用します。
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『ボブ・ディラン』(湯浅学著、岩波新書、2013年)
成長する才能と野心、激動する時代と音楽、繰り返される成功と逃走と和解の過程が、年代記として綴(つづ)られる。中学時代からほぼ60年、アルバムにしてほぼ50枚。手垢(てあか)のついた話題もあり、登場人物も錯綜(さくそう)するのだが、全体を淡々と読ませてしまうところがニクイ。
ディランといえば賛否両論の人だが、物議を通り越して音楽を聴くこと、ライブを観(み)ることに謙虚であろうとすると、叙述も自(おの)ずとしずまるのだろう。
積み重ねられる短文は、ときどき詩的な凝縮を見せる。ディランの小説『タランチュラ』について2行だけ、「言葉が雨になり河になり風になり、また雨になり葉脈を流れていく、イメージの奔流のような小説」と記す。
一つの世紀を代表するようなアーティストもまた、雨になり河をつくり風になる。その様(さま)を描くには、しかし、ファンとしての長い年月が必要になる。
読みながら、グレイトフル・デッドとのライブ(80年代末)あたりで落ち着きを取り戻したというディランの、その後の生き様の記述が腑(ふ)に落ちた。湯浅さんは試聴家であると同じように読書家であって、昨年翻訳されたプロデューサー、ダニエル・ラノワの自伝『ソウル・マイニング』からも、43年前の(浜野サトル氏の)雑誌評論からも、納得のいく解釈を引っぱってくる。ディランの音楽を「アメリカ音楽史」という広い文脈に接続するところには、大和田俊之氏らによる最新の研究とも共鳴する。
やれフォークだ、ロックだと、「人為的に生み出されたジャンルがなかったころの音楽(中略)を、ボブの歌は容易に想像させる」という説明に同感だ。ポップ産業は、大衆の願望の、分かりやすい対象を示すことで盛り上がるものだが、ディランを聞き続けることは、その原理が崩れ、ビジネスの理屈がアート自体によってやりこめられる現場に立ち会うことである――。
そんな痛快な洞察が、小さいながら恰幅(かっぷく)のよいこの本に、収まっているのである。
(米文学者 佐藤良明)
[日本経済新聞朝刊2014年1月12日付]
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[積読立読斜読] 『イギリス 繁栄のあとさき』(川北稔著、講談社学術文庫、2014年)
[積読立読斜読] 『イギリス 繁栄のあとさき』(川北稔著、講談社学術文庫、2014年)
川北稔さんは1940年大阪市生まれ。大阪大学名誉教授。イギリス史が専門の歴史学者。
原本は1995年にダイヤモンド社から出版された一般向けのイギリス近現代史エッセイ。
テーマはかつての大英帝国の緩やかな衰退過程に、いまだなお経済的成長を至上とする日本の手本とすべきではないかという主張です。
95年出版の本が文庫化入りということは、まだ真剣に経済的成熟後の日本のグランド・デザインを考えている人が少ないという証左でしょうか。
テーマ以外でも近現代の世界史のちょっとした復習になる事例が多く実りある書籍でした。
・歴史は、それほど楽観的にも、それほど悲観的にも、見られるべきではない
・イギリスは成功したから帝国になったのではなく、帝国になったから成功したのである
・経済の長期的衰退は必然であるが、それを救いうるのは文化のみだからである
以下内容は講談社のウエブから。それ以下は抜き書きです。
=================================================================================『イギリス 繁栄のあとさき』(川北稔著、講談社学術文庫、2014年)
内容紹介
イギリスの緩やかな没落に学ぶ
今日、イギリスから学ぶべきは、勃興の理由ではなく、成熟期以後の経済のあり方と、衰退の中身である――。
産業革命を支えたカリブ海の砂糖プランテーション。資本主義を担ったジェントルマンの非合理性。英語、生活様式という文化遺産……。
世界システム論を日本に紹介した碩学が、大英帝国の内側を解き、歴史における「衰退」を考えるエッセイ。
※本書の原本は、1995年にダイヤモンド社より刊行されました。
目次
はじめに 不況か「衰退」か
第1章 近代世界システムのなかのイギリス
第2章 「ジェントルマン資本主義」の内側
第3章 文化の輸出と輸入
第4章 ヘゲモニーの衰退はどのようにして起こるか
=================================================================================
P8
私が到達したひとつの答えは、歴史上、永遠にトップを走り続けた国はないということであり、にもかかわらず、
トップでなくなった国も、いきなり低開発国に逆戻りしたりするのではない、ということであった。
歴史は、それほど楽観的にも、それほど悲観的にも、見られるべきではない。
P17
今もっとも必要なのは、「成熟期以後の経済」のあり方と、そのなかでのわれわれの生き方の問題への指針である。
P18
「鉱・工業生産」統計をもって一国の経済状態の指標とする過ちを重ねたことが、結局、「イギリスの衰退」の過大評価を引き起こした根本原因だというのである。
(歴史家、ルーベインステインの主張)。
P19
1688年以降のイギリス経済を「ジェントルマン資本主義」と定義し、やはり、イギリス経済史
における産業資本主義の意味をあまり評価しない立場もある。
P20
一国の経済が発展するにつれて、その重心が第一次産業から第二次、第三次産業、つまり、金融・サービス部門へとしだいに移動するという、いわゆる
「ウィリアム・ペティの法則」からすれば、これも当然のなりゆきであった、というわけだ。
P23
今日なお、日本人がイギリス史研究から得るものがあるとすれば、少なくともそのひとつは、いったん成功した経済のゆくえの問題であり、もしかすると必然であるかもしれない「衰退」の中身の問題である。
P23
「ジェントルマンの理想」を持たないわれわれには、工業生産の「衰退」を甘受しうる、どのような理念がありうるのだろうか。
P28
近代史上、本当にヘゲモニー国家と言えるものは、17世紀中ごろのオランダと19世紀中期のイギリス、第二次大戦後、20ないし30年間のアメリカだけであったというのが、
近代の世界史を一体のものとして見ようとする、「世界システム」論の主唱者イマニュエル・ウォーラーステインの見解である。
P29
(第二次100年戦争と呼ばれるイギリス、フランスの17、18世紀の抗争をイギリスが制した)
実際に戦争の帰趨を決めた大きな要素は、早急に大量の戦費を確保できるかどうか、にかかっていたと思われる。
P33
18世紀の少なくとも1770年代までは、余剰資金の溢れるアムステルダムは、世界の圧倒的な金融センターであったことがわかっている。
アムステルダムの資金を導入できるか否かが、他の諸国の命運を決めた、と言われるのも当然である。
P34
ヘゲモニーには、農業と鉱工業の生産、商業、金融の3つの次元が区別でき、それらすべての次元で圧倒的優位を確立した状態が、本当のヘゲモニー国家だと言われている。
しかも、それぞれの優位は、この順に成立し、この順に崩れていく。
P35
世界で最初の産業革命に成功したイギリスが、その力で帝国を造った、というような古いイメージにとらわれていると、ここでの議論は理解できない。
イギリスは成功したから帝国になったのではなく、帝国になったから成功したのである。
P37
歴史上、「世界経済」のヘゲモニーを握った国で、食糧を自給したといえるのは、アメリカ以外にはないことも、事実である。
それ以前のヘゲモニー国家は、徹底した自由貿易を前提として、食糧の大半を輸入に頼るのが普通であった。
P42
工業化と都市化の進行にともなって、イギリス民衆のなかに都市生活を送る者が増え、彼らの食生活が一変したという事実がある。
そこで主役をなしたのは、研究者が「ティー・コンプレックス」と総称している、茶と砂糖を中心としたワン・セットの食品群である。
P45
味噌汁と茶漬けの朝食から、パンとコーヒーのそれへの「朝食革命」がとっくに完了しているわが国の食糧政策は、結局、自由化以外にはないはずなのである。
P50
「近代世界システム」は、グローバルな分業体制である。政治的統合体、つまり世界帝国ではない。世界帝国形成の野望は、16世紀に神聖ローマ帝国カール5世のそれが失敗して以来、
継続的に成功した例はない。世界を政治的に統合するには、そのための軍事・官僚機構を維持する必要が生じるが、そのコストが高くつきすぎるため、財政的にペイしなくなるのである。ナポレオンやヒトラーの試みも、あえて言えば、国際共産主義のそれも、ことごとく失敗した。むしろ政治的統合を求めないがゆえに、今の資本主義的「世界システム」は強靭な生命力を維持している、と言えよう。
P52
(東アジアの台頭をどう見るか)
さっそく「儒教資本主義」などという思いつきの時論も現れた。この議論は、かつての「西欧の勃興」を説明するために「プロテスタンティズムの倫理」を持ち出したマクス・ウェーバー
の学説の物真似だが、ウェーバー学説そのものが支持できなくなっている今では、論外というほかない。
P55
産業革命などというものも、この大事業(アメリカ開発)のための一手段にすぎなかったことになる。鉄道であれ、蒸気船であれ、産業革命の生み出した技術革新は、
他のいかなる土地においてよりも、土地をはじめとする資源に当面制約がなかった「新世界」においてこそ、決定的な意味を持っていた、と言えるからである。
P63
世界商品(砂糖、たばこ)の存在しなかったニューイングランドには、大規模なイギリス資本は投下されず、したがって「低開発化」も進行しなかった。
つまり、ニューイングランドは、いわば「未開発」であったからこそ、むしろ独自の自立的な発展の可能性が生じたのである。
P69
(16、17世紀の資源・環境問題)
食糧・原料・エネルギーのすべてが、国内の植物性生産物に依存していたという事実である。
P73
17世紀後半以後のイギリス史は、この3つの条件がつぎつぎと実現されていった歴史である。
商業革命(欧州以外への貿易拡大)、農業革命(生産性向上)、エネルギー革命(鉄と石炭、馬から蒸気機関)
P80
近年かなりの研究者が、イギリスの近・現代資本主義を「ジェントルマン資本主義」と呼んでいるひとつの理由が、ここにある。
価値観の上では、彼らはあくまで「ジェントルマン」であって、剥き出しの経済合理主義者などではなかったのである。
P88
キリスト教の世界では、人間に与えられた時間は試練の時間
試練の時間を利用して金儲けはできない(利子がとれない)
ユダヤ教徒に頼る
P103
単婚核家族は、あらゆる家族形態のなかでもっとも弱体な家族なのである。
(欧州の近現代史は家族の解体)
P111
家族とは、血縁とはかならずしも無関係に、次世代を育てていく社会的機構と言うことになろう。
P117
(ロンドン)一極集中のイギリスと複数の核(京都・大阪・江戸)を持っていた日本の近世との違いは明白である。
(イギリスに関西はない)
P131
W・D・ルービンステインは、一見、繁栄を謳歌しているように見える日本の大きな弱点として、文化情報の発信能力が極度に低いことをあげている。
英語というものが、大英帝国の残した何ともしたたかな「遺産」であることだけは間違いない。
P138
1880年、聖職者ウィリアム・ギルピンによるイギリス国内旅行案内『ワイ川の観察』が流行
(欧州を若者が旅行する)グランド・ツアーから(イギリス国内辺境旅行の)ピクチャレスクの旅への移行は、いわば「旅の輸入代替」であり、
イギリスが文化情報の受容国から、その発信国に転換したことの証でもあった。
P147
「生活様式」を輸出できれば、輸出市場は革命的に拡大する。
P148
世界経済のヘゲモニーを握った国は、ほぼ例外なく自由貿易を唱える。
「自由貿易とは、最先進国の重商主義」そのものなのである。
P159
「時代劇」(サムライ・ドラマ)のある国、ない国
アメリカには西部劇があるが、イギリスにはない
(国民の意識に歴史的な分断がない)
P166
徹底的な資源小国であったオランダの盛衰は、日本の将来を考えるにあたって、大帝国となったイギリスや大陸国家アメリカの歴史より、
はるかに重要なヒントを与えてくれるかもしれないのである。
P168
当時、オランダを超大国として意識したのは、鎖国下の日本人だけではなかったのである。
P172
経済の長期的衰退は必然であるが、それを救いうるのは文化のみだからである。
P176
戦前・戦後の日本人は、イギリス近代史に「経済的成功の秘訣」を求めた。
その結果は、かの大塚史学という壮大ではあるが、はななだ権威主義的な解釈の横行となった。
日本自体が経済成長に成功すると、このようなイギリス経済史が決定的に魅力を失ったのは当然である。
今日から見ると、むしろ、イギリスの没落過程の「緩やかさ」こそが、われわれとしては模範とすべきではないか。
これが本書で私のもっとも言いたかったことである。
P181
19世紀の世紀末には、なお前方に、たとえば社会主義という希望もあったわけだが、20世紀のそれには閉塞状況そのものであり、
はるかに危機的にも見える。
川北稔さんは1940年大阪市生まれ。大阪大学名誉教授。イギリス史が専門の歴史学者。
原本は1995年にダイヤモンド社から出版された一般向けのイギリス近現代史エッセイ。
テーマはかつての大英帝国の緩やかな衰退過程に、いまだなお経済的成長を至上とする日本の手本とすべきではないかという主張です。
95年出版の本が文庫化入りということは、まだ真剣に経済的成熟後の日本のグランド・デザインを考えている人が少ないという証左でしょうか。
テーマ以外でも近現代の世界史のちょっとした復習になる事例が多く実りある書籍でした。
・歴史は、それほど楽観的にも、それほど悲観的にも、見られるべきではない
・イギリスは成功したから帝国になったのではなく、帝国になったから成功したのである
・経済の長期的衰退は必然であるが、それを救いうるのは文化のみだからである
以下内容は講談社のウエブから。それ以下は抜き書きです。
=================================================================================『イギリス 繁栄のあとさき』(川北稔著、講談社学術文庫、2014年)
内容紹介
イギリスの緩やかな没落に学ぶ
今日、イギリスから学ぶべきは、勃興の理由ではなく、成熟期以後の経済のあり方と、衰退の中身である――。
産業革命を支えたカリブ海の砂糖プランテーション。資本主義を担ったジェントルマンの非合理性。英語、生活様式という文化遺産……。
世界システム論を日本に紹介した碩学が、大英帝国の内側を解き、歴史における「衰退」を考えるエッセイ。
※本書の原本は、1995年にダイヤモンド社より刊行されました。
目次
はじめに 不況か「衰退」か
第1章 近代世界システムのなかのイギリス
第2章 「ジェントルマン資本主義」の内側
第3章 文化の輸出と輸入
第4章 ヘゲモニーの衰退はどのようにして起こるか
=================================================================================
P8
私が到達したひとつの答えは、歴史上、永遠にトップを走り続けた国はないということであり、にもかかわらず、
トップでなくなった国も、いきなり低開発国に逆戻りしたりするのではない、ということであった。
歴史は、それほど楽観的にも、それほど悲観的にも、見られるべきではない。
P17
今もっとも必要なのは、「成熟期以後の経済」のあり方と、そのなかでのわれわれの生き方の問題への指針である。
P18
「鉱・工業生産」統計をもって一国の経済状態の指標とする過ちを重ねたことが、結局、「イギリスの衰退」の過大評価を引き起こした根本原因だというのである。
(歴史家、ルーベインステインの主張)。
P19
1688年以降のイギリス経済を「ジェントルマン資本主義」と定義し、やはり、イギリス経済史
における産業資本主義の意味をあまり評価しない立場もある。
P20
一国の経済が発展するにつれて、その重心が第一次産業から第二次、第三次産業、つまり、金融・サービス部門へとしだいに移動するという、いわゆる
「ウィリアム・ペティの法則」からすれば、これも当然のなりゆきであった、というわけだ。
P23
今日なお、日本人がイギリス史研究から得るものがあるとすれば、少なくともそのひとつは、いったん成功した経済のゆくえの問題であり、もしかすると必然であるかもしれない「衰退」の中身の問題である。
P23
「ジェントルマンの理想」を持たないわれわれには、工業生産の「衰退」を甘受しうる、どのような理念がありうるのだろうか。
P28
近代史上、本当にヘゲモニー国家と言えるものは、17世紀中ごろのオランダと19世紀中期のイギリス、第二次大戦後、20ないし30年間のアメリカだけであったというのが、
近代の世界史を一体のものとして見ようとする、「世界システム」論の主唱者イマニュエル・ウォーラーステインの見解である。
P29
(第二次100年戦争と呼ばれるイギリス、フランスの17、18世紀の抗争をイギリスが制した)
実際に戦争の帰趨を決めた大きな要素は、早急に大量の戦費を確保できるかどうか、にかかっていたと思われる。
P33
18世紀の少なくとも1770年代までは、余剰資金の溢れるアムステルダムは、世界の圧倒的な金融センターであったことがわかっている。
アムステルダムの資金を導入できるか否かが、他の諸国の命運を決めた、と言われるのも当然である。
P34
ヘゲモニーには、農業と鉱工業の生産、商業、金融の3つの次元が区別でき、それらすべての次元で圧倒的優位を確立した状態が、本当のヘゲモニー国家だと言われている。
しかも、それぞれの優位は、この順に成立し、この順に崩れていく。
P35
世界で最初の産業革命に成功したイギリスが、その力で帝国を造った、というような古いイメージにとらわれていると、ここでの議論は理解できない。
イギリスは成功したから帝国になったのではなく、帝国になったから成功したのである。
P37
歴史上、「世界経済」のヘゲモニーを握った国で、食糧を自給したといえるのは、アメリカ以外にはないことも、事実である。
それ以前のヘゲモニー国家は、徹底した自由貿易を前提として、食糧の大半を輸入に頼るのが普通であった。
P42
工業化と都市化の進行にともなって、イギリス民衆のなかに都市生活を送る者が増え、彼らの食生活が一変したという事実がある。
そこで主役をなしたのは、研究者が「ティー・コンプレックス」と総称している、茶と砂糖を中心としたワン・セットの食品群である。
P45
味噌汁と茶漬けの朝食から、パンとコーヒーのそれへの「朝食革命」がとっくに完了しているわが国の食糧政策は、結局、自由化以外にはないはずなのである。
P50
「近代世界システム」は、グローバルな分業体制である。政治的統合体、つまり世界帝国ではない。世界帝国形成の野望は、16世紀に神聖ローマ帝国カール5世のそれが失敗して以来、
継続的に成功した例はない。世界を政治的に統合するには、そのための軍事・官僚機構を維持する必要が生じるが、そのコストが高くつきすぎるため、財政的にペイしなくなるのである。ナポレオンやヒトラーの試みも、あえて言えば、国際共産主義のそれも、ことごとく失敗した。むしろ政治的統合を求めないがゆえに、今の資本主義的「世界システム」は強靭な生命力を維持している、と言えよう。
P52
(東アジアの台頭をどう見るか)
さっそく「儒教資本主義」などという思いつきの時論も現れた。この議論は、かつての「西欧の勃興」を説明するために「プロテスタンティズムの倫理」を持ち出したマクス・ウェーバー
の学説の物真似だが、ウェーバー学説そのものが支持できなくなっている今では、論外というほかない。
P55
産業革命などというものも、この大事業(アメリカ開発)のための一手段にすぎなかったことになる。鉄道であれ、蒸気船であれ、産業革命の生み出した技術革新は、
他のいかなる土地においてよりも、土地をはじめとする資源に当面制約がなかった「新世界」においてこそ、決定的な意味を持っていた、と言えるからである。
P63
世界商品(砂糖、たばこ)の存在しなかったニューイングランドには、大規模なイギリス資本は投下されず、したがって「低開発化」も進行しなかった。
つまり、ニューイングランドは、いわば「未開発」であったからこそ、むしろ独自の自立的な発展の可能性が生じたのである。
P69
(16、17世紀の資源・環境問題)
食糧・原料・エネルギーのすべてが、国内の植物性生産物に依存していたという事実である。
P73
17世紀後半以後のイギリス史は、この3つの条件がつぎつぎと実現されていった歴史である。
商業革命(欧州以外への貿易拡大)、農業革命(生産性向上)、エネルギー革命(鉄と石炭、馬から蒸気機関)
P80
近年かなりの研究者が、イギリスの近・現代資本主義を「ジェントルマン資本主義」と呼んでいるひとつの理由が、ここにある。
価値観の上では、彼らはあくまで「ジェントルマン」であって、剥き出しの経済合理主義者などではなかったのである。
P88
キリスト教の世界では、人間に与えられた時間は試練の時間
試練の時間を利用して金儲けはできない(利子がとれない)
ユダヤ教徒に頼る
P103
単婚核家族は、あらゆる家族形態のなかでもっとも弱体な家族なのである。
(欧州の近現代史は家族の解体)
P111
家族とは、血縁とはかならずしも無関係に、次世代を育てていく社会的機構と言うことになろう。
P117
(ロンドン)一極集中のイギリスと複数の核(京都・大阪・江戸)を持っていた日本の近世との違いは明白である。
(イギリスに関西はない)
P131
W・D・ルービンステインは、一見、繁栄を謳歌しているように見える日本の大きな弱点として、文化情報の発信能力が極度に低いことをあげている。
英語というものが、大英帝国の残した何ともしたたかな「遺産」であることだけは間違いない。
P138
1880年、聖職者ウィリアム・ギルピンによるイギリス国内旅行案内『ワイ川の観察』が流行
(欧州を若者が旅行する)グランド・ツアーから(イギリス国内辺境旅行の)ピクチャレスクの旅への移行は、いわば「旅の輸入代替」であり、
イギリスが文化情報の受容国から、その発信国に転換したことの証でもあった。
P147
「生活様式」を輸出できれば、輸出市場は革命的に拡大する。
P148
世界経済のヘゲモニーを握った国は、ほぼ例外なく自由貿易を唱える。
「自由貿易とは、最先進国の重商主義」そのものなのである。
P159
「時代劇」(サムライ・ドラマ)のある国、ない国
アメリカには西部劇があるが、イギリスにはない
(国民の意識に歴史的な分断がない)
P166
徹底的な資源小国であったオランダの盛衰は、日本の将来を考えるにあたって、大帝国となったイギリスや大陸国家アメリカの歴史より、
はるかに重要なヒントを与えてくれるかもしれないのである。
P168
当時、オランダを超大国として意識したのは、鎖国下の日本人だけではなかったのである。
P172
経済の長期的衰退は必然であるが、それを救いうるのは文化のみだからである。
P176
戦前・戦後の日本人は、イギリス近代史に「経済的成功の秘訣」を求めた。
その結果は、かの大塚史学という壮大ではあるが、はななだ権威主義的な解釈の横行となった。
日本自体が経済成長に成功すると、このようなイギリス経済史が決定的に魅力を失ったのは当然である。
今日から見ると、むしろ、イギリスの没落過程の「緩やかさ」こそが、われわれとしては模範とすべきではないか。
これが本書で私のもっとも言いたかったことである。
P181
19世紀の世紀末には、なお前方に、たとえば社会主義という希望もあったわけだが、20世紀のそれには閉塞状況そのものであり、
はるかに危機的にも見える。
2014年5月5日月曜日
[積読立読斜読] 『イザベラ・バードの旅 『日本奥地紀行』を読む』(宮本常一、講談社学術文庫、2014年)
[積読立読斜読] 『イザベラ・バードの旅 『日本奥地紀行』を読む』(宮本常一、講談社学術文庫、2014年)
イザベラ・バードは明治時代の女性旅行作家。イギリス・ヨークシャーの牧師に家に生まれ、病弱だったため北米まで転地療養したことから長じて旅にあこがれるようになった。
『日本奥地紀行』は1878年(明治11)6月から9月にかけて東京から北海道(蝦夷地)までの旅行の記録で、明治維新当時の日本の地方の住居・服装・風俗・自然を細かく書き留めてあり、近代以前の日本の情勢を知ることのできる資料である。文献では初めてアイヌ人に関する記述が豊富にある。
『日本奥地紀行』は幾重にも奇跡的な本です。46歳のイザベラ・バードがアメリカから横浜港に到着したのは明治11年5月、大久保利通が暗殺されたわずか6日後でした。豊富な海外経験と牧師の家で育った博愛的な精神から、未開の日本東北地方を旅しながらも現地人(アイヌ人も含め)を見下した記述はなく、ごく客観的な記述が続き、第一級の民俗風俗的資料となっています。バードが横浜で雇った英語を話すイトーは18歳。イトーはよく必要経費の上前をはね(手数料のつもりか?)ましたが勉強熱心で未知の英単語の他に行程の距離・町名・人口・特産品を詳細に日記につけたようです。バードの『日本奥地紀行』の民俗調査は文献がなくほぼ聴き取り調査ですが、この調査員・通訳としてのイトーの尽力がなければ成り立たなかったかもしれまません。
原本は大著であり、とても私にはかなわないと敬して遠ざけておりましたが、このたび講談社の学術文庫に民俗学者の宮本常一による解説本が入ったので手軽に入門できるようになりました。
講談社のサイトから照会文を引用します。
「日本観光文化研究所所長時代に毎月行った講義のうち、昭和51年9月から52年3月まで全7回の『日本奥地紀行』の講義録。
講義は幕末・明治期の紀行文を通して民衆社会や世相史を読むというもの。一英国人女性旅行家が目をとめた不思議な国「日本」の事象をきっかけに、その史料的価値、バードの視点の出色さを指摘するにとどまらず、著者自身の比類ない観察眼と聞き取り調査に裏打ちされた該博な見識も、圧倒的説得力をもって縦横無尽に紡ぎ出され、宮本民俗学の入門書ともなっている。」
イザベラ・バードの一次的記述ではとても理解できなかった内容が、日本中を旅した民俗学者・宮本常一の豊富な事例を引用する照会で鮮やかに理解できる箇所が多々あり、興味深かったです。
私見ながら、明治初期に外国人の女性が未開の東北奥地を旅して帰還できた理由は2点。
(1)日本人が未知の外国人に対して敵対的にならず好奇心で応じたこと。
(2)江戸時代の宿場制度に代わり陸地運送会社(人夫・駄馬を使用)のネットワークがあり荷物を運べたこと。
日本の近代文学を再読して日本近代史に位置づけた関川夏央による良書『本よみの虫干し』(岩波新書、2001年)は、この『日本奥地紀行』を取り上げ、特にイトーに注目しています。
「その年の9月に函館でイザベラ・バードと別れたイトーのその後の消息は知られない。私は、このような才能、このような躍動的な人物イトーをも歴史の渦に巻き込んでしまった明治という時代の烈しさを思う。いいかえれば明治は、すぐれた無名無数のイトーたちによってつくられたのである。」
イトーの存在は作家的好奇心をくすぐるのか中島京子さんによる『イトウの恋』という作品もあります(こちらは未読)。
イザベラ・バードは明治時代の女性旅行作家。イギリス・ヨークシャーの牧師に家に生まれ、病弱だったため北米まで転地療養したことから長じて旅にあこがれるようになった。
『日本奥地紀行』は1878年(明治11)6月から9月にかけて東京から北海道(蝦夷地)までの旅行の記録で、明治維新当時の日本の地方の住居・服装・風俗・自然を細かく書き留めてあり、近代以前の日本の情勢を知ることのできる資料である。文献では初めてアイヌ人に関する記述が豊富にある。
『日本奥地紀行』は幾重にも奇跡的な本です。46歳のイザベラ・バードがアメリカから横浜港に到着したのは明治11年5月、大久保利通が暗殺されたわずか6日後でした。豊富な海外経験と牧師の家で育った博愛的な精神から、未開の日本東北地方を旅しながらも現地人(アイヌ人も含め)を見下した記述はなく、ごく客観的な記述が続き、第一級の民俗風俗的資料となっています。バードが横浜で雇った英語を話すイトーは18歳。イトーはよく必要経費の上前をはね(手数料のつもりか?)ましたが勉強熱心で未知の英単語の他に行程の距離・町名・人口・特産品を詳細に日記につけたようです。バードの『日本奥地紀行』の民俗調査は文献がなくほぼ聴き取り調査ですが、この調査員・通訳としてのイトーの尽力がなければ成り立たなかったかもしれまません。
原本は大著であり、とても私にはかなわないと敬して遠ざけておりましたが、このたび講談社の学術文庫に民俗学者の宮本常一による解説本が入ったので手軽に入門できるようになりました。
講談社のサイトから照会文を引用します。
「日本観光文化研究所所長時代に毎月行った講義のうち、昭和51年9月から52年3月まで全7回の『日本奥地紀行』の講義録。
講義は幕末・明治期の紀行文を通して民衆社会や世相史を読むというもの。一英国人女性旅行家が目をとめた不思議な国「日本」の事象をきっかけに、その史料的価値、バードの視点の出色さを指摘するにとどまらず、著者自身の比類ない観察眼と聞き取り調査に裏打ちされた該博な見識も、圧倒的説得力をもって縦横無尽に紡ぎ出され、宮本民俗学の入門書ともなっている。」
イザベラ・バードの一次的記述ではとても理解できなかった内容が、日本中を旅した民俗学者・宮本常一の豊富な事例を引用する照会で鮮やかに理解できる箇所が多々あり、興味深かったです。
私見ながら、明治初期に外国人の女性が未開の東北奥地を旅して帰還できた理由は2点。
(1)日本人が未知の外国人に対して敵対的にならず好奇心で応じたこと。
(2)江戸時代の宿場制度に代わり陸地運送会社(人夫・駄馬を使用)のネットワークがあり荷物を運べたこと。
日本の近代文学を再読して日本近代史に位置づけた関川夏央による良書『本よみの虫干し』(岩波新書、2001年)は、この『日本奥地紀行』を取り上げ、特にイトーに注目しています。
「その年の9月に函館でイザベラ・バードと別れたイトーのその後の消息は知られない。私は、このような才能、このような躍動的な人物イトーをも歴史の渦に巻き込んでしまった明治という時代の烈しさを思う。いいかえれば明治は、すぐれた無名無数のイトーたちによってつくられたのである。」
イトーの存在は作家的好奇心をくすぐるのか中島京子さんによる『イトウの恋』という作品もあります(こちらは未読)。
2014年5月4日日曜日
[積読立読斜読] 『俳句の向こうに昭和が見える』(坪内稔典、教育評論社、2012年)
[積読立読斜読]『俳句の向こうに昭和が見える』(坪内稔典、教育評論社、2012年、広島県立図書館)
俳人の坪内捻典(つぼうち としのり)さんによる俳句による昭和史。広島県立図書館より借覧。
川柳のような時流を批評することが弱い俳句ですが(季語にひっぱられるためか?)、企画としては面白いかも。28期が高校時代を過ごした1970年代の中盤の雰囲気がわかるような俳句を引用してみます。
★寒夕焼け志村君ちのかわやまで
岡野泰輔
「寒夕焼け」は寒中の夕焼け。古い住宅では便所は忌避される場所として西側・北側にひっそりとあった。現代は無臭と芳香化が異常に進んでいるが、昭和には街に「匂い」が満ちていた。
★ボンカレー匂う三月逆上がり
坪内稔典
1973年笑福亭仁鶴のパロディーCM「3分間待つのだぞ」が話題に。
★バカボンのパパの腹巻き花曇り
木村弘一
不条理でも季節は巡る。
個人的に好きな俳人、久保田万太郎には同じ季語で「天麩羅をあげる仕度や花曇」がある。
★春一番紅白饅頭届きけり
内田美紗
「春一番」は民俗学者の宮本常一によると壱岐地方の言葉であり、全国的な一般的な言葉ではなかった。高度成長期に日本全国に広がり、キャンディーズのヒット曲「春一番」でさらに広がった。
入れ替わりで「紅白饅頭」、近所の和菓子屋がなくなっていった。
原本では昭和20年代から10年ごとに区切り、出来事を掲載された時事年表とともに俳句とエッセイを楽しめます。
それにしても「バカボンのパパの腹巻き花曇り」の解釈、どうしますかねえ。
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