オリジナルは2016年3月に放映された東海テレビ放送のTVドキュメンタリー番組で劇場版に再編集された作品だそうです。広島での上映館は八丁座。前回は満席で観ることができず本日は開館前から並んで残り10席というところでやっと観ることができました。(前売りがあるのですぐに満席になる様子)。
観客は当方と同年代の人が多かったです。
映画の前にお二人のスローライフは著書で知っておりましたが、淡々とした日常を2年以上にわたって撮影し、最後は、ご主人の最後の映像までカットせずに編集されてます。
以下、東海テレビのサイトから内容紹介。
本編も感動ものですが、故・津端修一さんの生涯は日本の近代の慟哭そのものでした。
海軍技術士官(少尉)としてマッカーサーを厚木飛行場に迎え、戦後は日本住宅公団で各地の団地を手掛け、経済効率一辺倒の公団へのアンチテーゼとして自ら開発したもののコンセプトが崩れた団地に土地を買い、更地だった300坪の自邸を何十年もかけて土質改良して雑木林まで作り、といった感じで、成熟した日本への警鐘とも思える一生です。
思わず落涙していまった場面があります。戦時中行動を共にした台湾からの少年徴用工員と再会し、宴会の席で日本の軍歌を合唱します。50年以上音信普通だった工員は政治犯として銃殺されていて、荒れ果てた墓に贈られたという印鑑を埋めます。
津端さんは泣きながら軍歌を低くうなるようにして歌います。
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90歳の建築家、津端修一さん(元広島大学教授、元日本住宅公団)と、
87歳の妻、英子さんは、愛知県春日井市の高蔵寺ニュータウンに暮らしている。
津端さんは、戦後最大の都市計画ともいわれた「高蔵寺ニュータウン」の基本設計をした人物で、
建築家の丹下健三やアントニン・レーモンドに師事した後、
日本住宅公団の創設期の中心メンバーとして、
激動の戦後日本の“住宅”、“団地”、“ニュータウン”を作り続けてきた。
津端夫妻は自ら設計をした高蔵寺に、完成当時から住み続けていて、約50年が経過した。
その自宅では、50年前に植えた小さな苗木が、今では鬱蒼とした雑木林に成長し、
枯葉をまいて土を耕し続けた畑では、年間を通じて約100種類もの野菜や果実が育っている。
妻の英子さんは、外食はせず、コンビニで買い物はしない主義。
畑で収穫した作物を使って、夫のために自慢の手料理を丁寧に作る日々を送る。
英子さんは言う、「食は命」と。
ふたりが暮らす家は、尊敬するアントニン・レーモンドの自邸を模した、
30畳一間、平屋建ての杉の丸太小屋。
食事も仕事も睡眠も、ワンルームで過ごす機能的で快適な生活である。
ふたりの暮らしぶりは、まるで現代の桃源郷のよう。
90歳と87歳、津端夫妻のモットーは「年を重ねるごとに美しくなる人生」。
番組のナレーションは、女優の樹木希林。
70歳を超えても輝き続ける女性の代表格で、自らの人生の終末について、
その発言が常に注目を集めている。
この番組では、建築家、津端修一さんと、妻の英子さん、
ふたりの暮らしを追った“人生のものがたり”である。
津端修一
平成27年6月死去、享年90
・大正14年(1925年)愛知県岡崎市生まれ
・戦時中は海軍技術仕官(少尉)として厚木飛行場に赴任
・戦後、東京大学第一工学部建築学科に入学し、丹下健三の下で学ぶ
・日本住宅公団発足と同時に入団
・多摩平団地、阿佐ヶ谷住宅、高蔵寺ニュータウンなどを設計
・広島大学教授、三重大学教授などを歴任
津端英子
88歳
・昭和3年(1928年)愛知県半田市生まれ
・200年以上続いた造り酒屋の娘として育つ
・妻、英子は
「あしたも、こはるびより」
「ひでこさんのたからもの」
「キッチンガーデンのある暮らし」
など著作多数
ナレーション
樹木希林
スタッフ
ディレクター 伏原 健之(東海テレビ)
プロデューサー 阿武野 勝彦(東海テレビ)
http://tokai-tv.com/jinseifruit/
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