2020年11月30日月曜日
[積読立読斜読] 『食べたくなる本』(三浦哲哉著、みすず書房、2019年)
旧刊ですがレクトにある蔦屋書店で食の本を集めた平台にあり、表紙が非常にシンプルで逆に目につき購入してみました。(ナチュラルホワイトのファンシーペーペーだそうで、お堅いみすず書房からというのも知的スノッブの心を揺さぶります)。
料理に関する本ですが、カラー写真はなく、ひたすら料理本と、時にはその料理本のレシピを自分で作った、あるいは作ってきた自分史のような、料理本に関する批評集、という切り口が新鮮でした。オリジナルはみすず書房のPR雑誌『月刊みすず』に2016年10月号から2年間連載したものを加筆したものだそうです。
著者の本職は大学の教壇に立つ映画研究者。それがなぜ食についてというもっともな疑問は、大学院時代に料理を始めたことがきっかけで、映画と同じ、創作への関心から、食に目覚めたそうで「色んな料理本を読み、未知のメソッドを試す楽しい時間でした。他者の生き方や生活の様相を事細かに示すのが映画の魅力なら、それは食や料理本にも言えることなのです」とは本人談。目を通したのは約500冊だそうで、全体は3章の構成。
第1章は、自分自身の来歴、料理を通じた自分史。第2章が料理研究者の作家論。第3章が料理に限らず大きな視野から食文化や環境についての考察となっています。意外なところで2章の作家論に丸元淑生の名があったことで、このカルトな料理研究家(本業は小説家)にも一時当方が傾倒していたこともあり、懐かしかったです。(著者の入れ込みようもカルトで尋常ではない)。
総じて料理研究家の表す文章には名文が多いようです。手際よく料理の手順を説明する必要があるため達意の文書が自然と書けるようになるのではと推測していますが、この著者の料理本を料理する文章も非常に明快で唸りました。たとえばこの一節。
肉ならば肉を、パンではさみ、覆い隠す。それはある意味では擬態である。頭では、もちろん、それがたかだか肉をパンではさんだものにすぎないことがわかっている。けれども、唇と舌は最初にパンと触れるから、パンに対してなされる強い加減の、あむっという噛みしめる動きが反射的に起こり、すると、ふだんよりも深く、歯は肉に突き刺さってゆく。そのあとも、口の中に留まるパンのかけらの感触によって、噛みしめる動きが弱まることはない。だから、具材の風味がいつもよりも奥深くから引き出される。そのとき生まれている「差」が、驚きをもたらす。おそらく、ここで私たちは、無意識の営みであるところの「噛み」、「飲み下す」という習慣の在りようまでも、再発見することになるのではないか(「16 サンドイッチ考」)
かつて自らも「食通」ジャンルの秀逸な随筆を書いた丸谷才一は日本の三大料理随筆として、『食は広州にあり』(邱 永漢、解説は丸谷才一)、『檀流クッキング』(檀一雄)、『私の食物誌』(吉田健一)を挙げましたが、本書を新ジャンルの料理本批評の秀逸な一冊として推薦します。
<出版社からの内容紹介>
美味い料理、美味い酒には目がない気鋭の映画批評家が、料理本や料理エッセイを批評的に読む。食の素材、味、調理法、さらには食文化のあり方をめぐる、驚きと発見に満ちた考察。丸元淑生、有元葉子、辰巳芳子、高山なおみ、細川亜衣、ケンタロウ、小泉武夫、冷水希三子、奥田政行、勝見洋一……。その根底に流れるのは、「料理を作る・食べる・もてなす」ことに人生を捧げてきた人びとへのオマージュだ。「料理本批評」という、かつてないユニークな試みであり、もちろん本書も「食べたくなる本」である。
https://www.msz.co.jp/book/detail/08781/
<著者プロフィール>
みうらてつや/1976年、福島県郡山市生まれ。東京大学大学院総合文化研究科超域文化科学専攻博士課程修了。専門は映画批評・研究。著書『サスペンス映画史』『映画とは何か』『『ハッピーアワー』論』、訳書『ジム・ジャームッシュ・インタビューズ』。
https://bunshun.jp/articles/-/11560
2020年11月28日土曜日
[その他] 11月28日(土曜日) 広島掃除に学ぶ会(街頭清掃)平和大通り
午前7時に平塚公園に集合、分散して約40分程度、ゴミ拾いをしています。
昨年まで中学校・小学校・高校のトイレ清掃が主体の会でしたが、コロナ禍で学校側の受け入れが出来ず、街頭清掃に場所を切り替えた次第です。
[積読立読斜読] 『陰翳礼賛』(谷崎潤一郎著、大川裕弘写真、パイインターナショナル、2018年) 5/6
十二
知っての通り文楽の芝居では、女の人形は顔と手の先だけしかない。胴や足の先は裾の長い衣裳の裡に包まれているので、人形使いが自分達の手を内部に入れて動きを示せば足りるのであるが、私はこれが最も実際に近いのであって、昔の女と云うものは襟から上と袖口から先だけの存在であり、他は悉く闇に隠れていたものだと思う。当時にあっては、中流階級以上の女はめったに外出することもなく、しても乗物の奥深く潜んで街頭に姿を曝さないようにしていたとすれば、大概はあの暗い家屋敷の一と間に垂れ籠めて、昼も夜も、たゞ闇の中に五体を埋めつゝその顔だけで存在を示していたと云える。されば衣裳なども、男の方が現代に比べて派手な割合に、女の方はそれほどでない。舊幕時代の町家の娘や女房のものなどは驚くほど地味であるが、それは要するに、衣裳と云うものは闇の一部分、闇と顔とのつながりに過ぎなかったからである。鉄漿おはぐろなどと云う化粧法が行われたのも、その目的を考えると、顔以外の空隙へ悉く闇を詰めてしまおうとして、口腔へまで暗黒を啣ませたのではないであろうか。今日かくの如き婦人の美は、島原の角屋のような特殊な所へ行かない限り、実際には見ることが出来ない。しかし私は幼い時分、日本橋の家の奥でかすかな庭の明りをたよりに針仕事をしていた母の俤を考えると、昔の女がどう云う風なものであったか、少しは想像出来るのである。あの時分、と云うのは明治二十年代のことだが、あの頃までは東京の町家も皆薄暗い建て方で、私の母や伯母や親戚の誰彼など、あの年配の女達は大概鉄漿を附けていた。着物は不断着は覚えていないが、餘所よそ行きの時は鼠地の細かい小紋をしば/\着た。母は至ってせいが低く、五尺に足らぬほどであったが、母ばかりでなくあの頃の女はそのくらいが普通だったのであろう。いや、極端に云えば、彼女たちには殆ど肉体がなかったのだと云っていゝ。私は母の顔と手の外、足だけはぼんやり覚えているが、胴体については記憶がない。それで想い起すのは、あの中宮寺の観世音の胴体であるが、あれこそ昔の日本の女の典型的な裸体像ではないのか。あの、紙のように薄い乳房の附いた、板のような平べったい胸、その胸よりも一層小さくくびれている腹、何の凹凸おうとつもない、真っ直ぐな背筋と腰と臀の線、そう云う胴の全体が顔や手足に比べると不釣合に痩せ細っていて、厚みがなく、肉体と云うよりもずんどうの棒のような感じがするが、昔の女の胴体は押しなべてあゝ云う風ではなかったのであろうか。今日でもあゝ云う恰好の胴体を持った女が、舊弊な家庭の老夫人とか、藝者などの中に時々いる。そして私はあれを見ると、人形の心棒を思い出すのである。事実、あの胴体は衣裳を着けるための棒であって、それ以外の何物でもない。胴体のスタッフを成しているものは、幾襲ねとなく巻き附いている衣と綿とであって、衣裳を剥げば人形と同じように不恰好な心棒が残る。が、昔はあれでよかったのだ、闇の中に住む彼女たちに取っては、ほのじろい顔一つあれば、胴体は必要がなかったのだ。思うに明朗な近代女性の肉体美を謳歌する者には、そう云う女の幽鬼じみた美しさを考えることは困難であろう。また或る者は、暗い光線で胡麻化した美しさは、真の美しさでないと云うであろう。けれども前にも述べたように、われ/\東洋人は何でもない所に陰翳を生ぜしめて、美を創造するのである。「掻き寄せて結べば柴の庵なり解くればもとの野原なりけり」と云う古歌があるが、われ/\の思索のしかたはとかくそう云う風であって、美は物体にあるのではなく、物体と物体との作り出す陰翳のあや、明暗にあると考える。夜光の珠も暗中に置けば光彩を放つが、白日の下に曝せば宝石の魅力を失う如く、陰翳の作用を離れて美はないと思う。つまりわれ/\の祖先は、女と云うものを蒔絵まきえや螺鈿らでんの器と同じく、闇とは切っても切れないものとして、出来るだけ全体を蔭へ沈めてしまうようにし、長い袂や長い裳裾で手足を隈の中に包み、或る一箇所、首だけを際立たせるようにしたのである。なるほど、あの均斉を缺いた平べったい胴体は、西洋婦人のそれに比べれば醜いであろう。しかしわれ/\は見えないものを考えるには及ばぬ。見えないものは無いものであるとする。強しいてその醜さを見ようとする者は、茶室の床の間へ百燭光の電燈を向けるのと同じく、そこにある美を自みずから追い遣ってしまうのである。
十三
だが、いったいこう云う風に暗がりの中に美を求める傾向が、東洋人にのみ強いのは何故であろうか。西洋にも電気や瓦斯ガスや石油のなかった時代があったのであろうが、寡聞な私は、彼等に蔭を喜ぶ性癖があることを知らない。昔から日本のお化けは脚がないが、西洋のお化けは脚がある代りに全身が透きとおっていると云う。そんな些細な一事でも分るように、われ/\の空想には常に漆黒の闇があるが、彼等は幽霊をさえガラスのように明るくする。その他日用のあらゆる工藝品において、われ/\の好む色が闇の堆積したものなら、彼等の好むのは太陽光線の重なり合った色である。銀器や銅器でも、われらは錆の生ずるのを愛するが、彼等はそう云うものを不潔であり非衛生的であるとして、ピカピカに研き立てる。部屋の中もなるべく隈を作らないように、天井や周囲の壁を白っぽくする。庭を造るにも我等が木深い植え込みを設ければ、彼等は平らな芝生をひろげる。かくの如き嗜好の相違は何に依って生じたのであろうか。案ずるにわれ/\東洋人は己れの置かれた境遇の中に満足を求め、現状に甘んじようとする風があるので、暗いと云うことに不平を感ぜず、それは仕方のないものとあきらめてしまい、光線が乏しいなら乏しいなりに、却ってその闇に沈潜し、その中に自おのずからなる美を発見する。然るに進取的な西洋人は、常により良き状態を願って已やまない。蝋燭からランプに、ランプから瓦斯燈に、瓦斯燈から電燈にと、絶えず明るさを求めて行き、僅かな蔭をも払い除けようと苦心をする。恐らくそう云う気質の相違もあるのであろうが、しかし私は、皮膚の色の違いと云うことも考えてみたい。われ/\とても昔から肌が黒いよりは白い方を貴いとし、美しいともしたことだけれども、それでも白皙人種の白さとわれ/\の白さとは何処か違う。一人一人に接近して見れば、西洋人より白い日本人があり、日本人より黒い西洋人があるようだけれども、その白さや黒さの工合が違う。これは私の経験から云うのであるが、以前横浜の山手に住んでいて、日夕居留地の外人等と行楽を共にし、彼等の出入する宴会場や舞蹈場へ遊びに行っていた時分、傍で見ると彼等の白さをそう白いとは感じなかったが、遠くから見ると、彼等と日本人との差別が、実にはっきり分るのであった。日本人でも彼等に劣らない夜会服を著つけ、彼等より白い皮膚を持ったレディーがいるが、しかしそう云う婦人が一人でも彼等の中に交ると、遠くから見渡した時にすぐ見分けがつく。と云うのは、日本人のはどんなに白くとも、白い中に微かな翳かげりがある。そのくせそう云う女たちは西洋人に負けないように、背中から二の腕から腋の下まで、露出している肉体のあらゆる部分へ濃い白粉を塗っているのだが、それでいて、やっぱりその皮膚の底に澱んでいる暗色を消すことが出来ない。ちょうど清洌な水の底にある汚物が、高い所から見下ろすとよく分るように、それが分る。殊に指の股だとか、小鼻の周囲だとか、襟頸だとか、背筋だとかに、どす黒い、埃の溜ったような隈が出来る。ところが西洋人の方は、表面が濁っているようでも底が明るく透きとおっていて、体じゅうの何処にもそう云う薄汚い蔭がささない。頭の先から指の先まで、交り気がなく冴え/″\と白い。だから彼等の集会の中へわれ/\の一人が這入り込むと、白紙に一点薄墨のしみが出来たようで、われ/\が見てもその一人が眼障りのように思われ、あまりいゝ気持がしないのである。こうしてみると、かつて白皙人種が有色人種を排斥した心理が頷けるのであって、白人中でも神経質な人間には、社交場裡に出来る一点のしみ、一人か二人の有色人さえが、気にならずにはいなかったのであろう。そう云えば、今日ではどうか知らないが、昔黒人に対する迫害が最も激しかった南北戦争の時代には、彼等の憎しみと蔑みは単に黒人のみならず、黒人と白人との混血児、混血児同士の混血児、混血児と白人との混血児等々にまで及んだと云う。彼等は二分の一混血児、四分の一混血児、八分の一、十六分の一、三十二分の一混血児と云う風に、僅かな黒人の血の痕跡を何処までも追究して迫害しなければ已まなかった。一見純粋の白人と異なるところのない、二代も三代も前の先祖に一人の黒人を有するに過ぎない混血児に対しても、彼等の執拗な眼は、ほんの少しばかりの色素がその真っ白な肌の中に潜んでいるのを見逃さなかった。で、かくの如きことを考えるにつけても、いかにわれ/\黄色人種が陰翳と云うものと深い関係にあるかが知れる。誰しも好んで自分たちを醜悪な状態に置きたがらないものである以上、われ/\が衣食住の用品に曇った色の物を使い、暗い雰囲気の中に自分たちを沈めようとするのは当然であって、われ/\の先祖は彼等の皮膚に翳りがあることを自覚していた訳でもなく、彼等より白い人種が存在することを知っていたのではないけれども、色に対する彼等の感覚が自然とあゝ云う嗜好を生んだものと見る外はない。
十四
われ/\の先祖は、明るい大地の上下四方を仕切ってまず陰翳の世界を作り、その闇の奥に女人を籠らせて、それをこの世で一番色の白い人間と思い込んでいたのであろう。肌の白さが最高の女性美に缺くべからざる条件であるなら、われ/\としてはそうするより仕方がないのだし、それで差支えない訳である。白人の髪が明色であるのにわれ/\の髪が暗色であるのは、自然がわれ/\に闇の理法を教えているのだが、古人は無意識のうちに、その理法に従って黄色い顔を白く浮き立たせた。私はさっき鉄漿おはぐろのことを書いたが、昔の女が眉毛を剃り落したのも、やはり顔を際立たせる手段ではなかったのか。そして私が何よりも感心するのは、あの玉虫色に光る青い口紅である。もう今日では祇園の藝妓などでさえ殆どあれを使わなくなったが、あの紅こそはほのぐらい蝋燭のはためきを想像しなければ、その魅力を解し得ない。古人は女の紅い唇をわざと青黒く塗りつぶして、それに螺鈿を鏤ちりばめたのだ。豊艶な顔から一切の血の気を奪ったのだ。私は、蘭燈のゆらめく蔭で若い女があの鬼火のような青い唇の間からとき/″\黒漆色の歯を光らせてほゝ笑んでいるさまを思うと、それ以上の白い顔を考えることが出来ない。少くとも私が脳裡に描く幻影の世界では、どんな白人の女の白さよりも白い。白人の白さは、透明な、分り切った、有りふれた白さだが、それは一種人間離れのした白さだ。或はそう云う白さは、実際には存在しないかも知れない。それはたゞ光りと闇が醸し出す悪戯であって、その場限りのものかも知れない。だがわれ/\はそれでいゝ。それ以上を望むには及ばぬ。こゝで私は、そう云う顔の白さを想う半面に、それを取り囲む闇の色について話したいのだが、もう数年前、いつぞや東京の客を案内して島原の角屋で遊んだ折に、一度忘れられない或る闇を見た覚えがある。何でもそれは、後に火事で焼け失せた「松の間」とか云う廣い座敷であったが、僅かな燭台の灯で照らされた廣間の暗さは、小座敷の暗さと濃さが違う。ちょうど私がその部屋へ這入って行った時、眉を落して鉄漿を附けている年増の仲居が、大きな衝立の前に燭台を据えて畏まっていたが、畳二畳ばかりの明るい世界を限っているその衝立の後方には、天井から落ちかゝりそうな、高い、濃い、たゞ一と色の闇が垂れていて、覚束ない蝋燭の灯がその厚みを穿つことが出来ずに、黒い壁に行き当ったように撥ね返されているのであった。諸君はこう云う「灯に照らされた闇」の色を見たことがあるか。それは夜道の闇などとは何処か違った物質であって、たとえば一と粒一と粒が虹色のかゞやきを持った、細かい灰に似た微粒子が充満しているもののように見えた。私はそれが眼の中へ這入り込みはしないかと思って、覚えず眼瞼をしばだゝいた。今日では一般に座敷の面積を狭くすることが流行り、十畳八畳六畳と云うような小間を建てるので、仮に蝋燭を点じてもかゝる闇の色は見られないが、昔の御殿や妓楼などでは、天井を高く、廊下を廣く取り、何十畳敷きと云う大きな部屋を仕切るのが普通であったとすると、その屋内にはいつもこう云う闇が狭霧の如く立ち罩こめていたのであろう。そしてやんごとない上※(「藹」の「言」に代えて「月」、第3水準1-91-26)たちは、その闇の灰汁あくにどっぷり漬かっていたのであろう。かつて私は「倚松庵随筆」の中でもそのことを書いたが、現代の人は久しく電燈の明りに馴れて、こう云う闇のあったことを忘れているのである。分けても屋内の「眼に見える闇」は、何かチラチラとかげろうものがあるような気がして、幻覚を起し易いので、或る場合には屋外の闇よりも凄味がある。魑魅ちみとか妖怪変化とかの跳躍するのはけだしこう云う闇であろうが、その中に深い帳とばりを垂れ、屏風や襖を幾重にも囲って住んでいた女と云うのも、やはりその魑魅の眷属けんぞくではなかったか。闇は定めしその女達を十重二十重に取り巻いて、襟や、袖口や、裾の合わせ目や、至るところの空隙を填めていたであろう。いや、事に依ると、逆に彼女達の体から、その歯を染めた口の中や黒髪の先から、土蜘蛛つちぐもの吐く蜘蛛のいの如く吐き出されていたのかも知れない。
[積読立読斜読] 『凡事徹底「一日一話」』(鍵山秀三郎著、PHP、2019年)11月29日~11月30日
美徳陰徳(びとくいんとく)
古来日本人が大事にしてきた言葉として「美徳陰徳」があります。意味は、人知れず善行を積み重ねることです。「美徳陰徳」は、積み上げる人にとって、誇りとなり自信につながります。ときには強い忍耐心にもなります。
各地「掃除に学ぶ会」に参加している人たちがどことなく自信を醸し出しているのは、日ごろから積み重ねている「美徳陰徳」が土台になっているからでしょう。
2020年11月27日金曜日
[惹句どんどん] 三浦哲哉(映画評論家)
自分がふだん「おいしい」とか「おいしくない」という場合のその基準など、この世界に存在する無数の基準のなかのほんの一つにすぎないということに気づかされる。
P8
他人がなにをどう作りどう食べているかを知ると、とうぜんながら、「おいしい」のかたちが千差万別であることにしみじみと思いいたる。そして、自分がふだん「おいしい」とか「おいしくない」という場合のその基準など、この世界に存在する無数の基準のなかのほんの一つにすぎないということに気づかされる。そのことを貴重だと思う。なにか、肩の荷をおろしたようなほっとする気分にさえなる。それはつまり、自分が抜き差しがたく囚われている「習慣」の狭さに気づき、それを相対化し、ほんの少しだけ、その囚われから解放されるきっかけを与えてくれるからではないか。これも料理の本を読む理由と言えるだろう。いろいろな「おいしい」を知って身軽になること、優しくなること。
現在読書中『食べたくなる本』(三浦哲哉著、みすず書房、2019年)より。著者は青山学院大学准教授、表象文化論(サスペンス映画専門)、1976年福島県郡山生まれ。
2020年11月26日木曜日
[積読立読斜読] 『13億人のトイレ 下から見た経済大国インド』(佐藤大介著、角川新書、2020年)
著者は共同通信のインド特派員で2020年5月まで約4年間インドに滞在。人口が10年内に中国を抜き、GDPは現在日本の半分程度だが、2029年には上回る予想がある、経済成長著しいというイメージがありますが、国内では格差が非常に激しく、数字と現実の乖離が海外からは理解しずらい思いを持っていたそうで、取材の対象を「トイレ」に絞ることで現実を直視したのが本書の成立過程です。出た結論が帯にあるコピーの「インドはトイレなき経済成長だった!?」です。
人口約13億のうち8割が信仰するヒンドゥー教が排泄物を不浄のものとして家屋内にトイレを設けないこともあり、約6億人がトイレのない生活を送っているそうです(屋外排泄)。モディ首相は全国民にトイレを普及させる「クリーン・インディア」キャンペーンを2018年から展開中で5年で1億箇所以上のトイレ設置が目標だそうです。本書によると実際には維持管理が難しいのと長年の屋外排泄の習慣で使われていないトイレも多く、統計の数字は信頼がおけないそうです。
全国に下水道のインフラがないため、排泄物は河川に流すのが主流で(浄化槽は日本独特の技術だそうです)、地区によって流せないトイレ(乾式トイレ)はトイレ下部にためるしかなく、清掃が大変なのは想像に難くないです。清掃に従事する人は憲法上カーストによる差別はありませんが、最下層の「ダリット」と呼ばれる貧困層(人口の約13%)で、多くは世襲制だそうです。
本書には言及がありませんでしたが、国連主導で作られた持続可能な開発目標(SDGs)で定められた17の目標のうち、その6番目は「安全な水とトイレをみんなに」というものです。WHOの統計によるとトイレにアクセスできない人々が世界人口77億人のうち、20億人にも達し、トイレ設備がまったくない学校が23%もあるそうです。
日本のメーカーはじめ各国から設置が簡単で安価なトイレを開発して、インドの政策に協力しているようですが、緒に就いたばかりで、見通しは大変暗いものがあります。
学校のトイレ掃除ができる国、ボランティアでトイレ掃除をする人がいる国、というのは世界中でもまれな例であり、先人の努力による恩恵と感謝しつつ後世に伝える必要があると、思った次第です。
[積読立読斜読] 『陰翳礼賛』(谷崎潤一郎著、大川裕弘写真、パイインターナショナル、2018年) 4/6
十
諸君はまたそう云う大きな建物の、奥の奥の部屋へ行くと、もう全く外の光りが届かなくなった暗がりの中にある金襖や金屏風が、幾間を隔てた遠い/\庭の明りの穂先を捉えて、ぽうっと夢のように照り返しているのを見たことはないか。その照り返しは、夕暮れの地平線のように、あたりの闇へ実に弱々しい金色の明りを投げているのであるが、私は黄金と云うものがあれほど沈痛な美しさを見せる時はないと思う。そして、その前を通り過ぎながら幾度も振り返って見直すことがあるが、正面から側面の方へ歩を移すに随って、金地の紙の表面がゆっくりと大きく底光りする。決してちら/\と忙がしい瞬きをせず、巨人が顔色を変えるように、きらり、と、長い間を置いて光る。時とすると、たった今まで眠ったような鈍い反射をしていた梨地の金が、側面へ廻ると、燃え上るように耀やいているのを発見して、こんなに暗い所でどうしてこれだけの光線を集めることが出来たのかと、不思議に思う。それで私には昔の人が黄金を佛の像に塗ったり、貴人の起居する部屋の四壁へ張ったりした意味が、始めて頷けるのである。現代の人は明るい家に住んでいるので、こう云う黄金の美しさを知らない。が、暗い家に住んでいた昔の人は、その美しい色に魅せられたばかりでなく、かねて実用的価値をも知っていたのであろう。なぜなら光線の乏しい屋内では、あれがレフレクターの役目をしたに違いないから。つまり彼等はたゞ贅沢に黄金の箔や砂子を使ったのではなく、あれの反射を利用して明りを補ったのであろう。そうだとすると、銀やその他の金属はじきに光沢が褪あせてしまうのに、長く耀やきを失わないで室内の闇を照らす黄金と云うものが、異様に貴ばれたであろう理由を会得することが出来る。私は前に、蒔絵と云うものは暗い所で見て貰うように作られていることを云ったが、こうしてみると、啻ただに蒔絵ばかりではない、織物などでも昔のものに金銀の糸がふんだんに使ってあるのは、同じ理由に基づくことが知れる。僧侶が纏う金襴の袈裟けさなどは、その最もいゝ例ではないか。今日町中まちなかにある多くの寺院は大概本堂を大衆向きに明るくしてあるから、あゝ云う場所では徒らにケバケバしいばかりで、どんな人柄な高僧が着ていても有難味を感じることはめったにないが、由緒あるお寺の古式に則った佛事に列席してみると、皺しわだらけな老僧の皮膚と、佛前の燈明の明滅と、あの金襴の地質とが、いかによく調和し、いかに荘厳味を増しているかが分るのであって、それと云うのも、蒔絵の場合と同じように、派手な織り模様の大部分を闇が隠してしまい、たゞ金銀の糸がとき/″\少しずつ光るようになるからである。それから、これは私一人だけの感じであるかも知れないが、およそ日本人の皮膚に能衣裳ほど映りのいゝものはないと思う。云うまでもなくあの衣裳には随分絢爛なものが多く、金銀が豊富に使ってあり、しかもそれを着て出る能役者は、歌舞伎俳優のようにお白粉を塗ってはいないのであるが、日本人特有の赧あかみがかった褐色の肌、或は黄色味をふくんだ象牙色の地顔があんなに魅力を発揮する時はないのであって、私はいつも能を見に行く度毎に感心する。金銀の織り出しや刺繍のある袿うちきの類もよく似合うが、濃い緑色や柿色の素襖、水干、狩衣の類、白無地の小袖、大口等も実によく似合う。たま/\それが美少年の能役者だと、肌理きめのこまかい、若々しい照りを持った頬の色つやなどがそのためにひとしお引き立てられて、女の肌とは自ら違った蠱惑こわくを含んでいるように見え、なるほど昔の大名が寵童の容色に溺れたと云うのは此処のことだなと、合点が行く。歌舞伎の方でも時代物や所作事の衣裳の華美なことは能楽のそれに劣らないし、性的魅力の点にかけてはこの方が遙かに能楽以上とされているけれども、両方をたび/\見馴れて来ると、事実はそれの反対であることに気が付くであろう。ちょっと見た時は歌舞伎の方がエロティックでもあり、綺麗でもあるのに論はないが、昔はとにかく、西洋流の照明を使うようになった今日の舞台では、あの派手な色彩がやゝともすると俗悪に陥り、見飽きがする。衣裳もそうなら、化粧とてもそうであって、仮に美しいとしてからが、それが何処までも作った顔であってみれば、生地の美しさのような実感が伴わない。然るに能楽の俳優は、顔も、襟も、手も、生地のまゝで登場する。されば眉目のなまめかしさはその人本来のものであって、毫もわれ/\の眼を欺いているのではない。故に能役者の場合は女形や二枚目の素顔に接してお座がさめたと云うようなことは有り得ない。たゞわれ/\の感じることは、われ/\と同じ色の皮膚を持った彼等が一見似合いそうにもない武家時代の派手な衣裳を着けた時に如何にその容色が水際立って見えるかと云う一事である。かつて私は、「皇帝」の能で楊貴妃に扮した金剛巌氏を見たことがあったが、袖口から覗いているその手の美しかったことを今も忘れない。私は彼の手を見ながら、しば/\膝の上に置いた自分の手を省みた。そして彼の手がそんなにも美しく見えるのは、手頸から指先に至る微妙な掌てのひらの動かし方、独特の技巧を罩こめた指のさばきにも因るのであろうが、それにしても、その皮膚の色の、内部からぽうっと明りが射しているような光沢は、何処から来るのかと訝しみに打たれた。何となれば、それは何処までも普通の日本人の手であって、現に私が膝の上についている手と、肌の色つやに何の違ったところもない。私は再び三たび舞台の上の金剛氏の手と自分の手とを見較べたが、いくら見較べても同じ手である。だが不思議にも、その同じ手が舞台にあっては妖しいまでに美しく見え、自分の膝の上にあっては只の平凡な手に見える。かくの如きことはひとり金剛巌氏の場合のみではない。能においては、衣裳の外へ露あらわれる肉体はほんの僅かな部分であって、顔と、襟くびと、手頸から指の先までに過ぎず、楊貴妃のように面を附けている時は顔さえ隠れてしまうのであるが、それでいてその僅かな部分の色つやが異様に印象的になる。金剛氏は特にそうであったけれども、大概の役者の手が、何の奇もない当りまえの日本人の手が、現代の服装をしていては気が付かれない魅惑を発揮してわれ/\に驚異の眼を見張らせる。繰り返して云うが、それは決して美少年や美男子の役者に限るのではない。たとえば、日常われ/\は普通の男子の唇に惹き付けられることなどは有り得ないが、能の舞台では、あの黝くろずんだ赤みと、しめり気を持った肌が、口紅をさした婦人のそれ以上に肉感的なねばっこさを帯びる。これは役者が謡いをうたうために始終唇を唾液で濡らす故でもあろうが、しかしそのせいばかりとは思えない。また子方の俳優の頬が紅潮を呈しているのが、その赤さが、実に鮮やかに引き立って見える。私の経験では緑系統の地色の衣裳を着けた時に最も多くそう見えるので、色の白い子方なら勿論であるが、実を云うと色の黒い子方の方が、却ってその赤味の特色が眼立つ。それはなぜかと云うと、色白な児では白と赤との対照があまり刻明である結果、能衣裳の暗く沈んだ色調には少し効果が強過ぎるが、色の黒い児の暗褐色の頬であると、赤がそれほど際立たないで、衣裳と顔とが互に照りはえる。渋い緑と、渋い茶と、二つの間色が映り合って、黄色人種の肌がいかにもその所を得、今更のように人目を惹く。私は色の調和が作り出すかくの如き美が他にあるを知らないが、もし能楽が歌舞伎のように近代の照明を用いたとしたら、それらの美感は悉くどぎつい光線のために飛び散ってしまうであろう。さればその舞台を昔ながらの暗さに任してあるのは、必然の約束に従っている訳であって、建物なども古ければ古い程いゝ。床が自然のつやを帯びて柱や鏡板などが黒光りに光り、梁から軒先の闇が大きな吊り鐘を伏せたように役者の頭上へ蔽いかぶさっている舞台、そういう場所が最も適しているのであって、その点から云えば近頃能楽が朝日会館や公会堂へ進出するのは、結構なことに違いないけれども、そのほんとうの持ち味は半分以上失われていると思われる。
十一
ところで、能に附き纏うそう云う暗さと、そこから生ずる美しさとは、今日でこそ舞台の上でしか見られない特殊な陰翳の世界であるが、昔はあれがさほど実生活とかけ離れたものではなかったであろう。何となれば、能舞台における暗さは即ち当時の住宅建築の暗さであり、また能衣裳の柄や色合は、多少実際より花やかであったとしても、大体において当時の貴族や大名の着ていたものと同じであったろうから。私は一とたびそのことに考え及ぶと、昔の日本人が、殊に戦国や桃山時代の豪華な服装をした武士などが、今日のわれ/\に比べてどんなに美しく見えたであろうかと想像して、たゞその思いに恍惚となるのである。まことに能は、われ/\同胞の男性の美を最高潮の形において示しているので、その昔戦場往来の古武士が、風雨に曝された、顴骨の飛び出た、真っ黒な赭顔にあゝ云う地色や光沢の素襖や大紋や裃かみしもを着けていた姿は、いかに凜々しくも厳かであっただろうか。けだし能を見て楽しむ人は、皆いくらかずつかくの如き連想に浸ることを楽しむのであって、舞台の上の色彩の世界がかつてはその通りに実在していたと思うところに、演技以外の懐古趣味がある。これに反して歌舞伎の舞台は何処までも虚偽の世界であって、われ/\の生地の美しさとは関係がない。男性美は云うまでもないが、女性美とても、昔の女が今のあの舞台で見るようなものであったろうとは考えられない。能楽においても女の役は面を附けるので実際には遠いものであるが、さればとて歌舞伎劇の女形を見ても実感は湧かない。これは偏えに歌舞伎の舞台が明る過ぎるせいであって、近代的照明の設備のなかった時代、蝋燭やカンテラで纔わずかに照らしていた時代の歌舞伎劇は、その時分の女形は、或はもう少し実際に近かったのではないであろうか。それにつけても、近代の歌舞伎劇に昔のような女らしい女形が現れないと云われるのは、必ずしも俳優の素質や容貌のためではあるまい。昔の女形でも今日のような明煌々たる舞台に立たせれば、男性的なトゲトゲしい線が眼立つに違いないのが、昔は暗さがそれを適当に蔽い隠してくれたのではないか。私は晩年の梅幸のお軽を見て、このことを痛切に感じた。そして歌舞伎劇の美を亡ぼすものは、無用に過剰なる照明にあると思った。大阪の通人に聞いた話に、文楽の人形浄瑠璃では明治になってからも久しくランプを使っていたものだが、その時分の方が今より遙かに餘情に富んでいたと云う。私は現在でも歌舞伎の女形よりはあの人形の方に餘計実感を覚えるのであるが、なるほどあれが薄暗いランプで照らされていたならば、人形に特有な固い線も消え、てら/\した胡粉のつやもぼかされて、どんなにか柔かみがあったであろうと、その頃の舞台の凄いような美しさを空想して、そゞろに寒気を催すのである。
2020年11月25日水曜日
[積読立読斜読] 『凡事徹底「一日一話」』(鍵山秀三郎著、PHP、2019年)11月25日~11月28日
三つの学び
人は普通、次の三つの方法から、多くのことを学びます。
①本から学ぶ
②人から学ぶ
③体験から学ぶ
本より人からのほうが約三倍、学びが深まります。さらに、体験から学ぶことはその約十倍、学びが肉体化されます。学びが肉体化されるには、どうしても体験が欠かせません。
[惹句どんどん] 『芸術新潮』(2020年12月号)三島由紀夫特集より
命がけのトリックスターがいた!
2020年11月24日火曜日
[晴ときどき英語のお勉強] 中学校の教科書での大人の学びなおし英語編 NEW CROWN 3 lesson 6
2020年11月23日月曜日
[その他] Amazon Prime Video "The Boys"


















































