2016年4月29日金曜日

[積読立読斜読] 『僕の名はアラム』(サローヤン、柴田元幸訳、新潮文庫、2016年)



『僕の名はアラム』(ウィリアム・サローヤン著、柴田元幸訳、新潮文庫、2016年)

原題は"My Name Is Aram"(1940)、新潮文庫の村上柴田翻訳堂の一冊。ながらく『わが名はアラム』といいう題名でアメリカ翻訳文学の定番だったようですが、近年文庫等でも品切れ状態のようです。

作者のサローヤンもアルメニア系移民で、カリフォルア州フレズノで過ごした少年時代(1915年から25年にかけて、7歳から17歳まで)を絶妙のユーモアで牧歌的に描いた名作です。

主人公は作者の分身のようなアラム・ガログニアンを取りまく友人や、オジサンたちとの連作短編で14編から成っています。

作者の少年時代は父親を早く亡くして、必ずしも幸福とはいいがたかったようですが、この小説では移民の貧しい少年という現実は前面に出さず、どの少年も持っている根源的な人生への楽しみを描いて、読後感が非常に爽快でした。

P15
僕が九歳で世界が掃除しうるあらゆるたぐいの壮麗さに満ちていて、人生がいまだ楽しい神秘な夢だった古きよき時代のある日、

という書き出しで連作短編の「美しい白い馬の夏」が始まります。

柴田元幸の訳は平仮名を多用し、7歳から17歳の少年の語り口を使い分けた名人芸ですね。

アルメニア人の歴史は相当悲惨なものですが、もし日本人が同じ境遇となり、他国で移民の子供として育ったときに、このユーモアで小説が書けるでしょうか。楽天的なのは作者の素質なのでしょうか、うらやましいですね。

村上柴田翻訳堂の第1回配本は新訳の『結婚式のメンバー』(村上訳)と、本書ですが。対比が面白いです。アメリカ南部と西海岸、少女と少年、寡と寡婦、抒情と諧謔。おそらくは意図的だと思います。ひょっとしてこのシリーズでアメリカ現代史が俯瞰できるような構成かも知れません。続巻が楽しみですね。

下記は『世界大百科事典』よりアルメニア人とサローヤンの記述です。


アルメニア人
アルメニアじん Armenian

イラン,トルコ,カフカスが接するアルメニア地方の住民。自称はハイ Hay。形質はコーカソイド人種のアルメノイド型で,インド・ヨーロッパ語族のアルメニア語を話す。アルメニア共和国を中心に,旧ソ連邦内各共和国,中東,アメリカ大陸等に分散している。人口は旧ソ連邦内に462万(1989),旧ソ連邦外に180万(1967)である。10~11世紀にビザンティン帝国の東進とセルジューク朝の侵入のために,政治的独立を失った多くのアルメニア人が母国を捨てた。移住者の主要な波はキリキア(小アルメニア)に向かい,ここにアルメニア人国家を建てた(1080)。十字軍の建設した諸国と共存関係を持ち,レバント交易で栄えたこの国家は,1375年エジプトのマムルーク朝に滅ぼされたが,その後は,オスマン帝国の首都イスタンブールがアルメニア人の商業活動の中心となり,アルメニア教会のカトリコス座も置かれた。また移住のもうひとつの波は,クリミア半島に向かい,主要都市にはアルメニア人商人,手工業者の居留地が置かれた。彼らの大部分は16~17世紀ポーランドに再移住した。16世紀アルメニアはトルコとイランの間に分割されたが,サファビー朝のシャー・アッバース1世(在位1588‐1629)は,イラン領アルメニアの住民多数を首都イスファハーン郊外のジョルファに移した。ジョルファ商人は,サファビー朝の対欧露交易の独占権を与えられて栄えた。しかし今日では,イラン系アルメニア人の経済活動の中心はテヘランである。トルコでは,対欧露政策をはじめオスマン帝国の抱えるさまざまな矛盾から19世紀にアルメニア人に対する迫害が始まり,特にアブデュルハミト2世治下の1894‐96年と,青年トルコ党政権下の1915‐18年には,組織的な強制改宗,国外追放,虐殺がおこなわれ,一説によると1915‐18年だけで150万人が死亡し,60万人が国外に移住したといわれる。アメリカ合衆国在住者の多くは,この事件の際の移民の子孫である。⇒アルメニア   北川 誠一

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サローヤン  1908‐81
 William Saroyan

アメリカの小説家,劇作家。アルメニア系移民の子としてカリフォルニア州フレズノに生まれ,幼時父を失い孤児院で過ごす。中学中退後,郵便配達など職を転々としたが,貧しい文学青年の意識を写実とファンタジーの混じった文体で描いた短編《空中ブランコに乗る大胆な若者》(1934)で認められた。以後,戯曲,長編,短編を次々に発表し,1939年には戯曲《わが心は高原に》がブロードウェーで評判となり,同年の《君が人生の時》で翌年ピュリッツァー賞の受賞が決定したが,彼は受取りを拒絶した。小説では少年を主人公にした《わが名はアラム》(1940)と《人間喜劇》(1943)が有名で,ユーモアとペーソスにあふれる自由奔放な語り口で,カリフォルニアを舞台に貧しい善良なアルメニア系の人々の底抜けに明るい生き方を描いている。その他《ロック・ワグラム》(1951),《人生の午後のある日》(1964),短編集《アッシリア人たち》(1950)などがある。            井上 謙治

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2016年4月26日火曜日

[新聞記事] エンゲル係数 「食べる」以外の楽しみ売るには



普通生活が豊かになるとエンゲル係数は下がっていくものとの認識ですが、昨年あたりからエンゲル係数が上昇しているそうです。



[その他] 10日と25日はお菓子の日




4月25日(月)は安佐南区方面に仕事で行ったので、前から気になっていた郊外型の洋菓子屋さんに寄りました。普段使いの洋菓子屋さんですが、材料は良質なものを使用されていると思われ価格がそれなりの値段でした。ビジュアルがまったく普通なので少しギャップがありました。

[新聞記事] 皆実28期 吉廣さんの投稿 中国新聞に掲載



2016年4月26日付け中国新聞投稿欄に掲載。

熊本の震災を受けて被災地の支援活動を希望するという投稿です。

震災の直接被害だけでなく避難先で慣れない生活よるストレスによって心筋梗塞に似た症状が出るそうです。



2016年4月24日日曜日

<日々是不穏 like a rolling stone> 大人に広がる子ども用皿




4月23日付け朝日新聞「私の視点」はキユーピー顧問のフード評論家岩村暢子(いわむらのぶこ)さんによる昨今の家庭の食事情の問題点について。

記事の論旨を箇条書きに。

・子ども用の仕切りのついたワンプレート食事皿で食事をする大人が増えている
・家庭用の食器は売れなくなっている(引き出物の減少、中食の増大など)
・持ち上げにくいため箸を使わずフォーク・スプーンでの食事が増えている
・大人用のワンプレートの食事皿も売れている
・現代の家庭の個食化によって季節・行事・料理によってえらばれてきた日本の食文化の器も変貌をとげている

昨年の有田、今年の萩、と焼き物で著名な地域を旅行したのですが、お世辞にも隆盛とはいいがたく、おそらく美術品に近い超高級品のみ生き残り、普段使いの器は記事にあるように安価なものに変わっていくのでしょう。

家族が揃っての手作りの食卓というのが、もはや贅沢な光景なのかも知れませんね。

[その他] 広島掃除に学ぶ会 幟町中学

担当・数量・区域が明記された掃除指示書


きちんと保管された清掃用具

開会式の様子

男子トイレを掃除する女子生徒



広島掃除に学ぶ会の活動で広島市立幟町中学校のトイレ掃除に参加しました。
掃除に学ぶ会関係者30人、学校関係者42人、合計72人の参加がありました。

写真は開会式と男子トイレを清掃中の女子生徒さんです。

幟町中学校は掃除用具まで気配りができている学校で、体育館の掃除道具は汚れがなく、担当の組、数量まで掲示がされていました。素晴らしい学校だと思います。




2016年4月17日日曜日

[立読積読斜読] 『結婚式のメンバー』(カーソン・マッカラーズ著、村上春樹訳、新潮文庫、2016年)




新潮文庫の新企画。しばらく入手困難になっているアメリカの小説を新訳または復刊というシリーズです。

第一弾は新訳で村上春樹訳の『結婚式のメンバー』(カーソン・マッカラーズ)と、柴田元幸訳の『僕の名はアラム』が刊行。

村上訳の『結婚式のメンバー』を読んでみました。マッカラーズは初めて読みました。

主人公はアメリカ南部の白人寡と黒人の料理人と暮らす12歳の多感な少女。大人への過渡期で揺れ動く心情を細部まで描いた秀作だと思いました。

思えば12歳の時の自分は、12歳の多感な少女に対して寛容でなかった気がします。いまさらながら申し訳ありません。

小説の構成は父親の影が薄く、母親的な役割をする料理人ベレニスとの濃密な関係が主軸で、主人公フランキーが憧れる「ここではないどこか」がアメリカ北部で、日常がアメリカ南部という横軸の読み方もできるようです。

発表は1946年で、公民権運動が起こる前の黒人差別が厳然として存在した時代ですが、ことアメリカ南部の一般家庭では顕在ではなかったことがわかります。


P62
「ドッグ・デイズ」と呼ばれる夏の真っ盛りに入った頃、フランキーの猫が姿を消した。ドッグ・デイズとはどのようなに日々なのか?夏もそろそろ終わりに近く、そこでは原則として何も起こらない。しかしもしなんらかの変化が訪れたとすれば、その変化はドッグ・デイズが終わるまでそこに留まる。起こったことは起こってしまったことであり、いったん生じた間違いが正されることはない。それがドッグ・デイズなのだ。

P94
ついに彼女には自分が何ものであるかを知り、これから自分がどこに行くかを理解することができたのだ。彼女は兄と兄嫁を愛しており、その結婚式の一員(メンバー)である。

P240
「でもそれって、どういうことなの?人々はばらけていながら、同時に縛られている。縛られていながら、ばらかえている。こんなにたくさんの人がいるのに、何が彼らをひとつにまとめているのかはわからない。そこにはなんらかの理屈だか繋がり(コネクション)だかがあるはじなのよ。なのにわたしはそれに名前を与えることができない。わかんないわ」

P240
「今だって煩う必要はないんだよ。誰もあんたに、世界の謎を解いてくれって求めているわけじゃないからね」、ベレニスはひとつ、意味ありげな深い息をついてからそう言った。

以下は新潮社のサイトから情報です。



http://www.shinchosha.co.jp/book/204202/

カーソン・マッカラーズ/著 村上春樹/訳


狂おしいまでに多感で孤独な少女の姿を繊細な筆致で描き上げた米女流作家の最高傑作! 村上春樹が新訳 ≪村上柴田翻訳堂≫シリーズ第一弾!

この街を出て、永遠にどこかへ行ってしまいたい――むせかえるような緑色の夏、12歳の少女フランキーは兄の結婚式で人生が変わることを夢見た。南部の田舎町に暮らし、父や従弟、女料理人ベレニスとの日常に倦み、奇矯な行動に出るフランキー。狂おしいまでに多感で孤独な少女の心理を、繊細な文体で描き上げた女性作家の最高傑作を村上春樹が新訳。《村上柴田翻訳堂》シリーズ開始。

カーソン・マッカラーズ/著
McCullers,Carson

(1917-1967)ジョージア州コロンブス生れ。アメリカの女性作家。南部の風土を舞台に社会に順応できない人々の孤独や少女の心理を精緻に描き、独自の小説世界をつくり出した。デビュー小説『心は孤独な狩人』(1940)や『結婚式のメンバー』(1946)は20世紀米文学の傑作と評される。中産階級出身で音楽的才能にも恵まれていた。長編・中編小説のほか、多くのエッセイ・戯曲を残している。

[惹句どんどん] カーソン・マッカラーズ(アメリカの小説家)



「ねえ、わたしにはまだうまく実感できないのよ。
この世界が時速おおよそ千マイルの速さでぐるぐる回転
しているってことが」


『結婚式のメンバー』より



2016年4月10日日曜日

2016年4月6日水曜日

[新聞記事] 高校寄せ書きノートの居酒屋

3月31日付け朝日新聞デジタル記事。新橋にある居酒屋「有薫酒蔵」では自分の母校について寄せ書きする「高校よせがきノート」が各校ごとに備え付けられており、すでに3千冊あるそうです。

ちなみに「有薫酒蔵」のHPで検索すると、比較的早い724番に皆実高校が出てきます。東京在中の皆実高校卒業生の手になるものと思われますが、都会暮らしも大変でしょう。頑張ってください。




              724.広島県立皆実高等学校



※下記朝日新聞記事より引用させていただきました。写真も同様。

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母校の郷愁、新橋の居酒屋で寄せ書き ノート3千冊に
(朝日新聞デジタル、佐藤太郎2016年3月31日16時45分)



「ノートづくりはしんどいけど、みんな高校生に戻ったようにノートを開いてくれるのがうれしい」と話す松永さん=東京・新橋の「有薫酒蔵」


 自分の母校について思いのままを書く「高校よせがきノート」が置かれている居酒屋が東京・新橋にある。作られて30年のノートは2月、3千冊に達した。茨城県内の高校もそのノートの一群に名前を連ね、卒業生たちが近況報告や学校、恩師の思い出などを書いている。

 居酒屋「有薫酒蔵(ゆうくんさかぐら)」。おかみの松永洋子さん(71)によると、1987年に福岡県の久留米大付設高出身の会社員が「上京した者同士が近況報告できる手段があれば」と1冊目を置いたのが始まり。店は九州の郷土料理店で、人づてで九州の高校を中心にノートがどんどん増えていった。

 北関東勢では群馬県立高崎東高の卒業生が62番目のノートを作成したのが始まり。九州、中国地方の高校が多い中で、群馬県に続き栃木県立足利高(110番)、埼玉県の立教新座高(116番)、茨城県立土浦一高(265番)と各県の高校の卒業生がノートを作りはじめた。

 ログイン前の続き2月23日には東京都の日本橋女学館高が3千冊目のノートを作った。松永さんは3千冊の高校それぞれに思い出がある。母校が何十年ぶりに甲子園に出場したこと。母校の前にあった名物食堂が店を閉じたこと。会社のリストラにあい、ふるさとに帰ること。母校への郷愁とともに人生の哀歓を感じさせる内容も多い。

 茨城県内の高校は22日までに57校がノートを作っているが、松永さんは江戸川学園取手高(824番)が気になっている。

 ある日、来店した5人の男性が黙々とノートに書き込み、その後ぱたりと店に来なくなった。ノートはリレーのたすきのように書き足すことで価値を帯びてくる。「江戸川学園取手の卒業生はたすきをつなげてほしい」と松永さん。

 よせがきノートの一冊一冊の裏表紙には、それぞれの高校の写真、校章、校歌などが貼られている。閉店後の深夜、松永さんがインターネットで探して切り貼りするなどして加工したものだ。「1冊つくるのにだいたい2時間。人一倍神経を使う」という。現在、30校近くが制作中で完成まで4カ月待ちの状態だ。

 壁一面によせ書きノートがびっしり並んだ店内で、松永さんは「あと500冊は置ける。それまでがんばりたいわね」と笑った。(佐藤太郎)

     ◇

 〈高校よせがきノート〉 当該高校の卒業生しか読むことや書くことができない。落書き帳にしないため、名刺を貼ることやできるだけたくさんの思い出を書くなど、暗黙のルールがある。おかみの松永洋子さんは山口県出身で18歳で上京。会社勤めのあと、結婚を機に夫と1978年に有薫酒蔵を開いた。店は東京都港区新橋1の16の4りそな新橋ビル地下1階、電話03・3508・9296。日曜祝日は定休日。

2016年4月3日日曜日

[新聞記事] "The Rise of Cons"



"The Rise of Cons"「コンベンションの台頭」


2016年4月3日付け朝日新聞別冊Glove連載記事「見出しを読み解く」はアメリカで最近人気のビジネス以外の趣味のコンベンションの話題。

インターネット内の交流のオフ会を組織化したコンベンションがアメリカで人気だそうで、「スターウォーズ」の熱狂的なファンの対象をしたコンベンションなどが有名だそうです。ただすでに疲弊化が見られるようで、継続して文化にしていくためには工夫が必要なのでしょう。


単語ノート
con:conventionの省略
the rise of -:~の台頭
mainstream:主流
obsessiveness:熱中、こだわり
far-flung:遠く離れた人
face-to face interaction:対面の交流
crave:切望する
swag:ロゴ入りの商品
sneak peeks:先行上映、プレビュー
devotee:熱心な愛好者
collective experience:集団的体験
bragging rights:得意げに話す権利
con fatigue:コンベンション疲れ
hard-core:熱烈な


2016年4月2日土曜日

[その他] 新潮文庫より海外文学企画、村上柴田翻訳堂 全10冊が刊行開始





画像は文庫本に挟んであったちらしから



新潮文庫より海外文学の企画シリーズが刊行。村上柴田翻訳堂と名付けられ、村上春樹と柴田元幸による海外文学新訳・復刊の全10冊。村上と柴田が2冊ずつ新訳し、あとの6冊は復刊という形がとられています。

久々に心躍る文庫本のシリーズですね。

復刊のうちフィリップ・ロスの『素晴らしいアメリカ野球』は高校時代に集英社の世界文学全集版で読んだ記憶があります。

4月は村上春樹・訳の『結婚式のメンバー』(カーソン・マッカラーズ)、柴田元幸・訳の『僕の名はアラム』(ウィリアム・サローヤン)というランナップ。11月に二人の新訳が加わるそうです。

大変楽しみ。