『僕の名はアラム』(ウィリアム・サローヤン著、柴田元幸訳、新潮文庫、2016年)
原題は"My Name Is Aram"(1940)、新潮文庫の村上柴田翻訳堂の一冊。ながらく『わが名はアラム』といいう題名でアメリカ翻訳文学の定番だったようですが、近年文庫等でも品切れ状態のようです。
作者のサローヤンもアルメニア系移民で、カリフォルア州フレズノで過ごした少年時代(1915年から25年にかけて、7歳から17歳まで)を絶妙のユーモアで牧歌的に描いた名作です。
主人公は作者の分身のようなアラム・ガログニアンを取りまく友人や、オジサンたちとの連作短編で14編から成っています。
作者の少年時代は父親を早く亡くして、必ずしも幸福とはいいがたかったようですが、この小説では移民の貧しい少年という現実は前面に出さず、どの少年も持っている根源的な人生への楽しみを描いて、読後感が非常に爽快でした。
P15
僕が九歳で世界が掃除しうるあらゆるたぐいの壮麗さに満ちていて、人生がいまだ楽しい神秘な夢だった古きよき時代のある日、
という書き出しで連作短編の「美しい白い馬の夏」が始まります。
柴田元幸の訳は平仮名を多用し、7歳から17歳の少年の語り口を使い分けた名人芸ですね。
アルメニア人の歴史は相当悲惨なものですが、もし日本人が同じ境遇となり、他国で移民の子供として育ったときに、このユーモアで小説が書けるでしょうか。楽天的なのは作者の素質なのでしょうか、うらやましいですね。
村上柴田翻訳堂の第1回配本は新訳の『結婚式のメンバー』(村上訳)と、本書ですが。対比が面白いです。アメリカ南部と西海岸、少女と少年、寡と寡婦、抒情と諧謔。おそらくは意図的だと思います。ひょっとしてこのシリーズでアメリカ現代史が俯瞰できるような構成かも知れません。続巻が楽しみですね。
下記は『世界大百科事典』よりアルメニア人とサローヤンの記述です。
アルメニア人
アルメニアじん Armenian
イラン,トルコ,カフカスが接するアルメニア地方の住民。自称はハイ Hay。形質はコーカソイド人種のアルメノイド型で,インド・ヨーロッパ語族のアルメニア語を話す。アルメニア共和国を中心に,旧ソ連邦内各共和国,中東,アメリカ大陸等に分散している。人口は旧ソ連邦内に462万(1989),旧ソ連邦外に180万(1967)である。10~11世紀にビザンティン帝国の東進とセルジューク朝の侵入のために,政治的独立を失った多くのアルメニア人が母国を捨てた。移住者の主要な波はキリキア(小アルメニア)に向かい,ここにアルメニア人国家を建てた(1080)。十字軍の建設した諸国と共存関係を持ち,レバント交易で栄えたこの国家は,1375年エジプトのマムルーク朝に滅ぼされたが,その後は,オスマン帝国の首都イスタンブールがアルメニア人の商業活動の中心となり,アルメニア教会のカトリコス座も置かれた。また移住のもうひとつの波は,クリミア半島に向かい,主要都市にはアルメニア人商人,手工業者の居留地が置かれた。彼らの大部分は16~17世紀ポーランドに再移住した。16世紀アルメニアはトルコとイランの間に分割されたが,サファビー朝のシャー・アッバース1世(在位1588‐1629)は,イラン領アルメニアの住民多数を首都イスファハーン郊外のジョルファに移した。ジョルファ商人は,サファビー朝の対欧露交易の独占権を与えられて栄えた。しかし今日では,イラン系アルメニア人の経済活動の中心はテヘランである。トルコでは,対欧露政策をはじめオスマン帝国の抱えるさまざまな矛盾から19世紀にアルメニア人に対する迫害が始まり,特にアブデュルハミト2世治下の1894‐96年と,青年トルコ党政権下の1915‐18年には,組織的な強制改宗,国外追放,虐殺がおこなわれ,一説によると1915‐18年だけで150万人が死亡し,60万人が国外に移住したといわれる。アメリカ合衆国在住者の多くは,この事件の際の移民の子孫である。⇒アルメニア 北川 誠一
(C) 1998-2002 Hitachi Systems & Services, Ltd. All rights reserved.
サローヤン 1908‐81
William Saroyan
アメリカの小説家,劇作家。アルメニア系移民の子としてカリフォルニア州フレズノに生まれ,幼時父を失い孤児院で過ごす。中学中退後,郵便配達など職を転々としたが,貧しい文学青年の意識を写実とファンタジーの混じった文体で描いた短編《空中ブランコに乗る大胆な若者》(1934)で認められた。以後,戯曲,長編,短編を次々に発表し,1939年には戯曲《わが心は高原に》がブロードウェーで評判となり,同年の《君が人生の時》で翌年ピュリッツァー賞の受賞が決定したが,彼は受取りを拒絶した。小説では少年を主人公にした《わが名はアラム》(1940)と《人間喜劇》(1943)が有名で,ユーモアとペーソスにあふれる自由奔放な語り口で,カリフォルニアを舞台に貧しい善良なアルメニア系の人々の底抜けに明るい生き方を描いている。その他《ロック・ワグラム》(1951),《人生の午後のある日》(1964),短編集《アッシリア人たち》(1950)などがある。 井上 謙治
(C) 1998-2002 Hitachi Systems & Services, Ltd. All rights reserved.




















