芭蕉の『おくのほそ道』を読む。
角川ソフィア文庫ビギナーズ・クラシックス日本の古典。注現代語訳つきで理解しやすかったです。
何故『おくのほそ道』か?
1968年の"Whole Earth Catalog"の"Nomadics"の項に"Trout Fishing In America"と
並んで"The Narrow Road to the Deep North"が採用されています。"Whole Earth Catalo
g"については、このライフスタイルの実践が、ポスト団塊の世代の28期の役目かと個人
的には考えています。"Whole Earth Catalog"については別項で継続的に考察していきた
いです。
下記、 Earth Catalog"の書評です。
Following the example of the ancient priest who is said to have travelled thousa
nds of miles caring naught for his provisions and attaining the state of sheer e
cstasy under the pure beams of the moon, I left my broken house on the River Sum
ida in the August of the first year of Jyokyo amang the wails of the autumn win
d.
"Nomadics"は遊牧民(ノマド)として日本語化してます。(momadicは形容詞で名詞的な
使い方をしてますが詳細は不明)。ここでは定住しない(既成の生活に安住しない)「放
浪者」として評価しています。もともと"Whole Earth Catalog"はカウンターカルチャー
のヒッピー向けの生活用品カタログですので、芭蕉は日本の江戸時代のヒッピーとしてと
らえればあながち間違ってません。60年代のアメリカ物質文明に懐疑的な若者が東洋の
精神主義(禅など)に興味があったのでしょう。
「月日は百代の過客にして行きかふ年もまた旅人なり」で始まる文章は何回も鑑賞する価
値がありますし、作中の有名・無名の発句も味わい深いものがあります。当方は極端な出
不精で東北地方にもほとんど縁もありませんが、いつか芭蕉の「おくのほそ道」を旅して
みたい気持ちが起こりました。
世俗を離れた境地に真の自由を見出そうと努める人々「隠遁者」も、なまじっかの気持ち
では務まりません。
P61
俗世を捨てて出家した僧が必ずしも遁世者とはいえない。僧は一種の職業であり、出家遁
世とは必ずしも一致しない。たとい、僧であっても、遁世者となるためには、世俗的な欲
望をすべて断ち切り、常に心身を清く保たなければならない。厳しい自己否定を乗り越え
てこそ、真の自由を獲得できるのである。
以下、平凡社『世界大百科』より
================================================================================
おくのほそ道
俳諧紀行。芭蕉著。西行五百年忌にあたる1689年(元禄2)に,門人曾良(そら)を伴って奥
羽加越の歌枕をたずねた旅の体験を素材にし,92年起筆,推敲(すいこう)を重ねて94年擱
筆(かくひつ),著者没後の1702年に刊行された。1巻1冊。素竜筆の清書本(著者自筆題簽)
と同筆の姉妹本,および草稿から写した曾良筆の異本が現存する。
〈古人も多く旅に死せるあり,予もいづれの年よりか片雲の風にさそはれて漂泊の思ひや
まず〉という主人公が,〈去年の秋〉隅田河畔の草庵に帰着したが,落ち着く間もなく,
3月27日〈行く春〉とともに船出し,下野,陸奥,出羽,越後,越中,加賀,越前の各地
をへて美濃の大垣に至るが,9月6日〈行く秋〉とともにそこをまた船出し,伊勢に向かう
という内容。去年の秋の帰着から今年の秋の出発までという首尾の仕立ては,四季ととも
に永遠にめぐり行く旅を暗示するもので,〈日々旅にして旅を栖(すみか)とす〉る旅の心
が主題。
出発から帰着までを日次体で記す通常の紀行とは異なり,行動記録の日付が極端に少ない。
作品は最奥の地〈平泉〉を感動の頂点に据えて,前半の表日本と後半の裏日本が対照的に
構成されている。文章は和漢雅俗混淆の俳文体であるが,当時の紀行としては多分に擬古
的である。文中に〈予〉の発句50,〈同行曾良〉の発句11,江戸・美濃の俳人の発句各1を
はさむが,それらの中には,著者による執筆時の創作・改作がかなりある。
〈奥の細道〉とは,元来は奥の大路から分かれた小路の称で,仙台藩の新興名所。古来の
歌枕で有名な細道には〈蔦(つた)の細道〉があり,伝統的な〈旅の心〉を描く業平の東下
りで広く知られた。それに対抗して,新しい旅の心を描く元禄の東下りの題号に無名の細
道を選び,これに日常世界から非日常的な〈奥〉の世界への通路の意をもたせたのであろ
う。古人の跡を求めて歌枕探訪の旅に出た主人公が,〈奥〉の受洗で独自の〈風流〉に開
眼する点に,作品の意義があろう。
《幻住庵記》で俳文の〈記〉の創出に成功した著者が,次の試みとして〈道の記〉の創出
にとりくんだもので,前者が鴨長明の《方丈記》をふまえたように,これも当時《長明道
の記》と称された《東関紀行》をふまえている。なお,同行の曾良には詳細な旅日記があ
る。⇒蕉風俳諧 白石 悌三
(C) 1998-2002 Hitachi Systems & Services, Ltd. All rights reserved.
================================================================================












