2014年8月31日日曜日

[その他] 夏休みの宿題完成 『Stereo』付録 2ウェイ・スピーカー工作




当方は夏休みはありませんが、便宜上、「夏休みの宿題」と称し、雑誌『Stereo』(2014年8月号)付録のフォステクス製2ウェイ・スピーカー・ユニットを使って「ダブルバスレフ型」というスピーカー工作に挑戦しておりました。

やっと本日8月31日、完成した次第です。

音源はパソコンから、『Stereo』(2014年1月号)付録のデジタル・アンプ、LXA-OT3(ラックスマン製)、 同じく2013年1月号付録のヘッドフォンアンプ付き USB-DAC(1mUSBケーブル付) LXU-OT2(ラックスマン製)を使って出してます。

もともとが付録なのでカジュアルな感じがよいかなと思い、黄色に着色してます。

黒のユニットと良く合っていると自画自賛です。

手間暇考えると、当然買った方が安いし音質のよいでしょうが、どうも「付録」というのに弱く、これは小学校時代、『科学』と『学習』のどちらかしか買ってもらえず、常に買わなかったほうの付録がいいような気がしていたトラウマだと思います。

次は長いこと取かかれていない真空管アンプの自作に挑戦します。

[積読立読斜読] 『幽霊たち』(ポール・オースター著、柴田元幸訳、新潮文庫、1995年)



ポール・オースターの作品が面白かったので続けて読んでます。

『幽霊たち』(ポール・オースター著、柴田元幸訳、新潮文庫、1995年)

原題は"Ghosts"、1986年刊行。日本語訳は1989年新潮社から。

オースターの初期の作品で、『ガラスの街』(1985)『鍵のかかった部屋』(1986)とあわせて「ニューヨーク三部作」と呼ばれています。(英語圏では"The New York Trilogy"として合本になってます)。

本書『幽霊たち』は2番目の話、とされてます。

他の2つの作品と同じように、探偵小説の形態を採ってますが、依頼人と依頼内容(尾行など)はありますが、事件そのものはまったく解決しないまま進展します。

内容紹介は、刊行からすでに時間がたっており、秀逸な評論も多数ありますので、末尾の新潮社からの内容紹介だけにとどめておきます。

以前に『ガラスの街』を紹介した際に、何故オースターの作品に魅入られるのか、自分なりに考えてみましたが、それが今回も当てはまるのかどうか、前回使った同じリストで作品を見直してみました。


・主人公が男性で何らかの理由で生きる希望がないのに生きている
(妻や子供が存在しなくなる)

主人公らしき探偵ブルーは、作品の途中で恋人を失ってしまいますが、この作品に関しては希望があるようです。

P121
その朝に汽車に乗り込み、新たな人生をはじめるべく西部に行ったのだ、と。


・予想もしない展開で物語は進んでいくが、教訓的ではない

依頼人ホワイトはブラックという男を見張り、必要がなくなるまでつづけてくれ、ということでしたが、ブラックは同じ部屋に留まるばかりで何も事件が起こりません。

P70
あんな人間が本当にいるなんて、ありうることだろうか?何もしないで、ただただ机の前に坐って、ものを書くだけの男なんて?

ブルーは疑心暗鬼となり、依頼人ホワイト、尾行の対象ブラックに直接接触を試みる。
(この場面ではブラック自身が探偵業だと自称する)

P93
そこですよ、問題は、とブラックは答える。何しろもう、わざわざ見張る必要さえないんです。ずいぶん長いこと見張ってきましたからね。いまじゃ自分についてより、奴についての方が詳しいくらいです。


・生きる希望がないにも関わらず熱中するモノがある

本作『幽霊たち』では該当しませんでした。


・書物に関するペタンディックな偏愛

ホーソン、ソロー、 エマソンなどへの偏愛が語られます。本作では実話か作者の作り話か判別できないエピソードが多数挿入されており、いずれも「孤独」「不在」がテーマで、作品への幅を広げてます。


・作中にいかにも存在しそうな架空の書物あるいは映画などが挿入される

本作ではブルーの見た映画、(実作ですが)ロバート・ミッチャム「過去を逃れて」が詳しく紹介されてます。


・構成が入れ子構造に(メタ小説)なっていて単純に終わらない

依頼人ホワイトと、尾行の対象ブラックが、どうも実は同一人物らしく、探偵ブルーは、実は尾行の対象人ブラックによって見張られており、この逆転の構造(自我の危機?)自体が小説の構造となってます。純粋なメタ小説ではないかも知れませんが、終盤で逆転現象が起きるので困惑させれれます。


小説のタイトルとなった箇所で、オースターの言わんとする「書く」行為の神髄を述べた箇所です。

P81
趣味なんだ。とブラックは言う。ものを書く人間の暮らしぶりを知るのが好きなんだよ。特にアメリカ人の作家のね。いろんなことを理解するのに役立つ。(中略)

書くというのは孤独な作業だ。それは生活をおおいつくしてします。ある意味で、作家には自分の人生がないとも言える。そこにいるときでも、本当はそこにいないんだ。

また幽霊ですね。

その通り。

何だか神秘的だ。


文庫本で200頁に満たない作品でしたが、堪能できました。オースターの作品では珍しく結末で希望が見えてくる作品でした。


■新潮社による内容紹介

私立探偵ブルーは奇妙な依頼を受けた。変装した男ホワイトから、ブラックを見張るように、と。真向いの部屋から、ブルーは見張り続ける。だが、ブラックの日常に何の変化もない。彼は、ただ毎日何かを書き、読んでいるだけなのだ。ブルーは空想の世界に彷徨う。ブラックの正体やホワイトの目的を推理して。次第に、不安と焦燥と疑惑に駆られるブルー……。'80年代アメリカ文学の代表的作品!

2014年8月30日土曜日

[あの頃のレコード] The Band "The LAst Waltz"(1978) その(4)



The Band のライブ・アルバム"The Last Waltz"のお勉強です。キリがないので今回で終わりです。

これまでに(1)ゲスト・ミュージシャンの曲目、(2)ザ・バンドの曲目、(3)萩原健太さんの『レコード・コレクターズ』(2002年6月)への記事「『ラスト・ワルツ』が終わらせたものは何か?」(この記事は『ラスト・ワルツ』を取り巻くロック界の環境について)、を紹介しました。

今回は同じ『レコード・コレクターズ』(2002年6月号)より、宇田和弘さんの記事。時系列的に"The Last Waltz"が生まれた経緯を紹介してます。良い記事だと思います。

The Bandはバンド名そのものに、定冠詞"the"を含む、唯一無二のバンドです。

もともとは、アメリカの三流ロカビリー歌手、ロニー・ホーキンスのバック・バンドをやってましたが、縁あってオートバイ事故で休養中のボブ・ディランに誘われて、ニューヨークのウッドストックにあるピンク色の大きな家の地下室でセッションを始めます。このときは正式なバンド名がなかったので、近所の人から「あのバンド」と呼ばれていたので、他には思いつかず、"The Band"としたということです。

この回想は映画版の"The Last Waltz"でメンバーのリチャード・マニュエルが披露してます。この地下室からアルバム『The Basement Tapes (地下室)』と『Music From Big Pink』(1968)が生まれました。

アメリカのルーツ音楽を追い続けたザ・バンド。その職人的な技巧から、ボブ・ディラン、エリック・クラプトンが(日本からは吉田拓郎が)バックで演奏してもらいたかったバンド。

解散コンサートにノーギャラで、ロック・フェスを上回る質のミュージシャンを集めた、まさに「徳」のあるバンドでした。定冠詞がつくに相応しいバンドだと、今から振り返ってみて思います。


かっこ内「  」は雑誌からの直接引用です。

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1976年11月25日の真実

豪華ゲストを迎えてアメリカン・ロックの集大成を目指した一大プロジェクトの舞台裏
(宇田和弘)

『レコード・コレクターズ』(2002年6月号)より

ロバートソンの決断から生まれた計画(プロジェクト)

ザ・バンドの1976年のツアーは6月、カリフォルニア、パロアルトのスタンフォード大学野外劇場からスタート

1975年リリースの『南十字星』は力作であったが、セールスは伸びなかった

「アメリカン・ロック界の成熟のスピーディな円熟は、この歴史的なアメリカン・ロック・バンドのアイデンティティを、わずかながらも希薄にさせていた」

「メンバーにはツアーを続けることの重荷が徐々にのしかかった。ホークスの時代から数えると、それは16年前からのルーティーンだったのだ」

リチャード・マニュエルのアルコール依存症はライブの演奏に支障をきたし始めていた,
9月、マニュエルはモータボート事故を起こし、ザ・バンドは10日分の演奏をキャンセル

ロビー・ロバートソンはこの時期、演奏活動をやめてレコーディングのみを行うことを決意
唯一のアメリカ人(南部アーカンソー生まれ)のリヴォン・ヘルムは逆にツアーを続けたかった

ロバートソンは最後のコンサートを、ザ・バンドの活動を集約するようなイヴェントにしたい構想を持っていた
音楽仲間、グループの音楽の糧となった偉大な先人をゲストに呼ぶ
このコンサートはライブ・レコーディングされる


1976年11月25日、サンフランシスコのウィンターランド会場は、"The Last Waltz"の計画前からザ・バンドの公演用に予約されていたが、そのまま解散コンサート用に転用されることになった(チケットは7ドル50セントから25ドルに値上げされた、すでに申し込んでいた人は差額を支払った)

ゲストへの依頼は主にロバートソンが行った。必要経費以外はノーギャラだったが、そのほとんどから快諾を得た

「これはミュージシャンにとって、ザ・バンドがいかに特別な存在であるかの証明だった」

ザ・バンドはスタジオ兼住居として、LAのマリブ・ビーチにシャングリラ・スタジオを持っていた
9月から10月にかけて、自身の曲と、20数曲に及ぶゲストの曲のバックの演奏の練習、キャピトルの契約最後のアルバム『アイランズ』のレコーディングと忙しかった

10月の初め、ドキュメンタリー映画の撮影がきまった。ロバートソンとバンドのマネジメント・チームが他のメンバーの了解なしに話を進めた

ウィンターランドはプロデューサーでオーナーのビル・グレアムのディレクションで飾り付けられた
・サンフランシスコ歌劇場から借用したヴェルディのオペラ「椿姫」のセット
・20世紀フォックスから貸し出された「風とともに去りぬ」のシャンデリア、など

コンサートでの曲順は、オリジナルのライブ・アルバム、完全盤と称されたCD(2002年)、映画、それぞれ違い、完全に網羅した音源はない

登場順
The Band, The Band with guests, 休憩、The Band, The Band with Bob Dylan, All performers with Ringo Starr & Ron Wood,
The Band

The Band の演目4曲目、"Life is a Carnival"からホーン・セクションが参加(レコードではオーヴァー・ダビングでこの前の曲にも管楽器が入っている)

ゲストの曲は、ザ・バンドがリスペクトするアメリカ南部のルーツ音楽を辿れるように考えられていた

ニール・ヤング以降は、同じ出身地の「カナダ」でくくったもよう

レコードのアルバム"The Last Waltz"では、Side 6 がスタジオ録音になっている

新曲の「イヴァンジェリン」は練習不足で物足りない演奏となったのと、「ザ・ウェイト」はゲストを想定していたゴスペルの「ステイプルズ」がスケジュールの都合で参加できず、
スタジオ録音に回した(ザ・バンドの音楽的ルーツのうち、コンサートではカントリーとゴスペルが要素を欠いていたという意見もあり)

「1978年4月、『ラスト・ワルツ』の映画と3枚組LPがようやく登場したとき、それぞれのメンバーの心は”ザ・バンド”から、すでに遠く離れていた」







[その他] 小噺 「摩天楼のサンドイッチ」 



先日、雑誌『ポパイ』のサンドイッチ特集号を紹介したブログで、合わせてウディ・アレンの映画に出てきたサンドイッチのジョークも紹介しました。

エド・マクベインの87分署シリーズ『警官嫌い』にも、私の好きなサンドイッチに関するジョークがあり、ネット上でテキストを見つけたので、これも紹介します。訳すと面白くないので、原文でどうぞ。


"I heard a good one last night," Foster said.

"Let's hear it," Carella prompted.

"This guy is a construction worker, you see?"

"Yeah."

"Working up on a girder about sixty floors above the street."

"Yeah?"

"The lunch whistle blows. He knocks off, goes to the end of the girder, sits down, and puts his lunch box on his lap. He opens the box, takes out a sandwich and very carefully unwraps the waxed paper. Then he bites into it. 'Goddamn!' he says, 'peanut butter!' and he throws the sandwich down the sixty floors to the street."

"I don't get it," Bush said, sipping at his coffee.

"I'm not finished yet," Foster said, grinning, hardly able to contain his glee.

"Go ahead," Carella said.

"He reaches into the box," Foster said, "for the next sandwich. He very carefully unwraps the waxed paper. He bites into the sandwich. 'Goddamn!' he says again, 'peanut butter!' and he flings that second sandwich down the sixty floors to the street."

"Yeah," Carella said.

"He opens the third sandwich," Foster said. "This time it's ham. This time he likes it. He eats the sandwich all up."

"This is gonna go on all night," Bush said. "You should a stood in bed, Dave."

"No, wait a minute, wait a minute," Foster said. "He opens.the fourth sandwich. He bites into it. 'Goddamn!' he says again, 'peanut butter!' and he flings that sandwich too down the sixty floors to the street. Well, there's another construction worker sitting on a girder just a little bit above this fellow. He looks down and says, 'Say, fellow, I've been watching you with them sandwiches.'

"'So what?' the first guy says.

"'You married?' the second guy asks.

"'Yes, I'm married."

"The second guy shakes his head. 'How long you been married?"

"Ten years," the first guy says.

"'And your wife still doesn't know what kind of sandwiches you like?'
'The first guy points his finger up at the guy above him and yells, "Listen, you son of a bitch, leave my wife out of this. I made those goddamn sandwiches myself!'"

Carella burst out laughing, almost choking on his coffee. Bush stared at Foster dead-panned.

"I still don't get it," Bush said. "What's so funny about a guy married ten years whose wife doesn't know what kind of sandwiches he likes? That's not funny. That's a tragedy."

"He made the sandwiches himself," Foster said.

"So then it's a psycho joke. Psycho jokes don't appeal to me. You got to be nuts to appreciate a psycho joke."


COP HATER
by Ed McBain

Copyright 1956 by Ed McBain

A Signet Book
New American Library
First Printing, October 1973

eBook scanned & proofed by Binwiped 10-18-02 [v1.0]


[自分史のレッスン] 1970年 11歳 その(2)





本日付の朝日新聞の連載記事「サザエさんをさがして」(第一級の時代史資料です)が「修学旅行」を取り上げていたので、自分の写真から小学校6年の時の修学旅行の写真です。

山口県の秋芳洞、下関、北九州市への修学旅行で、修学旅行専用列車での移動でした(高速道路がまだない)。

泊まった旅館の大浴場での写真です。当方は最後列一番左。最近は皆と一緒に風呂に入る習慣がないので、海水パンツをはいて入る子供がいるということですが、本当でしょうか?

高度成長も終盤に入り、伸び行く工業地帯、北九州市と紹介されたのが記憶にあります。若戸大橋が偉業として記憶に残ってます。

この年は大阪万博の開催された年で、小学生の当方もイベント続きでした。


1970(昭和45)年の出来事

・<いさなぎ景気>(’66年~)終わる

・カドミウム・農薬汚染など各種の公害が全国的に広がる

・<歩行者天国>開始

・自動販売機、100万台突破

『年表 昭和・平成史』(岩波ブックレット)より

<日々是不穏 like a rolling stone>(2014年8月30日(土)) 代ゼミ 窮余の大リストラ


大手予備校の代々木ゼミナールが校舎の閉鎖、社員への早期退職の募集の開始等、大きなリストラを強いられるそうです。(2014年8月30日付け朝新聞)。

朝日新聞によると、広島・神戸・仙台などの校舎を閉鎖し、全国で7つの校舎に集約。400人の社員を対象に早期希望退職の応募書類も配られたそうです。

少子高齢化の影響による予備校生そのものの減少に加え、3大予備校(他は駿台予備学校、河合塾)の中でも代ゼミは中堅私大志望者がターゲットで、大学全入時代となり、私大の門そのものが大きく広がり、浪人してまで中堅私大を目指す受験生が激減したのも影響したようです。

ただし新聞での報道はありませんが、ネット上では代ゼミの「業種変換」は数年前から進んでおり、受験生の減少を見越した秀逸な企業戦略との見方もあります。

代ゼミは物件が自社物件で建物用途を返還することで、予備校から不動産会社へとシフトできるそうです。先賢の明があったというべきでしょうか。

リストラの対象となった社員はお気の毒ですが、会社の生き残りの観点から見れば、致し方ない戦略かも知れません。


ネット上では代ゼミの不動産業への転身のニュースが複数ありますが、下記一例まで。

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http://www.j-cast.com/2014/08/25214004.html?igred=on
JCASTニュース


■代ゼミは不動産業で生き残る 遊休地でホテル、商業施設、貸会議室
2014/8/25 19:33

   全国27校舎の7割を閉鎖する方針が明らかになった大手予備校・代々木ゼミナールが、以前から旧校舎などを活用した不動産業を進めている。

   古くなった建物をホテルや会議室といった形態に改装しただけでなく、おしゃれな商業施設になったところまである。


■京町屋をイメージしたホテルに

   たとえば札幌校の旧校舎は2013年11月から貸会議室大手のティーケーピー(東京・新宿区)に貸し出されている。同社が内部を改装して企業や個人ユーザー向けに、会議室や宴会場として利用できるようにした。同様に高層ビルの「本部校 代ゼミタワー」に校舎を移転してから、本部の古い校舎の一部が、空きスペース活用のため会議室として貸し出されている。

   ホテルに生まれ変わった校舎もある。京都校の別館が10年10月に「カンラ京都」(京都市・下京区)としてオープンした。コクヨグループのUDSが「不動産の有効活用」のコンサルティングや企画・設計、運営までを手掛ける。築20年の校舎を、京町屋をイメージしたデザインに一新した。

   京都駅近くの学生寮だった建物は11年4月に「ホテルアンテルーム京都」に改装された。ホテルとアパートが一体化した施設で、ギャラリー・朝食レストラン・バーを併設し、「京都のアート&カルチャーの今」を発信するというのがコンセプトだ。

   11年8月にはサザンオールスターズやMr.Childrenなどの音楽プロデューサーである小林武史さんを迎え、商業施設「代々木ヴィレッジ」をオープンした。代ゼミ本部校跡地の遊休地の活用を目的とした、5~10年の期間限定のプロジェクトで、小林さんが代表をつとめる「kurkku(クルック)」が
企画運営を行っている。

   こうした転換に施設利用者も気づかないほどで、
「代々木ヴィレッジはもともと代ゼミ本部だったところなのね!」
「ホテルアンテルーム京都も代ゼミの関連施設だったとは知りませんでした」
などとツイッター上で驚く人も少なくない。


■名古屋校新校舎の大部分がホテルに

   そして、現在建て替え中の名古屋本館の建物は、ビジネスホテル「名鉄イン」のフロアが大部分を占める予定だ。地上23階建てで延べ床面積は約1万3000平方メートル。低層には代ゼミの教室が入り、その上に名鉄インの部屋が作られる。イメージ図を見ると、19フロア相当が宿泊施設になっている。こうした校舎は初めてだという。

   今後予定する校舎の大量閉鎖で、建物はホテルや会議室に変わっていくのか。代ゼミの広報担当者は、「すべての校舎について未定です。2015年の募集を停止するということ以外決定していません」と答えた。

   また、人口減少による予備校の苦境を30年以上前から予測してあらかじめホテルに転換しやすい構造にしていたという噂がネット上で流れているが、「そんなことはまったくありません」と苦笑しながら否定した。

2014年8月29日金曜日

[その他] ブログ紹介 「FacebookとLINEで呼びかけ、16年ぶりの再会をした同窓会の結果報告」


写真と記事は関係ありません


故郷新潟で卒業以来16ぶりに中学校の同窓会を開催した幹事さんの奮闘記。

Yuta.Kikuchiの日記 「FacebookとLINEで呼びかけ、16年ぶりの再会をした同窓会の結果報告」。

kikuchiさんは東京在中だそうですが、誰も引き受け手がないので遠隔地に係らず幹事を買って出たそうです。

通常ハガキでの案内のところ、Facebook、LINEをフル活用し、一般的には名簿から20%程度の参加のところ、60%の参加があったそうです。

最初に「必ず全員に案内連絡が行き届くように」という方針を掲げられたそうで、志が違います。

工夫されたのは簡単なコミュニケーション・ルール。

(1)目的毎にグループを用意して、連絡事項を伝えるグループ、雑談をしたいグループ等、交通整備をした。

(2)LINEの着信をグループでOFFにするようルールも徹底化した。

(3)雑談グループの長を決め、盛り上げるネタを毎日呟いてもらうなどのコンテンツ強化を行った。

(4)参加希望の受付もFacebook/LINE/メールで行った。(Facebookはイベント機能、LINEでは参加する/参加しないをノートのコメントに記載)。

また、会費を口座振込にすると当日の集金が不要となり、振込履歴が通帳に残るので安心だそうです。

同窓会代行の業者のノウハウをうまく取り入れて充実させておられるのは感服します。

28期では卒業時の名簿からの捕捉率(現在も連絡がつく人)が75%程度。出席率が30%程度なので、まだまだ工夫の余地があるかも知れません。

2014年8月28日木曜日

[その他] 孫の力



私ごとですが、本日、長女が男子を出産しました。

当方の夫婦にとって初孫となります。

母子ともに健康でまずは安心しました。

28期でもかなりの人がすでに孫がいると思いますが、

改めて大げさでなく、人間としての生の奇跡を感じます。



名著『孫の力』(島泰三著、中公新書)より。

著者は霊長類の研究者ですが、生殖年齢が若いサルでは孫・曾孫は稀ではないものの、自分の子どもしか認識できないそうです。地球上の全動物の中で人間だけ孫を孫として認識できるそうです。またほんの一世紀前まで平均寿命が50歳に満たなかったので、長寿が可能になった現代人のほうが、孫を孫として迎えられる確率が高いそうです。

孫は人にとってだけ、ことさらに意味を持つ子孫なのかもしれない。

人では生殖年齢に達するまでに長くかなり、孫を見ることが稀なことであるという以上に、人が老いを感じ、近づきつつある死を思うちょうどそのときに孫が生まれてくるという、巡り合わせの妙がある。このとき、祖父母は自らの生命の連続を生まれてきた孫に感じて、心が震える思いをする。


たまたま、当方の父親と、配偶者の母親が年齢からくる病気で入院中ということもあり、ことさら新しい生命に感謝です。

2014年8月27日水曜日

[その他] 納涼会



実は本ブログは表向き「広島県立広島皆実高校28期同期会の事務局」のブログですが、

ほとんど同期会の話はありません。

が、本日は同期会のメンバーで納涼会と称し飲み会を実施しました。

特にお声掛けもしませんでしたので参加者7名で他愛のない話で終了しております。

名物の「アイスバイン」はおいしゅうございました。

次回は忘れたころに忘年会を実施します。


<日時>
2014年8月27日(水曜日)19時より

<店名・場所>

カジーノ(ビストロ)

住所: 〒730-0022 広島県広島市 中区銀山町11?3
電話:082-245-0611

[積読立読斜読] ポール・オースター『ガラスの街』

[積読立読斜読] ポール・オースター『ガラスの街』



『ガラスの街』(ポール・オースター著、柴田元幸訳、2013年新潮文庫)

たまたま読んだオースターが面白かったので、時系列ではありませんが継続して読んでます。

原題は"City of Glass"で1985年刊行。86年までに出された3つの小説(あとの2つは『幽霊たち』、『鍵のかかった部屋』)がニューヨークが舞台なので「ニューヨーク三部作」と呼ばれてます。

本国でも日本でも『ガラスの街』が表面的に「探偵小説」の体裁をとっているので(探偵が出てきて依頼人がいて事件が起こりそう)ミステリーの範疇に入れられたそうです。本国ではエドガー賞にノミネート。
日本ではミステリー系の翻訳者で89年に角川書店から翻訳版が出版されました。柴田元幸訳が新潮社から出たのは2009年(文庫化は2013年)で、オリジナルの出版から四半世紀経ってます。

翻訳の経緯でもポール・オースターが一筋縄ではいかない作家だというのがわかります。

すでに刊行からかなり年月が経っており、オースターの研究も進んでいるので、書籍・WEB上でも精力的な評論が多数ありますので、内容紹介は最小限にして、末尾で新潮社からの内容紹介に留めておきます。

個人的にこの『ガラスの街』に限らず、何故オースターの小説に魅入られるのか。


・主人公が男性で何らかの理由で生きる希望がないのに生きている(妻や子供が存在しなくなる)

生きているのが嬉しいわけでもなかったが、少なくとも生きていることを憤ったりはしなかった。(P9 )
・予想もしない展開で物語は進んでいくが、教訓的ではない

 問題は物語それ自体であり、物語に何か意味があるかどうかは、物語の語るべきところではない。(P5)

・生きる希望がないにも関わらず熱中するモノがある(『ガラスの街』の場合はニセの探偵業)

探偵とは、すべてを見て すべてを聞き、事物や出来事がつくり出す混沌のなかを動き廻って、これらいっさいをひとつにまとめ意味を与える原理を探し出す存在にほかならない。(P14)

・書物に関するペタンディックな偏愛

いま書いているのは『ドン・キホーテ』論だということだった。「大好きな本です」とクインは言った。「ええ、私もです。あんな本はほかにありません」(P178)


・作中にいかにも存在しそうな架空の書物あるいは映画などが挿入される

1690年、『新バベル』と題して刊行された64ページの小冊子は、スティルマンによれ ば、新大陸をめぐってそれまでに書かれたいかなる記述よりも烈しい幻想力に貫かれていた。(P86)
・構成が入れ子構造に(メタ小説)なっていて単純に終わらない

 この時点を境に、物語は曖昧になっていく。情報は尽きたのであり、この最後のセンテンスのあとに続く出来事は永久に謎のままだろう。推測を加えることさえ愚かというも のだ。私は2月、吹雪がニューヨークを襲うほんの数時間前にアフリカ旅行から戻ってきた。(『ガラスの街』の真の作家)(P236)


特に本作『ガラスの街』では、このまま破綻したまま物語が終わるのだろうかと不安になったところで、真の作者の一人称語りが始まるので意表を突かれました。

本書の登場人物がたどった足跡を、いつかニューヨークでたどってみたいと思わせる都市小説でありました。


■新潮社による文庫紹介

「そもそものはじまりは間違い電話だった」。深夜の電話をきっかけに主人公は私立探偵になり、ニューヨークの街の迷路へ入りこんでゆく。探偵小説を思わせる構成と透明感あふれる音楽的な文章、そして意表をつく鮮やかな物語展開──。この作品で一躍脚光を浴びた現代アメリカ文学の旗手の記念すべき小説第一作。オースター翻訳の第一人者・柴田元幸氏による新訳、待望の文庫化!


■新潮社による著者紹介

ポール・オースター/著(Auster,Paul)

1947年、ニュージャージー州ニューアーク生まれ。若いうちから作家を志し、1970年代から詩、戯曲、評論の執筆、フランス文学の翻訳などに携わる。1985年から1986年にかけて刊行された「ニューヨーク三部作」で一躍脚光を浴び、以来、無類のストーリーテラーとして現代アメリカを代表する作家でありつづけている。フランス、ドイツ、日本などでは、本国アメリカ以上に評価の高い世界的人気作家である。ブルックリン在住。




[その他] 朝日新聞から自分史サービス



自分史が静かなブームのようです。単に高齢者で暇な人が増えただけかも知れませんが。

朝日新聞社が社内の資源を横断的に使って自分史を書きたい人をサポートしてます。


■朝日自分史サービス

3つのコースがあります。

(1)記者取材コース
なんと朝日新聞記者が自分を取材して、自分史を作ってくれるサービス(自分でやらなくても?)。
お値段はナント¥1,110,000です。

(2)原稿持込みコース
編集者による校正、レイアウト、印刷サービスです。¥610,000。

(3)自己編集コース
インターネット上の編集サービス、"Lifestory"を使って自分で編集するコース。
¥109,000。

いずれにせよ自分史出版が目標でかなり大がかりなものになります。はたしてこの金額の「自分史」に値するのかどうか自問自答する人も多いのでは。


■自分史ノート

出版まで大げさでなくても、書き込み式で自然と自分史ノートが作成できる形式になってます。
2分冊形式箱入りです。資料編とノート編に分かれてます。類書と違うのは新聞社だけに昭和元年から平成26年7月までの世の中の動きを網羅した資料編が充実してます(当たり前か)。

またノート編も自分史を取材する側から見た編集方法のノウハウが活かされているようで、書き込みパートが2つのカテゴリーに別れてます。生まれてから現在・将来の事実を記入する「ライフステージ別」。友人、衣食住、趣味、仕事、などカテゴリー別に分かれた「カテゴリー別」のパート。

自分史というと「ライフステージ」が主になりがちですが、自分の周囲を取り巻く「カテゴリー別」を加えることで、より自分が鮮明に浮かびあがると思います。

『朝日新聞 自分史ノート』(朝日新聞出版、2014年、定価1,600円)

まずは「自分史ノート」で感触をつかんでから、自分史サービスに進みたい人は進のが順当でしょうか。

そのうち質問に答えたり資料をスキャンさせれば、勝手にWEB上に自分史が出来上がるWEBサービスが出てくるかも知れません(もうあるかもしれない)。


■自分史を書き上げるための10カ条

自分史ノートにあった「自分史を書き上げるための10カ条」をメモしときます。

(1)日記、写真、手帳、愛用品など書くための素材を用意

(2)明確な「締め切り」を自分に課す

(3)世の中の動きと自分の歩みを組み合わせた年表を作る

(4)なぜ書くのか、目的意識を明確に

(5)事前に読み手を想定する

(6)自分を知る人を取材する

(7)いちばん書きたいことから書き始める

(8)大作を仕上げる必要はない

(9)他者の悪口は書かない

(10)感謝の気持ちを記そう

当方はたいそうずぼらな人間なので、本ブログで不定期にやっている「自分史のレッスン」のような気が向いた時に書き、あとで検索をかける、という曖昧な方法が合っているようです。

2014年8月25日月曜日

[その他] 10日と25日のダイエット ムッシムパネン(MUSIMPANEN)





ジャンク・フードをついつい毎日買ってしまうのを反省し、
毎月10日と25日のみお菓子を買って食べるというダイエット(?)、

本日8月25日は洋菓子屋さんに行きました。

ダイエットは最初は順調でありましたが、このダイエットの弱点は、10日と25日のお菓子は自分で買いますが、家族が買ったものや、到来物のお菓子は別段食べてもかまわないという、ゆるいルールなので、現在出産を控えて実家にいる長女が作るブラウニー(結構大量にあります)などを食べたりします。

したがってあまりダイエットにはなってませんが、まあ気長にやります。

※8月からちょっと体を動かしていないので、かなり、リバウンドしてしまいました。運動も加えていこうと思います。


■10日と25日のダイエット

【開始日】
2014年6月25日

【体重の変化】
83.1kg(6月16日)…健康診断の日
81.6kg(6月25日)…ダイエット開始日
80.3kg(7月10日)
79.4Kg(7月25日)
80.3kg(8月10日)
81.5kg(8月25日)

【店舗】
広島市中区銀山町1-16
ムッシムパネン(MUSIMPANEN)…インドネシア語で「収穫期」という意味だそうです


【商品】
カトルカール他 合計2400円
(お菓子はインドネシアとは関係がなかったです。。。)

【感想】
伝統的なフランスの焼き菓子も多数ありましたが、個別の洋菓子は色目の鮮やかな新感覚のものが多かったです(値段もけっこうしますが)。

京橋川沿いにある店なので初夏に訪れたいですね。


※次回、9月10日は和菓子屋さんに行きます。

2014年8月24日日曜日

[その他] 雑誌『レコード・コレクターズ』 70年代日本のアイドル特集



雑誌『レコード・コレクターズ』(2014年9月号)が1970年代の日本のアイドル・ソングを特集。

1970年代は28期もどっぷりとアイドル(歌謡曲)に浸っていた時代。この時代は作曲家では筒美京平や都倉俊一、作詞家では阿久悠や松本隆など、従来の歌謡曲と一線を画し、今日でも新鮮な世界に通用するポップスが花開いた時代ですね。

ランキング形式で100位まで紹介されてますが、詳細は雑誌を購入ください。30位まで紹介します。最近は"You Tube"等の動画サイトで簡単に聴くことができるので、便利になりました。

ランキングの集計方法は、シングル・リリースされ、なおかつトップ30位以内に入ったA面曲から30曲ずつ、25名の評論家が選んだもの。(洋楽主体の雑誌『レコード・コレクターズ』の評論家なので、あまり芸のない歌謡曲ぽい曲はランキングに入ってません)。

当方はあまり歌謡曲ファンではありませんでしたが、すべての曲の出だしぐらいは歌うことができ、曲を初めて聴いた時の情景が浮かぶのは、年齢と音楽がシンクロしていたのでしょうね。



001 木綿のハンカチーフ(太田裕美)
002 17才(南沙織)
003 わたしの彼は左きき(麻丘めぐみ)
004 年下の男の子(キャンディーズ)
005 真夏の出来事(平山三紀)

006 赤い風船(浅田美代子)
007 初恋のメロディー(小林麻美)
008 横浜いれぶん(木ノ内みどり)
009 微笑がえし(キャンディーズ)
010 ひと夏の経験(山口百恵)

011 ロマンス(岩崎宏美)
012 渚のシンドバッド(ピンク・レディー)
013 プレイバックPart2(山口百恵)
014 ひとりじゃないの(天地真理)
015 センチメンタル(岩崎宏美)

016 グッド・バイ・マイ・ラブ(アン・ルイス)
017 草原の輝き(アグネス・チャン)
018 ポケットいっぱいの秘密(アグネス・チャン)
019 青春の坂道(岡田奈々)
020 はじめての出来事(桜田淳子)

021 春一番(キャンディーズ)
022 芽ばえ(麻丘めぐみ)
023 セクシー・バス・ストップ(浅野ゆう子)
024 どうにもとまらない(山本リンダ)
025 リップスティック(桜田淳子)

026 横須賀ストーリー(山口百恵)
027 シンデレラ・ハネムーン(岩崎宏美)
028 ウォンテッド(ピンク・レディー)
029 乙女座宮(山口百恵)
030 夏のお嬢さん(榊原郁恵)

[惹句どんどん] クリス松村(おネエキャラのタレント)




アイドルの一瞬の輝きっていうのは、70年代が一番すごいのよね。


歌が売れなければもう終わりなんですよ。そこが美しい。



※クリス松村といえばおネエキャラのタレントとしておなじみだが、実は2万枚のCDやレコードを所有するコレクターであり、70年代後半以降の歌謡曲~ポップスや洋楽に造詣が深いことで知られている人だ。

『「誰に書けない」アイドル論』(小学館新書)を2014年8月に上辞。


[あの頃のレコード] The Band "The Last Waltz" (1978) その3



ザ・バンドの解散ライブアルバム『ザ・ラスト・ワルツ』(1978年発売)に関するメモです。

今回は雑誌『レコード・コレクターズ』の特集から。この特集はレコード音源になかった曲も加えた完全盤と銘打つCD4枚組の発売を期に組まれたようです。

1976年11月25日の解散コンサートの時期は、ザ・バンドも周りを取り巻くロック音楽業界も大きな曲がり角を迎えていたようです。

レコードのライナーノーツはリアルタイムな限られた情報しかないので、『ザ・ラスト・ワルツ』の魅力を理解するためには、どうしても後付で勉強する必要があります。

長くなるので何回かに分けて特集の記事を抜粋します。完全盤のCDや、映画のDVDについて語っているとキリがないので、本稿のタイトル通り、「レコード」に留めておきます。


『ラスト・ワルツ』が終わらせたものは何か? 萩原健太(抜粋)

(『レコード・コレクターズ』(2002年6月号より)


■ザ・バンドの日本での評価

60年代末~70年代初頭、洋楽アーティストの情報は少なかった。

ザ・バンドの魅力はグリール・マーカスの『ミステリー・トレイン』の抄訳が雑誌『ニューミュージック・マガジン』に連載された70年代半ばから。


■1970年代のザ・バンド

1975年のアルバム『南十字星』のプロモーションをめぐり発売元のキャピトルに失望、ザ・バンド(実際には中心メンバーのロビー・ロバートソン個人)は移籍をもくろんだ


すでに計画中だった『ラスト・ワルツ』のライブ音源の発売権利を手土産に、多額の契約金を提示するワーナー・ブラザーズへ移ろうとしていた

1977年、キャピトルとはもう1枚アルバム契約が残っていたので、寄せ集めの印象が強い『アイランド』が作られた

1978年3枚組ライブアルバム『ラスト・ワルツ』がワーナー・ブラザーズから発売
(ワーナーからはザ・バンド名義のスタジオアルバムは作成されなかった)

オリジナル・ザ・バンドの軌跡は、4人のカナダ人がひとりの米南部人とともにアメリカ音楽の深層へと分け入っていく旅だったと形容される。とともに、その日その日を楽しく歌って暮らせればOKの音楽バカ4人と、明日を見据えた上昇志向の強いひとりの策士(注:中心メンバーのロビー・ロバートソンを指す)による旅でもあった。そんな歪んだ人間模様がとびきり明解な形で表面化したのが、70年代半ば、”ラスト・ワルツ”開催前後のザ・バンドだった。

1976年の全米ツアー中。ロビー・ロバートソンに子供が生まれる。リチャード・マニュエルが船の事故で10回のコンサートを中止。ロビー・ロバートソンはツアー生活に終止符を打ち、家庭に落ち着きたいと考えるようになった。

ロビー・ロバートソンはザ・バンドのマネージメント・チームとともに(他のメンバーに相談なく)独断でザ・バンド最後のコンサートを立案した。


■ザ・バンドの軌跡と1970年代半ばの音楽界

ザ・バンドのメンバー5人がザ・ホークスとして初めて勢ぞろいしたのは61年。リック・ダンゴが他界する09年までグループが存続したと解釈すれば、途中ブランクを挟みながらも活動は38年に及ぶ。そんな長い歴史の中、デビュー作『ミュージック・フロム・ピンク』を出した68年から最後の傑作『南十字星』を出した75年まで、ほんの8年間、ちょっと異質な、外界に対して鋭い有効性を持った時期が紛れ込んでいただけという見方もできる。その異質な8年間を主導したのがロバートソンであり、”ラスト・ワルツ”はそんな彼の視点による様々な”終わり”と”始まり”をちりばめた一夜となった。

ザ・バンドが一本立ちした60年代末~70年代初頭といえば、グラム・パーソンズらによる重要なアイデンティティ確認作業としてのカントリー・ロックが話題を集めていた時期だ。ボブ・ディランの試行錯誤をより内省的かつ個性的にしたようなシンガ・ソングライターたちが静かなブームを呼び始めた。

ザ・バンド同様米南部に眠る宝物を掘り起こしたレオン・ラッセル、デラニー&ボニー、オールマン・ブラザーズ・バンドらスワンプ/サザン・ロック勢も脚光を浴びていた。が、それらの試みも70年代半ば過ぎには新鮮味を失い始めた。すべては急速にアダルト・コンテンポラリー化。ソフト&メロー時代の到来だ。音楽ビジネスは以前に増して巨大化していった。


※過去のブログにはゲストの曲の紹介(その1)と、ザ・バンドの曲の紹介(その2)があります。


2014年8月23日土曜日

<日々是不穏 like a rolling stone>(2014年8月23日(土))タブレット端末授業



豪雨による被害を受けられた皆様に、謹んでお見舞い申し上げます。


日付のある私的時評。本日の朝日新聞は義務教育へのタブレット端末の導入について。

論評を読むと当然ながら賛否両論です。ハード面ではすでにパソコンを導入した学校もあるようですが、メンテナンスの面で問題が多いようです。

アメリカの事例ではパソコンとタブレット端末の長所短所の見極めがつかず、アメリカらしく自助努力で端末自由持込みBYOD(Bring Your Own Device、企業などで従業員が私物の情報端末などを持ち込んで業務で利用すること)もあるようです。


Why Some Schools Are Selling All Their iPads
Four years after Apple introduced its popular tablet, many districts are switching to laptops.


結局は端末導入ありきではなく、より良い教育のためには何が必要かという視点が最初に必要かもしれません。

個人的には、これで「算数セット」が無くなれば便利と思います(特にパーツごとに名前を記入する愚はそろそろ止めたら?)

 <反転授業>という考え方も賛否両論のようです。
 
 
(耕論)タブレットは授業を変える? 佐藤里美さん、坪田耕三さん、柳沢幸雄さん
(朝日新聞WEB、2014年8月23日05時00分)

 全国の小学校や中学校で、タブレット端末を導入する動きが進んでいます。それは授業を変える魔法の道具なのか、弊害はないのか――。夏休み明けの授業再開の季節に考えました。


 ■1人1台時代、多様な学び 佐藤里美さん(「エデュアス」担当部長)

 2020年までに子ども1人に1台のタブレット端末を無償配布して授業に活用する――。民主党政権が掲げたこの目標を自民党政権は「10年代に1人1台を実現する」と言い始めました。小中学校に前倒しで導入する波がきていて、各地の教育委員会から相談が絶えません。

 私たちは今春、佐賀県武雄市の全小学校に、児童全員分のタブレットを納入しました。納入に先立って研究や環境構築も請け負い、現地に担当を出して運営もしています。東京都荒川区では9月から、すべての小中学校に1人1台入るそうです。

 急速な動きの背景には1990年代から学校に置かれた子ども用パソコンの更新問題もあります。ウィンドウズXPの終了で更新の流れが一気に来ました。それに学校パソコンは1台20万円以上のクラスが多いですが、武雄市が入れたアンドロイド端末は1台2万円足らず。パソコン1台がタブレット10台以上に変わる。こうした背景の中、ICT(情報通信技術)業界が決して小さくない学校市場に攻勢をかけているのです。

 タブレットの強みは持ち運べることです。これまでのようにクラス全員でパソコン教室へ移動しなくても、好きな授業の時に教室でさっと出して使える。家庭にも持ち帰れます。

 使い方も多様です。子どもにとっては、授業だけではわからなかった漢字や計算問題を自宅で反復学習するツールになります。みんなの前では発言できなかった疑問も、タブレットを通じて1対1で先生に問うことができる。読み書きの苦手な子にとっては、文字を拡大したり、筆順を動画で見たり、鉛筆を使わず書けるツールになります。

 先生は、画面上で子どもに問題を解かせ、全員の画面を自身のタブレットに同時に表示すれば、教室を巡回しなくても個々の状況を把握できます。武雄市では毎回の授業後、理解の度合いを子どもたちに画面上で答えさせ、集約して理解度を測っています。動画教材を配信することもできます。「反転授業」として「この動画を授業の前に家で見てくるように」と言えば、これまでより授業時間を捻出しやすくすることも可能です。

 ただ残念なことに、教育目的の見えない導入も増えています。思考力や創造力を伸ばすためにどんな授業をめざし、だからどう使いたいのか。そんなシナリオがあってこそ私たちも最適な道具や環境を設計できる。

 やがてタブレットは眼鏡型、腕時計型に変わり、身につけて音声操作する物になるでしょう。わかりやすい授業の動画や教材は大量に出回り、子どもはどこでも自分に合った学びを得られるようになる。その時「リアルな授業」をどう位置づけ、ツールをどう生かすか。教育界だけでなく業界にとっても大きな課題です。

 (聞き手・宮坂麻子)

    *

 さとうさとみ 60年生まれ。NECからソフトバンクに転職。同社の関連教育会社「エデュアス」で、12年から現職。障害児のモバイル活用「魔法のプロジェクト」も手がける。


 ■「わくわく」なくなる危険 坪田耕三さん(青山学院大教授)

 子どもたち、特に小中学生のような発達段階の子には「五感で学ぶ」ことが重要です。

 例えば、サイコロはどんな展開図から作れるか。手で描いて切り貼りして「あ、作れない」「これでも作れるんだ」と驚いて納得する。正方形をつなげば11種類できますが、大人では発想しない三角形をつないだ立体の展開図を作る子もいます。単に正解を教え込むのが「学び」ではありません。試行錯誤の過程で、高校、大学の数学へつながる、図形感覚と創造力を育てることが大切なんです。

 タブレットならどう教えますか? 展開図の組み立て映像を画面上で見せますか? 次々と違う展開図を見せて「ピンポン」「ブー」とゲーム感覚でやる方法もあるかもしれない。でも子どもは見るだけ、「わかったつもり」になるだけで、感覚や創造力は育たない。

 理科でも社会でも、実験や体験を通じて手触りやにおいや音を伴って学んだことだからこそ、探究心が生まれるんです。

 ノーベル賞受賞者の白川英樹さんが「最近の学生は学力がなくなったといわれるけどそうじゃない、好奇心がなくなったんだ」というようなことを書いていらっしゃいました。その要因はいい映像や教材にあります。

 最近、計算や漢字ドリルの代わりにタブレットのアプリをゲーム感覚で繰り返させる先生もいます。制限時間内で答えを選択させ、「○、×、クリア!」と。目新しいから子どもも喜びますが、これは一過性ですし、○×への感覚を強めてしまう。

 五感を伴わない「わかったつもり」の学びに陥る、○×にこだわり多様な考えや解き方を失わせる、「なぜ」という疑問を抱かせない、という三つの危険も潜んでいると思うんです。

 私がタブレットを使うなら、手では限界のあることに使います。正100角形と正99角形など、手では描けない多角形の対角線を引いて、奇数角形は中心を通らないことを見せるとか。

 学校のよさは多様さです。繰り上がりの足し算は「9+○」から教える教材が多い。1足せば10でわかりやすいから。でもあえて8+6を出し、できる子もできない子も考えを言い合う授業が、学校ならあっていい。

 「効率のいい方法を示して覚えさせる」ならタブレットの「家庭教師」で十分。突き詰めたら塾の先生が最高になる。そこに学校の教師はもっと危機感を感じなきゃいけない。教師の仕掛けた疑問に様々な子が多様な解決法を出す、好奇心のわく授業ができているか。

 「反転授業」として定義や解き方を家で覚えさせ、教室で応用をするとしたら、教師の役目を半分放棄している。「わくわく」をなくしちゃいますよ。道具は教師代わりじゃない。人間を最大限生かすのが教育です。

 (聞き手・宮坂麻子)

    *

 つぼたこうぞう 47年生まれ。元小学校教諭で算数教育のエキスパート。筑波大付属小学校副校長を経て現職。手を使う算数「ハンズオン・マス研究会」代表。近著に「算数的思考法」。


 ■子どもの発言、引き出して 柳沢幸雄さん(開成中学・高校校長)

 古来、教育における知識伝達の方法は、書写、印刷、コピーと進化してきましたが、インターネットによって知識獲得が格段に容易になった現在もなお、わざわざ教室という場所に子どもたちが集まって学ぶことの最大の意義は、子ども同士の相互学習ができるということだと思います。

 子どもは他の子どもの意見を聞いて、「そんな考え方もあるのか」と刺激を受けて、自らも発言することで、自分の頭の中が整理され、知識も定着するのです。

 私はかつて東大の環境学の講義で、水俣病を題材に、未知の病気と出合った時人々はどう反応し、対処するかということを考える授業をしたことがあります。その時はあらかじめ水俣病についての資料を読んで調べてくるように指示したうえで、授業で学生たちに思い思いに発言してもらい、ひとつの結論に向けて集約していきました。

 この「あらかじめ資料を読んでおく」ということと学生の「意見を集約する」という点で、タブレット型端末などがあればかなり時間と手間が省けると思いました。

 例えば、うちの学校では、国語の授業の前に、ある文章を読んでその感想を共有のサイトにアップしておく課題を出している先生がいます。授業では生徒は他の生徒の感想も読んだうえで、意見を言い合って、文章への理解を深めます。これなどもタブレットを利用すればもっと簡単にできるでしょう。

 また、算数や数学の授業で、子どもたちがあらかじめ問題を1題ずつ作り、タブレットを通じて集約して、クラス全員が作った問題を全員で解くということも実現できれば面白いと思います。

 先生は課外活動の世話や保護者への対応、教材研究などに追われて、とにかく忙しいです。生徒の意見の集約と閲覧という機能はICT機器を使うことで、先生の負担はかなり軽減できるでしょう。

 私はかねて「2対1の法則」と称して、子どもに「2」を話させて、先生や親は「1」だけ話すということを提唱しています。成長の過程においてはしゃべることで脳が発達しますから、子どもたちに発言させることは重要です。とりわけ日本語を習得する途上にある小学生の子どもにとって、しゃべることは特に大事なのです。

 タブレットなどは、授業を主に子どもたちが意見を述べ合う場にするためにこそ利用されるべきでしょう。そういう意味では、機械さえ導入すれば教育が変わると考えるのは大きな間違いです。むしろ、ICT機器を活用して、先生がどのような教材を作り、どのように子どもたちの発言を引き出すかが重要なのです。

 (聞き手・山口栄二)

    *

 やなぎさわゆきお 47年生まれ。米ハーバード大学公衆衛生大学院併任教授、東京大学大学院教授などを経て、11年から現職。著書に「ほめ力」「自信は『この瞬間』に生まれる」など。

 ◆キーワード

 <反転授業> 自宅では、パソコンやタブレットなどで授業動画を見て基本的内容を学び、学校では、個々の課題解決や発展問題、議論などをする学習スタイル。通常の家庭学習と授業が逆転する。米国の大学などで使われる。

2014年8月21日木曜日

[積読立読斜読] 『ならずものがやってくる』(ジェニファー・イーガン著、谷崎由依訳、早川書房、2012年)



すみません小説好きなものでして。

著者のジェニファー・イーガンは1962年シカゴ生まれ。この不思議な魅力の小説はポスト・ベビーブーマー世代の"the Great American Novel"への回答です。かつてフィリップ・ロスが同じ小説化のフランク・ノリスの言葉を自著のエピグラフと小説の題名に使ったことがあります。

"the Great American Novel is not exinct like the Dodo, but mythical like the Hippogriff..."(Frank Norris).

フィリップ・ロスは「偉大なアメリカ小説」の題材としして「野球」を選びました。イーガンが選んだのはロックとロック的な人生を送った一人の女性でした。

『ならずものがやってくる』(ジェニファー・イーガン著、谷崎由依訳、早川書房、2012年)。原題は"A Visit from the Goon Squad".広島県立図書館より借覧。旧刊ですが。

たくさん登場人物が出てきて、主人公らしき人物は、最初の2つの短編に出てくる。元パンクロッカーのベニーと、盗癖があるその秘書のサーシャですが、13の短編から構成されるロンド形式の長編小説である本作は、必ずしもこの二人が登場せず、周辺の人物を描く章もあり、時間も過去、現在、未来と行き来し、場所もニューヨーク、サンフランシスコ、アフリカ、ナポリと動きます。ご丁寧に目次に"A","B"として章をまとめてあることから、ロックのコンセプトアルバムを模したものだと分かります(A面、B面なので、レコード世代ですけれど)。テーマはロックと時間です。全部を読んで最初のプルーストのエピグラフを読めば納得です。

「詩人たちは言う。若かったころ住んでいた家なり庭なりに入るとき、人はずっと以前にそうであった自分を束の間取り戻すと。しかしこの巡礼はたいへんな賭けであり、成功するのと同じぐらい、落胆に終わることも多いのだ。あらゆる時間を通して同じである場所は、むしろ自分自身の内側に探し求めるほうがよい」

「他者の生における不可知の要素は、自然におけるそれと似ている。それは科学者たちの発見によって減ることはあるものの、完全になくなることは決してない」

マルセル・プルースト『失われた時を求めて』


最終章は圧巻で、正直途中の章には出来不出来がありますが、この章だけで本書は満足です。

冒頭で「ポスト・ベビーブーマー世代の"the Great American Novel"への回答です」と書きましたが、構成はおそらく最初編年体で書き進み、あとからシャッフルしたのだと思います。

またたぶん小説では初めて12章そのののがプレゼンテーション・ソフトで書かれています。近未来の描写も含めて、著者がIT好きなのがわかります。亡くなったスティーブ・ジョブズのガールフレンドだったそうで、ジョブズとの会話からヒントを得たところもあるのかも知れませんね。

著者のサイトにあるプレゼンの原本


登場人物が多いので、アメリカのファンのサイトでは人物相関図が多数ありました。

アメリカでは各賞を総なめのようです。ピュリッツァー賞、全米批評家協会賞、ロサンゼルス・タイムズ文学賞受賞などなど。たぶんいろいろ知らないエピソードが盛り込まれており、副次的にもかなり長く楽しめそうな小説でした。小説版のサウンドトラックがあっても良いかも知れません。



2014年8月20日水曜日

[積読立読斜読] 『昭和40年代ファン手帳』(泉麻人著、中公新書ラクレ、2014年)



『昭和40年代ファン手帳』(泉麻人著、中公新書ラクレ、2014年)

コラムニストの泉麻人さんによる昭和40年代サブカル史。きっかけは雑誌『中央公論』(発行は2013年2月号)の「同窓会」特集。なんと自民党幹事長の石破茂氏と慶応高校で同級生で、特集の目玉記事として対談が組まれて、その対談の内容が小学校時代からのサブカル関係で盛り上がったことから、同じ中央公論の新書編集者がオファーしたようです。

泉麻人さんは1956(昭和31)年東京生まれ。28期の世代(昭和33、34年生まれ)と少しずれがありますが、サブカルへの意識としてはかぶるところが多いかもしれません。

編集方法は、泉さんが昭和40年台を1年ずつ振り返る構成、もとネタは読売新聞の収縮版と、小学校時代の日記等からの思い出話。泉さんは東京都新宿区出身でまったく東京から動かず、また実家も引っ越しをされていなようで、これらの「思い出の品」をきちんと保管されているものと想像されます。

東京の地政学というか平面の紹介では定評ある泉さんです。今回は新機軸というか年代ごとに時代を区切っての評論。新書ながらまとまりもよく、サブカルのリファレンス本としても使えそうです(惜しむらくは索引がない)。


高度成長の真っただ中の昭和40年代は、現在の日本のサブカル文化の基盤ができた年代でした。昭和39年に東京オリンピック、昭和45年に大阪万博(オリンピックからわずか6年)、逆にここから先はあまり変化がないような気もします。

変化のある反面、長期に安定していたのが、政権では佐藤栄作政権。39年から47年まで。巨人軍の9連覇。40年から48年まで。大相撲は大鵬。36年横綱昇進。46年夏に引退、といった状況です。「巨人・大鵬・卵焼き(自民党じゃないけど)」というのは本当ですね。

泉さんの昭和40年代論をもとに私家版のサブカル論を作るのもいいかも。

広島市内の公立小学校に通った28期は、最後の脱脂粉乳世代、最後の石炭ストーブ世代です。私たちの次の学年からテトラパック牛乳と、石油ストーブに変更になりました。まだまだ戦後を引きずっておりました。

本書にはまったく触れられていませんが、広島カープは長谷川、根本と監督をつなぎ、昭和50年の初優勝への布石を作っていた時代でした。昭和43年に初のAクラス入りです。

昭和40年代はメディアも少なく、世代論としてくくれる最後の年代かも知れません。今の子供たちは年代・世代論として過去を振り返ることができるのでしょうか。

[あの頃のレコード] Bob Dylan "Desire"(1976)



28期の高校時代はボブ・ディランが音楽的・商業的に頂点にあった時代かも知れません。

当方は熱心なボブ・ディランのファンではなく、A君やK君から借りて聴いていたのを覚えてます。

ディランのアルバム、『血の轍』の「轍」という漢字。"Desire"で「欲望」の英単語を覚えました。

このアルバムからは、不思議な魅力を持つ"One more cup of coffee"を良く聴きましたね。

レコードは最近、広島駅前の中古レコード屋さんで入手。久しぶりに全部通して聴きました。

高校時代はこの『欲望』のレコーディングの前後の話をまったく知らずに聴いていたので、内容もさっぱりつかめてなくて、熱心なファンからは怒られそうです。

先日、岩波新書から出た『ボブ・ディラン ロックの精霊』(湯浅学著)から、『欲望』前後のディランの活動を長くなりますが紹介します。それにしても「ローリング・サンダー・レヴュー」は破天荒ですね。いまさらながら。

『欲望』はメロディーラインも親しみやすく(詩は難解です)、楽器編成も非常に少なく、民族音楽のような雰囲気を醸し出してます。バック・コーラスで参加した、後にカントリー界の大御所となるエミリー・ハリスの声が印象的です。

Side one
1.Hurricane  8:33
2.Isis  6:58
3.Mozambique  3:00
4.One More Cup of Coffee (Valley Below) (Dylan)  3:43
5.Oh, Sister  4:05

Side two
1.Joey  11:05
2.Romance in Durango  5:50
3.Black Diamond Bay  7:30
4.Sara (Dylan)  5:29


下記、大変長い引用になりますが、岩波新書『ボブ・ディラン』より。

P161
ドサまわりの楽団

 『血の轍』(1975年1月)は、音楽的にも商業的にも、ボブにとって満足のいくアルバムだった。
完成後しばらくは、パーティやらイヴェントへの参加などで過ごした。久しぶりにサラと一緒のところを目撃されたが、その表情は冴えなかったと伝えられている。

75年4月23日、フォード大統領はヴェトナム戦争の終結を宣言する。

 カリフォルニアの家にはいずらかったのだろうか、ボブは75年夏、グリニッジ・ヴィレッジに長期滞在した。ジャック・エリオットやボビー・ニューワースらと話すうちに彼らのライブに客演するようになる。彼らのバックを務めていたミック・ロンソン、ロブ・ストーナーらとの交流もそこから始まった。演出家で作詞家のジャック・レヴィとある日、道でばったり会ったのを機に曲を共作するようにもなった。

獄中で無実を訴えるルービン・ハリケーン・カーターのことを描いた歌「ハリケーン」も生まれた。ボブは刑務所にカーターを訪ね支援を約束する。ボブとレヴィは多くの多くの共作曲を作った。ボブの抽象的表現をレヴィが具象化するという作業がうまく噛み合った。ボブはレコーディングに着手する。

 75年7月にそれは始まった。まず20人を超すミュージシャンが一堂に集められ、そこから何人かずつがセッションしていく。人の出入りは雑然としていた。何回かそれがつづいた後、一度セッションは解散し、すぐに小編成のセットが組まれ仕上げられていった。ヴァイオリンのスカーレット・リヴェラは、ヴァイオリンを持って歩いていたところをボブに誘われたという。

 神話をモチーフにした戯作、女性への恋愛のヴァリエーション、社会事象を演劇的に描いたり、皮肉な笑いもある。レコーディングに突然現れたサラの前で歌ったといわれる純愛ソング「サラ」、冤罪糾弾の「ハリケーン」もある。

 このセッションとヴィレッジでの交友関係の中から、ボブは音楽で小さな町を訪ねていく旅まわりの公演を実行する。この構想についてはボブから60年代中ごろすでに聞かされていた、とロビー・ロバートソンは言う。「ジプシー・キャラバンのように、なんとなく人が集まって、いろいろなところで好きなようにやって、それでいてひとつのまとまりをもつようなツアーをしたい、とボブは語っていた」。

 具体的になったのは75年春だ。76年がアメリカ建国200年の年であることは、そのときボブの頭の中にはなかった。74年のツアーが1万人以上を収容するホール/スタジアムをまわるだけの、成長産業としてのロックを象徴するものだったことへの反動から構想されたのでは、との見方が強い。イタリア即興喜劇旅演芸のコンメディアルデラルテや、アメリカのイディスン・ショーの”ボブ・ディランとその仲間版”である。組織化され音楽ビジネスマンが跋扈する”レコードを売るためのツアー”への反発があったことは確かだろう。素朴で奇想天外ならなおいい。かつて夜ごと歌手が観客と交歓していた60年代のヴィレッジの空気とも、それは通じるところがあった。

 がさごそと人が出入りして伴奏が増えたり減ったり、歌い手が入れ替わり立ち替わり現れる、ドサまわり公演。楽団の基礎にはロブ・ストーナー、スカーレット・リヴェラら、レコーディングの若手を置く。ボブはジャック・エリオット、ロジャー・マッギンに参加を要請し、65年に別れて以来、ほとんど会うことがなかったジョーン・バエズも誘った。 友人が友人に声をかけ合って参加者は増えていった。キンキー・フリードマン、T・ボーン・バーネット、スティーブン・ソールズ、アレン・ギンズバーグ、デイヴィッド・マンスフィールドが加わり、ロバート・アルトマン監督の映画『ナッシュビル』に主演した女優ロニー・ブレイクリーも旅のメンバーになった。

 旅芸人になる、ということはそれまでのミュージシャン活動の延長にはあるが、少し姿勢が異なる。非日常的営みがそこに加わっている。ボブはこのツアーを映像として残すことを思いつく。それもただ記録するのではない。出演者、旅の帯同者による演技も収録する。ツアーの演奏シーン、ステージの裏の様子、旅中の会話、そこに旅の中で思いついた台本による演劇が加わる。最終的にそれらがボブの手によってひとつに編み上げられる。

 ボブはそのために二組の撮影班を編成した。脚本担当としてサム・シェパードを同行させた。しかし、シェパードがボブのやり方を理解するのは難しかった。映画に関しては、同行者全員がボブの構想と方法を理解しようにもできなかったようだ。ボブは演技のちょっとした指導とセリフを伝えることはあるが、演出といえるような演出はほとんどやらない。

 面談しているときボブはシェパードに、フランソワ・トリュオフォー監督の映画『ピアニストを撃て』を観たことがあるか、と尋ねた。あのような映画を作りたいのか、とシェパードが反問すると、ボブは「ああいうやつだ」と答えたという。

 ボブの映画のタイトルは、『レナルド・アンド・クララ』。旅が進んでも、ボブもシェパードも台本をまったく書かなかった。台本が作られているように同行者、出演者に見せかけるために自分は呼ばれたのだろう、とシェパードは思うようになった。

  75年10月23日、旅の前祝いのおうにツアー参加者一同と撮影隊はフォークシティ(*)に集合した。その日は店のオーナー、マイク・ポーコの61回目の誕生日だった。誕生会と決起集会が合体したような内輪のステージが繰り広げられた。

 ツアーは「ザ・ローリング・サンダー・レヴュー」と名づけられらた。計画の初期にはメキシコのアステカ王国最後の王の名を冠した、「モンテズマ・レヴュー」という名称をボブは考えていたともいわれる。”ローリング・ササンダー」は単に、庭でツアー名を考えていたら雷が聞こえたからだとボブは言う。後に”ローリング・サンダー”がネイティブ・アメリカンの教えで「真実を語る」という意味をもつことを知って、ボブはとても喜んだ。

 もともとボブは全員が列車で移動することを夢想していたが、実質的にそれは不可能なため、バスとキャンピング・カーを連ねてあちらこちらアメリカ北東部を巡回した。小さな会場を仮名で借り、ショーの一週間前に告知ビラを配布する先行部隊を、地元大学のキャンパスに送り込む。チケットは口コミで売られる。ショーの前夜にその町に行き、終わるとすぐに次の地へ移動した。一行は総勢70人にものぼった。

 75年10月30日、旅はマサチューセッツ州プリマスで幕を開けた。1620年にイギリスからやってきた清教徒たちが最初に上陸した土地、アメリカ合衆国建国の起点だ。演出担当ジャック・レヴィの発案かもしれない。

 一回のショーは3~4時間の長丁場だったが、観客は予測のつかない空間に身を置き、緊張感を持ちながらステージに見入った。観客のほとんどは、このようなコンサートは初めての体験であっただろう。

 ツアーの一行はボブの思いつきでの即興演技シーン撮影のためにたびたび止まった。出演者としてその時々で指名された者が、ボブのいう場所に連れて行かれて、そこあで何かをやるというものだった。”何か”といっても何のテーマもないことも多く、ただの雑談や身の上話が収録されることがほとんどだった。

 参加者は日を追うごとに増えていく。ボブの昔のガールフレンドがいつの間にか加わっていることも多かった。サラも同行していた。サラは映画の中で娼婦クララ約だったからだ。そのクララに追われるレナルド役がボブだ。つまり、ボブ夫妻が主演の劇映画にレヴューが組み込まれている、という構造だった。

 がわかりにくいことに、映画にはボブ・ディラン役でロニー・ホーキンスが、その恋人役(サラにあたる人物)としてルース・ティランギエル(後にボブに慰謝料請求訴訟を起こす)も出演していた。現実と虚構が半現実と半虚構になった合体しているので、セリフが何についての話なのかが判然としないシーンが続出する。しかし、ステージの模様は非常に躍動していた。他では感じられない奇妙なメリハリが『レオナルド・アンド・クララ』にはある。膨大な量の撮影フィルムは、その後一年以上をかけてボブ監修で編集され、4時間の作品として完成する。78年に都市部で劇場一般公開されたが、一週間で打ち切りになった。ボブは痛恨の極みで、仕方なく二時間の短縮版もすぐに作ったが、そちらもまったくの不評だった。日本では78年に、二時間版が短期間公開されたことがあった。

 ローリング・サンダー・レヴューは75年12月8日、ルービン・ハリケーン・カーターの弁護費用調達のチャリティ・イヴェントとしてニューヨークのマディソン・スクエア・ガーデンでおこなわれたショーで一旦幕を降ろす。アメリカ北東部、トロント、モントリオールをまわり、全31公演がおこなわれた。この第一期のライヴ音源は2002年にザ・ブートレッグ・シリーズの第5集『ザ・ローリング・サンダー・レヴュー』として発売された。活きのいい歌と演奏が聴ける。

 明けて1976年1月16日、『欲望』が発売される。ローリング・サンダー・レヴューの起点のひとつとなった75年のセッションを収録したアルバムとして評判はとても良好だった。全米チャート首位を獲得する。

 ローリング・サンダー・レヴュー一行は、76年1月25日、ヒューストンのアストロ・ドームで2回目のハリケーン・カーター支援公演をスティーヴィー・ワンダーの協力のもとで開催する。が、収客(ママ)は少なかった。 4月18日、レヴューは再開される。フロリダ州レイクランドを皮切りに南部をまわり、5月25日のユタ州ソルトレイク・シティ公演で幕を閉じる。全22回公演だった。このうち76年5月23日のコロラド州フォートコリンズでのステージの模様がNBCテレビで全国放映され、その音源の一部が、ライブ・アルバム『激しい雨』として76年9月10日にリリースされた。

 後期ツアーでボブは前期よりもラフな歌声を聴かせている。バックの演奏も刺激的にテンポ・アップし、リアクティヴなフレーズをくり出したりして煽っている。

 ボブは不足している映画製作資金の捻出に苦心していた。しかし、旅廻りの歌一座というひとつの理想を、不備をかかえながらも実現したことで束の間の充足感を得られたかもしれない。 
 


2014年8月18日月曜日

[自分史のレッスン] 1993年(34歳)



勤務先の製パンメーカーT社から海外研修で、アメリカのニューヨーク州にある料理学校で。


T社は結構太っ腹で社員の海外研修、視察もけっこう多かったです。

写真は寮で一時同室だったテキサスから来たCarl Phillips氏。彼はプロのコックです。

当方はコックではありませんで、単なる研修で、製パン、製菓、料理、ワイン、コマーシャル・フォト、料理科学、などの社会人向けコースをいろいろ受講しました。

あんまり会社のお役には立てず申し訳ありません。



<1993(平成5)年のできごと>

・<新党>ブーム

・ゼネコン・地方自治体の汚職相次ぐ

・冷害で1993年以来の米凶作、海外から緊急輸入へ

・ハンチントン『文明の衝突』をめぐる論争

・曙、外国人初の横綱へ

岩波ブックレット『年表 昭和・平成史』より

[その他] さようなら三角コーナー




前に「ベランダに置く生ごみ処理器」を紹介しました。順調に稼働中です。

台所の三角コーナーにビニール袋を入れて、それに生ごみを入れてましたが、当方の台所は、シンクと食器乾燥機の中間に三角コーナーがあり、常に水をかぶってじめじめしている状態で、ベランダまで運ぶ際に水滴が落ちる問題がありました。

そこで、台所の三角コーナーをやめて、白い琺瑯の容器(直径18cm、4千円弱)を生ごみ入れにして利用することにしました。琺瑯びきのストッカーは直接生ごみをいれ、1日の終わりに「ベランダに置く生ごみ処理器」に捨てます。

家の中に生ごみの匂いがこもらないし、可燃ゴミの袋が濡れないし、臭くならないし、三角コーナーをなくしたことで台所のシンク内がすっきりしました。

台所は配偶者(@五木寛之)のテリトリーでなかなか改善が難しいところではありますが、今回は賛成してくれました。

いずれにせよ、水分を多く含んだ生ごみをなくしたので、ゴミ処理場の焼却炉の焼却効率がちょっとでもよくなれば幸いです。

なかなか長年の習慣を変えるのは難しいですね。


2014年8月17日日曜日

[新聞記事] Marie Curie prepares to throw down with Barbie




朝日新聞記事の見出しで読み解く、の元記事です。

St.Louis Post-Dispatch紙、2014年7月20日付け記事。


イリノイ大学在学中の女性2人によるベンチャー企業"Miss Possible"の記事です。アメリカでは、大学教育受講者は男女半々ですが、理科系に進む女性は28パーセントのみだそうです。バービー人形に代表される少女期からの性別の刷り込みが影響していというのが、記者の意見です。

現在1体45ドルの小売価格を予定していてクラウドで基金を募集中だそうです。写真はプロトタイプを持っている創業者2人。

モデルとしてはキュリー夫人など歴史上の偉大な女性を予定していて、スマートフォン用のアプリで、人形と一緒にいろいろな科学的な実験も可能となるそうです。

2人の両親は理科系の出身で、創業のアイデアはその影響もあるのかも知れません。アメリカの理系玩具では創業間もないGoldie Bloxの成功例があり、ひょっとすると大化けするかも知れませんね。


黄色のハイライト部分は、当方の不明単語ですので、気になさらずに。


Marie Curie prepares to throw down with Barbie

(JULY 20, 2014 10:15, BY AISHA SULTAN)

The disruption in the pink aisle is about to become an all-out revolution.

A newly minted female engineer and one in the making have developed a successor to last season’s groundbreaking GoldieBlox, the engineering kits geared at girls.

Supriya Hobbs and Janna Eaves, both 21, met through the engineering program at the University of Illinois. They have come up with a line of dolls that they hope will change the way girls think about pretend play and, more importantly, their place in the world.

Their Miss Possible line of dolls combines the appeal of American Girl with the skill development of GoldieBlox.

throw down:投げ捨てる

disruption:混乱、中断

all-out:総力をあげての

Goldie Blox:a toy company (and also the name of the toy), established in 2012 in Oakland, California to introduce girls to the field of engineering

These young women have left Barbie so far behind.

The first doll will be the childhood version of Marie Curie, the Nobel Prize-winning chemist and physicist whose research led to breakthroughs on radioactivity. The second in the production line would be Bessie Coleman, the first African-American female aviator and first American to hold an international pilot’s license. The third woman they've chosen in their doll line-up is Ada Lovelace, known as the world’s first computer programmer.

Each doll will come with a smartphone app with a set of experiments and activities the child can do in the spirit of the doll’s namesake. The Marie Curie app will have instructions on making a compass, creating a chemical reaction with Elmer’s glue and experimenting with magnetism. It’s like a digital science kit with materials typically found in the house. The app also delves into the biography of the woman.

radioactivity:放射能、放射性

aviator:飛行家

namesake:同名の人物、(他人の)名前をもらった人

Elmer's glue:商品名、接着剤

magnetism:磁力

delve:くまなく探す


Toys can be powerful tools, letting children imagine a narrative of what’s possible in their own lives. But they have become increasingly gendered, pink, superficial and sexualized, since we were children.

Would you rather have your daughter imagine she’s a princess who finds her Prince Charming or a pioneer who finds a cure for cancer?

“There’s something really powerful of having a real person behind it,” Hobbs said. “This is one woman. This is the story of her life.”

They are seeking crowd funding through Indiegogo.com and will let their financial backers pick which real-life female hero to immortalize in doll form after Lovelace. They decided on a childhood representation of these women because they wanted the focus to be on the extraordinary accomplishments, not on the depiction of the body.

narrative:物語

increasingly:ますます

gendered:性別化

superficial:表面的な

sexualized:>sexualize,性別を与える

crowdfunding:インターネットを通じて一般人から出資を募る活動、または、そのために利用できるサービス

immortalize:を不滅にする、不朽の名声を与える

Lovelace:道楽者(?)

accomplishment:業績

depiction:描写


The founders of GoldieBlox captured our imaginations through viral marketing videos, won airtime during the Super Bowl and raised enough money from donors to begin to stake space in the toy aisles from princesses and put it in the hands of future engineers.
Hobbs, a graduate of John Burroughs High School, reached out to them and said the company helped mentor this young dynamic duo.

“I was surprised how much they were willing to help us,” Hobbs said. “We’re all sort of working toward the same thing. That makes it more of a collaboration than a competition.”

Miss Possible has a five-person team of college-age women working on all aspects of their idea, from the design to web development and marketing. Hobbs has been working 50 to 60 hours a week on the plans since graduating this summer, even though she already has a job lined up starting next month.

Hobbs and Eaves know their career choices will put them in the minority in their fields, and that’s what they are hoping to change. Even though women represent half of all college-educated workers in this country, they made up just 28 percent of science and engineering workers in 2010.

Typical engineers. They spotted a problem and came up with a way to address it.

Hobbs and Eaves researched and found a factory in China to produce their dolls, which they will sell for $45 apiece. The monthlong Indiegogo.com campaign will hopefully help them raise the $75,000 they need to fund the factory’s minimum order of 5,000 dolls.

Both of Hobbs’ parents are chemists, and Eaves’ are engineers. The young women never learned to doubt their own abilities in male-dominated STEM fields. They want their dolls to spark that same confidence in the girls who may one day play with them.
“If you look at Marie Curie, you can’t say, ‘I can’t be like that.’ You can. Because she was,” Hobbs said.

monthlong:1カ月を通して続く

STEM:Science(科学)、Technology(技術)、Engineering(工学)、Mathematics(数学)の頭文字


[その他] 夏休みの工作『Stereo』付録2ウェイスピーカー





相当前に本ブログで紹介した雑誌『Stereo』(2014年8月号)付録

フォステクス製2ウェイスピーカーの工作です。

小学校時代の夏休みの宿題と同じで、なかなか取かかれず、中間報告です。

写真は、板取をして、スピーカー・ユニット用の穴をあけたところです。

あとは組み立てて、着色となりますが、いつになることやら。

『ステレオ』誌には、いろいろな工作例がありましたが「ダブルバスレフ型」というのに

挑戦してました。

空気室が2つあって、低音が増強されるらしいです。

完成したらまた報告します。


[新聞記事] 見出しを読み解く キュリー夫人はバービーとの闘いに備えている



本日付、朝日新聞の別冊Globeより。海外の新聞記事の紹介「見出しを読み解く」から。

アメリカの女性の社会進出は進んでいるように見えるが、企業内では、やはりガラスの天井(glass ceiling)といわれる見えない壁があるようです。

特に理系分野に進む女性が少なく、この記事では子供のおもちゃのジェンダーの明確な区分けが影響しているのではないかと推測してます。やり玉にあがったのが極端に女性を強調するバービー人形です。

ベンチャー企業がこの風潮に対抗して、キュリー夫人をモデルにした人形を製作したそうですが。成り行きはいかに。

当ブログでは過去に「リカちゃん人形40周年」と「バービー人形の変遷」を紹介してます。参考まで。


[新聞記事] 同窓会、企業がスポンサー 宣伝に絶好の場



本日付朝日新聞記事より。

同窓会の代行サービスの会社が盛況のようです。その同窓会の場を利用して商品を売り込みたい企業と、費用を押さえたい主催者側の思惑が一致すれば、スポンサー付も悪くはないと思いますが。

28期のように100人以上の参加となると、相当大がかりにやらないと効果がないかも知れません。個人的には同窓会にスポンサーというのはいかがなものかと思いますが。アイデアとしては面白い。

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同窓会、企業がスポンサー 宣伝に絶好の場

(朝日新聞、篠健一郎、2014年8月17日付け記事)

 高校や大学などの同窓会に対し、企業や自治体がPRの場として注目している。参加者の年齢や地域などがはっきりし、商品や地元の魅力を効果的にアピールできるためだ。同窓会側は、企業や自治体から資金や運営面でのサポートを受けられる。「お金がない」「手間がかかる」などの理由で開くに開けない同窓会の幹事にとっては朗報だ。

 「このキャラクターの名前は何でしょう」。7月半ば、都内のホテルで開かれた都立三田高校の同窓会に約90人が集まった。

 参加者は40歳になる同期の男女ばかり。「スラムダンク」「花より男子」など高校生当時人気だった漫画についてのクイズで、かつてのクラスごとに一つずつ渡された電子書籍端末に映った問題を見ながら、答えていった。

 この電子書籍端末は楽天の「コボ」。30~40代に浸透を図る楽天は、対象世代の参加者にクイズを楽しんでもらいながら、コボをPRできる。スポンサー費は5万円で、その4分の3を同窓会の運営に充てることができ、三田高校では2次会の費用の一部に使った。

 幹事の会社経営、外ノ池祐太さん(40)は初めてこの仕組みを利用した。「会費を抑えることができれば参加者も増える。次回も利用したい」と話した。

 スポンサー企業の要望にあった同窓会を仲介するのは、同窓会代行サービスの笑屋(しょうや)(東京)。スポンサーは現在20社ほど。スポンサー費は最低3万円。追加費用を払えば、同窓会で10分間のPR時間がもらえる。

 2012年11月に始め、これまで約100件のスポンサーつき同窓会を開いた。企業からもらったスポンサー費の4分の1は、笑屋の手数料になる。

 参加者の特徴が事前にわかる同窓会には、企業は狙いを絞って商品や事業を宣伝できる。例えば、女子高に化粧品会社、大学医学部には不動産投資会社、といった具合だ。一つの同窓会に複数のスポンサーが付くこともあり、看護系の学生の同窓会では、会費が無料になった例もあった。

■自治体も支援、地元PR

 自治体も同窓会に目をつける。静岡県磐田市では、市内の中学校を卒業した30歳を全国から集めた同窓会を、来年2月末に開く。30歳と言えば、出産をしたり、転職を考える人がいる時期。地元企業の求人情報や市の子育て支援制度についてPRし、地元に興味をもってもらう狙いだ。

 磐田市はスポンサー企業探しを支援したり、打ち合わせ用の会議室などを提供する。「市外に出た若者が地元に戻ってきてもらえるように継続的に続けていきたい」(市民活動推進課)

 新潟市でも8月16日に市内出身の30歳を対象とした同窓会が開かれ、地元企業の商品をPRした。

 笑屋の真田幸次社長は「スポンサー費用などを使って、同窓会の会費を下げることにより、同窓会の潜在的な需要を掘り起こしていきたい」と話す。(篠健一郎)
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2014年8月16日土曜日

[あの頃のレコード] Van Dyke Parks "Discover America"(1972)



アレンジャー、スタジオ・ミュージシャン、作詞・作曲家、と多彩な才能を見せるVan Dyke Parksの1972年の作品。28期の高校時代とは少しずれがあります。

ビーチボーイズのブライアン・ウィルソンや、リトルフィードのローエル・ジョージ、日本でも細野晴臣との関係が非常に強い人物とは知っていましたが、パークス自身の作品を聴くのはこのアルバムをオークションで買ってからで、高校時代はまったく知りませんでした。完全な後追いです。リファレンスとして使っているミュージックマガジン増刊『アルバム・ランキング・ベスト200』では40位とかなり上位の評価でしたが、まったく未知の作品が何故上位にランクされるのかは、熱狂的な音楽ファンでない当方は、今もってわかりません。ただし現在の愛聴版であり、作品としてもまったく色あせていない印象は受けます。

アルバム・ジャケットの2台のバスは、1台がハリウッド行き、1台がカリブ海の小国トリニダード行きとあります。南部出身のパークスのカリプソ音楽への郷愁が作品を作らせたと思われます。
曲の多くは作曲者がわからないカリプソの古い曲で、パークスによる編曲、作詞がされているようです。カリプソといえばスチールのドラムが有名です。アメリカから流れ着いてきたドラム缶を改造して作った楽器で、
出身のアフリカの地域が違うため言葉が通じなかった黒人同市が音楽によって一体感を出すのに役立ったと言われます。

パークスによる民族音楽探訪の研究は、このアルバムの音が、後年の他のミュージシャンのどこかのアルバムで聴いたことのある印象を浮かばせる、懐かしいながらまったく古びていない質の高い音楽に結びついています。

純粋にポップな音を楽しむのもいいし、大国アメリカとカリブ諸島の小国との関係を勉強してから聴き直すのもいいし、またヴァン・ダイク・パークスが参加したアルバムを勉強してもいいし、長く楽しめる奥の深いアルバムだと思います。

アメリカとトリニダードの関係は、大胆に言えば、日本の(特に東京)と沖縄の関係に似ているかも知れません。

残暑がまだまだ厳しいので、突き抜ける青い空に吸い込まれていくであろう、スチール・ドラムの音で涼をとり、乗り切りましょう。

All songs public domain; arranged & adapted by Van Dyke Parks unless otherwise noted.

Side A
1.Jack Palance (Mighty Sparrow)  0:59
2.Introduction (Samuel Alter)  0:27
3.Bing Crosby (The Lion)  2:21
4.Steelband Music  2:11
5.The Four Mills Brothers (The Lion)  1:28
6.Be Careful  2:48
7.John Jones (Rudy Mills)  3:08
8.FDR in Trinidad (Attila the Hun)  2:27

Side B
1.Sweet Trinidad  0:56
2.Occapella (Allen Toussaint)  2:41
3.Sailin' Shoes (Lowell George)  2:09
4.Riverboat (Allen Toussaint)  3:02
5.Ode to Tobago (Lord Kitchener; arranged & adapted Van Dyke Parks)  5:13
6.Your Own Comes First (Lord Kitchener; arranged & adapted Van Dyke Parks)  3:24
7.G-Man Hoover (Sir Lancelot)  2:55
8.Stars and Stripes Forever (John Philip Sousa)  1:00

[積読立読斜読] 『実践 日本人の英語』で英語を学ぶ(終章)



連続書評(?)というか、内容のまとめというか、サブノートというか。長々と紹介してきました『実践 日本人の英語』(マーク・ピーターセン著、岩波新書、2013年)も12章に続く今回の終章「おわりに」で終わりです。

現在も版を重ねている同じ岩波新書の『日本人の英語』の出版は25年前でした。コンパクトな新書ですが、著者が数年かけて準備し、その寿命も四半世紀以上になる質の高い著作です。

読む側も通り一遍の読書ではなく、いろいろな方法で熟読する価値があります。当方のサブノート作りもその一つの手法であれば良いと考えました。

(延々と作ったからといって英語が上達するわけではない)。


おわりに―3つの「小ワザ」伝授


<小ワザ1 一部の副詞は文中が自然>

[例文1]
(△)However, many paople do not watch sporting events.

(○)Many paople, however, do not watch sporting events.

下の文のほうが、洗練された文章に感じられる

副詞は日本語の「しかし」「ところが」が文頭に置かれるため、英文でも文頭に置かれる場合が多いが、英文では文中が自然

[例文2]
(△)For example, heart attack patients owning pets recover more quickly than those without pets.

(○)Heart attack patients owning pets, for example, recover more quickly than those without pets.

「たとえば、ペットを飼っていない心臓発作の患者より、飼っている患者のほうが、回復が速い」


of course, consequently(従って), naturally, obviously(明らかに)なども文中が相応しい場合が多い


[例文3]
「もちろん、必ずしもそうとは限らない」

(△)Of course, that is not necessarily always the case.

(○)That is not necessarily, of course, always the case.

この例文も副詞を文中に置いた方が「洗練度」が高い


<文中の正しい位置は?>

副詞を文中のどこに置くかは感覚の問題であり厳密なルールはないが、ある種のパターンはある

That is not necessarily, of course, always the case.

"not necessarily"(必ずしも…ない)という部分が文中で重要と思われるので、直後にof courseを置くと強調になる

Some doctors, naturally, still employ only conventional therapies.
「当然のことながら、いまだに従来の療法しか用いない医者もいる」

「ある医者は未だに…」を強調する

Many doctors today have, consequently, begun to rely on a new therapy.
「従って、現在、多くの医者は新しい療法を当てにするようになっている」

※助動詞と動詞の間に副詞を置くパターンが多い

The new therapy is, obviously, the most effective.
「明らかに、新しい療法のほうが最も効果的である」

※be動詞しかない場合は、動詞のすぐ後に置くパターンが多い


<小ワザ2 接続詞>(条件節を導く接続詞)

ある日本語表現にたいして決まった接続詞しか使わない日本人が多いが、うまく使いこなせば洗練された英文になる


[例文1]
(△)My camera is quite old, but it still takes nice pictures.

(○)Although [Though; Even though] my camera is quite old, it still takes nice pictures.


[例文2]
(△)I thought the movie was wonderful, but she thought it was terrible.

(○)While I thought the movie was wonderful, she thought it was terrible.

※whileで対比を強調的に表すことができ「洗練度」が増す


<小ワザ3 分詞構文を使う>

『表現のための実践ロイヤル英文法』(旺文社)での「分詞構文」の説明
P167
分詞を使って副詞節を句の形に圧縮したものを分詞構文という。「時」や「理由」を表すものが多いが、等位接続詞的に「継起」を表す場合も少なくない。文を簡潔にする効果があるので、書き言葉では比較的よく用いられるが、統計から見ると、日常の会話で用いることは少ない。

Assuming capacitance to be a constant value, we can estimate the voltage to be less than 1.5 volts.
「静電容量が一定不変の値だとすれば、電圧は1.5v以下だと推測できる」

※学術論文でよく使う決まり文句"Assuming-,..."を使った構文

「原因や理由を表す分詞構文」が比較的使いやすいのでbecauseの代わりに使ってみる

[例文1]

「先約がありましたので、私はその招待を辞退しました」

(△)Because [Since] I had a previous engagement, I declined the invitation. …文法的に間違っているわけではない

(○)Having a previous engagement, I declined the invitation.

下記の例のほうが大人の洗練された英文と感じられる

他に分詞構文を使った例文

Recalling that she needed cash for the party-free, she stopped by a bank on her way.
「彼女は、会費を払うのに現金が必要だと思い出したので、途中で銀行に立ち寄った」

Not knowing how to get to the station, I asked a local resident for directions.
「私は、駅までの行き方がわからなかったので、地元の人に道順を聞いた」

(Having been) Ordered to return home, he did not so immediately.
「彼は、帰るよう命令されたので、すぎにそうした」

…過去分詞を使って「原因・理由」を表している例


<分詞構文の注意点>

現在分詞の主語と主節動詞の主語は同じ、下記の例文のようなミスは避ける

[例文]
(×)Walking through the park, a gust of wind blew my hat off.

(○)As I was walking through the park, a gust of wind blew my hat off.
(公園を歩いている時、突風が私の帽子を飛ばしてしまった)

上の英文では、分詞構文のwalkingの主語が"(a) gust (of wind)"と同じでなければならなくなる











<日々是不穏 like a rolling stone>(2014年8月16日(土))”医療崩壊”のススメ





本稿は日付のある新聞時評のつもりです。当方だけかも知れませんが、50台も後半となると日々が淡々と過ぎていってしまい、自分が何を考えているのかを振り返る術がないような気がしました。せめて日記代わりにと思って始めました。

主に家でとっている朝日新聞からの記事が多いですが、今週は興味を引く記事がありませんでしたので、ネットで見つけた「医療崩壊が予防医療になる」といいう逆説的な論調を紹介します。

[Title of Talk] | Hiroyuki Morita | 


新聞記事ではなくてTEDの独立版"TDDx Kagoshima"のトークから。スピーカーは「南日本ヘルスリサーチラボ 夕張市立診療所 前院長  森田洋之」 氏です。

縁あって自治体が財政破たんした夕張市の医療機関に勤めた森田氏が、市立病院も経費の関係で閉鎖してしまった"医療崩壊"の地方で経験したことは?

”医療崩壊”が市民の自助努力を促し、予防医療に発達するという逆説的な状況でした。

財政破綻し市立病院も閉鎖に追い込まれた夕張市。高齢化率が日本一の45%(日本平均は25%)での医療崩壊となると悲惨な状況を思い浮かべますが、市立病院が閉鎖されてからの統計では、救急車の出動回数が半減、医療費も下がり、死亡率も下がったそうで、すべての指標が「医療崩壊」したにもかかわらず「健康的な」方向へむかっています。これはひとえに危機的状況に置かれたやむ得ない夕張市民の自助努力(健康管理、予防医療)によるものだそうです。対症療法的な末期医療よりも(やむを得ずではありますが)在宅で末期を迎える人も多いのかも知れません(統計には表れない)。

森田氏は世界に先駆けて超高齢化社会を迎えた日本が、その解決策で世界を救えるのではないかという大きな希望を抱いておられます。

集団的自衛権よりこっちのほうが世界平和に貢献できるような。

[その他] 雑誌『ブルータス』 松浦弥太郎の男の一流品



マガジンハウスの雑誌紹介が多いですが、回し者ではありません。

雑誌『ブルータス』最新号(2014年9月1日号)は特集『松浦弥太郎の「男の一流品カタログ」』として、『暮らしの手帖』編集長でエッセイストの松浦弥太郎さんと「僕は一流を探し続けてきた。」その一流品をかなり深度深く紹介。

この特集は2つの意味で奇跡的な特集です。

一つは、マガジンハウスによると企画が始まったのが昨年末で、なんと8カ月も取材・編集に時間をかけていること。二つ目は松浦弥太郎さんが『暮らしの手帖』の現役の編集長であり、読者層が重ならないとはいえ、同じ業界の他社の編集長と雑誌企画を立てるというのもおおらかというか画期的なことだと思います。

松浦弥太郎さんの選ぶ一流品は単なるブランド品とのタイアップ記事ではありません。松浦さん自身が自分の人生の過程で選んだもので、なぜか今では手に入らないものも多数あります。

雑誌の特集内に松浦さんがとっておきの万年筆で書いた「男の一流品とは」というリストがありましたので引用します。


一 歴史と文化の学びがあるもの
二 人の手で作られたもの
三 そこに人格があるもの
四 豊かさとは何かと問うもの
五 発明と発見に満ちているもの
六 完璧ではないもの
七 お金だけでは買えないもの
八 少年の心が隠れているもの
九 色気のあるもの
十 ひと刷毛の悲しみのあるもの


マガジンハウスの熱気に押されたのか、松浦弥太郎さんもすべてを出し切った感のある良い特集になりました。

永久保存版の雑誌ですね。

ちなみに80点選ばれた一流品のうち、唯一当方の持ち物とかぶっていたのがLLビーンのトートバッグがありました。

2014年8月14日木曜日

[積読立読斜読] 『実践 日本人の英語』で英語を学ぶ(第12章)



連続書評(?)の『実践 英語で学ぶ』で英語を学ぶ。今回は12章。

あと追加の章で「おわりに」(実質的な13章、baker'd dozen?)で終わりです。なんとか世の中が夏休み中に終わらせたい。

12章では日本人の多くが英作文で「なんとなく」使ってしまう間違った表現について。とくに特定の文法的な項目の説明にはなってません。

特に下記の3項目は、日本人がなんとなく英作文で使ってしまう表現で、英語圏人から見れば誤解を受けやすい表現だそうです。

・「~と思う」に対応して"I think"で文章を始める

・漠然と「~など」に対応して"and so on"を使ってしまう

・「この頃」と言いたいときに"these days"を使う


また初歩の日本人の英作文によくある、短文の羅列は、幼い英語表現と受け止められます。接続詞、関係代名詞を効果的に使って、前後の文を論理的につなぎ、まとまった文章にすれば「大人の洗練された英語」(難しいですが。。。)になるそうです。

いろいろ例文を使って説明されてますので、使えるようになるかは別にして英語圏人の発想がわかり、興味深いです。



12 日本語に負けない―「~と思う」「~など」


[例文1]
(×)Today I think I would like to speak about the potential for long-range forecasting.

(日本人の意)「本日は長期予報の可能性についてお話したいと思います」


[例文2]
(×)For seasoning, I used salt, pepper, oregano, and so on.

(日本人の意)「調味料として、私は、塩や胡椒、オレガノなどを使いました」

→問題点と添削例は別途


<こんな難点が>

前章の11章での例文。問題になる点はどこか?

[文例A]
Many people keep pets. So there are extremely many kinds of animals which are pets, I think.
And dogs are so important. However, cats are more importantthan dogs. Because cats are the most popular. These days, the cats which live with people are more than 600 million.

Many people keep pets.
「ペットを飼う人が多い」という言わなくてもよい当たり前のことから話が始まる

So there are extremely many kinds of animals which are pets, I think.
強い因果関係がないのに接続詞のsoを使って文をつないでいる(9章参照)
関係代名詞の使い方がぎこちない
ここでI think(~と思う)は奇妙に感じられる

And dogs are so important.
短い「ぶつ切り」の文を使っている
veryを使うべきところで、副詞のsoを使っている(10章参照)

However, cats are more importantthan dogs.
「しかしながら」という意味のhoweverを条件反射的に文頭に置いている

Because cats are the most popular.
because節(従属節)のみで、主文がない「不完全」な文である

These days, the cats which live with people are more than 600 million.
these daysという、ここでは英語としてふさわしくない表現をなんとなく文頭につけている
関係代名詞の使い方がぎこちない


[文例B]
Famous wild animals live in some countries of the world. For example, lions, tigers, bears, and so on. And I like elephants. But I have never ridden on an elephant. So I want to ride on an elephant.

Famous wild animals live in some countries of the world.
誰にも教える必要のない、当たり前すぎる話から始まっている

For example, lions, tigers, bears, and so on.
主語、動詞がなく不完全な文である
for exampleが条件反射的に文頭に置かれている
日本語なら「など」を付けるところだからというので、and so onを条件反射的に付けている

And I like elephants. But I have never ridden on an elephant.
短い「ぶつ切り」の文を使っている
elephantが繰り返し現れるが代名詞を使っていない
前後の文が論理的につながっていない

So I want to ride on an elephant.
強い因果関係がないのに接続詞のsoを使って文をつないでいる(9章参照)

→マーク・ピーターセンによる添削例は文末で。。。


<「~と思う」と思うな!?>

日本人の英語に頻繁に見られる問題点の1つ

「<意見>の問題ではないのに"I think"を付ける」

[文例A]
So there are extremely many kinds of animals which are pets, I think.

ここではI thinkは必要ないばかりか、あるととても奇妙な印象を与えてしまう

※I thinkは書き手の「意見」を示す表現なのに、ここで言われていることは「意見」ではなく、誰でも知っている「事実」だからだ


<「~したいと思う」>

文頭の例文より「I think 問題」のもう一つの問題点

[例文1]
(×)Today I think I would like to speak about the potential for long-range forecasting.
(日本人の意)「本日は長期予報の可能性についてお話したいと思います」

講演の開口の言葉で"I think"は絶対に使わない

(○)I think I'd like to try an after-dinner liqueur.
「僕は食後のリキュールも飲んでみたいと思うんだけど」

「~したいと思う」を表す"I think I would [i'd] like to..."はその場で思うようになった場合だけしか使わない言い方で、講演の開口にはふさわしくない

(×)Today I think I would like to speak about the potential for long-range forecasting.
(日本人の意)「本日は長期予報の可能性についてお話したいと思います」
(英語圏人の受け止め方)「本日は長期予報の可能性についてお話したいような気がします」


<「~など」にも注意を>

日本人の書いた英文には「~など」のつもりで、やたらとand so onを用いるという問題が目立つ
(必要でない場合が多い)

[例文2]
(×)For seasoning, I used salt, pepper, oregano, and so on.
(日本人の意)「調味料として、私は、塩や胡椒、オレガノなどを使いました」

日本語では他に使ったものはないのに、何となく「~など」をつける
この「フィーリングで使う<など>」に対応した表現は英語にはない
and so on,を使うと「他に使った調味料は書ききれないほど多かった」と受け止められる


[文例B]
(×)For example, lions, tigers, bears, and so on.
ここでもand so onは必要ない

文として主語も動詞もない

(△)For example, there are lions, tigers, bears, and so on.

であれば文としては成立する


<いったい全部でいくつある?>

[例文3]
For example, in this essay, the most significant themes of jealousy, ambition, betrayal, and so on are discussed.

(日本人の意)「たとえば、このエッセイでは、嫉妬や野心、背信はどという最も有意義なテーマが論じられている」

2つの問題点
and so on という表現はカジュアルな表現なので、etc.(=et cetera)を使う
"the most significant themes"がいくつあるのかという疑問が聴き手にうかぶ


添削時に尋ねると、英文の作者は「最も有意義なテーマは3つ」という意図であった

[例文3](添削例)
For example, in this essay, the most significant themes of jealousy, ambition, and betrayal are discussed.


<「大人のための」解決策>

[例文3](添削例1)
"the most significant themes"は言い過ぎで、他にも有意義なテーマはある、という場合

For example, in this essay, the significant themes of jealousy, ambition, betrayal, etc. are discussed.

[例文3](添削例2)"such...as..."を使った例
For example, in this essay, such significant themes as jealousy, ambition, and betrayal are discussed.

[例文3](添削例3)"..., including..."を使った例
For example, in this essay, a number of significant themes are discussed, including jealousy, ambition, and betrayal.

(添削例2)、(添削例3)はand so onの代わりになり、文全体が「大人の表現」になる


<these days 問題>

[文例A]
These days, the cats which live with people are more than 600 million.

いかにも「日本人の条件反射的」な表現

these daysは言い回しとしては魅力がない
常に文頭に置くべきではない
語感としては「今どき」に近い(「この頃」「最近」よりも)

these daysは批判的な意味を含んで「今どき」という意味を表すことが多い

Politicians these days lack core beliefs.
(今どきの政治家は信念に欠けている)

College professors these days seem more interested in doing their own research than in teaching students.
(今どきの大学教授は、学生に教えることよりも、自分の研究をすることに関心が高いようである)


<these daysを使わないためには?>

[文例A]
These days, the cats which live with people are more than 600 million.


these days の代わりに、recently, lately, today, at present, now を使ったほうが「大人の文章」になる

[文例A](添削例)
Today [At present; Now], more than 600 million casts live among humans.
(現在、6億匹以上の猫が人間とともに暮らしている)

文頭でなく、文中、文尾に置くと、洗練された文になる

More than 600 million cats now [at present; today] live among humans.

More than 600 million cats live among humans now [at present; today].


<まとまった文章を書くときに>

初歩の日本人の英作文にある問題点、
「ぶつ切り」問題(接続詞がなく短文が続く)、論理的問題(前後の文が論理的につながらない)は、
さらに代名詞(one, that)を使って書き直すと文章がすっきりする

[文例B]
And I like elephants. But I have never ridden on an elephant. So I want to ride on an elephant.

[文例B](添削例1)…「ぶつ切り」問題と論理的問題を直す
I like elephants but I have never ridden on an elephant, and I want to ride on an elephant.

[文例B](添削例2)…代名詞(one, that)を使って書き直す
I like elephants, but I have never ridden on one, and I would like to do that.


[文例A]
However, cats are more importantthan dogs. Because cats are the most popular. These days, the cats which live with people are more than 600 million.

[文例A](添削例)…代名詞を効果的に使う
Cats are more important than dogs because they are more popular, and today more than 600 million of them live with people.


<関係代名詞を使いこなそう>

「複数の短い文を、1つにまとめて書き直す」場合、関係代名詞を使うと効果的
(稚拙な使い方をすると逆効果となる)

[文例A](添削例1)
(△)there are extremely many kinds of animals which are pets, I think.

(○)Very many kinds of animals are kept as pets.…関係代名詞を使う必要はない

[文例A](添削例2)
(△)Many people keep pets. So there are extremely many kinds of animals which are pets, I think.

(○)People keep a variety of animals as pets.…全部を1つにまとめると、すっきりとした表現になる


<正確に対応しているか?>(関係代名詞)

[文例A]
(×)the cats which live with people are more than 600 million.

「猫」が6億種類、という意味になるので、「猫の数」が6億、に訂正する

(○)the number of cats which live with people is more than 600 million
(人間とともに暮らしている猫の数は6億以上である)

また関係代名詞を使う必要はない

(○)More than 600 million cats live with people.


重要な点

(1)関係代名詞を用いる場合、それが正確に前出の言葉を受けているかどうかを必ず確認すること

(2)本当はわざわざ関係代名詞を用いることなく、もっと簡潔な表現ができるのではないかと考えてみること

※この訓練を繰り返していけば、幾分か「大人の文章」に近づくことは間違いない


<関係代名詞と「同格」表現>

関係代名詞の「非制限用法」(関係詞節がカンマで挟まれる)で、動詞がbe動詞の場合は、
関係代名詞を使わないで、同格で表現したほうがすっきりするケースが多い

Kyoto, which was the capital of Japan during the Heian period, is a wonderfurl city.

(○)Kyoto, the capital of Japan during the Heian period, is a wonderful cith.


※同格の用法にも「制限用法」と「非制限用法」があることに注意(意味が違ってくる)

Her younger brother Andrew is a professional mahjong player.
「彼女の弟のアンドルーは、プロの雀士である」(制限用法=限定用法、弟が複数おり、アンドルーはその中の1人、の意味)

Her younger brother, Andrew, is a professional mahjong player.
「彼女の弟のアンドルーは、プロの雀士である」(非制限用法=非限定用法、弟はアンドルー1人しかいない、の意味)


<私ならこう書く>(添削例)

[文例A]
(×)Many people keep pets. So there are extremely many kinds of animals which are pets, I think.
And dogs are so important. However, cats are more importantthan dogs. Because cats are the most popular. These days, the cats which live with people are more than 600 million.


[文例A](添削例)
While dogs certainly have a special importance among the many kinds of animals that people keep as pets, the cat is in fact the most popular of all,
with more than 600 million of them now living among humans.
(人間がペットとして飼う多くの種類の動物の中でも、犬の存在は確かに特別であるが、実際のところ、猫が最も人気のある動物であり、現在6億匹以上の猫が人間とともに暮らしているのだ)


[文例B]
(×)Famous wild animals live in some countries of the world. For example, lions, tigers, bears, and so on. And I like elephants. But I have never ridden on an elephant. So I want to ride on an elephant.

[文例B](添削例)
Among the many wild animals in the world, I particularyly like elephants, and sometime I would like to try riding on a tame one.
(世界の数多くの野生動物の中でも、私は象が特に好きで、いつか、飼いならされた象に乗ってみたいです)

※マーク・ピーターセンは前半で「野生動物」のことを述べているので、乗りたいのは「飼いならされた」象であることを記述すべきだ、という意見です。ちょっとくどいと思う人もいるかも知れません。
英語圏人の一般的な意見なのでしょうか?