2018年10月14日日曜日

[新聞記事] 皆実高校でプロフェッサー・ビジット開催



朝日新聞2018年10月13日付記事。大学教授が母校を訪れ研究内容を講演するという企画です。当方の在学中にも似たような企画があったのかも知れませんがまったく記憶にありません。

講師は皆実卒業生で京都大学大学院農学研究科教授の井鷺教授。題目は「ゲノム情報で生物多様性を理解し保全する」だそうです。

[積読立読斜読] 『夫のちんぽが入らない』(こたま著、講談社文庫、2018年)




題名が題名だけに新聞の書評欄では取り上げられなかった記憶がありますが第一級の私小説。書評サイトHONZで紹介されていて、講談社文庫入りしたので読んでみました。

実体験に基づく私小説的なノンフィクション。著者は東北の地方都市に住む主婦でこれが初めての商業出版だそうです。

北海道出身の著者は東北の大学に通うために下宿生活を始め、同じ下宿に住む将来夫となる先輩と恋に落ちます。中学校教諭となった恋人の後を追うように小学校の教諭の職を得て結婚します。子宝には恵まれませんでしたが、出会ってから20年後の今も二人で平和に暮らしています。

往年の海外テレビ番組『奥様は魔女』風に言うと「ごく普通の二入は、ごく普通に恋をし、ごく普通の結婚をしました。でもただひとつ違っていたのは奥様は『夫のちんぽが入らない』人だったのです」。

夫婦でありながら性行為ができない関係を医学的には「未完成婚」というそうです。法的には婚姻関係にありますが広義のLGBTと言えるかも知れません。著者は両親にも子供ができない理由を説明していないので、両親を含む世間からの子作りへの圧力を苦痛に思います。また著者はストレスから退職し、夫も精神的な病気を抱えながら仕事を続けています。外見ではごく普通に見える夫婦の生きにくさを直截に表現しても、著者はあまり救われなかったでしょうが、深刻な内容も糖衣にくるんだ軽妙な諧謔の文章は名文と言っていいかもしれません。

著者は自暴自棄となり出会い系サイトで知り合ったプロレスの大仁田に似ている男性と情事を重ねることとなります。例えばこの文章。

P117
私はまったく好意のない「おじさん」と、まったく問題なく事を終えてしまった。なぜだあと叫びたかった。認めたくなかった。全ちんぽの無血。なぜ大仁田で無血なのだ。大仁田こそ流血すべきだろう。シャワーを浴びに向かう汗まみれの「おじさん」の背中には、まさに一試合を終えたレスラーを思わせる貫禄があった。

著者は書くことで救われたのでしょう。淡々とした筆致の前文です。

P7
そんなことを相談するくらいなら、押し黙ったまま老いていきたい。子供もいらない。ちんぽが入らない私たちは、兄妹のように、あるいは植物のように、ひっそりと生きていくことを選んだ。

読後、漱石の一句が浮かびました。

菫程小さき人に生まれたし 

生きにくさを抱えているすべての人に推薦します。



<講談社ブック倶楽部のサイトより内容紹介>
同じアパートに暮らす先輩と交際を始めた“私”。だが初めて交わろうとした夜、衝撃が走る。彼の性器が全く入らないのだ。その後も「入らない」一方で、二人は精神的な結びつきを強め、夫婦に。いつか入るという切なる願いの行方は――。「普通」という呪いに苦しんだ女性の、いじらしいほど正直な愛と性の物語。


<オリジナルの出版元、扶桑社のサイトより著者プロフィール>
主婦。’14年、同人誌即売会「文学フリマ」に参加し、『なし水』に寄稿した短編「夫のちんぽが入らない」が大きな話題となる。’15年、同じく「文学フリマ」で領布したブログ本『塩で揉む』は異例の大行列を生んだ。現在、『クイック・ジャパン』『週刊SPA!』で連載中。短編「夫のちんぽが入らない」を大幅に加筆修正した本書が、初の著書となる。2018年1月にデビュー二作目となるエッセイ集『ここは、おしまいの地』を発売。

<同サイトより内容紹介>
“夫のちんぽが入らない”衝撃の私小説――彼女の生きてきたその道が物語になる。
2014年5月に開催された「文学フリマ」では、同人誌『なし水』を求める人々が異例の大行列を成し、同書は即完売。その中に収録され、大反響を呼んだのが主婦こだまの自伝『夫のちんぽが入らない』だ。

同じ大学に通う自由奔放な青年と交際を始めた18歳の「私」(こだま)。初めて体を重ねようとしたある夜、事件は起きた。彼の性器が全く入らなかったのだ。その後も二人は「入らない」一方で精神的な結びつきを強くしていき、結婚。しかし「いつか入る」という願いは叶わぬまま、「私」はさらなる悲劇の渦に飲み込まれていく……。

交際してから約20年、「入らない」女性がこれまでの自分と向き合い、ドライかつユーモア溢れる筆致で綴った“愛と堕落”の半生。“衝撃の実話”が大幅加筆修正のうえ、完全版としてついに書籍化!


2018年10月13日土曜日

[自分史のレッスン] 2018年10月 姪の結婚式で那須塩原へ



2018年10月7日(日曜日)は東京在住の姪(配偶者の妹の娘)の結婚式で那須塩原まで。

個人的に北東北三県(青森、岩手、秋田)に行ったことがなかったので青森で弟夫婦と合流し10月4日(木曜日)から休みをとって大旅行敢行。これで47都道府県に訪れたことになりました。(証拠はありませんが)。

自分の親族からは、配偶者、長女夫婦+孫2人、次女夫婦+孫1人、配偶者の兄夫婦、義母、が広島から。バラバラの行程で那須塩原の式場に集合しました。

日頃の行いがよかったのか台風の影響はありませんでした。

まったくもって自分史ではなく他人の人生になってます。それはそれで幸せです。

2018年10月10日水曜日

[惹句どんどん] チコちゃん(NHK番組のキャラクター)



Don't sleep through life!


「ぼーっと生きてた」ので人気番組なのを最近まで知りませんでした。

些末なトリヴィアを大真面目に解説し、5歳の女の子が突然切れる、という設定が秀逸です。

2018年10月1日月曜日

[積読立読斜読] 『齋藤孝の一気読み! 日本近現代史』(東京堂出版、2017年)



.中原中也 サーカス
 
幾時代かがありまして
  茶色い戦争ありました

幾時代かがありまして
  冬は疾風(しっぷう)吹きました

幾時代かがありまして
  今夜此処(ここ)での一(ひ)と殷盛(さか)り
    今夜此処での一と殷盛り

サーカス小屋は高い梁(はり)
  そこに一つのブランコだ
見えるともないブランコだ

頭倒(あたまさか)さに手を垂れて
  汚れ木綿(もめん)の屋蓋(やね)のもと
ゆあーん ゆよーん ゆやゆよん

それの近くの白い灯(ひ)が
  安値(やす)いリボンと息を吐(は)き

観客様はみな鰯(いわし)
  咽喉(のんど)が鳴ります牡蠣殻(かきがら)と
ゆあーん ゆよーん ゆやゆよん

      屋外(やがい)は真ッ闇(くら) 闇の闇
      夜は劫々と更けまする
      落下傘奴(らっかがさめ)のノスタルジアと
      ゆあーん ゆよーん ゆやゆよん


中原中也の代表作「サーカス」は昭和4年の発表。「幾時代かがありまして」は日清戦争から続く世相をさし、戦勝に沸く国民とは距離を置いて、最終的に破滅に向かう日本を予言するよう幻想的な詩です。

「ゆあーん ゆよーん ゆやゆよん」は中也独特のオノマトペとリフレインで声に出して読むとより心の深層まで響きます。

フォーク歌手の友川かずきさんがこの詩にメロディーをつけて持ち歌の一つにされ反戦歌になっています

https://www.youtube.com/watch?v=DBD2-J2gFSU


前置きが長くなりました。『齋藤孝の一気読み! 日本近現代史』(東京堂出版、2017年)の紹介です。

週刊「齋藤孝」と揶揄されるほど出版点数の多い明治大学教授ですが、おそらくは執筆陣は別にいて先生は編集会議でコンセプトを出す程度かと思われます。粗製乱造のものもあるようですが日本の近現代史の復習のために手に取ってみましたが、コンパクトにまとまってなかなかの良書でした。版元が事典類の老舗、東京堂出版。巻末には索引もつき利用度は高いと思いました。

構成と内容説明は版元のHPから。

<目次>
1章 黒船来航――そして開国へ
2章 新しい国家づくり――なぜ日本は急速な近代化に成功したのか
3章 「戦争の時代」の幕開け――すべては対ロシア戦略だった
4章 太平洋戦争へ――なぜ世界中を敵に回し、破滅の道を選んだのか
5章 占領下の日本――「精神」まで変革を迫られて
6章 戦後宰相たちの肖像――吉田茂から田中角栄まで
終章 「挙国一致」が得意な日本人 ――バブルまでの高揚と崩壊後の冷淡
<内容説明>
黒船来航から明治維新、戦争の時代、そして戦後の高度経済成長から現在まで。150年の流れがすっと頭に入る、齋藤孝さん初の「語りおろし日本近現代史」。
【本書のポイント】
① 章ごとに年表、まとめが入り、理解しやすい。
② 語り下ろし口調なので、一気に読める。
③ 歴史上のキーマンが一目瞭然でわかる。
④ 大切なポイントは、すべて太字で表記。
⑤ 索引が充実。さらに脚注を入れ、理解が深まる。

巻頭で日本の近現代史を学ぶ意義を述べられています。

・日本の近現代史は、世界史的に見ても非常に研究価値のある稀有な物語である
・欧米が200~300年かけて歩んだ近代化をわずか半世紀で達成
・圧倒的な白人優位社会の中で極東の有色人種の小国が欧米列強と並ぶほどに急成長した
・数多くの戦争と、最終的な壊滅的な打撃、戦後の急速な復興というプロセス

学校の授業では年度末に駆け足で流すだけというのがよくあるパターンで、日本の近現代史を学校ではじっくり学べていません。現代日本の国際的な立ち位置の理解と、今後の日本の進む道を考えるためにも、自国の近現代史の理解は必要だと思います。

印象にのこったのは第3章「『戦争の時代』の幕開け」です。日清戦争からほぼ10年おきに戦争があったのは理解していますたが、日本が「戦争」とは名付けていないものの相手側から見れば海外出兵で戦闘が行われ犠牲者が出ているので、立派な戦争です。また戦争の罪だけでなく、功罪の「功」の部分の記述があるのは目から鱗でした。

P78
3章 まとめの年表「『戦争の時代』の幕開け」
ほぼ5~10年、時には2年おきに戦争に明け暮れた時代だった(  )内は前の海外出兵(戦争)からの経過年数

1874(明治7)年 台湾出兵
1894(明治27)年 日清戦争(20年)
1900(明治33)年 義和団事件(6年)
1904(明治37)年 日露戦争(4年)
1910(明治43)年 韓国併合(6年)
1914(大正3)年 第一次世界大戦(4年)
1918(大正7)年 シベリア出兵(4年)
1927(昭和2)年 山東出兵(9年)
1931(昭和6)年 柳条湖事件、満州事変(4年)
1937(昭和12)年 盧溝橋事件、日中戦争(6年)
1939(昭和14)年 ノモンハン事件、第二次世界大戦(2年)
1941(昭和16)年 太平洋戦争(2年)
1945(昭和20)年 ポツダム宣言受諾、太平洋戦争終結

P114
3章のポイント
・ロシアへの恐怖が日本の富国強兵を推し進めた
・日清戦争は西欧列強によるアジア進出のきっかけとなった
・日本の近代史の負の部分の多くは朝鮮半島の支配を巡ってのものだった
・日露戦争は条件より講和を優先したため勝利したにもかかわらず成果に乏しく、国民の不満を招いた
・日清・日露戦争を経て日本の国民意識が芽生えた。日本人は大日本帝国の一員であり、天皇の臣民であるという強烈なアイデンティティに目覚めていった

P79
ほぼ5~10年、時には2年おきぐらいのペースで断続的に戦争を繰り返していたわけです。ほとんど戦争が日常化していたといってもいいでしょう。

P79
戦争は国家に損害や消耗、疲弊をもたらしますが、近代化も進めるのです。これには2つのルートがあります。一つは産業の近代化。兵器の生産を質・量ともに高める必要に迫られるため、主に工業が著しく成長するわけです。そしてもう一つは国家体制の近代化。戦争には軍隊が必要ですが、その強化を図るには、号令一下で動くような中央集権的な組織づくりが欠かせません。
日本だけが特殊だったわけではありません。どの国家でも、近代化と戦争、それに伴う軍隊の充実はだいたいセットになっています。その結果、近代戦を戦った国と戦っていない国とでは、近代化において大きな差が生まれたのです。


冒頭に中也の「サーカス」を引用したのは、本書の第3章「『戦争の時代』の幕開け」のBGMに相応しいと思ったからです。(友川さんの唄は脳裏にはりついてずっと響いていて困ります)。

[惹句どんどん] デヴィッド・ボウイ



2002年、デヴィッド・ボウイはミュージシャンたちに、

これまでとはまったくちがう未来が待ち受けていると警告した。

「音楽そのものは、水道や電気のようなものになるだろう」とボウイは言った。

「ツアーをたくさんする覚悟をしておいたほうがいい。

それだけが残ることになるだそうから」。


『いまの経済をつくったモノ』(ティム・ハーフォード著、遠藤真美訳、日本経済新聞社、2018年)より引用

日本では矢沢永吉さんが同じような発言をされています。

糸井 たとえば10年前、
矢沢永吉はどんなふうに考えてたの?
いろんなものの価値観が
がらっと変わりそうだなっていうときに。
矢沢 ひとつだけわかったことはね、
この激動の時代の中でね、
ダウンロードできないものを
作らないといけないと思ったの。

「ほぼ日刊イトイ新聞」のサイトより
https://www.1101.com/job_study/yazawa/2007-06-06.html
2007-06-06-WED