2019年11月30日土曜日

[あの頃のレコード](ではないけど) 『日本の人』(HIS、1991年)

ジャケット裏

2016年アナログLP


実際には当方の高校時代(1994年~1977年)のレコードではありません。

細野晴臣さんのベスト盤(星野源選曲)の収録曲で、忌野清志郎・坂本冬美とのユニットHISによる『日本の人』(1991年)が印象に残りました。オリジナルは1991年のCDですが、坂本冬美デビュー30周年記念で180g重量版のアナログレコードが2016年に発売されており、そちらを購入しました。このカッティングエンジニアは「日本のマスタリングの父」と呼ばれている小鐵徹(こてつ・とおる)さんです。

HISのドレスコードが学生服(坂本冬美はセーラー服)だったようで(理由は調査中)す。

オリジナルにも佳曲がたくさんあるアルバムです。カバー曲も多くいずれも傑作です。特にジミ・ヘンドリックスの「パープル・ヘイズ」を坂本冬美のこぶしを回して歌い倒す「パープル・ヘイズ音頭」が傑作。また歌謡曲の「逢いたくて逢いたくて」も何度聴いても味わい深いです。

もともとは同じレコード会社に属する忌野清志郎がたまたま坂本冬美の唄を聞いて共演を希望し、細野晴臣がプロデューサーで加わったという敬意のようです。

「日本の人」独特の「こぶし」は、ワールド・ミュージックでルーツ探しを続ける細野晴臣さんにとって改めて非常に新鮮だったのかも知れません。

演歌の坂本冬美、ロックの忌野清志郎、テクノの細野晴臣。奇跡の邂逅はおそらく二度とできない快作と思います。

『日本の人』制作時は忌野清志郎40歳、細野晴臣44歳、坂本冬美24歳でした。


[誕生年月日データ]
忌野 清志郎(いまわの きよしろう、1951年4月2日 - 2009年5月2日)
細野 晴臣(ほその はるおみ、1947年7月9日 - )
坂本 冬美(さかもと ふゆみ、本名同じ、1967年3月30日 - )

[アルバム解説]
『レコード・コレクターズ』(2019年11月号)より
細野晴臣、忌野清志郎、坂本冬美によるユニットの唯一のアルバム。細野は『omni Sight Seeing』に直結する坂本の演歌的コブシに惹かれたのだろう、随所で彼女のコブシが冴えまくっていて、「パープル・ヘイズ音頭」で飛び出す"パーヘィッ!”なんて、何と強烈なことか。全体としてはカヴァー曲が多く、歌謡曲がひとつのキーワードといえる。坂本と清志郎の表現力豊かな歌いっぷりの楽しさや、細野の打ち込みによるドドンパ、マンボ、カリプソなどの多彩なリズムの提示も歌謡的。そしてラストの「日本の人」の細野渾身の華やかなメロディに、彼らしい歌謡曲への愛が感じられる。(解説:小山守)。

[坂本冬美デビュー30周年記念SHM-CD版]
ボーナストラック2曲追加されてます。
1.Oh, My Love ~ラジオから愛のうた~
作詞:忌野清志郎/作曲:細野晴臣

NHKラジオ第1放送『旅するラジオ こんにちは!80ちゃんです』テーマ曲。2005年7月27日に坂本名義のシングルとしてリリース。

2.幸せハッピー
作詞:忌野清志郎/作曲:細野晴臣
『Oh, My Love ~ラジオから愛のうた~』のカップリング曲。

[アナログレコード収録曲]
A面

1.HISのテーマ(作詞・作曲:HIS)

2.パープル・ヘイズ音頭(作詞・作曲:ジミ・ヘンドリックス/日本語詞:忌野清志郎、春日博文)

3.夜空の誓い(作詞・作曲:忌野清志郎、中曽根章友)

4.逢いたくて逢いたくて(作詞:岩谷時子/作曲:宮川泰)

5.渡り鳥(作詞・作曲:忌野清志郎、小林和生)

6.500マイル(作詞・作曲:ヘイディ・ウェスト/日本語詞:忌野清志郎)

7.恋人はいない(作詞・作曲:忌野清志郎


B面

1.おやすみ もうすぐ逢える(作詞・作曲:忌野清志郎)

2.スキー・スキー(スキーなの)(作詞・作曲:忌野清志郎)

3.恋のチュンガ(作詞・作曲:ペレス・プラード/日本語詞:水島哲)

4.ヤングBee(作詞・作曲:忌野清志郎)

5.セラピー(作詞・作曲:忌野清志郎)

6.アンド・アイ・ラヴ・ハー(作詞・作曲:レノン=マッカートニー/日本語詞:忌野清志郎)

7.日本の人(作詞:忌野清志郎/作曲:細野晴臣)
細野のアルバム「コインシデンタル・ミュージック」に収録されている「the Man of China」(日本語タイトルは「中国の人」)に歌詞を付けた


[追記] 2020年5月13日(水曜日)

コロナ禍で自宅練習中の動画を坂本冬美さんがアップ。

敬愛する二葉百合子さんのLPレコードの隣に、この『日本の人』のレコードが飾ってありました。


[惹句どんどん] ウディ・アレン引用句集 011  映画『泥棒野郎』より


銀行強盗に入って「金をよこせ」というメモの字が汚すぎて誰も読めず、銀行内の人が集まってくるというギャグです。

Bank Teller #1:  Does this look like "gub" or "gun"?

Bank Teller #2:  Gun. See?  But what does "abt" mean?
Virgil:  It's "act". A-C-T. Act natural.  Please put fifty thousand dollars into this bag and act natural.

Bank Teller #1:  Oh, I see.  
This is a holdup?


種本は『ウディ・アレン完全ヴィジュアルガイド』(ジェイソン・ベイリー著、都築はじめ日本語版監修、スペースシャワーネットワーク、2017年)。

セリフは映画のデータベースIMDBで確認しています。

YouTubuでは本当は違法でしょうがこの映画を全編観ることができます。画像はそこから貼り付けました。

便利な時代になりました。

"Take the Money and Run"(邦題:泥棒野郎)は1969年の作品。

映画の概要は「無能なスリ、泥棒、銀行強盗、脱獄犯であるバージル・スタークウェルの人生と犯罪を記録した架空のドキュメンタリータッチの映画」だそうです。
(習作にすぎないようでYouTubuで全編観る根性がありませんでした)。

[積読立読斜読]『巨大なラジオ/泳ぐ人』(ジョン・チーヴァー著、村上春樹訳、新潮社、2018年)よりエッセイ二編




チーヴァーの村上春樹訳の短編集、申し少しで読了です。

今回は二編のエッセイを読みました。底本となったクノップフ社版の短編集には収録されていませんが、村上春樹さんがチーヴァーを理解するために役立つと判断されて加えられたものです。

「何が起こったか What happened」は自作の短編小説「ぼくの弟」の創作過程を描いたもの。

「なぜ私は短編小説を書くのか? Why I write short stories」は自身の短編集刊行後に書かれたそうです。

チーヴァーを理解するためには読み込みが足りませんので、新潮社のPR雑誌『波』に掲載された書評を転載します。


「何が起こったか What happened」

P355
短編小説は金曜日までには仕上がり、私は幸福だった。というのは、ミネアポリスのダンス・パーティーと、山の上でのバックギャモン・ゲームみたいなかけ離れた二つの出来事を、フィクション作品の中で、まるでお互いに関係しあっているかのように連結させられるくらい楽しいことは、他にまずないからだ。そしてそれは、人生とはそれ自体が創作のプロセスであり、ひとつの物事はしっかり別の物事に重ねられており、ひとつの邂逅で埋め合わされ、そしてまた我々は起こった出来事を意味づけるための能力を有しているという感覚を、確かなものにしてくれるのだ。

「なぜ私は短編小説を書くのか? Why I write short stories」

P358
短編集は、昨今の小説リストの中ではほとんど余計者扱いされているみたいだ。そのリストに溢れかえっているのは愛の園であり、エロチックな馬鹿騒ぎであり、淫らな古代の家族史だ。しかしながら我々が経験によって支配されている限り、そしてその経験が強烈さと挿話的性質によって特徴づけられている限り、我々は短編小説というものを文学の中に含め続けるだろうし、言うまでもないことだが、文学がなければ我々は滅びてしまうだろう。F・R・リーヴィスが述べているように、文学とは文明化された人間の第一の特徴なのだ。

誰が短編小説を読むのか、とあなたは尋ねるかもしれない。歯科医の待合室で、治療椅子に呼ばれるのを待つ男女によってそれは読まれる。あるいは大陸を横断する飛行機の中で、我が国の東西両海岸の間に生じる長い時間を、あほらしい下品な映画で潰すかわりに、それは読まれる。眼識と知見を持ち合わせた男女―彼らは物語フィクションというものは我々が互いを理解し、時として面食らわせる我々のまわりの世界を理解するために有用なものだと感じているようだ―によってそれは読まれる。私はそのように思いたい。



アメリカ短篇小説の黄金時代を味わう
[レビュアー] 金原瑞人(法政大学教授・翻訳家)

 翻訳者村上春樹氏が三十年以上前から、いつか訳してみたいと考えていたジョン・チーヴァーの短篇小説十八編とエッセイ二編をまとめた一冊である。巻末に添えられた柴田元幸氏との対談でも言及されているように、一九五〇年代の「ニューヨーカー」には、「サリンジャーが書き、チーヴァーが書き、カポーティが書き、フラナリー・オコナーも書いていた、そういう勢いが」あった。そのアメリカ短篇小説の黄金時代を代表する作家のひとりチーヴァーの作品の特徴は、いわゆる短篇小説の型がくずれそうなくらい、彼独特の感性や視点やメッセージが盛りこまれていながらも、どれもが短篇としての矜持を保っていることだろう。

 高級アパートメントに住む三十代後半の夫婦が買った新しいラジオが、ほかのうちの声を拾うことに気づく話(「巨大なラジオ」)。ブロードウェイのプロデューサーの目に止まって、劇作家としてデビューすべくインディアナ州から家族を連れてニューヨークにやってきた男が経験する悪夢のような話(「ああ、夢破れし街よ」)。飲んだくれや、薬中や、酔っ払うと手が着けられなくなる乱暴者といった男にばかりほれてしまう女を遠くから見守っている男と、その男のたどる奇妙な運命を描いた話(「トーチソング」)。ゲイの男を乗せることを拒否するエレベーター係が目にする、ゲイの男の悲劇(「バベルの塔のクランシー」)。

 最初の数編をごく簡単にまとめるとこんな感じだ。どれも一見、物語性が強く、概要がつかみやすい。そして、それぞれ、洒脱にまとめようとか、ブラックな展開にしようとか、エンディングはうまくひっくり返してやろうとか、そういう意図も素直に伝わってくるし、どれも見事に決まっている。

 たとえば、「林檎の中の虫」という短篇は、同じ形の軽いひねりがどこまでも続いていく。完璧に幸せなクラッチマン夫妻を見て、人々は、あんなに大きなガラス窓がついているのは、罪の意識にさいなまれているからだ、ふたりの屍体性愛を思わせるような庭いじり好きは病的だなどと考える。ところがそんなことはなく、ふたりは健全に幸福だ。また人々は、夫妻がもうけたふたりの子どもに対しても、不幸にいたる様々な物語を想像する。しかし、そんなことはない。やがて子どもが巣立ってしまって、夫妻は精神的空虚さを感じるようになるのではないか、という憶測も飛ぶが、ふたりは「幸福に幸福に幸福に幸福に暮らしたのでした。」と結ばれる。この意味ありげなエンディングもうまい。つまり、ここに収められた短篇は一九世紀後半から二〇世紀半ばまで欧米で培われてきた短篇小説の面白さを十分に味わわせてくれる。

 しかし、もっと面白いのは、思い切りチーヴァー的なディーテイルの書きこみだ。たとえば「カントリー・ハズバンド」は、飛行機が悪天候に突っこんで緊急着陸するものの、全員無事に外に出るところから始まって、それに乗っていたフランシスがうちに帰って、九死に一生を得た話をしようとするけれど、だれも耳を貸してくれない。なんだか松尾スズキが戯曲を書いて、古田新太が主演しそうなとてもおかしい話なのだが、それだけでなく、細部がおかしい。メイドの顔を見たときのフランシスの描写とか。「彼の記憶は言うなれば盲腸――退化器官のごときものだった。過去から逃げられないという限界は彼にはまったくなかった。彼の限界はむしろ、過去からしっかりと逃げ切ってしまったところにあった」というチーヴァーならではの皮肉のきいた文章。そしてフランシスは戦争末期のことを思い出し、「中年期の黄昏の恋」にのめり込んでいく。このチーヴァーならではの、いきなりの展開が逆に必然に思えてしまう語りのうまさ。

 短篇の最後に置かれた「ぼくの弟」も、一家の鼻つまみ者になっている弟のことを延々と様々な場で描写していくところは読者も、なんとなくそうだろうなと思っているけれど、そんな予想を半分以上破りながらのチーヴァー的展開は読者の胸を突く。

 短篇の枠組みを巧みに利用しながら、それを自分的ディーテイルと展開でゆがめ、ずらしていくチーヴァーの魅力があふれている作品集。

新潮社 波 2018年12月号 掲載

[その他] 時々無性にではないが食べたくなるパン バターランチ、陳さんの蒸しパン


パン好きなもので。

地元タカキベーカリーのロングセラー、バターランチ、陳さんの蒸しパン。

バターランチの「バター」は「バター風味のフィリング」という意味だと思いますが、なんとも言えない不思議な味です。

陳さんの蒸しパンは馬拉糕(まーらいこー)の日本向けアレンジだと思います。

時々(無性にではないが)食べたくなるパンです。



2019年11月28日木曜日

晴れときどき英語のお勉強] 『「とりあえず」は英語でなんと言う?』より 「ドジをふんだとき」時の表現

クソ ドジを踏んだときになんと言う?

著者はネイティブの英国人ですが、日本人よりは感情を表に表して自分への怒りのことがを口にするようです。例文は一般的に使われている言葉のようです。



Damm!
しまった!

Oh no. / Oh my God.
おやおや。

Sugar!
もう!

Not again.
また?

Why???
なぜ???

Ahh, you stupid table!
(テーブルに足をぶつけて自嘲気味に)しまった。この馬鹿なテーブルが!

Stupid, stupid, door!
(ドアに足をぶつけて)バカ、バカ! このドアは!

God, I hate this house so much!
ああ、この家が大嫌い!


私自身は映画『アニマル・ハウス』で亡くなったジョン・ベルーシが使っていたのをまねて、



"Holy Shit-TUH!"(なんてこった)をもっぱら使ってますが、これは非常に下品で教養のない人が使う言葉だそうなのでご注意ください。


2019年11月27日水曜日

[その他] バンジョーを衝動買い 


28期軽音楽部の選曲で、どうしてもバンジョーが欲しい曲があり、弾けもしないのにバンジョーを衝動買い。

ただし本格的な4弦、5弦バンジョーではなく、ギターとチューニングで、6弦のギターバンジョーという種類です。

練習はこれからです。


[新聞記事] 28期池本さんの投稿 中国新聞「広場」欄に掲載



本日付け中国新聞。「コンタクトレンズ」はトイレ・洗面所に流さないでキチンとゴミ箱へ。という投稿です。

28期の年代は新聞を定期購読し、自分の意見を達意の短文にすることができる、簡単そうで誰でもできるわけではない技能を身に着けている人が多く、感心します。


2019年11月26日火曜日

[その他] 通勤途上で 宇品橋



月曜から金曜まで9時から17時まで出島にあるマンションの管理員として働いています。健康のために自宅からは徒歩通勤。約2km強あります。

通勤時は川べりの並木道を通って気持ちが良いです(雨でなければ)。

途中、宇品橋を渡りますが、いろんな角度から見ると橋梁建築の美しさが堪能できます。



2019年11月25日月曜日

[積読立読斜読]『巨大なラジオ/泳ぐ人』(ジョン・チーヴァー著、村上春樹訳、新潮社、2018年)より「ぼくの弟」



「ぼくの弟」(Goodbye, My Brother)は雑誌『ニューヨーカー』1951年8月25日号掲載。

チーヴァーの短編にしては珍しく家族を内側から(語り手が家族の長兄)描いていますが、例によってアッパーミドルクラスの転落もしくは転落の危機のバリエーションです。

マサチューセッツにある避暑用の島のコテージに久しぶりに家族が揃いましたが、気難しい末の弟のローレンスの言動は相変わらず生真面目で暗く、語り手の長兄は気疲れしてしまします。

唯一の理解者は母親のようです。

短編の最後も喧嘩別れとなってしまい、見送りは母のみ。

P350
翌朝、彼らは本土に向かう6時の船に乗った。母は別れを告げるために早起きした。しかしそうしたのは彼女一人だけだった。それはぎすぎすとした別れの光景であったに違いない。その光景を思い浮かべるのはむずかしくない。女家長(メイトリアーク)と取り替え子(チェンジリング)。お互いを失望の目で見つめ合う。それは裏返しになった愛の力に見える。

翻訳書の底本となったクノップフ社の短編集では冒頭に置かれ、村上訳の本書では最後に置かれています。チーヴァーも村上春樹さんもこの作品に対して思うところがあったのだと思います。

いつのもチーヴァーはアッパーミドルの危機を軽く描いた洒脱な軽い作家と思われていたふしの作風ですが、本編は、読了後、ズシリと心に残る短編です。

[惹句どんどん] ヒッチコック(映画監督)



Alfred Hitchcoc

Director and producer Alfred Hitchcock popularized the term MacGuffin and the technique with his 1935 film The 39 Steps, an early example of the concept.[18][19] Hitchcock explained the term MacGuffin in a 1939 lecture at Columbia University in New York City:

It might be a Scottish name, taken from a story about two men on a train.
One man says, 'What's that package up there in the baggage rack?'
And the other answers, 'Oh, that's a MacGuffin'.
The first one asks, 'What's a MacGuffin?'
'Well,' the other man says, 'it's an apparatus for trapping lions in the Scottish Highlands.'
The first man says, 'But there are no lions in the Scottish Highlands,'
and the other one answers, 'Well then, that's no MacGuffin!'

So you see that a MacGuffin is actually nothing at all.

https://en.wikipedia.org/wiki/MacGuffin

[惹句どんどん] ウディ・アレン引用句集 010




ウディ・アレンの初めての監督作品"What's up, Tiger Lily?"より。

日本のB級映画『国際秘密警察 鍵の鍵』(1965年、谷口千吉監督)のハリウッド版焼き直しという快作。

スーパースパイで「愛すべき悪党」のフィル・モスコウィッツ(三橋達也役)が、世界最高のエッグサラダのレシピを盗もうとする国際的陰謀に巻き込まれる。若林映子さんと、浜美枝さんが、Teri Yaki, Suki Yaki 役で出てます。

High Macha Of Rashpur: It is written - "He who makes the best egg salad shall rule over heaven and earth." Don't ask me why egg salad - I've got enough aggravation.
 こう書いてある。
「最高のエッグ・サラダを作る者が天上と地上を制する」と。
なぜエッグ・サラダなのかは私に聞かないでくれ。もう十分に困惑している。

2019年11月24日日曜日

<日々是不穏 like a rolling stone> ロック音楽は滅びるのか?


2019年11月18日(月曜日)付け
朝日新聞「文化の扉」「ロックは滅びるのか」


自分は1959年生まれで、中学・高校の多感な時代と、ロック音楽の成熟期が重なっています。

現在よく聞いている音楽はこの時代のロック、日本のフォーク・ロックなどがほとんどです。(最近の音楽はよく知らないし、80年代以降の音楽すら、よく分かりません)。

自分の見立ては、1980年代でエルビスから続いた「ロック」自体は手詰まりで、将来はエルビスから始まる30年間が「クラシック・ロック」というカテゴリーになる(すでになっている)とみてます。

メディアとも関係が深く、ロックの歴史は、テープ・レコード・CD、の時代で、インターネット登場で音楽の聴き方が変わり、ロックの歴史の終わりとも関連があるとみてます。(誰か論考を立ててほしい)。

現在聞かれるクラシック音楽の定番が、ある特定の時期に集中しているのと同じ現象です。

下記は使ってませんがライブ用に作ったロックの歴史のフリップです。当たらずとも遠からず。

5秒でわかる 超簡単なロックの歴史
1954年 エルヴィス・プレスリー
1962年 ビートルズ
1973年 クイーン
1979年 ストレイ・キャッツ
        …ネオ・ロカビリーで振り出しに戻る 

[その他] 三次 奥田元宗・小由女未術館「イラストレーター安西水丸展」 『セロニアス・モンクのいた風景』装丁





先週の11月16日(土曜日)に三次で開催されていた安西水丸さんの展覧会(三次 奥田元宗・小由女未術館「イラストレーター安西水丸展」)の余韻未だ冷めやらず、といったところ。きりがないので投稿は今回で終わりです。

展覧会は安西水丸さんの装幀の作品も多く出展されておりました。想像ですがもともとの企画は2016年に東京の「ちひろ美術館」で開催された「村上春樹とイラストレーター」がもとになっているようです。学芸員の原島恵さんの企画(素晴らしい編集能力です!)によるものと思われます。

ちひろ美術館の展覧会は『村上春樹とイラストレーター』(監修・ちひろ美術館、ナナロク社、2016年)としてまとめられています。


ぜひ紹介しておきたいのが『セロニアス・モンクのいた風景』(村上春樹訳、新潮社、2014年)の装幀のいきさつです。


『村上春樹とイラストレーター』の「和田誠と安西水丸と村上春樹 ― 同じ空気を吸っているんだな、ということ」(P204)より抜粋。
 2014年、村上は長年あたためてきた、ジャズ・ピアニスト、セロニアス・モンクについての論考集を上梓するにあたり、装丁を安西に依頼しました。しかし、安西はこの仕事に取り組む前に惜しくも帰らぬ人となりました。その跡を継いで、和田は、安西が過去にモンクを描いたカットをもとに装丁を仕上げています。そのいきさつを村上はあとがきに以下のように記しています。
ずっと以前に水丸さんが、ある雑誌のために描いたモンクの後ろ姿のスケッチが見つかった。僕はそのスケッチをもとにして表紙を構成していただけないだろうかと、共通の友人である和田誠さんに相談してみた。和田さんに快諾していただき、そのようにしてできあがったのがこの表紙だ。絵の中でモンクにハイライト(ちなみにハイライトのパッケージデザインをしのは和田誠さんである)を差し出しているのは、もちろん若き日の安西水丸さんだ(どことなく水丸タッチの絵のように見える)。水丸さん自身の描いたモンクのイラストは、裏表紙に静かに使われている。
この作品は、モンクを愛していた点でも共通していた3人の最後の共作となりました。


同著よりあとがきの別の部分です。

最後に水丸さんに仕事をお願いしたのは、亡くなるつい数週間前のことだった。夏頃に『セロニアス・モンクのいた風景』という単行本を出すことになっていて、その表紙のモンクの絵を彼に描いてほしかった。水丸さんは「いいよ、やりましょう」と快諾してくれ、ついでにニューヨークでモンクに会ったときの話をしてくれた。
1960年代後半、彼がニューヨークに住んでいたとき、あるジャズ・クラブにモンクの演奏を聴きに行った。いちばん前の席で聴いているとモンクがやってきて彼に煙草をねだった。水丸さんは持っていたハイライトを一本彼に進呈し、マッチで火もつけてあげた。モンクはそれを吸って、「うん、うまい」と言った。「モンクにハイライトをあげたのは、たぶん僕くらいだよね」と嬉しそうに水丸さんは電話で語っていた。
水丸さんの描いたセロニアス・モンクの絵を見ることなく終わってしまったのは、悲しく、また心残りだ。その絵の中でモンクはあるいはハイライトを吸っていたかもしれない。その絵を失ったことを、僕は心から惜しく思う。人の死はあるときには、描かれていたはずの一枚の絵を永遠に失ってしまうことなのだ。

安西水丸さんは2014年3月19日没(享年71)。和田誠さんも2019年10月7日没(享年83)。

今後の村上春樹さん(1949年生)の装幀のイラストはどうなるのでしょうか。

過去の拙稿にもこの本の記事があります。



2014年9月29日月曜日
[積読立読斜読] 『セロニアス・モンクのいた風景』(村上春樹 編・訳、2014年、新潮社)

https://28minami-owaki.blogspot.com/2014/09/blog-post_29.html


2014年9月28日日曜日
[惹句どんどん] 村上春樹

https://28minami-owaki.blogspot.com/2014/09/blog-post_77.html

[その他] 七五三で宮参り



当方の孫、長女の子供(長男5歳、長女3歳)の七五三の宮参り。広島護国神社。


我が家もそうですが、少子高齢化の結果なのでしょう、祖父・祖母の付き添いも多く見受けられます。(子供より保護者の数が多い)。


元号が令和に代わりましたが、あれも国家的な壮大な「通過儀礼」なのでしょう。


下記、大変長くなりますが、平凡社の『世界大百科事典』より「七五三」に関連する項目です。


七五三  
しちごさん 

3歳,5歳,7歳の子どもの成長を祝って11月15日に氏神まいりをすること。

子どもの成長を承認し祝う通過儀礼の一つであるが,七五三と称して現在のように華美を競うようになったのは,多分に都会の商業政策によるもので新しいものである。けれどもその基礎となる伝承的な習俗は古くから各地で行われていた。

地方によって必ずしも七五三とはかぎらず,3歳と7歳,または7歳だけを祝うというところもある。

3歳の祝いにはヒモオトシとかオビムスビ,カミオキ(髪置)祝などがある。このとき,女児がつけ紐をとってはじめて帯を結び,三つ身の着ものを着て宮まいりをする所もある。富山県では丸ぐけの帯をつけるので三つのコロオビという。髪置祝は武家の風習の影響とみられるが,3歳の男女児ともに頭髪のおかっぱを結髪に改めた。現在では髪置祝は東北から九州にわたって言葉として残っているにすぎない。

男児5歳の袴着(はかまぎ)の祝いは,武家の風を受けつぐもので,明治時代には士族や上流家庭では,5歳の男児にはじめて袴をつけて碁盤の上に立たせて祝宴を行った。北陸,中部地方などでは,袴祝とか袴つけ,裃着(かみしもぎ)などといい,男児だけの祝いをする例が多いが,5歳の女児がヒモオトシ,オビツケの祝いを行う地方もある。

7歳の祝いは男女ともに幼年期の最後の祝いとして,ハレギを着せて宮まいりをするが,女児はこのときにはじめて帯を結び,オビトキ,ヒモオトシをする所もある。これは人生の重要な段階の一つを帯であらわしたもので,帯の重要性を示している。7歳は男女ともに幼児期から少年少女期への折り目として重要な年齢とされている。〈七つまでは神の子〉といって,7歳までに死んだ子には本葬は営まなかった。7歳の宮まいりによって改めて氏子入りをすることになり,神からも社会からも一人前の社会的人格として承認されたのである。これ以後は子供組などの社会的な組織に加わることができた。

11月15日が選ばれたのは,それが霜月の祭りの日に当たり,家々の生業に関係深い神々を祭る日であったからである。七五三は幼児が成長していく段階ごとに,その加護を氏神に祈り,また社会からも祝福と承認を受ける日でもあった。
                        大藤 ゆき

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髪置  
かみおき 

男女の3歳児に,それまで髪をそっていたのをやめて,のばしはじめる儀礼。カミタレ,カミヨケ,カミタテなどともいう。髪置の儀は,鎌倉時代から室町,江戸時代まで行われ,公家では2歳,武家では3歳の11月15日に多くは行われた。庶民の間でも2~3歳にカミオキの祝いといって,11月15日に産婆や近隣を招いて,頭の頂上を円形にそったり,両耳のはしに垂れ髪を残す儀礼が大正時代まで行われており,うどん,そば,すし,甘酒などをご馳走し,産土神へまいった。     大藤 ゆき

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袴着  
はかまぎ 

平安朝の宮廷貴族社会で行われた通過儀礼の一つで,男女とも3~7歳ぐらいのころ初めて袴を着ける儀式をいう。袴著とも書き,和文の文学作品での呼び方で,漢文体の公縁日記,儀典書などでは〈着(著)袴(ちやつこ)〉という。戸令に〈凡そ男女は3歳以下を黄(幼児の年齢区分呼称)と為(せ)よ〉とあり,この時期を成長段階の第一区分と考えていたのであろう。皇子・皇女では3歳の例がもっとも多い。吉日吉時を選んで行われた。式で腰を結ぶ役は重要視され,皇子や皇女の場合は天皇みずからその任に当たることが多かった。鎌倉時代以後は武家でも行われ,室町時代には直垂(ひたたれ),江戸時代には武家・庶民とも麻裃(あさかみしも)を用いた。式のあと宴を設け,産土(うぶすな)神にもうでたりした。現在の皇室では,数え年5歳で初めて袴を着ける〈着袴の儀〉が行われ,男子は白い袴に童形(どうぎよう)服,女子は濃き色(濃い紫色)の袴に袿(うちぎ)を着ける。   中村 義雄

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通過儀礼  
つうかぎれい rites de passage[フランス]

人の一生には,誕生,命名,成人,結婚,死などいくつかの節目があるが,こうした節目は,個人が生活する社会内での身分の変化と新しい役割の獲得を意味している。そのためいかなる社会でも,人生の節目の通過に際して,その平安を保障し新しい身分への移行を公示する目的で,それに応じた儀礼を行っている。狭義には,このような個人の成長過程にともなって行われる人生儀礼のことを通過儀礼と呼ぶことが多い。広義には,ある場所から他の場所への通過(川を渡る場合や村を通るときなど)や,国王や族長の戴冠や就任(身分の変化)などに際して行われる儀礼も通過儀礼のなかに含まれる。通過儀礼は移行儀礼または推移儀礼と呼ばれることもある。通過儀礼という言葉は,ドイツ生れのオランダ系民族学者で,主としてフランスで活躍したファン・ヘネップが初めて用い,1909年に同名の本を出版している。

 通過儀礼はその過程がいくつかの段階に分けられていることが多い。念入りな通過儀礼でよく見られるのは,分離儀礼 rites de sレparation,過渡儀礼 rites de marge,統合儀礼 rites dedレgrレgation の3区分である。分離儀礼は,従来の地位や状態からの離別を象徴する形で行われる。たとえば死を象徴する行為を伴ったり,旅に出たり,村から離れた別小屋にこもったりするのがそれである。日本の婚礼には,嫁ぐ娘が再び生家に戻ってこないように,娘の使っていた茶碗を割ったり,屋敷の入口にかかっている橋を落としたりする風習が見られるが,これらもこれまでの関係からの分離を強調する儀礼である。第2段階の過渡儀礼は,当事者がすでにこれまでの状態でなく,しかしまだ新たな状態にも入っていない,中間的で無限定な状態にあることを示し,来るべき生活に対処するための学習や修業に努めることが多い。オーストラリアのカラジェリ族の成年式における過渡儀礼では,儀礼の間は無言で,身振りによってすべてを表現する。無言のうちに,過渡的で無限定の状態が示されている。またこの儀礼では,男の女装,女の男装という中性化,あるいは胎児化を象徴する始原的回帰運動など,過渡的不安定を象徴的に示す行動が見られる。最後の統合儀礼は,分離儀礼と過渡儀礼を終えた個人が,新しい地位や役割を与えられて社会へ復帰する儀礼である。カラジェリ族の場合は割礼が行われ,さらに仕上げとして,藪の中で部族の神話に基づく教育が授けられる。ギニア湾に住むトゥウイ族では,赤ん坊が生まれると,誕生儀礼の終りに,家族の中の死んだ者がかつて持っていたいろいろな品を見せる。赤ん坊が選んだ品物でだれの生れ代りかを知り,この儀礼によって赤ん坊は家族に統合される。このように,通過儀礼は一つの典型的な系列としては分離,過渡,統合という過程をたどるが,とくに念入りな儀礼では,過渡儀礼のなかにさらに分離,過渡,統合の三つの儀礼が観察される場合もある。

 通過儀礼は当然,文化によってその内容が異なっているが,人生儀礼の背景となる人のライフサイクルには,人間の生理的条件の普遍性からくるほぼ次のような共通の特色が見られる。出生から幼少年期,前思春期にかけてのもっぱら育児・しつけの対象となる第1段階。思春期から〈一人前〉の成人になるまでの,成年式を中心とした第2段階。就職,結婚等を含み,完全に一人前の社会人としての役割を果たす第3段階。老人として余生を過ごす第4段階。そしてこれら四つの時期は,それぞれの社会の伝統的な通過儀礼によって,象徴的に区切られていることが多い。

 アメリカの人類学者チャプル E. D. Chapple とクーン C. S. Coon は,各文化に見られる種々の年中行事を,季節の推移が社会生活にもたらす危機を克服しようとするものだとして,これを強化儀礼と呼び,人生儀礼の中にも同様の契機を見て,この視点から通過儀礼の性格を解明しようとした。またグラックマン M. Gluckman は通過儀礼を個人の身分が変化するにあたって,その社会関係が不安定化するのを避けようとする機能をもつものと考えた。ターナー V. Turner の,変動期の集団に見られる無構造・無体制的状況としての〈コミュニタス communitas〉論は,ファン・ヘネップの通過儀礼における〈過渡〉の概念を発展させ,その無限定的属性から象徴論的に儀礼の本質に迫ろうとしたものである。また宗教学的立場から M.エリアーデは,通過儀礼を自然的存在として生まれた人間が,特定の文化のなかで,多くの儀礼を通過することによって,その文化における宗教的人間の理想に近づくプロセスとみなした。⇒加入儀礼                     綾部 恒雄

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[積読立読斜読]『巨大なラジオ/泳ぐ人』(ジョン・チーヴァー著、村上春樹訳、新潮社、2018年)より「治癒」

[積読立読斜読](つんどく・たちよみ・ななめよみ)は自分用の読書メモです。


『巨大なラジオ/泳ぐ人』(ジョン・チーヴァー著、村上春樹訳、新潮社、2018年)は特にアメリカの作家が好きというわけではなく、村上春樹さん関連の本、ということだけで手に取ったものです。

短編集なので一気に読めず、一編ずつ読書メモのにしています。あと申し越しで読了です。


「治癒」(The Cure)は1952年7月5日号の雑誌『ニューヨーカー』に掲載。例によってNY近郊の高級住宅街に住むアッパー・ミドルクラスの話。

チーヴァーはアッパー・ミドルクラスからの転落もしくは転落の危機を短編で手を変え品を変え描いた作家のように思えます。

「治癒」は郊外に住むアッパー・ミドルクラスの白人家庭。安定した収入、教養があり美しい妻、かわいい3人の娘。夫婦喧嘩がもとで妻は3人の子供を連れて家を出てしまします。取り残された男の生活に、深夜に家の外を徘徊する謎の男が現れます。結末はいかに?

本編は「アッパー・ミドルクラスから転落しそうになって、転落先の暗闇を一瞬覗いてしまったが、なんとか踏みとどまった男」を描いています。「暗闇」の描き方がぞっとしますね。

妻と子供が戻るまでの間の自分ひとりの過ごし方が「治癒」につながったのかどうかはわかりません。

それにしてもアメリカの50年代はまばゆいばかりの豊かさです。郊外に住宅があり、美しく教養ある妻があり(林語堂の小説を読んでいる)、子供3人を連れてステーション・ワゴンで家を出て、男はNYでは秘書つきの仕事につき、ブルックス・ブラザーズで買い物を普通にする、という生活ぶりです。




2019年11月23日土曜日

[その他] 全員集合!



所要あって孫が全員集合。戸坂に嫁いだ下の娘の新居にて。

左下で寝転がっているのが長女の長男T君。中央で立っているのが長女のYちゃん。

右の女性が当方の次女で、横にはその長男のH君。次女は来年3月に次男出産予定です(名前はまだだそうです)。

本日はぽかぽかと温かく気持ちのいい一日でした。



[晴れときどき英語のお勉強] 『「とりあえず」は英語でなんと言う?』より 「切ない」時の表現



第1章 「自分の気持ちを伝える」

1-9 切ない
胸が締めつけれれる10のフレーズ

「切ない」の英語例文です。

「切ない」は日本語でもいざ定義をと言われると難しい単語ですね。

『広辞苑』では「①圧迫されて苦しい、②胸がしめつけられる思いでつらい」とあり、身体的・精神的に何かに押されて起こる悲しい感情のようです。

手元の英和辞典(研究社ライトハウス英和辞典)の解説では「切ない」はsadnessに近いようです。


①I feel so sad inside.
私はとても切なくなった。

②I feel really hurt inside.
私はとても切なくなった。

③I feel miserable.
みじめな気分だ。

④I feel awful.
気分が悪い。

⑤I feel upset.
(気持ちが)動転している。

⑥Parting is such sweet sorrow.
別れ際はとても切ない。

⑦I was filled with heartrending sorrow when I heard the awful news.
その大変なニュースを聞いたときは、切ない思いでいっぱいだった。

⑧It was so distressing to wathch those images of starving children on the news.
ニュースで、餓死しそうな子供を見るのは本当に痛ましかった。

⑨After my boyfriend moved to Alaska, no one knew of my hopeless longing for him.
恋人がアラスカに引っ越したあとの、私の切ない思いを知る人は誰一人いなかった。

⑩A:He's been ignoring my phone calls all day.
B:Oh, that bites!

あの人私の電話に一日中無視しているの。
うわぁ、切ないね。



⑥の sweet sorrow:は「甘美な切なさ」という意義でシェイクスピアの造語。

sorrow:悲しみを表す一般的な語で、不幸に対する悲しみとともに後悔や残念の気持ちも表す。

the sorrow of parting:別れの悲しみ

grief:ある特定の不幸に対する比較的短時間の非常に強い悲しみの情を表す。

Meg's grief at loss of her mother.:母を失ったメグの悲しみ

sadness:失望感によるさびしさを伴った悲しみ

The news filled her with sadness.:その知らせを聞いて彼女はもの悲しさでいっぱいになった。


⑦⑧⑨はとても強い感情。

⑨はスラング。

2019年11月21日木曜日

[あの頃のレコード] 『HOSONO HARUOMI compiled by HOSHINO GEN』(2019年)




長々と紹介してきました細野晴臣さんのベスト盤(星野源選曲)も最後になりました。なんせレコード3枚組(面の数だと6面)ありましたので。堪能しました。

①は細野晴臣さん(プロデュース)、忌野清志郎さん、坂本冬美さん、による異色トリオHISによる唯一のアルバムから。アルバムは全体にカヴァー曲が多いのですがこの「日本の人」は作詞・忌野清志郎、作曲・細野晴臣さんによるオリジナル。坂本冬美のこぶしが個気味良く冴えまくり、別途アナログ・レコードを買い求めました。(別途紹介)。


②は手塚治虫の漫画作品をテーマとしたコンピレーション・アルバムのうちの1曲。企画のきっかけは没後3年後に出た山下達郎の「アトムの子」から。よく聞いていると「キューピー3分クッキング」のメロディのサンプリングのような音(?)もあり。

③は2000年に再結成されたティン・パン・アレイ(名義はTin Pan)のアルバム『Tin Pan 』収録曲。メンバーは細野晴臣、鈴木茂、林立夫。はっぴいえんどから続く円熟の楽器演奏の腕前が聴けます。


④は1980年のYMO『増殖』でジョイントしたコントユニット、スネークマンショー、の替え歌。収録アルバムはもともと高橋幸宏のソロアルバムに細野晴臣がプロデューサーで加わったことで生まれたユニット。素人目にはYMOの継続バンドのような曲に聞こえます。アルバム『audio sponge』(スケッチ・ショウ)収録。

⑤は高橋幸宏とのユニット、スケッチ・ショウのアルバム『ループホール』収録曲。なぜかスウェーデン語の女性ヴォイスを楽器風に使って幻想的な感じを出してます。

⑥は現在のライブ・バンドのメンバーによるボサノバ風のオリジナル曲。タイトルは「細野場」とも読めデビュー・アルバムを想像させます。味わい深い1曲です。

⑦はデビュー50周年を記念してかソロアルバムをまるごとセルフカヴァー。歌詞も一部変更あるそうです。こんな企画ができるのも細野晴臣さんのキャリアの長さと実力の高さでしょうか。

何度も引用しました『レコード・コレクターズ』(2019年11月号)より、このベスト盤を解説した片島吉章さんのこの曲の評。

「世界をぐるっと旅してきた細野が、元の港に戻ってきたような感慨深い逸品。心地よい旅の疲れ、そして達観した姿が歌声から滲み出る。」







[その他] 安西水丸展 展示の写真




高校生の時に少し背伸びしてサブカルチャーの雑誌『宝島』を読んでおりました。安西水丸さんは嵐山光三郎さんが書いていた『チューサン階級ノトモ』(『宝島』(宝島社 月刊誌)75年8月~1976年8月号に連載)のイラストを担当していて、画風と名前が面白かったので記憶に残っておりました。

デビュー前の村上春樹さんもこの連載のファンで、後に自作の装幀に安西水丸さんを起用する遠因となっているのかも。

僕は嵐山光三郎さんと水丸さんと糸井重里さんが一緒にやっていた、雑誌「宝島」の「チューサン階級ノトモ」が大好きで、以前から水丸さんのファンでもあったので、わりにすぐ仲良くなりました。その少しあとで水丸さんは会社を辞め、独立してイラストレーターになりました。
http://www.honnokihon.com/archives/618


とまあ長い伏線がありまして、作品展の余韻未だ冷めやらず。こちらのサイトに展覧会の写真が載ってましたので無断転載します。

『美術館「えき」KYOTO』(京都市下京区)安西水丸展(2016年)。



[その他] ピロリ菌検査で陰性でした。。。



大変長くかかったので整理してみました。

広島市から送られてくるがん検診案内(胃がん、大腸がん、肺がん)のうち、大腸がん肺がんについては今年の3月に受診し異常ありませんでした。

胃がん検診があるのに朝食を摂ってしまったため、胃がん検診のみ今年6月に再受診しました。レントゲン写真では「胃潰瘍の疑いがある」ということで専門医で内視鏡検査を上けることに。

内視鏡検査は平日しかやっておらず、有休をとって受診。軽い胃潰瘍ということがわかり、合わせてピロリ菌の検査もしたところ、こちらは陽性。

胃潰瘍の薬と、ピロリ菌の薬をもらい服用。

結果検査のため、また内視鏡検査をする。胃潰瘍は治癒。

ピロリ菌の検査。結果は1週間後、というので出た結果が画像通りです。

暇と情熱がないと継続できませんね。

ピロリ菌陰性だから胃がんにならないというわけではないそうです。胃がんになった人が高い割合でピロリ菌が陽性である、ということらしいです。





[その他] 本日の夕食は 土井善晴さんのレシピで「ナポリタンスパゲッティ」でした


写真映りはよくありませんが、家族には大好評でした。土井善晴さんの『お箸で食べる洋食』(講談社)からのレシピです。(材料には入ってませんがピーマンが余っていたので使いました)。

当方の家はおかずの種類はほとんど1つしかなく食卓は大変貧相です。

レシピ本をみると土井先生は盛り付けの際トングを使ってスパゲティをひねりながら立体的に盛り付けられており、写真映りが良いです。

トマトケチャップだけでなくトマトピューレ、赤ワインを使うのがおいしさの秘密のようです。

[材料](4人分)

スパゲティ        300g
玉ねぎ          大1個(300g)
ロースハム        5~6枚(80g)
にんにく         1かけ
スライスマッシュルーム  小1缶(100g)
サラダ油         大さじ1
ケチャップ        140g
トマトピューレ      60g
赤ワイン         大さじ3
塩、こしょう       適量
グリーンピース(缶詰)  70g
バター          20~30g
パルメザン粉チーズ    適量


[作り方]

①玉ねぎは5mm厚さに切り、ハムは同じぐらいの大きさの短冊切りにする。マッシュルームは水けをきる。

②スパゲティは塩適量(分量外)を加えた湯で表示どおりゆでる。サラダ油少々(分量外)をからめておく。

③フライパンにサラダ油とにんにくを入れて炒め、香りが立ったら玉ねぎを加えて塩少々をふり、焼き色をつけるように炒める。

④③にハムとマッシュルームを混ぜ、ケチャップとトマトピューレを加え、よく炒めて香ばしさを出す。赤ワインを入れてアルコール分をとばすように炒める。

⑤②のスパゲティを加え、グリーンピースも入れ、全体にからめる。こしょうをふり、バターを加えてなじませる。

⑥器に盛り、粉チーズをふる。

 


2019年11月20日水曜日

[積読立読斜読] 『巨大なラジオ/泳ぐ人』より「トーチソング」



今回は「トーチソング」(Torch Song)を読了。

長編小説だと流し読みが可能なので興が乗れば一気に読めるのですが、短編小説集は逆に一編一編に力が入っていてなかなか読めません。あと少しで読了。

村上春樹さんの解説によると「トーチソング」は1930年代に流行した失恋・片思いをテーマとした流行歌のこと。雑誌『ニューヨーカー』(1947年10月4日号掲載)。

「トーチソング」の出だしはこんな感じです。

 ジョーン・ハリスとニューヨークで知り合って二、三年が経った頃から、ジャック・ローリーは彼女のことを「未亡人」として考えるようになった。いつも黒い服を着ていたし、彼女のアパートメントには常に、まるでついさっき葬儀屋が部屋を出ていった趣が感じられたからだ。このような印象は彼の側の悪意から派生したものではない。というのは彼はジェーンに好意を持っていたから。
 二人はオハイオの同じ街の出身で、同じように三〇年代の半ばにニューヨークにやってきた。年齢もだいたい同じで、その都市に来た最初の夏、二人は仕事のあとでよく「ブレヴォート」だか「チャールズ」だかで待ち合わせ、一緒にマティーニを飲んだものだった。それから「ラファイエット」に行って食事をし、そこでチェッカー・ゲームをした。

一見『ティファニーで朝食を』の奔放なホリー・ゴライトリーを彷彿とさせるジェーンと、見守るジャック。出だしはいかにも都会風の洒落た独身男女の物語のように見えて、意外な結末に。

再び村上春樹さんの解説。「人がだんだん輝きを失い、ひとつ下の世界に零落していくこと―それはチーヴァー自身が常日頃抱えていた怯えのよにも見受けられる」。というテーマをチーヴァーは手を変え品を変え延々と描いて飽きません。




2019年11月17日日曜日

[その他] 三次 奥田元宗・小由女未術館「イラストレーター安西水丸展」

11月16日(土曜日)に孫守のドライブがてら帝釈峡・三次に出かけました。目当てのひとつに三次の奥田元宗・小由女未術館で「イラストレーター安西水丸展」を見ることがありました。

もともとは東京の「ちひろ美術館」の企画「村上春樹とイラストレーター 佐々木マキ・大橋歩・和田誠・安西水丸」(2016年)のうち安西水丸さんの展示のみを抜き出し再構成したものと思われます。

ちひろ美術館は東京と安曇野の二か所にあり、絵本作家のいわさきちひろさんの作品を収蔵する美術館ですので、企画が「絵本」がらみが多いと想像されます。

2016年の展示は村上春樹さんの作品とイラストレーターとの関係に焦点がありますが、やはり絵本への言及もあるようです。

たまたま手元にその展覧会をまとめた文庫版の『村上春樹とイラストレーター』(ナナロク社、2016年)がありましたので、今回の美術展をより深く理解するためにメモ程度で記録しておきます。

それにしても安西水丸さん、和田誠さん、と鬼籍に入られて、村上春樹さんの一種ひょうひょうとしたエッセイに合うイラストレーターが今後現れるのかどうか心配です。

おそらくは安西水丸さんの代役で起用された『村上さんのところ』(2015年)でイラストを担当したフジモトマサルさんも46歳で急逝されました。


『村上春樹とイラストレーター』(ナナロク社、2016年)より

P178
安西水丸 ― 村上春樹の盟友

1979年、『風の歌を聴け』が「群像」新人賞を受賞して間もない頃、安西水丸は知人の編集者から村上を紹介されました。当時、村上は東京・千駄ヶ谷でジャズ・バーを経営しながら小説を書き、安西は出版社に勤務しながら、雑誌にマンガやイラストレーションを発表していました。80年代を目前に控え、それぞれが表現者として次の段階へ向かう局面でふたりが邂逅し、親交を深めていったことには、大きな意味があったといえるでしょう。

1981年、女性誌「TODAY」(文化出版局)に村上が寄稿した短編「鏡の中の夕焼け」に村上の依頼で安西がイラストレーションを描いたのが、共作の始まりでした。

1983年には村上は初の短編集『中国行のスロウ・ボート』(中央公論社)の表紙を安西に依頼します。安西は、表1(おもて表紙)から背を挟んで表4(うら表紙)まで、テーブルを示す青い色面を置き、表1には皿に盛られた二つの洋梨を、表4では、画面の右寄りに、たばこの載った灰皿と1本のマッチ棒を切り絵風に色面で描きました。安西はこの装丁について、次のように語っています。

自分のイラストレーションの、最もポイントである線をはぶくことによって、見えてくるような絵を試みてみた。これは自分では成功したと思っている。自分を押さえて、作者の気分を前面に出すことができたように思っている。



安西の絵と村上の文章の世界観が重なり、新鮮なイメージをつくりだしたこのイラストレーションを、村上は安西の絵の中で最も好きなものとして挙げています。この作品が起点となり、ふたりの共作は展開していきます。

同年、ふたりが取り組んだのが『象工場のハッピーエンド』です。安西のもとに画集の出版依頼があった折に、村上に声をかけて実現したもので、画文集ともいえるこの作品の特異な点は、ほとんどの絵と文が別々につくられたもので構成されているところにあります。単行本が出た後、時を経て、文庫版、単行本の新版と3種類の版が刊行され、本によって異なるイラストレーションが収録されたり、絵の構成が変化したりしていますが、一貫して同じトーンが保たれています。絵と文章がそれぞれ自立した世界観を有しながら響き合う独自のコンビネーションが、こうした”変奏曲”をも可能にしているのでしょう。



ここに収録された安西のイラストレーションは、安西の代表的なスタイルで描かれています。2点の女性像を除き、すべてが生物画です。画面の中央から上にテーブルを示す水平線が引かれ、卓上に配置された雑貨や、日用品などが描かれています。細い墨の輪郭線でモチーフの形態をとらえ、着彩はカラートーン(均一に色彩が印刷されたシール状の画材)を使用しています。影の部分は輪郭線を描かずに、カラートーンだけでやわらかな陰影をつけています。カラートーンの色面が輪郭線をわずかにはみ出しているところや、逆に余白を残しているところから、いきいきとして表情がうまれています。雑貨や日用品を鮮やかな色面で描く手法はポップアートに通じるところがありますが、モチーフを捉える線に、安西独特の清澄な情趣が醸し出されています。安西は、自分のイラストレーションについて次のように語っています。

ぼくのイラストレーションは、時間がかからないと言えばかからないのだが、なんと言うのか、間合いのようなものが合わないと、一本のマッチの絵でも1000枚描いても気に入らない。

1980年代前半から、「村上朝日堂」と銘打ってコンビを組んだ村上との仕事で、安西が最も大切にし、そして、楽しんでいたのが、この「間合い」だったのではないでしょうか。

村上の提案で実現した絵本『ふわふわ』にも、この「間合い」が生かされています。安西はこの作品で、それまで手がけてきた絵本とは異なる表現に取り組みました。他の絵本では、絵で登場人物を描写したり、物語の進行に合わせて場面ごとに視点を替えたりしていますが、『ふわふわ』では、村上の文章に寄り添い、説明的な描写を避け、「ふわふわ」を表現することに注力しています。



この作品も、墨の輪郭線にカラートーンを重ねる手法を用いていますが、猫に影をつけずに「ふわふわ」した感じを出しています。猫がいる空間を示す1本の水平線は、本文の最初の場面から最後の場面までひとつにつながり、固定した視点が据えられています。そのなかで、色指定で印刷された、場面ごとに異なる背景の淡い色がリズムをつくっています。視点は変化しませんが、猫は場面ごとに向きをかえ、体の一部だけが描かれて、年老いた雄の猫が静かにおおらかに動くようすが表現されています。「ふわふわ」をとらえた安西の絵は、村上んも文章と響き合い、猫と「ぼく」の親密さや、命のぬくもり、そして、ひとつの幸せのかたちを伝えています。

惜しくも安西が急逝する2014年まで、ふたりは実に30年以上にわかり、短編、エッセイ、紀行文、工場見学記、絵本やかるたに至るまで数多くの共作に取り組みました。既成のジャンルを超えた境地で洒脱にあそび、独特の「間合い」で世界観を重ね合わせたふたりの共作は、時代の空気を映しながらも、不思議に古びることはありません。





[その他] 広島掃除に学ぶ会 安芸太田町立 加計中学校

掃除中の写真を撮り忘れたので朝礼の会場(食堂)外観です

11月17日(日曜日)は広島掃除に学ぶ会の活動で加計中学のトイレ掃除に参加しました。掃除に学ぶ会関係者20名、学校関係者20名、合計40名の参加がありました。

生徒さんの参加はまったく自主的だそうで15名ほどの参加でしたが、全校生徒がHPによると63名だそうで、自主的な参加率からいうと広島県1位だと思います。

校長先生、教頭先生、はじめ教職員のかたの参加も多数あり、みなさん清々しい方ばかりで、とても爽やかな掃除の会になりました。


2019年11月16日土曜日

[惹句どんどん] 加藤茶(正確にはコント作家(作者不明))

アラン・ドロン主演の映画『太陽がいっぱい』でデビューしたフランスの映画女優マリー・ラフォレさんがご逝去されました。享年80。謹んでご冥福をお祈りいたします。
2019年11月4日付朝日新聞記事。


不謹慎で申し訳ありませんが、加藤茶さんの若い頃のコントを思い出しました。

映画『太陽がいっぱい』のヨットのシーンに似せたスタジオ・セット。ニーノ・ロータの哀愁のメロディーにのせて、なぜか加藤茶さんがスポーツ新聞を読んでいる。

「巨人が二勝、大洋が一敗」

『太陽がいっぱい』のアラン・ドロン

『太陽がいっぱい』での故・マリー・ラフォレさん

若かりし頃の加藤茶さん

[その他] 孫守で県北へドライブ

11月16日(土曜日)配偶者と終日、孫守。
ちょっと遠出して県北の帝釈峡・三次へ。

(1)帝釈峡で紅葉を見る

携帯の写真ではわかりませんが見事な紅葉

(2)三次もののけミュージアムで妖怪を見る

「けむりぼうず」という妖怪だそうです

(3)奥田元宗・小由女未術館で「イラストレーター安西水丸展」を見る
(これは当方のみで孫たちは隣の公園で遊んでました)。

かなりの人出 雑誌『宝島』の「チューサン階級ノトモ」からのファンです


(4)トレッタみよしで「パン工房green麦麦」のパンを買う


パン好きなもので 三好農産品の販売所「とれった三次」のパン屋さん



[惹句どんんどん] 読み人知らず ベッドに卵や酢はないわ


「ベッドで煙草を吸わないで」(1966年)故・沢たまきのシングル・レコード。作詞: 岩谷時子、作曲: いずみたく。

「ベッドに卵や酢はないわ」(読み人知らず)はパルコ出版から出ている「御教訓カレンダー」の1990年頃の作品(と思う)。妙に印象に残っています。しかし実にくだらないですね。

来年のカレンダーの季節になりました。


2019年11月15日金曜日

[あの頃のレコード] 『HOSONO HARUOMI compiled by HOSHINO GEN』(2019年)E面(YMO、ソロ)


星野源さん選曲、細野晴臣さんの音楽生活50周年記念アルバム(アナログ・レコード版は3枚組)E面に入ってまいりました。あとF面を残すのみです。E面はYMOと同時進行していたソロ、映画のサントラと盛りだくさんの内容です。残念ながら同時代では聴いていなくて惜しい気がいまさらしてきました。


①「Sports Men」はYMOの活動と並行して作成されたソロ・アルバム『フィルハーモニー』の一曲。『レコード・コレクター』(2019年11月号)の解説では「内省的な作風で完成しつつあったアルバムに親しみやすい曲を追加した」そうです。

②「三国志メイン・テーマ」はアルバム未収録シングル曲。1982年~1984年にNHKで放映された『人形劇 三国志』のテーマ曲。YouTubeで映像をチェックしましたらオープニングは1分強で終わりで、バックの映像と相まってシンセの音が二胡、ドラムが銅鑼のようにも聞こえ、印象的でした。人形劇の解説が紳助・竜介が時代ですね。

③「Lotus Love」、④「以心電信」はYMO名義のアルバムから。同じ時期にムーンライダーズの『青空百景』をよく聞いていたのですが、ボーカルの処理とか曲調とかが非常によく似ていて、どちらがどちらの影響を受けたのかはわかりませんが。ですので細野さんならではという感じがせず。

⑤「銀河鉄道の夜」はアニメ映画のサントラ。決して生のオーケストラを使ったわけではないのでしょうが、電子音でオーケストラを上回る臨場感があり、ぜひ劇場で大音量で聴きたいものです。映画は未見ですが2018年の11月に特別版が再リリースされたところを見ると映像・サントラとも長く残る傑作なのでしょう。

⑥「Pleocene」は『銀河鉄道の夜』サントラ用に作った曲がアルバムに入りきらず、『omni Sight Seeing』に収録されたもの。タイトルは『銀河鉄道の夜』の作中に出てくる地名。詩の中の「まゆらぎ」という言葉は日蓮宗の信者だった賢治を意識したもの、という意見は脳科学者の中野信子さんの説。本アルバムからは1曲のみの選曲ですが、江差追分・アラブのライ・お遍路さん・砂漠・パリ・地中海と、世界各地の音楽要素を実世界から異世界まで取り言えた「全方位観光」というコンセプトのアルバムなので、可能なら別建てで通しで聴いてみたいですね。

2号続けての細野晴臣さん特集の『レコード・コレクターズ』(2019年12月号)。細野晴臣さんの提供曲の解説を湯浅学さんが書いておられます。細野さんの音楽歴の寸評がお見事なので引用します。

日本語のロックを追求し、R&Bやファンクに刺激され、洗練されたシティ・ポップをティン・パン・アレイで極めるのかと思いきや、
外から日本を見つつエキゾチックなミクスチャー(チャンキー)に邁進していくうちにそこに電子音楽(テクノ)を大幅導入、
テクノポップで一世を風靡しつつ歌謡界に参入、されにアンビエントな世界へと展開し、その一方で歌謡曲も書き続け、再び自ら歌い始めたと思ったらエレクトロニカに沈潜した後、
自分のバンドを結成して自らの歌で音楽史の解読の道を歩み続けている。
このような活動を背景に持つ作家は世界中で細野晴臣だけだ。





2019年11月14日木曜日

[積読立読斜読] 『メインテーマは殺人』(アンソニー・ホロヴィッツ著、山田蘭訳、創元推理文庫、2019年)




ミステリは得意分野ではなくあまり読みません。

ですがたまには読みます。

昨年同じ著者の『カササギ殺人事件』が大評判だったので読了しました。同じ著者でまたまた好評なので手にとってみました。




昨年翻訳された同じ著者の『カササギ殺人事件』(上・下2巻)は近来まれにみる傑作のようで、年末のミステリ・ランキングもので軒並み1位を取り、なんと7冠達成だそうです。

第1位『このミステリーがすごい! 2019年版』海外編 
第1位〈週刊文春〉2019ミステリーベスト10 海外部門
第1位『2019本格ミステリ・ベスト10』海外篇
第1位〈ハヤカワ・ミステリマガジン〉ミステリが読みたい! 海外篇
第1位 2019年本屋大賞〈翻訳小説部門〉
第1位 第10回翻訳ミステリー大賞
第1位 第7回翻訳ミステリー読者賞

前作は作中劇の形態をとり、上巻が古典的なミステリそのもの。下巻が現代の出版社を舞台に、上巻のミステリの行方不明の最後の1章をめぐるという入れ子構造になっていました。

本作はがらりと趣向を変え、語り手は作者アンソニー・ホロヴィッツ自身。発端はこんな感じです。

<内容紹介>(東京創元社のサイトより)
自らの葬儀の手配をしたまさにその日、資産家の老婦人は絞殺された。彼女は、自分が殺されると知っていたのか? 作家のわたし、ホロヴィッツはドラマの脚本執筆で知りあった元刑事ホーソーンから、この奇妙な事件を捜査する自分を本にしないかと誘われる……。自らをワトスン役に配した、謎解きの魅力全開の犯人当てミステリ! 7冠制覇の『カササギ殺人事件』に匹敵する傑作!

ミステリー自体はアガサ・クリスティーを信奉する作者らしく極めて古典的な謎解きとなっていて、情報はすべて読者に開示されていきます。構成に一ひねりあり、いけ好かない元刑事のホーソンから事件を自分を主人公にして作品化の話を持ち掛けられ、本の構成化と、事件の解決が同時進行で進んでいきます。読者は作品として成り立つのか、また事件は解決するのか、という複合的な楽しみでどんどん読み進められるという仕掛けです。

被疑者の後を追ってロンドン中を駆け巡り、作中にシェークスピアのトリビアが散りばめられた、大英帝国の威光未だ衰えずというミステリーに仕上がっています。

いけ好かなかった元刑事ホーソンが最後は魅力的な人物に語りてホロヴィッツにも見えてきて、現代版ワトソンとホームズ誕生の瞬間でした。

早くもシリーズ化で2作目が本国では出版されており、翻訳が楽しみです。

原題は"The word is murder"ですが翻訳題名の『メインテーマは殺人』はお見事。




[晴れときどき英語のお勉強] 『「とりあえず」は英語でなんと言う?』より 「さびしい・悲しい」時の表現



1-8 さびしい・悲しい

①I feel really sad when you ignore me like that.
そんなふうに無視されると本当にさびしいよ。

②I felt lonely when I lived in the Japanese countryside.
私は日本の地方に住んでいたときに本当にさびしかった。

③Sometimes the Japanese countryside can feel deserted.
ときどき、日本の地方はさびしい感じがします。

④Are you sad that you can't see your parents?
親と合えなくてさびしい?

⑤It made me really sad when you said that.
そんな言い方をされて、悲しかった。

⑥I was really distraught when I heard about her skydiving accident.
彼女のスカイダイビング事故を聞いて、取り乱していた。

⑦When she saw her boyfriend flirting with another girl, she feld miserable the whole evening.
彼氏が別の女性とイチャつくところを見て、彼女は一晩中とても悲しかった。

⑧That child is in apitful condition. He has no good clothes and noproper home.
あの子は悲惨な状態だ。ろくな服がないし、本当の家もない。

⑨I've been feeling so unhappy lately!
最近、私は不満でしょうがない。


[memo]
英語では「さびしい」と「悲しい」の違いを表現できない。両方ともsad。

③人が住んでいなくて寂しいは、砂漠のdesertの形容詞desertedがある。

より感情的な英語に、distraught:取り乱した、(…で)期も狂わんばかりの
miserable:みじめな、不幸な、が使える。

flirt:(男女が)ふざける

本書にはありませんが、missも使えます。

I'll miss you very much.
あなたがいなくなるととても寂しくなります。
(人と別れるときのことば)