昭和20年11月、万太郎は鎌倉材木座に移住。
万太郎は自身の境遇を「流寓(るぐう)の旅」と黄昏た境地ですが、
作句は剽軽なものも多い感じです。
「上京、日のくれぐれに帰宅」の前書のある、
これやこの冬三日月の鋭(と)きひかり
「妹、上京、けふは一日、留守番なり」の前書きの、
日向ぼつこ日向がいやになりにけり
また、「日曜、しかも快晴、心、太(はなは)だ和む」の前書きの
東京にでなくていゝ日鷦鷯(みそさざい)
けっこう境遇を気に入っているようにも感じられますが。
流寓抄 その一
313 ふゆしほの音の昨日をわすれよと
314 これやこの冬三日月の鋭(と)きひかり
315 十日まだ一度もふらず冬の海
316 日向ぼつこ日向がいやになりにけり
317 松ばやしぬけねばならず冬の月
318 鎌倉の果から果の小春かな
319 度外れの遅参のマスクはづしけり
320 波しろき海の極月(ごくげつ)来りけり
321 東京にでなくていゝ日鷦鷯(みそさざい)
322 いまは亡き人とふたりや冬籠
323 昔、男、しぐれ聞きゝ老いにけり