夏目漱石『夢十夜』より「第六夜」。
何事もこれぐらいの達人の域に達したいです。
「なに、あれは眉や鼻を鑿で作るんじゃない。
あの通りの眉や鼻が木の中に埋うまっているのを、
鑿と槌の力で掘り出すまでだ。」
夏目漱石『夢十夜』より「第六夜」
「あの鑿と槌の使い方を見たまえ。大自在だいじざいの妙境に達している」と云った。
運慶は今太い眉まゆを一寸いっすんの高さに横へ彫り抜いて、鑿の歯を竪たてに返すや否や斜はすに、上から槌を打うち下おろした。堅い木を一ひと刻きざみに削けずって、厚い木屑きくずが槌の声に応じて飛んだと思ったら、小鼻のおっ開ぴらいた怒り鼻の側面がたちまち浮き上がって来た。その刀とうの入れ方がいかにも無遠慮であった。そうして少しも疑念を挾さしはさんでおらんように見えた。
「よくああ無造作むぞうさに鑿を使って、思うような眉まみえや鼻ができるものだな」と自分はあんまり感心したから独言ひとりごとのように言った。するとさっきの若い男が、
「なに、あれは眉や鼻を鑿で作るんじゃない。あの通りの眉や鼻が木の中に埋うまっているのを、鑿のみと槌つちの力で掘り出すまでだ。まるで土の中から石を掘り出すようなものだからけっして間違うはずはない」と云った。
自分はこの時始めて彫刻とはそんなものかと思い出した。
