2020年1月12日日曜日

[積読立読斜読] 『教育格差』(松岡亮二著、ちくま新書、2019)第5章のまとめ


第5章 高校―間接的に「生まれ」で隔離する制度

(日本では義務教育を終了した)生徒を「学力」によって異なる学校に選別するのが高校受験だ。

学力などを基準にして生徒を異なる教育プログラムに振り分けることをトラッキング(tracking)と呼ぶ。

特定のトラック(プログラム)に入るとカリキュラム、教師からの期待、生徒文化などによって社会化され、それぞれが大きく制限された進路に向かっていくことになる。

日本の高校教育は(他の国に比べて)際立った制度的特徴を持つ。学校単位のトラッキング―高校間に大きな学力格差がある垂直的なランキング構造である。

大半が地元の公立校に通う中学校と比べると、学校間の学力差が大きく、学校内のそれは小さくなる。

ランクが高い高校には学習と神話的な教育環境があり、有名大学への進学など高い教育達成に繋がる。高ランク校へ進学した生徒はこの環境によって生徒自らの未来を思い描くことになる。この「予期的社会化」は、中学校卒業以前の、進学することが決まった時点で起こる。

低ランク高校や職業科から結果として大学に進学した人たちは「生まれ」が比較的高い傾向にある。何らかの理由で低ランク校に入ったが、その後学歴的に上昇を果たした層は、家庭で比較的強い有形無形の支援があったと考えられる。


第5章のまとめ

①義務教育の終わりで「生まれ」のよる格差があるので、「能力」選抜の結果、高ランク校は往々にして高SES(=社会経済的地位)校となる。

②高ランク・高SES校の生徒の大半は、四年生大学以上への進学を希望している。

③入学後3か月の時点で、高ランク・高SES校の生徒は注熟・予備校通いをはじめる。学校ランクとは別に、学校SESは生徒の通塾・予備校通いを促している。この傾向は、特に高SES校に通う高SESの生徒に見られる。恵まれた「生まれ」の生徒たちが物理的に同じ場に集められることで、熱が高まると解釈できる。

④入学後3か月の時点で個人間・学校間には学習時間格差がある。ここでもSESは個人と学校それぞれの水準で生徒の行動と関連を持つ。似た「生まれ」が集められることで学習行動が促されていると考えられる。

⑤一方、低ランク・低SES校では、学習時間ゼロの生徒の割合が高い。学校ランクとなどとは別に学校SESがこの学校間格差を一部説明する。この勉強しないことが「ふつう」である空間は「能力」選抜の名の下に制度的に作られたものだが、集合的なSESが関連している。

⑥ランクとSESによって時間の使い方に学校間格差がある。低ランク・低SESD校では、「テレビゲームをする」「友達に会ったり、電話で話す」「アルバイトをする」ことは「みんな」がしている「ふつう」のことだ。これらの行為が「悪い」わけではないが、卒業生の多くが大学進学をする高ランク・高SES校と異なる規範があるのも事実である。

⑦生徒の学習姿勢や学校への帰属意識も学校SESと無縁ではない―似た「生まれ」の生徒が集められることで、同質的な「生徒文化」が立ち上がるのだ。進学校では授業に規律があり、学ぶ喜びに溢れ、同級生と協同し、成功にこだわる競争意識があり、学校の一員であることに誇りを持つ。進学校で生徒同士が切磋琢磨する一方、「底辺校」には「生まれ」を背景に学習とは遠い「文化」がある。

⑧社会関係資本にも学校間格差がある。高ランク・高SES校の生徒は高い割合で親の支援を感じている。「大人」との「つながり」格差は親子関係だけではない。高ランク・高SES校の教師は生徒に期待し、学業成績を重視し、学校に誇りを持っているし、中退者を出さない傾向にある。一方、低ランク・低SES校では、(平均的には)教師による対生徒の期待は低く、学業成績は諦め、学校に誇りを感じられず、中退もあり得る選択肢として教育を行っている。

P81
社会経済的地位(SES)の定義

socioeconomic status

経済的、文化的、社会的要素を統合した地位。世帯収入(経済)、親学歴、文化的所有物、行動(文化)、職業的地位(社会)などを指標化して1つの連続変数とすることが多い。