モンクを主体的に体験するのはとりもなおさず、
ひとつのミステリーをそのまま受け入れることだった。
彼の音楽はたとえで言うなら、どこからもなく予告なしに現れ、何かすごいもの、理解し
がたいパッケージをテーブルの上にひょいと置いて、一言もなくまたふらりと姿を消して
しまう「謎の男」みたいだった。モンクを主体的に体験するのはとりもなおさず、ひとつ
のミステリーをそのまま受け入れることだった。そのわけのわからない、中身の知れないパッケージを何も言わずに受け取ることだった。
マイルズもコルトレーンもたしかに素晴らしい、天才的なジャズ・ミュージシャンだ。そこに疑問の余地はない。でも彼らが真の意味で「謎の男」であったことは―僕の個人的意見を言わせていただけるなら― 一度もなかった。
『セロニアス・モンクのいた風景』(村上春樹 編・訳、2014年、新潮社)より
