長女夫婦の長男(8月末に5歳)、長女(10月末に3歳)の七五三参りの写真前撮りで市内のスタジオへ。後自宅で長男君の誕生日会。
最近のスタジオは貸衣装屋さんも兼ねていて写真もデジタルなので即日クラウドにアップというシステムのようです。
宮参りは別途実施だそうです。
「七五三」の説明は『世界大百科事典』より。
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七五三
しちごさん
3歳,5歳,7歳の子どもの成長を祝って11月15日に氏神まいりをすること。子どもの成長を承認し祝う通過儀礼の一つであるが,七五三と称して現在のように華美を競うようになったのは,多分に都会の商業政策によるもので新しいものである。けれどもその基礎となる伝承的な習俗は古くから各地で行われていた。地方によって必ずしも七五三とはかぎらず,3歳と7歳,または7歳だけを祝うというところもある。
3歳の祝いにはヒモオトシとかオビムスビ,カミオキ(髪置)祝などがある。このとき,女児がつけ紐をとってはじめて帯を結び,三つ身の着ものを着て宮まいりをする所もある。富山県では丸ぐけの帯をつけるので三つのコロオビという。髪置祝は武家の風習の影響とみられるが,3歳の男女児ともに頭髪のおかっぱを結髪に改めた。現在では髪置祝は東北から九州にわたって言葉として残っているにすぎない。
男児5歳の袴着(はかまぎ)の祝いは,武家の風を受けつぐもので,明治時代には士族や上流家庭では,5歳の男児にはじめて袴をつけて碁盤の上に立たせて祝宴を行った。北陸,中部地方などでは,袴祝とか袴つけ,裃着(かみしもぎ)などといい,男児だけの祝いをする例が多いが,5歳の女児がヒモオトシ,オビツケの祝いを行う地方もある。
7歳の祝いは男女ともに幼年期の最後の祝いとして,ハレギを着せて宮まいりをするが,女児はこのときにはじめて帯を結び,オビトキ,ヒモオトシをする所もある。これは人生の重要な段階の一つを帯であらわしたもので,帯の重要性を示している。
7歳は男女ともに幼児期から少年少女期への折り目として重要な年齢とされている。〈七つまでは神の子〉といって,7歳までに死んだ子には本葬は営まなかった。7歳の宮まいりによって改めて氏子入りをすることになり,神からも社会からも一人前の社会的人格として承認されたのである。これ以後は子供組などの社会的な組織に加わることができた。
11月15日が選ばれたのは,それが霜月の祭りの日に当たり,家々の生業に関係深い神々を祭る日であったからである。七五三は幼児が成長していく段階ごとに,その加護を氏神に祈り,また社会からも祝福と承認を受ける日でもあった。
大藤 ゆき
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