2019年8月7日水曜日

[積読立読斜読]『日本社会のしくみ』第4章 「日本型雇用」の起源



第4章 「日本型雇用」の起源

・高度成長前の日本企業にも、三層構造はあった。しかし、職務よりも学歴で処遇が決まっていた点は、他国と異なっていた。

・このしくみの起源は、明治期の官庁制度にある。そこでは、俸給は経済原則や職務ではなく、実質的に学歴と勤続年数によって決定された。

・官庁の「任官補職」原則と、軍隊型の階級制度が、明治期の日本企業に広まった。これは、戦後の日本企業にも職能資格制度という形で残り続けた。

・戦前の職工差別は激しく、彼らに年功制や長期雇用は適用されていなかった。これは学歴による「身分差別」だと受け止められていた。


P224
ヨーロッパの貴族は土地を所有しており、それを基盤にその後も地位を保ち続けた。それに対し、日本の武士は土地と切り離され、城下町に住んで俸禄を受け取っていた家臣団にすぎなかった。そのため、明治の秩禄処分後は退潮したといわれる。

P225
官庁の三層構造は、じつは現在でも受けつがれている。
「キャリア」「ノンキャリア」(本庁採用)、地方職員

現代では、こうした三層構造の人事処遇に、必ずしも法的な根拠はない。だが戦前では、これは法的に決められた身分だった。

P244
(イギリスのEE社と日本の日立製作所を調査した)ドーアはこう述べている。日本的経営が日本文化の産物だというのは誤りで、「日立の組織形態は決してイギリスと無縁のものではなく、イギリスの軍隊や官庁の型とよく似ている」。そして、「日本が独特なのは、大部分の西欧諸国では軍隊や官庁にのみ向いていると考えられている組織の型を産業にも適用したという点にある」。ドーアは日本企業と官庁の歴史を調べたのではなく、印章論として両社の類似を指摘しただけである。だが、彼の直感は正しかったといえるだろう。

P267
日本の慣行では、学位と職務は連動していなかった。そのため彼らは(職工)、大卒者と同じ職務に就く機会があり、自分たちの方が優れた能力があると感じていた。それでも境遇に差があるのは、学歴による「身分制的な差別」だとしか受け取られなかったのである。

こうした学歴の機能は、他の社会とやや異なるものであった。イギリスなどの場合、学位の証明による業績主義(メリトクラシー)が、上流階級出身者を役職に就ける慣行を時代遅れなものにしていった。ここでは、学歴と身分は対立関係にあった。

ところが日本の場合、士族が早々に退潮してしまった。そのことが、学歴が一種の身分的指標に転化するという、ある意味で矛盾した現象がおきた背景と考えれれる。