2019年8月10日土曜日

[積読立読斜読] 『日本社会のしくみ』第5章 慣行の形成


第5章 慣行の形成

第5章の要点

・新卒一括採用、定期人事異動、定年制、大部屋オフィス、人事考課などは、いずれも明治期の官庁や軍隊にその起源を求めることができる。

・それが波及した背景は、教育を受けた人材が不足していた明治期の事情だった。

・日本の学校が果たした役割は、企業に対して人材の品質を保証する紹介機能だった。これは他国の場合、職種別組合や学位が果たした機能である。

・ドイツにも、官庁の制度が企業に影響した歴史はあった。しかしドイツの場合、民間の職種別組織や、職員の地位向上運動の存在があったため、日本とは異なる形となった。



P281
軍隊や官庁に職務と別個に給与等級があることは、日本だけの特徴ではない。とはいえ、第2章で述べたように、ドイツやフランスの官僚制には新卒一括採用や
定期人事異動、大部屋主義といった特徴はない。
それでは、こうした日本の特徴は、どのような経緯から生じたのか。結論からいえば、それは日本の近代化のあり方に関わっていた。

P283
しかし明治の日本では、同時代のドイツにくらべ、高等教育を受けた人材が不足していた。

P285
こうした状況のため、近代日本では、富裕層や貴族層でなければ高級官吏になれないわけではなかった。出自を問わず帝大生になれる可能性があったという意味でも、
同時代のドイツより明治の日本は平等だった。

P289
新卒一括採用と定期人事異動の関係については、示唆はsれているものの、実証的研究は少ない。(中略)おそらく、組織が定期一括採用を開始して
20年が経つと、定期人事異動を行わざるをえない状態になるのだと考えられる。

P293
(注:大部屋主義という)しかし物理的な空間以上に注目したいのは、「課」より下の職務分担を明確化するこが要求されなかったという事情である。

P296
つまり「課」や「室」を単位とした大部屋主義は、個々の議員の職務が明確に定められていないことと同時に、「課」が周囲から独立した「一国一城」の権限保有
を主張する意識の表れである。その背景は、プロイセンの君主や、アメリカの世論といった、官庁を監視する対抗権力がなかったことである。日本の「大部屋主義」の
起源があるとすれば、明治初期の建造物の構造以上に、こうした緊張関係の有無だといえるだろう。

P296
ところで、個々人の職務が明確でないとすれば、何を基準に昇進を決めるのか。結論からいうと、戦前の官庁で基準となったのは、勤続年数と成績だった。

P309
戦前の人々にとって、徴兵は共通の体験だった。そうした社会では、軍隊用語だった「定限年齢」は、おなじく軍隊用語だった「現役」と同じく、
受け入れられやすい概念だったと考えられる。

P309
また官庁から民間企業への影響として、従業員を「社員」とよぶ慣習を挙げることができる。「社員」という言葉そのものは、明治10年代からあった。
しかしそれは従業員ではなく、出資者を意味する言葉だった。いまでも日本国の法律では、「社員」とは出資者のことである。

P312
それでは、企業はいったい、何を大学に期待していたのか。おそらくそれは、一般的な知的能力や「人物」の情報を、スクリーニングする役割だった。

P321
高等教育が生産性に及ぼす影響が不明であったとしても、能力の指標(シグナル)としての機能を持つことは、経済学では「シグナリング」とよばれる。
そのこと自体は、洋の東西を問わず存在するものだ。

とはいえ日本で学校紹介が上記のような展開をとげたのは、企業側が職務に対応した学位を求めていなかったこと、職種別組織の資格証明などが発達していなかったことが大きな要因だったろう。
また日本政府が、学校のカリュキュラムなどを統一していたことも背景だったと考えられる。

P328
しかし日本企業は、固定の職務給で人を雇う制度にはなっていなかった。そのためこうした女性事務員には、昇給する前に退職させる方法がとられた。