2021年8月14日土曜日

[積読立読斜読] 短編集『走れメロス』(太宰治著、新潮文庫)

 


2021年後半の年間読書テーマ、太宰治の主要作品を読む。


本日は新潮文庫版の短編集『走れメロス』を読みました。


収録作品(発表年・雑誌)は下記の通り。


「ダス・ゲマイネ」 昭和10年『文藝春秋』

「満願」 昭和13年『文筆』

「富嶽百景」 昭和14年『文体』

「女生徒」 昭和14年『文學界』

「駆込み訴え」 昭和15年『中央公論』

「走れメロス」 昭和15年『新潮』

「東京八景」 昭和16年『文學界』

「帰去来」 昭和18年『八雲』

「故郷」 昭和18年『新潮』


新潮文庫版の解説者、奥野健男さんによると、太宰治の作家生活15年間は、前期(昭和8年~12年)・中期(13年~20年(終戦))・後期(昭和20年(戦後)~23年)に分けられるそうです。この短編集では「ダス・ゲマイネ」が前期の作品で、残りはすべて中期の作品になります。


生活の落ち着きのなさから、作風が長編に向かず、代表作の長編『斜陽』『人間失格』『津軽』もあまり長くはありません。物語を紡ぎ出す能力はなかったようで、自分を題材にした私小説か、周辺の知人の日記や手紙から材をとった作品か、古典からモチーフをとった作品、のみかと思います。


太宰治自身の十分認識していたようで、「ダス・ゲマイネ」(ドイツ語で通俗性・卑俗性の意)では登場人物に「僕はあなたの小説を読んだことはないが、リリシズムと、ウィットと、ユウモアと、エピグラムと、ポオズと、そんなものを除き去ったら、跡になんにもも残らぬような駄洒落小説をお書きになっているような気がするのです。僕はあなたに精神を感ぜずに世間を感ずる。芸術家の気品を感ぜずに、人間の胃腑を感ずる」と言わせています。


当方も太宰治の生き方には疑問で、太宰の私小説は苦手です。ツボにはまった時の短編はさすがに今日まで生き残った作家なので、惚れ惚れとする出来栄えです。本短編集で言うと、「富嶽百景」「女生徒」「駆込み訴え」「走れメロス」という代表的な短編がそれに該当します。


「富嶽百景」は井伏鱒二の後を追って、甲州御坂峠の天下茶屋に逗留しての執筆活動の身辺を随筆風に綴ったものですが、自虐的な私小説風の心象風景がなく、飄々とした日常と、いろいろな角度から観る富士山の自然を対比させた傑作です。


太宰治が得意とした一人称告白体の傑作が「女生徒」です。母子家庭の女生徒(おそらく中学生)の平凡な日常を描いた作品ですが、男性作家がなぜここまで若い女性が本当に語ったような告白文を書けるのかどうか不思議です。恐らく女性作家でもここまで心理の細かいひだは描けないと思います。


講談社の文芸文庫に『女性作家が選ぶ太宰治』があり、作家の江國香さんが「女生徒」を選んでいます。