悶えてなりとも加勢(かせ)せんば
計算をしないで人に尽くす人がいましたね。何か事件が起こると、何はともあれ見舞いにいく。ある家に怪我人が出たり病人が出たりすると、我が事のようにかけつける。
でも何もしてあげることができないで、ためになることをしようにも、そのやり方が分からん。心配して立っているんだけれども、何もできないんです。
それでも「悶えてなりと加勢する」と、悲嘆に暮れるようなことがる家があると、真っ先にかけつけるんです。でも、チッソはかけつけてきてくれなかった。
『苦海・浄土・日本 石牟礼道子 もだえ神の精神』(田中優子著、集英社新書、2020年)より
