例によってリマスター版とかボックスセットとか、デジタル・リマスターの映画とかの企画が目白押しと思われます。
ちょうどよいタイミングで湯川れい子さんが訳された「ビートルズ評伝の決定版!」と腰巻にあった評伝が「初の文庫化」されましたので、『レット・イット・ビー』を扱った第21章をまるまるタイプしていきます(レコードを聴きながら)。
この投稿の連載中、ずっと「レット・イット・ビー」を聴いていたので、大変よく文意がわかりました。
※「ディグ・イット」と「レット・イット・ビー」の曲の並びの解説には一部意味不明の箇所があります(と思う)。別途確認します。
P412-415
スタジオでレコーディングした曲が二曲続いた後、スペクターは、より描写的な二曲を入れて、アルバムの基本構想を少し変えてみている。まずはレノンの魅力的な「ディグ・イット」を、かなり短くして、とても良く仕上がっているバージョンのものと、賛美歌「あめにはさかえ」に似た、ジョンの皮肉がこもったテンポの速い「レット・イット・ビー」を続けて入れているのだ。ジョンが書いた文句は不可思議だが、それは、ふとした拍子に「レット・イット・ビー」の創作理由にも触れている。マッカートニーは、12年ほど前に亡くなった母親メアリ―が夢に出てきたのがきっかけで、この曲を書いたのだった。「母は僕が14歳の時に亡くなったので、僕はずっと母に会っていなかったから、本当にうれしかった」とポールは振り返る。そして苦しい時だったから、母が突然現れて「僕に強さを与えてくれた」のは、本当にうれしかったとつけ加えている。
こうした個人的な内容を歌にするのは、マッカートニーには珍しいのだが、この曲はビートルズがレコーディングした中でも、最高傑作の一つとなった。ジョンはそうすることが多いのだが、ポールも「レット・イット・ビー」の中で、個人的な状況と、さらに大きな仲間との現実を結びつけた。彼の母親が「in my hour of darkness (苦しい暗闇の中で)」どれほど慰めてくれたかを描いた後で、二番で彼は、「the broken hearted people living in the world(世界中の失意の人たち)」全員のことを歌い、「though htye may be parted (別れ別れになったとしても)」/ There is still a chance that they will see (また会える日がくることだろう)」と、感動的な希望に満ちた文句で言い切っている。彼のヴォーカルは実に完璧で、感傷的な自己愛に陥ることなく、歌から可能な限りの感情を引き出している。またそのバック・トラックも同様に素晴らしく、スケールといいパワーといい、申し分ない。この歌は、ポールのピアノだけで静かに始まり、しだいに天使のようなバック・ヴォーカルが加わっていき、リンゴの地味だが品のあるドラムが入り、やがてポールの控えめなベースが膨らんでいってミドルエイトにつながり、脈打つよゆでいてしまも抑えのきいたロックとなっていくさまは見事で、ジョージのギターによるリードと、ジョージ・マーティンの演出したオーケストラによるところが大きい。「レット・イット・ビー」のベースとなるトラックは、屋上コンサートの翌日にレコーディングされたのだが、この曲にシンフォニーのような重厚さを出しているオーバーダブは、ほとんど一年近く後になって、1970年1月4日の、文字通り最後のレコーディング・セッションの時に加えられたものである。そしてそれは、最後にふさわしい素晴らしいものになったのだった。
アルバム「レット・イット・ビー」のA面にはは、「ゲット・バック」のプロジェクトとつながる荒っぽい切れ味の曲、耳ざわりだが楽しく過ぎてしまう「マギー・メイ」で締めくくられる。これはリヴァプールの売春婦を歌ったトラディショナル・スタンダードで、ビートルズが時々スタジオでのウォーミングアップに歌っていた曲だ。B面も、「アイヴ・ガッタ・フィーリング」や「ワン・アフター・909」の屋上でのバージョンで、ライブ感覚が続き、どちらもレノンとマッカートニー二人のヴォーカルが素晴らしく、その後に、スタジオでレコーディングしたポールの「ザ・ロング・アンド・ワィンディング・ロード」と、ジョージの「フォー・ユー・ブルー」が続く。少しブルース・ブギのような感じのジョージの曲が、「レット・イット・ビー」のアルバムに入れられたのは謎である。ハリスンには、すでにレコーディングしているが、まだビートルズとしてはリリースしていない曲―後に彼がソロで出した「オール・シングス・マスト・パス」や「ノット・ギルティ」や「レット・イット・ダウン」などいくらでもあって、その方がずっといいものになっていたはずなのに―。
「ザ・ロング・アンド・ワィンディング・ロード」にフィル・スペクターは弦楽器と合唱隊のオーバーダブを入れているのだが、、マッカートニーはその結果に満足してず、ビートルズのグループ活動の定地を求めた1970年の訴訟で、そのことを技術上の妨害行為の例として挙げている。「ザ・ロング・アンド・ワィンディング・ロード」のビートルズのオリジナルと、スペクターの作ったバージョンを比べてみると、ポールがそれだけショックを受けたのもうなずける。オリジナル・バージョンでは抑制がきいていて、楽器のアレンジをほとんど入れないことで、曲に静かな荘厳さを与えているのだが、スペクターが作り直した騒がしくて大袈裟なオーケストラのバージョンは、この曲をただのノスタルジックなお涙頂戴ものにしてしまっているのだ。幸い、メロディーと情趣がしっかりしていために、その妨害にも耐えていはいるが―。
「ザ・ロング・アンド・ワィンディング・ロード」は「レット・イット・ビー」に近いものがある。別離、哀しみ、失意をテーマにして、ピアノをベースとしたバラードである。信頼と人のつながりを求めようとする思いが、こういった真面目なテーマと釣り合うおもりとして働いているが、必ずしもうまくいったわけではない。初期の頃の作品と違って、マッカートニーは、人生はいつもうまくいくわけではないと認識しているかのうようだ。さらに、彼の歌詞には、少なくとも部分的にはジョンに向かって歌うという思惑が入っているようでもあった。「You left me standing here (君は僕をここに残して行ってしまった)/ A long long ago (ずっと、ずっと昔に)」は、特に心が傷む文句だ。さらにもっと哀しいのは、「Don't leave me waiting here (僕をここで待たせないでくれ)」という哀願だ。だが、注意してこの行を聴いていると、これまで長い間一緒にやってきた、あの奇跡的で素晴らしい時間には、もう彼もジョンも戻れないとはっきりわかっているかのうように、ポールがバックで「It's too late (もう遅いよ)」と歌っているように聞こえるのだ。映画の最後のクレジットで「ゲット・バック」が流れる時に、ポールは、その曲のフェイド・アウトのところにアドリブで、「Get back, get together, Ohh, we got to get together (帰っておいでよ、一緒に、おお、一緒に帰ろうよ)」と、再び一緒になれることを願っているようなアップビートの歌声を入れているが、その夢にはもうすでに幕が下りていて、この王者たちの一座が再び一緒になることはなかった。
(第21章 辛い時代(アルバム「レット・イット・ビー」)

