2014年8月27日水曜日

[積読立読斜読] ポール・オースター『ガラスの街』

[積読立読斜読] ポール・オースター『ガラスの街』



『ガラスの街』(ポール・オースター著、柴田元幸訳、2013年新潮文庫)

たまたま読んだオースターが面白かったので、時系列ではありませんが継続して読んでます。

原題は"City of Glass"で1985年刊行。86年までに出された3つの小説(あとの2つは『幽霊たち』、『鍵のかかった部屋』)がニューヨークが舞台なので「ニューヨーク三部作」と呼ばれてます。

本国でも日本でも『ガラスの街』が表面的に「探偵小説」の体裁をとっているので(探偵が出てきて依頼人がいて事件が起こりそう)ミステリーの範疇に入れられたそうです。本国ではエドガー賞にノミネート。
日本ではミステリー系の翻訳者で89年に角川書店から翻訳版が出版されました。柴田元幸訳が新潮社から出たのは2009年(文庫化は2013年)で、オリジナルの出版から四半世紀経ってます。

翻訳の経緯でもポール・オースターが一筋縄ではいかない作家だというのがわかります。

すでに刊行からかなり年月が経っており、オースターの研究も進んでいるので、書籍・WEB上でも精力的な評論が多数ありますので、内容紹介は最小限にして、末尾で新潮社からの内容紹介に留めておきます。

個人的にこの『ガラスの街』に限らず、何故オースターの小説に魅入られるのか。


・主人公が男性で何らかの理由で生きる希望がないのに生きている(妻や子供が存在しなくなる)

生きているのが嬉しいわけでもなかったが、少なくとも生きていることを憤ったりはしなかった。(P9 )
・予想もしない展開で物語は進んでいくが、教訓的ではない

 問題は物語それ自体であり、物語に何か意味があるかどうかは、物語の語るべきところではない。(P5)

・生きる希望がないにも関わらず熱中するモノがある(『ガラスの街』の場合はニセの探偵業)

探偵とは、すべてを見て すべてを聞き、事物や出来事がつくり出す混沌のなかを動き廻って、これらいっさいをひとつにまとめ意味を与える原理を探し出す存在にほかならない。(P14)

・書物に関するペタンディックな偏愛

いま書いているのは『ドン・キホーテ』論だということだった。「大好きな本です」とクインは言った。「ええ、私もです。あんな本はほかにありません」(P178)


・作中にいかにも存在しそうな架空の書物あるいは映画などが挿入される

1690年、『新バベル』と題して刊行された64ページの小冊子は、スティルマンによれ ば、新大陸をめぐってそれまでに書かれたいかなる記述よりも烈しい幻想力に貫かれていた。(P86)
・構成が入れ子構造に(メタ小説)なっていて単純に終わらない

 この時点を境に、物語は曖昧になっていく。情報は尽きたのであり、この最後のセンテンスのあとに続く出来事は永久に謎のままだろう。推測を加えることさえ愚かというも のだ。私は2月、吹雪がニューヨークを襲うほんの数時間前にアフリカ旅行から戻ってきた。(『ガラスの街』の真の作家)(P236)


特に本作『ガラスの街』では、このまま破綻したまま物語が終わるのだろうかと不安になったところで、真の作者の一人称語りが始まるので意表を突かれました。

本書の登場人物がたどった足跡を、いつかニューヨークでたどってみたいと思わせる都市小説でありました。


■新潮社による文庫紹介

「そもそものはじまりは間違い電話だった」。深夜の電話をきっかけに主人公は私立探偵になり、ニューヨークの街の迷路へ入りこんでゆく。探偵小説を思わせる構成と透明感あふれる音楽的な文章、そして意表をつく鮮やかな物語展開──。この作品で一躍脚光を浴びた現代アメリカ文学の旗手の記念すべき小説第一作。オースター翻訳の第一人者・柴田元幸氏による新訳、待望の文庫化!


■新潮社による著者紹介

ポール・オースター/著(Auster,Paul)

1947年、ニュージャージー州ニューアーク生まれ。若いうちから作家を志し、1970年代から詩、戯曲、評論の執筆、フランス文学の翻訳などに携わる。1985年から1986年にかけて刊行された「ニューヨーク三部作」で一躍脚光を浴び、以来、無類のストーリーテラーとして現代アメリカを代表する作家でありつづけている。フランス、ドイツ、日本などでは、本国アメリカ以上に評価の高い世界的人気作家である。ブルックリン在住。