2024年4月28日日曜日

[積読立読斜読] 『世界は経営でできている』(岩尾俊兵著、講談社現代新書、2024年)

 [積読立読斜読] 『世界は経営でできている』(岩尾俊兵著、講談社現代新書、2024年)



たまには新書も読まないと。朝日新聞の書評に出ていたのと、本屋さんの新書コーナーで目立っていたので購入してみました。

タイトルと東京大学140年の歴史上初の経営学博士という肩書にも興味ありました。



純粋な経営学術書ではなく、世の中の神羅万象、経営学の手法で解決する糸口の考察エッセイ。著者は学者にしてまったく売れない小説家という変り種で、

エッセイのタイトルは文学書から採られています。内容は一貫して著者の主張「本来の経営は「価値創造(=他者と自分を同時に幸せにすること)という究極の目的に向かい、中間目標と手段の本質・意義・有効性を問い直し、究極の目的の実現を妨げる対立を解消して、豊かな共同体を創り上げること」というものです。資源の取り合いではなく価値の創造というところは推薦文を寄せている斎藤幸平さんの考えと似ています。


ネットで「経営」の語源を調べてみました。英語のマネジメントは・manage(管理)+-ment(~すること)から成り、語源はラテン語のmaneggiare(マネジャーレ)=馬を馴らす、馬を調教する、からだそうです。

日本語の経営・経済は中国古典経由で、「経」とは織物の経糸(縦糸)を表し、それが変じて南北の方向(経度)、仏教や儒教における不変の教示を説いた書(経書、経典など)を表すようになった。物事を縦の方向から定義づけると言う色合いが濃いようです。「営」は周囲をとり巻いて守るための陣屋で、「兵営」「営舎」などという言葉に利用されるが、物事に幅を付けていくようなイメージを持つ言葉。「経済」とは古代中国の「経国済民」もしくは「経世済民」の略であり、国(=世)を治め、民を救済することを意味するそうです。マネジメントに関しては英語より漢字のほうがイメージが鮮明になります。

ピーター・ドラッカーが著書『マネジメント―課題・責任・実践(Management: Tasks, Responsibilities, Practices)』(1973年刊行)で定義しているマネジメントは、簡潔ですが漢字のイメージの拡がりにはかないません。

・マネジメント:組織に成果を上げさせるための道具、機能、機関

・マネージャー:組織の成果に責任を持つ者

著者の主張はドラッガー越えと思います。


経歴が興味深いです。裕福な家庭と才能に恵まれた東京大学出身の学者さんではありません。著者は1989年に佐賀県で生まれ、その経歴はかなり波乱に満ちたもので、「私自身これまで経営に何度も救われてきた」という言葉とともに、こう述懐されてます。「父の会社の倒産と借金、中卒自衛官として過ごした日々、日中に働きながら高卒認定試験(旧・大検)経由での受験勉強、学生起業……。空気を読めない私が自衛隊の集団生活をやり過ごしたのも、効率的な勉強も、母子家庭における学費・生活費の調達も、父の借金の整理も、本書の出版さえも、失敗しながらも価値創造を繰り返すことで可能となった(本書を読んだ後なら確実に上手くやれたはずだが)。」

著者はその後、2013年に慶應義塾大学商学部を卒業。2018年には、東京大学大学院経済学研究科マネジメント専攻博士課程を修了し、東京大学初の博士(経営学)を授与された。現在は慶應義塾大学商学部の准教授。著者の父親は東大卒で商社勤務でしたが家業の磁器製造業を継ぎました。著者の指導教授藤本隆宏(現・早稲田大学ビジネススクール教授、東京大学名誉教授)と岩尾の父は、東京大学では同じ土屋守章ゼミの同期であり。藤本隆宏の初めての研究活動は学部生時代に行った農村調査で、2番目は同じく学部生時代におこなった岩尾磁器工業の経営戦略と生産管理の実態調査だったという(Wikipediaより)いわく因縁つきです。

本書はアプローチは面白いものの深堀に欠け、次作に期待したいです。願わくば楠木健さんのような語り口が面白い経営学者になってほしいです。


<memo>

p33

貧困は社会問題だが(したがって政治の問題だが)、貧乏は個々人の問題として経営できる部分があることを知っておくべきだろう。


p59

それぞれの張り紙に配分される注意の量は変わらない。そのため「どうでもいい問題への注意が重要な問題への注意を締め出す」という、

注意のおける「グレシャムの法則(悪貨は良貨を駆逐する)というべき状況が生まれる。こうして大事故は繰り返されるわけだ。


p104

本当の仕事は(消費者だけではなく、取引先や上司、社内の別部署など広義の)顧客を生みだし

顧客を満足に/幸せにして、その対価として顧客が喜んで報酬を支払ってくれるようにすることだ。

それができなければ、やがて組織を維持するためにかかる費用を捻出する原資がなくなる。



<著者プロフィール>

著:岩尾 俊兵(イワオ シュンペイ)

慶應義塾大学商学部准教授。平成元年佐賀県有田町生まれ。東京大学博士(経営学)。第73回義塾賞、第36回組織学会高宮賞(論文部門)、第37回組織学会高宮賞(著書部門)、第22回日本生産管理学会学会賞(理論書部門)、第4回表現者賞等受賞。組織学会評議員、日本生産管理学会理事を歴任。著書に『日本企業はなぜ「強み」を捨てるのか』(光文社新書)、『13歳からの経営の教科書』(KADOKAWA)、『日本“式”経営の逆襲』(日本経済新聞出版)、『イノベーションを生む“改善”』(有斐閣)ほか。


<内容紹介>

なぜ組織の上層部ほど無能だらけになるのか?

張り紙が増えると事故も増える理由とは?

飲み残しを置き忘れる夫は経営が下手?


仕事から家庭、恋愛、勉強、老後、科学、歴史まで、

人生がうまくいかないのには理由があった!

一見経営と無関係なことに経営を見出すことで、世界の見方がガラリと変わる!

東大初の経営学博士が明かす「一生モノの思考法」


【本書の主張】

1 本当は誰もが人生を経営しているのにそれに気付く人は少ない。

2 誤った経営概念によって人生に不条理と不合理がもたらされ続けている。

3 誰もが本来の経営概念に立ち返らないと個人も社会も豊かになれない。


「結論を先取りすれば、本来の経営は『価値創造(=他者と自分を同時に幸せにすること)という究極の目的に向かい、中間目標と手段の本質・意義・有効性を問い直し、究極の目的の実現を妨げる対立を解消して、豊かな共同体を創り上げること』だ。

この経営概念の下では誰もが人生を経営する当事者となる。

幸せを求めない人間も、生まれてから死ぬまで一切他者と関わらない人間も存在しないからだ。他者から何かを奪って自分だけが幸せになることも、自分を疲弊させながら他者のために生きるのも、どちらも間違いである。『倫』理的な間違いではなく『論』理的な間違いだ」――「はじめに:日常は経営でできている」より


<目次>


はじめに:日常は経営でできている

1 貧乏は経営でできている

2 家庭は経営でできている

3 恋愛は経営でできている

4 勉強は経営でできている

5 虚栄は経営でできている

6 心労は経営でできている

7 就活は経営でできている

8 仕事は経営でできている

9 憤怒は経営でできている

10 健康は経営でできている

11 孤独は経営でできている

12 老後は経営でできている

13 芸術は経営でできている

14 科学は経営でできている

15 歴史は経営でできている

おわりに:人生は経営でできている

謝辞:本書は他力でできている

タイトルはパロディでできている