2020年3月28日土曜日

[積読立読斜読] 『しょぼい生活革命』(晶文社、2020年)第4章 教育、福祉制度を考える



スローリーディング中の『しょぼい生活革命』(晶文社、2020年)。

思想家の内田樹さんと、ユーチューバーの矢内東紀(やうち・はるき)=えらいてんちょう、さんの対談集で、司会がイスラーム法学者の中田考さん、という豪華な布陣。内容は「しょぼ」くないです。

本日は「第4章 教育、福祉制度を考える」を読みました。

下記は自分用のメモです。他の人が読んでも分かりません。すみません。


第4章 教育、福祉制度を考える

◆本当に新しいものは文化的あ―カーブから出てくる(内田)

米津玄師は過去の音楽の影響を受けていない
でも、新しくて、かつ広々とした共感を獲得できるものは、自分自身の属する言語共同体のアーカイブからしか出てこない(内田)

「僕たちは音楽を経年的に聴いてきた。50年代、60年代、70年代と、それぞれの時代のヒットソングが耳から入って来て、それが記憶の中に蓄積していった。だから、ある曲を聴くと、それを浴びるように聴いていた時のことがありありと思い出せる。でも、90年代半ばぐらいからあとの若い人たちは音楽をラジオやテレビからじゃなくて、YouTubeで聴くようになった。個人的な趣味で選曲するので、時代も、地域も、ジャンルも関係ない。(中略)それが同時的に入ってくる。そこから影響を受けて、自分の音楽を作ると、これまで見たことも聞いたこともないような音楽が出てくる。」(米津玄師への言及)

「系譜があって、伝統とか形式に縛られて、それと格闘しながら、新しいものを想像するというのがいいんじゃないかな。もちろん、まったく伝統とも流行とも関係なしに、個人的に好きな音楽をあちこちからコラージュしてきて新しい音楽を作っても、それはかまわないんだけれど、両方あってもいいと思うんですよね。」

古典の勉強は自国文化のアーカイブの入り口ですからね。そのアクセスポイントを見失ったら、文化の深層に手が届かない。


◆オンラインの学校には先輩・後輩がいない(矢内)

いまの小学校・中学校は破綻している(内田)
最低限の教育の代替、ドワンゴの学校「N高」など
オンラインの学校だけでは補完できない

オルタナティブの教育機関はこれからいろいろ出てくると思う(内田)
他人と共生・協働する能力は現場にいないと習得できない

合気道では危険を察知するのが一番重要なこと、子どもの頃「ハンカチ落し」のような遊びをしてセンサーを高めていく(内田)

学校は親の子供殺しを防ぐために作られた(内田)
イエズス会の学校


◆明るい雰囲気の子ども食堂には行きたくない(矢内)

こども食堂に来ることができない子供が本当は必要としている(矢内)


『子どもたちの階級闘争』では「アンダークラス」(「ワーキングクラス」の下)の話
親子三代生活保護

社会福祉は難しい(内田)
勤労習慣を持たない社会階層を生み出すリスクがある


◆社会福祉の恩恵で60年代の英国文化が花開いた(内田)

ワーキングクラスの子供たちが芸術活動を始めた
(ブレイディみかこの本より)
労働党のアトリー政府の福祉


◆福祉制度を設計する上で大事なのは屈辱感を与えないこと(内田)

「品位ある社会(decent society)」(マルガリート)
「品位ある社会とは、その制度が人々に屈辱感を与えない社会である」(内田)

「ディセントな家長」というものがいたとすれば、パターナリズムはそれほど悪い物じゃない(内田)


◆ひきこもりの人たちに過疎集落に移住してもらおう(内田)
昔の神社仏閣の堂守

明治維新(宗教の国家統制)からの150年間は日本における宗教が活力を失った
神仏分離令の前に戻る
修験路、梓巫女、虚無僧、勧進聖、狐下ろし、宗教的感受性を取り戻す必要がある
一九会(禊払いの会)に入っている(内田)

お金が欲しい、名声が欲しいというのは、もしかすると男性固有の「病」なんじゃないかと思うんです。現世の価値というのは、どれも幻想ですよね。でも、男たちはこの幻想にリアリティーを感じている。その点では女性の方がずっとたしかな身体実感や生活実感を持っている。

宗教に女性が多い、新興宗教は開祖が女性


◆ユーチューバーも有名になると政治的発言をしなくなる(矢内)


◆成熟するとはあらゆる年代の自分をあわせ持つこと(内田)

学校教育は戦後のある時点から「工業製品を作る」という産業形態に準じて、制度設計されるようになりました(内田)

学校教育に僕たちが当てはめるイメージというのは、その少し前の時代に支配的だった産業構造を惰性的に模写したものに過ぎないんです。

(今後の)自己教育の目標は一言でいえば、複雑化ということです。生物の進化というのは複雑化ということですから。

いまのこの社会の犯している最大の誤謬は「単純であることはいいことだ:という信憑です。(内田)