2020年5月2日土曜日

[積読立読斜読] 『徒然草 無常観を超えた魅力』(川平敏文著、中公新書、2020年)


亡くなった橋本治さんに「退屈ノート」と称した田中靖夫イラストの『絵本徒然草』があり、思想家の内田樹さんが池澤夏樹さん個人編集の「日本文学全集」で現代語訳に挑戦。

敬愛する二人の巨人が同じテキストを現代語訳にしたということは、『徒然草』自体が多彩な読み方ができる秀逸なテキストということの、いまさらながらの証明なのでしょう。

遅ればせながら、どちらかの現代語訳に挑戦しようと考えておりましたが、その前に予備知識を仕入れたくて、中公新著からの新刊の解説新書を購入してみました。

本日は「第4章 黙読だけではない楽しみ方」を読みました。

目次だけざっと見ると、類書との相違点は『徒然草』の成立過程や、兼好法師の履歴、などの詳細はなく、教科書にある「無常観の文学」という一面的な読み方を避け、多彩な読み方、有名でない章段の紹介を通して、深読みのできる魅力を探った著作のようです。


<内容紹介>
徒然草 無常観を超えた魅力
川平敏文 著

鎌倉時代末期、兼好法師が著した日本文学屈指の古典『徒然草』。自然の移ろいに美を見いだし、死や老いが主題の随想を含むため「無常観の文学」という理解が主流だ。しかし、ベストセラーだった江戸時代には多様な読み方がなされた。江戸幕府に仕えた儒者の林羅山は儒教に基づく注釈書を作り、近松門左衛門は浄瑠璃で兼好を色男として描いた。本書は『徒然草』の知られざる章段や先達の読みを通して奥深さと魅力に迫る。

中央公論社のサイトより


<著者プロフィール>

川平 敏文  (カワヒラトシフミ) 
1969年福岡県生まれ。九州大学大学院博士後期課程修了。九州大学博士(文学)。熊本県立大学文学部助教授、准教授を経て、2014年より現職。専攻は日本近世文学・思想史。著書 『兼好法師の虚像』(平凡社選書、2006年)、『徒然草の十七世紀』(岩波書店、2015年/やまなし文学賞、角川源義賞受賞)ほか

版元ドットコムのサイトより


第4章 黙読だけではない楽しみ方(読書メモ)

今日、大学ではFD(ファカルティ・ディベロップメント、Faculty Deveropment)という言葉が定着
教員集団の教える技術を向上させること

FDについては仏教の説教にも存在した
「はじめシンミリ、なかオカシク、おわりトウトク(尊く)」
平安時代には『転法輪秘伝』という説教技法のマニュアルがあった

近世に入り庶民の一部が文学を聴衆するようになった
『徒然草』は全国規模で読者がつき流行となった

P153
旧来の仏教思想を中心としながら、新しい儒教思想をかすめたようなその内容、伝統的な和文の系脈にありながら、論理性も兼ねそなえた達意の文章

『徒然草』は、思想と文学の両方を学ぶことができる書物として歓迎された

P155
元禄・享保期(1688~1736)の大坂周辺村落では、実践道徳を学ぶ書物として『徒然草』が盛んに読まれ、講釈も行われていた

P157
元禄・享保年間には2つの『徒然草』講釈指南書があった

内容
①『徒然草』全体を暗唱できるようでないと講釈の役に立たない
②聴衆の「機」見る(「機」とは仏教語で人がそれぞれ心のなかに持っている機根のこと)

『徒然草』にはさまざまな章段があるが、その選択・教授方法は、聞く人の年齢や性向に応じて変える必要がある

講義の途中で、その内容にちなむ和歌・俳句、漢詩の一節を、紹介する
「歌は講釈の花」

謡曲・平家語り・浄瑠璃などは節回しや「語り」の型がある
古典の朗読にもかつてはジャンル別の読み分ける

なぜ『徒然草』が講釈のテキストになったか
①説教的な要素がある
②使いやすい素材

P170
『徒然草』は、上は公家から下は庶民にいたるまでのさまざまな社会的身分、儒教・仏教・道教というさまざまな思想的立場、そういった幅広い聴衆に対応でき、内容も教訓性・実用性・文学性などバラエティに富んでいる

室町中期・近世後期の歌学界:「古今集三木三鳥の大事」という秘伝があった

P177
『徒然草』の秘伝
「布の帽額(もこう)」(第28段)、「しろうるり」(第60段)、「放免の附物(つけもの)」(第221段)

『徒然草』の秘伝は、歌学者、松永貞徳が『徒然草』の真意を伝えるための創作


<資料編>
徒然草 (つれづれぐさ)

鎌倉末期の随筆。吉田兼好著。上下2巻,244段からなる。1317年(文保1)から1331年(元弘1)の間に成立したか。その間,幾つかのまとまった段が少しずつ執筆され,それが編集されて現在見るような形態になったと考えられる。それらを通じて一貫した筋はなく,連歌的ともいうべき配列方法がとられている。形式は《枕草子》を模倣しているが,内容は,作者の見聞談,感想,実用知識,有職の心得など多彩であり,仏教の厭世思想を根底にもち,人生論的色彩を濃くしている。序段〈つれづれなるままに日暮し硯に向かひて,心に映り行くよしなしごとをそこはかとなく書き付くれば,あやしうこそ物狂ほしけれ〉は,書名の拠る所で,作者の執筆時の状況が示されている。作品の特色をいえば,まず文章表現が卓抜な点で,話題によって漢文訓読体と和文体とを使い分け,厳粛な場面,滑稽な場面等々に応じて,柔軟に語り口を変えている。しかも簡潔を旨とし,冗長に流れることがない。第2に,人間への独自な親近感,信頼感がある。美意識では都人の側に立つが,粗野な田舎人がすべて悪いとはきめつけない。しかも他人の言を多く引き,それに共感することでさりげなく自己主張に代えている。第3に,利己的ともいえるほど人それぞれの生き方の自由を認めている。そしてそこで説かれている生活の知恵は,きわめて現実的である。この随筆は貴族男子の読物として書かれたらしいが,戦乱の時期を通じて歌人,知識人たちにも愛読された。江戸時代には町人の知恵のよりどころとなり,多くの版本が刊行された。〈つれづれ〉の名を付した作品に,井原西鶴の《西鶴俗つれづれ》などがある。        桑原 博史

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