毎年使っている手帳に気に入った詩を「書き写し」してます。
中原中也の詩は解説にもあるように声に出して読みやすい七五調です。岩波文庫版のアンソロジーでは他の中也の著名な詩は採られておらず「湖上」のみの所収でした。
湖上
中原中也
ポッカリ月が出ましたら、
舟を浮べて出掛けませう。
波はヒタヒタ打つでせう、
風も少しはあるでせう。
沖に出たらば暗いでせう、
櫂(かい)から滴垂(したた)る水の音は
昵懇(ちか)しいものに聞こえませう、
――あなたの言葉の杜切(とぎ)れ間を。
月は聴き耳立てるでせう、
すこしは降りても来るでせう、
われら接唇(くちづけ)する時に
月は頭上にあるでせう。
あなたはなほも、語るでせう、
よしないことや拗言(すねごと)や、
洩らさず私は聴くでせう、
――けれど漕ぐ手はやめないで。
ポッカリ月が出ましたら、
舟を浮べて出掛けませう、
波はヒタヒタ打つでせう、
風も少しはあるでせう。
1907(明治40)年―1937(昭和12)年
山口県生まれ
「湖上」は『在りし日の歌』(昭和13年)所収
よしないこと=由無し事。たわいもないこと。
拗言(すねごと)=すねて言うことば。
※中原中也はその人となりも含めて、さまざまに論じられていますが、彼が七五調を使う名人だったということも見落とせません。ともすれば古くさい、決まりきった調子に聞こえてしまう七五が、中也の場合はいまもって新鮮に響きます。内容次第で七五調は現代にもよみがえり得ると思いますが、中也のように七五をみずからの詩の必然にすることのできる詩人が、はたしているでしょうか。七五のもつ歌謡性は、形式や技術である以前に、ひとつの魂のありかただと思うからです。(解説より)
『声でたのしむ 美しい日本の詩』(大岡信・谷川俊太郎編集、岩波文庫、2020年)より

