2014年9月25日木曜日

[積読立読斜読] 『定本 育児の百科』(全三冊、松田道雄著、岩波文庫、2007年)



私ごとですが、8月下旬に長女に男子が出産し、当方夫婦にとっての初孫となりました。
現在当方宅へ帰省育児休暇中です。

孫の育児に関して、祖父の出る幕は写真係程度でしょうが、側にいる時間も多く、自分の子供の子育てにはほとんど参加できなかったので、悔悛して育児書を読みつつ、
子育てのせめて伴走ができればと思いました。

長女が読んでいる育児書でもまったく問題はありませんが、ここは以前から気になっていた岩波文庫版の『定本 育児の百科』をひもといてみることに。

名著の誉れ高いとはいえ、いわゆる実用書である育児書が、何故「いやしくも万人の必読すべき真に古典的価値ある書」(岩波文庫巻末の「読書子に寄す」より)であるべき岩波文庫に入っているのかという興味からでした。
なにぶんにも全三冊の分量なので、孫の成長に合わせ、現在まだ上巻の372ページ「1ヵ月から2ヵ月まで」の章を読書中です。念のため。

オリジナルは1967年に初版刊行、著者松田道雄さんの没後99年に『定本 育児の百科』が刊行されるまで育児書の定番中の定番でありつづけてきた本書ですが、
さすがに近年の医学的な進歩からは記述の内容が古くなり、文庫版からは「子どもの病気」が割愛されています。

最新の育児書と読み比べたわけではないので、本書の内容が正確なのかどうかはわかりませんが、直接育児の医学的な注意点とは別の、育児に対する思想面で感動的な記述が多いのが特徴です。


育児に自信がないから子どもを作らないというのはまちがっている。子どもを産まないうちから育児に自信のある人間などいない。水に入ったことがなくて水泳に自信のある人間がいないのと同じだ。・・・・・

自分が人間ができていないから赤ちゃんを育てる資格がないと思うのにも賛成できない。人間は完成するものでもないし、完成に近づいたにしてもそのころは子どもを育てられない。だが親になるということは、人間を完成に近づける機会であることはまちがいない。

一方子どもの側からすれば、あまり自信のある親は、よい親ではない。子どもといっしょに人生を探求しいっしょに育ってくれる親がいい。

ことに赤ちゃんのどこかに障害がある場合、みんないっしょにたたかおうと父親が決心することが唯一の救いである。父親はそれによって人間としての硬度をきたえることになろう。おれの家にはそんな遺伝はなかった、などというのは、最低である。

赤ちゃんの体重は、赤ちゃんの食欲のメーターである。よくのむ子は重いし、それほど飲まない子は重くない。(途中略)いつもきげんがよいのに、あまり乳をのまないのは、ガブのみすることを好まないたちなのだ。おとなに大食と小食とがあることを、あやしまないのに、なぜ赤ちゃんの小食だけをとがめるのだろうか。(途中略)人間のねうちを体重できめるのは、はなはだ失礼なやり方である。


時に松田道雄さんの記述は高圧・断定的な感じがしますが、実際に乳幼児の保育にたずさわる保護者や保育士たちとの対話を重ね、海外からの一時的な流行の育児論に惑わされず、日本の風習や民俗としての子育ての良い面を取り入れ、かつ最新の学術的成果を求めて日々数十冊の国内外の小児科誌・医学誌を漁書し、98年に著者が89歳で亡くなるまで改訂を続けて良書の完成を目指した、街場の小児科医の矜持からであると解釈できます。

戦前の抑圧されたイエから解放された戦後の女性は、多くが核家族であり、祖母からのアドバイスを受けられない新しい母親も多く存在したと思います。本書は戦後の労働基準法による子供を持った女性への配慮を高く評価し、精いっぱいの応援を送っています。日本における育児は、本書とともに戦後民主主義の一つの到達点であったとしても大げさではありません。

戦前の「産めよ増やせよ」、その平成版である「少子化対策」はいずれもしょせんは国家主義による人口増計画で、時代が逆戻りしているのではないかと危惧しておりますが、本書の立場は、生まれてくる赤ちゃんのが人生を謳歌できるように、また子育てを通じて、両親が人間的に成長できるようにとの立場を貫いています。

その点が単なる実用書を超えて、長く古典として子育てに関わらない人間も含めての必読書である人間哲学書であるが故に、岩波文庫入りの英断であろうと想像します。