2014年9月2日火曜日

[その他] 小噺 「耳にバナナが詰まっている男」



先日、小噺「摩天楼のサンドイッチ」をご紹介しました。

小噺ついでに敬愛する故・伊丹十三さんの『ヨーロッパ退屈日記』から。

「耳にバナナが詰まっている男」の小噺。

経営破綻した英会話のジオスのTVCM(1993年)でバナナを詰めた男に中村雅俊が注意するのがありました。設定がエレベーター内だったので面白さ半減ではありましたが。

エレベーターの中で、耳にバナナが刺さっているMr.Brownに対して、
"Mr.Brown? Bananas are sticking out of your ears."と注意します。

この場合は両耳にバナナが詰まっていたので、複数形になってます。

もしもあなたがエレベータの中で両耳にバナナを詰めているアメリカ人または英国人に出会ったら、上記のように注意してあげてください。

本家本元の「「耳にバナナが詰まっている男」の小噺です。(大変長くで恐縮です)。



■ハリーの話

 ハリーは昔ランバートのバレエ団で踊っていたのですが、今はバレエ衣装のデザインをやっています。そのハリーが、今日つぎのような話をしてくれました。
 
 ある紳士がエクセターに行く汽車に乗った時のことだ。コンパートメントに入って席につこうとした時、彼は向か側の男の顔に目をやって、そこに異様なものを発見した。
 
 その男は、ポーラー・ハット(山高帽)に黒いオーヴァー、銀色っぽいスカーフを首に巻いて、細身の蝙蝠を持っていた。いわば典型的な中年のイングリッシュ・ジェントルマンである。
 
 ところがその紳士は左の耳にバナナを詰めていたのだ。
 
 誰しもやるように、バナナを食べようとする時は、皮を半分くらいまでむいて、後は手で持つために残しておく、そういう工合にむいたバナナの身のほうを、その紳士は耳に差していたのである。
 
 しかもその紳士は進行方向に向かって窓ぎわに坐っていたから、開け放った窓から入ってくる風が、半分むいたバナナの皮を―バナナを差した耳は窓から遠い側だったが―絶え間なくはためかせていた。
 
 これはしたり!と思わず叫びそうになったのをあやうくこらえて、後からきた男はともかく腰をおろして機械的に新聞を拡げた。
 
 ついでながら、英国紳士たるものは、コンパートメントで向かいあった人間の顔を決して見ないことになっている。彼等が汽車に乗る際、必ず新聞を持つのはこのような理由によるものだ。
 
 さて、彼はタイムズを眼の高さに捧げて読み始めた。第一面は三行広告欄。自動車売りたしロールス・ロイス・シルヴァ・クラウド・コンヴァティブル、8510ポンド、―どうしたもんだろう、やっぱり忠告してやryべきだろうか―サルーンなら6367ポンド―しかし一体どう切り出したもんだろう。まさかバナナが耳に詰まってますよともいいにくいし―サルーンには、シェル・グレイ、バーガンディ、ミッドナイト・ブルー、セージとスモーク・グレイの各色あり。―しかしこれは何か深いわけがあるのかも知れんぞ―ハウス・キーパーを求む、癌研究所のために醵金を―そうだ、何かこれは不具を隠しているんじゃないかな、でなきゃ何か病気の治療法ということも考えられる。新型補聴器?まさか―アフリカの大学で英文学の教授を募集。あなたの居間に美しいハワイの蘭を!
 
 こんな工合にして、時間はのろのろと過ぎ去り、彼はついに新聞を隅から隅まで読んでしまった。政治面、経済面、海外ニュース、死亡広告、劇評、スポーツ欄、梢まで登って進退きわまった猫を救けるため、70フィートの林檎の樹を伐り倒したプライス・ハロウェイ氏65歳。しかし、樹が倒れそうになって軋み始めると猫は驚いて降りてきた。あるいはまた広告代理業の公告、「あなたは今朝コーヒーを飲みませんでしたか?コーヒーでなければ紅茶、あるいはそれがあなたの習慣であれば一杯のスコッチだったかも知れません。そうです、8月も他の月と同じようなものです。広告だって同じこと、古い人は、8月に広告するのは愚かなことだといいます。だがしかし、あなたは今この瞬間何を読んでいるのですか?」
 
 彼は溜息をついて新聞をただんだ。最早逃れるすべはない。エクセターまでは、まだ2時間もある。彼はついに勇気を振りしぼって相手の眼を捕えた。
 
 「まことに失礼ですが―」
 
 ところが彼の声は少しばかり低すぎたようだ。しかも、相手の紳士は左耳にはバナナを詰めているし、右耳は窓側だから風の音とレールの音でほとんど聞こえない。
 
 「何とおっしゃいました?」
 
 「まことに失礼ですが―」
 
 彼は大声でどなった。
 
 「耳にバナナが詰まっているのをご存じですか?」
 
 「何ですって?もう一度おっしゃってください」
 
 「あなたの耳にですね、バナナが詰まってますよ!」
 
 「何ですか?何とおっしゃいました?」
 
 「ミーミーニーバーナーナーガーツーマーツーテーマースーヨー」
 
 「すみませんが全然聞こえないのです。何しろ耳にバナナを詰めているものですから」
 
 以上がハリーの話です。本当はもっともっと長くて、ハリーが話し終わるのに40分もかかりました。
 
 こういうのをアンチ・クライマックスというんだよ、そういってハリーは初めてニッコリ笑ったのです。
  
 
『ヨーロッパ退屈日記』(伊丹十三著、新潮文庫、2012年)より

オリジナルは昭和40年文藝春秋社より単行本、昭和51年文春文庫。


<追加情報>

YouTubeで昔の広告、セサミストリートに同様の小噺がありました。

2020年6月14日日曜日
[その他] 耳にバナナが詰まっている男、再び