原題は"Where the Crawdads Sing"。
2021年の本屋大賞「翻訳小説部門」第1位、「紀伊國屋書店スタッフが全力でおすすめするベスト30」の副題がつく「キノベス!2021」で第2位、書店でも平積みでしたので題名が意味不明でしたが昨年暮れに購入し、本日一気に読了(巻を置く能わず)。
<著者プロフィール>
ジョージア州出身の動物学者、小説家。ジョージア大学で動物学の学士号を、カリフォルニア大学デイヴィス校で動物行動学の博士号を取得。ボツワナのカラハリ砂漠でフィールドワークを行ない、その経験を記したノンフィクション『カラハリ──アフリカ最後の野生に暮らす』(マーク・オーエンズとの共著、1984年)(邦訳は1988年、早川書房刊)が世界的ベストセラーとなる。同書は優れたネイチャーライティングに贈られるジョン・バロウズ賞を受賞している。他にも,動物にまつわるノンフィクションであるThe Eye of the Elephant、Secrets of the Savanna(ともに共著)を発表。また、研究論文は《ネイチャー》誌など多くの学術雑誌に掲載されている。現在はアイダホ州に住み、グリズリーやオオカミ、湿地の保全活動を行っている。69歳で執筆した本作が初めての小説である。
amazonより
著者プロフィールにあるように本職は動物学者で、69歳で初めて執筆した小説が本書。ノース・キャロライナ州のディズマル湿地を舞台に、幼い頃に一家離散して一人で生きて来た「湿地の少女」カイアを主人公とした圧倒的な自然を背景とした成長物語。カイアを巡る二人の男性(読み書きを教える少年テイト、男女関係にあったアメフトのトップスター・チェイス)の人物描写が脆弱なので唯一の欠点ですが、小説の構成が秀逸。1969年におきたチェイスの不審死を描く章と(カイアが犯人と疑われる)、1952年から始まるカイアの成長を描く賞がが交互に展開し、ミステリーとも読める不思議な小説です。
タイトルも不思議。「ザリガニ」が果たして鳴くのか。
p154
「社会福祉課の人が私を捜しているって聞いたの。見つかったらきっと魚みたいに捕まえられて、里親の家かどこかに放り込まれちゃうわ」
「そういうことなら、ザリガニの鳴くところにでも隠れたほうがいいな。君を引き取ることになる里親が気の毒だ」テイトはにんまり笑った。「どういう意味なの?”ザリガニの鳴くところ”って。母さんもよく言っていたけど」カイアは、母さんがいつもこう口にして湿地を探検するよう勧めていたことを思い出した。
”できるだけ遠くまで行ってごらんなさい―ずっと向こうの、ザリガニの鳴くところまで”「そんなに難しい意味はないよ。茂みの奥深く、生き物たちが自然のままの姿で生きている場所ってことさ。」
アメリカ南部の自然や風土、環境問題を小説の背景にふんだんに盛り込んだ本書の核心となる台詞です。
カイアは第二次世界大戦でPTSD(post traumatic stress disorder;心的外傷後ストレス障害)となった父親と駆け落ちした母親の間に生まれた「貧乏白人」(ホワイト・トラッシュ)なのですが、この「経済的に貧しい白人」と南部の黒人差別は根は一緒であり(白人の貧乏白人への迫害のほうが酷いです)、現代アメリカの分断への警鐘ととも取れます。
本書では著者の専門の動物行動学に基ずくけっこうグロテスクな描写が続きます。子を捨ててしまう狐、交尾相手を貪り食うカマキリ、傷を負った仲間を襲う七面鳥などなど。
「その本能はいまだに私たちの遺伝子に組み込まれていて、状況次第では表に出てくるはずよ。私たちもかつての人類と同じ顔があって、いつでもその顔になれる。はるかむかし、生き残るために必要だった行動をいまでもとれるのよ」ここには善悪の判断など無用だということを、カイアは知っていた。そこに悪意はなく、あるのはただ行動する命だけなのだ。
こちらの記述が本書のもう一つの側面のミステリーに繋がっていきますが、ネタバレになるので控えます。
圧倒的な「美と醜、優しさと残酷さを併せ持つ野生」の前には、人間間の争いなど些細な事だというメッセージかも知れません。
大推薦。
[memo]
日本語では「ザリガニ」ですが、英語では"crawdad""crawfish"など複数の呼び名があるようで、南部では"crawfish"が多いそうです。