2014年10月19日日曜日

<日々是不穏 like a rolling stone> 日本人としての快挙なのだろうか? ノーベル賞とテニス全米オープン準優勝




10月7日、ノーベル物理学賞に決まった青色発光ダイオードLEDの発明者、中村修二米カリフォルニア大学サンタバーバラ校教授の新聞報道では、ちょっと違和感を感じました。

中村教授はすでにアメリカ国籍を取得しており、日本人ではありませんし、発明対価をめぐって所属会社相手訴訟を起こし、判決に不服として日本を飛び出した人です。当時の報道は中村教授に対して好意的ではなかったはずです。

同じように、ちょっと古い話題ですが2014年9月8日(アメリカ時間)に行われた、テニスの
全米オープンで準優勝した錦織圭選手に対する、日本のメディアの加熱に違和感を感じたと、元フジテレビアナの長谷川豊氏がニフティ―の有料メルマガで発信されてます。

長谷川氏は錦織選手が学んだアメリカのIMGアカデミー(長谷川氏自身が取材経験があるそうです)の影響と、錦織選手自身の努力が今回の快挙の原動力だとして、ことさら「日本人」を強調する報道はおかしいと述べています。

錦織選手は13歳で渡米し、人生の半分近くをアメリカで過ごし、自分を日本人だとはあまり意識していないかもしれません。島根県と松江市が勘違いして申し出た「栄誉賞」も辞退してます。

ノーベル賞の中村修二教授とテニスの錦織圭選手の快挙は、ことさら日本人のナショナリズムを強調する必要はなく、世界で活躍する日本人の「個人」の能力を賞賛すべきではないかと思いました。同時に突出した才能を開花させることができなかった日本の制度に対しては見直しをけかるべきかと思います。