2014年10月31日金曜日

[積読立読斜読] 『原色スポーツ図鑑』(浅井愼平著、1985年、文春文庫)



円谷幸吉の遺書について書きました。


円谷幸吉について書かれた者の中で、写真家の浅井愼平さんの短いエッセイが印象に残っています。手放していた文庫本を再度入手したので、全文を引用します。


円谷幸吉のシューズ
Tokyo Olympics : 1964
このシューズをはいて円谷幸吉は東京オリンピックのマラソンに出場。
陸上競技でただひとり、日の丸をあげた。
そして4年後に自殺。シューズは主人を失ってしまった。

円谷幸吉について書くことになって、僕は絶句した。
書く気が起きてこない。つらくて、書けないのだ。
かつて野坂昭如は近代日本の遺書の代表は、円谷幸吉の絶唱であろう。それに三島由紀夫の辞世を加えてもいいかもしれぬ。前者の実と、後者の虚と、いずれも真情があふれている。それは一足ごとに消えていく、あだし野のにおく霜のつめたさを、生き残ったわれらに伝えてくれる、と書いた。
僕もそう思う。それは近代日本そのものの遺書ではないか。
円谷にとってマラソンはスポーツではなかった。円谷は自分のために走っていたのではなかった。これは僕たちにとってシンボリックな事実だ。彼の背後には日章旗が翻っていたのだ。いや実際には空気は澱んで旗は動かないのだったが、円谷には日章旗のはためく音が聞こえていた。あるいは君が代の合唱、群衆のどよめき、家族の顔々、同僚の注目、上司のまなざし、円谷への期待がさまざまなオブジェ、音、気配となって彼におおいかぶさっていた。
他者のために栄光を目指す者を、それゆえに襲う絶望。これはまさに近代日本の精神史そのものではないだろうか。
円谷幸吉は己をまっとうせず自殺した。自分を生きることができなかった。死ぬことで自分を解放したのだ。
円谷は遺書のなかでこう書いている。

裕ちゃん、キーちゃん、正嗣君、
立派な人になってください。
父上様母上様 幸吉はもうすっかり
疲れ切ってしまって走れません
何卒、お許し下さい。

僕たちが円谷幸吉の呪文から解き放たれる日が来るのだろうか。
引退の日に我々、人類にとって必要なのはLOVEだと観客と共に叫んだペレを、僕たちの国は持つことができるだろうか。それともやはり、巨人軍は不滅です、と引退の日に語る選手の出現を待つのだろうか。


1964年の東京オリンピックのマラソンでは、アベベ、ヒートリーに次いで第3位。
ゴールインすると、円谷はすぐにシューズを脱ぎすてて、精も根も尽きはてたようにその場に倒れこんでいった。


『原色スポーツ図鑑』(浅井愼平著、1985年、文春文庫)
※雑誌『Sports Graphic Number』に連載されたもの。