2014年10月2日木曜日

[積読立読斜読] 『ムーン・パレス』(ポール・オースター)



たまたま読んだポール・オースターの作品が面白くて、継続的に読んでます。

今回は『ムーン・パレス』(柴田元幸訳、1994年、新潮文庫)。原題は"Moon Palace"で1989年の作品。日本版は1994年柴田元幸訳で新潮社から発売。

オースターの作品にしては珍しく、作者の分身と思える主人公の語りで、ほぼ時系列的に進行し、破綻がありません。小説タイトルとなった「ムーン・パレス」は作者=主人公が通ったコロンビア大学近くに実在したチャイニーズ・レストランの名前だそうです。大学出身者によればそのレストランは、institution(施設、公共機関の建物)だったそうです。日本の昔の学食のイメージでしょうか。

アポロ11号が月面に着陸した1969年に物語は始まり、1972年主人公がアリゾナ州パウエル湖からカリフォルニア州のラグーナ・ビーチに徒歩で到達するところで終わっています。

P7
それは人類がはじめて月を歩いた夏だった。その頃僕はまだひどく若かったが、未来というものが自分にあるとは思えなかった。僕は危険な生き方をしてみたかった。
P526
沿岸の曲線を見下ろすと、家々の明かりが一つまた一つと灯るのが見えた。やがて、丘の向こうから月が上がった。満月の、焼け石のように丸く黄色い月だった。夜空に登っていく月に僕はじっと視線を注ぎ、それが闇のなかにみずからの場を見出すまで目を離さなかった。

とまあ、これもオースターの作品にしては珍しく明るい希望の持てそうな結末部分です。


前半部分の主人公の大学生活が少し散漫で読み進めるのに時間がかかりましたが、世話係として働くことになった86歳の老人トマス・エフィングが登場してからがぜん面白くなり、その息子ソロモン・バーバーが登場するに及んで、巻を置く能わずの展開で、さすがに稀代のストーリーテラーの面目躍如となりました。

この二人は主人公のフォッグと非常に濃い関係があることがわかるのですが、詳細はネタバレになるので本文で。

またこの二人の生涯は20世紀アメリカの近代史をなぞるようで、作品の通奏低音となっている「月」がそれを静かに見守る合わせ鏡だろうかと思います。

文庫本で500ページを超えるオースターにしては長い作品ですが後半部分は飽きさせませんでした。例によってペタンディックな文学の挿話あり、作中にメタ小説の挿入ありで、いつもながらのオースター節であります。

作中で主人公が引き当てたフォーチュン・クッキーの占いには「太陽は過去であり、地球は現在であり、月は未来である」とありました。

訳者の柴田元幸さんによると、レストランのムーン・パレスは残念ながら閉店してしまったそうです。その代わりこの作品をこよなく愛する日本人が同名のドミトリーをタイムズスクエア近くで運営されています。1泊30ドル以下の料金だそうで、主人公フォッグの清貧生活を追体験できるかもしれません。