2023年4月29日土曜日

[積読立読斜読] 『漱石俳句集』(坪内稔典編) 6





その夜もまた朧なりけり須磨の巻



 61 唐黍を干すや谷間の一軒家


62 いたづらに菊咲きつらん故郷は


63 名月や故郷遠き影法師


ある人に俳号を聞かれて

64 去ん候これは名もなき菊作り


65 炭売の後をここまで参りけり


66 三十六峰我も我もと時雨けり


67 菊の香や故郷遠き国ながら


68 土筆(つくしんぼ)人なき舟の流れけり


69 白魚や美しき子の触れて見る


70 朝桜誰ぞ絽鞘の落しざし


71 その夜もまた朧なりけり須磨の巻


72 卯の花や盆に奉捨(ほうしゃ)をのせて出る





然候(読み)さんぞうろう

精選版 日本国語大辞典 「然候」の意味・読み・例文・類語

さん‐ぞうろう ‥ざうら・ふ【然候】


〘連語〙 (「さにあり」の丁寧表現「さにさうらふ」の変化した語)

① 応答の語。そうです。さようでございます。はい。

※平治(1220頃か)中「『あれにひかへたるは頼政か』『さん候』」

② 相手のことばや問いかけに答える時の発語。そのことでございます。

※曾我物語(南北朝頃)六「義盛、ゑみをふくみ『十郎殿のましましけるや。〈略〉これへこれへ』と、請じける。十郎、笏とりなをし、『さん候。もっとも御目にかかり候べきを〈略〉』」



精選版 日本国語大辞典 「三十六峰」の意味・読み・例文・類語

さんじゅうろっ‐ぽう サンジフロク‥【三十六峰】


[1] 〘名〙 連山で、三六の峰があるもの。転じて、多くの峰をもった山。古く中国の嵩山のことをいった。

※本朝続文粋(1142‐55頃)五・後二条関白辞内大臣第三表〈大江匡房〉「譬猶下策二菓下之蹄一、追以二万八千里之風塵一矣、望二華表頂一、跨中於三十六峯之雲霧上焉」

[2] (文人たちが(一)にならって京都に移入したもの) 京都盆地の東縁に南北に連なる東山丘陵の称。北は如意ケ岳から、南は稲荷山まで。東山三十六峰。

※本朝無題詩(1162‐64頃)八・長楽寺眺望〈大江佐国〉「一千余里東西路、三十六峯錦繍林」



朝桜(あさざくら)……朝の花見。

絽鞘(ろざや)……絽を巻いた刀の鞘。

絽(ろ)……織り目の透いた薄い絹織物。夏の単衣に用いる。

落としざし……刃の先端を下方に下げて差すだらしのない(よく言えばくつろいだ)刀の差し方。



夏目漱石の松山時代の句に「卯の花や盆に奉捨(ほうしゃ)をのせて出る」がある。その年上京した俳句の先生、正岡子規に送って批評を請うた。


「奉捨」は一般には「報謝」。仏への感謝から転じて、巡礼や寺社詣での人へのお布施を言う。当時、四国にいた漱石は、お遍路さんへの報謝を子どもが盆に載せて出す、そんな初夏の光景を詠んだのかもしれない。



精選版 日本国語大辞典 「須磨源氏」の意味・読み・例文・類語

すまげんじ【須磨源氏】


[1] 謡曲。五番目物。観世・宝生・金剛・喜多流。世阿彌作。古名「光源氏」。日向国宮崎神宮の神主藤原興範(おきのり)が伊勢参宮の途中須磨の浦に立ち寄ると、光源氏の霊が年老いた木こりの姿で現われ、その生涯を語って消える。その夜、興範の夢の中に光源氏として現われて早舞を舞う。「源氏物語」による。

[2] 〘名〙 (源氏物語が長編であるため、須磨の巻あたりでやめてしまう人が多いところから) 源氏物語を読むのを途中まででやめてしまう人をあざけっていう語。

※合巻・偐紫田舎源氏(1829‐42)九「ふるき常言(ことわざ)の三月庭訓(ていきん)須磨源氏、明石の巻までたち消えのせぬやうに」

出典 精選版 日本国語大辞典精選版 日本国語大辞典について 情報