2020年12月27日日曜日

[積読立読斜読] 『この世界の片隅に(上)』(こうの史代著、双葉社、2008年)冬の記憶(昭和9年1月)

 映画化もされていまさらの感じがありますが、広島市周辺の近代史に興味があり、

超スローリーディングで原作漫画を。

映画もそうですが偏執的なまでの時代考証なので

こちらも腰を据えて鑑賞してみたいです。




本日は本編のエピローグとなる「冬の記憶(昭和9年1月)」。


[あらすじ]

時代背景や家族構成、地名などは徐々に明らかになります。主人公すずさんの生家は広島市の江波にあり、家業はのりの養殖と加工です。兄弟は兄と妹の3人兄弟。病欠の兄の代わりに中島本町の料亭(?)「ふたば」までのりのお届けの顛末。この章は多分に幻想的で途中人更にあい、大きな籠の中で将来の伴侶・周作さんと相生橋付近で出会うところまで。


(1)のりの養殖
すずさんの家業はのりの養殖と加工販売のようです。

広島海苔(読み)ひろしまのり

日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

干潟に富んだ広島湾の有機質を多く含んだ川水の流入する潮口でひび(?)養殖された海苔。口碑では万治(まんじ)年間(1658~1661)に安芸(あき)国安芸郡仁保(にほ)島(広島市南区)の長三郎、御茶屋半三郎らによって生海苔が加工され、えびら海苔を製し始めたという。1717年(享保2)安芸郡で他国販売した海苔23万枚(代銀五貫720目)とあり、生産増加している。1811年(文化8)仁保島淵崎(ふちざき)芦屋(あしや)忠四郎は、江戸浅草海苔の製法を学んで帰国し、抄製(しょうせい)法(漉(すき)海苔)を広めた。ノリ養殖は、仁保島・江波(えば)・草津の沖に粗朶(そだ)ひび、のちに女竹(めだけ)を垂直に立てた垂直ひび養殖が行われ、生産量が増大した。1925年(大正14)ころから割竹や竹枝を使った簾(すだれ)ひびや、椰子(やし)縄の綱ひびを用いる支柱式水平ひび養殖が始まり、画期的な発展を遂げる。1960年代に入ると、人工採苗技術の開発、漁場拡大などにより海苔経営者2000戸、年間生産量数千万枚に達した。

[土井作治]

『『広島県史 近世1』(1981・広島県)』▽『『新修広島市史 第三巻』(1959・広島市)

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(2)帆掛け船


トラック輸送がなかったので海運が発達していたようです。漫画原作では砂利を運ぶ帆掛け舟にすずさんは江波から中島本町まで乗せてもらい「雁木」という階段状になった船着き場で下ろしてもらいます。


(2)雁木



広島湾は有明についで干満差の激しい地区で(4m)雁木は形状が必要とされたのでしょう。

(3)飛行船

おそらく軍用の気球でしょう。漫画の遠景で出てきます。前年の昭和8年にドイツでヒトラーが首相に就任。日本は国際連盟を脱退し中国への進出を進めていきやがて太平洋戦争に至ります。


(4)森永ミルクキャラメル
すずさんが兄と妹にお土産で買う森永ミルクキャラメルは5銭。このお菓子の歴史は相当長いものがあります。



(5)当時の広島市地図



太田川放水路がなく、江波沖の埋め立てもまだないので、遠浅の干潟を利用してのりの養殖が盛んだったようです。

(6)年表
『年表 昭和・平成史 新版』(岩波書店)