どうも一貫したテーマのない、つまみ食いのような読書傾向でありますので、来年は1年間、谷崎潤一郎を丁寧に読もうと計画していた矢先、練達の評論家、川本三郎さんの谷崎関連本がタイミングよく出版されました。
文学作品を題材に、昭和の市井の人々の暮らしのディテイルを探訪するという著者の長年のテーマは、過去に『荷風と東京』、『林芙美子の昭和』、『向田邦子と昭和の東京』、『白秋忘景』があり、映画の中の昭和をテーマに『映画の昭和雑貨店』(全5冊)というシリーズがあります。
作家としてのキャリアが長く、作品数も多いせいもあって、谷崎潤一郎の作品や生涯の研究所は汗牛充棟、選ぶのに苦労が必要ですが、なぜか『細雪』だけを詳細に論じた評論の決定版が見当たらず、作品理解に待望の本と言えます。
本書は文学評論ではなくて、作品中の事柄に細かく注をつけていく体裁になっています。『細雪』は没落した大坂・船場の旧家の美しい蒔岡四姉妹の阪神間ブルジョア家庭の生活を淡々と描いた風俗小説で、作品が描いた時期は、昭和11年11月から昭和16年4月まで、通底に日中戦争から太平洋戦争に至る暗い時代状況ですが、政治家も軍人も登場せず、没落しつつあるとは言え桃源郷のような浮世離れした作品です。「時局に沿わない」として発禁処分とされたのは、壊滅的な日本の敗戦を見越して失われる生活を描くいわば「反戦小説」としての『細雪』にとっては非常な名誉と言えるかもしれません。
内容は目次通りで、小説中のバイプレーヤーにも目配りし(女中のお春どんに一節を割いています)、谷崎の作品を紹介していく中で、膨大な同時代の文学作品の関連部分の紹介もあり、著者の「昭和愛」が伝わってきます。
『細雪』はなんどか通読しましたが、次回の何度目かの『細雪』読書では、文庫本の注釈を超えて、本書が作品理解をより深めてくれる良書になりそうです。
<著者プロフィール>
1944年東京生まれ。文学、映画、漫画、東京、旅などを中心とした評論やエッセイなど幅広い執筆活動で知られる。著書に『大正幻影』(サントリー学芸賞)、『荷風と東京』(読売文学賞)、『林芙美子の昭和』(毎日出版文化賞・桑原武夫学芸賞)、『白秋望遠』(伊藤整文学賞)、『マイ・バック・ページ』『いまも、君を想う』『成瀬巳喜男 映画の面影』『老いの荷風』など多数。訳書にカポーティ『夜の樹』などがある。
(新潮社のサイトより)
<目次>
一 女が育てた阪神間文化
二 船場という共同体
三 モダン都市大阪の活気のなかで
四 阪神間の文化と神戸
五 モダン都市神戸と谷崎の夢
六 神戸で映画を楽しむ蒔岡姉妹
七 モダンガール四女、妙子
八 妙子の挫折と受難
九 「芸術写真」を志した板倉
十 外国人との交流と別れ
十一 東京での鶴子一家の暮らし
十二 芦屋と東京を行き来する雪子
十三 縁結びの美容師・井谷
十四 阪神大水害
十五 愛敬者、お春どんの明るさ
十六 美しき桜と蛍と雪子
十七 迫り来る戦争の影
十八 病気小説としての『細雪』
終章 戦争への道
<資料>
細雪
ささめゆき
谷崎潤一郎の長編小説。1943年(昭和18)の《中央公論》誌上に最初の2回分が掲載されたが,軍部の圧力によって中断。第2次世界大戦中の時局性と戦後の困難を越えて執筆が続けられ,戦後の46年から48年にかけて,上・中・下3巻が刊行された。作者の3人目の妻松子夫人の生家森田家をモデルにした作品といわれ,大阪船場(せんば)の旧家蒔岡(まきおか)家の4人姉妹の生活を,作者自身を思わせる主人公貞之助の視点を主として描いてゆく。一編の中心になるのは,なぜか縁遠い同家の三女雪子をめぐるいくつかの縁談の物語であり,この古風な女性のかたわらに,自力で次々と恋人を見つける型破りな四女妙子の物語が配される。昭和11年にはじまり,昭和16年,雪子の結婚で終わるこの小説には,折口信夫がかつて《源氏物語》〈挿屋の巻〉と評したように,日本の四季の風物と女性たちの運命とがたくみにあやどられ,みごとな昭和の風俗絵巻が織り上げられている。 野口 武彦
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