2019年12月15日日曜日

[積読立読斜読]『巨大なラジオ/泳ぐ人』(ジョン・チーヴァー著、村上春樹訳、新潮社、2018年)より「パーシー Percy」



村上春樹訳のチーヴァー短編集、最後の一編「パーシー」を読んで読了しました。

「パーシー」はチーヴァーの自伝的要素の強い作品で、叔母の名前「パーシー」を表題にしています。1968年9月21日号『ニューヨーカー』掲載。

作者自身と思われる語り手を通してみた一風変わった叔母「パーシー」を軸に、自分の一族の歴史を辿った自伝的要素の強い短編です。変わりようも大変な変わりようですので、本編を読まれてください。

チーヴァーが逆に破滅型の作家にならなかったのは、この叔母が反面教師だったのかも。

P296
回想録というものは、チーズボードや、ときおり花嫁に贈られる醜い陶器などと同じように、海に向かおうとする「マニフェスト・デスティニー」(村上注:自明の運命。アメリカの西に向かう領土拡大を正当化する論理)を有しているらしい。

P311
彼女は自宅の食堂で午前三時に亡くなった。グラス一杯のジンを取りに行ったのだ。そして一族は葬儀のために最後に集まった。
出来事がもうひとつあった。ぼくはローガン空港で飛行機に乗ろうとしていた。待合室を横切っていくと、床を掃いていた男がぼくを呼びとめた。「あんたを知っているよ」と彼はだみ声で行った。「あんたが誰だか知っている」「どなたでしたっけ?」「ぼくは従兄弟のボーフォートだよ」と彼は言った。「あんたの従兄弟のボーフォートだよ」
ぼくは財布に手を伸ばし、十ドル札を取り出した。「金がほしいんじゃない」と彼は言った。「ぼくはあんたの従兄弟なんだ。あんたの従兄弟のボーフォートだ。ぼくは仕事を持っている。金なんていらない」「元気かい、ボーフォート?」とぼくは尋ねた。「ラヴェルとパーシーは死んだ」と彼は言った。「みんなは彼らを土に埋めた」「時間がないんだ、ボーフォート」とぼくは言った。「飛行機に乗り遅れちまう。君に会えて良かった。さよなら」。かくのごとくぼくらは海へと向かうのだ。