[積読立読斜読]『バージェス家の出来事』(エリザベス・ストラウト著、小川高義、早川
書房、2014年)
アメリカ・メイン州の田舎町のいけ好かない元女教師を描いてピューリッツァー賞を受賞
した『オリーブ・キタリッジの生活』に続いて日本では2冊目の長編翻訳。作者のエリザ
ベス・ストラウトは1956年メイン州ポートランド生まれで、これまでに4冊の小説作
品があります。
『オリーブ・キタリッジの生活』が面白かったので、本作を手に取ってみました。
原題は"The Burgess Boys"で2013年の刊行。作者の出身地であるメイン州の田舎町と
ニューヨークを舞台に、バージェス一家(兄と双子の弟妹)の3代にわたる物語を描きま
した。
中心となるプロットは、離婚した妹(スーザン)の一人息子ザックが、まったく宗教的意
図なく、田舎町のモスクに冷凍の豚の頭を投げ込んだことから始まります。
弁護士の長兄ジムと、訴訟支援団体勤務のボブが救済に乗り出します。と一行で紹介でき
るあらすじですが、物語の主流にバージェス兄弟の生い立ちと現在をそれぞれの一人称語
りで配置し、補助線として田舎町のソマリ人難民と、スーザンの間借り人フランス系カナ
ダ人を引き、地理的配置として、スーザン親子の住むメイン州の田舎町と、ジム一家とボ
ブの住むニューヨークの都鄙を対比させて、実に重層的な構成となっています。さらにプ
ロローグでバージェス兄弟の日曜学校の先生だったという母と娘(作家)の会話を置いて、
物語全体を俯瞰する絶妙の技工です。
バージェス兄弟とスーザンは、幼いころ事故で父親をなくし、事故の原因とされたボブは
父親殺しのトラウマを抱えています。闘う長兄のジムは弁護士として成功した生活を送っ
ており、3人の息子を育て夫婦円満のように見えますが、皮肉な大団円が待っています。
この小説のテーマは、アメリカの近現代史です。父親殺しの一家はアメリカの国の成り立
ちそのもので(イギリスへの反乱)、補助線として出てくるソマリ人難民は、もともとの
アメリカ人がピューリタンの難民だったことの影絵です。
P168
「たしかに、まあ、おかしいよね」ようやくボブが言った。「先祖伝来なんだな。
やっぱり昔のピューリタンてのは、どこかおかしかったんだよ。おかしいからイ
ングランドを出てきた。ひどい歴史があるじゃないか。わかってやってよ」
闘う長兄の挫折の後、子どもを作れない体のボブと、スーザン一家にアメリカを託さざる
を得ないようですが、それこそ難民を受け入れてきたアメリカの歴史の再生への第一歩で
あろうかと思います。
筋立て自体もよくできていて、アメリカの田舎町の風俗、ニューヨークの風俗の息吹が感
じられ、小説を読む醍醐味とはこのことだと言える作品です。
日本版ジャケット・カヴァーはニューヨーカーよりもニューヨーカーらしいタッチの田上
千晶さんによるNYのブラウンストーンの住宅。こちらも楽しめました。
↓下記は大変大量になりますが、当方の個人的メモですので、気になさらずに。
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P7
プロローグ
母(もと日曜学校4年生クラス)
娘(作家)
バージェス兄弟を受け持った
ボブの再婚の相手
ユニテリアン派の牧師
マーガレット・エスタヴァー(メイン州出身)
P8
母はこの宗派が好きではなくて、あんなのは楽しいクリスマスの仲間外れにされたくないからキリスト教になっているだけで、ほんとうは無神論なんだと思っていた。
P10
スクエアダンス
P14
ブルックリンのパークスロープに住んでいた
P31
「これはヘイトクライムなんだ。たとえばボロー・パークあたりへ行って、正当派のユダヤ教寺院にいる人に、全員残らず、逃げる暇もなく、アイスクリームとベーコンを食わせるようなものだ」
P39
ニューヨークの人間は食べることが好きだ。食べ物は一大関心事であって芸術でもある。ニューヨークではシェフがロックスターのようになる。
P52
ストリークのあるブロンドの髪が風に揺れた。
P62
スターブリッジの歴史村
「なんていう僕はピューリタンの末裔で自己嫌悪に落ちているのかな」
<memo>アメリカのアイデンティティー・クライシス
P67
ケニアの難民キャンプ、ソマリ人
P69
雛が巣立てば親鳥は楽よ、ということだ。そうなれば女は元気になるの。おかしくなるのは男ね。男の五十代は危ない。
P72
炭酸飲料(モクシー)…メイン州のローカル・ドリンクか?
人間が帰る家というのは、がんばった一日のあとで、一杯飲んで、あたたかいものを食べるところだ。
P84
難民キャンプでは飢餓感が途絶えることなく、まるで妻にした女のようにぴたりと寄り添って離れないのだったが、ここまで移住してきた現在でさえも、なお獣のように食いものを欲していることを思うと、つくづく自分が痛ましくなる。浅ましいと思う。食って、排泄して、眠るーという自然の欲求が自然に行われるとしたら、それだけで贅沢なことだ。そんなものはとうの昔に奪われた。
P97
それにしても黒い目の若い女は、いらっしゃいませという気配もなく、ただボブを見ているだけなので、ボブのほうが来てはいけないところへ来たような気になった。
<memo>どちらが異邦人かわからない国?
P104
「四歳でトラウマを負った人なのよ。いまハンドルを握りたくないという気持ちを、わかってあげられないあなたの感覚が、わたしには不思議でわまらないわ」
P109
「メイン州はアメリカ全体でも白人が優位の州である、ということはご存じですよね」
「見当はつくでしょうけど、多様性という面では少々遅れている州です」
P110
本当ならボブが逃げ帰ってはいけないのだ。しかしボブの中に暗闇がずるずると蔓延した。おまえは役立たずの異常者だ。
P113
縞模様のオーニング?
P114
もう長いことニューヨークに暮らしたので、いろいろ身についたことがある。たとえば二重駐車をする、時間外だというタクシー運転手をどやしつける、返品不可となっている商品を返品する、郵便局で割り込もうとする人に「ならんでますよ」と平気で言う。つまりニューヨークに住むということは、とバッグの中で時計代わりの携帯をさぐりながらパムは思った。古来の名将が心得ていたことの正しさを、もののみごとに例証している。勝負を分けるのは、その気になれる気の強さだ。
P115
よく知っていた町への、ほとんど体外離脱経験のような懐かしさ、というのもあったのだが、
P117
ようやく離れていったドイツ人夫婦の話だが、と顔で知らせながらパムは言った。「二度までも世界大戦を始めておいて、まだ図々しく攻めてくるのかしら」
豚の頭
P121
ボブには子を産ませる能力がないと判明して、
こんなことがあって何事もなしでは済まない。
ついに結婚という織物の生地がほつれていった。
P123
「アジア人て、平気でぶつかってくると思わない?対人関係の距離感がないみたい。やんなっちゃう」
P127
(警官)
「英語がわかるのは誰だ。誰もいないと困ったことになるぞ」と、こちらが悪いことをしたような口ぶりだった。そのことがアブディカリムの脳裏を執拗に通りすぎる。われわれは何も悪いことをしていない!
P129
冬の夜空のような黒い肌をしたバンツーの男が、
P137
居合わせたティーンエージャーの少女が二人、通りすぎる女たちに目を見張ったようなので、スーザンはどきっとして、からかってはいけないよ、と思った。それでいて同時に、あの全身を布に包んだ女たちは絶対的に異質であるとも思えて、心の中ですくみ上がったような息を洩らした。あの人たちがシャーリー・フォールズなんていう町の名前さえ知らなかったことにできればよいのにと願った。このまま町に居着くかもしれないと思うと恐ろしくなった。
P139
ニューヨークの素晴らしいところはーそれなりに元手はかかるがーもし食事の支度がいやで、フォーク一本さがすのも皿一枚洗うのも面倒だと思うなら、その面倒なことをしなくてもよいことだ。もし一人暮らしをしていて、一人でさびしいのがいやなら、それもまたどうにかなる。
P147
ボブという人は、部屋に入ってくるだけで、その部屋にボブらしさをもたらすのだ。だから、その家はーたちどころにー居心地のよい家になった。
P149
パムは自分が理科系だと思い定めていて、社会というのは一つの大きな有機体であり、何億万もの細胞が生きようとして全体が動いていると見ていた。だが刑法犯罪も一種の突然変異としてはおもしろそうだったので、ためしに議論の仲間入りをすることもあった。
P150
シャーリー・フォールズが奇跡の町のように思えたのは、ただ単にパムが若くて恋を得たからだったろうか。
P153
バージェス家の人々にはーとくにバージェス兄弟にはー年に一度のお祭りがあって、パムもついて行ったものである。「モクシーの日」に派手なオレンジ色の服を着た老若男女がパレード見物に繰り出すのだ。このモクシーこそメイン州とは切っても切れない飲料になっている。聖ジョーゼフ教会の掲示板には、「イエスはわれらを救う者、モクシーはわれらが飲むもの」という文字が見られた。
P168
「たしかに、まあ、おかしいよね」ようやくボブが言った。「先祖伝来なんだな。やっぱり昔のピューリタンてのは、どこかおかしかったんだよ。おかしいからイングランドを出てきた。ひどい歴史があるじゃないか。わかってやってよ」
P200
<寛容のための市民連合>
まわりの大勢の顔には緊張はないようだ。いま目につくのは、まじめな善意というべきものである。
P202
きょうという日ほど白人とは似たり寄ったりの人々だと思ったことはない。みんな同じようだ。肌が白くて、屈託のない顔をして、ソマリ人にくらべると特徴がないのが特徴になっている。
「その動機は何だったの?」
P204
ブルックリンの部屋の窓から外を見ていたときには、悲しいとは思っていなかった。あれが人生だったのだ。それなのに、いまはこの公園が生々しい現実になっている。薄い肌色をして、たいして無理もせず。急ぎもしない人々が、現実であるように思う。
P205
そして、ちらっと考えたのが、ソマリ人はどうなのかということだ。いまボブが感じるような違和感を、絶えることなく抱いているのかもしれない。
どの暮らしが現実であるのか。
P211
「さっきのやつ、帽子に88と書いてあったろう。あれはハイル・ヒトラーだな。HHだ。Hはアルファベットの8番目」
P211
(アブディカリム)
この土地へ来てから相応の時間がたったので、アメリカ人とはそういうものだとわかっている。大きな子供だ。
そういう大きな子供たちが公園にいて、じつに優しい態度を見せた。
P212
ワシントンの下院では、さる議員がソマリアは、「失敗国家」だと公言した。
そしてアメリカはというと嘘だらけの国ではないか。嘘つきがリーダーになっている国。<平和を回復する同盟>なんて茶番だな、
P219
(ジム)
「人間はどう変わっていくものか、それがおもしろいところだな。あのパムが、自分にないものを欲しがるばかりになるとは、
まるで見当がつかなかった。
パム自身が寄生したんだ。いや悪い意味ではない。
P226
シャーリー・フォールズに関わることはすべて遠くに去っている。もう届かない。
そして届かないままにするのがよい。
P229
スーザンの心に響く失敗のメロディには、ますますクレッシェンドがかかっていた。
P243
どころが、間の悪いやつで、たまたま白人なものだから、徹底して弾劾されている。ご承知の上ですよね?
P244
(ボブ)
三分の二は逃げそこなった、と思っている。彼とスーザンは―スーザンには息子のザックも合算して―一家の父親が死んだ日から運命にとらわれた。
どうにかしようとは思った。母親も子供のために頑張ってくれた。だが、うまく逃げおおせたのはジムだけだ。
どっかの島でアメリカがやってることにくらべれば、奥さんとメトロポリタン・オペラへ行くのが拷問だとは言えないね。
P248
(ヘレン)
いまだに女性トイレの行列が二倍の長さになるのだから、いったいフェミニズム運動とは何だったのか。
P271
「その若い人がずいぶん思いきったことをしたっていうのは、その通りなんだけども、いまは国全体がおっかなびっくりになっているのよ」
P295
ソマリ人
黒人系のイスラム教徒
P306
(ジム)
「そうだろう。でもな、ボビー・バージェス、おまえのせいじゃなかったんだ」
「やったんなら出頭しなければいけないと言ったよ。バージェス家の人間は逃げない、逃げ出すようなことはしない。
そんなことを言ったんだ。信じられるか?」
P315
いままでニューヨークという町は、さりげなく放っておいてくれて、ほどほどに親切な大型ホテルのようなものだった。
P317
ジムhが事情がわかっていて、なお故意に、ということは不適切な行為として、ボブを本来とは違った人生に押しこめてきたことになる。
P320
「過去とどう向き合うか、ということでね」
「要らないね。過去は過去だ。(中略)ここまでたどり着いたんだから、その地点から先へ行くしかない」
P338
「ツインタワーが崩落して以来、おバカさんのアメリカ人が、心の底では、そうしてしまいたいと思っているんだ。
いわば嫌悪するための免許が欲しいんだな」
<memo>
突然、別の人生があったと告げられる
P358
たしかにスーザンはニューヨークを嫌っていて、どこかおかしいと思っている。
いわば特産フェアが常設になっていて人が混んでいるようなものだが、それが延々と何エーカーも広がって、どこもコンクリートで固めてあって、電車が地上ではなく地下を走る。そんな大げさなことをしても、地下に降りる階段が小便くさかったりする。街路にはゴミが散らかっているし、何とかの像にはハトの糞が垂れている。公園に行けば金色のスプレーをかけた女がいる。だが、スーザンがこわいと思うのは、この都会ではない。兄弟二人がこわかった。
P364
彼女は長いブロンドの髪にストリークを入れて、
P373
(間借り人のドリンクウォーターさん)
カトリック教会ってのはカトリックの子孫を絶やさないこと自体が目的なんじゃないの。
P432
スーザンもうなずいた。もう父の死について語ることはなかろうとボブは思った。
事実関係はどうでもよい。一人ずつ物語がある。それが大事なのであって、どの物語も一人で抱えていればよい。
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