2014年6月1日日曜日

[積読立読斜読] 『ブルックリン・フォリーズ』(ポール・オースター著、柴田元幸訳、新潮社、2012年)

[積読立読斜読] 『ブルックリン・フォリーズ』(ポール・オースター著、柴田元幸訳、新潮社、2012年)



広島市なか区図書館より借覧。アメリカでの刊行は2005年。

50歳台後半となった28期にお勧めの熟年小説です。
熟年小説というのは当方の勝手な命名です。単純に熟年者が主人公の小説です。

舞台はNYのブルックリンで、いきなり「私は静かに死ねる場所を探していた」で始まり、2001年9月11日の午前8時に物語が終わっているので(NYテロの46分前)暗澹たる物語かと思いきや、訳者の柴田元幸の表現によると「自分の人生が何らかの意味で終わってしまったと感じている男の物語」にしては読後感が非常に爽やかで元気が出てくる不思議な小説でした。

著者のポール・オースターは1947年アメリカ・ニュージャージー州生まれ。ユダヤ系アメリカ人。

原題は"The Brooklyn Follies"。"folly"とは「愚行」のことで、複数形で「グラマーな女性が出演するレビュー」という意味もあり、ニューヨークにあってニューヨークでない(ポール・オースターによると)
下町的な人情の残るブルックリンのおかしな人たちの群像劇という意味も込められている良いタイトルですね。

語り手(ネイサン・グラス)は59歳で早期退職、離婚、がんの治療歴がある男性で、持ち家を手放して別れた妻と売却金を折半した資金があるものの、「「自分の人生が何らかの意味で終わってしまったと」感じており、生まれ育ったブルックリンを終の棲家にしようとするところから物語は始まります。当面生活には困らないものの、社会的なつながりもなく手持無沙汰のところ、あまり仲のよくない娘から「何かにかかわらなくちゃ駄目よ」と説教され、特に理由もなく『人間の愚行の書(ザ・ブック・オフ・ヒューマン・フォリーズ)』を書き始める。

ブルックリンでの甥(トム)や姪(ルーシー)との再会、甥の勤めている古書店の店主の過去などが描かれ、最終的にはネイサンも新しき伴侶を見つけ大団円となります。ネイサンに係った人たちは皆幸福になり、死に場所を探していた初老の男にしては楽しい物語となりました。ネイサンが憎んでいるのは犯罪者や狂信的な宗教家のみで(ネイサン自身は無宗教者)すべてを受け入れる「人生を愛しているけど、信じてはいない」楽天家故でしょう。

甥のトムはもとアメリカ文学が専門の学者で、勤め先も古書店で、作中ペタンディックな書物の知識が散りばめてあり、本好きには楽しんで読める作品になっています。

熟年者にも他の不幸な人々の救済は可能などだと、明るき希望を持たせてくれる小説です。

大推薦。



↓下記は当方の引用ですので気にしないでください。

P3
私は静かに死ねる場所を探していた。

P41
意志強固なるガラティア(※ギリシャ神話で、ピグマリオンの愛によって人間に変身した彫刻)の苦闘にハリーは心を動かされた。

P7
ごくささいなプロジェクトだが、自分は重要な仕事に携わっているのだという錯覚を作り出そうと、私はこれに壮大な、いささか尊大でもある名をつけることにした。
すなわち、『人間の愚行の書(ザ・ブック・オフ・ヒューマン・フォリーズ)』。一人の人間としての長い、波乱含みのキャリアのなかで、自分が犯したあらゆる失態、ヘマ、
恥、愚挙、粗相、ドジを極力シンプルで明快な言葉で綴ろうと思ったのである。

P46
スワンダイブ
swan dive
アクセントswan dive
【名詞】【可算名詞】
《主に米国で用いられる》【水泳】 スワンダイブ (《主に英国で用いられる》 swallow dive) 《両腕を広げ伸ばして水中にまっさかさまに飛び込む》.

P55
「お前はさ、トム、人生を愛しているけど、信じてはいない。それは私も同じさ」

P61
「人間、あたしたちの歳になると、もう『元』の束よね。(中略)あたしたちは社会に対する負債を支払い終えました。わが良心に疚しいところはありません。
Xは現在地を示す、ですよ[エックスは「元」(ex)とも聞こえる]」

P83
かつてオスカー・ワイルドが言ったとおり、二十五歳を過ぎたら誰もが同じ歳なのであり、実のところ、我々二人は現在の状況もほぼ同一なのだ。

P89
その短い三音節を聞いただけで、生粋のブルックリンっ子の響きのよい口調が聞きとれた。

※ニューヨークにあってニューヨークでない

P104
トム
世界は僕らを囲んでいて、僕は顔を上げてそいつをしっかり見るたび、つくづく厭になります。悲しい思いと、嫌悪感。第二次世界大戦で、すべて片がついてもよさそうなものじゃありませんか。
少なくとも二百年くらいのあいだは。なのにいまだ、たがいに切り刻みあっている。いまだに相変わらず憎みあっているんです。

P176
突然、七〇年代後半に見た映画の科白を私は思い出す。
「子供ってのは、すべてのことに対する慰めだ―子供を持つこと以外の」

P211
「ハニーはデブじゃないさ。いわゆる『彫像的(スタチュスク)』ってやつだ」

P292
ジョイスも私もまだ人生の十二月には達してはいないが、五月はとうに過ぎたことには間違いない。
二人一緒の私たちは、いわば十月中旬か下旬の午後だった。頭上の空は活きいきと青く、空気はぴりっと冷たいものが流れ、
枝にはまだ無数の葉がついていて、大半は茶色だが金色や赤や青もまだ十分残っていて、人を戸外にいられるだけいたい気持ちにさせる。
そんな爽やかな秋の日だった。

P313
映画『幌馬車隊』より
「歳とるってのも悪くないぜ」と老人は言った。「面倒なことがなくなるからな」

P320
ほとんどの人生は消滅する。一人の人間が死に、その人生の痕跡は少しずつ消えていく。

P322
Xは現在地を示す