2025年12月30日火曜日

[積読立読斜読] 『風に吹きはらわれてしまわないように』(リチャード・ブローティガン著、松本淳訳、ちくま文庫、2025年)

 



[積読立読斜読] 『風に吹きはらわれてしまわないように』(リチャード・ブローティガン著、松本淳訳、ちくま文庫、2025年)

なじみのない書名だったのでブローティガンの未発表原稿からの出版かと思いきや『ハンバーガー殺人事件』(晶文社版、1985年)の改訳・改題の文庫版でした。

オリジナルは1982年、生前の正式な出版は本書が最後。日本版はほぼ藤本和子さんなのですが、本書だけ当時はあまり翻訳実績のない松本淳さん(失礼)。

訳者があとがきで述べていますが日本語書名には相当困ったらしく(原題は"So the wind won't blow it all away")、通奏低音として登場する「ハンバーグ」と「殺人」を結び付けて「ハンバーガー殺人事件」としたようです。

本書の刊行後、ブローティガンは拳銃自殺をとげてしまうのですが、作品も「死」が色濃く漂っています。アメリカの繁栄から取り残された弱者(作者も含めて)の心情を丁寧に描くことで救いとしたかったのでしょうが、ブローティガンは結局救われないまま自死してしまいました。

この作品はブローティガンの自伝的要素が強く出ており、1979年の夏、44歳の「作家」が1940年代のオレゴン州での少年時代を回顧する連作短編の形態をとっています。各章の(ようなもの)は"So the wind won't blow it all away"を含む文章で区切られています。

(そのニュアンスは箇所により異なっていて“風は吹きはらわない”だったり“風が吹きはらってしまわないように”だったりします)。

登場人物は葬儀屋、製材所の門番、片肺の老人、家財道具を設置する釣り人、などなど、「死」を連想させる素材ばかりです。一条の灯りでもあればよいのですが、結局その"it"は風に吹き飛ばされてしまい、どこかに行ってしまいました。


p179

池のそばで、ぼくはだんだんと小さくなる。

夏草の上、どんどんと闇にまぎれていく。

やがてその場からぼくは消えてしまし、三十二年たったいま、

この場所、この時間へと追放される。


二人は食事中は話をしない。

だから、たぶん、食べ終わったあと、

こんなことを話すだろうと思うばかりだ。

ぼくが消えてしまったことにちょっとだけ話題が向く。

 

「あの子は、どこへ行ったんだろう。母さん」

「わからない。父さん」

 

それから二人は釣り竿を立て、コーヒーを注ぎ、ソファにくつろぐ。

釣り糸は静かに水面に伸び、

二人のリビングは照明スタンドに灯る石油の炎で照らし出される。

 

「あの子は、いないね」

「行っちゃったんだろう」

「帰ったのかもね」


<追記>

2026年1月2日(金曜日)

日本版の『芝生の復讐』(新潮文庫)カバーは

アメリカ版のペーパーバックの本書のカバーでした。

魚釣りに家財道具を並べる謎の2人の意味があり、

『芝生の復習』の内容ではありませんでした。




So the Wind Won't Blow It All Away Paperback – January 1, 1984


文庫より。

(1)ハンバーガーへのオブセッション

(2)ラジオが高価だったこと


過去にブローティガンの短編を自分で訳したことがありました。

ラジオが高価だったという視点には気づいてませんでした。

(訳の意味が違ってくる)。


2023年7月11日火曜日

[積読立読斜読] Richard Brautigan "Pacific Radio Fire" 訳してみた その1