2014年5月31日土曜日

[積読立読斜読] 『<使い勝手>のデザイン学』(ヘンリー・ペトロスキー著、忠平美幸訳、朝日新聞出版、2008年)

[積読立読斜読] 『<使い勝手>のデザイン学』(ヘンリー・ペトロスキー著、忠平美幸訳、朝日新聞出版、2008年)





原題は"Small things considered - why there is no perfect design"。

旧刊ですが広島市東区図書館で見かけて興味深かったので。

著者のヘンリ・ペトロスキー(Henry Petroski)は1942年生まれ、アメリカのデューク
大学土木環境工学・建築土木史教授。大型の構造建築物から身近な文房具までを素材にし
た数々の著作があります。

表紙より内容紹介です。
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電卓とケータイの数字配列なはぜ逆なのか?扉ノブと電灯スイッチの高さはなぜ違う?レジ
袋、懐中電灯、椅子、歯ブラシからスーパーの店舗設計、家の増改築まで、身のまわりの
材料をとりあげ、その開発の歴史をひもときながら楽しく語るデザイン論。「デザインす
る」とは、目的に合わせて物事をどう組み合わせていくかの手順(構想・設計・製造・仕
上げ)を考えることであり、よいデザインとは「形の美しい」ものをつくることではなく、
「見た目」「働き」「使い勝手」という、時には矛盾する要素に、使用目的とその条件の
下で最適に折り合いをつけることだとする。
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デザインという言葉はラテン語の「designare(デジナーレ)」が語源で、デッサン(dessi
n)と同じく、“計画を記号に表す”という意味だそうです。本書は狭義の設計デザインと
いう使い方ではなく、広義の「ある問題を解決するために思考・概念の組み立てを行い、
それを様々な媒体に応じて表現すること」として身の周りの小さな日用品のデザインを考
察しています。

ただ考察して結論を出しているわけではないので、本書からデザイン上の解決策が得られ
るわけではありません。身の周りの取るに足らないモノ(small things)だけれど、よく設
計された(considered)モノに関する考察で、人間が進歩する限り、そこには完全なデザイ
ンはない、(there is no perfect desgin)というのが本書の結論です。

日本人があまり重要視していないアメリカの日用品の歴史を知りたい人には絶好の本です。

ちなみに、デザインに関してはアップルの故スティーブ・ジョブズの名言があります。

    esign is not just what it looks like and feels like. Design is how it works.

  (デザインとは、単にどのように見えるか、どのように感じるかということではない。
  どう機能するかだ)


↓以下自分用のメモですので気になさらずに。

P10
経営学者ハーバート・サイモンは、「サティスファイシング[満足化、すなわち納得がで
きる程度に満足させること]」という用語を提唱した。これは「サティファイイング[満足
させること]」と「サファイシング[事足らせること]」の合成語で、デザイン問題の「最
善策に代わる、良好な、または満足できる解決策」を意味する。

サイモンによれば、「意思決定をする人は、次の2つのうちのどちらかを選ぶことができ
る。すなわち想像上の、単純化された世界での最善な決定か、さもなければ、複雑な現実
により近い世界での『じゅうぶんな』、とりあえず満足できる(サティスファイス)決定
か」。デザインとは、決めることにほかならない。

P15
アメリカの詩人ロバート・フロストにならって、「良い垣根が良い隣人を作る」と主張す
る人もいる。

P68
ヨーロッパでは、ヘッドライトのまぶしさがほかの運転者にどんな影響をおよぼすかを十
二分に考慮するのにたいし、アメリカでは、ヘッドライトがついている車の運転者の視界
を最大にすることを重視する。ここには法律、規制、公共政策の多くの局面にたいするヨ
ーロッパ人とアメリカ人の取り組み方の根本的なちがいが反映されている。ナポレオン法
典の伝統をもつフランスでは、何かを合法とするためには、その正当性を明示しなければ
ならない。

P72
カップホルダーは、アメリカの自動車の重要な特徴となった。車のデザイナーと販売員が
この事実を認めるようになったため、カップホルダーは新車を買おうとする人が真っ先に
見せられる細部のひとつともいえる。

P103
買い物体験をデザインするという考えは、インターネットの出現を待つまでもなかった。

P105
自分の運動と買い物をきっちり区別するモールウォーカー[もっぱら運動目的でショッピ
ングモールを歩きまわる人]、

P116
1968年までに、ゴールデンゲートブリッジ・ハイウェイ管理局は、どうやらそれとほ
ぼ同じことを考えていたらしく、ゴールデンゲート・ブリッジは他に先がけて、市内に入
る車だけから通行料を徴収する制度を導入した。

P152
どんな家事からも―それを新たなデザイン問題とみなすならば―やりがいのある課題が得られる。

P163
アメリカの元司法長官ジョン・アシュクロフトは「正と誤、善と悪、天国と地獄」のよう
な二極対立の原点から世界を見る人といわれているが、彼はまた、デザインの両極端に位
置する2つのカルト的消費者用製品にも救いを見出している。「全世界は二元だ」という
時論を通すために、彼はかつて次のように説明した。「人生に必要はものは2つしかない
―<WD-40>とダクトテープ。…<WD-40>は、動くべきだが動かないものに、そし
てダクトテープは、動いてはいけないのに動いてしまうものに」。

P243
デニス・ボイルは、子どものころから変てこな小物を収集してきた。彼は、こうした奇妙
な人工物や、得体のしれない素材、巧妙な機械の部品を「魔法の箱(マジックボックス
)」と呼ぶ段ボール箱に入れ、デザイナーとして勤務しているIDEO社の自分の机の下
に保管していた。

P246
デザインすることは言語を超えた営みであり、人間が想像し、描き、組み立てることがで
きるものは、名前で呼べるものよりもたくさんある。

そうでなければなぜ、例のあれ(thingy)や、何とかいうもの(thingamajig)、その何とか
いうやつ(whatchamacalit)、あるいは何たらかんたら(doohickey)のような言葉を、これ
ほどたびたび口にする必要があるだろうか?