2014年5月11日日曜日

<日々是不穏 like a rolling stone >(2014年5月10日(土曜日)) 日本の公的年金問題

<日々是不穏 like a rolling stone >(2014年5月10日(土曜日))

<日々是不穏 like a rolling stone>は日付のある新聞私的評論もどきです。
ただ単に新聞を読んでいても日々流されていくばかりのような気がして、あまり心温まる記事はありませんし「不穏」な毎日ですが、その時々で自分が何を考えていたかを記録しておくのも無駄ではないかと。


連載物の社説というのは珍しいかも知れません。
4月21日、30日、5月10日、と3回にわたって朝日新聞の社説が年金問題を論説。

総論として、「年金は高齢者を社会全体で扶養する「国民仕送りクラブ」のようなものだ。支える側の現役世代の暮らしぶりと、年金という仕送りでの生活とのバランスが崩れれば長続きしない。」として、
政府がこの年金問題になかなか手をつけられないのは、既得権者である年金受給者=最大票田の機嫌を損ねたくないというのが本当のところでしょう。

論説の結論は年金のマクロスライドを実施すること、オプション2として、勤め人が入る厚生年金に正社員以外の加入を認めること。と、実に当たり前の結論で拍子抜けしました。

公的年金に国が介在する限り、負担者と受益者間の問題のトレードオフで抜本的な解決はなかなか難しいかもしれません。

世界を見渡すと公的年金制度のない国の方が多いわけで、その国の解決法は「貧乏人の子だくさん」です。家族が年老いた家族の面倒を見るということで成り立っています。
いっそのこと日本も年金を自助努力とすれば、少子高齢化や核家族や孤独死や生産年齢人口の減少とかの諸問題は一挙に解決します。というのは暴論ですが、中間共同体の再構築というのも解決方法の選択肢でしょうか。




↓以下、長くなりますが、朝日新聞デジタルから引用します。


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(社説)年金の未来:上 「100年安心」を脱して
(2014年4月21日付け朝日新聞)

 今年は、公的年金に対する健康診断の年だ。

 5年に1度、新たな人口推計が出るのにあわせ、政府が100年を対象に年金の先行きをシミュレーションする。「財政検証」と呼ぶ。

 年金について、国民の不信感は根強い。真っ当な批判もあれば、誤解も少なくない。

 年金のどこに問題があり、どんな処方箋(せん)があるのか。財政検証を前に、皆さんと一緒に考えたい。

 ■現役の負担に上限

 「100年安心」。10年ほど前、公的年金制度の大きな改革が議論された際、政治の場に登場した言葉だ。

 03年の総選挙で、当時、厚生労働相を出していた公明党が使い始めた。政府としては公式に一度も使っていない。

 この言葉は、現行制度の本質的な理解を妨げ、「年金は破綻(はたん)する」と主張する立場からは格好の批判の対象ともなった。二重の意味で年金への信頼を損ねてきたといえる。

 確かに04年の年金改革は、それまでの制度から考え方を大きく変えるものだった。

 日本の公的年金は現役世代から集めた保険料を、その時点での高齢者に給付することを基本とする。以前は一定水準の年金を確保するため、保険料を引き上げていた。

 だが、そのままだと厚生年金の保険料率は26%近くまで上がる。そこで発想を転換し、現役世代の負担に上限を設けることにした。「お金の入り」に枠をはめ、その範囲内でやり繰りをするという考え方だ。

 04年改革によって、保険料は毎年、自動的に少しずつ引き上げられ、17年度以降は勤め人が入る厚生年金では18・3%(労使折半)、パートや自営業の国民年金では1万6900円で固定される。

 これに国が税金を加え、積立金とその運用収入も使って、おおむね100年間、収支を均衡させる。

 ■デフレで発動せず

 さらに、急速な少子高齢化でお金の入りと出のバランスが崩れないよう、「マクロ経済スライド」という仕組みを設けた。

 人口の減少や平均余命の伸びにあわせて、年金を自動的に抑える。要は、「稼ぎ手が大変だったら高齢者も我慢する」という、家族なら当然のルールを働かせるわけだ。

 なるほど、これなら「100年安心」と胸を張りたくなったのもわかる。

 問題は、このマクロ経済スライドがほとんど知られず、実際に機能していないことだ。

 認知度の低さは無理もない。04年当時は閣僚の未納問題や旧社会保険庁の不祥事が噴出し、メディアでも制度の中身は十分には取り上げられなかった。

 国会では、「これこそ法案の背骨だ。総理は理解しているのか」とただした民主党の山本孝史・参院議員(故人)に対し、小泉首相が「専門家に聞いてください」としか答えられなかった場面さえあった。

 発動されなかったのは、賃金や物価のデフレ下では適用しないと決めていたからだ。

 年金には別途、物価スライドがあり、過去はインフレにあわせて給付額を上げてきた。ところが、物価の下落に直面し、政治は受給者の反発を恐れ、年金額を引き下げられなかった。

 この据え置かれた2・5%分は、昨秋から段階的に下げ始めているが、マクロ経済スライドは適用されていない。

 その結果、収支のバランスが崩れ、いまの年金の水準は高止まりし、将来世代の年金を下げる構図になっている。

 ■就業者減へ歯止めを

 04年改革の時点では、長期間のデフレは想定していなかったかもしれない。

 しかし、問題点は09年の財政検証で明らかになっていた。修正を急ぐ必要がある。個人が退職後を見据えたライフプランを立てていても、仕事や家族に変化があれば見直すのと同じだ。

 むろん年金額を減らす見直しに反発は強いだろう。消費増税で基礎年金の財政基盤は強化されたが、年金制度への信頼度が高まったわけでもない。

 年金不信の元を絶ち、安心できる年金水準を支えうる社会をどうつくっていくか。きちんと議論を進める必要がある。

 どのくらい年金が受け取れるかは、その時々の経済力に左右される。

 手を打たないと、働く人の数は30年までに820万人以上減るという推計もある。女性や高齢者を含め多くの人が働ける環境をつくり、就業者の減り方を抑えないと、年金に安心を求めることなど不可能だ。

 こうした覚悟を私たちが持つのに、「100年安心」というスローガンは不要である。

 当時の与党は、政権交代を経て与党に返り咲いた。誤解をただすなら今だ。
 

 
(社説)年金の未来:中 「生活習慣病」から脱する
(2014年4月30日付け朝日新聞)

 年金を受け取っている方々は「とんでもない」と思うかもしれない。だが、いまの年金の水準は本来の姿よりも高くなっている。

 前回(21日付)の社説で紹介した通り、少子高齢化にあわせて年金水準を抑える仕組み(マクロ経済スライド)は、賃金や物価の下落時には適用しない決まりだからだ。その分、将来世代の年金を下げざるをえない圧力がかかっている。

 人の体にたとえれば、生活習慣病の状態である。手をこまねいていれば、いずれ致命傷になりかねない。

 ■将来世代に影響

 年金制度は5年に1度、「財政検証」という健康診断を受ける。年金水準はその重要なチェック項目で、「所得代替率」で診る。受け取る年金が現役世代の手取り収入に対し、どのくらいの割合かという数値だ。

 今の制度は、サラリーマンと専業主婦の世帯が年金を受け取り始める時点で「所得代替率50%」を下限としている。何かと物入りな現役世代の半分くらいの収入で生活してもらうというイメージだ。

 日本では老後の平均所得の7割弱は公的年金で、年金しか収入のない人も6割いる。老後の生活を支える水準を確保しないと、社会が成り立たない。

 それを、代替率50%に設定したわけだ。このラインを下回ると、年金を増やす検討に入ることがルール化されている。

 一方、代替率が高すぎるのもまずい。今の年金受給者には良くても、年金のお金の入りと出を調整する積立金を多く取り崩したりしなければならず、将来世代が受け取る年金が減ってしまうからだ。

 ■国民に「痛み」迫れず

 04年の年金改革の時点で、代替率は59・3%。これを5年で57・5%に引き下げる予定だった。ところが、09年の健康診断では逆に62・3%へと上がってしまった。

 一番の原因は、前述したように、現役世代の収入が下がったのに、それに見合って年金を下げられなかったことにある。

 年金は高齢者を社会全体で扶養する「国民仕送りクラブ」のようなものだ。支える側の現役世代の暮らしぶりと、年金という仕送りでの生活とのバランスが崩れれば長続きしない。

 国はこの問題の是正に手を付けないできた。

 いずれデフレが解消され、マクロ経済スライドも機能し始めるという立場だったが、内実は「将来世代のために今の年金を削る」というつらい措置について、国民を説得する気構えも体力もなかったといえる。

 体力を奪ったのは、04年以降に相次いだ旧社会保険庁の不祥事だ。年金記録ののぞき見や「宙に浮いた年金」など、ずさんな運営が露呈するなか、厳しい見通しを示して痛みを迫れば不信感を増幅する。そう恐れたのかもしれない。

 「抜本改革」を求める声が強まった背景には、こうした年金不信の高まりがある。その流れを振り返ってみよう。

 厚生労働省は09年5月、野党だった民主党の求めに応じ、賃金や物価などの経済前提を「過去10年の平均」にした場合、年金の先行きはどうなるかという試算を公表する。

 結果は衝撃的だった。マクロ経済スライドが機能しないために、所得代替率が72%まで上がり、2031年に積立金が枯渇するというものだった。

 もっとも、試算の前提となった「過去10年」は、長期の景気拡大時を含んでいたとはいえ、平均すれば実質経済成長率も賃金・物価もマイナスだった時期だ。これがずっと続けば、年金どころか日本の経済や社会自体が立ちゆかない。

 ■政権交代からの教訓

 民主党は「破綻(はたん)しかけている年金を抜本改革する」と主張。最低保障年金の創設を掲げ、国民全員に月7万円以上の年金を約束して政権の座についた。大胆な外科手術の提案である。

 しかし、与党としての3年3カ月、民主党案は実現の兆しすら見えなかった。制度変更に伴う国民の負担が重くなりすぎるからだ。結局は自民、公明の両党と話し合い、漸進的な修正に立ち戻るしかなかった。

 生活習慣病には、食事制限と運動を地道に積み重ねるしかない。経済全体の体力を回復させつつ、将来世代も考えて妥当な給付水準を設定する。それが年金をめぐって、政権交代から得た貴重な教訓だろう。

 安倍政権のもと賃金や物価は上昇基調に転じ、マクロ経済スライドの発動開始も視野に入ってきている。

 ただ、長期にわたり年金額を抑制していく措置には相当な反発があるはずだ。将来世代への責任を果たすため、政治には強い覚悟が求められる。

    ◆

 来月上旬の最終回では、公的年金の足腰を強くする具体策について検討する。 
 
 
 (社説)年金の未来:下 漠たる不安からの脱却
(2014年5月10日付け朝日新聞)

 年金制度への不信は根強い。ただ、多くの場合、「少子高齢化だからもらえなくなる」といった漠然とした理由によるものではなかろうか。

 働けなくなった高齢者を支える制度は、いつの時代でも不可欠だ。不信や不安の「形」を見定め、それに合った解決策を見つける必要がある。

 何をすれば、どのくらい年金の足腰を強くできるのか。シリーズ最終回では、あと1カ月ほどで結果が発表される「財政検証」の枠組みを踏まえ、検討してみたい。

 ■選択肢で考える

 年金の財政検証は5年に1度だが、今回は新しいやり方を試みている。

 前回は、現行制度がそのまま存続する前提だった。今回は、いくつかの制度改革(オプション)を実施した場合、将来の年金水準にどのような影響を及ぼすかを計算する。

 オプション1では、少子高齢化に対応して、賃金や物価の上昇率より年金の引き上げ幅を圧縮する仕組み(マクロ経済スライド)を、賃金や物価が下がっている時でも適用する。

 結果的に、賃金や物価の下落幅より年金の減少幅は大きくなる。物価や賃金が少し上昇する程度なら、年金額は逆に減る事態も起こりうる。受給者は怒るに違いない。

 しかし、マクロ経済スライドをフルに適用しないと、今の年金水準が高止まりして、将来世代の年金が減る。

 シリーズの(上)(4月21日付)や(中)(30日付)で主張したとおり、経済変動に耐えうる年金にするためにフル適用は避けて通れない道だ。今の高齢者の反発に正面から向き合い、将来世代を守る覚悟が問われる。

 ■裾野を広げていく

 年金をめぐる大きな不安は「少子高齢化に加え、年金にメリットがないと考える若い人が保険料を払わず、よけい先細りになる」という点にあろう。

 現在、未納者は約300万人で、公的年金全体からみれば5%程度だ。保険料を払わないと将来、年金も受け取れないので年金財政上は「ほぼ中立」だ。

 ただし、収入が不安定な非正社員の増加を背景に未納が増え続ければ、いずれ生活保護費の膨張につながり、国の財政全体を圧迫する。

 この課題に対応するのがオプション2だ。勤め人が入る厚生年金にパートやアルバイトをもっと加入させる。保険料は給料天引きになるため、基本的に未納は防げる。将来受け取る年金額も増える。

 問題は、パート従業員に依存する企業側が労使折半で保険料を負担することに強く反発することだ。パート労働者自身も、当座の負担が増えるので反対しがちだ。

 しかし、年金が国民全体の仕送りシステムである以上、オプション2を実行して、裾野を広げていく必要がある。

 ■社会の体質改善を

 あらゆる年金制度の変更は煎じ詰めれば、「誰がどれだけ負担するのか」「誰の年金が減るのか」というリアルな「痛み」に帰着する。

 これまで民主党の「最低保障年金の創設」や「年金の税方式化」など、数多くの案が「抜本改革」として提唱されてきた。

 それらが尻すぼみになったのは、いざ改革の影響が誰にどんな形で及ぶのかを試算すると、消費税の大幅引き上げや中堅層の年金引き下げといった痛みが明らかになったからだ。

 今回のオプションも現行制度の延長線上にあるとはいえ、大きな改革であり痛みを伴うことにかわりはない。それを乗り越えないことには、どんな年金制度もうまく機能しない。

 大切なことは、年金改革を負担増や給付減という「憂鬱(ゆううつ)な問題」としてのみとらえるのでなく、前向きな課題に変換していく回路もつくっていくことではないだろうか。

 年金は「カネを集めて配る」という単純な仕組みだ。年金改革の痛みは、そもそも少子化に手を打てず、働く人の数が減ってしまう「体質の悪化」に源がある。

 であれば、より多くの人がより長く、元気に働ける社会をつくることが重要だ。

 30年前と比べて、男女とも平均寿命は5年前後伸びている。65歳まで働ける社会の実現にもめどがたってきた。その期間分ぐらいは働いて保険料を払うとしたら年金はどうなるか。今回の検証では、そんなオプションも用意される。

 加えて、労働者一人あたりの生産性を上げるために、教育・研修を充実させる。こうした働き手の暮らしを良くする「社会の体質改善」ができれば、年金の目減りが抑えられ、高齢者の痛みは少なくてすむ。

 現実を直視した年金の改革と同時に、「こんな社会をつくろう」という議論にもバランスよくエネルギーを向けていくのが建設的だろう。


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