2022年1月21日金曜日

[晴れときどき英語のお勉強] 『英文法授業ノート』 073 分詞構文(participial constructions)⑤ 分詞構文の慣用表現

073 分詞構文(participial constructions)⑤ 分詞構文の慣用表現



【解説】

①分詞構文の慣用表現

分詞構文の節で主語が主節の主語と一致しないのに慣用的に省略される表現

according to,

considering ~,

judging from ~,

speaking of ~, 「~と言えば」≒talking of ~

frankly speaking,

generally speaking,

strictly speaking, 「厳密に言うと」≒technically speaking


②独立分詞構文

分詞の前に「分詞の意味上の主語」を明示した構文

All things considered, 「あらゆる事を考慮に入れると/あらゆる点から考えて」

Weather permitting, 「天気がよければ(天候が許せば)」


【例文】

1 According to the passage, which one of the following statements is NOT true?

2 He looks young considering his age.

3 Judging from the look of the sky, it will rain soon.

4 Generally speaking, women live longer than men.

5 Speaking of Australia, have you seen koalas?

「豪州と言えば、あなたはコアラを見たことがありますか?」

※相手が言ったことを「きっかけに」会話を始めるフレーズ

cf. That reminds me. 「それで思い出したんだけど」

6 Frankly speaking, I don't like karaoke very much.

※「自分には興味がない」婉曲表現

I'm not a big fan of ~

7 All things considered, the price is reasonable.

8 Weather permitting, we will go for a drive tomorrow.

※If all things are considered, ⇒ All things (being) considered,

If weather permits, ⇒ Weather permitting,






[惹句どんどん](特別編) 太宰治の100の名言・名場面 13/20

   [惹句どんどん](特別編) 太宰治の100の名言・名場面 13/20 66-70




66 これほどの男はいなかった 「親友交換」


67 「威張るな!」 「親友交換」


68 トカトントンと聞こえました 「トカトントン」


69 大量の犬の糞 「トカトントン」


70 こんな手紙を書く、つまらなさ 「トカトントン」













[積読立読斜読] 『久保田万太郎俳句集』(岩波文庫、2021年)(48)

   [積読立読斜読] 『久保田万太郎俳句集』(岩波文庫、2021年)(48)




めッきりと蠅もへり日もつまりけり


皿は皿小鉢は小鉢年の暮


年寒しうつる空よりうつす水


「近況を問はれたるにこたふ。」の444と年の暮れを詠んだ445、「ことし、おのれ、還暦とよ」の前書きの447が印象に残りました。万太郎の随筆「還暦反逆」には「薄暮たま/\海岸橋をすぎ、しづかに海に入る滑川の冷めたい水のひかりをみたときできたのである」とあります。




流寓抄 その五



442 丹精の菊みよと垣つくろはず


443 茶の花におのれ生まれし日なりけり


444 めッきりと蠅もへり日もつまりけり


445 皿は皿小鉢は小鉢年の暮



その六


446 老木の根、元日きよく掃かれたる


447 年寒しうつる空よりうつす水


448 枯蔓にすがるすべさへなかりしか


[積読立読斜読]『ムダな努力はない 人生の行動指針220』(鍵山秀三郎著、亀井民治編、PHP研究所)6/44

   [積読立読斜読]『ムダな努力はない 人生の行動指針220』

(鍵山秀三郎著、亀井民治編、PHP研究所)6/44 26-30









[ひとり「広島掃除に学ぶ会」] 通勤途中のゴミ拾い 1月17日(月曜日)~1月21日(金曜日)

 






2022年1月20日木曜日

[積読立読斜読]『図解葉隠 勤め人としての心意気』(齊藤孝著、ウェッジ、2017年)第5章 人づきあいの極意

 


キンドル版で読了。図解が多くあったのでコピー&ペーストでワードにまとめました。

齊藤孝さんは「5%の武士道精神」が役に立つと言われていますが、

武士道精神をビジネスの実用書にまで貶める必要はないのでは。







2022年1月19日水曜日

[惹句どんどん] 成毛眞(元マイクロソフト・ジャパン社長)

 




人生でもっとも音楽を聞く世代は
10代後半から20代前半だと思う。

 

その理由はそのうちに脳科学の研究者が
明らかにしてくれるだろう。

[積読立読斜読] 『ザリガニの鳴くところ』(ディーリア・オーエンズ著、友廣純訳、早川書房、2020年)

 



原題は"Where the Crawdads Sing"。


2021年の本屋大賞「翻訳小説部門」第1位、「紀伊國屋書店スタッフが全力でおすすめするベスト30」の副題がつく「キノベス!2021」で第2位、書店でも平積みでしたので題名が意味不明でしたが昨年暮れに購入し、本日一気に読了(巻を置く能わず)。


<著者プロフィール>

ジョージア州出身の動物学者、小説家。ジョージア大学で動物学の学士号を、カリフォルニア大学デイヴィス校で動物行動学の博士号を取得。ボツワナのカラハリ砂漠でフィールドワークを行ない、その経験を記したノンフィクション『カラハリ──アフリカ最後の野生に暮らす』(マーク・オーエンズとの共著、1984年)(邦訳は1988年、早川書房刊)が世界的ベストセラーとなる。同書は優れたネイチャーライティングに贈られるジョン・バロウズ賞を受賞している。他にも,動物にまつわるノンフィクションであるThe Eye of the Elephant、Secrets of the Savanna(ともに共著)を発表。また、研究論文は《ネイチャー》誌など多くの学術雑誌に掲載されている。現在はアイダホ州に住み、グリズリーやオオカミ、湿地の保全活動を行っている。69歳で執筆した本作が初めての小説である。

amazonより



著者プロフィールにあるように本職は動物学者で、69歳で初めて執筆した小説が本書。ノース・キャロライナ州のディズマル湿地を舞台に、幼い頃に一家離散して一人で生きて来た「湿地の少女」カイアを主人公とした圧倒的な自然を背景とした成長物語。カイアを巡る二人の男性(読み書きを教える少年テイト、男女関係にあったアメフトのトップスター・チェイス)の人物描写が脆弱なので唯一の欠点ですが、小説の構成が秀逸。1969年におきたチェイスの不審死を描く章と(カイアが犯人と疑われる)、1952年から始まるカイアの成長を描く賞がが交互に展開し、ミステリーとも読める不思議な小説です。




タイトルも不思議。「ザリガニ」が果たして鳴くのか。


p154

「社会福祉課の人が私を捜しているって聞いたの。見つかったらきっと魚みたいに捕まえられて、里親の家かどこかに放り込まれちゃうわ」

「そういうことなら、ザリガニの鳴くところにでも隠れたほうがいいな。君を引き取ることになる里親が気の毒だ」テイトはにんまり笑った。「どういう意味なの?”ザリガニの鳴くところ”って。母さんもよく言っていたけど」カイアは、母さんがいつもこう口にして湿地を探検するよう勧めていたことを思い出した。

”できるだけ遠くまで行ってごらんなさい―ずっと向こうの、ザリガニの鳴くところまで”「そんなに難しい意味はないよ。茂みの奥深く、生き物たちが自然のままの姿で生きている場所ってことさ。」


アメリカ南部の自然や風土、環境問題を小説の背景にふんだんに盛り込んだ本書の核心となる台詞です。


カイアは第二次世界大戦でPTSD(post traumatic stress disorder;心的外傷後ストレス障害)となった父親と駆け落ちした母親の間に生まれた「貧乏白人」(ホワイト・トラッシュ)なのですが、この「経済的に貧しい白人」と南部の黒人差別は根は一緒であり(白人の貧乏白人への迫害のほうが酷いです)、現代アメリカの分断への警鐘ととも取れます。


本書では著者の専門の動物行動学に基ずくけっこうグロテスクな描写が続きます。子を捨ててしまう狐、交尾相手を貪り食うカマキリ、傷を負った仲間を襲う七面鳥などなど。


「その本能はいまだに私たちの遺伝子に組み込まれていて、状況次第では表に出てくるはずよ。私たちもかつての人類と同じ顔があって、いつでもその顔になれる。はるかむかし、生き残るために必要だった行動をいまでもとれるのよ」ここには善悪の判断など無用だということを、カイアは知っていた。そこに悪意はなく、あるのはただ行動する命だけなのだ。


こちらの記述が本書のもう一つの側面のミステリーに繋がっていきますが、ネタバレになるので控えます。


圧倒的な「美と醜、優しさと残酷さを併せ持つ野生」の前には、人間間の争いなど些細な事だというメッセージかも知れません。


大推薦。



[memo]

日本語では「ザリガニ」ですが、英語では"crawdad""crawfish"など複数の呼び名があるようで、南部では"crawfish"が多いそうです。




[積読立読斜読] 『武士道』(新渡戸稲造)

 


縁あって読書会に参加することに。課題本は『葉隠』の抄訳。課題書ではしっくりこず関連本を何冊か読みました。本書『武士道』はこの読書会で過去に採り上げられていました。

読書会に参加しようと思ったのは、昨年暮れの雑誌『BRUTUS』の読書特集で、俳優の藤岡弘さんが新渡戸稲造の『武士道』を取り上げられており、それが頭の隅にあったからです。

『葉隠』はある一時期の佐賀鍋島藩藩士の行動を記述した歴史的な価値のあるテキストとは思うのですが、体系的に武士道の道徳を記述したものではなく、新渡戸稲造の『武士道』を読んで始めて、一神教の宗教を持つ必要のなかった日本人の道徳の基盤に「武士道」的なるものがあり、政治的・経済的なプレゼンスが凋落する日本にとって、最後のよすがとすべき規範と考えました。





<岩波文庫内容紹介>

「武士道はその表徴たる桜花と同じく,日本の土地に固有の花である」.こう述べる新渡戸(一八六二―一九三三)は,武士道の淵源・特質,民衆への感化を考察し,武士道がいかにして日本の精神的土壌に開花結実したかを説き明かす.「太平洋の懸橋」たらんと志した人にふさわしく,その論議は常に世界的コンテクストの中で展開される.


日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

武士道(新渡戸稲造の著作)

新渡戸稲造(にとべいなぞう)の英文著作。原著名『Bushido, the Soul of Japan』。1899年(明治32)アメリカのフィラデルフィアで出版され、翌年日本でも刊行された。彼は武士階級の道徳的あり方を律してきた武士道を「日本の魂」としてとらえ、道徳体系としての武士道が説く義・勇・敢為堅忍の精神、仁・礼・誠・名誉・忠義・克己等々の徳目は、単に武士階級にとどまらず広く人間形成における普遍的規範として西欧におけるキリスト教的な個人倫理に比肩されうるものであると強調している。本書は英語圏国民の間で愛読されたのみでなく、ドイツ語版、ポーランド語版をはじめ7か国語に翻訳された点で、日本人の著作として希有(けう)なものであった。[田代和久]


新渡戸稲造  1862‐1933(文久2‐昭和8)(にとべいなぞう) 

農業経済学者,教育家。南部藩出身で,札幌農学校に学び,札幌バンドの一人となる。1884年東大を中退し,アメリカ,ドイツの諸大学で特に農業経済学,統計学を学び,その間札幌農学校助教授になる。1901年台湾総督府に招かれ,糖業により統治の経済的基礎を確立。03年京都帝大教授,06年一高校長を経て,東京帝大教授となり植民政策講座を担当した。18年には初代の東京女子大学学長に迎えられた。また国際連盟事務局次長(1920‐26),ついで帝国学士院会員,貴族院議員となり,太平洋問題調査会の理事長として〈太平洋の橋〉になろうとした。彼は札幌時代における信仰上の懐疑と母の死の悲しみを,カーライルの《衣装哲学》のいう〈悲哀の中の慰め〉によって解決の方向を見いだし,クエーカーの神秘主義や人道主義で魂の安住を得た。そしてこの万人に内在する光への黙想の立場が宇宙の生命との一体を説く東洋思想に通じると考え,武士道を日本のよき精神的伝統とし,それを育成するものとしてキリスト教をとらえ,そこに東西文明の交流の方法を考えた。また,個性のある豊かな教養と確かな見識をもつ人間教育の重要性を唱え,大学では人間として苦しみ,そこで得た人間観,価値観を語り,一高では野心に満ちた学生,煩悶する学生に高遠な理想と自己反省を教え,一般社会では人間らしい世渡りの道と修養のたいせつさを通俗的に説いた。同時に地方の夜間学校教育,女子教育に深い関係を持ち続けた。《農業本論》(1898),《武士道――日本の魂》(英文,1899),《修養》(1911)などの著書がある。        土肥 昭夫

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◯「武士道」ゲスト講師 山本博文

日本人と武士道の全体像を示した書

維新からほぼ一世代をへた一九〇〇年の前後、明治初めの文明開化期に英語を学んで成長した日本人のなかから、すぐれた英文の著作が相次いであらわれました。内村鑑三の『代表的日本人』(「Representative Men of Japan 」明治四十一年)、岡倉天心の『茶の本』(「The Book of Tea 」明治三十九年)、そして新渡戸稲造の『武士道』です。いずれも、日本の文化や思想を外国人に向けて紹介・解説した名著ですが、内外に大きな影響を与えたという意味では、やはり『武士道』を筆頭にあげるべきでしょう。


『武士道』の原題は「BUSHIDO The Soul of Japan 」。滞米中の新渡戸稲造が英語で書き、明治三十二年(一八九九)にアメリカ・フィラデルフィアの書店から出版されましたが、数年のうちにドイツ語、ポーランド語、フランス語、ノルウェー語、ハンガリー語、ロシア語、イタリア語に翻訳されるなど、世界的なベストセラーになりました。


なぜそんなにも欧米で読まれたのか。その理由は本書が出版された時期にあります。明治三十二年といえば、日本が日清戦争(一八九四?九五年)に勝利して、ようやく世界の列強の仲間入りを果たそうとしていた時期。逆にいえば、世界が日本に注目していた時期にあたります。つまり、このアジアの片隅の新興帝国のことを、欧米人たちは知りたがっていた。彼らにとって日本とは「サムライの国」であり、日本を知ることとは要するにサムライを知ることでした。そんなとき、まさにサムライの意識と行動について日本人が書いた「BUSHIDO 」が出版されたので、これに飛びついたのでしょう。さらに、出版から五年後に起きた日露戦争(一九〇四?〇五年)でも日本が大国ロシアに勝利したことが、このブームに拍車をかけました。日本を知るための恰好の参考書として、『武士道』を自国語に翻訳する国が一挙に増えたのです。


一方日本では、出版の翌年(明治三十三年)に英文『武士道』が出版されていますが、翻訳はむしろ他国よりやや遅く、原著出版から九年後の明治四十一年(一九〇八)に桜井鴎村が訳した『武士道』(丁未出版社刊)が最初です。その後、昭和十三年(一九三八)には、植民政策学者で新渡戸稲造・内村鑑三に私淑するクリスチャンでもあった矢内原忠雄の訳した『武士道』が岩波文庫から出て、現在にいたるまで広く読まれつづけています。

もっとも、岩波文庫版が出たのは日中戦争から太平洋戦争へと八年間(一九三七?四五年)にも及ぶ戦争の時代のさなかです。この時期、武士道は「武士道と云は、死ぬ事と見付たり」(『葉隠』)という言葉と結びついて、戦時下における国民の覚悟というようなニュアンスで受け取られていました。そこで新渡戸の『武士道』も、もっぱらその角度から読まれていたわけですが、これは本書にとっては不幸なことでした。これから内容を見ていけばすぐにおわかりになると思いますが、新渡戸の『武士道』は時代に左右されない根本的な道徳としての武士道について語ったものだからです。


じっさい本書は、武士道というものを解説した本にはちがいないけれども、ただ単に、かつて日本に存在した「武士」という身分に属する者たちの規範や倫理について述べただけのものではありません。「日本(人)の魂」(The Soul of Japan)という副題からも察せられるように、日本人の拠って立つ道徳意識や思考方法というものを、つまりは日本の文化というものを、さまざまな事例をあげながら明らかにした本なのです。


明治以前の武士の世には、これが武士道だという書物は存在しませんでした。本書のなかで新渡戸も、「(武士道は)文字に書かれた掟ではない。せいぜい口伝によって受け継がれたものだったり、有名な武士や学者が書いたいくつかの格言によって成り立っているものである」(第一章)と指摘しているように、現在、武士道書として知られている書物も、武士道を体系的に教えるようなものではなく、多くは古い時代に武功をあげた武士の逸話集であって、簡明に武士道の心得を教えるものではなかったのです。


そのようななかで、新渡戸は「武士道とは何か」という問題に正面から理論的に取り組み、彼なりの答えを出しました。そして結果として、それがひとつの日本文化論にもなっています。その意味で、日本人にとっての『武士道』の価値は、武士道というものを欧米人に理解させたということよりも、史上初めて、日本人が日本人と武士道の全体像を描こうとしたことにある、と言ってよいと思います。


現代の日本人にとって武士道は過去の道徳ですが、にもかかわらず、現代でも「武士道を学べ」という声があがることがあります。特に近年は、その声が高まっているようです。しかしこれはもちろん、武士の世にもどれということではありません。この場合の「武士道」とは、まさに新渡戸が『武士道』で書いた、道徳意識の基礎としての武士道のこと。出版から百十年をへた現在でも、新渡戸の『武士道』は日本人のものの考え方に一定の影響を与えつづけているのです。まさに「名著」と言うべきでしょう。

山本博文(やまもと・ひろふみ)東京大学大学院教授

https://www.nhk.or.jp/meicho/famousbook/10_bushido/guestcolumn.html

100分de名著のサイトより






2022年1月18日火曜日

[積読立読斜読]『図解葉隠 勤め人としての心意気』(齊藤孝著、ウェッジ、2017年)第4章 リーダーの条件

 縁あって読書会に参加することに。課題図書は『葉隠』の抄訳。この抄訳本が意味は解るが抄訳の意図が判らず。致し方なく入門書を読むことに。本書と三島の『葉隠入門』。本書は学生・ビジネスマン向けの実用書。三島のは哲学書でした。


本日は「第4章 リーダーの条件」を読みました。

キンドル版なので図解をコピーしてワードにまとめました。







[積読立読斜読] 『野分』(夏目漱石、明治40年)

文学者・白井道也

文学者・高柳(肺病)

金満家・中野

挿絵は今関一馬



 2022年の年間読書テーマ「夏目漱石の小説を全部読む」。本日は「野分」を読みました。先日読んだ「二百十日」(明治39年『中央公論』)の延長線上にある作品で、明治40年『不ととぎす』に発表されました。執筆は前年の明治39年。漱石の年齢と明治の年数は丁度一致するので40歳の時の作品で、この年朝日新聞に入社して専業作家となります。

 

2021年10月16日土曜日

[積読立読斜読] 『二百十日』(夏目漱石、1906(明治39)年)


岩波文庫版ではこの二作品が一冊に編まれています。当方は集英社版『漱石文学全集 第四巻』(昭和58年)で読了。集英社版は「野分」「坑夫」「門」を収録しています。


<岩波文庫内容紹介>

圭さんと碌さんの軽妙な会話を軸に,夏目漱石(1917―66)の阿蘇山旅行に基づき書かれた「二百十日」.若き二人の文学士と文筆に生きる男が,流動する社会に三人三様に向き合う姿を多面的に切り取った「野分」.先鋭な社会批評を中軸に据えた,長篇作家漱石誕生への橋渡しとなる二篇.改版(解説=小宮豊隆・出原隆俊)



p170

「夫で題が大きいから面白い。現代の青年に告ぐと云ふんです。」


p180

「明治も四十年になる、あだ沙翁(さをう)が出ない、まだゲーテが出ない。」


p209

「先生私はあなたの、弟子です。―越後の高田で先生をいぢめて追い出した弟子の一人です。―だから譲つて下さい」



前作「二百十日」と主題はほぼ同じで金萬社会への批判と対抗しえない文学者への激ととれます。構造は「二百十日」が阿蘇山へ登る二人の会話から成り立つ単純な構成であったに対して、漱石の分身と思える文学者・白井道也。白井がかつて放逐された新潟の中学の学生であった肺病を病む高柳。同窓の金満家・中野、の三者を登場させ主題への考察が深みを増しています。また最後の白井から百園で原稿を高柳が買うプロットもよく出来ており、百園を軸にして金満家と文学者の対比を構造的に描いています。


タイトルの「野分」は現代では通常使うことのない言葉です。三省堂のサイトからの解説です。


<野分>

どういう意味?

「二百十日」(バックナンバー8/31)でも書きましたが、『大辞林 第三版』には「〔野の草を吹き分ける風、の意〕①二百十日、二百二十日前後に吹く暴風。台風。あるいはその余波の風。また、秋から初冬にかけて吹く強い風。のわけ。のわきのかぜ。[季語]秋。《吹飛ばす石は浅間の ─ かな / 芭蕉 》」とあります。

もう少し詳しく…

『全訳読解古語辞典 第三版』では、語釈のあとに「読解のために」というコラムがあります。そこには「中古の作品では、野分の強風ぶりとともに、その風情も語られている。野分の風は、肌寒さや心細さを感じさせ、人恋しくさせるものであった」として、「源氏物語」や「和泉式部日記」の例が挙がっています。

https://dictionary.sanseido-publ.co.jp/column/kisetsu03


2022年1月16日日曜日

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[積読立読斜読] 『葉隠入門』(三島由紀夫著、新潮文庫)

 


今年から縁あって読書会に参加することに。第1回が1月24日(月)だったのですがコロナ感染拡大を受けて順延に。課題図書は『葉隠』の現代語抄訳版。『葉隠』自体が膨大な量があり当然抄訳にはなるのですが、現代語訳者の作家・城島明彦さんが選ばれた内容を十分に理解することができず、解説本2冊を読むことに。


二冊はキンドル版で読書中の『図解・葉隠 勤め人としての心意気』(齊藤孝著、ウェッジ、2017年)と新潮文庫版『葉隠入門』(三島由紀夫)です。齊藤孝さんの図解は学生・若いサラリーマン向けの内容です。「勤め人」に「どう役に立つか」という視点での解説となっています。


本日は三島由紀夫の『葉隠入門』を紹介します。


オリジナルは昭和42年(1967年)光文社より。体裁がカッパ・ブックスの新書版で、知識人向け教養新書・岩波新書に対抗して、大衆向けの新書での出版。太平洋戦争の敗戦後軍事色の強い書物が全否定される中、三島由紀夫をもってしてさえ主流の新書からの出版はかなわなかった事例でしょうか。三島は1970年に割腹自殺を遂げていますので(享年45)自らが表した『葉隠入門』の思想に殉じた面もあります。




新潮文庫版は昭和58年(1983年)発行。カッパ・ブックス版にあった副題「武士道は生きている」は無くなっています。


三島の入門書は大衆向けの新書とは言え、教養人=読書人、の図式がまだ成り立っていた時代の書籍なので、『葉隠』が現代のサラリーマンにどう役立つかという功利的な説明は一切なく、むしろ哲学書に近い内容です。


P34

わたしが考えるのに、「葉隠」はこれを哲学書と見れば三大特色を持っている。一つは行動哲学であり、一つは恋愛哲学であり、一つは生きた哲学である。



「行動哲学」とは、「一定の条件下に置かれた人間の行動の精髄の根拠をどこに求めるか」ということに尽き、「政治的な理念」に基づくものではない。


「恋愛哲学」とは、「エロース(愛、恋)とアガペー(神への愛)を峻別しない」日本人本来の、「恋」と「忠」(献身)が同義となる観念で、「人間の恋のもつとも真実で、もつとも激しいものが、そのまま主君に対する忠義に転化される」というものである。


「生きた哲学」とは、「夢の間」である時の流れを「毎日毎日これが最後と思つて生きていくうちには、何ものかが蓄積されて」、自らが役に立つときが来るという根本理念である。



新潮文庫版の構成は下記の通り。


<目次>

プロローグ 「葉隠」とわたし

一 現代に生きる「葉隠」

二 「葉隠」四十八の精髄

三 「葉隠」の読み方

付 「葉隠」名言抄(笠原伸夫訳)

解説 田中美代子


<新潮文庫版内容紹介>

「武士道といふは、死ぬ事と見付けたり」の一句があまりに有名な「葉隠」。過激思想の書と誤解されやすいが、その真髄は「死という劇薬」こそが自由や情熱、生きる力を与えるという逆説的な「生の哲学」である――。「葉隠」の処世訓の精髄を読み解きながら、凝縮された三島の思想に触れられる。時を超えて現代人の心に強く訴え続ける名著。「葉隠」現代語訳付。


p8

ここにただ一つ残る本がある。それこそ山本常朝(じょうちょう)の「葉隠」である。戦争中から読み出して、いつも自分の机の周辺に置き、以後二十数年間、折にふれて、あるページを読んで感銘を新にした本といえば、おそらく「葉隠」一冊であろう。わけても「葉隠」は、それば非常に流行し、かつ世間から必読の書のように強制されていた戦争時代が終わったあとで、かえってわたしの中で光を放ちだした。「葉隠」は本来そのような逆説的な本であるかもしれない。戦争中の「葉隠」は、いわば光の中に置かれた発行体であったが、それがほんとうに光を放つのは闇の中だったのである。


『葉隠』はかつて、戦争中に戦地に赴く若者に推奨されていた。しかし現在において『葉隠』が読まれる理由は、戦時中とは逆の事情であり、生活とかけ離れてしまった「死」を読むためである。


われわれは、一つの思想や理論のために死ねるといふ錯覚に、いつも陥りたがる。しかし「葉隠」が示してゐるのは、もつと容赦ない死であり、花も実もないむだな犬死さへも、人間の死としての尊厳を持つてゐるといふことを主張してゐるのである。もし、われわれが生の尊厳をそれほど重んじるならば、どうして死の尊厳をも重んじないわけにいくだらうか。いかなる死も、それを犬死と呼ぶことはできないのである。


三島の自決に至った心情は理解できませんが、「死」を意識してこそ「生」が活きる、という主張には頷けるものがあります。