2025年3月15日土曜日

[積読立読斜読] 『虚言の国 アメリカ・ファンタスティカ』(ティム・オブライエン著、村上春樹訳、ハーパーコリンズ・ジャパン刊、2025年)




ベトナム戦争に実際に従軍したティム・オブライエンは主に長編小説でベトナム戦争を扱ってきました。ベトナム戦争は複雑で1955年から1975年まで。アメリカが全面介入したのは1964年のトンキン湾事件から。ティム・オブライエンは1969年から70年にかけて陸軍の歩兵として戦闘に参加しました(所属した第23歩兵師団はソン村事件を起こした)。題材が題材だけに一般受けする人気作家とはいかず、日本では村上春樹さんの強い推薦があるにもかかわらずあまり読まれているようには思えません。


本書は題材をベトナム戦争から離れ、トランプ政権下のアメリカを「虚言の国」とする一種の風刺小説(残念ながらトランプは予言通り再選)。田舎町で銀行強盗を働いた中年男ボイドと、人質になった窓口係のアンジーとの逃亡ロードムービー。

筋立てはかなり凝ったもので映画化するならコーエン兄弟のハチャメチャな作品にしてほしいと思います。


https://prtimes.jp/main/html/rd/p/000000076.000004274.html

プレス・リリース・ニュースのサイトより


<内容紹介>

株式会社ハーパーコリンズ・ジャパン(本社:東京都千代田区、代表取締役:鈴木幸辰)は『虚言の国 アメリカ・ファンタスティカ』を2025年2月28日に刊行いたします。


著者は全米図書賞受賞作『カチアートを追いかけて』、ピュリッツァー賞候補となった『本当の戦争の話をしよう』などベトナム戦争をテーマとした多くの名作で知られるティム・オブライエン。フェイクニュースが席捲するアメリカを舞台に描く20年ぶりの新作は、筋金入りの嘘つき男が全米を行脚するロードノベルであり、奇想天外なクライムノベルであり、アメリカ社会のカオスを文学で活写したような、今を感じる物語です。


翻訳を手がけるのは『本当の戦争の話をしよう』『ニュークリア・エイジ』など数々のオブライエン作品を担当してきた作家、村上春樹。


全米メディアが賛辞を寄せる話題の小説をぜひご一読いただき、ご書評を賜れたら幸いです。


あらすじ


ある理由で一流ジャーナリストからフェイクニュースの王に転落した中年男ボイド。カリフォルニアの田舎町でデパートの店長をしている彼は、地元銀行の窓口係アンジーに銃をつきつけ、奪った8万1千ドルと彼女を連れ、逃避行に出る。仕切り屋で喋り通しのアンジーに閉口しつつアメリカを縦断するボイドと、彼をとりまく大富豪、悪徳警官、美人妻、殺人者——追う者追われる者が入り乱れ、嘘と疫病に乗って全米を疾走するが……。



<本書に寄せられた賛辞の一部>

「タイムリーな冒険譚。オブライエンは「今」を読み解く地図のように、アメリカの新しい肖像を臆せず描き出している」――Entertainment Weekly(エンタテインメント・ウィークリー)


「アメリカの巨匠が帰ってきた――『本当の戦争の話をしよう』の著者が20年ぶりに書き下ろした新作は、銀行強盗をきかっけに”ペテンがはびこる国を風刺たっぷりに駆け巡る”、鮮烈かつ痛烈な叙事詩である」――Kirkus, starred review(カーカス・レビュー)


「ベトナム戦争の灼けくような物語で名声を博し、全米図書賞を受賞したオブライエン。20年ものあいだ小説の執筆から離れていた彼は今、待望の新作で現代アメリカに照準を合わせている」――GQ


「America Fantasticaは、毒された時代精神にひび割れた鏡を突きつけ、笑わずにいられるかどうかと読者に挑んでくる。抵抗は無駄だ」――Boston Globe(ボストン・グローブ紙)


「騒々しくて、同時に驚くほど共感的な小説。もしエルモア・レナードがコーエン兄弟と共同で脚本を書いたとしたら、本書に似ているかもしれない 」―― Bookreporter.com

<著者・訳者プロフィール>

著者紹介


ティム・オブライエン(Tim O'Brien)


『僕が戦場で死んだら』(原題If I Die in a Combat Zone/中野圭二訳)で1973年にデビュー。78年の『カチアートを追跡して』(原題Going After Cacciato/生井英考訳)が全米図書賞を受賞。90年の代表作『本当の戦争の話をしよう』(原題The Things They Carried/村上春樹訳)はピュリッツァー賞と全米批評家協会賞の最終候補となり、シカゴ・トリビューン・ハートランド賞とフランスのPrix du Meilleur Livre Étranger(外国語文学賞)を受賞。94年の『失踪(原題In the Lake of the Woods/坂口緑訳)はニューヨーク・タイムズ紙の年間ベスト10、タイム誌の年間ベスト作品に選出された。2010年には米国芸術文学アカデミーが贈るキャサリン・アン・ポーター賞を受賞。また、マーク・トウェイン文学賞、プリツカー文学賞、デイトン平和賞財団による生涯功労賞など数々の受賞歴に輝くほか、米国芸術文学アカデミー、米国芸術科学アカデミーの両方に選出されている。


訳者紹介


村上春樹(Haruki Murakami)


1949年京都生まれ。デビュー作『風の歌を聴け』で1979年に「群像」新人文学賞受賞。85年の『世界の終りとハードボイルド・ワンダーランド』で谷崎潤一郎賞を受賞。主な著書に『ノルウェイの森』『ねじまき鳥クロニクル』『海辺のカフカ』『1Q84』『騎士団長殺し』『街とその不確かな壁』などがある。『レイモンド・カーヴァー全集』、サリンジャー『キャッチャー・イン・ザ・ライ』、カポーティ『ティファニーで朝食を』、フィッツジェラルド『グレート・ギャツビー』、グリシャム『「グレート・ギャツビー」を追え』、マッカラーズ『哀しいカフェのバラード』ほか訳書多数。これまでに『本当の戦争の話をしよう』『ニュークリア・エイジ』『世界のすべての七月』をはじめ、多くのオブライエン作品を訳している。



村上春樹さん「世界は中世のようになっている」 米風刺小説を邦訳

大井浩一

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本・書評

毎日新聞

2025/3/9 05:30(最終更新 3/10 14:35)

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村上春樹さん=村上事務所提供

 村上春樹さん訳による米作家、ティム・オブライエン氏の長編小説「虚言の国 アメリカ・ファンタスティカ」(ハーパーコリンズ・ジャパン)が2月末、出版された。トランプ現象が席巻する米国に対する痛烈な批判をこめた架空の物語だ。コミカルだが、SNS(ネット交流サービス)などで「虚言」がまかり通る悲惨な社会の描写は、現実と重なって見える。原著刊行から1年半足らずでの邦訳の出版は、トランプ大統領の政権復帰直後ともなった。翻訳に取り組んだ思いから、米社会や世界の現状への見方まで、村上さんに聞いた。【構成・棚部秀行、大井浩一】


虚言に動かされる社会「悲劇的笑劇」

 ――原著は2023年10月の刊行です。日本語訳で600ページを超える長さの小説を実質わずか1年と、随分スピーディーに訳しましたね。


◆分厚い本ですよね。面白い物語だったから、翻訳はすらすらとできました。


 ――村上さんは以前からオブライエン作品を熱心に翻訳しています。「訳者あとがき」にも書かれているように、オブライエン氏はベトナム戦争のことを多く書いてきましたが、この作品ではまさに現在の米国を題材に……。


 ◆やっと完全にベトナムを離れたという感じがあります。もうベトナム戦争自体が、アメリカでは一種の歴史的な出来事になってしまって、今日的意味はみんなあまり考えなくなった。だから、オブライエン自身もある種の危機感というか、ベトナムを離れなくてはいけないという気持ちが強かったと僕は思う。作家というのは、新しい題材をいつも求めていかないと固まってしまうけど、はやりものとか今日的なものを追い求めすぎても浅くなってしまうし、その辺が難しい。



 ――ちょうど第2期のトランプ政権が発足したところですが、小説の内容は正面きってのトランプ政権批判、トランピズム批判になっています。


 ◆そうですね。ベトナム戦争の時もアメリカの論理は、「ベトナムが倒れたらアジアは全部共産化する」というドミノ理論でした。イラク戦争も「大量破壊兵器がある」というフェイクニュース、一種の虚構をもとに行われた戦争だった。そういう意識がオブライエンにはあるから、トランプ政権のやっていることも同じだ、と。その虚構に連れて行かれる大衆、国民に対する恐れが、彼には強くあります。



 ――この作品はミソメイニア(虚言症)がキーワードで、その拡大を疫病の比喩で表現しています。


米ホワイトハウスで、記者会見の質問者を指名するドナルド・トランプ大統領=2025年1月30日、秋山信一撮影

 ◆読んでいて興味深いところは、SNSというのはすごく新しいことみたいだけど、ウソを考える人たちのやり方はとても古典的だという点です(笑い)。アナログな謀議で一生懸命ウソを作っていて、それをデジタルのSNSで振りまくんだけど、その辺の齟齬(そご)感が面白かった。アナログをアナログで、例えばビラに書いて配っても誰も反応しないですよ。アナログとデジタルの組み合わせの力が働いている。例えば、AI(人工知能)にウソを書かせても意外につまらないのではないかと思う。1人の、あるいは何人かの人間が人手でウソを作っている強さというか、怖さがあります。


 ――そういうウソがまかり通る米国を戯画化しています。ところが、戯画として描いているけれども、例えば「グリーンランドを買っちまえ」というトランプ大統領の発言は、この小説で実業家のジム・ドゥーニーが「何でも買っちまえばいい」と言い放つのと同じように聞こえます。



 ◆物語としてはファルス(笑劇)ですが、トラジック(悲劇的)なんです。だから、僕はトラジックファルス(悲劇的笑劇)と呼んでいますけど、そういう味がとてもうまくミックスされています。


 ――「訳者あとがき」に書かれている「シリアスな喜劇」の面白さですね。登場人物の中心は、まさに虚言症の男・ボイドと、病的によくしゃべる女・アンジーの、ある意味でコミカルなコンビです。


 ◆アンジーは信仰深いのに行動はむちゃくちゃで、そういう人物設定もなかなか面白い。


みんな、ウソをつかれたがっている

 ――ただ、物語の構造がやや複雑で、かなりの数に上る人物同士の関係や彼らが発するせりふの意味合いにはつかみづらいところもあります。どの人物もどこか喜劇的で、面白みがあるので読み進めていけるのですが。


 ◆いまのアメリカのさまざまな社会風俗を、いろんなタイプの人物によって戯画化して拾い上げています。いいかげんな銀行の経営者や田舎町のボスみたいな連中、ソシオパス(反社会的病質)としか思えない犯罪者、メキシコ人をいじめる警官とか。それから何といっても、フェイクニュース製造機みたいな人物が話の中心になっています。


 ――ボイドは元新聞記者で、ジャカルタに駐在してアジア関係の大量のニュースをさばいた過去があり、その中でウソニュースを作るようになった人物です。政治思想的な主張はなく、ただジャーナリストとしての名声を求めて次から次へとウソを書くようになったという設定です。


 ◆本当に彼は、生まれ育ちからしてウソをつくことが、まるで呼吸をするように自然にできている。そういう人はたぶんいて、トランプもそうではないかと僕は思う。言っているうちに自分でもその気になってしまう、みたいなところがあって。


 ――小説全体を貫くのは、経済原理が行き過ぎてしまった社会の悲惨でしょうか。


ロシア軍の攻撃を受け、炎上するウクライナの首都キーウ(キエフ)=2022年2月24日、ウクライナ大統領府提供・ロイター

 ◆僕とオブライエンはほぼ同世代です。彼はベトナムに一兵士として送られて、ひどい目に遭い、帰ってきてからも割に冷たく社会からあしらわれた。アメリカ社会に対する一種の不信感、静かな怒りみたいなものを持っている。1960年代後半のカウンターカルチャー(反体制文化)の空気を吸ったのに、その後どんどん社会が保守化していって裏切られたような気持ちになるというのは、世代体験としてよく分かります。彼はその裏切られ方を書きたかったのでしょう。社会全体も裏切られているにもかかわらず、大多数の人々は保守化の流れを支持しているということに対する怒り、絶望がありますね。トランプが公約したことなんて、誰が考えてもできるわけがないにもかかわらず、できないとみんな知りながら支持する、というところがある。その辺は、オブライエンにとってはきついでしょう。ウソでも言ったほうが勝ち、という風土が出来上がってしまっているのではないか。


 ――救いがないのは、ウソの犠牲者の側であるにもかかわらず、人々がそのウソを支持してしまうという構造です。


 ◆みんな、ウソをつかれたがっているのではないかという気がする(苦笑)。バイデンやハリス(民主党の前正副大統領)はあまりひどいウソをつかないから、選挙民にとっては魅力が感じられない。ウソだと分かっていても明るいこと、あるいは強いことを言ってくれる人を求めているのでしょう。なぜ求めるかというと、社会の閉塞(へいそく)感があるからです。60年代の若者世代は、社会は良くなっていくだろうという基本的な見通しの下に生きていましたけど、それ以降の人にそういう思想は持てないですよね。みんなディストピア(反ユートピア)感みたいなものを持っていて。


 ――米国だけの問題ではない気がします。


 ◆日本の場合もバブル経済の時、ろくなことにはならないだろうというアンダーカレント(思想の底流)がありました。必ず何か悪いことが起こるだろうというような。そういうものの積み重ねによる閉塞感がトランプ的なもの、あるいは日本のSNS選挙みたいなものを生み出していると僕は思っています。ウソでもいいから調子のいいこと、景気のいいことを言ってもらいたい、だまされたい、と。自分ではだまされたいとは思っていないでしょうけど、心の底にそういう欲望はあると思う。小説家はSNS的なものに対抗できる力を持たなくてはいけませんが、伝播(でんぱ)力が桁違いだから、難しいです。


壁を築き、地域戦が頻発する時代

 ――いまの米国、世界の状況をどう見ていますか。


 ◆世界はまるで中世のようになっているという印象を持っています。グローバリズムやフリートレード(自由貿易)、LGBTQなど性的少数者の権利、サステナブル(持続可能)な社会、環境問題への取り組みなどを広げていこうとしていたにもかかわらず、突然みんなが壁を築いて、お城の中で守り始めた感じです。人々の意識も封建的、地域主義的なものになっている。僕は「世界の中世化」と呼んでいますけど、危険なことだと思います。中世化が意味するのは小規模な地域戦です。それはウクライナやガザにいま噴き出ているし、これからどんどん出てくる気がする。とても怖いことです。地域戦が何を求めるかというと、領土の拡大しかない。まさに中世と同じで、プーチン(露大統領)やネタニヤフ(イスラエル首相)がやっているのは領土を増やそうというだけのことです。非常に単純だけど、非常に怖いと思う。僕は『街とその不確かな壁』(23年)という小説を書きましたが、そういうことが意識の中に強くあります。


 ――トランプ大統領が再びメキシコ国境などに築こうとしているのが壁です。


 ◆でも、壁というのは結局、何も防ぐことはできないんです。どこかで破られるものだし、壁を造るのは健康的なことではない。ただ、アメリカで2年前、半年ほど生活した時に思ったのは、いまグローバリズムやLGBTQなど性的少数者の主張が極端に拡大していっていて、いら立つ人や不安を抱く人は出てくるだろうということでした。それ自体はもちろんいいことです。ただ、改革のあまりにも急速な進み方は人々の不安感、不信感をあおるだろうし、昨年の大統領選挙の結果にも表れた気がします。そういう意味で、日本のトランピズムがまだ局部的、局地的なものに収まっているのは、リベラリズムの進展が十分でないからだとも言えます。日本がどんどん移民を受け入れて、LGBTQなど性的少数者の権利が広がっていったら、それらに対する反動は強くなっていくと思います。


https://mainichi.jp/articles/20250308/k00/00m/040/129000c

毎日新聞記事

毎日新聞

2025/3/9 05:30(最終更新 3/10 14:35)

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4516文字


村上春樹さん「浅いウソは必ず劣化」 単独インタで語った社会の分断



4656文字

村上春樹さん=村上事務所提供

 2月末に刊行された米作家、ティム・オブライエン氏(1946年生まれ)の長編小説「虚言の国 アメリカ・ファンタスティカ」(ハーパーコリンズ・ジャパン)を翻訳した村上春樹さん。トランプ現象が席巻する米国に対する痛烈な批判をこめた作品だが、インタビューの後半では米社会の分断の行方から、同時代の作家観、戦後80年に考える独自の憲法論まで、話は多岐に及んだ。【構成・棚部秀行、大井浩一】


 <主な内容>

 ・小説は虚構、深いウソは劣化しない

 ・戦後80年に考える「偽善性」

 ・村上文学の「峠」は30年前

 前編 村上春樹さん「世界は中世のようになっている」 米風刺小説を邦訳


潮流の変化には大きな出来事が必要

 ――この小説の時代設定は第1期トランプ政権下の2019年ですが、現実の米国そのままを描いてはいません。例えば、トランプという固有名詞は1度出てくるだけです。


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ティム・オブライエン「虚言の国 アメリカ・ファンタスティカ」(村上春樹訳、ハーパーコリンズ・ジャパン)

 ◆あまり名前を出すと、どうしても話が透けて見えてしまうので、本人も意識したのでしょう。でも、この物語を読んでいて「ああ、これがアメリカだな」と強く思った。僕は北米大陸を車で縦断と横断を1回ずつしたことがあって、海から離れて大陸の中央部に行くと全然違う国だとよくいわれるけど、そのことを肌で感じました。分断といいますが、本当にそうですね。ただ、2期目のトランプ政権で、それがどう変わっていくか。潮の流れが変わる可能性もあると僕は思う。その辺は見定めたいという気持ちがあります。


 ――トランプ大統領の下で分断が深まるとは必ずしもいえない、と。


 ◆逆に、分断は解消されていくのではないか。いまトランプは自信を持ってさまざまな政策を進めていますが、自信が強すぎるから、いつか人々は「あれっ」と思い始めるのではないかと思う。この小説でも、どうしようもない人間もいっぱい出てくるけど、そうではない人も少しずつ出てきます。読んでいて、そういう人々の力みたいなものを感じなくはない。どうしようもない人たちは少しずつ自滅していきますよね。僕の場合、心ひかれる同時代の作家というのは少なくて、好きなのはティム・オブライエンです。それから面白いのはカズオ・イシグロ(54年生まれ)、レイモンド・カーヴァー(38~88年)。他にはあまりいない。日本でもあまりいないですしね。



 ――初期にはジョン・アーヴィング氏(42年生まれ)の作品を熱心に訳しました。


 ◆アーヴィングもそうですね。つまり60年代末ごろのキナ臭い空気を吸い、それを吐き出して小説を書いている人は意外に見当たらない。理想主義の空気を吸った世代で、その失望をどのように物語にしていくか。そこに再生の可能性はあるのかなど、書くべきことはたくさんあるはずですけど。


 ――正面からそういうテーマに取り組んでいる作家がそんなにはいない、と。


 ◆それをいろんな形に変えて小説にするというのは、本当に難しいです。ナマで書いても、もう人はついてこない。「なんだ、またベトナムかよ」みたいな感じになってしまうから、どのように置き換えて持っていくか。このオブライエンの作品は戦争を、トランピズムというものに置き換えているのが、評価したいところです。



 ――オブライエン氏がこだわってきた戦争というテーマを、今回はトランピズムに置き換えて表現した、と。


 ◆オブライエンは大学を卒業してベトナムに徴兵された時、カナダに逃げようか、それとも徴兵されるか、すごく迷った。その時、アメリカに残ってベトナムに行くほうを選択したわけです。そこで払った犠牲に値するものを国とか社会が与えてくれたかというと、彼は絶望的な気持ちになるしかない。僕が彼の小説で評価するのは、そういう失望、絶望がにじみ出ていることです。でも、決して再生の希望を失ってはいないと僕は感じる。



 ――この作品も一見、ウソがまん延して、どこにも救いがないように読めますが、登場人物の言葉や生き方の端々に再生への光が……。


 ◆ウソがまん延して力を発揮しているけれど、今回の作品でもすべてのウソは底が浅い。浅いウソというのは必ず劣化し、風化していくものだと思う。一方、小説は虚構、ウソだけど、いいウソであれば深いんです。深いウソは劣化しない。(伝播<でんぱ>の)スピードは遅いけれども、深いウソが力を持って浅いウソを駆逐していくというのが、僕の描く理想像だけど、どうなるかは分かりません。きっといつか、浅いウソに人々は飽きるというか、うんざりしていくというか、辟易(へきえき)していく時代が来るのではないか。


 ――原著刊行時のインタビューでオブライエン氏が「次の選挙でおそらくトランプは勝利を得ることだろう」と発言していたと、「訳者あとがき」にあります。彼の予言が的中したことになりますが、村上さんは今後の米国の行方をどう展望しますか。


米議会合同本会議で演説するフランクリン・ルーズベルト大統領(手前左)=ワシントンで1941年

 ◆アメリカが過去にやったベトナム戦争もイラク戦争も間違った戦争だと僕は思います。彼らはみんな頭が熱くなって、そのように誤ったことをするけど、ある時、さめて再生していく。そういう再生力はある。だから、トランプに対抗する潮流は、いまのリベラリズムとは一線を画したところで出てくるのではないかと思います。潮流が変わるには、何か大きな出来事が必要だという気がする。例えば、1920年代から30年代初めにかけては共和党政権がずっと保守的な政策を取っていましたが、29年の大恐慌後に民主党のルーズベルトが出てきて、ニューディール政策で一挙に社会を変えてしまった。もちろん、大恐慌のようなディザスター(災難)を期待してはいけませんが。


偽善性認識しつつ9条を支持

 ――今年は第二次世界大戦の終結から80年の節目に当たります。村上さんは小説で、日本の過去の侵略行為を含めた戦争を描いてきました。いま日本人が戦争について考えるうえで何が大切だと思いますか。


 ◆学生時代から、その後もしばらくの間、僕にとって平和憲法、日本国憲法第9条は非常に大事な意味を持つものだったし、それを守らなくてはいけないと思っていたし、改憲勢力に対する反発はありましたが、東アジアの情勢がこれだけ変わってくると、やっぱり揺れますよね。何が正解なのかはだんだん分からなくなってくる。また、戦力を持たないといいながら自衛隊が拡大して既成事実化し、大多数の国民が支持しているわけです。


 ――災害時に果たす役割があって……。


新憲法公布の詔書 天皇と大臣の署名。日本国憲法は1946年11月3日公布された=52年5月、福田勇撮影

 ◆それもあるし、中国による台湾侵攻があるかもしれないというのがあるし。それでいて平和憲法を守らなくてはいけないというのは一種の偽善というか、話が合わない。そう考えると、日本の戦後の思想史そのものが一種の偽善に支えられていたのではないかという気さえしてきます。ただ、だから憲法を変えればいい、ということに僕はならない。なぜなら、偽善というのも必要なことだから。それが戦後80年で考えることですね。ある種の偽善でもいいという一種の開き直りを、日本の国民が持たないといけないのではないか。憲法を守れ、というだけでは話が通らない。そこに偽善性があるという認識がなければ、意味はないと思う。偽善性はあるけれども9条を支持しよう、というスタンディングポジション(立ち位置)が大事だと、僕は思うようになりました。


 ――分かりやすい話ではないですね。


 ◆分かりにくいです。分かりやすくやってしまうと危険なんです。戦力があって、中国の脅威があるから当然、憲法は書き換えなくてはいけないというのは、非常に理屈は通っているけど分かりやすすぎて怖い。僕はそんなふうに割り切ることには反対します。ある種の曖昧さや偽善性は必要ではないかと思う。だから「改憲反対、9条を守れ」というデモに加わるかというと、それは加わらないです。あまりにも単純すぎる。


 ――そちらはそちらで単純すぎる、と。


 ◆昔はそれでよかったんです。日本が割に力を持っていて、韓国や台湾や中国がまだ発展途上だった頃は、それでステータス・クオ(現状)を維持すればよかったけど、いまはもうそのステータス・クオは存在しないですからね。どんどん力のバランスは変わってきているから。でも、国民というか普通の人は「わざわざ憲法を変えなくてもいい」と思っているのではないかな。僕が言いたいのは、矛盾や偽善や曖昧さをのみ込んでやっていくのが一番正解ではないかということ。そういうのをのみ込める力は大事です。あまりにも理路整然と正してしまおうと思うと、ろくなことにはならない。例えば「9条をなくしてしまえ」とか「自衛隊をなくしてしまえ」とか、それはあり得ないですよ。


「峠」となった30年前の震災と事件

 ――95年の阪神大震災と地下鉄サリン事件の発生から30年でもあります。二つの出来事は村上さんにとって重要で、作品にも描かれてきました。


 ◆僕はあの時を境に作風もかなり変化したし、それ以前とそれ以降で自分のやってきた仕事を分けてもいいと思っています。いろいろな意味で、ものの見方、小説の見方も変わってきた。その変化が震災やサリン事件とどう関わっているかというのは、なかなか一口にはいえません。ただ、峠みたいな感じになっているのは確かです。


 ――峠、分かれ目ですか。


 ◆そこで変わらなければ僕がものを書く意味はなかっただろうな、と。サリン事件にしても震災にしても、被害を受けたり、傷ついたりした人を見てきて、ある種の内省みたいなものを持たざるを得なくなったということです。それまでは、小説は面白ければいい、いま頭にあることを文章にしていけばいいという考えだったけど、何か違う目標、目をやるべき対象が出てきた。もう一つは、小説家としての僕のポジションが、それまでとは少し変わってきました。アメリカでずっと暮らして、日本人の作家としての、ある種の責務みたいなものがあると思うようになったのがその前後です。もう30年がたつんですね。


 ――特にオウム真理教の事件について村上さんは、日本人の精神性のありようを突きつける出来事だったという認識を示し、裁判にも熱心に傍聴に通いました。


 ◆見届けなくてはいけないという気持ちが強くありました。(死刑囚となった)被告全員が死刑執行された時点(2018年)では、これが結論か、というある種のむなしさを感じざるを得なかった。もっと違う終わり方があっていいはずの大きな事件だったのに、結局「死刑にしておしまい」という感じだったから、それはないだろうと僕は思いました。


ティム・オブライエン(Tim O'Brien)


https://mainichi.jp/articles/20250309/k00/00m/040/036000c

毎日新聞記事

毎日新聞

2025/3/10 05:30(最終更新 3/10 05:30)

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