2022年6月4日土曜日

[積読立読斜読] 『久保田万太郎俳句集』(岩波文庫、2021年)(63)

[積読立読斜読] 『久保田万太郎俳句集』(岩波文庫、2021年)(63)




「…菊五郎、吉右衛門合同、いふところの二長街時代をおもふ。」の前書きのある二句が印象に残りました。歌舞伎のような伝統芸能と俳句は相性がよいようです。


613 立ち競ふ幟の數や秋晴るゝ


614 白ぎくと黄菊のまさり劣りかな



流寓抄 その十


605 夕刊のすでにでゝをり花の晝


606 夏場所やひかへぶとんの水あさぎ


607 そらまめのおはぐろつけし祭かな


608 逢へばまた違つた気になり螢籠


609 紙カップまづまろばして風涼し


610 西日のがるゝすべなき舟に乗りにけり


611 夕燒の風に消えゆく眞菰かな


612 はつ雁の音にさきだちていたれる訃


613 立ち競ふ幟の數や秋晴るゝ


614 白ぎくと黄菊のまさり劣りかな




[memo]

まろば・す【▽転ばす】 の解説

[動サ五(四)]まろぶようにする。ころがす。まろがす。

「その話は銀盤に玉を―・すように」〈中勘助・鳥の物語〉

「猪(ゐ)に似たる大石を焼きて―・し落としき」〈記・上〉


https://dictionary.goo.ne.jp/word/%E8%BB%A2%E3%81%B0%E3%81%99_%28%E3%81%BE%E3%82%8D%E3%81%B0%E3%81%99%29/


伝説の「二長町市村座」


「市村座」というのは江戸三座の伝統ある小屋の名前ですが、ここでいう市村座は 名興行師田村成義により始められたもので、明治41年11月に始まり、大正初期をそのピークとします。六代目菊五郎・初代吉右衛門を中心とした興行は、のちに「市村座時代」と呼ばれる一時代を築きました。市村座での興行自体は昭和3年1月まで続きますが、「市村座時代」という時にはそれは田村が死んだ大正9年11月、その三ヵ月後の大正10年2月に吉右衛門が退座した時点を以って事実上の終りを告げます。





上の写真は、その市村座の全景(関東大震災前の建物です。)。アレッと思うようなモダンな建物ですね。場所は今の台東区台東1丁目、昔はここを下谷区二長町と称しましたので、江戸三座の市村座と区別する意味で「二長町市村座」とも呼びました。


http://kabukisk.com/shasin12.htm